ある夜の物語

「あれから何年経ったんだろうな」
 息も凍るような寒さと、雪の白が映える夜の闇に包まれた村落、その中央に位置する巨大なモミの木の下で真っ白な髭をたくわえた老人が言う。
「さぁ……数えたこともありませんわ。でも、短くはない、ということだけは憶えてます」
 隣に立つホワイトホーンが微笑みながら応える。二人はモミの木を傘にし、降りしきる大粒の雪を眺めていた。
「……君と出会ったあの日も、こんな風に雪が降っていたかな」
「ここは年中雪が降ってるじゃないですか。いつも同じですよ」
「いや、わかるんだ。これはあの時と同じだ。あの時と……」
 老人は目を閉じて思い出す。
 今隣にいるホワイトホーンと始めて会った夜のことを。


 幼い彼は父親に手を引かれ歩く。寒くて暗い夜の中を。
 びしびしと彼の顔に雪が当たる。当たって溶けて水になり、彼の顔を冷やしていく。
 彼はとても寒い、家に帰りたいと強く思った。厚手の手袋や長靴を履いているはずなのに、手足の先がジンジンと痛む。鼻の頭がキンキンに冷え、鼻水が溢れては凍っていく。
 吐いた息が、天へと上っていくのが見えた。
 やがて父親は歩みを止める。そこはまだ少し背丈の低かったモミの木の下。そこにはもう一組人影があった。彼は思わず父親の背中に隠れる。
 そっと覗いてみるとその人影はホワイトホーンだった。モコモコとした厚手のコートを着た、トナカイの角と胴体を持つ女の人──そして、その陰に隠れる同じ格好の女の子。
 二人は同じタイミングでお互いを覗き合っていた、そして目が合う──その瞬間、二人からそれまでの寒さが嘘のように吹き飛んだ。
 彼は父親の背中から出て女の子の下へ、女の子は母親の陰から出て彼の下へ。もう雪もその冷たさも気にならなかった。
 二人はしばし見つめ合う。たまに気まずそうに目をそらす。お互いに口を開こうとして閉じる。何回かそれを繰り返し、最初に言葉を発したのは女の子の方だった。
「あ! あの! よろしくお願いします!」
「こちらこそっ! よろしくっ!」
 二人は手を握り笑い合った。
 その光景を親二人は笑顔で見つめていた──


「そう、同じなんだ、あの時と」
「そうなんですか……そう言われてみれば、そうかもしれませんね」
 そして二人は雪を見つめ、しばしの間言葉を交わすことはなかった。二人は思い出す、過去のことを。一緒にしてきた仕事のことを。
 辺りは静寂に包まれていた。何も聞こえない、誰も音を発さない。耳を澄ませば雪が地面に落ちる音がわずかに聞こえてくるくらいだった。
「……恥ずかしくて言えなかったんだがな」
 その静寂を破ったのは老人だった。
「一目惚れ、だったんだ」
「ふふふ。私もです」
「ははは。そうかそうか、お揃いだったか」
「そうです。あの時見たあなたはとても素敵に見えました。寒いのなんか忘れてしまうくらいに」
「わしも同じだ。君が天使に見えた。それ以外のことはすべてどうでもよくなるくらい、美しい天使に──それは今も変わらない」
「あなたも変わらずですよ」
 二人は笑い合う。
 だが老人は不意に表情が強張る。
「……そんな愛おしい君との仕事が今年で最後になると思うと……やはり寂しいな」
 老人は俯く。
 そう、彼は今日、長年ホワイトホーンとともにこなしてきた業務を終えるのだ。それはもはや彼にとってなくてはならないものだった。
「わかっている。きっと君はこれからもわしの隣にいてくれるだろう。それはわかっている」
 そしてもう一度、降る雪を、夜空を見上げる。
「だがなぁ、やはり別れることになるんじゃないかと思うんだ。今までの君やわしと。あの輝かしい時代のわし達と。なんだかそれが寂しくて仕方がないんだ」
 その目に見えるのは夜の帳か、それとも──
「今でも目に見えるようだ……君と出会ったあの夜が。そう、お互いに近づいて……少し見つめ合って……手を繋いで……」
 彼の心に強く染み付く残像か。
「あぁ、戻れるものなら戻りたい。永遠に何度でも君とまた世界を回りたい」
「回れますよ、きっと」
 ホワイトホーンは、嘆く老人の手を握る。包んで温めるように握る。
「確かに過去は輝かしいものです……でもだからこそ、未来はもっと輝かしいものにしていくべきなんです」
 老人は顔を下げる。そこにはいつだって変わらない情熱を宿した彼女の瞳があった。
「行きましょうよ。いろんな所に。私達は死ぬわけじゃないんです。だから行きましょう、今度は二人でゆっくりお話ししながら……」
 彼女は笑った。その目尻から零れるのは雪の雫ではないのだろう。
「……そう、だ。二人で、だな。そうだよ。君がいれば……そう君さえいれば」
「えぇ、あなたさえいれば」
 二人とも、この仕事ができることを誇りに思っている。できれば永久に続けたいと願い続けている。だが、この仕事は決して二人だけのものではないのだ。それはいずれ後世へと継がれるべきもの。
 だから退かねばならないのだ。
「愛しているよ」
「愛していますわ」
 二人は見つめ合う。そのまま動かない。だがそれで十分だった。二人にとって何かをすることは重要ではない。二人が共に在ることこそが全てなのだから。
「……時間だ。最後の仕事に向かおう」
「えぇ、精一杯頑張りましょう」
 老人は傍らにあった大きなソリに乗り込む。ホワイトホーンはソリに繋がる柄を握る。
 二人の佇まいは洗練されていた。ただそこにいるだけなのに、彼らの周りだけ風景が幻想を帯び、人々に畏怖を抱かせるような雰囲気を醸し出す。
 だが、二人の表情は軟らかい。まるで聖人のように。誰もが憧れを抱くくらいに。
「さぁ、夢を届けにいこう──メリークリスマス!」
 老人は叫んだ──
 ホワイトホーンは応えた──
「メリークリスマス!」
 ──有らん限りの祝福を込めて。


 二人は空を駆ける。皆が幸せに眠るクリスマスの夜空を。

17/12/24 01:51 鯖の味噌煮


誰だって一度は夢見るあの存在です。
魔物娘成分薄いのは本当に申し訳ないです。
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
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