連載小説
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貴方と皆
起きた。
また変わらぬ朝が来た。
いや、違った。
ユウタのいる朝だから変わらない朝じゃない。
そう思って軽い体を起こす。
そうして、欠伸をして少し部屋の匂いを嗅ぐ。
…あれ?変だ。
いつもなら朝食の良い匂いがするのに…。
ユウタがまだ作っていないのだろうか?
私よりも早起きのユウタにしては珍しい。
私寝ていた隣を見た。
そこには誰もいない。
寝ていたという跡さえない。
ユウタはいつもこうする。
自分で起きたら私を起こさないように、また自分が崩したところを整えて。
そして朝食を作り始める。
それなのに朝食の匂いはしない。
まだ作っていないのだろうか?
「ユウタ?」
不審に思って彼の名を読んだ。
返事は……ない。
あれ?どうしたのだろう?
いつもならユウタと呼べばおはようと返してくれるのに。
柔らかな微笑と共に挨拶してくれるのに。
それが…今日に限ってない…?
「…ユウタ?」
もう一度名を呼んだ。
しかし反応はない。
返事をする声もない。
…何で…?
そこまで考えてようやく私は理解する。
ああ、そうだ。
ユウタはもうこの部屋にはいないんだ。
昨夜喧嘩して、それで出て行ってしまったんだ。
…そうだった。
ふぅと小さく息を吐いてベッドから出た。
これからはいつもの日常。
ユウタがいなかったころの日常が始まる。
あの色あせた、特になにかあるわけでもない日々。
理想の旦那様を探すあの日々だ。
私は着替えていつもの服になった。
ネグリジェは…しばらくは必要ないだろう。
もう見せる男の人もいないのだから。
そこで私は空腹に気づく。
お腹、へったな…。
ユウタの精、欲しかったな…。
そこで頭を振ってその考えを打ち消した。
振り切るように。
ユウタを思い出さないように。
「…ご飯、食べにいこっと。」
自分に言い聞かせるように私は小さく呟く。
その言葉は思ったよりも虚しく部屋に響いていた。



「おはようございます、フィオナ様。」
部屋を出るとすぐにデュラハンのセスタに出会った。
いつものように鎧姿で。
それでなぜか、手に二本の木剣を持って。
少し機嫌のよさそうな表情をして。
どうしたのだろうか。
これから訓練でもあるのだろうか?
「ええ、おはよう。セスタ。」
私はセスタに挨拶を返す。
そして、疑問に思ったことを聞いてみる。
「朝から稽古でもするの?」
二本の木剣を見て聞いた。
「ああ、これですか?これはちょっとユウタに稽古でも付けてやろうかと思いまして…。」

―ずきりと、私の胸が痛んだ。

ユウタの名を出されたからではない。
セスタがユウタの名を親しげに呼んだからだ。
ユウタとセスタは大して接点はないはずなのに。
彼の名を呼ぶセスタはとても浅い仲には思えなかった。
「…ユウタに稽古?」
「ええ、あれで結構筋がいいですからね。」
まだセスタがユウタ出会ってそう関わりはないはずなのに、稽古。
いつの間にそんなに親しくなったのだろう。
と、そこで疑問が浮かんだ。
ユウタに…稽古?
ユウタはヘレナに一撃入れたはずだ。
それは名のある勇者でも難しいはず。
あのバフォメットに一撃を入れるなんてそれなりの実力を持っているはずだ。
それなのに…稽古?
「ユウタって強いんじゃないの?」
「?いえ、弱いですよ。」
そういうセスタは嘘をついているように見えなかった。
平然とユウタは弱いと言った。
「そうなの?」
「ええ。以前何か戦う職業についていたのかそれなりの筋はありますが…剣を握ったユウタは素人も同然です。」
だから稽古を付けてやろうと思いました。
そうセスタは言った。
優しげに笑って。
それがまた胸に痛みを走らせた。
その笑みは明らかに私に向けられたものではない。
ここにはいないユウタに向けられているものだ。
その笑みを見ているのが少しつらかった。
「…ん?」
その笑みから視線を外そうとして気づいた。
セスタの首。
普段からしている黒い布のような固定具がなかった。
それは普段よりも首が取れやすくなっているということ。
デュラハンであるセスタにとって首が取れるということは重大なことだ。
そんなことをすれば理知的である彼女は本能に正直になり男を襲わずにいられなくなる。
欲望に忠実となり思うが侭に精を貪る。
それなのに。
それをわかっているはずなのにセスタは固定具を外していた。
そしてこれからユウタと稽古。
騎士である彼女の稽古だ、激しい運動であることは間違いないだろう。
そんなことをすればセスタの首が取れてしまうのは確実だ。
セスタの手に握られた木剣は―二本。
セスタ自身の分と…ユウタの分。
それはつまるところ。

―ユウタを襲おうとしている。

事故にでも見せかけて首を取って。
それでユウタに襲い掛かろうとしている。
そんなことを考えているとわかってしまった。
「…固定具、ないのね。」
「あ、これはっ!」
私が固定具のことを指摘した途端にうろたえ始めたセスタ。
普段はとても理知的で強気でそれで忠誠的な彼女が自分の身なりを整えられないはずがない。
それなのに、固定具を外している。
そしてこのうろたえ様。
…間違いない。

―セスタはユウタに気があるんだ…。

それが嫌でもわかってしまった。
それはわかりたくないことだった。
ユウタのことを想っている娘が他にもいるということを。
「え、あ、その…っ!」
「いえ、なんでもなかったわ。それじゃあね。」
そう言って私は逃げるようにその場を去った。
ユウタの場所を聞かれて答えられないから。
たとえ知っていても…教えたくはなかったから。
喧嘩したのに、出てけっていってしまったのに。
こんな嫌な気持ちになってしまったから。



それはおいしかった。
この城の食堂のある一席で私は朝食をとっていた。
おいしい。
それはそうだ。
作っている者が一流の料理人達なのだから。
まずいものを出すわけがない。
それでも…なぜだろう。
おいしいはおいしいのに…なにか違う…。
温かくない…。
そう、それだ。
普段から食べていたのに、いつもここで食事をしていたはずなのに。
今食べている朝食は普段よりもずっと冷たく感じられた。
…こんなんじゃ、全部食べるのは無理かも。
せっかく作ってもらったものを残すというのはもったいない。
それだけど食べる気が起きなかった。
食器を片付けようと席を立ち上がるとそこに―
「ふんふふんふ〜ん♪」
―バフォメットのヘレナが来た。
見るからに上機嫌な顔で。
とても嬉しそうに鼻歌なんて歌って。
そして、私の前の席に座った。
「おはようじゃのう、フィオナ殿♪」
「え、ええ。おはよう、ヘレナ。ずいぶんと機嫌がいいわね。」
普通に聞いたつもりなのにどことなくとげのあるような言い方になってしまった。
自分でもわかっているのに止められない。
理由はわからずにイライラしてる。
それでもフィオナはそんな私を気にせずに笑って答えた。
「いやぁの、昨夜なんともいいことがあってのう♪」
「いいこと?」
「ふっふ〜♪」
上機嫌に笑うフィオナ。
あまりにも機嫌が良すぎて気持ち悪く想ってしまうくらいに。
「実はの、実はのう!昨夜―

―ユウタがわしの部屋に泊まっていたのじゃよ♪」

ずきりと、また胸が痛くなった。
ユウタが泊まっていった?
どうやら昨夜私が出てけといった後フィオナのところへと行ったらしい。
…いや、ユウタが自分から頼りにいくのは考えられない。
あのユウタなんだ。
意地でも他人を優先するんだから。
もしかしたらヘレナがユウタを捕まえた…とかだろう。
「とは言っても、わしがユウタを捕まえたんじゃがな!」
「…そう。」
やっぱり思ったとおりだ。
「んふふ〜♪一緒に寝たんじゃが…あれはいいのう!とてもいいのう!あんなに心地よく寝れたのはいつ以来じゃったか指で数えてしまうほどじゃ!」



「…。」
「あれを毎日だったとは…フィオナ殿はなんとも望ましいのう。」
見ているこちらが戸惑ってしまうほどの上機嫌。
異常だと思ってしまうほどだった。
そんな彼女も料理の載った皿をテーブルに置いて一息ついた。
そして私を見る。
さっきまでの表情とは違う顔。
静かに、喜びを消した表情で。
「何かあったのかのう?」
「…なんで?」
急な質問。
それに対して私はそっけなく答えた。
だがそれにヘレナは反応した。
何かを悟ったかのような顔で。
「普段からフィオナ殿の隣におるユウタが夜中に一人でいるなんて珍しかったからのう…喧嘩でもした、とでもいうところか?」
「別に、そんなんじゃないわ。」
「図星じゃろう?」
そういわれて言葉に詰まる。
文字通り図星だったから。
まるで心の内を見透かされてるかのようだったから。
その私の反応にヘレナはため息をついた。
「大方おぬしが無理難題でも言ったんじゃなかろうな?」
「なんでそう思うわけよ?」
「ユウタから喧嘩を始めるとは思えんからな。」
そう言った。
まるでユウタをわかっているかのような口調で。
ユウタのことなら理解しているなんて言いかねない言葉で。
それは私の胸を深く傷つける。
私の知らない間に、痛みを残す。
「どうして、そんなこと言えるのよ?」
「あやつは優しいからのう。」
そう言うヘレナの顔は似ていた。
先ほど見かけたセスタの微笑みに。
よく似ていた。
「知っておるかのう?」
ヘレナはフォークを私に向けて言う。
得意げな顔で。
「あやつはなんとも面白い男じゃよ。」
「…なにが?」
「あるときな、ユウタが一人で歩いておったところでじゃ。」
ユウタが一人で歩いている?
それは私と共にいたときも少しだけあった。
基本的にユウタは私の隣で一緒に過ごしていたのだけど。
少しの時間、一人でいたときだけユウタはこの城の中をうろついていたらしい。
「そこを狙って捕まえて、そのままおしゃべりでもしてたんじゃよ。」
本当は襲うつもりで捕まえたんじゃったがのう、とヘレナは笑う。
「あまりにも数が多すぎて襲えんかったよ。」
「数?」
「ああ。バフォメットのわしを筆頭にデュラハンのセスタ、エキドナのエリヴィラ、ヴァンパイアのクレマンティーヌ。他にもドラゴンや魔女やクイーンスライムなんて者達もおったからのう。」
そんなに大勢で何をしていたのだろう。
そんなにたくさんでユウタを狙っていたというのだろうか…。
「それでやむ終えなくなって、そのときはただおしゃべりでもしようかということになったんじゃが…ククっ。」
そこで笑い出すヘレナ。
なんともおかしそうに。
そのときに事を思い出してか笑う。
「そのときに言ったユウタの言葉がなんとものう、すごいものじゃったんじゃよ。」
「ユウタの、言ったこと?」
「ああ。あれは本当にすごかったぞ。その会話にいたるまでの経緯は少し忘れてしまったが……ユウタの奴はわしらまとめてとんでもないことを言いおったんじゃよ。」
まとめて?
彼女達をまとめてなんと言ったのだろうか?
あのユウタが、だ。
彼女達をまとめて言える言葉があるとすればそれは一つ。

―魔物。

それくらいしか共通点がない。
まとめられる言葉なんてそれしかない。
だが、ヘレナはそうじゃないと言う。
「そんなもんじゃないぞ。ユウタは。あやつ、バフォメットであるわしを、エキドナであるエリヴィラを、ヴァンパイアやドラゴンといった魔物の中でも上位種の存在を前に言ったんじゃよ。」
ヘレナは呟いた。
優しげに、そっと。
まるでユウタのように。

「―綺麗でかわいい女の子、じゃと。」

言った。
それがユウタの言った言葉。
確かにユウタなら言いかねない。
あの優しいユウタなのだから。
私達を魔物として見ていないのかもしれない。
「あれはおかしかったのう!ドラゴンじゃぞ?バフォメットじゃぞ?エキドナ、ヴァンパイア、その他も大勢いる前でじゃぞ?人間よりも遥かに強く、恐れられた存在を前にあやつはわしらを魔物と呼ばずに女の子と呼びおった!」
そう言って愉快だと笑い出すヘレナ。
「あやつは優しいよ。」
静かな声だった。
それでも私に届く大きさで。
「わしらを女の子扱いするユウタはとんでもなく優しい。まだ少しの時間しかユウタとははなしておらんが…それでもわかってしまうほどにのう。その優しさを一番知っておるのは…おぬしではないか?フィオナ殿。」
「…そんなの。」
知っているに決まっている。
今までユウタは私のそばにずっといたのだから。
その優しさを私に向けてくれていたのだから。
…でも、あれは優しさではない。
私の誘いを拒んだあれは。
私を頑なに拒絶したことは…あんなのあまりにも―

「―勝手なだけじゃない…。」

その言葉にヘレナは口を閉じた。
目も閉じて何もいわない。
私も何も言わなかった。
私とヘレナの間に沈黙が支配する。
この食堂は常に賑わっているというのに。
今でも大勢の魔物娘とその夫たちが食事をしているのに。
何も聞こえなかった。
「屋上。」
ヘレナは言った。
ポツリと、思い出したかのように。
「…ん?」
「いやぁ、のう。ユウタが他の娘から逃げるのによくいるからのう。今頃あそこにおるじゃろうな。そこで一度ユウタと二人っきりで話してきてはどうかのう?」
「…何でよ?」
昨夜喧嘩しておいて今になって何を話せというんだ。
あそこまで言い散らしておいて話すことなんてなにもない。
せいぜい勝手だと罵ることぐらいだろうに。
「本当にユウタは勝手かのう?」
「勝手よ。」
「そうか…。それじゃあなおのこと話してきたらどうじゃ?」
「何で?」
「何でも、じゃよ。どうせこの後も暇しておるんじゃろう?」
…確かに暇だ。
この後にすることなんて何もない。
普段ならユウタと共に散歩に出かけたり、ユウタのしていたことを話してもらっていたはずなのに…。
…いや、何を考えてるの私。
ユウタはもう…関係ないのに…。
もう、ユウタはいないのに…。
「いい暇つぶしになるじゃろうよ。」
そう言ってヘレナはまだ食べ終わっていない食事を終わらせた。
食器を持って席を立つ。
そして私のほうを一度も見ずに去っていってしまう。
「ついでに説教でも受けてのう…。」
去り際に意味のわからない言葉を放って…。



その後私は食事を再開することもなくさげてしまい、対して満たされぬ体のまま城の中を飛んでいた。
背中の翼をつかって。
こうして城の中を飛ぶのはいつ以来だろう。
そうだ、ユウタが来る以前のことだ。
ユウタが来るまで歩くなんて事はしていなかった。
ユウタが来てからはその隣でいつも歩いていた。
楽しげに会話をしながら。
共に笑いあって。
…いけない。
どうしてこうもユウタのことばかり考えてしまうのだろう。
ユウタはもういないのに。
私はその考えを振り切るように頭を振るう。
白くて長い髪の毛が揺れる。
白。
黒とは対照的な…。
「―っ!」
だめだ。どうしても結びついてしまう。
深く先の見えない夜のような服に。
触れればそのまま沈んでいきそうな影のような髪に。
見れいると吸い込まれそうになる闇のような瞳に―

―漆黒を纏った、ユウタに…。

いけないと思って再び頭を振った。
その考えを打ち消すように。
その程度で消えてくれそうもないけど。
それでもしないよりかはマシだった。
何か別のことでも考えないとユウタのことを思い出してしまうから。
そこまでユウタとの生活は当たり前になっていて。
ユウタが隣にいることが普通で―

―ユウタといることがとても嬉しかったから…。

「何考えてるんだろ…私…。」
そう呟いてただ飛び続けると視界にある者を捕らえた。
緑色の蛇の下半身。
薄い青ががかっている肌。
目透き通るような綺麗な緑色の長髪。
あの後姿…間違いない。
エキドナのエリヴィラだ。
タダその姿は普段と違った。
別にエキドナの姿ではないということではない。
人間に化けているわけでもない。
エキドナの姿なのだが…なんだか揺れていた。
体を揺らして機嫌がよさそうにしていた。
手には何か料理の乗ったお皿を持って。
どうしたのだろう…何かいいことでもあったのだろうか?
料理でも上手くいったとか?
「―あ、フィオナさん!」
エリヴィラは後ろから近づく私に気づいた。
よく後ろにいる私に気づけたものね。
背後に目でもあるのだろうか?
「おはよう、エリヴィラ。」
「ええ、おはようございます♪」
そう言って挨拶するエリヴィラの顔はとても嬉しそうだった。
輝くような笑顔なんていうけれどまさしくそれだった。
見ているこちらもつられてしまうほどの笑顔。
聞かなくてもわかる機嫌の良さ。
「嬉しそうね。何かいいことでもあったの?」
聞かなくてもわかるけどここまで上機嫌であるところを見ては聞かずにはいられない。
気になってしまう。
それにエリヴィラのことを聞いていれば少しはユウタから離れられると思う。
エリヴィラは嬉しそうに微笑んで言う。
「ええ、ありました♪」
「何があったの?」
「ふふふ、それはですね。先ほど―

―ユウタ君と一緒に料理をしていまして…♪」

ずきりと、また私の胸が痛んだ。

聞かなければ良かったと思ってしまうほどに。
そんな私のことを知らずにエリヴィラは 言葉を続ける。
「一緒にフルーツタルトを作っていたのですよ♪」
「…そう。」
また、ユウタなんだ。
セスタといい、ヘレナといい。
エリヴィラまで…ユウタなんだ…。
「ユウタ君、料理が得意なんですね。それで一緒にフルーツタルトを作っていたのですよ♪」
そう言って私に見せる皿。
その上にあるのは見ているだけで食欲をそそるようなフルーツタルト。
甘い香りが体に染み込みそうだ。
これをエリヴィラは作っていたのだろう。
ユウタと、一緒に…。
「よければお一つどうですか?」
エリヴィラは私にフルーツタルトをすすめる。
エリヴィラの厚意を無下にするのもいただけないので私はありがとうと一言言って受け取った。
受け取って気づく。
エリヴィラの手に怪我したあとがあるのを。
治療はされているのだが…おかしい。
ガーゼで包むという治療法。
それはあまりにもおかしい。
エリヴィラは魔法が使える。
エキドナであるからそれは当然といっていいほど。
もしかしたらヘレナを凌駕してしまうんじゃないかというほどの魔力を持っている。
そんな彼女が怪我一つをこんな普通の治療で済ませるだろうか?
魔法で楽に治せる傷をわざわざガーゼで包んでおくだろうか?
「…怪我、してるのね。」
あまりにも気になったので聞いてみることにした。
「魔法で治さないの?」
そう言うとエリヴィラは嬉しそうに微笑む。
怪我をしたというのに、だ。
「治療、してくれたんですよ。」
「…誰に?」
それは聞くべきではなかった。
そんなこと、もうわかっていたから。
それでも聞いてしまった。
そうしたらエリヴィラはさっきよりも嬉しそうに微笑んで言った。
愛おしそうにその名前を言った。

「ユウタ君に、です♪」

やっぱりと思った。
聞かなければよかったとも思った。
そんなたやすく予想できたことを。
今最も私の胸を痛める名前を。
「確かに魔法では簡単に怪我は治ります。でも。」
エリヴィラはそこで言葉を止めて手を撫でた。
頬を赤く染めて。
まるで初恋をしている少女のような表情で。
怪我しているところを愛おしそうに。
まるで恋人の頬でも撫でるかのように。
「せっかくユウタ君に治療してもらったんですから…残しておきたいんです…♪」
出来ることなら一生。
なんて言ったらユウタ君に怒られてしまったのですけどねと、言って笑った。
その笑みは初めて見た。
エリヴィラとは長い付き合いだがそれでも見たことのない表情だった。
あまりにも嬉しそう。
あまりにも幸せそう。
それを見ているだけで私はわかってしまった。
ああ、そうなんだと。

―エリヴィラも…ユウタが好きなんだ。

セスタと同じように。
もしかしたらヘレナもかもしれない。
皆してユウタが好きなんだ…。
それはわかりたくなかったこと。
理由はわからないけど…とても嫌になった。
わかっていたことかもしれないのに認めたくなかった。
「…ん。」
そんな事実を払拭するかのように手に取ったフルーツタルトをかじる。
果実の甘さで拭うように。
「どうですか?」
微笑で聞いてきたエリヴィラに私はおいしいと答える。
本当においしかった。
タルト生地独特の食感が。
果実の甘酸っぱい味が。
とても温かく、とてもおいしかった。
それこそお店で出しても十分いけるようなものだった。
だけど、どうしてだろう…。

―私の舌はそれを苦みとして感じた。



そこからも誰かに合っては似たようなものだった。
ドラゴンがユウタを探していたり。
クイーンスライムがユウタとお茶しようとしていたり。
魔女の子がユウタに絵本を読んでもらいたいと探していたり。
皆してユウタ、ユウタと求めていて。
ハッキリ言ってつらかった。
皆がユウタを求めることが。
皆がユウタを呼ぶ声に親しみ尾上の感情を込めていたから。
皆して同じ感情を抱いていると知ってしまったから。
何があったのだろう。
ユウタは私と離れているときはそうなかったはずなのに。
そんな長く離れていなかったのに。
どうして皆はユウタのそう惹かれているのだろうか。
その理由がわからなかった。
そんなことを考えつつも気づけば私は。
この城の屋上に来ていた。
「…。」
別にユウタを探しに来たわけではない。
ヘレナに言われたから来たわけでもない。
それでも、来てしまった。
足が…いや、翼が勝手に羽ばたいてここに来てしまったのだ。
本当は来たくなかったのに…。
それでも来てしまったのだから私は足を下ろして歩き出す。
この城の屋上はかなり広い。
流石にこの城の庭ほどというわけでもないけどかなりの広さがある。
十人ぐらいなら余裕で走り回れるぐらいに。
そんな広い空間に一つだけテーブルがあった。
黒い空の下に白いテーブルクロスの掛けられたものが。
傍には二つの椅子が。
ぽつんと寂しく存在していた。
「…おや?」
その椅子に腰掛けていた女性が振り返る。
私と同じくらい露出の多い赤いドレス。
光を反射しそうなほど眩い金色の髪。
血のように真っ赤な瞳。
唇の間から覗く鋭い八重歯。
「これはこれはフィオナじゃないか。」
そう言ってにこやかに微笑んだ女性は。
クレマンティーヌ・ベルベット・べランジュール。
お母様と親しいヴァンパイアだった。
11/06/08 20:56更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでゆうたを無意識に探していたフィオナは屋上でヴァンパイアに出会いました!
っていうか、ゆうたは他のところでいったい何をしていたのだろう…
いつの間にかこんなに好意を持たれて…チクショウ!
そんな彼も実は人には言えないことを隠しており…次回はそこに少し触れます

ゆうたがいなくなり彼のことを考えずにはいられなくなっているフィオナ
そんな彼女がヴァンパイアであるクレマンティーヌに教えられることと
それは…!?

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