連載小説
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頑張って作ったよ♪
 午前中だけという尊いお勤めを終え、ルークはミーネのところに向かっていた。
 ちなみに、本日はきちんと昼食を取っておいた。また平均点料理を食べさせられてはたまらないからだ。
 そしてやってきたミーネの家。一応、あれは命の恩人になるので、最低限の礼儀は守り、扉をノックする。すると、すぐに足音が聞こえ、扉が開かれた。
「あ、ルーク。いらっしゃ〜い。もしかして、さっそく来てくれたの?」
「ああ。それとも、来ない方がよかったか? じゃあ、帰ることにするか」
 ちょっとした悪ふざけのつもりだったのだが、くるりと踵を返した瞬間、服の裾をミーネに掴まれた。
「や、やだ! 帰らないでよ! ルークが来るの、楽しみにしてたんだから!」
 どうやら予想以上に効果が出てしまった。両手でルークの服を掴むミーネはうっすら涙目になっている。これにはさすがに罪悪感が芽生えた。
「悪かったよ。冗談だ。だから、そんな顔すんな」
 苦笑しつつ頭をぽんぽんしてやると、ミーネは一応は納得してくれたらしく、手を離した。しかし、その顔はむくれたままだ。本人は怒っているのだろうが、少しも迫力などなく、かわいい以外の感想がない。
「じゃあ、お昼ご飯一緒に食べてっ。そうしてくれたら、許してあげる」
「悪い。あまりにも腹が減って、先に食べてきたんだ。そういうわけだから、これ土産な」
 そう言って、わざわざ人気のパン屋で買ってきたルークお気に入りの一品を差し出したのだが、ミーネはそれには見向きもせずに、露骨にがっかりしていた。
「食べちゃったんだ……。うぅ〜、一緒に食べたかったのに……」
 なんだか、ものすごく恨みがましい目で見られた。50点料理を食べたくないという理由で昼食を済ませてきてしまった身としては少し居心地が悪く、ルークは目を逸らして頬をかいた。
「なんだ、まさか、また二人分作ってあるとか?」
 ミーネはむくれ顔で首を振った。
「これから作るところだった」
「二人分をか?」
 今度は素直にこくんと頷く。それを見て、ルークは深いため息をこぼした。
「あのな、俺の分は用意しなくていい。また無駄に多い量を作る気かよ」
「だって、ルークと一緒にご飯食べたいし……」
 むーっと不満そうに睨んでくる。それ自体はなんとも思わなかったのだが、その理由には見事に動揺させられた。
「お、お前、よくもそんな恥ずかしいことを言えるな……」
「え? わたし、何か恥ずかしいこと言った?」
 自分が恥ずかしいことを言ったとは少しも思っていないようだった。
「いや、分かってないならいい……」
「?」
 不思議そうに小首を傾げる様がなんとも腹立たしい。だが、ルークがそれを指摘するより先に、ミーネが口を開いていた。
「あ! 話が逸れてるよ!」
「いや、話はもう終わったぞ」
「終わってないよ! わたしをからかったお詫びは?」
「昼飯は無理だぞ」
 きっぱり宣言すると、ミーネはうっとたじろぐ。しかし、そこで何かに気づいてしまったらしく、すぐに言い返してきた。
「じゃ、じゃあ、夕食! 夕食なら一緒に食べられるでしょ?」
「夕食って、俺、明日も仕事だぞ。そんな遅くまでここにいられるわけないだろ」
「じゃあ、明日の夜は?」
「明後日も仕事だ」
「……じゃあ、その次の日は?」
「もちろん仕事だ」
 ミーネの頬がぷくっと膨れた。
「ルーク、仕事ばっかり」
「言っておくが、俺、これでも騎士だからな?」
 山賊だのなんだの言われているが、ルークも騎士の一員である。しかし、ミーネにとってそんなことはお構いなしのようだった。
「騎士さんだって、お休みの日はあるでしょ?」
「あるわけないだろ。国お抱えの騎士団だぞ。定休日なんか作ってみろ。全国民から非難の声が殺到だ」 
「うう〜……」
 ミーネが納得いかなげに唸っている。しかし、こればかりはどうにもならない。
「ま、そういうわけだから、夕食は諦めろ」
「じゃ、じゃあ、明日のお昼は一緒に食べよ! それならいいでしょ?」
 どうしても一緒に食べたいらしい。ここまでくると執念さえ感じられるが、そこでルークはミーネの今までの状況を思い出してしまった。
 つい先日ルークと出会うまではずっと一人だったのだ。当然、食事だって一人。常に周りに人がいるルークには分からないが、それはきっと想像以上に寂しいものだろう。そう考えた途端、ルークは無意識に口走っていた。
「……分かったよ。今度からはお前のとこで昼を食べるようにする。これでいいか?」
「え……? 明日だけじゃなくて、今度からはずっと?」
「そう言ったんだよ」
 ぶっきらぼうに言うルークだったが、ミーネは体をぷるぷると震わせつつ、ぱあっと音がしそうなくらいの笑顔を見せた。
「うん! 約束だからね!」
「分かった分かった、約束な」
「じゃあ、指きりしよ」
 そう言って、ミーネが手を差し出してくる。
「そこまでする必要あるか?」
「大事なことだもん」
 真っ直ぐな目で見つめられ、ルークはややげんなりしながらもミーネと指を絡ませた。
「約束だよ」
「分かったよ」
 こんなことをしたのは子供の時以来で、妙に気恥ずかしい。ルークは視線を逸らしつつ指を離したが、ミーネは絡ませていた指をもう片方の手で大事そうに握った。
「ふふ、明日から楽しみだね」
「そりゃよかったな。俺としては、今度は50点以上の飯を作ってもらえることに期待したいね」
「うん、分かった♪ じゃあ、明日はとても頑張って、張り切って作るからね♪」
 なぜかやる気になっているミーネだが、その微妙に頭の悪そうな発言に、ルークは明日も期待できそうにないなとこっそりため息をついたのだった。


 日が沈んで昇って次の日。
 腹が間抜けな音を立てた。それを抑えるように手を当てつつ、ルークは狐娘の家に向かっていた。
 約束通り、今日はミーネの家で昼を食べるつもりだ。昨日のミーネはやたらとやる気になっていたが、やる気だけで料理の味が向上するとは思えないので、ルークは朝を抜いておいた。空腹によって、平均点料理を少しでも美味しくしようという作戦だ。ルークにできることはこれが精一杯なので、後はミーネの料理の出来が少しでも良くなることを祈るばかりである。
「質より量作戦なんかできたら、どうすっかな……」
 程なくして家に到着し、扉をノックしつつそんなことをぼやく。
「はーい。ルークだよね? 今、手が離せないの。入ってきていいからー!」
 家の中から元気な声が聞こえてきた。どうやら料理に奮闘中らしい。
 頼むからせめて量は抑えてくれよと祈りつつ家に入り、ダイニングに向かう。そこでルークは絶句した。
 テーブルの上には、ルークの儚い祈りをあざ笑うかのように料理がこれでもかと置かれている。それだけでも溜め息ものなのに、その全てがなぜかキノコ料理だったのだ。
「……おい、今日はあれか? 魔物の中ではキノコの日か何かか?」
 食べる前から精神に多大なダメージを被り、ルークはキッチンで料理を続けているミーネの背中になんとかそう言うのが精一杯だった。
 ルークがそんな状態だというのに、肝心のミーネはすごい早さで振り向き、
「キノコの日!? そんなのあるの!?」
 と、真顔で聞いてきたではないか。
「聞いてるのは俺だ! なんでキノコずくしなんだよ!」
「昨日、頑張るって言ったでしょ? だからだよ♪」
 確かに言っていた。だが、この結果は予想していなかった。量がある上にオールキノコ料理と、予想の遥か斜め上を行かれた。
「だからだよじゃねーよ! 完全に頑張る方向間違えてるじゃねーか! なんで食材がキノコ一択なんだよ!」
「一択じゃないよ! シイタケでしょ、シメジでしょ、エリンギでしょ、エノキでしょ、それから……」
 料理に使ったらしいキノコの種類を指折り数えるミーネ。しかし、ルークにとってそんなことはどうでもよかった。
「全部キノコだろ! 誰がキノコ料理のフルコースを作れって言ったよ!」
「おいしく作れたもん!」
 料理は得意じゃないと言っていたくせに、今回に限ってやけに強気だ。
「よし、そこまでいうなら確かめてやる。これで50点だったら、キノコ料理は封印だからな」
「だ、大丈夫だもん! だから、美味しかったら、ルークは一つわたしの言うこと聞いてね!」
 いくらか自信はぐらついたようだが、それでも大丈夫だと言い張った上に妙な要求まで出してきた。こうまで言うからには、相当上手くできたらしい。
 更にミーネは炒めていた具材、もといキノコを皿に移して持ってきた。それはパスタで、上に様々なキノコがこれでもかと乗せられている。そんなキノコまみれのパスタを目の前に置かれて顔をしかめるルークだったが、意外なことに香りはいい。
「はい、これで全部だよ」
 最後に湯気が立ち上る、やはりキノコまみれのスープを持ってくると、ミーネはルークの正面の席に座った。
「じゃあ、食べるとするか」
「うん、いただきまーす」
 食事を始める言葉を交わすと、ルークは少しも期待せずにスープを口につける。ミーネはその様子をじっと見つめてきた。
「えっと、どうかな……?」
 大丈夫だと言っていた時の威勢は嘘のように消し飛び、少し不安そうにミーネが尋ねてくるが、ルークは返事をしてやらなかった。
 認めたくないが、美味しかったのだ。味付けに使用した調味料だけでなく、きちんとキノコの味や風味が出ている。少なくともスープに関しては、この間食べた50点料理とは比べ物にならない出来だった。
「……スープは、まあ、悪くない。だが、他のはまだだからな」
 上手く出来たのはスープだけに違いないと、ほとんど自分に言い聞かせるように他の料理も食べてみる。だが、信じられないことに、どれも文句なしに美味しいと認めざるを得ない出来だった。
「ねえルーク、どう? 上手くできてるでしょ?」
 ルークの内心に気付いたのか、ミーネはいつの間にか笑顔になり、少し得意げだ。
「お前、本物のあいつじゃないな。絶対そうだ」
 これは何かの間違いだ。そうに違いない。
 ルークの達した結論はミーネ偽物説だった。本物がこんなに上手く料理を作れるはずがない。
「ええっ!? わ、わたし本物だよっ! ミーネだもん!」
「嘘つけ! なんで普通の料理は50点なのに、キノコ料理は上手くできんだよ! おかしいだろ!?」
「キノコが好きだからだよ!」
 返ってきた言葉に、ルークは開いた口が塞がらなかった。
「お前、本当は狐じゃなくてキノコの魔物だろ!?」 
「ち、違うよぅ! 狐だもん!」
 ものすごく不毛なやり取りだ。キノコが好きだから料理も上手くできるなんてことがあるのだろうか……。
 ルークはそれ以上何か言うのをやめた。もうあれだ。キノコ好きな狐ということで納得してしまった方がいい。そうでないと、精神的に耐えられそうにない。
「はあ……。分かった、狐な。キノコじゃなくて狐な……」
 付き合ってられるかとばかりに、残るキノコ料理を食べることに専念する。 ものすごく癪だったが、今回のキノコ料理はよくできているおかげで、苦労せずに平らげることができた。
「ごちそーさん」
 満足そうな顔をしているミーネにさらっと告げると、ミーネは目をぱちくりした後、少し嬉しそうに聞いてきた。
「ねえルーク、今日の料理は何点?」
 明らかに自信を持って聞いてきている顔だ。そんなミーネを見ているとからかってやりたくなるが、悔しいことに美味かったのは事実だ。
「……90点」
 はっきり言うと調子に乗りそうだったので、ぼそりと呟くように言ったのだが、ミーネにはしっかり聞こえたらしい。狐の耳がぴくりと動き、次いで嬉しそうに聞いてきた。
「ほんと? 美味しかった?」
 真っ直ぐに見つめてくるミーネの目は期待を宿していた。それから逃げるようにルークは視線を逸らし、舌打ちしそうになるのを堪える。その目は反則だろと。
「……うまかったよ。これでいいか?」
「えへへ♪ 褒められちゃった♪ なんだか嬉しいな♪」
 忌々しげに言ったはずなのに、ミーネは気にすることなく祈るように両手を組んで体をくねくねしている。尻尾も右に左にと大忙しであることから、かなり喜んでいるようだ。
「そうだ。ルーク、約束、覚えてるよね?」
「あ? どんな約束だよ?」
「美味しかったら、わたしの言うことを一つきいてくれる約束だよ」
 そう言えば、そんなことを言っていた気がする。どうせまた50点だと高をくくっていたので、すっかり忘れていた。
「そういや、そうだったな。お望みはなんだ?」
「えっとね……その……」
 ミーネの語尾が急激に小さくなった。それでもその目はしっかりとルークを見ている。
「なんだよ。要求があるんだろ? はっきり言えって」
「こ、断らないでね……?」
「俺、言うことを一つきく約束だよな」
 だからさっさと言えと焦れた目で見返すと、ミーネはようやくそれを口にした。
「一緒に、買い物に行きたい」
 まったく笑えない冗談がミーネから告げられた。ルークの頭はしばらく言われたことが理解できず、返事も返せない。
「ルーク? どうかしたの?」
 不思議に思ったのか、ミーネが首を傾げながら声をかけてきたことでようやく意識が現実に戻ったルークは、頭痛を抑えるように額に手を当てた。
「あー、お前の家に鏡はないのか?」
「え……あるよ?」
「よし。今すぐその前に行って、自分の頭と腰の辺りをよく見てこい。変なもんが付いてるから」
「頭と腰? えっと……」
 言われ箇所にミーネが手を回す。そしてすぐに気づいたようだ。
「変なものじゃないよ! わたしの耳と尻尾だもん!」
「そうだ! ご自慢の狐の耳と尻尾だよ! そんな人に無いもん堂々と付けたやつが町に行ってみろ! 一瞬で大騒ぎだ!」
 ミーネの要求は論外もいいところだ。こんなことも分からないのかとルークはげんなりしそうになったが、ミーネはなぜかそこでにこっと笑う。
「ところが、大丈夫なんだよ。わたし、今までも何度か町に行ったことあるから」
「……は? どうやってだよ」
 どう見たって普通ではない狐娘が町に行って、騒ぎにならないはずがない。そして騒ぎがあれば、それが些細なことであっても、騎士であるルークの耳に入らないなずがないのだ。
「ふふ、今は秘密♪ 今度ルークが来た時に教えてあげるね♪」
 その言葉にルークが胡散臭そうな目を向けるも、ミーネは悪戯っぽく笑うだけで言うつもりはなさそうだ。
「お前の大丈夫という言葉には少なからず不安を感じるんだが、本当に大丈夫なのか?」
「うん。これは自信を持って大丈夫って言えるよ♪ それで、ルークは次はいつ来てくれるの?」
「一応、明日も来るつもりだったが、やめていいか?」
「分かった、明日だね! じゃあ、明日買い物に行こうね♪ ふふ、とっても楽しみだよ〜♪」
 人の話を半分しか聞いていないミーネは尻尾をわさわさ揺らしてご満悦そうだ。
「俺はすげー不安だよ……」
 そう言ってため息を零すルークだったが、既に意識は明日へと旅立っているミーネが聞いているはずもなかった。
13/06/03 23:59更新 / エンプティ
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■作者メッセージ
ミーネの日記
得意なキノコ料理を作ったら大成功だった♪
美味しいって言ってくれた上に、点数は90点!
次は100点もらえるように頑張ろっと♪
普通の料理も美味しく作れるように練習しなくちゃ!
明日は一緒に買い物に行く約束をしてくれた♪
人化の術で人の姿になったわたしを見たら、ルーク驚いてくれるかな?


どうも、エンプティです。
前回の内容について少し不安になった方もいるようですが、そこまで重い展開にするつもりはありませんのでご安心を。
さて、ミーネのキノコ好きですが、これは魔物娘が大好きな男にしかないアレに形が似ているからです。だから彼女も無意識のうちに好きになっていたんですね。
軽く解説したところで、今回はこの辺で。
では、また次回でお会いしましょう。

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