連載小説
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後編

 ぴちょん、ぴちょん
どこからか水音が聞こえる、水滴の滴る音だ、音の反響から空間の広がりを感じる。
バラダは目を開いた。
「あー……あだだだだだ」
身体を起こそうとしたとたんに頭に鈍痛が走る、平衡感覚が保てずに目の前がぐらぐらと揺れる。
「かぁ……ま、ドラゴンにどつかれてこれで済んだら恩の字やな……」
ひとりごちながら頭を振って身を起こす、地面にめり込む勢いで殴られてそれで済むのだから呆れた耐久力と言える。
てっきり殴り倒された場所に放置されているものかと思いきや違う場所らしい、洞窟の中であることは変わらないが。
ふと自分が柔らかい物の上に寝かされていた事に気付く。
見てみると体の下には毛布が敷かれていた、ふかふかとした手触りのそれはかなり上等な物らしくバラダが普段泊まっている安宿のベッドよりも余程寝心地がいいくらいだ。
「なんやこら……」
色々な意味を込めてバラダは呟く、どうしてこんな高級な物が洞窟の中にあるのか、状況から見るとドラゴンが自分をこうして寝かしつけたらしいがその理由もわからない、食い殺されていてもおかしくない状況だったはずだ。
ひょっとして姿が変わった影響で人間を食う事ができなくなったのだろうか?
とりあえず状況の把握を始める、鎧などの装備品はあらかた取り外されて身に付けているのはインナーに着ていた服のみになっている。
頭は痛むが他に大きな怪我は無い様子だ。
周囲を見回してみるとどうやら出口に繋がっていそうな道があるが、その先は怪物の口のように真っ暗で外の光は一切届いていない。どうやらここは今まで来たことのないような洞窟の深部らしい。
「うおっ」
奥の方に目を向けてバラダは思わず声を上げた、空間は奥に行くにつれてさらに広がりを増しており、そこに地下水が溜まって地底湖となっていた。地上でも見かけない規模の湖だ。
ドラゴンがいるため洞窟の詳しい構造は誰も知らなかったがここまで規模の大きいものだとは想像がつかなかった。
バラダはしばし自然の作り出した壮大な景色をぼんやりと眺めていたが、次第に自分の置かれている状況が身に染みいるように思い起こされてきた。
「負けたなあ……にしてもほんまに」
バラダはドラゴンの変貌した姿を思い返した。
「ええ乳しとった……」
最後の方の記憶を思い出し、夢見心地の表情になるバラダ。
「何を薄気味悪い顔をしておるのだ」
「……ぬ」
一際大きな鍾乳石の一つにドラゴンが腰かけてバラダを見下ろしていた、バラダは身構える。
「負けるのは毎度の事だが、今回は特に無様だったな?」
「じゃかあしいわい!あんなん認めんぞ!それに毎回負けとる訳と違うわ!戦略的撤退や!」
「人間は尻尾を巻いて逃げる事をそう言って誤魔化すらしいな?」
「最後に勝ったら勝ちなんじゃい!」
バラダがこのドラゴンに挑んだ回数は二桁を超える、その度に勝機が無いとみるやバラダは見事な手際で逃走しているのだ。
それが敗走であるのか次のための撤退であるのかは二人の間では毎回意見が分かれる所だ。
「まあ、今までのが撤退だろうと何だろうと構わんさ、今回は完全に言い逃れ出来ん敗北を喫した訳だからな」
バラダはぎりりと歯噛みする、ドラゴンの前で完全に意識を失い、生殺与奪の権利を奪われたのは確かな事実だ。
「去るがいい、敗者よ」
ドラゴンは酷薄な表情でひらひらと虫を払うようなジェスチャーをする。
「……生かして帰す気か」
「貴様とのお遊戯も退屈凌ぎにはなるからな、生かしておいてやる、屈辱か?なら次はもう少しマシになってくるんだな」
「おお!ええわい!今日俺を無事に帰した事を後悔さしたるからな!」
「ハイハイ」
肩を竦めるドラゴンを一睨みするとバラダは外に繋がる道を……行こうとして慌てて振り向いた。
「言い忘れとった!俺の鎧はどないしたんや!?」
「これか」
ドラゴンはひょいと傍に置いていたバラダの兜を掲げてみせる。他の装備一式もドラゴンの背後に置かれているようだ。
「これは戦利品としていただいておこう」
「ちょ、待ちーや!?それは長年の俺の相棒……!っていうかそれがないと装備揃える金が……!」
「知らん」
「きいー!泥棒ー!人でなしぃー!」
「ドラゴンだ」
喚きながらバラダは足元の石をドラゴンにぽいぽい投げ付ける、ドラゴンはバラダの兜でカンカンと弾く。
「覚えとけやぁー!お前のかーちゃんでーべそ!」
子供のような捨て台詞を散々吐いてバラダは洞窟の外への道を走り去って行った。




「やれやれ……相変わらず騒がしい男だ、まあ、勘を取り戻すにはいい運動だった」
バラダが去った後ドラゴンは溜息をつく、そして手元に残ったバラダの鎧を改めて観察する。
長年の相棒というだけあってその鎧はかなり使い込まれた様子が伺えた、よくよく見てみると細かな傷がそこらじゅうにある。
殆どはドラゴンとの戦いで付いたものだ、中にはドラゴンの記憶に残っている傷もある。
「ふうむ……それにしてもこれは少々……」
ドラゴンは兜に顔を近付け、眉をひそめる、使い込んでいるだけあってバラダの匂いが染みついているのだ。
「ちゃんと体を洗っているのかあいつめ」
などとぶつぶつ言いながら鎧一式を抱えると湖のそばに飛び降りてその岸に近づく。
バラダは気付かなかったが、その水面をよく見てみると湖の底から鉱石とは違う輝きが放たれているのがわかる。
湖の底に沈んでいるのは金貨、銀貨、高級そうな装飾品、宝箱……そう、光を放っているのはドラゴンのいわゆる「収集物」達だった。
通常、水の底になど沈めていれば錆びて劣化するものだがここの湖の水には何がしかの魔力が込められているらしく、むしろ劣化を防ぐ役割を果たしてくれるのだった。
ちなみにバラダが寝ていた高級な毛布も奪ってきた交易品の一つである。
ドラゴンは今回の収穫物であるバラダの鎧をいつも通り湖に沈めようとしてふと手を止めた。
(……水に浸しては匂いが落ちてしまうな)
そう考えて思い止まり、鎧を岸に置いて考え始める。
(どうにかこの状態のまま保存できないものか……うん?)
そこでドラゴンは自分の考えの不自然さに思い至った。
(待て、なぜ私は匂いに固執しているのだ?あの男の匂いなど落としてしまった方がいいに決まっているのに)
また兜に鼻を寄せる、バラダの匂いがする。
(何だ?どうして私は……?)



「……」
バラダは鉱石の光の届かない暗闇を選び、足音と気配を消してそろりそろりと忍び歩いていた、簡易の魔法で体臭まで消している。
(ほんまはこんなん好きとちゃうんやけどな……)
そう、あの後バラダはそのまま逃げたと見せかけて気配を消して道を引き返しているのだった。
初めて喫した明確な敗北、なおかつ装備品まで剥ぎ取られている。
だからこそ油断する、今ならば必ずドラゴンは気を抜いているはずなのだ。
かといってその油断を突いてドラゴンを倒そうなどという考えはバラダの頭には無い、そんな勝ち方をしても意味が無いと思っている、バラダの目的は……。
(……ほんまに困るっちゅうねん……あれ取られると)
装備品だ、実際問題ドラゴンとの戦闘に耐えうる装備を揃える資金をバラダは持ち合わせていない、むしろ日々の宿代にも苦労する有様だ。
あの装備品はドラゴンと戦うためにあらゆる蓄えを投げ打って揃えた物なのだ。
如何にバラダが強靭であっても裸一貫でドラゴンと渡り合うなど無謀以外の何物でもない。
(ちょいと掠め取って……そんで鍛えて再戦や、もっかい金稼ぎからなんてやっとれるかい)
バラダの耳に地底湖の水音が聞こえてくる、どうやら先程の場所にまで戻ってきたらしい。
岩陰から地底湖の岸周辺を伺ってみるが、誰もいない。
(どこにおんのや……?)
「――――」
その時集中していたバラダの聴覚に微かな声が届いた、いやに甲高い声だった。
(……何の声や?何しとるんや?)
行くべきではないのだが、何をしているのかが気になったバラダは声の発生源に近付く。
「……ぁっ……ぁぁ……んっ……んぁ……」
近付くにつれて声が鮮明になってくる、同時にバラダは何だかどきどきし始める。
(これ……ドラゴンの声やんな?……間違いないねんけど……何かこう……まさか)
「ぁぁ……ぁ〜ぁっ……ぁっぁっぁっ……」
子供の泣き声のようにも聞こえるその声はどうやら大きな鍾乳石の後ろから聞こえて来るらしい、半ば鎧の事が頭から消えかかっているバラダは抜き足差し足でこっそり岩に近付いて行く。
と、その岩陰の上に何かの影がゆらりと揺れるのが見えた、バラダは咄嗟に身を固くする。
「ふぅ〜……ふぅ〜んぅ……んぁぁ……ぁっ……」
また影が揺れる、そこでバラダは影の正体に気付く、尻尾と羽根だ。やはり声の発生源はドラゴンで間違いない。
「……ごく」
バラダは固唾を飲んでそっと岩の裏側を覗き込む。
「くぅぅ……ぁぁぁぁ……」
ドラゴンは地面に突っ伏するようにしてその身体をもぞもぞと蠢かせていた、むっちりと肉付きのいい尻が掲げられており、その股の間にごつごつとした手を差し込んでしきりに動かしている。
「ふくぅぅぅぁぁぁ……」
その目で確認するまでは半信半疑だったが目撃してしまったからには間違いない、ドラゴンは自慰行為に耽っているのだ。
(これは……!なんちゅうこっちゃ……!それにしても……ええ乳しとる思っとったけど……尻もええぞ……!)
バラダは食い入るようにそのドラゴンの痴態に見入る。ズボンの前はぎんぎんに突っ張っている。
バラダ・アミエンツ、片田舎の出身でありながら勇者の資質を持ち、その武勇を近隣に轟かせた通称「野生の騎士」、童貞である。
(ぐぬぬ……ここで一発抜いてしまいたいけどそれは流石に厳しいか……!?せめてこの後思い返してオカズに出来るように脳裏に焼き付けて……!)
もはや思春期男子と化したバラダは目の前の痴態をいかに有効活用しようかと頭を捻る。
カチャ……カチャン……
(……にしても何の音やさっきから?)
ドラゴンが身をよじるのに合わせて何か金属が擦れ合うような音がするのだ。
「すぅ……ふぅ……すふぅ……」
それにドラゴンはしきりに何かに顔を擦り付けて匂いを嗅ぐような仕草をしている、犬のようだ。
カラン。
(しまっ……!)
金属音の発生源が何なのかを知ろうと身を乗り出したバラダは焦って物音を立ててしまう。
その音にびくりとドラゴンの体が反応する。
素早く頭を引っ込めると極限まで息と気配を殺す。
「……」
「……」
洞窟内は沈黙に包まれる。
好みでは無いのであまり使われる機会は無いが、実はバラダは隠密の術にも長けている。
冷や汗を流しつつも岩肌の上を音も無くするすると移動して岩影から離れる、使っている技術は高等だが心境は覗きを見付かった痴漢そのものだ。
どうやら岩陰からはそれ以降物音は聞こえない、現場を離れるにつれて徐々に緊張が解けて行く。
(危ないとこやった……しっかしあないな事になっとるとは魔王さんの代替わりの影響かいな?ま、何にしろええもん拝ませてもろた……あ……鎧ん事忘れてた……どないしょ……)
肝心な事に気付くが、さりとてあの現場に戻る訳にもいかずどうしようかと悩んでいる時だった、気を抜きかけていたバラダの耳にまた音が聞こえた。
バタタタタッ
翼がはばたく音だ、しかも相当なスピードでこちらに向かって来ている。
(あ、これ詰んだかもしれん)
内心思いながらも必死に足音を立てずに走り出すバラダ、しかし洞窟内に響く音は迷うことなく一直線に向かって来る。
(な、何で分かるんや!?)
気配も音も匂いも極力封じているというのに何故そんなにこちらの位置が正確にわかるのか。後で分かった事だがこの時ドラゴンはバラダの音でも気配でも匂いでもなく「精」を感知して追跡していたのだ。
旧時代の魔物には出来ない芸当だ、もっともそんな事は追われているバラダも追っているドラゴン自身にもわからない。
とうとうその音はバラダの背後にまで辿り着く、風を切る音が頭上を超え、目の前に半人半竜の女がずしん、と着地する。
「ぐぅるるるる……」
その形相はまさしく憤怒。尖った八重歯を剥き出しにぎりぎりと歯ぎしりをし、顔色は耳の先までマグマが如し、睨みつける目尻にはちょっぴり涙まで浮かんでしまっている。
(あ、かわいい)
一瞬呑気な感想を抱くが、食い縛った歯の間からブレスの前兆である白い煙が立ちのぼり始めるのを見て一瞬で肝が冷える、鎧を付けていない状態でブレスを受けてしまったら勇者だろうがなんだろうがローストの一丁上がりである。
「ままままま待ちぃや!話し合おうや!俺が一方的に悪い訳でも……!」
「ぐるる……ニンゲェェン」
(アカン)
必死に諌めようとするが全く聞く耳を持たない状態だ。
「愚かなり……もはや貴様には消えてもらう以外道は無い」
ドラゴンの口腔内が光を発し始める。
(ああ……これまでかいな……魔物相手に覗きがバレて黒こげにされて終了とかしょうもない最後やのう、おとん、おかん、すまん、せやけど俺は生きたいように生きたで……!)
走馬灯の如く脳裏を駆け巡る今までの思い出、そして今際の際の視界に映るドラゴンの姿、その手にぶら下げられている……。
「……えっ、それ何で……」
思わず指差したのは何故かドラゴンが持っている自分の兜、奪われたのだから持っていてもおかしくないがこの場面になっても手に掴んでいるのは不自然だ。
その直後、バラダは大変珍しい光景を拝む事になる。
「はぶっぶふっ!?げほっごほっごほっげほっ!?」
ブレスを喉に詰まらせてむせるドラゴン、多分人に話しても信じてもらえない珍現象である。
そしてバラダの野生の本能は一瞬のチャンスを逃さない、頭が考えるよりも先に体が獣の如き瞬発力でドラゴンに突進して行く。
矢と化したバラダの体がドラゴンの胴体を直撃する、ドラゴンは慌てて体勢を保とうとするがやはり人間の体の運用法はバラダに一日の長がある。
腰の下に潜り込んで体を押し上げ、浮足立った軸足に足を絡めて引き倒す。
どうにか足掻いて体の下から抜け出そうとするがバラダは巧みな動きで上位を譲らない。
「ぬうう、姑息な……」
「ふいぃ、ドラゴン相手に人間の体術が役立つとは思わなんだわ……」
馬乗りになられたドラゴンは悔しげな視線を向ける、口からは煙も出ていない、どうやら寝転がった状態ではブレスは吐けない様子だ。
(……うん?そういやこの状況……)
バラダはにやりと悪ガキのような笑みを浮かべる。
「この状況どう思う?やろう思えば締め落としたりぼこぼこにしたりできんねんで」
「ぐう!?」
言われて改めて体を起こそうともがくが全く身動きができない、力では勝っているはずなのに手も足も出ない。
当然の事かも知れない、人同士の戦いの技術などドラゴンにとっては完全に未知の領域だ。
「俺の勝ちやろ」
「ふざけるな……人間ごときに私が……!」
「認めえや」
「うるさい……!」
ずい、とバラダはドラゴンに顔を近付けてその目を睨み込む。
「無駄な怪我させたないんや、認めえ、俺の勝ちやな?」
トクン……
その鋭い三白眼に睨まれた瞬間、ドラゴンの胸の奥で何かが脈打った。
生まれてから今まで気の遠くなる回数を刻んできた心臓の鼓動、しかし今の鼓動は生まれて初めてのリズムだった。
その一回の心臓の収縮によって送り出された血液は今までの血液とはまるで別物になってしまったようだ。
トクン、トクン、トクン
「あ、あ、あ……」
別物になった心臓から送り出される別物の血液が鼓動を刻むたびに全身の血管に行き渡って行く。古い血が淘汰され、全身が新しく生まれ変わって行く。
「私、の……」
ドラゴンの大きく見開かれた瞳からほろほろと涙が零れ落ちる。生まれて二度目の涙、母の胎内から産み落とされた時に上げた産声から数えて二度目の涙。
悔し涙と感涙が混じり合った何とも言えない涙だった。
バラダは内心動揺を覚えるがそれは顔に出さず、強い眼光で睨み続ける。
「負け、だ」
その言葉を口にした瞬間、ドラゴンは全て理解した。自らの気持ちを、そして今回起こった全ての魔物に対する変化を。
「……」
その言葉を聞いてバラダはゆっくりとドラゴンの上から立ち上がった。ドラゴンは立ち上がらない。
バラダはくる、と背を向けるといきなり地面に思い切り拳を叩き付けた、ぼこ、と地面の岩が小型のクレーターのようにへこむ。
「うおおおおおおおおおお素手や!素手で勝ったぞおおおおお」
洞窟内にバラダの雄叫びがわんわんと響く、物凄い大声だ。
「ちょっとセコいけど負けたって言わしたかんな!俺は今日からドラゴンスレイヤーや!」
「そうだな、お前の勝ちだ……」
背後から掛けられた声に振り返るとドラゴンは半身を起こした状態だった、何故だか妙にしおらしい。
「私に勝ったはいいが、これからどうするんだ?」
「……別に、勝った後の事なんか何も考えてへん、これから考えるわ」
「無計画な奴め」
ドラゴンは微笑んで乱れた髪を撫でつける、その仕草にバラダは何故だかどきっとしてしまう。
「私のコレクションが目的だった訳ではないのか?」
「コレクション?」
「財宝だ、私達は収集癖があってな、大抵喧嘩を売って来る輩はそれが目当てなのだが……」
「いらん」
「……何?」
「そないにぎょうさん銭抱え込んで何に使ったらええねん、それ目当てのアホが寄って来て面倒起こるだけやろ」
「それはそうかも知れんが……」
「貰うとしたらそやなあ……」
バラダはひょいと手を出した。
「鱗」
「うん?」
「鱗ちょうだいや、ドラゴンに勝った記念品に持っときたいねん」
「鱗だけでいいのか?私の全部はお前の物だというのに」
「おう、……ん?ああ、……うん?」
ドラゴンの言葉に違和感を感じ、首を傾げるバラダ。そのバラダを潤んだ目でじっと見つめるドラゴン。
「……あ、あー、せや、鱗もやけど装備返してえな、高かったんやであれ」
どぎまぎしながら要求するバラダ、ドラゴンは残念そうな顔をする。
「お前の匂いが付いていてお気に入りだったのに」
「匂いっておま……」
そう言われて思い出す、ドラゴンの自慰を覗いた時に響いていた金属音、何故か今もドラゴンの手に握られている自分の兜。
「……ええと……」
いい加減鈍いバラダもドラゴンが発する桃色の空気に気付き始めた。
しかし気付いた所でバラダはどうしていいかわからない。その人相の悪さから女性からは避けられるのが常であり、モテた試しがない。
そして戦いにおいては信じられない度胸と豪胆さを発揮するバラダはそっち方面では……。
「……じゃあの」
ヘタレであった。
何も受け取らないままに踵を返してすたこらさっさと逃げ出そうとする。
しかし完全にメストカゲと化したドラゴンがそんなバラダを逃すはずもなかった。
ぬうっと背後から伸びて来た竜の手に肩を掴まれて引き戻される、流石に凄い力だ。
「どこへ行くのだ愛しい人間よ」
「いいいい愛しいってなんやねん、お前魔物やろが?人間の仇敵なんやろ?」
「昔の話だ、私は変わった……いや、本質的には変わっていないがな」
「お、女の姿になったからかいな?」
「昔から私は雌だ、そして……やはり昔からお前に惹かれていたのかもしれん」
矮小な人間の身でありながら諦める事無く繰り返し挑んできた人間、ずっと疎ましいと思っていた。
しかし思い返してみると本当に疎ましいと思うならばこの洞窟から去って住処を変えればよかっただけの話なのだ。
自分は無自覚にこの人間と合う日を待ち侘びていた、挑んで来る日を指折り数えて待ち続けていた。
「いつかお前を食らってやりたいと思っていた」
「怖いわ!?」
「思えばそれはお前に対する想いが捻くれて発現した結果の欲望だったのかもしれんな……だが、今なら正しくその欲望を叶える事が出来る、出来る身体になったのだ」
もうバラダが逃げない事を確認するとドラゴンはそっと手を離し、バラダから距離を取る。
そして胴体の大事な部分を覆う鱗を消してその裸体を晒して見せる。
雄大な質量を誇る乳房、野性味を感じさせる引き締まったウェスト、豊かな腰回りに無毛で丸見えな局部。バラダはまたも口をぽかん、と開けて見入ってしまう。
「ふふふ……そういえば前もそんな反応をしていたな……あれはそう言う意味だったか、騙し討ちのような事をして済まなかったな」
「ああ、うう」
「もう一度問うぞ……鱗だけでいいのか?」
バラダは最早返事をする余裕すらなくその魔性の肢体に引き寄せられるようにふらふらとドラゴンに近付いて行く、ドラゴンは微笑を浮かべたまま動かない。
もみゅ
とりあえずバラダは以前から散々自分を挑発してきた憎らしい膨らみに触れた、いや、鷲掴んだ。
「あぁはっ」
ドラゴンが吐息を漏らす。その声を聞いた瞬間バラダの中で何かがぶちん、と音を立てて切れた。
「こんのっ……!」
ぎちぎちぎちぃ
「ひぃぃああ!?」
歪に変形する程に指を食い込ませ、存分にその生意気な弾力を手の平で味わう。
相手への気遣いも何もない乱暴な手付きだ、それがドラゴンにはたまらない。
「最初に会った時からやぁっ!目の前でたぷたぷたぷたぷさせよってからにこの牛乳竜がっ」
「んあぁぁ牛だなんてそんなっ♪」
バラダは乳房を掴んだままドラゴンを地面に引き倒す。ドラゴンを屈服させたあの時と同じ体勢だ、嫌がおうにも下腹部が疼く。
強引に足を開かせるとかちゃかちゃと余裕なく性器を露出させるバラダ。現れた肉の凶器に畏怖と歓喜の混じり合った表情になるドラゴン。
「くっそ……どこや……」
慌てて挿入を試みるがうまくいかない、気ばかりが急いて余計に正確な動きが出来なくなる。
その時、不意にいい匂いと共に唇に優しい柔らかさが触れた、ドラゴンがそっと触れるだけの口付けをしたのだ。
「焦らなくていいぞバラダ、私はどこにも逃げない」
目尻に涙を浮かべて微笑むドラゴン、その表情を見てバラダの荒れ狂うような獣欲が急速に沈静化する。
「お、おう」
少し冷静になると直前までの自分の余裕の無さに気恥ずかしさを覚えてしまう。
「……なあ、名前」
「うん?」
「お前、名前ないんか?」
「特に無いな、人間と違って名を付ける習慣はないから……」
「せやけどいつまでも「お前」とか「ドラゴン」でも変やろ……こ、これから長い付き合いになるんやし……」
「お前が付けてくれたらいい、お前に呼ばれる為の名だ」
健気な台詞にまたびきびきと剛直が硬度を増す、理性を取り戻したとは言え興奮が鎮まった訳ではないのだ。
「じゃあ……「ブルー」って、どうや?」
「ブルー?」
「お前の住んどるこの洞窟って青いやん?せやから……」
「くくくっ」
「へ、変か?」
「いや、いいと思うぞ……単純でお前らしい」
「なんや馬鹿にされとるような……」
「そんな事は無いさ……ほら、ブルーの初めてを早く貰ってくれ、お待ちかねだぞ?」
ブルーはそっと股間に手をやるとくちゃぁっと性器を割り開いて見せる、バラダは無言で腰を押し進める。
僅かな抵抗を感じたが長引かせると余計に痛いだろうと思い、思い切って突き込む。
「ひぃ、いっ」
奥にまで到達した瞬間ブルーはおとがいを逸らして涙を散らせる。
(アカン)
狭い肉に押し入りながらバラダは思った、これは長く持たせるのは無理だ。あまり早くいかされてしまうのは男の沽券に関わるが、出来る我慢と出来ない我慢がある。
侵入者を待ち侘びていたかのようにブルーの肉が襲いかかり、よってたかって射精させようと愛撫してくるのだ。自分の右手しか経験が無い童貞に耐えられる刺激ではない。
「すま、ん」
「あぁっっ!?きゃあぁーーーーーー!?」
高い高い悲鳴が上がった、バラダが膣内で思い切り射精したからだ、ヨーグルトのように濃い精液が次々にブルーの中に打ち込まれて行く。
「あっ……あぁっ……あみゃああああああひゃぁぁあああああ」
途端に痛みに耐えていたブルーの表情が激変する、目尻が下がり、子供の泣き顔のような顔になる。
「おい、ひ、きもひ、いぃ」
「ぐぅっうっ!?」
歓喜に打ち震える膣内はもっと寄こせと言わんばかりに射精している最中のバラダを扱き上げて来る。たまらず更に大量の白濁を注いでしまう。
「だいっ……大丈夫か?痛ないか?」
「もっとっもっとしてくれ、入れてくれ、注いでくれ」
気遣うバラダに涙目で懇願するブルー、痛みどころか快楽で溺れそうになっている。
「乱暴に、征服してくれぇ」
「……おお、そうかい」
あろうことか乱暴な扱いを所望してくる、バラダはそのブルーの気持ちを汲み取る。
「ひきゃっ!?」
途端にバラダはむんずとブルーの足と翼を掴む、驚いて悲鳴を上げるブルーに構わず強引に引っ張って繋がったままブルーの身体を裏返す。
「にぁっ!?ねっっねじっっねじれっえぐれてぅ!?」
繋がったまま回転するものだからバラダの剛直がドリルのように内部をえぐる、腹の肉をこそげ落とされるような感覚にブルーは目を白黒させる。
裏返して後背位の形になると一対の翼を根元から掴み、それを手綱代わりにして思い切り腰を打ち付ける。ばちぃんと景気のいい音が結合部から響く。
「おお゛っ」
腹の底から漏れるような声を上げてブルーの目が裏返る、振り子のように揺らされた乳房が顎付近にまで跳ね上がり、ぺちん、とぶつかる。
「お望み通りにしたらぁ、マゾドラゴン」
「うぐっ、んぐぁっ、おぁっ、へひぃぁ」
一突きされる度に断末魔のような嬌声を上げるブルー、明らかに先程の体位の挿入よりも深く感じている。
体が揺れるのに合わせてばちん、ばちんと手を叩くような音が体の二カ所から響く、打ち付けられる腰と滅茶苦茶に振り乱されてぶつかり合う二つの乳房からだ。
「ばら、だ、ばらだぁぁ、すごい、たくましぃぃ♪」
涙と涎でぐしゃぐしゃになった顔で振り返り、歓喜を伝える。その表情にバラダ自身も知らなかった加虐的な欲望に火が付く。
欲望の命じるままに手を伸ばすとブルーの頭部に生える立派な一対の角を両手で掴む。
「きゃあ!?」
そうやって頭部を押さえ付け、全身で背後から覆い被さって小刻みに腰を打ち付け始める、子宮口を何度も何度もノックするように。敗北を教え込むように。
ドラゴンの角を掴むという行為がまたバラダの征服欲とブルーの被虐的快楽を加速させる。
「ふぅおぉ、おっ、おっ、おっ、おぉっ、おーっ、おおおっ」
コツコツコツコツとノックされ、子宮口はだらしないくらいに柔らかくこなれてしまう、人間の子種を孕む準備を整えさせられてしまう。
征服されてしまう。
バラダは角を引っ張って顔の角度を変えさせ、耳元に口を近付けた。
「俺の勝ちや、ブルー」
屈服を強要する言葉、ドラゴンの本能に突き刺さる一言だった。
「はひ、まいりまひあびゃあああああああああああああ」
最後は降参の言葉すら告げさせてもらえなかった、子宮口にまでめり込んだバラダの剛直が爆発的な射精を開始したからだ。
子供を作る部屋に直にびしゃびしゃと熱く、美味な白濁がぶちまけられる。
「かはっ、くひゅぅ」
もはや声も出せないブルーの頭ががくん、と落ちる、バラダは慌てて地面に顔をぶつけないように角を引っ張る。
その角を引っ張られる刺激がまた快感だったらしくブルーの膣内が狂ったように蠢き、意識を失ったはずのブルーの体がくねくねと腰をくねらせて精をねだる。
「ぐぅぅぅぅぅっ」
バラダも角を握り締めながら最後の一滴までブルーの中に注ぎ尽くすのだった。




三日後、「虎の顎」の入り口には複数の男達の姿があった。
「やっと着いた……このあたりだな……」
「どんな様子だ……?」
麓の村の若者達だった。
「虎の顎」がある山の麓の村はバラダが中継地点として頻繁に訪れていた場所だ、当然村人達はバラダの無謀な挑戦の事も知っている。
愚かな挑戦だと当初村人達は思っていたが、無謀な戦いを繰り返しながらも何度も生還する姿を見るうち、本当に倒してしまうのではないかと期待を寄せる人々も少なからず出始めた。
そんなバラダがとうとう山を登ったきり降りて来なくなり、三日が経った。
ついに討ち死にしたかという噂が流れたが、その三日の間ドラゴンの姿もまた見掛けなくなった。
もしや同士討ちになったのではないか?いや、ドラゴンを倒した後村に姿を現さないまま帰ったのではないか?倒しはしたが負傷で動けなくなっているのでは?
色々な憶測が流れた末、直に確認してこようという考えに至って結成されたのがこの若者達の一団だったのだ。
男達は松明に火を灯すと恐る恐る洞窟の入口を照らす。
「奥に入って見ないとわからないか……?」
「いやそれは危険すぎる……待て、誰だあれは!?」
見てみると洞窟の奥の暗闇から一人の人影が歩み出て来るのが見えた。
「何だあれは……!?」
女だった半人半竜の今まで見た事の無い生き物だ。
「ふぅ……ふぅ……何の用だ……人間共め……」
しかしどうも様子がおかしい、全身が真っ赤に紅潮しており、息が荒い、足取りもおぼつかないようだ。
「お、お前はドラゴンなのか?」
恐る恐る若者の一人が尋ねるとドラゴンは答える。
「ふぅー……いかにも、お前達は麓の村の人間達か……何の用だ」
じろりと睨むドラゴンにたじろぐ男達、姿は変わってもその威圧感は変わらない、やはりあのドラゴンなのだ。
「バ、バラダは」
「うん?」
「バラダはどうした?ここに来ていた騎士だ!」
一人が思い切って尋ねる。
「バラダ……?あぁ、あの愚かな騎士か……食らってやったわ、他愛のない男だった」
ふん、と鼻を鳴らして姿の変わったドラゴンは事もなげに言う。
「な、なんだと……!?」
「貴様……!」
殺気立つ男達を一瞥してドラゴンは冷笑を浮かべる。
「あの男に何の期待を抱いていたのだ?所詮人間がドラゴンに敵うなど「おーぅ、お前達か」」
男達は目を丸くする、喰われたはずのバラダがドラゴンの背後からひょいと顔を出したからだ、同時にドラゴンがぴき、と硬直する。
「何や俺ん事が心配でわざわざ見に来たんか?ご苦労さんやの、まあ見ての通りぴんぴんしとるから心配いらんよ」
「あ、ああ、し、しかしその、ドラゴンは……」
「うん?ああこいつな、色々あったけど今は仲良うやっとるわ」
笑いながらぽすぽすとドラゴンの頭を叩くバラダ、男達は呆気に取られ、ドラゴンは冷や汗をだらだら流している。
「で、ブルー?誰が俺を食ったって?」
「いやその、人間に対する癖で……」
「癖?そっかぁ、まだ躾が足りんかぁ、よしよしもっかい躾直しやな」
「ちょっ……!」
にこにこ笑いながらバラダはドラゴンの角を掴んで洞窟の奥に引き摺って行く。
「まままま待ってくれ!いくらなんでもこれ以上は壊れてしまう!」
「大丈夫大丈夫、ああ、みんな心配してくれておおきにな、俺はもうちょっとやることあってもう何日かは降りひんからよろしく」
「あ、ああ」
立ち尽くす男達を置いて二人は洞窟の闇の中に消えて行った。
暫く呆然としていた男達だが、すぐに洞窟の中から聞こえて来る声に気付く。
「ぁっ……ぁっ……ぁっ……」
最初は小さかったその声はやがて音量を増していく。
「ぁっ……!ぁあっ……!……んんんぁぁあああああああああああ!ゆるじで!!ゆるじでぇぇぇ!!!ひんじゃああああうううう♪んおおおおおおおお♪」
どこからどう聞いてもアレな声に一同は顔を見合わせる。
「……無事だったし……こう、忙しそうだから帰るか……?」
「あ、ああ、何か、邪魔しちゃいけないみたいだしな……」
「よ、よかったよ、うん」
そう言って若者達は洞窟を後にした、前屈みで。




骨の髄まで屈服しきってべたべたになったドラゴンと何かをやり遂げたような顔のバラダが村に降りて来たのはそれからさらに三日後の事だった。
13/02/03 22:06更新 / 雑兵
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■作者メッセージ
ドラゴンの方が先に完結するっていうね…いや、イェンダの方も頑張ってますですはい!
関係ないですが「堕落の工程」に表紙的な何かを追加したんや、気付かれない可能性も高いのでここで宣伝します…イメージ壊れたらごめんなさいw

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