読切小説
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貴方に轢かれました♪




 社会人になって数年。
 ようやく新人の肩書きが取れたと思えば、張り紙一つで地方の営業所へ。先輩はこの会社一の出世コースだ、とか何とか言っていたが、体のいい厄介払いだろう。
 別に俺が何かヘマをやらかしたわけではない。
 新人だから流石にミス無しとはいかないものの、だからこそ二度と同じ失敗は繰り返さないように勤め、そして同じ失敗は現に繰り返さなかった。
 しかしそんな俺の努力も、同期入社の期待のアイツが居たのでは、ただの失敗をしまくる男にしか目に映らないだろう。
 なにせアイツは一流大学出のイケメンで、事務仕事や営業回りもそつなくこなす完璧超人なのだ。俺のような三流大出の凡人が逆立ちしたって、一つたりとも勝てる要素がない。
 輝く太陽の前に、豆電球の光など必要とする者はない。なので豆電球が欲しいという場所へ送ってやろう。
 それぐらいの感覚で、きっとおそらく俺の処遇は決まったのだろうと思っている。
 まあいいさと半ば諦めの境地のままに引越しをし、地方の営業所で慣れない方言を喋る上司に揉まれる毎日を、いまは繰り返している。
 環境の変化は心身共に影響するとは良く言ったもの。
 初めての土地で暮らし始め、足が必要になったので捨て値で売っていた中古の軽を購入し、歓楽街など近場には無いので生き抜きも出来ず、会社と自宅をただ往復する毎日に、俺の体も心も疲れきっていた。
 そしてそんな折に本社の誰かがヘマをやらかしたらしく、そのとばっちりが何故か遠く離れたこっちにまで押し寄せ、ここ数日は残業してまで火消しをしなければならなかった。
 今日はここ数日で見慣れてしまった、営業所のソファーで寝転がる先輩と上司に退社の挨拶をして、俺は疲れた体を引きずるようにして車に乗り込み、自宅への帰路に着いた。
 そしてつい先ほどまで、半ばルーチンワーク化した運転で、車を転がしている最中だった。

 なんで俺が今更こんな事を思い出しているかというと、俺は今人生で最大のヘマをやらかしたからだ。
 いや雨が降っていたからだとか、対向車がハイビームにしていたせいで目が眩んで数秒間道が見えなかったとか、色々と言い訳は出来る。
 しかしそんな事で、俺のやらかしたヘマが帳消しになるわけではない。
 俺がどんなヘマをしたのか。
 簡単だ。人を轢いてしまったのだ。
 雨足が強くなってきてワイパーを早める寸前、車のライトで目が眩み、悪態を付きつつ目にちらつく残光に辟易していたその時、ワイパーがフロントガラス一面の雨粒をふき取ると、直ぐ目の前に和服姿の女性が立っていた。
 慌ててブレーキを踏みつけたが、無駄だと自分自身分かっていた。
 車体に走る軽い衝撃と、フロントガラスに撥ねた女性が叩きつけられる音。女性は前へと吹き飛ばされ、ライトに照らされる地面を転がる光景。
 やってしまった。という思いと同時にどうしたら良いかを考えてしまう。
 チラリと視線を車内時計に向けると、女性に追突して一分も経ってない。視線を前に戻す前に、ふと三つのミラーを横目で確認して、回りに他の車は居ない事を知った。
 幸いな事に車は居ないから逃げろと保身を訴える俺と、轢いてしまったからには責任を取れと責める俺が心の中で暴れまわる。
 逃げる事はできただろう。ちょっとアクセルを踏みさえすればいい。そのまま自宅で寝て忘れる事も出来るだろう。
 しかし、そんな事は出来ない。
 幾ら三流大出で凡人で、うだつの上がらない駄目社員の俺でも、やって良い事とやってはいけない事の区別は付く。
 ここで逃げるのはやってはいけない事だ。
 
「おい、アンタ。大丈夫か?」

 自分が仕出かしたのに、大丈夫もないだろうと心の中の俺が話す中、車を降りて雨でずぶ濡れになりながら道路の上に横たわる女性へと歩き寄る。彼女も雨に打たれた所為でずぶ濡れになっていた。
 何故か俺は咄嗟に回りを見渡してその女性の傘がないか探したが、轢いた時に車のライトの届かないところへと吹き飛ばしてしまったのだろう、近くには見当たらない。
 しょうがない。こんなものでもないよりましか。
 そう思い俺はスーツのジャケットを脱いで女性へかけてやりながら、女性へ外傷がないか確かめた後で、少し強めの力で女性の肩を叩きながら話かける。

「おい、大丈夫か?意識はあるか?」

 あんなに派手に吹っ飛んだんだ、意識があるか怪しい。叩いても目を開けないしうめき声も出ない。
 はっとして口元に耳を当てて息をしているか確認するが、呼吸をしている様子がない。胸も上下に動いていない。首筋に手を当ててみると、冷やりとした皮膚の冷たさは感じたが、脈拍を感じることは無い。

「ちくしょう。本気かよ!」

 教習所でしか習っていないうろ覚えの人工呼吸を思い出し、女性の気道を確保し、少し躊躇してからその唇に口を付けて息を吐く。
 そして女性の胸に手を当てて、心臓マッサージのために、少しへこむぐらいの力強さで圧迫する。
 しかしその手ごたえがおかしい。
 教習所ではもっと硬い手ごたえだった覚えがあるのに、なにか柔らかいベッドマットを押しているような感触。
 もしかしたら胸骨が粉砕しているのかもしれない。しかし何はともあれ、心臓マッサージと人工呼吸が優先だ。内臓が傷ついたらとかは気にするべきことじゃない。
 何度か人工呼吸と心臓マッサージを繰り返していたら、薄っすらと女性が目を開けた。

「おい、確りしろ!あ、そうだ救急車!」

 幾ら焦っていたとはいえ、ここでまたヘマをやらかしてしまった。
 俺は慌ててズボンのポケットから携帯を取り出し、119に緊急電話を掛ける。
 早く出てくれと願う俺の目が、女性が何かを言おうとしているように、口を開け閉じしているのを捕らえた。

「何だ?何が言いたい?」

 咄嗟に口元に耳を当てて、何が言いたいのかを聞き取ろうとする。
 すると小さいながらも、はっきりとした声で女性はこう告げた。

「また後ほど、お会いしましょう」

 そして俺の顔を怪我人とは思えない力強さで掴むと、俺の口へ唇を合わせてきた。
 さらににゅるりと舌が俺の口の中に入り、俺の歯を端から端まで舐めてきたところで、俺は思わず手で突き放してしまう。

「な、何をする……んだ……」

 そして目を一瞬逸らした隙に、その女性はもう何処にも居なかった。
 回りを見渡してみても女性の影はおろか、彼女に掛けていた俺のジャケットも、道路の何処にもなくなっていた。

『もしもし。どうしましたか?』

 混乱する俺の手の中で、電話から男性の声が漏れ出ていた。


 ようやく自宅へと戻ってきた。時計を見るともう0時は過ぎてしまっていた。
 あの事故の後、俺は俺が呼んだ警察の立会いの元で、俺が起こしてしまった事故の実況見分をさせられた。
 しかし警察の誰もが最後に女性が消えたんだと俺が言うと、俺の方を怪しい者を見る目つきで見てくる。

「ちょっと車の中、良いですか?」

 そう警察に言われて即了承した。
 事故の証拠でも探すんだとあの時は思ったが、今自宅で冷静になって考えてみてみれば、あの隅の隅まで窺う調べ方から察するに、俺が何か危ない薬でもやって、幻覚を見ているのではないかと思ったのかもしれない。
 警察が車の中を捜している間に、鑑識の人にあれやこれやと事故の詳細を説明したが、車の前を見ていた鑑識の人が首を捻り、何度も俺にその女性が何処にぶつかったのかを聞いてくる。
 そのたびに俺は同じ事を何度も言ったのだが、その度に鑑識の人の困惑が深くなっていくのが分かる。
 やがて警察の人も車の中に怪しげなものは無いと分かったのか、俺の車から出てきて鑑識の人となにやら話し始める。
 雨の音でよくは聞こえなかったが、どうやら事故を示す証拠が見あたらないといった感じの事を言っていた。
 すると警察の人が俺の近くに来て、こう言った。

「一応念のために、住所とお名前は控えさせていただきますが、お帰りになってよろしいですよ。ああ、お疲れの様ですし、家までお送りしましょうか?」

 要するに疲れから幻覚が見えたんじゃないか。そう片付けられてしまったのだった。
 
「まったく、一体なんだったんだあれは……」

 ベッドの上でごろりと風呂上りの体を横たえて、もう一度事故の事を思い出す。
 仮に車で女性を引いた事は間違いだったとしても、あの雨に濡れる感覚と、口に感じた女性の唇の感触に、手で押した女性の胸元が沈み込む感じは紛れもない事実。
 事実のはずだ……
 
「ひっくしぃ!」

 ずぶ濡れのまま運転して帰ってきて速攻風呂に入ったのだが、どうやら体の芯まで冷えていたらしい。
 背中にぞくぞくと悪寒が走るので分かる。
 これは明日は風邪をひくなと他人事のように考えながら、もう夜遅いしと上司にメールで事故を起こしたかもしれないと連絡を入れようとして、そのままベッドの上で寝てしまった。
 そうなると翌日どうなるかといえば、予想通りに風邪をひく。しかも出社できないほどの風邪を。

「もひもひ。あ、ずびまぜん――」
 
 自分でも何を言っているのか分からないほどに酷いガラガラ声だが、上司は何となく察してくれた様で、有給扱いにするから詳しい事はメールで伝えなさいと言って電話を切ってしまった。忙しいのにありがたいことだ。どうにかして今日一日で風邪を治そう。
 ベッドの中に入り直しながら、携帯メールで自分の状況を簡潔に書いて上司へと送ろうとして、ふと昨日の事故の事を書くかどうか迷った。しかし一応は連絡を入れるのが筋だろうと、自動車事故を起こしたが警察からそれは夢の可能性が高いと言われたという内容で送る事にした。
 多分このメールを受け取った上司は、俺の身や会社の立場よりも、俺の頭の中身を心配するだろうなと苦笑しつつ、俺は目を瞑って寝ようとして詰まった鼻にふわりと料理の良い匂いを感じた。
 隣の人のかな。俺もちゃんと栄養のあるの食べないと。とか考えていると、俺のベッドの直ぐ側に足音。
 目を開けてみると俺の目の前には、女性の随分と色白な足らしきものがあった。

「あら、お電話終わったんですか。旦那さま」

 そんな声が聞こえ、ああとうとう昨日の幻覚に続き幻聴が熱の所為で聞こえ始めたかと、視線をその足の上にずらしていくと、昨日撥ねた女性と全く同じ和服。
 はっとして視線をもっとずらすと、手に持った鍋のその先に、風呂上りのようにしっとりと濡れた髪を垂らしてこちらをニッコリと笑顔で見る、昨日の女性と全く同じ顔があった。
 しかも昨日俺が無くした上着をその上に羽織っている。

「おはようございます旦那様。お加減は大丈夫でございましょうか?」
「お゛まえば、ごぼごぼごぼ!」
「あらあら駄目ですよ、そんなに激しく動いては。養生しないと」

 ベッドから跳ね飛びそうになった体がストライキを起こし、思わず咳き込んでしまった俺を、隣に居るこの女性は鍋を近くの机の上に置くと、そっと背を撫でてくれながら、ベッドの上へ俺の体を倒して寝かしつけようとする。

「じょっどまで!おまでは――」
「喉がお辛そうですね。では少々失礼を」

 何をするのかと言う間もなく、その女性に唇を奪われた。
 さらにずるりと彼女の舌が俺の口の中に入ってきて、その舌が俺の口内で行き成り伸び上がり、そして俺の喉の奥へと入り込む。

「おぼぉぅぇ!」
「〜〜〜♪」

 思わずえづく俺に対して、何故か嬉しそうなこの女。
 そのままたっぷりと、体感時間で三分ほど、女に喉の奥を舐められ続けた俺は、えづきすぎて胃が裏返りそうな思いをする羽目になった。
 そしてようやく満足したように、女は俺の口から舌を引っ込めるて自分の口の中へと戻すと、大きく喉を鳴らして何かを飲み干す。

「ご馳走様です♪」
「ご馳走様です、じゃねー!なんの……つも……あれ、喉が?」

 怒鳴った俺の声が元に戻っていたのに驚き、俺は何度となく発声練習をしてしまう。
 喉の調子は少し違和感がある程度まで元に戻っていた。

「これでお話しするのに、不自由はいたしませんね」
「……喉のことは礼を言うけど、誰だお前?」

 俺の言葉にきょとんと首をかしげているこの女。
 よく見ると俺の上着の下は、全身ずぶ濡れなのだが大丈夫なのだろうか?
 俺の看病する前に、タオルか何かで拭いたほうがいいと思うのだが。
 とか何とか熱でボーっとする頭で考えていたら、衝撃的な事を言われた。

「旦那様の女房ですけれども?」
「そうなの?……いやいや。結婚した覚えは無いぞ?」
「あなた様の妻である、ぬれおなごの衣豊ですよ。お忘れですか?」
「いやだから、お忘れも何も俺は妻を娶った……ぬれおなご?」

 俺は何かその言葉に引っかかり、田舎に住むのなら必要になるからとあのデキる同僚から貰った『魔物図鑑』を、ベッド近くの本棚から引っ張り出す。
 ぱらぱらと逆引きのページを捲りぬれおなごのページを探し当てると、早速そのページを開いて何が書いてあるか読み始める。
 要約すると、雨の日に現れて反応を返した男に取り付くスライムの一種。
 そんなのを俺は昨日轢いたらしい。

「あんなに力強く胸を揉まれたり、情熱的な奪われるように口付けされたので、もう貴方様しか旦那様に考えられません」
「いやそれは人工呼吸の手順だからな」

 でも確かに見ず知らずの胸に手を当てたり、唇を奪ったなーと熱に浮かされた頭で考えたところでハッと我に返る。
 ちょっと待て、車で撥ねたら普通は反応を返すに決まっているだろう。
 もしかしたら新手の当り屋なのかと疑ってしまう。

「もういいでしょう。旦那様はお風邪を引いておられるのですから、お布団の中で養生しなければ」
「ああ。うん……」
「お腹が減っておられると思いましたので、勝手に食料を使わせてもらいましたが、構いませんでしたでしょうか?」
「構う構わないってもう作ってるじゃん……確かに腹減っているけどさ」

 何かもうすっかり押しかけ女房になっている衣豊さんだが、仮にも自分を轢いた人を世話するなんて変だとは思わないのだろうか。
 しかし甲斐甲斐しく世話をするこの嬉しそうな顔を見ると、なぜか疑う事が恥ずかしい事に思えてきてしまう。

「卵とご飯とお葱のお粥ですよ〜。あーん、してください」
「いや、自分で――」
「あーん、ですよ〜♪」
「あ、あーん」

 衣豊さんのニコニコ笑顔に押し切られてしまい、情けなくも差し出されたレンゲをあーんと受け入れてしまう俺。
 出会って一日も経っていないのに、なんかもう尻に敷かれかかっているのは、俺がヘタレだからとは思いたくない。

「美味しいですか?」
「ああ、うん。美味しいよ」

 しかしこの粥。俺の家にあった材料で作ったとは思えないほどに美味しい。
 粥にちゃんと出汁の味が染み渡っていて、それに卵のふんわりとした食感と、火を半ばしか通していない葱のピリッとした辛味も合わさって、非常に美味しい。
 なんか腹のそこから温まる味とは、この粥の事を言うのかもしれないと思ってしまう。

「は〜、良かったです。食料がお米と即席麺に使用する材料しか無かったので、満足いただけるか不安でした」
「うぐッ――」

 衣豊さんの言葉に、思わず粥が喉に詰まりそうになる。
 確かに自分で料理するのが面倒くさいので、昼は店屋物なのでまだいいとしても、朝と夜はインスタントラーメンに薬味と卵を入れて、余った汁にご飯を入れて雑炊風にする事が、ここ最近の俺の食生活だった。
 遠まわしに俺の食生活を非難しているように聞こえるが、ホッと胸をなでおろしている様子を見ると、ただ本当に俺の口に合うのかだけが心配だった様だ。

「まだまだありますから、お腹いっぱいになるまで食べてくださいね」
「え゛。もしかしてそれまで、ずーっと続けるつもり?」
「もちろんです。はい、あーんですよ〜♪」

 ずいっとレンゲを差し出してくる衣豊さんに、ああもうどうにでもなれと、大口を開けてぱくっとレンゲを咥える。
 その時に衣豊さんの指を少しだけ舐めてしまった。

「あんッ。……もう、私の指をしゃぶらないで下さい。我慢できなくなるじゃないですか」
「もぐもぐ、どうかしたの?」
「いいえ、なんでもありませんよ〜。あーん」

 なにかブツブツ呟いていた気がしたけど、衣豊さんは構わず俺へとレンゲを差し出してくる。
 青白い頬が赤くなっているが、もしかしてこのあーんが恥ずかしくなってきたのだろうか。いや自分からやっているんだから、そんなわけは無いか。
 その後しばらくあーんとしていたら、もうすっかりお腹もいっぱいで、粥と入っていた葱の所為か体もぽかぽかと芯から温まってきた。

「ご馳走様です」
「はい。お粗末さまでした」

 そう食後の挨拶を交わした後、鍋とレンゲを台所まで持っていく衣豊さんと、ベッドの中へ完全に身を潜り込ませる俺。
 うーん、久々に充実した飯を食べた気がする。それに異性の手料理だなんて、一体何時以来振りだろうか。
 しかしお腹がいっぱいになると、こう眠たくなってくるのだが、しかし衣豊さんが居る手前では無暗には寝れない。
 妖怪に病気で弱り寝ている男性を見せるなど、鴨葱や据え膳上げ膳なんてものじゃなく、仏陀に食べてもらおうと焚き火に身を投じる兎並みの行為だからだ。
 しゃばしゃばと、台所で甲斐甲斐しく洗い物をしている衣豊さんには悪いが、そんな真似は俺には出来ない。
 眠りに落ちないように必死に天井を睨んでいると、何時の間にやら洗い物を終えていた衣豊さんの顔が、にゅっと視界外から現れて俺の顔を覗き込んできた。

「あら。寝ておられなかったんですか?」
「いやまあちょっと、思うところがありまして」
「子守唄。必要ですか?」
「いや、そういうわけでは無くて」

 一体俺の事を何だと思っているのかと問いかけたくなったが、雲耀の速さで「私の夫ですよ」と返されそうなので黙ることにする。

「ではお熱測りましょう。はい、私の指を咥えてくださいね」
「指?普通おでこで測るものじゃ」

 妖怪と人間では熱の測り方が違うのかなと予想しつつ、差し出された衣豊さんの指を咥える。
 しかし美女の差し出した指を寝たまましゃぶる男と言う図を傍目から見たら、一体どんな変体プレイをしているのかと疑われそうだが、これは一応看病の一環の行為であると、誰とも知れない傍目の人に無駄に心の中で訴えてみたりする。

「それではしばらく咥えたままにしてくださいね」
「ふーい」

 指を咥えたまま返事をした俺だったが、口の中にある衣豊さんの冷たい指の座りが悪く、思わず舌で位置を修正しようとしてしまった。

「ひゃんッ!……もう、悪戯しないで下さい」
「ふーい」

 可愛らしい声を上げたあとに、可愛らしく顔を赤らめて怒ってきた衣豊さんに、俺は返事を返す。
 しかし顔を努めてポーカーフェイスにしているのだが、俺の心の中ではまた指を舐めてやろうという悪戯心が、ムクムクと持ち上がってくる。

「はい。大分熱がありますね。三十九度といったところでしょうか」

 俺のそんな悪戯心に感づいたのか、衣豊さんはさっと俺の口から指を引き抜いてしまった。
 惜しいことをしたという気持ちが少しだけ、俺の心の中に生まれる。
 そんな俺の視線に感づいたのか、衣豊さんは少しだけ目を逸らした後で、何かに気が付いた様な視線を俺に向けてきた。
 そしてそっと俺に近づいて、額にひんやりとした手を当ててくる。

「あら、旦那様。もうこんなに汗が」
「ん?……ああ本当だ、着替えないと」

 衣豊さんの言葉を受けて、掛け布団の中で体を手で拭いてみると、べっとりと汗が手のひらについてしまった。
 なんか服も肌に張り付いて気持ち悪いし、着替えないといけないかなとベッドから体を起こそうとして、そっと衣豊さんに押し留められてしまった。

「わたくしが拭いて差し上げます」
「タオル取ってきて着替えるだけだし、自分で出来るから」
「そんな手間は取らせません」

 そう言うや否や衣豊さんは羽織っていた俺のジャケットを脱ぐと、するりと掛け布団の中に入ってくる。まるで半流動体の物質が隙間から入ってくるみたいに。
 まあ衣豊さんはぬれおなごというスライムなのだから、そういう芸当が出来ても可笑しくは無いのだけれども。
 いやそんな事よりも、俺としては妖怪と同じ布団に入るなんていう事の方を気にするべきで。

「ちょ、衣豊さん。行き成り布団に入ってこないで」
「大丈夫です。痛くはありませんから」
「その台詞は色々と変だからね!」

 などと言い合っていたら、俺の服の下にするっと衣豊さんの手が差し込まれてきた。
 ひんやりと冷たい衣豊さんの手が胸元に当てられると、ベポ○ップを塗られた時みたいにすーっとして気持ちがいい。
 そのまま衣豊さんの手が俺の体を上から下へと撫でて行くと、俺の体にまとわり付いていた汗が消え失せ、その代わりに清涼感が全身を包み込んでくれる。
 しかしながら――

「あんッ。こんなにべっとりと汗が。ふわぁ、旦那様の汗とても美味しい」

 添い寝するように横に居る衣豊さんの口から漏れている言葉を聴くと、なんかとってもいけない事をしている感じになってしまう。
 スライムの食事は、精液とか汗とかの人間が排出する液体だとは知ってはいたけど、ぬれおなごにもそれが適応されるとは思わなかった。

「衣服にもこんなに汗が。だめです、旦那様の汗はわたくしのものです」

 一通り俺の上半身を手で拭った衣豊さんは、次にぎゅっと俺の体を抱きしめる。
 何をしているのかと思っていたら、急速に俺の身に付けている服の湿り気が取れていく。どうやら衣服が吸った俺の汗も取り込もうとしているようだ。
 実は衣豊さんって独占欲が強かったりするのだろうか。

「あふぅ……ご馳走様です。旦那様」
「お粗末様です……でいいのかな?」
「あの、そのぅ――此方はどうなさいますか?」

 遠慮がちにそっと衣豊さんが手を伸ばしてきたのは、予想通りに俺の下半身。
 そこにある俺の愚息は耳元で喘いでいた衣豊さんの声と、風邪からくる種を残そうとする本能から、半勃起の状態になっていた。
 それを衣豊さんも分かっているのだろう、そっと触れる程度に手を愚息の上に乗せている。

「いやその、流石にそこは……」
「そ、そうですよね。こんな日も高いうちからなんて、はしたないですものね」
「そう言う訳では無くて、って弄らないで!」
「でもこんなに苦しそうなのを放って置くのも、妻の恥ですし」
「もしもし衣豊さん。俺の話、聞いてます?」

 なんかドンドンと不味い事態になってきているのが分かる。
 このままズルズルと衣豊さんのペースにはまってしまうと、いくところまで行き着いてしまうのは目に見えている。
 看病してもらったのに悪いけど、ここはこの布団の中から出て行ってもらおう。
 そう考えて手で衣豊さんの方へ伸ばして押そうとした所で、ぐにゅりと粘り気の強い液体を袋越しに押したような感触が掌に。
 えーっともしかして俺、胸を押しちゃっているかも。ああなんか拙いことした気がする。
 そっと衣豊さんの顔を恐る恐る覗いてみると、もうあからさまに発情した顔つきで、潤んだ瞳でじっとりと俺の目を見つめていた。

「もう旦那様ったら。こんな日の高いうちに、しかもお風邪を召しているのに、好きものなんですから」
「いや、いまのは単なる事故で」
「恥ずかしがらなくても良いですよ。ではちょっと失礼しますね」

 自分の失態に冷や汗を浮かばせている俺の体に、布団の中をもぞもぞと移動していた衣豊さんが、俺の体にのしかかり頬を俺の胸元に押し当てると、体のほうもぴったりと俺にくっ付いてきた。
 一体何をするつもりだと警戒していると、唐突に俺の体がひんやりとした何かに包まれ始める。
 まさかと思って少しだけ襟元を捲ってみてみると、衣豊さんの体が溶けたように、俺の衣服の隙間から中へと衣豊さんが進入してきていた。
 それが俺の体の前面を流れ、背中の方へと流れてくる。そしてそれはズボンの隙間から、俺の股間へと同じように流れてきた。

「あわわ……」
「あらまたこんなに汗を。そんなに体調が悪いのでしたら、直接温めてさしあげますね」

 妖怪に捕食され駆けて出た俺の冷や汗に気が付いた衣豊さんは、何かを勘違いしたような声をだした。すると先ほどまでひんやりとしていた体が段々と温かくなり始め、終いにはぬるま湯位の温かさになった。

「うわぁ……温ったけぇ」
「そのまま私に体をお預けくださいね」

 なんか温めの温泉に浸かっているような心地になって、思わず体の力を抜いてしまったが、俺のちんこが衣豊さんの溶けた体に包まれたのを感じた瞬間、そんな場合じゃなかったと体を硬くしてしまう。
 衣豊さんから逃げようとためしに少しだけ体を動かしてみたものの、衣豊さんに包まれている部分は小揺るぎもしないほどにガッチリと固定されてしまっていた。
 うぉい、脱出不可能ですよこれ。完璧に捕食される寸前だよ。
 自分がまな板の上の鯉だと自覚して諦めが付いたのも合わさってか、体を覆うたびに嬉しそうに俺の胸板の上で頬を緩ませる衣豊さんが可愛いらしくて、もうなんか衣豊さんの好きにさせてしまおうという気になってしまう。
 もしかしてこれが妖怪の魅了の魔力かと考えついても、それに抵抗しようという気が起きなくなってきて、むしろだんだんと衣豊さんがどうやって俺を喜ばせてくれるのかが楽しみになってきてしまっていた。

「ふふっ。旦那様が喜んでいただけた様で嬉しい限りです。では旦那様の大事な場所を綺麗に――ふぁあ!」
「ん?どうしたの衣豊さん」

 俺の股間部分を覆っていた衣豊さんの溶けた体が少し動いたと思ったら、急に衣豊さんの口から変な声が漏れた。
 もしかして俺の股間を綺麗にしようとして、悲鳴を上げるほどにそこが汚れていたのだろうか。
 昨日ちゃんと風呂に入ったんだけど。

「いえその、うんァ……旦那様の、おちんぽに周りに浮かんでいた汗が、んはぅ。余りのも美味しくってぇ」

 ぴくぴくと溶けていない部分の体を震わせながら、顔は羞恥に濡れた表情を隠そうとするかのように、少しだけ俯き加減になっている。
 その余りの可愛らしさに思わずその頭を撫でようとして、衣豊さんの溶けた体に縫いとめられていて手が上がらない事に気が付いた。

「こんなにはしたない妻で、幻滅されましたか?」

 俺の手が動こうとしたのをどう察したのか、胸元に居る衣豊さんが少し悲しそうな目で俺の方を見上げてくる。
 うわぁ、そんな目をされるとなんかたまらなく――いかんいかん、いまはちゃんと弁明しないと。

「いやいや。衣豊さんの頭を撫でようとしただけ。変な意味は無いからね。どうせ動かないし」

 大慌てでそう衣豊さんに語りかけると、ほっとした表情を浮かべた後で、ちょっとだけ考えるような顔つきになる衣豊さん。
 どうしたのかなと思っていると、不意に両腕の拘束感が薄れる。どうやら自由に腕が動かせるようにしてくれたようだ。
 行き成りどうしたのかなと思っていると、先ほどと同じく恥ずかしそうに俯きながら、ぽつりとだけ次のように言葉を出してくれた。

「頭……撫でて、下さい……」

 その後に「だめ、ですか?」と上目遣いで聞いてくる。
 見た目は本当に大人の美人さんなのに、こういう一面は急に子供っぽくなるのは反則じゃないだろうか。
 もう衣豊さんが、可愛くて可愛くてしょうがない。

「もー、衣豊さん。可愛いなー!」
「きゃーぁ、あぁわわ!」
「あ、ごめん。嫌だった?」

 思わず抱きしめつつ頭を撫でてしまったが、衣豊さんの悲鳴にぱっと腕を解いてしまう。
 すると衣豊さんは、解いた俺の腕をチラチラと眺めたと思ったら、急に涙目になってしまった。

「泣くほど嫌だったの!?」
「いえ、そうじゃないんです。ただビックリしただけなんです。抱きしめて貰えて嬉しかったのに……」

 しかしそれでも衣豊さんの涙目は治まらない。
 えーっとどうしたらいいのだろうか。抱きしめたのが嫌じゃなくて嬉しいんだったら、また抱きしめてみてもいいのかな。
 そっと衣豊さんの様子を窺いながら、今度はそっと衣豊さんの体に腕を回してみる。
 手が背中に触れた時、ビクッと衣豊さんの体が硬直したものの、その顔には拒否するような表情は浮かんでいなかったので、とりあえずそのまま腕を回して、最後に軽くぎゅっと力を入れてみる。
 すると途端に衣豊さんの顔がぱっと明るくなったと思ったら、涙目だった瞳も嬉しそうな輝きを取り戻していた。

「旦那様。衣豊は三国一の幸せものです」
「そんな抱きしめたぐらいで。大げさだな」

 可愛い事を言ってくれる衣豊さんの頭を、手で梳く様に撫でてやったのだけれども、髪の毛もスライム状だったために指で梳くことは出来ず、なんか平たいゼリーを指で引っかいているような感じになってしまった。
 しかし衣豊さんはそれでも嬉しいのか、うっとりとした表情のままに俺の胸板に顔を埋めている。

「それでさ、衣豊さん」
「はい。旦那様」
「密かに俺の股間を弄り回してませんか?」
「……あは♪」
「可愛らしく笑っても誤魔化されませんよ?」

 まったく良い雰囲気だったのに、衣豊さんの妖怪の本能は実利が優先なのか、俺の股間部分の汗を吸い取り終えたかと思えば、陰嚢をグニグニと揉みこみ始めていた。ちなみに陰茎の雁首の部分にあるスライム体も、そこを手指で撫でている様な感じで動いている。
 恐らくこのまま俺が何も言わなかったら、竿の部分のスライムも蠢きだしていただろう。
 でもまあこの状況下では仕方が無いか。衣豊さんは妖怪なんだから。

「ちゃんと、やるならやるって言って下さい。拒否はしませんし、出来ませんし」
「旦那様。衣豊は、衣豊は幸せ者です!」

 ぎゅっと俺の体を溶けてない両手で抱きしめつつ、俺の許しを得たからか、股間のスライムの動きがより活発になった。
 先ほどは多少遠慮がちに揉んでいた陰嚢も、中の睾丸が動き回るほどに痛気持ち良い力で揉み始め。そして陰茎の部分のスライム体も、手で直接しごいているような、締まりと上下運動を感じる。
 しかしズボンの布地が動いていないのを見ると、どうやらスライム体の圧力を巧みに変えて、俺にそう錯覚させているようだ。

「どうです、旦那様。気持ちよいですか?」
「とても、気持ち良い」

 確かに気持ち良い。それは衣豊さんの手(?)管の巧さもあるが、体を覆っているスライムの温かさでもある。
 その温かさで全身がリラックスしているからか、陰茎はビンビンに勃起して我慢汁垂れ流しているというのに、射精する気配はまだどこにも無い。
 なんだか性的では無い新手のマッサージを受けているような気分。

「そうですか。それならば、衣豊はもっとがんばっちゃいます」
「おぉぉお?なんだこの感覚!?」

 しかしそんな感覚も、衣豊さんのがんばりとやらで一変した。
 先ほどまでは、上下に手でしごいているように感じていた陰茎にあるスライムの動きが、今度はずーっと亀頭から根元までを上から撫でるような――それこそチンコが突然無限に長くなり、果てしなく続く膣内へと挿入れ続けているような、そんな普通では感じる事の出来ない感覚が走った。
 そんな初体験の感覚に、俺の背中は性感でびくりと反応してしまう。

「御気に召していただけましたようですね。でも、これには続きがあるのです」
「ま、まさか……」
「では、これがその続きで御座います♪」

 そこで一旦ぴたりと動きが止まると、今度は永遠に膣内から引き抜かれているような感覚を与える動きへと変化した。
 しかも陰茎をぎゅっと締め付けつつも、浮き出ている血管という血管を丁寧になぞりながら、雁首の部分全体を細くしなやかな毛のブラシで撫で上げて、亀頭を極小のビーズで磨くような感覚のオマケつき。
 それが一種の拷問かと思うぐらいに、途切れる事無くずーっと続いていく。
 あまりに強い性感に俺は身を捩じらせながら、背中からは温かさと射精を堪えている反動で汗が浮かんでしまう。

「旦那様、ご遠慮なさらずに射精していいのですよ。衣豊の体の中に、ぜーんぶ射精してください」
「は〜、は〜〜……」

 どうにか堪えようとゆっくりと息をしているのだが、目に見えるほどの効果は無い。
 しかも俺が堪えようとしているのを衣豊さんが見抜いたからか、より一層締め付けと与えられる刺激が強くなってきて、もう是が非でも射精させてやろうという感じである。
 そんな妖怪の本気の搾精行為に、ただの人間である俺が耐えられるわけは無く、俺の陰茎が仕事の忙しさで溜まっていた精液が尿道を上るときに押し広げられて、俺の陰茎のサイズが一回り大きくなったように感じた。

「旦那様、おちんちんが膨らんでまいりましたね。もうそろそろ射精なさい、いぃいいぃいいい?!」
「うはぁぅ……」
「そんなぁ、旦那様の、精子が、こんなに濃いだなんて。予想外ですぅぅうぅ……」

 風呂の中で小便を漏らしてしまったような、俺はリラックス感と気持ちよさがない交ぜになった気分で、衣豊さんのスライム体に射精してしまう。
 そして俺の溜まりに溜まった精子は妖怪の体も驚くほどの濃さだったのか、先ほどまで余裕顔だった衣豊さんは、俺が射精した途端に精子を味わえて喜びに打ち震える体をどうにか抑えようと、俺の胸板に額を押し付けつつ体を背を丸めてしまった。
 さっきまで俺に堪えるなと言っておいて、自分の体に感じる性感を抑えようとするなんて矛盾している。
 なので俺は、情けなくも直ぐに出してしまった腹いせと、衣豊さんのいじらしい可愛らしさから、両手を衣豊さんに回して優しくぎゅっとしてあげる。

「だ、旦那様。いま、そんな、優しく、されたら」
「いいの。俺もイッているんだから、衣豊さんもね」
「ふぅぅうぅうううぅんんッ!!」

 耳元で囁いて上げたら、途端に衣豊さんの口から嬌声が漏れ、全身を震わせながら俺の腕の中で絶頂した。
 そして衣豊さんのスライムの体は、その絶頂感をもっと得ようとするかのように、鈴口に吸い付いて精液を残らず吸いだそうとする。
 俺はその吸い付きで、睾丸の精液を引き抜かれるように再度射精してしまう。そして衣豊さんも新鮮な精液によって、体をビクビクと振るわせる。
 しかし今度はお互いに言葉を漏らす事は無い。
 だって、俺の口は衣豊さんの唇で塞がれているのだから。
 ねっとりと愛情を確かめるようなキスをされながら、俺はもっと衣豊さんとくっ付きたくなり、より一層力強く抱きしめると、半流動のスライム化した部分がねちょりと音を立てた。


 射精した事での疲労感と風邪のダブルパンチで、あの後すぐ寝込んでしまった俺だったのだが、次の日には衣豊さんの看病のおかげか、すっかり直ってしまっていた。

 しかし一晩経ったら、衣豊さんは消えていた。
 
 なんて怪談話でよくある結末は、それは俺の場合には当てはまらない。
 なんたっていま俺は、衣豊さんの作った朝食を食べているのだから。
 いやー、白米と味噌汁におしんこってこんなに美味しいんだな。今日起きて、昨日俺が寝込んでいるときに無断で俺の財布と車を使って買い物に行ったと聞いた時は、なんてことしてくれたんだと怒鳴りそうになったが、いやほんとその時の俺を叱ってやりたい。お前はこんなに美味しい味噌汁を食べたくないのかと。

「舌に合いましたようで、嬉しいです。でも衣豊は、旦那様の汗と精とで生きられるので、食事の必要は無いのですが?」
「いいのいいの。俺が誰かと一緒に食べたいだけ。それに、衣豊さんにじっと見られながら食べていたら、食事に集中できないし」
「衣豊の顔、そんなに醜いですか?」
「違うって、むしろ逆。衣豊さんに見られていたら、見とれてドキドキして、ご飯の味なんか判らなくなっちゃうってこと」
「もう。旦那様ったら、お口がお上手なんですから」

 悲しそうな顔から一転して、真っ赤な頬を隠そうともせずに俺の肩を平手で叩く衣豊さん。
 とまあ俺と衣豊さんは、昨日一日だけもうこんなイチャイチャ出来る間柄なのだ。うらやましかろう。

「あっと、もうそろそろ仕事に行かなきゃいけない時間だ」
「そうですか……お仕事では仕方がありませんね」
「そんな悲しそうな顔しないでくれよ。仕事に行き辛い」
「いけないですわね。夫を何の心配も無く仕事に送り出すのも、妻のちゃんとした役割だというのに」

 離れるのが嫌なのか、口ではそう言いつつも暗い顔のままの衣豊さん。
 俺の浅知恵など効くか判らないが、やらないよりはマシだろうと、そっと衣豊さんの頬に掌を当てる。
 そんな俺の行動がどういう意味なのか悟ったのか、すっと目を閉じた衣豊さんの唇に、俺はそっと触れるだけのキスをする。
 
「帰ってきたら、昨日よりたっぷり愛してあげるから」

 そして唇を離し様に、息のかかる距離で衣豊さんに囁く。
 するとさっきまでの暗い顔は何処へやら、満開の笑顔が咲いていた。

「なら今日は腕によりをかけた料理を作って、お布団も私で温めておきます。旦那様に心から愛していただけるように」

 そう俺に返答してから、妖怪らしいねっとりとしたキスの返礼をする衣豊さん。
 さて、衣豊さんから今日一日働くのに必要な活力を貰ったし、今日も仕事がんばるかー!

12/05/02 20:35更新 / 中文字

■作者メッセージ
はいというわけで、ぬれおなごさんのSSで御座いましたが、いかがだったでしょうか。

様々な出会いが、魔物娘と男の間にあるでしょうが、こんな出会いをするのは、どの時代でもどんな魔物娘でも稀でしょうねw
でもこのSSって、最初の構想は『貴方に惹かれました』ってタイトルで、道でぶつかった魔物娘が実は許婚だったという、古いステレオタイプのボーイミーツガール物を、面白くないからと『轢かれました』と捻っただけなんですよ。
捻ったら、ぶつかるのが車になっちゃったのは、書いている私本人もどうかとおもいますけどねw

はてさて、では次のSSでお会いしましょう。
中文字でした〜 ノシ

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