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第三十六話・クーデター
「そうか…、ついに宣戦布告をしたか…。」
「はい。すでに先発隊は教会領に入り、教会騎士団と合流した模様です。」
フウム王国の宣戦布告が出されて二週間。
セラエノ学園内でもすでに動揺が見え始めている。
彼らの第16次レコンキスタと言われる大々的な領地奪還運動における最初の標的とされたのは、私たちの学園長、ロウガさんだったのだから…。
「…フウム王国にいた使者は、脱出したんだな?」
「…はい、彼らが宣戦布告を出す前に。」
私は………、嘘を吐く。
事実、彼女たちはその最後の最後の瞬間まで私とリンクを続け、フウム王国の内情を、そして探り得なかった彼らの秘密兵器の情報を探ってくれた。
結局、彼らが何を造っていたのかは判明しなかった。
それでも彼女たちは命を賭して私に情報を送り続けてくれた。
そして領内で苦しむ魔物や親魔物派の人物に手を差し伸べ、他の親魔物国家への脱出を計り、彼らの命を救ってくれた。
私は………、彼女たちを誇りに思う。
「あの戦争屋…、死にたがりどもが…。国を動かすことが、いかに領民に苦を強いるか…、考えもしないのか…!」
「私が見るに、フィリップ王の側近も…、皆庶民から上がった人々ではありません。それぞれが大貴族出身者…、庶民が苦しむなど想像もしないのでしょう。それに領民は皆協力的です。人道的であることよりも優先される、宗教的に正しいことだと信じて疑わない…。」
「…アヌビス、答えてくれ。」
「…私で良ければ。」
「俺は反魔物でも親魔物でもない…。ただ人間に賭けたかったんだ…。もうアスティアのような不幸な子を…、あの避難民たちのようなやつらを生み出したくなかった…。俺は魑魅魍魎の珍しくない世界から来た…。だからこそそこにあるがままの彼らと共に生きてきた。そこに憎しみや対立などありはしない…。それをこの世界に持ってくれば…、何かが変わるかもしれない…。そう思っていたんだ。だが、世界は変わらない…。それどころか加速的にやつらは自分たちの正義を疑わず、アスティアのような子を増産しやがる…!教えてくれ、アヌビス…。俺は………、間違っていたのか………!」
初めて聞く彼の弱音。
だが、それは彼自身が標的にされた動揺からではなく、彼のせいで標的にされる周囲の人々への自責の念から出た言葉だと私は知っている。
「あなたは…、間違っていません…。しかしこの世界において、あなたの行為、あなたの存在を正義か悪かという二元論的な概念で申し上げれば、あなたは悪の側に入るでしょう。それでもあなたは間違っていません。そんなあなたに付いて来た私も…、アスティアさんも…、この学園の先生たちもきっとこの世界の目から見れば、秩序を乱す悪と言えるでしょう。しかし、私も彼女たちも後悔はしません。あなたという存在に共感し、あなたの主義に感銘を受け、共に笑い、共に涙し、共に悩み、共に歩んできた日々は、私たちの誇りです。あなたという人間と共に歩めた時間は…、彼らの言う神の教えよりも価値ある時間でした。これからも…、ずっと、私たちの命がある限り。ですから、ご自分を責めないでください。例え、彼らに殺されてしまうようでも…、私たちは手ぶらで旅立つのではありませんから…。」
「…すまない。アヌビス、若いお前に……、みっともないとこを見せた。やれやれ…、歳は取りたくないな…。」
「いえ、本心ですから…。」
「やつらの軍がここに辿り着くまでにどれほどの時間がある?」
「…彼らの作戦自体に穴がありますから、中立地帯を襲いながら進軍するとなれば、おそらくは兵糧を削り、兵を削り、時間を削り、すべて順調に落として2週間はかかります。しかし、中立地帯の抵抗も考えますと、おそらくは序戦以降は勝ち進めないでしょう。序戦の急襲以降は中立地帯の勢力も団結し、彼らと戦うでしょう…。そのうち彼らは迂回路から教会領にて合流すると見られますので、軍の再編成する時間を考えれば2ヶ月は稼げます。」
「その間に…、何か対策を打たねば…ん?何だか騒がしいな?」
学園長室の外でザワザワと声が聞こえる。
耳を澄ませば、よく通る声…、セイレーンのルナ先生が誰かと押し問答をしている。
そして勢い良く学園長室の扉が乱暴に開かれた。
「貴様がセラエノ学園学園長、ロウガだな。」
そこにいたのは教会の紋章の付いた服に身を包んだ高圧的な男だった。
「おやおや、町に潜入していた教会の犬じゃないか。しかも何とも可愛げのない。見ろ、うちのわんこの方が実に可愛いぞ。」
そう馬鹿にするようにロウガさんは笑って、私の腕を引き寄せ、抱きしめ頭を撫でる。
「ちょ、ちょっと、ロウガさん!?」
「ふん、魔物に心寄せる堕落した者め。」
「おう、その堕落したジジイが聞いてやろう。何の用だ、駄犬?」
男は鼻で嘲笑って、懐から書簡を取り出した。
「逮捕状だ、ロウガ=サワキ。貴様を逮捕する。」
「人の名前は正確にな。逆だ。俺の名は沢木狼牙だ、訂正しておけ。で、罪状は?」
「決まっている。人類に対する裏切り行為、神への侮辱、魔物を愛するなど唯一絶対の法への冒涜、性風俗を庇護し人々を堕落させた罪、神の代理人に対する反逆行為、数えて五十件以上の罪状で貴様を逮捕しに来た。」
「フウム王国の宣戦布告に呼応したか…。議会の連中はよく承知したな。」
そう、いかに状況が悪いとは言え議会が承知するはずがない。
議会の穏健派は親魔物派が多く、尚且つロウガさんとは親交のある人々が多い。彼らもまたこの町を親魔物の拠点というより、そうことを超えた地にしようと動いていたはずなのに、何故議会が突然彼の逮捕に動いたのか…。
「承知もするさ。何故なら、彼らのように堕落した者どもに政治の何たるかがわかるものか。真の正義を知り、唯一絶対の法を戴く我らこそ、たかだか小さな町とは言え政治を司るに相応しい。」
「…!?まさか…、あなた方は…!!」
「汚らわしい汚物め、答えてやろう。その通りだ、これは我らの反逆の狼煙よ。残念だったな、ロウガ。貴様の頼りにしていた親魔物などとほざく神の冒涜者は皆、今朝方地獄に落ちたよ。」
「ク…、クーデター…!」
「愚かな。クーデターなどではない。世界をあるべき姿に戻すだけだ。」
まさか…、一体何があったのか…。
魔力を解放して、調査を…。
「アヌビス、良い。今それをやるな。」
小声でロウガさんが話しかける。
もしかして、私を抱き寄せたのはこのために…。
「…咎人は俺一人だ。妻や彼女たちに手を出すな。」
「良いだろう。だが、貴様は投獄させてもらう。野放しにしておけば、魔物たちを煽動し、我らを襲いかねないからな。人質として丁重に扱わせてもらうぞ。」
「クックック…、年寄りへの礼も知らぬ貴様らが人質として丁重に?良かろう、さっさと連れて行け。グズグズしておると…、気が変わって殺すぞ?」


こうしてロウガさんは連行された。
アスティアさんが話を聞きつけてきた時にはすでに彼は連行された後だった。
主のいない学園長室に、私とアスティアさんだけが残っている。
怖い程…、静か…。
「…どうして…、ロウガさんなら…、あんなやつ…。」
「だからこそだ。彼らの本当の狙いは、ロウガではなく、私たちが彼を助けようと行動を起こすことだったんだから…。」
「えっ…。」
「落ち着くんだ、アヌビス。いつものように冷静になればわかることだ…。彼らはどれ程の数を同志に持つ?」
「そ、それは…。」
「ロウガに渡された書類をこっそり読んだよ。この町の中に200人程の同志がいるそうだな。それが今朝方までに親魔の議員を殺してきたのなら、いまだ血の気が多いまま…、興奮状態醒め止まぬというところだろうな…。」
「…あ、そ、それじゃあ。」
「すでにあの時、学園は取り囲まれていたんだろうな。それも誰にも気付かれないように、息を殺すのは無理として…、生徒も教師も包囲網を抜け出すのは容易でないように要所要所にいたはずだ。本来ならロウガが渋って、交渉を長引かせて、反抗の意志ありとして問答無用に押し入るつもりだったんだろうが…、ロウガの方がタヌキだった、ということさ。」
そう言うとアスティアさんは、スーツのジャケットを脱ぎ、シャツを脱ぎ捨て上半身裸になって、学園長室のロッカーを力強く開ける。
おぼろげなランプの明かりの中、しなやかで細く美しい筋肉美の身体が浮かび上がる。
ロッカーの中には、傷だらけの鎧。
「ふふ…、あいつ…。やっぱりこんなところに置いていたか。」
「それは……、もしかして…!」
「平和な時間は…、あっと言う間だね。」
彼女は器用に鎧を身に着け、大剣を背負う。
そして、ボロボロのマントをその身に纏った。
「…戻るよ、エレナに。愛しい人をこれ以上…、奪われてたまるか。」
「アスティアさん…。」
「もし…、戻らなかったら、その時はアヌビス。君にすべて任せる。ロウガが全幅の信頼を寄せた君なら、良き方向へみんなを導けるだろう…。」
「…待っています!お二人が…、帰って来るのを…!」
「ありがとう…。」
せめて学園を出るまで見送ろう。
それが戦えない私にしか出来ないことなんだ…。


―――――――――――


事の顛末をアヌビスこと、ネフェルティータが後世に記した歴史書から客観的に事実を端的に引用しよう。
時の流れはサクラが迷いの森を彷徨っていた頃。
深夜、人々が眠りに着いた頃に事件は起こった。
フウム王国の宣戦布告の報を受け、ヴァルハリア本国から届いた大司教名義の勅命により、名もなき町に潜入した反魔、教会に忠誠を誓う者たちが動き出した。
議会はほぼ親魔物派によって押さえられている。
それを一気に解消し、さらに彼らにとっての正義の実現の最短手段として選んだのがクーデターである。
最初に犠牲になったのは議長とその家族である。
彼と彼の家族の死体は町の中央広場に晒され、見せしめとされた。
そしてそれを皮切りに反魔物派のクーデター一派は同時展開し、親魔物派議員を殺害、死骸を広場に晒し、見せしめにするという行為を繰り返した。
同時にロウガ逮捕直後に、広場に人々を集め演説をした。
それはフウム王国の宣戦布告文書を繰り返すものであったが、彼らに従わぬのであれば、反乱分子として処断すると明記した。
そしてロウガの身柄も翌朝、裁判にかけ、処刑すると公言する。
今もセラエノ学園大図書館の奥に残されている当時の公式文書には彼らのロウガに対する、もしくは反魔物派への憎悪が赤裸々に残されている。
例えばこのような一文が残っている。
これは近隣の教会から発見されたある熱狂的な宗教家からの手紙。
『我々はついにやったのだ。あの神敵を捕らえ、明日の朝日が昇れば、その首を落とす。誰にも出来なかったことを我々は成し遂げるのだ。友よ、この喜びはどう表現すれば良い?大司教に、フィリップ王に、何よりこの日、この場所に居合わせさせていただいた神へ感謝を捧げたい。あの者の首を落とせば、次は町に蔓延る魔物たちだ。この穢れた地を奪還し、真の愛と正義と信仰に溢れた町へと変えるのだ。友よ、その日が来た暁にはどうか手伝って欲しい。きっとその日は近いのだから。』
しかし、その後手紙は途絶える。
この手紙が発見された教会もこのクーデター事件後すぐに引き払われたのだから。


―――――――――――


「おい、アスティア。水臭いぜ。」
私が校舎を出るとそこにいたのは、アマゾネスのアキ先生。
「止めるなよ、これは…。」
「あんたの家族はアタシの家族でもある…。そうだろ?あんたは言っていたじゃないか、アタシらは家族だって。」
「…ああ、だがこれは。」
「旦那とは…、末期の酒を酌み交わしてきた。アタシも行くよ。」
「アキ…、先生…。」
「先生はやめなよ。あの学園長がいない時点で学園として機能していないんだからさ。」
本当に…、馬鹿な人…。
でも…、胸の震えが止まらない。
「……ありがとう。」
「アタシだけじゃないぜ。校庭、出てみなよ。」
アヌビスと共に校庭へ出る。
するとそこにいたのは、八百屋のクライブを始めとして、サイガ、コルト、町に住む魔物たち、そしてあの日砂漠から非難してきた魔物たち。
人間、魔物たちが一緒になって、武器を携え待っていた。
「おっと、姐さん!待ちくたびれたぜぇ。」
「クライブさん…。」
「学園長、捕まったんだろ?あのおっさん、ヤクザ顔だもんな。」
「サイガ君…。」
「…子供は預けて来た。学園長には借りを返さなきゃね。」
「コルトちゃん…。」
「差し出がましいことをして申し訳ありません、アスティア様。しかし、今こそ我ら砂漠の民があのお方に恩をお返しする時と思い、馳せ参じました。」
「アルフォンス…。」
リザードマン自警団。
学園の教師陣。
ミノタウロスの協同組合。
およそ戦える種族は全員集まっている。
そして…、
「あん、何だ?この羽ばたく音?こんな時間に鳥か?」
私の傍に翼の生えた何かが舞い降りた。
それは巨大で原始の魔物の姿をした白銀のドラゴン。
「うおっ、何でこんなところに!?」
「あれ…?母上、これ、何の集会?」
「マイア…。」
ドラゴンのその腕に抱きかかえられていたのは娘のマイア、そしてその背中に背負われていたのは息も絶え絶えのサクラだった。
淡い光が溢れたと思うと、そのドラゴンは私たちのような亜人の姿になる。
「…突然の来訪、失礼する。我が名はダオラ、教会領より住みかを追われし者。そなたのご息女と婿殿に命と誇りを守られた者。」
「これは失礼しました。私はアスティア。マイアの母です。」
「ほう…、そなたが…。しかし、これは何の騒ぎであるか?穏やかならぬ状況だな…。」
「ああ、それより、母上。サクラをお願い!酷い怪我しているんだ!」
サクラをアヌビスに託し、私は事情を説明する。
ダオラと名乗る彼女は見る見るうちに怒りを露わにする。
マイアも最初蒼褪めていたが、すぐに心の置き所を決めたようだ。
「……、そのようなことが。良かろう、我も行こう。」
「私も父上を助けるよ。」
みんな、本当に馬鹿だ…。
罪人は私とロウガだけで良いというのに、好き好んで自ら罪人になりたがる。
抑えていた涙が…、こぼれる。
ロウガ…、君を慕う人々がこんなにもいるよ…。
君の歩いた道は無駄じゃなかったんだ。
「…行こう、そして、生きてみんなで喜び合おう!」
人と魔物が手を取り合う世界。
君はこんな形は不本意かもしれない。
でも…、この瞬間を私は忘れない。
10/11/03 23:35更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
という訳でロウガ逮捕です。
そして登場キャラも一気に増えました。
大変だぁ…。
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたなら、幸いです。

参戦希望の募集はまだまだ受け付けております。
最後になりましたが、
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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