連載小説
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第六章 白蛇、山嶺に消ゆ:ドラグリンデ城@

―1―

 勝負自体は勝てたみたいだった。帰りの道中でメッダーさんの背中で目が覚めて、結果を教えてもらった。三十二杯。なんと呑みすぎていたみたいだ。数えてたのならドラゴンさんも止めてくれたら良かったのになぁ。
 無事キサラギさんのお仕事は達成。お友達になってくれたメッダーさんにお礼を言ってから別れた。また近いうちに遊びに行こう。
 そして、ぼくがお酒をいっぱい呑んで帰ってきたことはスワローはもちろん、リムさんたちも驚かせてしまったようだ。「呈ちゃんをほったらかしにするからグレちゃったじゃないッ!」とリムさんがスワローを絞めて、止めるのに一苦労した。
 すぐに誤解は解けたけど誤魔化す羽目になっちゃった。メッダーさんにも口止めしておいたおかげで何も言わずに帰ってくれた。でも幸いなのかな、それとも寂しいのかな。スワローはあまり踏み入ってきてくれなかった。隠れてやっていることだから幸いなのだけど……やっぱり寂しいのかも。
 スラドラゼリーをあげたら喜んでくれた。スワローもリムさんもウェントさんも、美味しそうに食べてくれた。ぼくは全身で味わったから見るのも嫌だったけど。
 そうして翌日。前日無理しすぎたから十二時間近く寝ていたぼくは九時頃に目が覚めた。スワローはベッドの横に座って、ぼくが起きるのを待ってくれていた。すぐにまた訓練に出かけていったけど、待っていてくれたのはすごく嬉しかった。やっぱり一緒にいられるのはすごく嬉しい。これで今日も頑張れる。この時間をずっと続けるために、ぼくは頑張れる。
 それからも幾つかキサラギさんからの仕事をこなした。スラドラゼリーやドラスコグラスのときみたいな肉体的に疲れちゃう仕事じゃなくて、ほとんどがお遣い。どこどこの誰々さんに商品を届けたり、商品を仕入れたり。魔界作物農家の人たちのところを色々巡って美味しいものを頂きつつ、依頼の品を届けたり。スラドラゼリーみたいな入手に一癖あるようなものじゃなくて、取り立てて言う必要もないようなありふれたものだったから、ちょっと肩透かしを食らっちゃった。いや、またあんなのが来ちゃうのは絶対に勘弁して欲しいんだけどね。
 肉体的に疲れない、とは行っても広いドラゴニア領内を歩き回ったり、時にはケンタウロスさんの馬車やワイバーンさんの背、魔界豚さんや魔界蜥蜴さんの背に乗せてもらったりして移動した。
 もちろん身一つでちょっと険しい道を歩いたりもした。ぼくの実家は森に覆われた山にあって、そこで育ったから多少の険しさは大丈夫。とは言ってもガイドさんに案内してもらいながらだったけど。奇しくもドラゴニア領を色々回った形だ。
 ただ、今度スワローと一緒に行きたいと思える場所をピックアップできたのはちょうどよかったかもしれない。
 そうしてキサラギさんのお仕事のお手伝いを初めてから六日程経った頃だった。
「じゃあ次で最後の仕事っす」
「え、もうですか?」
「いやいや充分すぎるくらい働いてくれたっすよ。それに天の柱の大規模修繕まで明日で一週間。装備に慣れるだけじゃなくて、高所で動き回れるよう訓練する時間も必要になるっす」
 装備を手に入れて終わりじゃない。スワローの足手纏いにならずについていけるようにならないといけないんだ。
 妖怪と言えど、子供のぼくがあの高い塔に無事登れる保証なんてない。現に一度落ちて、スワローに助けてもらってるんだから。
 多分、一週間でも足りないんだろう。でも、やらないと。スワローと一緒にいるために。
「はいはい、固くなってるっすよ」
「むぎゅ」
 キサラギさんに両頬をむぎゅむぎゅと両手で挟まれた。餅のようにこねくり回されてしまう。
「千里の道も一歩からっす。まずは目の前の最後の仕事をきっちりこなしてください」
「はい! ……えっと、それでどんなお仕事ですか?」
「ふふふ、それはっすね」
 スラドラゼリーのときみたいな変なものじゃないといいなぁ、というぼくの望みは容易く砕かれそうだと、キサラギさんの意地悪な笑みを見て思った。

 ぼくがやってきたのは城下町から離れた場所のとある古城。
 ここに着くまでに幾つかお城や屋敷を見たけども、それらとは比べ物にはならないくらい大きな古城だった。
 ドラグリンデ城。
 どんな敵も寄せ付けない巨大な城壁に囲まれた中に、四つの城が連なって雄々しくそびえたつ古城。ここが、エリューさんたちが歌ってくれた物語の中にもいたドラグリンデ様のお城。ずっとずっと昔のお話だって聞いてたけど、いまもこうして残っているんだ。
 開かれた門をくぐる前からだけど、ここはドラゴニア城周囲の暗黒魔界に引けを取らないくらい濃密な魔力に満ちていた。暗く、しっとりとした魔力は身体に染み入るように絡みついてきて、心地いい。
 暗黒の魔力光に照らされたドラグリンデ城は幻想的な闇色に彩られ、住人であるらしいデーモンさんやデビルさんたちがお城の周りを飛び回っていた。
 彼女たちがどこか忙しそうに見えるのはきっとこれから起きることのせいなのだろう。
「君か、手伝いに来てくれた白蛇の娘は」
 ぼくの顔に影ができるのと、風を切る飛翔音が耳に届くのはほぼ同時。ぼくが見上げると、その声の主が頭上から白銀の翼をはためかせながら降りてきているところだった。
 流麗な白い髪は光を含んだ雪解けの氷を思わせる煌めきを放って、暗闇に慣れていたぼくの目を眩ませる。
「ジパングの服装。聞いていた話と合致しているな」
 ぼくの前に降り立った彼女はドラゴンの姿をしていた。真っ白なぼくによく似た、白いドラゴン。翼の鱗は白銀をベースに半透明の白い皮膜が広がっている。立派で、女性なのに誉め言葉になるかわからないけど雄々しい。
 ただ、服装がちょっとぼくがいままで見てきたドラゴンさんとは一風変わっていた。
 服の基調は黒と白。黒のワンピースの上から白のエプロンドレスを着ていて、頭頂部から後頭部までを覆った純白のフリルキャップが長い髪を押さえている。翼のはためきとともに、エプロンやスカートの裾、キャップの後ろから垂れる細長いリボンが翻ってとても魅力的な服だった。
 ジパング出身のぼくでもドラゴニアの店に行ったりしたからわかる。
 あれだ。給仕さんが着てるやつだ!
 でも逆鱗亭のドラゴンさんの給仕服よりもなんというか清楚な感じ。エッチな方向よりも、機能美を追求したような服に見える。
「私の姿が気になるか?」
「あ、その、ごめんなさい」
 つい気になってジロジロ見ちゃった。まだ自己紹介もしていないのに。
「いや、よくあることだから気にするな。メイド服は昔からの恰好でな。この服装が一番落ち着くし、動きやすいんだ。さて、まずは自己紹介からだな。私はこのドラグリンデ城のメイドを務めているドラゴンのモエニアだ」
「ぼ、ぼくはジパングから来た白蛇の呈です。キサラギさんの紹介で来ました」
「ああ、話は聞いているよ。今日は私と一緒に動いてもらうことになるが、早速同行してもらってもいいかな?」
「はい! よろしくお願いします!」
 モエニアさんに案内されて、ぼくはドラグリンデ城へと入城した。古いお城で城壁も年代を感じさせるくすんだものだったけど、中は意外と綺麗だった。高い天井や壁、柱には欠けなど見当たらず、シャンデリアや燭台、不思議な女性の絵の額縁には絢爛豪華な装飾が施されている。床に敷かれた赤絨毯の這い心地はとてもいい。
 モエニアさんたちメイドさんたちの手入れがしっかり行き届いているのだろうと、少し歩いただけでわかる。
「あの、お城はすごく綺麗だと思うんですけど、ぼく、家事をするんですよね?」
 そう、家事。ぼくは今日ここで家事をする。ある事情で人手が足りなくなるため、その準備と後始末のお手伝いをすることになったのだ。
「ああ。今夜、教団の私設兵団の襲撃が予想されているからな。それに持って行かれて人手が足りなくなる。正直猫の手も借りたいほどなんだ」
 ぼくは蛇だけどね。
「でも、お城の中はとても綺麗だと思うんですけど」
 ぼくが出る幕はあるのだろうか。
「そこらの掃除は大丈夫だ。そっちじゃなくて、こっち」
 モエニアさんに案内されたのは客室が多く並ぶ城内の一角だった。廊下は他の場所と同じように手入れが行き届いているようだけど、客室の内部を見せられてぼくは「うわぁ」と思わず嘆息してしまう。蛇の尾先が目を背けるように廊下側へと向いてしまった。
「見ての通り物置部屋になっている」
 とりあえずいらないものを押し込んでおけ、という意思の下でこうなってしまったかのようにいろんなものが詰め込まれていた。布に包まれたものや、積み重なった木箱、額縁や壺、調度品の他にも剣やら盾まである。
「いま、この城はドラゴニアの市民権を得たものであれば住めるようになっていてな。最近ではホイホイやってくる教団兵を目当てに、そのままここに腰を据える独り身の魔物娘たちも多い。空き部屋も無限にあるわけではないし、そろそろこの物置部屋も手を付けようかと思っていたんだ。そんなときにちょうど、キサラギからお前のことを紹介されてな」
 随分タイミングが良かったんだなぁ。
「無論、この部屋を掃除して終わりじゃない。他にもこなす仕事は幾つかある。ジパングの娘は器量良しと聞いている。期待しているぞ?」
「が、頑張ります……!」
「そうそう。掃除の前に着物を着替えよう。折角の綺麗な召し物を汚すのは忍びない」
 そう言ってモエニアさんが持ってきてぼくに着替えさせたのはメイド服だった。
 モエニアさんとほとんど同じデザインの清楚なメイド服。髪は後ろで結わえてカチューシャで前髪を押さえる。お仕事モードの服。
「うむ、似合うな」
「あ、ありがとうございます。それにしてもぴったりですね」
「採寸に関してはキサラギから聞いていた。依頼を受けた時点で用意していたんだ」
 そういえば、キサラギさんの下で働くことになったときに採寸測ったんだった。なるほどね。
 裾もちょうどよくて、スカートは尾が這うのを阻害しない。軽く身体を翻してみる。スカートがふわりと優しく舞った。
 ぴったりだけど窮屈じゃない服は機能美をとことん追求していて、動きやすかった。少なくとも着慣れた着物よりもずっとだ。
 でも、メイド服かぁ。スワローが見たらどんな反応してくれるかな。似合うとか、可愛いとか……言ってくれるかな?
「そのメイド服は返さなくてもいい。汚れも落ちやすいアラクネ印のメイド服だ。今後、好きに使うといい」
 ぼくの想いを汲み取ってくれたのか、モエニアさんがそんなことを言ってくれる。
「ありがとうございますっ!」
 これでスワローにも見せられる。楽しみだな。
「さて、始めよう。他の皆に負けぬようにな」
 ぼくが着替えている間に、他のメイド服姿のドラゴンさんやデーモンさん、キキーモラさんたちも集まってこの一角の物置部屋たちの掃除を始めていた。
 勝負のつもりは全然ないけど、足を引っ張らないように頑張ろう。

「モエニアさん、質問いいですか?」
 掃除を開始して十分程度。口元を布でマスクしながら中の荷物を外に出すものと中に置いておくものに分けていく。かさばるものは廊下の通行の邪魔になるので中にそのまま。木箱などは積み上げて部屋の前のドアの隣に置いていっていた。かさばるものは仕分けしたあとで木箱か何かにまとめて一気に運ぶ予定だ。
「どうした、わからないことがあったか?」
「い、いえ。その、教団兵さんはどうしてここに攻めてくるんですか?」
 教団兵が攻めてくる。この事態はここドラグリンデ城においてよくあることらしかった。その度に一戦を交えることになるらしい。そのあと、別の一戦で交わることになるようだ。
「不安か? 案ずるな。この城が落ちることは万が一にもない。当然、呈、君に危害が及ぶこともな」
 その心配は正直全然ない。ドラゴンさんが強いのは百も承知だ。だけど。
「強いドラゴンさんたちのところにどうして教団兵さんが?」
 あまりにも無謀すぎるとぼくは思う。まるで自分から夫にしてくださいって身を捧げに来ているようなものだ。でも、教団兵さんだし、友好的な意図があって来ているわけではないのだろう。ぼく自身、ジパング出身だから教団のことをよく知っているわけではないけど、良い噂はあまり聞かないから。
 木箱を抱えて、外へ。その間に尻尾を使って剣や盾などの持ち手に巻き付けて、指定した場所に置いた。使える手は全部使うのだ。尻尾だけど。ただ、長年使っていなかったらしく埃がすごく舞って、服や肌に汚れがつく。帰りに竜泉郷に行こうかな。
「捕虜にした教団兵曰く、教団にとって重要なものがあるからだそうだが、それが果たして何なのかはその兵たち自身もわかっていなかったらしい。とにかく重要そうなものを手あたり次第持ってこいと命令を受けていたそうだ」
 とぐろを巻いたぼくぐらいの大きさはある棚を軽々と片手で持ち上げて、モエニアさんは外へと出していく。あらかた部屋に余裕ができたので、今度はかさばるものの選定に取り掛かるようだった。
「以前、ここには国宝級の秘宝が眠っていたことがあってな。竜魂の首飾りというんだが、もしかしたらそれを狙って来ているのかもしれんな。当然ながらもうここにはないが」
「それはなんというか、可哀想ですね」
 もうない秘宝を求めて、兵たちはろくに情報すらもらえず駆り出される。ここまで来ると可哀想になっちゃう。
「まぁ、こちらとしては鴨葱が待っているだけでやってくるのだからありがたいことこの上ないがな。親魔国ほど男性不足は慢性的なんだ」
 モエニアさんがぼくの質問に答えながら、かさばるものを仕分けしていく。剣や盾などの武具と、食器や筆記具などの調度品など、この城で再び使う物になるものとならないもので分けていく。ぼくもモエニアさんに倣って仕分けを進める。武具の方は使わないので売り払うか欲しい人に譲るみたいだ。キサラギさん欲しがりそう。
「その教団兵さんが欲しがっているものが、実はまだここにあったりだなんてしない、ですよね?」
 国宝級の秘宝とは言わないまでも、とても大事な貴重品があるかもしれない。別にぞんざいに扱っているわけじゃないけど、運んでいる最中に落としたりしたら大変だ。
「人間から見て金になりそうなものはなくもないが……おっと?」
 仕分け中のモエニアさんの手からあるものがこぼれ落ちる。コトンと音を立てて転がったのは奇妙な絵柄が描かれたマグカップだった。一部ヒビが入っていて、薄汚れている。
「こ、これが、教団兵さんの求めている……もの?」
 竜の秘密が込められていたり。
「ないない。これは私が昔使っていたマグカップだよ……懐かしいな」
 苦笑しながらマグカップを拾いなおしたモエニアさんが部屋中を見渡す。「ああ」と頷いて得心が行ったようだった。
「そうか、ここは私が人間だった頃に使っていた部屋だ。通りでこれがあるわけだ。そうか、ここに置き忘れていたか」
「モエニアさんは人間だったんですか?」
 人間がドラゴンさんになるというのはかなり珍しい話だと聞いたことがある。ほとんどはサキュバスさんになっちゃうそうだから。
「もう随分昔のことだよ。いまではドラゴンでいる時間の方が人間だった頃の時間より、はるかに長い」
「……もしかしてモエニアさんは人間だった頃からメイドさんだったんですか?」
「ああ、一メイドとしてドラグリンデ様にお仕えしていたよ。記憶というのは面白いものだな。いままですっかり忘れていたのに、些細な切欠で色々と思い出してしまう」
 モエニアさんはマグカップを見ながら思い出したようにくつくつと笑う。
「思い出の品、なんですね」
「ドラグリンデ様に頂いたものだからな。私だけでなく、他のメイドたちもだったがな。ほら、このデザイン。可愛いだろう?」
 モエニアさんが見せてくるマグカップには、竜のような悪魔のような奇妙な絵が描かれていた。形は竜っぽい。でも真っ黒。つぶらな、何かを訴えかけてくるような瞳とくちばしから伸びた舌が特徴的だった。うん、可愛い!
 ぼくは全肯定でモエニアさんの問いに頷いた。なんというか撫でたくなる、顎をこしょこしょしたくなる可愛さだ。くすぐったそうに目を細めてくれる顔を想像してついつい頬が緩んでしまう。
「だよなぁ。似たデザインの像とか絵とかを夫に見せたことあるんだが、どうしてか苦笑いされてしまうんだ」
 うーんうーん、唸るモエニアさん。この芸術的センスはわかる人にしかわからないのかもしれない。スワローはわかるかな?
「まぁ見つかってよかった。あとで修理しよう。ふふ、これも呈のおかげだな」
「え、ぼくですか?」
「ああ。一緒に掃除したおかげで見つかったといっても過言ではない。あぁ、本当に良かった……」
 ドラグリンデ様をとても慕っているのが、相好を崩したモエニアさんの表情でよくわかる。ドラグリンデ様から頂いたマグカップを見つめるモエニアさんの瞳は、夫さんを見つめるドラゴンさんのような、全幅の信頼を寄せる輝くを抱いていた。
 そういえば、とぼくは思い出す。ドラグリンデ様についてエリューさんに宿題をもらってたんだった。ドラゲイ王の顛末、それに近しい存在であったドラグリンデ様のこと。
「その、モエニアさん。ドラグリンデ様はどんなお人なんですか?」
 だから思い切ってぼくはドラグリンデ様のメイドであるモエニアさんに聞いてみた。
 ドラグリンデ様は唯一貴族でありながら、ドラゲイ王と真っ向から対峙した人で、さらには幼馴染でもあったとエリューさんは言っていた。なら、ドラグリンデ様のことを知ればドラゲイ王についてもわかるかもしれない。
「そうだな。とりあえず剛毅なお方だ。何事にも物怖じすることなく、どのような困難にも真っ向から立ち向かっておられた。そして何より、優しかった。慈母のような、と言っても過言ではなくな」
「ドラグリンデ様も元々は人間だったんですよね?」
 このことはランドに聞いた。ランドも噂話程度のことしか知らなかったそうだけど、ドラグリンデ様は大昔に竜の眷属として認められドラゴンとなったらしい。
「……まぁ、そうだな」
 珍しくモエニアさんの言葉は歯切れが悪かった。
「えっと、ここにドラグリンデ様はいるんですよね?」
「ドラグリンデ様をお探ししているのか?」
 ほんの僅か。肌を細かい棘が刺さるような、警戒心を含んだ魔力がモエニアさんから放出されたようにぼくは思えた。
 突然すぎて、ぼくは言葉に詰まる。
 ぼくの仕分けの手が止まると、モエニアさんがハッとしたように両手と翼をバサバサ振った。埃が部屋中に舞う。
「あ、いや、す、すまない。怖がらせるつもりはなかった。でもどうしてだ? 何故ドラグリンデ様のことが知りたい?」
 ぼくを安心させるためだろう。モエニアさんの声がとても柔和なものになる。
 物怖じなんてしてられない。ぼくはモエニアさんにエリューさんからの宿題のことを伝えた。
「なるほど。随分と懐かしい話だな。それを君の恋人でもあるスワローくんと一緒に聴いたというわけか」
「はい。感想を考えてくるってことなんですけど、でもぼくはドラグリンデ様のことやドラゲイ王のことをよく知らないので、考えようがなくて」
「ふむ、私に聞いたのは最善であると思うぞ。この宿題は自身でこの顛末について調べるということも含まれているのだろう」
 そういえばこの話はモエニアさんが人間だった頃の話でもあるんだ。
「しかしかといって、直接全てを話すのは良くないだろうしな。よし、私の話をしよう」
 モエニアさんは作業の手を緩めることなく、自身の、ドラゲイ王の凋落の一夜の日を語り始めた。

 あの日、モエニアさんは逃げ遅れた。
 旧時代の姿のドラゴンさんたちに襲われた貴族の人たちが、竜帝国ドラゲイから逃げる中、モエニアさんも逃げようとしていた。ドラゲイ中が混乱に見舞われ、否、竜を虐げていた者たちに関わる者だけが混乱と恐怖に追い立てられ逃げていた。貴族階級の上民であるドラグリンデ様に使えるモエニアさんも例外ではなく逃げようとしていた。
 しかし、ドラグリンデ様はそのような状況に置かれても逃げることなく城に留まったそうだ。
 逃げる臣下たちの身代わりか、上民としての責任か。気高い精神を有する稀代の女傑であることは間違いない。
 そんな主人をメイドであるモエニアさんは置いて逃げようとした。
 しかし、冒頭の通り逃げ遅れてしまった。話は単純明快。空を飛ぶドラゴンに恐れ、腰を抜かして逃げ遅れたのだ。
 そのように逃げ遅れた者、元より主人と命運を共にすると決めていた者、様々いたが皆一様にドラグリンデ様の下へと集められた。
 ドラゴンの凶悪な顎はドラグリンデ様とその家臣たちに向けられた。モエニアさんは絶対に自分は喰われると思った。逃げ出したのだから。守るべき主人を置いて、恐怖に屈して逃げ出したのだから。
 ここにいる自分に存在意義はない。もはや自分はメイドではない。主人を見捨てる自分はメイド失格だ。ただのドラゴンの餌だ。餌がドラグリンデ様に顔向けできるわけがない。臣下であるにも関わらず一人の人として、家族としても扱ってくれたドラグリンデ様を置いて逃げた自分が生きる資格などもうないのだ。
 ならば残された道は一つだ。自ら餌となるしかない。あの人間の身体以上の顎に身を裂かれる他ない。
 モエニアさんはその一人目になろうとした。それは逃避でもあった。何故なら、どうせ喰われるのなら他の人の食われる光景など、増してやドラグリンデ様が死ぬ光景など目にしたくなかったからだ。無様に命乞いをするくらいなら、さっさと楽になりたい。
 どこまでも自己保身に走っていたモエニアさんは、一歩を踏み出そうとして、しかし眼前に現れた気高き存在にその一歩を踏みとどまらせられた。
 ドラグリンデ様。主人が、ここにいる誰よりも前でドラゴンと対峙していた。
 そして彼女が放った一言はモエニアさんを驚愕させた。
 自身の命を差し出す代わりに、ここにいる臣下、逃げ出した臣下全ての命を救って欲しいと。
 どうして。その問いはモエニアさんの問いかけでもあり、対峙するドラゴンの疑問でもあった。
 朗々と、ドラゴンすら圧倒する気迫をもってドラグリンデ様はこういったそうだ。
 それが臣下の命を預かる者としての最大の使命だからだ、と。
 陸の王者とまで称されるドラゴンすら慄かせたドラグリンデ様は、そのドラゴンにそしてレッドドラゴン、つまりは後のデオノーラ様にまでその気高い精神を竜の眷属として認められたらしい。
 主人のおかげで生き延びたモエニアさんは、しかしだからこそ罪悪感で苦しんだそうだ。主人を見捨てて逃げ出し、さらには生きることからも逃げ出し、恐怖からも逃げ出そうとした。しかし生き延びてしまった。その罪悪感から主人であるドラグリンデ様に顔向けができなかったそうだ。
 ならばメイドをやめるかと言えば、天涯孤独の身である自分に行き場などなく、自分を嘲笑する声を幻聴しながら日々を生きていた。
 あるとき、ドラグリンデ様とお話する機会が巡ったらしい。様子のおかしいモエニアのことをドラグリンデ様が案じてのことだった。
 竜の眷属にまでなった主人に隠し立てすることなどできようもなく、モエニアは全てを吐露した。自分の醜悪な心の有り様、汚く穢れたどす黒い心情を。
 だが、ドラグリンデ様はその心を綺麗だと言った。反論するモエニアさんを制して、無垢な真白の如き心だと。
 全ての罪悪感は、贖罪を望む心から来ているのだと、ドラグリンデ様はそのことに気づいていないモエニアさんにそう諭したのだ。
 罪を背負おうとするその心は汚れてなどおらず、純真に一個の命として輝く心なのだと。
 なればこそ大丈夫だ、とモエニアさんは励まされた。
 いまこうして生きている。恐怖にも罪悪感に押しつぶされることなく、生きている。
 最大の困難である己を、いま乗り越えようとしているのだと、それはとても尊いことなのだと、ドラグリンデ様はモエニアさんを称えたのだ。
 ようやく、モエニアさんは気づいた。どうして自分が罪悪感に押しつぶされそうになっても自らを殺めることをしなかったのか。逃げていただけじゃない。
 ドラグリンデ様の自分たちを守ってくれたあの後ろ姿に憧憬の念を抱いたからだ。
 ドラグリンデ様のような気高い精神を自分も得たいと。そう、強く願ったのだ。

「そして、魔王の代替わりがあってしばらくして、私はいまの姿になった」
 モエニアさんは純白のドラゴンへと転生した。
「私がいまこうしていられるのは間違いなく、ドラグリンデ様のおかげだ。あの高潔な精神にそして優しさに触れることができたからこそ、私はドラゴンとして在れる」
 モエニアさんは自身のドラゴンの姿に誇りを抱いているようだった。自身が思っていた穢れた心とは真逆の純真な白い竜麟。それは正しくドラグリンデ様がモエニアさんに諭した通りだったのだ。
 そして、ここまで話をしてきて、ぼくはようやく気付いた。踏み入っちゃいけない話をしていたことに。
 モエニアさんは決して言わなかった。いま自分が誰のメイドであるのかを。そして、ドラグリンデ様のいまを話さず、過去形だったことを。
 過去。つまり、ドラグリンデ様はすでに……。
「その、ごめんなさい……ぼく」
「どうして謝る。無理に話を聞き出したと思っているなら気にするな。存外、私も誰かにこの話をしてみたかったのかもしれない。……ともかく、私にとってのドラグリンデ様は特別なんだ。いや、私だけじゃない。ドラグリンデ様にお世話になった者は皆そうだろう」
 ドラグリンデ様が慕われている理由、そしてドラゲイ王を止めようとしていた理由がわかった。
「ドラグリンデ様は皆を守りたくて、必死にドラゲイ王と戦っていた、ううん、説得していたんですね」
 それでも止めきれなかった。暴君としてのドラゲイ王は止まらなかった。どうして?
「どうして、ドラゲイ王にはドラグリンデ様の声が届かなかったんでしょうか」
「それは、人だったから、だろうな」
 モエニアさんは物思いに更けるように、手元の一点を見つめた。剣。戦いの象徴。
 仕分けが終わる。それぞれを木箱に詰め込み、外に運び出す作業を始める。外の人たちはもう半分くらいは別の場所へと荷物を運び終えているようだった。魔法を使えるところは部屋の掃除にも取り掛かっているみたいだ。
「人は立場で己の立ち位置を見出すが、得てしてそれ故にその場に縛られてしまう。動けなくなるんだ。新しい一歩を踏み出せなくなってしまう」
「ドラゲイ王は王様だったから耳を貸すことができなかった、ということですか?」
「ドラゲイ王だけではない。ドラグリンデ様もだろう。竜帝国ドラゲイの最大貴族、その主であるが故の立場があった。だから彼女も動けなかったんだ。上民としての立場でしか言えなかった……」
 その口ぶりは悩める親しい友人を思うような、親密さを感じさせるものだった。主人とメイドというよりも、一人の女の子と女の子同士での親密さ。
「覚えておくといい、呈。人は立場があるが故に縛られる。しかし、それは魔物娘も同様だ。いままでの生き方に縛られることは誰もがあり得ることなんだ。それを乗り越えさせてくれるのはきっと、愛と呼ぶべきものだろうと私は思う」
「愛」
「ああ。魔物娘はそれを感じられる。お前も、もし何か思うところがあるのなら愛を感じることを思い出すといい」
 スワロー。スワローの立場。異世界の住人。
 ぼくとスワローの愛はそれを乗り越えさせてくれる……?
「モエニアさんも愛を感じているんですよね?」
「ああ、夫とはいつもいつまでも末永くやっている。無論、喧嘩はするがな。まぁ犬も食わぬ喧嘩という奴だ」
 はっはっは、とモエニアさんは豪快に笑った。会ったこともないけれど、きっとモエニアさんはドラグリンデ様に似ているんだろうな、とそんなことがふとぼくの頭に過ぎったのだった。

 他にも幾つかの部屋を掃除して、新品同様に仕立て直していく作業が進んだ。妖怪や魔物娘は基本的に時間に関してはルーズだけど、今日ばかりは皆急いでいる。特にまだ独り身の魔物娘さんの何人かは、夫とイイことをするための部屋を自分で仕立てると気合を入れて掃除していた。一応使われていなくて綺麗な部屋はあるらしいんだけど、一からやりたいそうだ。気持ちはわかる。他の女性の匂いが残っていたら嫌だもん。
 お昼はモエニアさんにドラゴニアの料理の作り方を教えてもらった。さすがは本職メイドさん。手際も完璧で、何種類もの料理を並行して、しかも大量に作っている。モエニアさんの吐くブレスは竜麟と同色の白炎で、火力はさほど高くないが火が消えにくいのが特徴らしい。どれほど分厚い肉でもじんわりと中まで火を通すことができるそうだ。そして、ぼくも逆にジパングの料理を教えてあげたりしながら、一緒にまかない料理を作っていた。
 意外とジパング料理は好評で、モエニアさんだけでなく、デーモンさんやデビルさんにも昼食中にレシピを教えてあげることになった。見た目に反して彼女たちはとても家庭的な種族らしい。夫を甘えさせるのが大好きなのだとか。
 キサラギさんのところで働かせてもらう前はこんなに多くの人たちと話すことができるようになるなんて、思いもしなかったな。初対面の人にはさすがに物怖じしちゃうけど、でも、うん、色々お話を聞いたり聞かせたりするのは楽しい。スワローの話をすると、先を越されたーとか羨ましいのか恨み節なのかそんな声が聞こえてきたりするけど。
 絶対にスワローには手を出させないけどね……絶対。
 それからは休憩を挟みながら、夜まで続けての部屋の仕立て作業。古くなったり切れている照明器具や、汚れた壁紙や床の絨毯を新しいものへと変えていく。お昼に仲良くなったデーモンさんのストリーマさんの要望で彼女の部屋をジパング風にしてあげた。床は畳、窓は障子。ドアも引き戸に作り替えて、壁紙なども薄青を基調とした月とススキの和風なものに。竜泉郷にはジパング式の部屋がいっぱいあるので調達は難しくなかった。
「ありがとね! 呈ちゃん! ここで未来の旦那様と……うふふ」
 ストリーマさんは嬉しそうに完成した部屋を見渡して嬉しがってくれていた。喜んでくれたのなら頑張って手伝った甲斐もあったというものだ。
 部屋の改装が終わったあとは城内のお掃除。「未来の旦那様が襲撃してくれるのだ、ゴミ一つ落としていてはいけないぞ」というのはモエニアさんの談。
 もはやここの人たちにとっては教団兵さんの襲撃は最重要な一大イベントとなっているみたい。
 こうして元よりお日様の光を遮っている暗闇の暗黒魔界は、月明りを十二分に吸収する闇夜の時間となった。月明りは立ち込める霧に反射して、昼間よりも幻想的な明るさを増幅させている。
 ぼくは城内の窓から教団兵さんが現れる方角を見下ろしていた。そこは城まで最短となっていて、石畳の道以外は暗黒魔界特有の黒い芝生に覆われて隠れられるのは魔力の霧のみ。しかし、すでに独り身の魔物娘さんはその霧に上手く身を潜めて今か今かと待っていた。
 そして、城壁の門が僅かに開かれた。
 魔力の霧に紛れ、幾つかの影が内側の城壁に沿って移動していくのが見える。
 あれがきっと教団兵さん。よく見ると城壁にもすでに登っている姿が見えた。
 意外と手際がいい? というかこっち側はどうして誰も城壁を守っていないんだろう。そんな疑問が頭に過ぎったりしたけど、ぼくのその考えは突如起こったら雷撃の閃光に払われた。
 城門に現れた一つの影。そこを中心に魔力の霧を払うように、雷撃がバチバチと弾ける。窓が震えるほどのその威力はその影自身から発せられていた。
「珍しい、勇者まで投入したのか」
 ぼくの隣にいたモエニアさんが感心したように呟く。
 勇者さん。確か教団、つまりは主神教の神様の加護を得たとても強い人のこと。ジパングでも教団よりも勇者という名前の方が知名度は高い。
「だ、大丈夫なんですか?」
「まぁ、大丈夫だろうが……あれは完全に囮だな」
「囮?」
 モエニアさんが頷いて、勇者を見据える。
「この闇の中自分の場所を晒して、他の者を動きやすくしている。おそらくは」
「モエニアー! 教団兵、侵入しちゃってるよ!?」
 同僚のワイバーンメイドさんが慌てたようにモエニアさんに報告しに来た。
「一人も逃がさないために城門の上は解放して城壁の中に誘い込む手筈になっていたが。まさかもう城内に入られるとはな。今日の教団兵は生きがいい。リィザ、感知に長けた者に対応させるんだ」
「でも、探知の目から逃れる魔法を使ってるみたいなんだけど。把握しきるには時間がかかりすぎるよ?」
「なら、城内の魔力の流れが滞留している場所を探れ。ここまで踏み込んでくる奴らだ。魔力を遮断する手段を持ち合わせているに違いない。すぐに見つかるだろ」
「なるほどね! 伝えてくる!」
 モエニアさんの提案にワイバーンさんはすぐに飛んで行った。屋内だけど天井は高いから悠々と飛べる。
「大丈夫、ですよね?」
 今朝は全然心配していないと言ったけど、いざ教団兵さんが近くまで来ているかもしれないって考えると怖くなってしまった。口元がひくついて笑っているのか怯えているのかわからない風になっている。
 だけど、モエニアさんはぼくの頭にその竜の手を乗せる。硬くて無骨な手。でも、すごく温かい。お日様の下で眠っているような、そんな温もりをぼくは感じた。スワローに撫でてもらったときと同じ安心をどこか感じる。そのおかげで、恐怖の氷はすぐさま融解してぼくの心を開放した。
「安心しろ。単に外の独り身の魔物娘の競争率が高くなるというだけだ。城内まで抜けてくる生きのいい男を好む魔物娘がここには待ち受けているからな」
「ああ……」
 その人らからしたら、むしろ願ったり叶ったりの状況なんだね。
「だが、意外とあの勇者は手ごわいな。囮になる自信ありというわけか」
 ぼくはモエニアさんの言葉に釣られて、城下を見下ろす。
 そこには雷光の鎧を纏った青年の勇者が霧を裂くように駆け巡っていた。比喩なんかじゃなくて、本当にさっきの雷撃を身体に纏って、視界を悪くする魔力の霧を散らしている。霧に潜んでいた魔物娘さんたちが一斉に勇者に躍りかかるけど、稲妻のような速さで勇者さんは攻撃を躱し、さらには反撃までしている。一瞬デーモンさんが雷の剣で斬られそうになったけどギリギリ躱していた。ああ、あのデーモンさん、さっき部屋の改装を手伝ってあげたストリーマさんだ。うう、ハラハラする。
「なんだか見るのが怖いよ……」
 もしもストリーマさんが、魔物娘さんたちが斬られたら。お昼仲良くなった皆が斬られたりしたら、そんなことを考えるととても怖くなる。窓の外から床へとぼくの視線は落ちてしまう。
「無理に見ろとは言わんが、やはり見届けた方がいい」
「……え?」
「皆、必死なんだ。最愛の夫を、唯一愛すことのできる存在を手に入れようとな。その想いでいま、彼女たちは強者に立ち向かっている。たとえ危険だとわかっていても、その想いが彼女たちの背中を押してくれている。彼女たちのその後ろ姿を見ることは、想う気持ちが万難を越えさせるのだと教えてくれる、とても意義あることだと私は思うぞ」
 モエニアさんに頭にぽんと手を乗せられ、ぼくはおずおずと再び視線を外に向けた。
 雷光に焼かれて身体から煙を立ち上らせながらも、果敢にストリーマさんは青年勇者さんに立ち向かっていた。表情は悪魔さながらの笑顔。しかし、愛しきものを追い求める愛情に満ちた笑顔だ。勇者さんを抱きすくめようと、雷をひたすらに追いかけている。
 ストリーマさんの勇者さんを抱きしめんとする腕が、勇者さんの肩をかすめた。バチッと指が電撃に弾かれるが、しかし不屈の笑みで勇者さんを求め続けている。
 声が聞こえる。
「私は貴方を愛するわ! 例え誰も貴方を愛さず、抱きしめようとしなくても、私だけは貴方をこの腕の中に受け入れて見せる!」
 そんな、求愛の言葉を投げかけていた。
 勇者さんにどんな境遇があったのかはわからない。でも、微かにその言葉に勇者さんの心は揺れ動いている。そんな風にも見えた。
「雷光と悪魔の輪舞か。美しいな。ああ、美しい」
 求める気持ちをはっきりと言葉にして、ストリーマさんは勇者さんへとぶつけている。
 その後ろ姿は、本当にモエニアさんが言った通り、美しかった。眩しくて、綺麗で。
 そして、ついに動きが鈍っていた勇者さんを、ストリーマさんが真正面から抱きしめた。
 直後、落雷のような轟音が城内のガラス窓を割りかねないほどの衝撃波を伴って鳴り響く。閃光がぼくの目を一瞬焼いた。
 それはストリーマさんに自然災害レベルの雷が突き抜けたことを意味していた。
「っ! ストリーマさんっ!」
 視界がはっきりすると、同じ場所にストリーマさんと勇者さんはいた。ストリーマさんの足に力はなく、もうほとんど勇者さんに寄りかかっている状態だった。でも、その腕は決して勇者さんを離したりはしていなかった。それどころか一層強く、決して離さないと証明するように電撃がなおも身体を突き抜けても抱きしめ続けていた。
 勇者さんの困惑の表情が、悲しみの表情が、溶けるのが見えた。拒絶の意思が、ストリーマさんを受け入れるものへと変わる。
 勇者さんの剣は地に落ちた。空を握る両手はゆっくりとストリーマさんの背中へと回って、一瞬迷ったようなそぶりを見せた後、だけど、しっかりとストリーマさんを抱き締め返した。
 勇者さんが何を抱えていたかなんてわからない。でも、いまストリーマさんは勇者さんの抱えていた重たい何かを、一緒に抱えることができたんだって、ぼくにはわかった。
 頬を伝う涙。自然とぼくは涙を流していた。感動、なのだろうか。わからないけど、でも嬉しいのは確かだった。意識を失っているストリーマさんに変わって泣けているのなら、それはとても嬉しい。
 周囲で教団兵たちを見事に捕まえた魔物娘さんたちや、この光景を見ていた人たちが割れんばかりの拍手喝采を二人に送っていた。
 暗黒魔界に訪れた一迅の雷光は、いまは一匹の悪魔の隣で瞬いている。
17/09/10 19:07更新 / ヤンデレラ
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■作者メッセージ
【本編に(多分)もう出てこないキャラを紹介するコーナー!!@】
・ストリーマさん。デーモン。年齢不詳。ボンキュッボン。
 雷勇者の境遇を一目見ただけで察して甘えさせなきゃ、という使命感に目覚めて無理矢理抱き付いて堕とした強者。この後、もはや自分が依存しているのではないかというレベルで雷勇者にべったりすることとなる。食事のあーんは当たり前、お風呂の身体洗いなど当然、トイレのお世話までする始末。雷勇者が父母にしてもらえなかったことをじっくりと全部やる予定のようである。
 なお、雷勇者に抱き付いていたせいか、しばらくの間自身も彼と同じ雷の魔力を帯電することとなってしまった。本人曰く常に彼を纏っているみたいで堪らないとのこと。M気があると判明するのはもう少しあとのことである。

・雷勇者さん。勇者。十八。中肉中背。教団でも暗部側の勇者。
 父母の愛情に飢えていたためストリーマさんの誘惑にあっさり堕ちちゃった優良(?)男児。
 加護は受けているが表立って勇者とは名乗っていない。生まれつき雷の魔力を色濃く持ち合わせ、触れるもの全てを通電させてしまう特異体質の持ち主だった。そのせいで親に捨てられ、拾われた教団でも人ならざる扱いを受けることに。主神の加護を受け、勇者とされる強さを得たものの雷の魔力はコントロールできず、真っ当な道へは進めず暗部に落ちることとなった。その結果、ドラグリンデ城への遠征に駆り出されて今回の結末に至る。
 前述の通り、父母の愛情に飢えているためストリーマさんにじっくりと甘やかされる。寝食はおろかお風呂、トイレすら一緒という徹底ぶり。常にどこか触れていないと落ち着かないほど依存してしまう。共依存。
 なお、彼の雷の魔力はストリーマさんの魔物の魔力に侵食された結果、エッチな刺激を与える雷の魔力へと変化した。ストリーマさんをびりびりさせて悦ばせる悦びに目覚めるのはもうしばらくあとのことである。

思い付きでやったこのコーナー。もうちょっと前からやっとけばよかったと後悔。
ああ、デーモンさんの青肌になー、ぶっかけたいなー、オイル塗ってって言われて塗ろうとして、それじゃなくてこっちって言われて肉棒シコられたいなー(真顔
はぁ……なんで青肌に精液滴る姿ってあんなにエロいんですかね?

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