連載小説
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7話:小さな亡者の檻の中




 最初に考えたのは真っ暗なところだ、というものだ。
 
 意識があるのに目蓋が開かない。
 自分の状態は何となく分かるのだが、体が言う事を聞かない。
 体勢は横たわってる事で間違いないだろう。
 体との隙間を作り易くする為なのか、背中に当たるやや固めの感触は病院のベッドに使用されているマットレスを想起させる。
 妙に肌寒いのは何も自分に掛けられていないからか。
 
 そんな中、視線を感じる。

 まるでベッドに横たわる自分をその縁から間近で眺めているような無遠慮な視線。
 起きる瞬間を今か今かと飽く事無く見つめている、そんな視線を感じている。
 
 

 そんな事をされていると、意地でも起きたくなくなった。
 
 「ねぇ、ねぇ、ねぇってば」

 何か呼び掛けられているが関係ない。
 一成さんは今現実さんのアポイントを受け付ける気はありません。お引取り下さい。

 「ねぇーってば〜。起きてるのは分かってるんだよ?」
 
 グラグラと体が揺れる。
 耐えかねたのか、どうやらこちらを揺らして目を覚まさせようとしているようだ。
 俺は否定の意思表示の為に背中側を声のする方に向けて横になる。
 
 誰だか知らんが横になって目を閉じて反応しない限り判断はつくまい。
 つまり、『俺が起きない限り俺が起きたという状況は確定されない』!
 今まで幾度となく両親や弟の侵略から身を守ってきた、俺の持ち得る中でも最高クラスの防御手段だ。
 
 この奥義、破れるもんなら破ってみるがいいっ!

 「おりゃー♪」

 「ごっふううううぅぅぅぅ!?」

 メーデー!メーデー! 腹部に強烈な衝撃を確認っ!
 繰り返す、腹部に強烈な衝撃を確認っ! 代謝機能部隊は直ちに脳内麻薬を分泌し痛みを和らげろっ!

 腹部の重みが身動きを許さないものの、俺はつい反射的に両目を見開いてしまった。
 馬鹿な、この奥義が一分も保たんだと……!

 「起きてるのは分かってるっていったでしょー?そこから降りてよー」

 この重み、こいつまだ上に乗ってやがるのか!
 お前が退かんと起きれんという事実を無視して何て言い草だ。
 
 「そこ……、退け……」

 「えー? 何ー聞こえなーい」

 先程の衝撃で盛大に空気を搾り出してしまった上に、肺に上手く空気が入らないので大きな声を出せない。
 結果、俺は小声で話すしかないのだがそんな事お構いなしにこの襲撃者は言葉を返してくる。
 声からすると俺より大分年下の子供のようだが、子供の体重でもいいところに入るとそれはそれは致命的な一打となる。
 ソースは俺。

 「降りてやるから……退け、重くて……動けん……」

 出来る限り状況を説明し、何とか動いて貰う為に交渉する。
 何しろ寝ている男に躊躇無く襲撃をかます輩である。
 物事の順序を知らんようだし、ここで焦っては何をされるか分からない可能性を低くする為にも優しく丁寧にしてやらないと俺の身が危ない。

 俺の状況説明を聞いているのかいないのか。
 先程から襲撃者が一切発言も行動もしないのだが、こいつ、まさか理解してないんじゃないだろうな?
 
 実際には数秒しか経っていないのだろうが、俺の体感では数分は経過した。
 静けさを恐ろしく感じていると、唐突にそれが破られる。
 俺にとって最悪の形で。
 
 「あ”ー、聞こえんなぁあ〜〜〜?」

 体の力を抜いてより深く身をめり込ませてきた。
 ぐんにゃりと隙間無く沈もうとする塊が、俺の肺に残っていた空気の逃亡を手助けしようとしている。
 ま、待て! 行くな! 

 俺の希望も空しく、何だかよく分からない重い物体は遠慮なく俺に体重を掛けてくる。
 逃げる空気。供給の間に合わない呼吸。
 足りないものがあまりに多く、考えるのにも一苦労だ。
 このままではこいつが飽きるまで起き上がれなくなってしまう――――そう、考えた時に脳裏に閃いた。

 「およ?」

 自分の下の感触が大きく変わったのに気付いたのか、謎の物体Xが不思議そうな声を上げる。
 理解出来まい。これが俺の――――

 「全っ!力っ!だあああぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 「きゃはははははは♪」

 吸った空気を力に換えて。
 今必殺のアブドミナル・マッスル・アタック!
 ……単に腹筋に力を入れて上下に動かしているだけと言う無かれ。
 少しずつ運動をする事で振幅幅を増大し最終的には自由になる為の俺の逃走手段である。
 上下する為に重さが掛かってくるので正直キツイのではあるが。
 
 「あー、おもしろかった。いいよ、『れでぃに対してのしつれいな発言』は許してあげる♪」

 結局コイツが自力で退けるまで続ける羽目になった。
 満足したのか腹の上の重量物が消え、久方ぶりに空気が肺に入る。
 あ、危なかった……、もう少しで息すら出来なくなるところだった…………!

 「お前えっ!いきなり何しやがる!!」

 息を整えた後勢い良く上半身を跳ね上げる。
 左右を見渡すが何も見えない。
 不思議に思って先程よりも注意して見渡していると――――

 「ここ、ここよ。お兄ちゃん」

 「?」

 首を回して下に向けると、床に体育座りしている少女が居た。
 身長は俺の腰下くらいだろうか。座っているので余計小さくなっており、俺の視界に入らなかったようだ。
 長い闇色の長髪は十数cm分ほど床に広がっており、薄暗い中で光を反射するクリクリとして大きな瞳が好奇の輝きを混ぜてこちらを見上げている。
 顔立ちは薄暗くて分かり辛いが、少し痩せ気味で線が細い事を抜きにしても中々の造作だと思う。
 このまま素直に育てば将来はきっと相当な美人になるだろう。
 湧き上がっていた怒りが急速に萎んでいった。

 「お嬢ちゃん、危ないだろう? 人の上に乗っちゃいけませんってお父さんやお母さんに習わなかったかい?」
 
 主に俺の身が危なかったんだがな、とまでは言わない。
 この子を傷つけるのは何となく憚(はばか)られたし、もし何らかの理由で教育出来ていないのであれば俺が正してやるのが人生の先達としての務めだろう。
 決してこの子の顔立ちが可愛いからではない事を言及しておく。

 「えー? でもお父さんとお母さんって、いっつも夜中に上になったり下になったりしてるよー? どっちも怒ってなんていなかったし、とっても嬉しそうだったから皆そうなのかなーって思ってた」

 ご両親何やってんのおおおぉぉぉっ!?

 いや、ナニやってんのは分かるんだけどさ!
 お子様の情操教育で一番やっちゃいけないの一番見せちゃいけない時期に見せちゃ駄目でしょ!?
 
 「特にお母さんが上のときはお父さん――――」

 「いや、止めようか。俺が悪かったから」

 ベッドから降りて彼女と同じ目線まで跪き、項垂れながら両手を彼女の肩に置いて静止する。
 俺の発言に気を良くしたのか、薄闇に似合わないニカッとした笑顔を浮かべて少女は立ち上がった。

 「うん、許してあげる。……それでお兄ちゃんは何でわたしのベッドで寝てたの? お部屋まちがえたの?」

 「いや? 至って健康だけど。というかここ何処だ?」

 薄闇に眼が慣れてきたのか、部屋の状態が手に取れるようになってきた。
 ベッドは一台。近くには洗面台やら収納棚やら冷蔵庫、テレビ等がある。
 部屋自体も大きく大型の診察器具やストレッチャー(患者を搬送する医療器具)等も問題なく搬入出来そうだ。
 良く見るとベッドの足にキャスターが付いている。恐らくこれ毎動かしても余裕のある広さであった。

 「ここはわたしの部屋。もう何年もここに居るの。お父さんもお母さんも来てくれるけど、この時間はいつもわたし一人なの」

 その言葉の端々に、俺を警戒している事を感じた。
 少々状況を整理したいと思う。

 冷静に考えよう。
 ここは俺の知らない場所。恐らく病院。
 この時間は人っ子一人いない(少女談)。
 見知らぬ成人男性といたいけな少女が薄暗い密室で二人きり←今ココ!

 


 
 ヤッ、ベえぇぇ……




 社会的に抹殺されるフラグが、今そそり立っている。
 この状況、どう見ても『年端もいかない少女を強姦しようと家族が居なくなる時間まで同室で待ってた犯人』じゃねぇか……!
 脂汗が滝のように流れてくる。
 
 「……やっぱり何処か悪いの? お医者さんよぶ?」

 そういって彼女が手を伸ばした機器を見て、心臓の鼓動が聞こえる位跳ね上がる。
 あれは、『ナースコール』っ! マズイ、今絶対に押させてはいけない代物っ!
 ……こうなったら奥の手を使うしかない、か。

 「お嬢さん、俺の顔を良く見てくれないか……?」

 「? いいけど」

 このような童女に使うのは忍びないが、これも俺の社会的安全の為。
 ひいては強姦魔と居合わせたという誤解からこの子を救う為。
 つまりお互いの為に俺は最終手段を使う。

 「俺はね、未来から来た君の恋人なんだよ……」
 
 顔面の筋肉を操作し、出来る限りイケメンフェイスを作り出す。
 悪いが――――堕とさせて貰う!!

 数秒の沈黙の後、先に均衡を崩したのは少女の方だった。
 
 「あははははははは!変なかおー、おもしろーい♪」
  
 爆笑された。何でや。
 最終手段が通じなかった事に大きくダメージを受け消沈する俺。
 もう駄目だ……、住所はあるけど無職で犯罪歴が付くなんてお約束すぎだぁ……。
 俺がインタビューされる家族の姿まで夢想して今後の人生を考えていたところ、救いの手は意外な方向から現れた。

 「お兄ちゃん『げいにんさん』だねー? お父さんがおもしろいから大好きだって言ってたよ」
 
 絶句する。
 意外すぎて視界の中の救いの手が若干滲んでるんですが。
 
 「お兄ちゃんはわたしを笑わす為に待ってたんだー。ありがと、おもしろかったよー」

 何だろう。悪気はないのにグッサグッサ刺さるんだが。
 無垢な言葉の刃って、本当に凄い切れ味だね。
 お兄さんちょっとそこのベッドで休みたくなってきたよ。
 モゾモゾと備え付けのベッドに戻ろうとすると、少女が俺を引き止めに来る。
 
 「そこはわたしのー。お兄ちゃん、『てんどん』は飽きられるってお父さん言ってたよ? 」

 わぁ、お父さんそういうところの教育もしっかりしてたんだ。もっと大事な事を教えておこうね。
 主に成人男性の心のナイーブさとか。

 「……お兄ちゃん、暇ならちょっと手伝ってよ。大事なものをさがしてるの」

 「……大事なもの?」

 何だ? 小学校低学年くらいの子が無くす物って検討がつかない。
 最近の小学生は大人びているって言うし、もし小物とか化粧品とかだったら流石に骨が折れそうだ。

 「このくらいのぬいぐるみ。持ってたんだけど、どっか行っちゃったの」

 少女が示した大きさは、丁度成人男性用の枕くらいの大きさだった。
 小さなこの子から見ると大きめといえよう。
 少し探せばすぐ見つかりそうなものである。
 と、周りを見渡すとそれらしきものがあった。
 
 「これか?」

 手に取ったのは洗面台近くの椅子に置いてあった犬のぬいぐるみだ。
 前後の足を伸ばして腹をつけている姿勢で作られているので、もしかしたら枕になるのかもしれないが。
 
 「その子は違うよ? その子くらいのネコちゃん。一緒に入れて貰ってたんだけど、無くなっちゃった」

 どうやらこの犬は猫のぬいぐるみとセットであったようだ。
 だが俺は深夜の病院を徘徊する趣味は無い。
 早々にお暇したいのだ。

 「あー、とな。お兄さんはちょっと用事があるんだ。だから――――」

 そこまで言った瞬間、少女の悲しそうな表情が暗闇でもはっきりと見えた。
 そしてその手には既にナースコールも握られている。
 
 「……だめ?」

 少女は依然悲しそうな表情のままだ。
 だが、俺には分かる。あれは嘘だ。
 分かっているがそれを言う事は出来ない。
 何故ならコイツは断ったら人を呼ぶ気満々だからである。
 何と答えるか悩んでいると、少女の方に動きがあった。

 「…………だめ、なんだ」

 そういうとコイツは悲しそうな、そして残念そうな寂しい笑顔のままボタンに添えた指に力を込める。
 ま、まずい!『ソレ』を押させたら俺が(社会的に)死ぬ!

 「あ、あーっ!と思ったけどやっぱり用事なんてなかったなー、お兄さん喜んで探しちゃうーっ!」
 
 「ホントっ!? やったあっ!」

 少女は笑顔を咲かせると、ナースコールを放り出して抱きついてきた。
 少女の背丈が印象よりかなり小さいのか、柔らかい感触が下腹部に突き当たってくる。
 
 「ありがとー、お兄ちゃん!」

 嬉しいのかグリグリとそのまま頭部を擦り付けてくる。
 ふぉっ!?や、やめろ。そこには我が息子が……。
 それにこの構図は正直ヤバい。というか俺はロリコンじゃないが女の子特有の匂いと柔らかさが兎に角ヤバい!

 「ん、なにか入れてる? 固いよ?」
 
 ぎゃあああぁぁぁっ!気付かんといてーっ!!というか離れて!!!
 抱きついてくる少女を無理矢理剥がし距離をとる。
 未だ治まらない無節操なマイ・サンを悟られないよう、若干前屈みである。

 「ぶー、結構いい感触だったのにー。ケチンボー」
 
 (・ε・`)←こんな顔をしつつ文句を言う少女。
 ガチふざけんな。(お前の貞操が)危ういところを救ってやったんぞコノヤロウ。
 心の中で悪態を吐くが、この少女の目的をさっさと終わらせないといけないようだ。
 話を続ける。
 
 「とりあえず自己紹介だ。俺は一成。お嬢ちゃんは?」

 「わたし?んー、とね」

 ウンウン唸る事数十秒。
 少女は何か思い出そうとしているようだが、中々浮かばないのか険しい表情をしている。
 ……おい、コイツまさか自分の名前知らないわけじゃなかろうな。

 「うん、かすみ。ホントは難しい漢字書くんだけど、忘れちゃった」
 
 かすみ、ね。霞とでも書くのかね?
 
 「よし、かすみ。探し物の基本はまず心当たりのある所を探す事だ。どの辺だ?」

 白状する。この時俺は手伝うんじゃなかったと、心底後悔した。
 何故なら、かすみが指定してきたのはこの病院の殆ど全てだったからである。

















 気付いたらここに居た。
 
 ここは暗い。
 誰も居ない。
 寂しい。

 四角い何処までも伸びる通路。
 放っておいても自然に閉まるやたらと思いドア。
 ポツポツと等間隔で光る小さな灯は、まるでわたしを何処かに連れて行きたいように遠くまで続いている。
 
 どこまでも歩いていく。
 わたしの目には暗い廊下とその下の光と飾り程度にしか意味の無い病室扉以外の世界は、全く映らない。
 何処まで歩いていっても曲がり角や分かれ道があるだけで何も変わらない。
 どのくらい歩いたか知らないが、いい加減飽きてきた。
 歩き続けている途中で出れない事も思い出した。
 確かわたしは友達を探していたけれど、見つからないし、もう帰ろうと思った。
 足は自然と行き先を進む。
 何度も通った道だから、わたしは全然迷わない。

 歩いて歩いて気付いたらわたしの部屋だ。
 居なくなった友達は、また明日探そう。
 同じ事を繰り返しているのも憶えているけど、わたしはそれ以外に出来ないから仕方ない。
 明日はきっと見つかるはず。
 見つかればきっとわたしはかえれる。

 そう思ってベッドで寝ようとする。
 そこには、友達じゃない知らない人が居た。
 
 誰? この人。知らない。

 とりあえず居られると眠れないので起こす事にした。
 
 「ねぇ、起きてよ」

14/09/10 00:09更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
冒頭に戻ると一生楽しめます。お久しぶりです、十目で御座います。

ここにきて新キャラ投入。
花子(仮)さんは一成を包む正し方をしますが、霞は一成の都合等一切関係なく動きます。
『時には拳を振り上げる事も優しさとなる』
今では体罰とも取られる発言ですが、当方も拳を振り上げていたら何か変わっていたのかもしれません。
霞は、当方の出来なかった拳を担当させる為に登場させました。
これで漸く一成の改造計画がスタートした状態です。
次回は少し花子(仮)さんが割りを食ってしまいます。彼女にも少しの間我慢して貰う必要がありそうです。

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