連載小説
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悪意を止めろ4:欲望の巣窟
【Side:凱&ヨメンバーズ】

凱はエルノールと相談した上で、エルノール・サバトの集会所に構成員となった者も含めた、すべての者を集めた。
特別顧問としての権限を使ったのである。
集会所と地下基地の全容と場所を知っていることだろうと思い、工作員を確実に抹殺すべきと内心では考えている。

だが、姿を変えて高等部に潜ってたなどと馬鹿正直に言うのは本末転倒であるし、抹殺と言っても命を奪えば魔物娘たちが黙っていない。
そんなもどかしい思いを胸に秘めつつも、エルノール・サバトに工作員が紛れ込んでいることを口実にしてしまおうと考え、まずは揺さぶりをかけるところから始めてみた。

「実はだな、このサバトに工作員が紛れ込んでるみたいなんだ」
「ちょっと、それ大丈夫なの!?」
「ピンチじゃありませんの!」

案の定、不安と驚きの混じったリアクションが、エルノール以外の者から返ってくる。集められた構成員の中には「そんなのいるわけないじゃないですか」と存在を否定する声もあった。
そのようなことを言うのは工作員本人、それも頭の悪い者しかいない。
しかし冷静な者も少しはいるようで、「誰だ?」と同調しながら、やり過ごそうとしている。
凱は指摘するのをあえてせず、冷静に話を続けた。

「……だが安心してくれ。ここ最近いなかったのは、その工作員が誰なのか調べてたからなんだ。そして、その工作員の情報はすべて、ここに入手済みだ」

凱がそう言って一冊のファイルを取り出す。
不安の声を上げていた者たちは「さすが特別顧問、ちゃんと考えていたんですね!」などの安堵と賞賛の声が多数返ってきた。
一方、工作員の存在を否定していた者は、すっかり黙り込んでしまっている。

分かり易過ぎるんだよ――と、凱は内心で嘲笑う。

「これから、このサバトに紛れている、アホでバカでクソな不届き者どもを一匹残らず駆除してやる。おら、ドジでマヌケでおふざけが過ぎたクソ工作員ども! 震えて待ってな!!」

侮辱同然の宣言の後、潜り込んでいた工作員の名を一人ずつ、フルネームで丁寧に読み上げていく。
名を呼ばれた者は次々と顔が怒りで赤黒くなったり蒼白になったりなどするも、拘束の魔法をかけられ、何も出来ずに連行されていく。
記した者の名をすべて読み上げ、改めて見てみると、最終的な人数は改変当初のエルノール・サバトと変わらなかった。
人数こそ減ってしまったが、工作員を入れたままでの被害を考えれば何億倍もマシというものだろう。
終わってみれば呆気ないものである。

「あたし、除名されるんじゃないかと思ってヒヤヒヤだったー」
「これでもう安心ですね」
「工作員が紛れ込んでるとか、全然気が付かなかったー」
「違和感を感じてたのは、こういうことだったんですね」
「気を付けてかなきゃ、だめだね」

凱は、残された構成員の安堵の声を聞いているうちに、「自分もまだまだ他人を見る目が無い」と呪うしかなった。
かくして、工作員たちは一人、また一人と亜莉亜が開発した新薬の実験台にされていった。

「うーん。やっぱり、これがいいですねぇー」

亜莉亜が対象者に使った様々な道具の使い勝手を精査・研究した結果、亜莉亜が選んだのは鍼灸(しんきゅう)治療で使う鍼(はり)と水鉄砲であった。
鍼は0.14〜0.34oもの細さを持ち、なおかつその先端が丸いため、通常の注射針や縫い針とは違って、刺した時の痛みをほとんど感じさせず、血も出させない。
「治験」と称されたこの実験は一週間をかけて精度を増し、新薬と以前の薬は遂に完成を見る。
そして彼女は新薬に【バニシングニードル「デスストーカー」】と名付け、以前の水鉄砲を用いた薬には被験者の証言から【催淫睡眠薬「ヒョウモンダコ」】と命名された。

デスストーカーとヒョウモンダコを受けた哀れな工作員は、治験による度重なる投与のせいか、記憶がエルノール・サバト入信前でまでで、なおかつ8本の触手に似たものしか残っていなかった。

その間に自白剤も投与し、性奴隷調達計画を聞き出して録音しておいたのは、ちょっとしたおまけである。

かくして、エルノール・サバトは潜り込んでいた工作員の排除が終わり、反撃に際する作戦会議や訓練に取り組む事が出来た。
だが、凱はそれで満足出来なかった。それはエルノールも同じだったようで、彼女は偵察要員も増やして関係する場所に放ち、情報を集めていた。
情報が勝負を制するからだ。

さらなる反撃態勢を整えるエルノール・サバトとは打って変わって、静鼎学園、夏目会、警察の雰囲気は殺伐としたものになっていた。
凱たちによって記憶を消されたのを知る由も無く、有益な情報を何一つ持ち帰れなかった、と言うよりは記憶があやふやな者たちは、その大半が粛清される破目になった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【Side:静鼎学園】

「あのチビめ、ふざけた真似してくれたな!」

浜本の怒りは頂点に達し、机を両の手のひらで力の限り叩きつけながら、怒声を発する。
因みに、チビとはエルノールのことだ。

野本も周囲を睨みつけながら葉巻をブカブカと吸い続ける。
ビリビリとした一触即発の緊張感がこの部屋に集められた者たちに伝わり、どこからかゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきた。
その場にいる者全員が黙り込み、目線を下に逸らしている。

記憶がエルノール・サバトに入る前までしか無いなどという前代未聞の事態に、野本はエルノール・サバトが何かをやったであろうという事は直感した。
だが、確証が無い。である以上、断定出来ない――そんな歯痒さに襲われていた。

以前の作戦はすべて知られ、新たな作戦を立てる事も今からでは不可能。
違う工作員をエルノール・サバトに送り込もうにも、肝心のエルノール・サバトが入会希望を男女の別なく一切断るようになり、内情を知る事も出来なくなったのだ。
すぐにでも殴り飛ばしたい衝動を、今は必死で抑え込んでいる状態だった。
一方で疑われて、怒鳴られて、サンドバッグにされる者たちからしてみれば、とんだとばっちりである。

だからといって粛清しようにも、学校という組織の都合と体面上、やる訳にいかない。
野本がやろうと思えば、処刑自体は簡単に出来る。
だが、それが自分たちだけでなく、裏に控える理事長の首をも絞めるだけの現状だと理解せざるを得なかった野本と浜本は、己の立場を呪いながら、ただただ歯噛みするしかなかった。
それから程なくして、二人が最も恐れていた事態が起こる。

静鼎学園理事長・斉藤みやびがエルノールを代表とした連名で告訴されたのだ。
証拠を突きつけられ、野本らの悪行を黙認していた事を認めざるを得なかった斉藤は引責辞任に追い込まれるが、最後の足掻きか、野本を理事長代理の座に据えた上で辞任を受け入れ、静鼎学園を去っていった。

*****

【Side:夏目会】

時を前後して、夏目会総本部では銃声が鳴り響いた。

スパイとして送り込んだ者の一人が、眉間を撃ち抜かれて即死したのだ。
それも総裁自らの手によって。

「次は貴様だ。虎千代、あれを持ってこい」
「え? あれってまさか……」
「さっさと持ってこい。オレを怒らせたいか?」

虎千代と呼ばれたホスト風の男は、総裁の圧力に無言で動き、程無く戻ってきた。
その手には怪しい輝きを放つ、おろし金がある。

「そう、これだ。――おい、貴様の手足の指を、今からこいつですり下ろしてやる。オレがやってやるから、ありがたく思えよ」
「ひ……ひいいいいいいい! そ、総裁! そ、それだけは……!」
「まんまとガキどもに遊ばれおって……。おかげでウチは百億見込める商談逃したんじゃ! オレのメンツも丸潰れにされたんだぞ! 貴様みてぇな三下が一人が謝って済むこっちゃねぇんだ! 分かっとんのか、あぁゴラァ!」

支離滅裂にも近い言葉を並べて怒鳴る姿は、それだけ恥をかかされたと示しているのだろう。
そうして、夏目会総本部では汚い悲鳴が長時間続き、その制裁を自ら行った夏目会総裁は憤怒を隠すことなくつぶやく。

「チンケな学校風情がふざけやがって。ヤクザに恥かかせた落とし前、たっぷりつけさせてやるからなぁ」

夏目会は反社会組織にして暴力団である。
ヤクザというのは、社会の害虫でありながら人並み外れてプライドが高いという、何ともふざけた存在であり、自分たちのメンツを潰した者を絶対に許さないのだ。

それに、存在自体が法を破っている以上、他者の尊厳や命を奪ってでも利益と勝利を得なければすべてを奪われる。ましてや、失敗したばかりか多額の損失を出した者に待っているのは、死の一文字。
騙され、負け、出し抜かれ、いじめられる事こそ裏社会の絶対悪であり、どんな手を使ってでも勝たなければ命は無い。
「今日は人の上、明日は我が身の上」の裏社会において、それこそが生き残るための絶対の掟なのである。

*****

【Side:警察】

特殊事案執行部の会議室では、内偵に失敗したとして、エルノール・サバトに潜っていた隊員の処刑が行われていた。

隊長となった明石数秀の怒りは怒髪天を衝き、灰皿はタバコの吸い殻が山となっていたが、不意に隊員たちに声をかける。

「もういい。そこまでにしろ」

ナックルダスターや警棒で滅多打ちにしていた男たちは、明石の突然の中止命令に不満を漏らす。それに明石は答えた。

「本当ならこのまま殺してやりたいがな。クソ魔物どもが騒げば、俺たちが動けなくなって色々都合が悪い。……あ……、いい事思いついたぜ。もうちょい殴ってから病院に放り込め。んで竜宮のガキにやられたって申告しとけ。警察の言うこたぁ信用されっからな」

いやらしい笑みを浮かべる明石の中に、風星学園への復讐の炎が燃え盛る。

「見てろよ、風星のクソどもめ。俺の恨みは、おめーらの命でしか消せねぇんだからなぁ……」

朱鷺子を巡る一件から、明石は警察内でさえ後ろ指を指され、爪弾きにされてきた。
その屈辱を糧とし、夏目会総裁直々の助けも得て、返り咲いた。
彼の中にあるのは、自分の栄達と欲望を阻んだ者への逆怨み。そして、凱たちへの激烈な殺意だった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

いくら学長と理事長、総裁らに忠誠を誓っていたとしても、彼らに従う者たちは人間であって、ロボットではない。
ゆえに真性のイエスマンを除けば、多少なりとも組織に不満を抱くのが人の常だが、そうした不満をわずかであっても許さないのが組織というものだ。
これは学校や暴力団、警察に限った話ではない。
結束を乱したり、利益を損なったり、任務に支障が出る要素を暴力と権力で排除するのが、社会であり組織なのだから。

こうした恐怖から、やがて末端から離反者や逃亡者が出始める。
凱とエルノールの狙いは、組織の連帯を崩すことにあったのだ。

しかし――

後日、とある豪華な一室で議論し合う四人がいた。

「……不味いことになったな」
「心配いらねぇよ。商品の販売ルートくらいすぐに掌握できるからな」
「それはご苦労」
「――お前の学園にぁもう期待できねぇなぁ、デブ野本」
「貴様ぁ……」
「フンッ。おめぇの姪っ子もそうだが、川澄とか二ツ森とか抜かす奴ら、口先だけだったじゃねぇかよ。風星のガキどもに良いようにされてよぉ。――ちったぁ恥だと思わねぇんかいッ!」
「あんだとゴルァ!」
「二人とも落ち着け。……それに夏目。静鼎学園の評判と実績、まだまだ捨てたものではない。手放すのは早かろう?」
「ハッ! そういうお前はどうなんだ? あ? 神月(こうづき)よぉ」
「俺は腐っても警察庁長官、抜かりはないさ。その気になればどんな奴のスキャンダルもこの手にできるし、でっち上げて処分もできる。誰だろうと俺を逮捕できんし、裁けんよ」
「……おい、さっきから黙ってねぇで何か言ったらどうだ。笹川」

野本が笹川と呼んだ男に唸るような声で催促すると、笹川は薄ら笑いを浮かべながら口を開く。

「どいつもこいつもお気楽だな。こっちは例の準備を押し付けられてるってのに」
「お前んとこのホテルが一番安全なんだぞ。文句は成功させてから言えってんだ」

野本はかなり不機嫌な口調で笹川に言い返す。夏目は野本を無視して問う。

「して、笹川。受け入れ体制はどんな感じだ?」
「商品については、地下層に押し込んで監視してあるから大丈夫だ。だが商品の数が予定の半分以下、部屋が余り過ぎている。開催は大丈夫なのか?」
「問題ねぇよ。いざとなればウチや明誠学園の連中が引っ張ってきてやるよ」
「その裏の力に期待してるよ、夏目」

野本宗博(のもと・むねひろ)――
夏目剛史(なつめ・つよし)――
神月利夫(こうづき・としお)――
笹川秀雄(ささがわ・ひでお)――

この四人こそ、人身売買や麻薬取引を行う悪の枢軸であった。
彼らの行動が最終的に首都圏に戦乱を起こす引き金となるのだが、それはもう少し先の話。
20/06/29 18:46更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
短めですが、「悪意を止めろ」はこれにて終了です。

ハーレムメンバーについて、知り合いから「せっかくだし、ヨメンバーズにしよう」と命名してもらいました。
ですが、後から「これ、アベンジャーズの引っ掛けやんけ」と気付きましたが語呂が良かったので、あえて突っ込まず採用しました(笑)。

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