読切小説
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信仰魔道、愛と愛と愛
 いつの時代も、新人に与えられる仕事は、退屈で単純なものばかりである。
 教団の新人騎士であるヘテロも、そんな単純で退屈な仕事を任され、一人ため息をついていた。彼は教団の熱心な信者である両親の間に生まれ、物心がつく前から教団の思想と濃厚に接していた。当然、魔物は悪であると信じきっており、将来は教団の騎士として魔物を討伐して活躍したいと考えていた。
 そしてその夢は、ほんの数ヶ月前に叶えられることとなった。剣の腕と信仰心を認められ、見事教団と魔界国家の境界、最も戦闘が激しい最前線への配属が決定したのである。しかし、そんな彼に待っていたのは、捕虜の監視という彼の理想とはかけ離れた仕事だった。
――こいつが暴れてくれれば、少しは退屈がまぎれるのだが。
 彼は牢獄の一番手前の檻の前に座っていた。両腕で囲えるほどの小さな丸テーブルと、簡素な木の椅子。テーブルの上には、数冊の本と、パンが乗った皿、そしてコーヒーの注がれた金属製のカップが置かれている。本は長距離の行軍により、砂埃にまみれ薄汚れている。
 ため息をつき、彼は視線を前方に向けた。その先、小さな折の中には、現在、この前線基地で唯一の捕虜が入っていた。頭から伸びる角。腰からはぬめりのある光を放つ、尻尾と翼。ヘテロはその姿を、小さい頃から何度も教わってきた。
――人間を堕落させる淫魔、サキュバス。
 彼女は今、自慢のボンテージを剥ぎ取られ、ぼろきれのような麻の囚人服を着させられている。元は白であった服は、長年使われ続けたせいで茶色く汚れている。所々に穴も空いている。彼女は檻の中にあるベッドに腰掛け、静かにじっとしていた。
 成人になったばかりで若さを持て余している彼にとっては、それはひどく退屈で苛立たしかった。どうにかしてこの何とも言えない鬱憤を発散したい。しかし、何の非もない彼女をいきなり責めるということは、自分の清廉潔白な精神では容認できないことだ。そう考えた末に、彼は彼女に暴れて欲しいと感じたのだ。
 しかし、彼の理想とは反対に、魔物は身じろぎ一つせずおとなしくしていた。
 湿地帯に立てられたこの基地は、雲ひとつなく満月が輝く夜であっても、高い湿度によって体を汗で濡らす。ヘテロの胸に浮いた汗の雫が、ズボンの端に吸収された頃、ついに沈黙に耐え切れなくなった彼が声を上げた。
「おい」
 苛立ちを隠すことなくにじませた、低い声。呼ばれた魔物は、ゆっくりと顔を上げた。ベッドは彼に側面を見せた状態で置かれており、そこに座る彼女の顔は、彼のものと正面で相対することとなった。
 ぎしりと音がする。彼女の手首に巻かれた縄が立てたものだ。同時に、彼女の美しい顔がわずかに歪められる。頑丈さだけが取り柄の無骨な縄は目が粗く、所々ささくれ立っている。それが遠慮なく彼女の皮膚に食い込むのだ。先端は二人の中間、檻に結び付けられている。
「逃げようとしても無駄だぞ」
 意地悪く口角を上げ、嘲るように彼が言う。
「お前ら魔物は、魔力がなければ、ちょっと力が強いだけの女だ」
 皿の上のパンを手に取り、かじりつく。本国から遠く離れた前線基地、その上戦闘とは直接関係ない場所に送られてくるものであるため、等級のかなり低いパンだ。硬く、味が薄く、口内の水分を容赦なく吸い取る。ヘテロは小さく舌打ちをすると、カップを持ち上げ中身を啜った。
 魔物を拘束する縄に繋がれた鉄柵には、白い塗料で文様が書かれていた。これはアンテナのような役割をしており、魔力を検知すると、縄を伝って相手に耐え難い痛みを与える。
 教団の長年の研究により、魔物が特別な力を行使するためには、どうしても魔力を周囲に放射しなければならないことが分かっていた。たとえ周囲に何も影響を与えない場合――例えば腕力を強める魔法で、自らを拘束している縄を引きちぎる場合――でも、微弱ながら魔力を撒き散らしてしまう。文様は縄と繋がった一本だけでなく、檻を囲う全ての鉄柵に書かれていた。
「俺は、お前ら魔物が大嫌いだ」
 もう一度パンに口をつけ、ヘテロがつぶやく。
「主神様のご意思から外れた畜生共。罪のない人間を堕落させる、魔の手先……」
 コーヒーカップをあおり、底に残った一滴まで飲み干す。苦々しい表情は、コーヒーのせいだけではない。
「今、お前を見ているだけで、目が腐り落ちてしまいそうだ。視界に収めたくもない」
 魔物は、表情を変えることなく彼の顔を見つめる。まぶたが少し降り、表情に力はなかったが、瞳の光は消えることなく爛々としていた。それがまた、彼を苛立たせる。
「だが、お前を監視するのが俺の仕事だ。ここまで厳重に拘束されて、万に一つも逃げる可能性はないと思うが」
 息を吸う。コーヒーカップをつかみ、唇をつけたところで、すでに中身を飲み干していることを思い出し、小さくため息をつく。
「隊長から命令されたから、仕方がない。上司の命令は、主神様のお言葉も同然」
 だが、とつぶやき、一度歯を食いしばる。
「命令に従うのと、それに対してどう思うかは別問題だ。お前が憎くて仕方がない。お前さえいなければ、俺も前線に行って魔物を討伐できたのに」
 人差し指で、テーブルの天板を何度も強く叩く。激しく貧乏ゆすりをして、舌打ちとため息を繰り返す。時折額から浮き出る汗を、服の袖でぬぐい取る。
 沈黙。魔物の背後にある明り取りの窓、鉄格子が嵌められたそこを、満月が通る。左端から右端に隠れるまでの間、牢獄は沈黙と、蝋燭と月の明かりと、夜の闇と、不快な湿気のみで構成されていた。
「あなた」
 沈黙を破ったのは、魔物の声であった。ヘテロは腰に吊るされた剣、その柄を握る。教団と国のシンボル、そして宝石で過剰に装飾された、実用よりも見た目を重視した剣である。教団の正規兵になった証として貰えるもので、その刀身はいまだ血に染まったことがない。
「魔物がどういうものであると教えられたの?」
 思わず、彼の口から笑い声が漏れた。
――ハッ、沈黙に耐え切れなくなっただけか。
 彼は沈黙を彼女に破らせたことで、勝ち誇った気分を味わっていた。
「人間を信仰の道から堕落させる、汚らわしい存在。主神様のご加護から外れた、この世界にいてはいけない存在」
 機嫌を取り戻したヘテロは、饒舌に話す。
「お前らはこの世にいてはいけないクズだ!主神様に愛されない、哀れなクズども!」
 唇を歪ませ、歯を見せて笑う。
「あなた」
 魔物は、変わらぬ調子で言葉を発した。
「こう考えたことはないかしら」
 彼女が座っている位置は、ちょうど蝋燭の明かりと夜の闇が混ざっていた。月明かりが彼女に届かなくなり、眼光のみが妖しく光って見える。
「主神様は、全知全能である」
「当然!」
 言葉に覆いかぶさるように、ヘテロが叫ぶ。
「魔物風情が、主神様のお名前を軽々しく口にするんじゃない!」
 椅子から立ち上がり、身を乗り出して魔物を睨みつける。
「ええ、それは分かっている。主神様が全知全能なのは、魔物の私でも分かってるわ」
 ならば、彼女の眼光がさらに強くなったように見える。
「何故、いまだに私たちが存在しているのかしら」
 幾ばくか、沈黙が流れる。
「は?」
 笑みを絶やし、ヘテロが声を漏らす。
「私は常々考えていた。本当に主神様が全能の存在ならば、あなたの言うような『汚らわしい存在』である私たち魔物が、どうしていまだにこの世界にいられるのだろうかと」
 ヘテロの顔に汗が浮かぶ。湿気と熱気だけによるものではない。
「主神様が私たちを邪魔な存在だと考えているならば、すぐに滅ぼせるはず」
「それは……」
 彼が言葉を詰まらせる。
「主神様にとっては、今の状態が良きことだとお考えなのではないのかしら。人間と魔物が争い合い、潰しあうのが」
「うるさい!」
 彼は、これ以上彼女に言葉を続けさせなかった。叫ぶが、その声はどこか弱々しい。
「主神様は、私たちに試練をお与えになってくださっているのだ!魔物を私たちの手で駆逐し、悪をこの世から滅ぼせと!」
 机の天板を力強く叩き、頭の中からどうにかひねり出した答えを叫ぶ。
 激情するヘテロに対し、魔物は凪のような声色で、言葉を続ける。
「試練は、達成できなければ意味がないわ。あなたは、国から一歩も外に出ることなく死んでいく大勢の人々とは違う。魔物を倒すことを志し、戦闘の最前線に身を投じた者。だから、知っているはずよ。教団兵の現状を」
 彼は、毎日前線に飛び込んでくる戦況報告を思い返していた。
「一度でも、魔界になった街や村を救うことができたかしら。魔物に支配された地域を取り戻したことは?」
 それに、と言って一息つき、言葉を続ける。
「レスカティエを取られてから十年以上も経つけど、少しでも奪い返す目処はつけられたの?」
 彼がうなる。確かに、彼女の言う通りだった。彼が騎士として教団の正規兵になった後、教団の実態を知って愕然としたのだ。戦歴は敗北一色で、一度として魔物の軍勢を退けたことはなかったという事実。一個師団が丸ごと行方不明になることは珍しいことではなかった。そのたびに行われる、大量の新兵補充。彼は、自分がここに配属されるまで、度重なる新兵募集は、戦線の拡大によるものだとばかり思っていた。教団の支配地域が拡大し、戦線を維持するために大量の人員が必要なのだと。
 しかし、本当は逆だった。何度投入しても、彼らは全て敵軍に連れ去られてしまうのだ。さらに、基地に常駐している兵士までも、魔物と魔界に取り込まれていなくなってしまう。
 彼はこの基地へ移動する途中、魔界となったかつての教団の基地を見たことがある。曲がりくねった植物に侵食され、建物は魔界の禍々しい自然の一部と化してしまっていた。そこは昼間だというのに薄闇に覆われていて、不気味なほど静かであった。
――あれ?
 ここで、彼は気付く。
――外が、静か過ぎる。
 この牢獄は宿舎のすぐそばだ。宿舎の夜は遅い。普段ならば、カードに興じ馬鹿のように騒ぐ声が聞こえているはずだ。それに、交代で巡回もしている。彼らの鎧の音や足音、話し声が聞こえてくるのが普通だ。
 魔物の方に視線を戻す。彼女の顔には、今まで見せたことのなかった、笑みが浮かんでいた。
「そう、こんなことになっても人間を放っておくなんて……主神様は人間に試練を与えているのではなく、すでにあなたたちを見捨てているのではないの?」
 ぐらりと、彼の視界が揺れた。
――あ、あ、あれ……?何だこれ……
 彼は、自分の頭が何倍も重くなったように思えた。座っていることすら億劫で、今すぐ倒れこんでしまいそうな調子の悪さ。
――体が、重い……頭が、ぐらぐらする……
 だが、それは不快ではなかった。酒を程よく飲んだ後の、気持ちよい酩酊感、浮遊感。
「そろそろ効いてきたみたいね」
 魔物が、嬉しそうにつぶやく。
「効いたって、何、が……」
 大きな音を立て、彼は椅子から転げ落ちた。テーブルが倒れ、彼は檻の前で四つんばいになる。
「誘惑の魔法」
 彼の耳のすぐそばで、彼女の声がする。ヘテロが混乱する思考を振り払いつつ視線を上げると、彼と檻の間、隔てられることなく、魔物が立っていた。
「何で、何で……」
「もちろん、魔法を使ったのよ」
 さも当然のように、魔物が言う。
「そんな……魔法が、使えるわけ……」
「あなたは、そしてここの人間は、私を過小に評価しすぎよ」
 先ほどまで縄で縛られていた手首を、彼女は労わるようにさする。
「魔王の娘を閉じ込めておくには、あまりにも穴だらけで、広すぎて……」
 ずるりと音を立て、麻の囚人服が解け落ちた。美しく整った裸体を外気にさらす。すると、今度は黒く染まっていた翼と尻尾から、徐々に色素が抜けていった。白と紫を混ぜたような、薄い色。髪も同時に色を薄め、黒から青白へと変化した。
「んふっ、まあ、そのおかげで、こうやってあなたと一緒になれたのだけど」
 魔力に中てられすでに気を失っていた彼を見下ろしながら、魔王の娘……リリムのデルフィニアは笑みを浮かべた。

 ◆ ◆ ◆

「うっ」
 ぞくりと背筋を駆け上がる感覚で、ヘテロは目を覚ました。
 まぶたを開ける。焦点が定まらず、しばらくの間視界がぼやけていた。ゆっくりと、像を結ぶ。
――空?
 星が瞬き、満月が見える。宝石箱をひっくり返したような星空は、魔物を退けるための結界越しに見る、彼の故郷の空とは段違いの美しさだった。
 背中に、木の感触を覚えた。彼は、ここが宿舎の屋上なのだと理解した。石レンガを積み、木の板を乗せた、雨風をしのぐことができればそれでいいという即席の構造物。彼の背中側、宿舎の中からは、木が軋む音と、男女の吐息と喘ぎが幾重にも重なって聞こえてくる。
 次に、頭の下に柔らかなものがあると気付いた。後頭部を優しく支え、心地よい感覚と甘い匂いを彼に伝える。
「くっ」
 また、彼の全身を鋭い感覚が巡った。それは、快楽だった。
「おはよう」
 上から、優しい声がかけられる。同時に、彼の視界に何かが覆いかぶさった。夜空に焦点が合っていたため、一瞬、そこにあるものがぼやけて見える。起きたばかりのため、彼がそれを明瞭に捕らえるには、幾ばくかの時間を要した。
「お前は……」
 そこには、先ほどの魔物、デルフィニアがいた。笑みを浮かべ、彼の顔を覗き込んでいる。だが、それには先ほどまでの、肉食獣を思わせる鋭さはなかった。柔らかく、愛するものを眺めているかのような表情。
「気持ちよく眠れたかしら」
 彼女の腕がかすかに動く。
「うぁっ」
 同時に、彼の全身に先ほどの快楽が流れた。ここでようやく、この感覚が股間を中心にしているということに彼は気付いた。視線を、そちらへ向ける。
「あ……」
 彼の下半身は、何もまとっていなかった。ズボンが下ろされ、彼の足元に脱ぎ捨てられている。靴は彼の腹の横に綺麗に並べられていた。一番大事な部分、ペニスは硬く反り返っており、それを彼女の手が握っていた。
「お前……一体、何をぉ、うっくっ」
 また、彼女の腕が上下する。
「準備、してるのよ」
 次は二度腕を上下させつつ、彼女は言った。
「人間を連れて行った魔物が、何をするのか……それを教える準備をね」
 きゅっと親指と人差し指の力を強め、カリ首を指の輪でねじって刺激する。
「なっ、そ、そんなっ」
 敏感な部分をこすられ、息も絶え絶えに彼は言う。
「あなたは、勘違いしてるから。魔物が、人間を連れ去って、ひどいことしてるって、勘違いしてるから」
 親指を亀頭に動かし、桃色の粘膜をゆっくりとなでる。
「あぐぅっ!」
 痺れるような感覚により、ヘテロの背筋が反り返る。
「もう、だめよ、そんなに動いちゃあ。まだ起きたばかりなんだから」
 そう言って、彼女は彼の頭を反対の手で優しくなでた。額に当たる、きめ細やかな手袋の感触。
 このとき、彼は自分の頭の下にあるものが、彼女の太ももであると気付いた。膝枕をされ、頭をなでられ、ペニスを優しくしごかれる。自分の状況を理解したとき、彼は背筋に快感とは違う寒気を感じていた。
「お前、俺を、堕落させる、くっ、つもり、だなっ……」
 気持ちよさに耐えかね、言葉を詰まらせながら言った。
「お前らのやり方はぁ、わ、わかってるんだぞ……!そうやって、油断させておい、てっ……」
 彼女に抗おうと、彼は何とか体を起こそうとした。しかし、まるで自分の体ではないかのように、彼は指一本動かすことができなかった。
「だから、だめよ、動いちゃ。まあ、その調子だと、動こうにも動けないんだろうけど」
 デルフィニアは、彼が動けない理由を知っていた。そもそも、彼をそんな状態にしたのは彼女自身なのだ。誘惑の魔力を流したとき、同時に力が入らないように魔法をかけたのだ。無理やり拘束するのではなく、脳が動きたくないと思うように仕向けさせる魔法。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。あなたは、私に身を任せればいいだけだから」
 彼女はヘテロに笑いかけ、腕をゆっくりと上下にしごく。
「あぁ……」
 一度、彼は吐息を漏らし、全身の力を抜いた。だが、すぐに反抗を再開する。
「くそぅ、やめろ……魔物、め……やめろよ……!」
 じたばたともがくが、四肢が動かせない状態では、その行動もかなり制限される。まな板の上で跳ねる魚のように、扱う者にとって簡単に抑えられるものであった。
「ふふ、あなたは強いのね」
 両手を止めることなく、彼女は言った。
「私の姿を見て、頭とおちんちんをいいこいいこされて……なのに、信仰の道から外れないように抗っている」
 ここで、彼女の表情がわずかに曇った。
「そんなあなた……ヘテロに、私は惚れてしまった……主神様への盲目的な信仰心に、惚れてしまったのよ」
「えっ、あっ、お、お前、俺のことを、知って……」
 痺れる快感に身を震わせつつ、彼はつぶやいた。彼女は、小さくうなずいた。
「教会で祈るあなたを見たことがあるのよ。ちょうど今日みたいな満月の綺麗な夜だった。聖堂で跪き、主神様に祈るあなた……満月の光がステンドグラスを通ってあなたを照らし、神々しかった。その横顔を見て、胸が苦しくなるくらいときめいてしまったの」
 でも……とデルフィニアは目を伏せた。
「私は魔物。だから、こういうやり方しか、あなたに近付く方法を知らなかった。こうやって、快楽に蕩けさせて」
「ぐぁっ!」
 尿道口からあふれ出していた汁を手袋の指部分に塗りこみ、指のリングで亀頭を滑らせるように刺激する。粘膜に直接刷り込まれる感覚に、彼は悲鳴に似た声を上げた。
「信仰心を捨てさせ、魔の道に来てもらうしか、私のわがままな願いを叶える方法を知らなかった」
「ふっうぅぅ……」
 幹と亀頭の境目辺りを、にちにちと音を鳴らしながら細かくしごく。カリが指に引っかかり、それが反り返るたびに強く痺れが起こる。
「あなたが主神様を愛するように、私を愛してほしいと思った。私は、主神様に嫉妬していたのかもね。敵うわけがないのに」
 逆手に持ち替え、人差し指と薬指でカリを挟み、中指を裏筋に当てる。三本の指が同時に動き刺激を与えたとき、彼の射精欲がついに限界を迎えた。
「はっ、あっ、はぁぁ……」
 どぷりと音を立て、尿道をせり上がった精液が放出される。デルフィニアは素早く出口を手のひらで塞ぎ、精液が手の外に漏れ出ないようにした。
「ふっ、うぅぅ、ふぅぅ……」
 まぶたをぎゅっと閉じ、リリムの手コキの快楽に身を震わせる。長い時間をかけ、睾丸に溜まった精液が、ほぼ全て放出された。しかし、これで終わりではない。周囲に漂うリリムの魔力が、彼の性欲の衰えを許さなかった。
 彼女が、一度彼の体から離れる。
「ちょっと、ごめんなさいね」
 太ももの上から彼の頭を下ろし、両手を添えてゆっくりと下ろす。彼女が屋上に左の手のひらを合わせると、そこから黒い粘液状のものがあふれ出した。
「あ……うわ……」
 それを見ていたヘテロが、恐怖の声を上げる。じゅぶじゅぶという不快な音を立てながら、粘液は彼の体の下に潜りこんでいった。屋上の上で、彼の全身がすっぽりと収まる広さの長方形を描くと、粘液は分厚くなり、彼の体をゆっくりと持ち上げた。それはさながら、空気マットに空気を送り込んでいるかのようだった。
「そのままだと、下が固いでしょ?」
 そう言って、彼女が微笑む。
「さて、よいしょ……っと」
 デルフォニアが、彼の腰の上にまたがる。直後、慌てて口を塞いだ。
「あぁ……また『よいしょ』って言っちゃった……」
 顔を恥ずかしさで高潮させ、しゅんとうなだれる。
「ま、まあいいや!気を取り直して……」
 ぶんぶんと首を左右に振り、何とか彼女は行為を続行させようとした。
「さて、と」
 上半身を倒し、彼の真上に顔が来るように、彼女は覗き込んだ。両手を彼の顔の左右につく。
「んふっ、おちんちん、私のお腹に当たっているの、わかるかしら」
 その言葉に反応して、彼のペニスが両者の腹の間でぴくんと震えた。
「もう、意識しちゃってる。そうだね、私がちょっと動いたら、これ、入っちゃうね」
 すりすりと、愛でるようにペニスを彼女の腹がなでる。
「やめろぉ……それだけは……」
 拒否の意を言葉で示すが、彼女の腹が上下するたびに、それに反してペニスが痙攣を起こす。
「おちんちんは、正直ね。射精の気持ちよさを覚えちゃって……また射精したいよぅって、言ってるみたい」
 彼女は舌を出し、ゆっくりと唇をなめる。瞳が情欲に蕩け、顔は先ほどとは違う理由で赤く染まっている。
「大丈夫。怖がらなくていいわ」
 彼女の左手が、彼の髪をかきわけ、頭をなでる。
「さっき、私はあなたに主神様を愛するように私を愛してほしいと言ったけど……」
 上半身をさらに倒し、彼女の乳房が、彼の胸板に触れた。ずるりと音を立て、リリムの服が解け落ちる。それによって生まれた粘液が、彼の上半身の服を溶かし落とした。
 素肌同士で、二人の胸が触れ合う。互いの鼓動が、相手に伝わる。ヘテロははちきれそうなほど速く強く、デルフィニアは少し速くそして心地よい強さで。
「これは断言できるわ。私はあなたを、主神様以上に愛する。主神様が全ての人間に向ける愛を、私は全部まとめてあなた一人に向ける」
 瞳ははちきれんばかりの性欲によって潤んでいたが、彼女の目は真剣そのものだった。与太話ともとれる発言が、全くの真実であると信用させるに足る瞳であった。
 彼は黙って、彼女から視線をそらした。馬鹿馬鹿しいと思えることを、彼女は平然と言ってのけたのだ。彼の顔もまた、ひどく紅潮していた。
「絶対に、あなたを不幸にはしない。確かに私は魔物だけど……あなたへの愛に一切の偽りはないわ。あなたはそれを受け入れてくれるだけでいいの」
 彼女は体を前にずらし、陰茎と女性器が触れ合うように位置を調整する。にちりと粘っこい音がなり、暖かな感触が伝わった。
「や、やめろ……」
 最後の抵抗とばかりに、彼はつぶやき、身じろぎを起こす。しかし、彼女の魔力はすでに脳の奥深くまで浸透しており、指一本を動かすことすら叶わなかった。
 デルフィニアが、腰をゆっくりと下げる。彼女の顔は、彼を絶対に幸福にするという決意に染まっていた。
 硬くそそり立った男根、その先端が、彼女の秘肉を割り開く。
「うぁ、はぁぁ……」
 彼がため息を漏らす。心地よい熱が、亀頭の先端から順に降りてくる。
「うっ」
 亀頭が全て飲み込まれたとき、彼はうめきを漏らした。深く刻まれた肉のひだが、カリの奥深くまで入り込み、そっとなでたからだ。
 ここで、彼女の動きが止まる。ペニスの先端が抵抗を受け、圧迫感を覚える。
「ふぅ……」
 ため息を一つつき、彼女は一気に腰を落とした。
「くぁっ、はぁぁっ!」
「うくっ、ふぅっ!」
 両者が同時にあえぐ。勢いを付けて処女膜を破り、一番奥で繋がりあった。
「うっぐっ、ぐぅぅ!」
 ヘテロが悲鳴を漏らし、全身を何度も痙攣させた。睾丸が何度も脈動し、作られたばかりの精液を放出する。膣ひだが容赦なくペニス全体を引っかき、なめしゃぶり、自覚する前に脳に届く快楽が許容範囲を大幅に超えてしまったのだ。
「ふふっ、ふぅぅ……ヘテロの、たっぷり、中に出てる……」
 うっとりとした表情で目を閉じ、彼女は子宮に注がれる感覚をより強く感じようとする。
「ひぐっ、うっ、うううっ……」
 対するヘテロは、小さくうめき声を上げながら、子供のように涙をぼろぼろと流した。
――主神様、魔物に屈してしまった私をお許しください。
 この瞬間、視界を常に覆っていた、暖かな光が消えるのを感じた。教会で祈るたびに強まっていた光。魔物によってそれを消された瞬間、彼はあれが主神様のご加護なのだと理解した。彼は勇者として目覚める直前に、リリムによって道を外れたのだ。
 光が消え、彼の視界に闇が溶け込んできた。夜空が霞み、空気がよどんで見える。そんな中でも、目の前のリリム、デルフィニアだけは際立って見えた。それどころか、彼女だけは、暖かく光が満ちて見えるのだ。
「ああ……」
 彼が感嘆の声を上げる。
「ヘテロぉ、愛してる、愛してるわ。言葉では言い表せないくらい、強く、強く……」
 荒く息を吸い、吐き、ゆっくりと腰を上下させる。ぬこっぬこっと粘液に満ちた壷を抜き差しする音が響く。
「ぐっ、あっ……お、俺も、あなたを……」
 光に包まれて見えたデルフィニアを、ヘテロは神と同等に見るようになった。それが、肉欲と快楽と混ざり、愛情というカクテルが作られる。
「名前でっ、呼んでぇ。デルフィニアってぇ……」
「デ、デルフィニア……」
 直後、彼は苦痛にも似た声を出した。突然膣肉の締め付けが強くなった。
「はぁぁ、もっと、もっと呼んで……」
 うっとりと顔を蕩けさせ、彼女が言う。
「はぁっ、あぁっ、デルフィニアぁ!」
「あぅぅ!」
 名を呼ばれるだけで、彼女の全身が歓喜で沸き立つ。バチバチと、快楽を伴った火花が散り、目の前を真っ白に染め上げていく。
「デルフィニアっ、いいよ、上下するの、気持ちいいよっ」
 リリムの肉壷は自在に動く。腰が上に行こうとすると、子宮口付近の肉が、名残惜しそうに締まる。腰を落とすと、ひだの一枚一枚が、なめ上げるようにペニスを迎える。奥まで届くと、子宮口がおかえりのキスをする。
「ふぁぁ、ヘテロのおちんちん、奥でまた大きくなったぁ……!」
 舌を出し、唾液をだらしなく垂らしながら、彼女は嬉しそうに微笑む。彼女の蕩けきった表情を見て、彼の心はざわついた。互いに気持ちよくなり、触れ合っているだけで胸が高鳴る。生まれたときから主神様に仕え、教えを厳格に守ってきた彼にとって、それは未知の感覚だった。
――これが、恋……?
 心を殺していた少年時代、周りの同年代の者たちが口にしていた感情。それを彼はようやく理解した。
――主神様、申し訳ありません。私は、デルフィニアと一生を共にします。
 もう一度、彼は神に謝罪をした。だが、今度は思考がはっきりとしていた。自分の意思でもって、神からの決別を誓ったのだ。
「デルフィニア、好きだ。俺も、あなたのことが……」
 蕩けた表情が、その瞬間消えた。呆然と、彼女の口が開かれる。一拍、二拍、ようやく彼の言葉を理解したらしく、目が驚きで見開かれる。目には涙が浮かび、次の瞬間、満面の笑みが浮かんだ。
「うん、うんっ!私も好き!ずっと好きだった!」
 両腕を彼の頭の後ろに回し、上半身を倒す。二人の唇が触れ合い、すぐに舌が絡むねちっこい音がする。
「んふぅ、あむっ、これからも……れるれる、ずっと、大好きぃ!」
 涙を流し、愛を叫ぶ。膣肉が乳搾りのようにペニスを揉み、今までで一番の量の射精をしながら、ヘテロは絶対に彼女を幸せにしようと心の中で誓った。

「ごめんなさい」
 同時に絶頂をし、眠るように気絶した後。日が昇り魔界と化した前線基地を照らす頃。
 宿舎から拝借した毛布を身にまとったヘテロが、デルフィニアに頭を垂れて謝罪を述べた。
「どうしたの?そんなこと言って……」
 いまだ全裸の彼女は、彼に謝られる理由が思い浮かばず、ただ困った表情を浮かべるのみだった。
「その、牢獄で……魔物を悪く言ってしまって……」
 そして押し黙る。下の宿舎からは、いまだ止むことのない嬌声の合唱が響いている。流れる風は生暖かく、黒い空を切り取ったかのように、真っ白な太陽が浮かんでいる。
「ああ、そのことね」
 ほっとため息をつき、彼女は微笑んだ。
「そんなことで謝る必要ないのに」
「でも」
 彼が顔を上げる。眉が寄せられ、目には涙が浮かんでいる。
「あなたを、俺は憎いと言ってしまった。それに、もっとひどいことも……」
 また顔を伏せる彼に、彼女はそっと近付いた。左腕で彼の体を抱き寄せ、右手で頭をなでる。高級な生地なのだろう、彼女の手袋は、彼に肌触りのよさと、安心感を与える。
「むしろ、謝らないといけないのは私の方よ」
 髪をかきわけるように、優しくなでる。
「あなたが悔しそうにしかめる表情がかわいくて、ついついいじわるなことを言っちゃったもの」
「あ、あれって……そういうことだったのか」
 納得がいったように、彼はため息をついた。
「うん、私はあなたとこういう風になれるって確信してたから……ああやってあなたを泣かせられるのは、もうあのときだけだと思ってたから……」
 ごめんなさいね、と彼女は額にキスをした。それを、彼は頬を膨らませて無言の抗議をする。
「あらあら、額だけじゃ、満足できない?」
 ヘテロは、小さくうなずく。彼はもうすっかり、彼女の虜になってしまっていた。
「大丈夫よ、ちゃんとこっちにもするから……んっ」
 そう言って、彼女は彼の唇にそっと口付けをした。二度、三度、軽く音を鳴らし、ついばむようにキスをする。
「ちゅっ、ちゅっ……んっ」
 だが、それでは我慢できなかったらしく、彼は彼女の両頬に手を添え、乱暴に舌で唇を割り開いた。
「れるっ、んっ、もう……」
 呆れたような言葉を口にするが、彼女の瞳は蕩け、目尻は下がり、顔は紅潮していた。
「あんっ、その顔も、可愛い……」
 唇の隙間から、言葉をつむぐ。
「ヘテロ可愛い、好き、好き……全部好き……」
 二人は互いの手を握り合い、屋上の木板に横になる。
「はあぁ……それじゃあ、私たちの愛を育む姿、しっかりと天にお見せしないとね」
 彼に覆いかぶさったデルフィニアは、そう言って淫らに微笑んだ。
12/08/02 19:16更新 / 川村人志

■作者メッセージ
 この話の着想を与えてくださった、談話室の方に感謝を申し上げます。
 デルフィニアさんは、シスターに化けて教団圏に潜入しているときに、彼の横顔を見たのです。シスターになるために、教団の教典や文化を頑張って勉強しました。それゆえ、主神のことを両親ほどではないにしろ、尊敬しているという設定。

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