戻る / 目次 / 次へ

二匹目

世界には、大別して2種類の魔のものがいる。
その分類方法といえば、多様多種にして下らない。
例えばそんな中のひとつとして、こんな分け方がある。
積極的に静かな嗜みを求める職人気質な阿呆。
面倒臭がりにして乱痴鬼騒ぎが大好物な莫迦。
高位に座す魔のものってやつァ、大凡その殆どが後者に当たる。
何でかなんて知らん。そういうもんなんだと思っているだけで、充分だ。
ん、何さ。
ふふ。
あちき自身がこのどちらかかなんて考えるのは、野暮ってもんだろう。
違うかい、少年。
ああ、そう無意味に憤ってはいけない。
あちきを見たら短く感じるかも知れないが、人間の寿命だって短いものじゃあない。
何かを成すには短すぎるってかい。
若いね。
ん、とてもいいことだ。
とっても、ね。
ああ、いやいや、そういうことじゃないんだ。
別におちょくってるだとか、適当にあしらってるとか、そういう訳じゃあないんだ。
でもそれは傲慢ってもんだろう。
少年。
特に君のような存在の口から出る言葉じゃあないね。
まあ、どんな生き方であってもあちきには最終的に傍観するだけだ。
もしかすると諦観かもしれないな。
好きにしたい事をしたらいいさ。
あちきは口出ししないよ。
すまない。
意地悪を言ったね。
ふふふ。
赤くなった顔がかわいくてね。
ああ、怒らないで。
君は純粋だ。
だから、あちきの身には余るってことさ。

それにしても。
ふう。
いい夜だとは思わないかい。
月が綺麗な満月だよ。
完全な満月ってのは、魔のものにとっても重要な存在でね。
見ていて楽しいし力も貰える優れもんなんだ。
だからちょいとその、完全、てやつには一家言無くもないのさ。
人間の言う月齢だとかって数字相手に睨めっこするような殊勝な趣味はないけどね。
褒めてねえよ貶し、いや何でもない。
不思議な顔してこっち向くない。
照れるじゃないの。
え。
何。
ああ。
あちきが、かい。
そ。
そそ。
それは光栄な話だ。
ね。
いや、すまない。
あちきとした事が少々取り乱してしまったよ。
そうだなあ。
君のような人間は夜目が弱いものだから、朧々な某々にでも見えたんだろう。
そういうときのアタマってのは大抵にして都合よく事実を作っちまうもんだから。
幻想的だとか幽玄だとか、ましてや綺麗だ、とか。
普段聞き慣れた言葉じゃないんでね。
確かにあちきゃあこの長い髪、けっこう手入れを頑張ってたりするさ。
猫に化ける時なんか、特に毛並みを気にしたりするしね。
一骨程度ひとがたに成れるのだから。
爪だって牙だって手入れ充分といった状態にしておきたいところなんよ。
ここは聞こえよく努力とでも言おうか。
その甲斐あって褒められるのは、嬉しくないわけがない。
ああ。
本当だよ。
それでも、ねえ。
綺麗だ、なんてあちきにゃあ重すぎる。
背中か牙にでも掛け着せといて欲しいぐらいの大層なもんさ。
もっと言うとあれだ。
こっ恥ずかしくてやってらんないね。
それとも何かい。
この流れで押し倒しにでも来るのかい。
おっと。
これは流石に無粋かな。
失礼したよ。
まあ釘を撃ち差し込んだと思ってくれればいい。
今はそんな気を起こす気なんて無いし。
何。
そこまで発情が制御できないと思われてるなんて、心外極まりない事実だな。
折角あちきが目の前に居るんだから、真実を見据えてくれないかい。
ほら、どうだい。
この肉体美...色気の無い表現だって、それぐらいは目を瞑ってくれないか。
ん。
何だいその目は。
まるで発情してるじゃないか。
おいおい、まさかまさか、そのまたまさかだろう。
また舐められたいってのかい。
あんな思いをしたってのに、懲りないというかなんと言うか。
冗談。
とんだ被虐嗜好をお持ちなこったね。
そんな敏感をあちきの舌で転がそうものなら、どうなるかなんて。
その身をもって承知の上でかい。
あちきだって血の味が嗜好品にして好きって訳じゃあ、無いんだけどなあ。
それをわざわざ、さ。
肉をこそげ取って欲しいなんて、死ぬ気かよ。
ああ、そこまでは言ってない。
言ってない。
ああ。
でも同じ事だろう。
脳漿から魂魄まで誰かに診て貰えば良いんじゃないのかい。
こんな一本道の木の上だと、それも能わずってやつだろうけど、さ。

そういえば、質問があったな。
何だっけ。
何しろ随分脱線した話を展開させてしまったのでね。
あまり記憶力のいいタイプの魔のものじゃあないのさ。
ああ、そうそう。
魔物の種類、だったっけねえ。
あちきのような魔のものって存在に対して、若干の興味を持っているようだが。
やめときなさい。
いや、確かにこの話題は自分から踏み入れる領域であって、同時に禁忌的領域だ。
欣喜して勇み足を出すのは頂けたものじゃあないよ。
まあこっち側の存在からしたら、両挙手足開きで迎え入れるもんなんだろうが。
あちきゃあそんな性分ハナから持っとらんしな。
ましてや君のような、ヴェルタースのオリジナルな存在は、な。
あれ、ヴェルターズだったかもしれない。
まあいいか。
どうした、そんな怪訝な顔をして。
ん、何だそれってかい。
お菓子だよ。
そういえば甘いものは苦手だったね。
話にはよく聞いたりするものだが、実際に甘いものを苦手とする奴は剰り見ないな。
よく見る場合は、口内を刺激するような炭酸を敬遠するって程度か。
あちきもそんな奴を見たのは、恐らく君が初めてなのさ。
珍しいんだよ。
少なくとも あちきにとってはね。
え。
炭酸とは何ぞやって、だと。
そんなものすら、ここいらでは普及していないのか、驚かざるを得ないね。
ああ。
だからどの道ヴェルタースオリジナルも知らないって事だな。
ふふ。
いや、会話に違和感が出る程度な、知識量の差ってのはいいもんだね。
何となくだが、柔らかい印象だ。
難解かな。
ほんの少しの優越感は、相当に心地良い物なのさ。
君にだって覚えがない事もないだろう。
友達とか、そういうもの相手に会話をするならば、大抵にしてそんなものが出る。
悪い事じゃあないんだ。
寧ろ、円満な関係を築くに能ってはこれぐらいの優越感が互いに必要なんだよ。
人間には他者の弱みを掴んでおきたいという根源的な欲があるしね。
また話が逸れたってかい。
そうかりかりしなさんなよ。
あんまりしつこい男は殺されるよ。
しつこいって感覚もそう言えば曖昧なもんだねえ。
俗に言う爽やかな輩は案外にしてその印象を与え難く、逆の性質の輩は。
言わずもがな、だな。
君は、どうだろう、爽やかでもないが陰湿でもないな。
そういう分別においては普通と言うところか、面白味はないな。
そう言うな少年。
人間に括らず生物のほぼ全ては種類毎に性格を定められるのさ。
君が、というわけではないが、人間の場合は短気で無邪気だな。
火薬の使い方を覚えて。
空の飛び方を知った。
それで何をして居るんだい。
喧嘩をしているだけじゃあないか。
あちき等から見れば、戦争なんて癇癪を起こした幼児と変わらん。
至極下らないものなのさ。
ああすまない、結局一個人の君には関係ないかも知れないが、そうでもないんだ。
つい口が滑ってしまう。
きっと満月だから。
仕方ないのだ。
それ、君はもう寝ると良い。
夜の晩は信頼に足る夜行性に頼んでおくものさ。
それに君が寝ないと、あちきだって悪戯が出来ないじゃないか。
何、些細な悪戯さ。
最近淫夢を見るって?
だ。
だだ。
だからあちきは発情期じゃないって。
夢は夢だ。
何だその目は。
いいから寝ろよ少年。
あちきは腹が減ってるんだ。
いや何でもない。
何でも無いったら。
だから早く寝なさい。
ええいもうしつこい鬱陶しい。
そういう姿勢は嫌われるとついさっき言うとろうに。
面倒だ。
ああ面倒極まりない。
ならば、このまま。
満月だから。
満月だから。
月があちきを誘惑するのだ。
仕方ないだろう。
仕方がないだろう。
仕方のない事だろう。
ふふ。
少年、君には悪いが、木の上で覚醒中の行為となると。
無事は保証出来ないが。
それでもいいのかい。
ふふ。
赤くなりおってからに、いい顔するじゃないか。
たまには、な。
そうだなあ。
どうせなら。
もっといい顔であちきを魅せてくれよ。
折角あちきが乱れるんだから、その下で存分にそそらせる表情をしてくれないか。
それが条件さ。
うん。
ああ。
良い返事だ。
夜は長いが明日も早いだろうに。
明日の事は、あちきゃあ知らんからな。
寝る間もないと思うが良い。
そんな顔をするな。
後悔は遅い。
ふふ。
諦めろ。
それじゃ、調理方法を考えようか。
まずは口の中を洗おうか。
ゆっくりとたっぷりと。
ねっとりと。
時間を掛けて丁寧にね。
あちきの舌はざらつくもんだから、出来るだけ慎重にやらないといけないんだ。
君だって身を以て知っている事だろう。
難しい分、あちきはこの消毒作業が好きでね。
まず料理を行うものとしての自覚とでもいおうか、目覚めるような感覚があるのさ。
君の顔が近くにあるってのも面白いしね。
うん。
それから全身も消毒しよう。
一枚一枚包みを剥がしていくのさ。
折角なんだから人の手で遣った方が楽なんだろうけど。
何となくあちきゃあ手前の歯に引っかけて剥いていくんだな。
もうそのころには楽しみで仕方ない。
まさに夢中って奴だよ。
汗の渇いた肌は、匂いが強くてねえ。
場所によっては鼻白んじまうとでも言おうかね。
表現が違う、か。
まあいい。
夢中って言うんだから、それこそ一心不乱ってやつさ。
匂いを嗅いでるだけであちきは、もう、ねえ。
とろとろ。
とろとろにとろけきってる。
自覚してるけど、そればっかりはどうしようもないからさ。
衝動を無手に抑えて我慢しつつ調理をするってのが乙なもんでねえ。
そいで、全身を舐、いや消毒し終わったら。
少し身を叩いてやらないと。
解すというか揉むというか、兎に角柔らかくするのさ。
硬い部分を柔らかくするには、そうだねえ。
中の水分を抜くってのがこの場合の良法だろう。
今までそれこそ色んな方法を試したけど、最初は、揉み扱くとでも言うのかねえ。
んで、一度それを抜くわけだな。
この水分ってのは後のソースにもなるわけだけど。
まあすぐ舐めちゃうのがあちきの癖でね。
ああいや。
ふふ。
まずいまずい。
我慢出来なくなってしまった。
まだ何もしちゃあ居ないのにね。
さて、どうしようか。
それからは、作っている時に行き当たりばったりってのはどうだい。
ん。
いい返事。
それじゃあ、失礼。
まずは口から洗浄させて貰おう。

いただきます。

戻る / 目次 / 次へ

ごちそうさま。
もう少し味あわせてくれても、良かったのに。
せっかちな人。

ふふ。
ほら、これで終わるわけ無いだろう。
あと何回出来るか知らないけど、満足させてよね。

11/07/23 23:18 さかまたオルカ

top / 感想 / 投票 / RSS / DL

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33