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第十六話 遺跡の番人達 後編

ハァ…ハァ…ハァ…!!

息を切らして遺跡の通路を逃げるように走り抜けるアヌビスのアンヌ。
その後ろから追い詰めようと迫り来るアレス。
…普通ならば逆であるはずの二人の状況がアレスによって覆され、アンヌは混乱しないようにするのが精一杯であり、一先ずそこから逃げるしかなかった。

「くそっ…落ち着け、少し不意を突かれたが大したことではない…まだ策はある!!」

ちらりと後ろを見るとアレスは余裕の表情を見せながらこちらへと歩いてきていた。
すぐにでも追いつくと言わんばかりにゆっくりと来るアレスの姿にアンヌは少し苛立ちを覚えたが…それとは逆に彼女は内心喜んでいた。

(…いいぞ、奴には私が焦ってただ逃げてるように見えているはず…そうなれば罠に掛けることなどたやすい、獲物の前で舌なめずりする者ほど油断しやすいものだからな!)

口の端がつり上がりそうになるのを堪えながらアンヌは焦った自分を演じながら走り続けた。
時折、わざと転ぶなどをしてアクセントを付けより演技を完璧にへと近づける。
それに気がついていないアレスは転んだ彼女に声をかけてくる。

「そんなに逃げなくてもいいだろう?…綺麗な肌に傷でも付いたらどうするんだ。」
「…くっ。」

アレスの言葉にアンヌはますます苛立ちを覚えたが気持ちをグッとこらえる。
彼をキッと睨みつけるだけに抑え、立ち上がりまた走り出す。

「やれやれ…。」

アレスはしょうがないといった感じでまた歩きだした。

(今に覚えていろよ人間め…後でその口を私の足を綺麗にするためだけに使ってやるっ!!!)

アンヌは歯ぎしりしながら怒りを抑え走り続けた。
するとしばらくしてまたもや左右に道が別れた通路が現れ、それを見つけたアンヌは不敵な笑みを浮かべた。

「よしっ!!」

シュタッ!!!

アンヌは跳躍し、一瞬で分かれ道の方までたどり着いた。
そして腰に差してある金色の剣を抜き、アレスに振り返り剣を向けた。

「…?」

アレスは歩いていた足をピタリと止めた。
彼女は先ほどとは打って変わって勝利を確信したように自信に満ち溢れた顔つきだったからだ。

「どうした…もう鬼ごっこは終わりか?」
「そうだ、貴様とのごっこ遊びもうんざりしてきたのでな、これで終わりだっ!!」

徐にアンヌは剣を振りかざし、先に重りが結ばれたロープを切り落とした。

「おい、次は一体何を―」

ガコンッ!!

アレスが言葉を言い切る前に通路の床が外れ、アレスの姿は下へと真っ逆さまに落ちて消えた。
外された床下は暗闇が広がり、まるで底無しのような深さだった。

「フフフ…フハハハハハハッ…やはり人間だな、こうもあっけなかったではないか!!」

落ちた先を見下しながらアンヌはこれみよがしに高笑いをした。
策が思惑通りに成功することは彼女にとっては至福なことであり、それが先程の憎きアレスであれば尚更の反応である。
彼女の頭にはアレスにどんな屈辱を味わせてやろうかという考えでいっぱいで、その表情にもにじみ出ていた。


…その笑顔がすぐに凍りつくことも知らずに。



「フフ…こんなにも笑ったのは久しぶりだ、さて…下に落ちた奴の這いつくばった姿でも見に行くとするか。」

そう言ってアンヌが落ちた場所、下へと向かう通路へと歩きだそうとした時だった。

ボコッ!!

「…?」

不意に自分の真下、地面から音がしたような気がした。
彼女が何気なく下を見ると地面の石レンガが不自然に盛り上がり―

ガバッ!!!

「きゃぁ?!!」

そこから腕が伸びてきて、砂まみれになったアレスが現れた。
アンヌは驚いて後ろへと尻餅をついてしまう。

「ゲホッゴホッ…あぁ、なんとか出られた。」
「き、きききききさまぁっ、何故…一体どうやって?!!」

目を白黒とさせるアンヌに対して、アレスは身体の砂を払いながら説明し始めた。

「落ちる時に横に大きな穴が開いていたからそこに逃げ込んだんだよ、で…そこから掘り進んでなんとかここまでたどり着いた、ジャイアントアントにでもなった気分だった。」
「ば、馬鹿な…落ちている最中にそんな芸当が人間などに…。」
「じゃあ本当に人間かどうか試してみるか?」
「く、来るな…!?」

ブゥゥゥン…パシュッ!!

アンヌは掌から黒い球体を作り出し、アレスへとぶつけた。
黒い球体はまっすぐに飛んでいき、アレスにぶつかると弾けたが少し仰け反っただけだった。

「…それは俺には効かないとさっき証明したばかりだろう?」

それは以前ハンスに掛けた相手を動けなくしてしまう呪いだが、薬の効果を受けているアレスには何の効果もなかった。
…因みにそれはアレスが鉄格子から抜け出したときに、咄嗟にアンヌがアレスに呪いをかけた際に効かなかったところから既に実証済みである。
効かないとわかっていながら愚行に走るアンヌがどれだけ動揺しているかが見て取れるほどだった。

「う、うわぁぁぁぁ!!!」

ついに叫び出したアンヌが妙な足取りで通路の奥へと逃げていってしまった。
砂埃を払いながらアレスはまたアンヌを追いかけていった。




…。





しばらく追いかけて少し開けた場所に出たかと思うとそこには大きな扉があった。
その扉は少し豪華に装飾され、とても頑丈そうにも作られているようだった。
通路は一本道しかなかったのでアンヌがいるとすればこの部屋の中ということになる。
アレスが耳を澄ませていると案の定、中から彼女の声が聞こえた。

「ま、まさか私がここまで追い詰められるとは計算外だったが…貴様はこの部屋へ一歩たりとも入ることは出来ない、諦めて立ち去るがいい!!」
「やっぱりそこにいたか、で…次はどんな罠を仕掛けたんだ?」
「ふん、誰が教えるものか…自分で確かめればいいだろう?!」
(なるほど、言い方からしてこの扉に罠が仕掛けられているわけだ。)

うまくアンヌを誘導してアレスはこの扉に罠が仕掛けられていると知り、試しに扉に小石を投げてみると青白い閃光と共にバチッと音を立てた。

「うおっ?!」

アレスは光に一瞬目がくらんだが、小石に雷のようなものが走るのが見えた。
小石は黒くこげてプスプスと音を立てている、死に至らないとは言えこれはやりすぎじゃないのかとアレスは少し焦った。
中からアンヌが嬉しそうに話し始めた。

「どうだ、その扉には雷系の魔法の罠を仕掛けてある…触れるものは皆黒焦げにしてしまう呪いよりタチの悪いものだ!!」
「ちょっとまて…それじゃお前もそこから出られないんじゃないのか?」
「ここから先はどうしても貴様を通すわけにはいかない、たとえ私がここで飢え死にしようとここは守り通してみせる!!!」
「その先に一体何があるんだ…?」

アレスはアンヌの言葉が少し気になったが、まず先にここを突破する方法を考えることにした。

「…流石にコイツに触れるのはまずい、扉から入るのは諦めたほうがよさそうだ…抜け道でも探すしかないか?」

顎に手を当て、周りを見ながら突破口を考えるアレス。
ふと、彼の視線の先には何の変哲もない壁があった…それを見ていたアレスの顔が徐々に不敵な笑みへと変わっていった。

「いや、作ったほうが早いな。」





―――――――。



「まさかここまで追い詰められることになるとは…。」

扉の罠を作動させたアンヌは威勢を放ってはいたものの、心の底ではアレスという男に恐怖していた。
いわばこの場所は彼女にとって最後の砦であり、これ以上後ろには引けなかった…何故なら…。
アンヌは後ろにある扉の方に向かって膝をつき、頭を垂れた。

「我が主…ファラオ様、このアンヌが命に代えても…貴方の眠りを妨げるようなことはさせません。」

そう、この先には誰もが求めるファラオの亡骸があるのだ。
部屋には彼が遺した大いなる遺産で埋め尽くされており、手に入れれば国でさえ買えるほどのものだった。
その気がないものでも手が出てしまうほどの宝、故に彼女は命に変えても守らなければならなかった。
自分を仕えてくれた主の安らかな眠りを妨げないためにも…。

しばらくするとアンヌは顔を上げて、またアレスがいるであろう反対側の扉の方へと向き直した。

「…それにしても随分と静かだな、あの男がそう簡単に立ち去るとは思わなかったが…一体何を企んでいるのだ?」

少し気になったアンヌは扉の横の壁に耳をつけてみた。
すると微かに壁を拳で叩くような音が彼女の耳に伝わり、まるで何かを調べるような様子だ。
アンヌはそれだけでアレスが抜け道を探しているということに気づいた、事実上…彼女の考えは半分は当たっている。

「ふふ…馬鹿め、この部屋に抜け穴など無い…時間の無駄だ。」

しばらく聞いていると自分の隣り辺りでその音はぴたりと止んだ。

「ん?」

元々耳の良いアンヌは壁の向こうでアレスが何かを呟いているのが聞こえた。
だが呟いている程度なのでちゃんとは聞こえてこない。

「なんだ…『おー、だー』?…何かの呪文か?」

アンヌがもっと身体を壁に近づけた時だった。



ドォォン!!!!!



アンヌの顔のすぐ横の壁が吹っ飛び、大穴が開けられた。
咄嗟の出来事にアンヌはそのままの体制で固まってしまった。

「よし、繋がったな…さて、アンヌは何処―」

大穴の向こうからアレスが顔を出し、至近距離で彼女と目があった。
それはまるで口づけをする五秒前のような光景である。

「…。」
「…。」
「よう。」
「〜〜!!!!!」

声にならない叫びを上げながらアンヌは腰を抜かしてしまった。
穴をくぐりながらアレスが恍けたように話し始めた。

「危なかったな、もう少しで吹っ飛ばす所だった。」
「ききき、貴様!?ほ、ほほ本当に、にに、人間か?!」
「違うのならなんだ…神様にでも見えるのか?」

目を白黒とさせるアンヌにアレスはめんどくさそうに話した。
ふと、アレスは視線を変えてある扉の方を向いた。

「ん?…まだ扉があるな、どうしてこっちに逃げ込まなかったんだ?」
「?!」

アレスが指を指すとアンヌはもの凄い勢いでその扉の前へと立ちふさがった。

「ち、違う、ここには何もないっ、何もないぞ!!」

手を振り回し、身体全体を使ってアレスを扉へ近づかせないと立ち塞がるアンヌ。
その反応だけで彼女が守る扉の向こうには余程隠したい『何か』があると推測ができる。
というより、アレスにはその『何か』には大凡の検討がついていた。

「…どうした、何をそんなに焦っている?」
「あ、焦ってなどいないぞ…、そそそれよりここには何もないとわかっただろう?早く立ち去れ!!」
「どうしても俺をその部屋には行かせたくないらしいな、…そこに何があるか当ててやろうか?」
「…。」

生唾をゴクリと飲み、怯えるような目で見るアンヌにアレスは答えた。

「そこで眠っているんだろ?…お前の主が。」
「?!」

相変わらずの見て取れる反応だった。
「正解です。」と答えるよりわかり易い反応をしたアンヌに、アレスはクスリと笑った。
それは彼女を可愛いと思ったのか…それとも獲物を前にした余裕からなのかはわからない。

「せっかくだ…ここまで従われてるファラオ様とやらを拝むとするか。」
「!!」

アレスが扉へと近づこうとするとアンヌは反射的に腰に差した剣を抜いた。

「それだけは駄目だ!!」

シュッ!!

アレスの前へ剣を構えるアンヌ。
アレスがもう少し進めば胸に突き刺さってしまうほどの距離だ。
だがアレスは驚いた風でもなくアンヌに話しかけた。

「アンヌ、今までの罠から考えてお前は『そういうの』は苦手なんじゃないのか?」
「…。」

アレスの問いかけにアンヌは黙ってしまった。
勿論、その答えは彼女にも痛いほど分かっていた。
自分の力ではこの目の前のアレスに勝てないことぐらい…。
だから彼女は…徐に剣を捨てた。

「?」

カランカランと音を立てて剣が地面に落ち、手放したアンヌは静かに目を瞑った。
そして後ろに振り返り…扉に手をついて向こうの主に伝えるかのように呟いた。

「ファラオ様…我が愚行を…お許し下さい。」

ボゥ…!!!

「?!」

呟いた後、彼女の手から青白い炎が広がり扉に燃え移った。
アレスは咄嗟に彼女を守ろうと手を引っペがし、なんとか燃え移るのを阻止した。
だが扉は油でも塗ってあったかのように青く轟々と燃え盛り、近づくことはできなかった。

「お前…一体何を?」
「ふふふ…残念だったな。」

アレスの腕に抱かれていたアンヌは青い炎を見ながら乾いた笑を浮かべた。

「今、ファラオ様の部屋へと通じる扉の概念を燃やしたのだ。」
「扉の概念?」
「そうだ…ファラオ様の部屋は特殊な次元で作られており、あの扉でなければ入れぬ事になっているのだ、いくら貴様が何処の壁を掘ったところで絶対に部屋へは到達できない、そして…その扉を今私が燃やした!!」
「まさか…じゃあ奴の遺体は今…。」
「次元の狭間を行き来しているだろう…いつ出てくるのか…どこに出てくるのかは私も検討がつかない、少なくとも今ではないがな。」

アンヌの説明が終わる頃には扉が燃え尽き、扉など無かったかのようにそこには無機質な壁が現れた。
試しにアレスは手で触れてみるが何の変哲もない壁であり、叩いても空洞があるような音もしなかった。

「最後の最後で私の勝ちだったな…、これでファラオ様の眠りは妨げられることはなくなった。」

後ろの壁へともたれ掛かりながらアンヌは力無く言った、まるで吹っ切れたように彼女は
しんと落ち着いていた。
壁を調べていたアレスが振り返り、アンヌを見た。

「どうした、目当てのモノが無くなって悔しいのか?…私はもう逃げも隠れもしないぞ、さぁ、残った私を煮るなり焼くなり好きにするがいい!」

アンヌはこれから起こることに『それで主が救われるなら』と自分に言い聞かせ、彼女なりの強がりを言った。
身体が震え、迫り来る死の恐怖に涙を滲ませながらも彼女はアレスを見捉えた。
アレスがゆっくりとこちらへ歩いてくる。

「本当に好きにして良いんだな…?」
「…。」

アレスのなんとも言えない威圧感に身体を震わせながらもアンヌは頷いた。

「これから起こることはお前にとって苦しく辛いことになるかもしれないが…それでもいいんだな?」
「くどいぞ!!私は誇り高きアヌビスだ、貴様にたとえ殺されようと奴隷のような扱いを受けようと…私は屈指はしない!!」
「ほぅ…。」

アレスは更にアンヌに近づき、二人の息がかかるほどの距離まで来た。

「じゃあ―」

アレスの両手が彼女の肩に掛けられ、アンヌの身体はビクンと跳ね…固まった。

「!」

アンヌは覚悟を決め、目を瞑った。
暗闇の中…どんな事が起きるのかと恐怖しながら。

そして…。





…。


……。


………。



チュ…。


「んぶぅ?!!」

突如、彼女の唇に柔らかい感触が当てられた。
驚いて目を開けるとアレスがアンヌの唇を奪っていた。

「んんっ?!、んーっ!!!」

引き剥がそうとするもアレスに強く抱きしめられ、アンヌは為すがままになるしかなかった。

(なんだ?!なぜこの男が私に接吻など…や、やめろ…そんなに強く抱きしめられたら…私は…!!)

彼女の頬は次第に赤くなり、抵抗の力も弱めていった。

「ぷはぁ…!」

ようやくアレスからの口付けに解放され、アンヌは壁を沿ってするするとへたりこんでしまった。

「はぁ…はぁ…、一体…なにを…?!」
「好きにして良いと言ったな?…なら俺の妻になってくれ。」
「な、なんだと、ふ、ふざけたことを言うな?!」
「俺は大真面目だ、元よりここに来たのは宝目的でもないし、スフィアも勿論生きている。…ここに来た目的は魔物…つまりお前を妻にするためだ。」
「私を…妻に…何故?」
「説明するのが面倒だ…要するにお前は今日から俺の女だ…わかったな?」
「いや、だからって…でも…そんなこと急に―」

顔を赤くして慌てふためくアンヌをアレスはもう一度強く抱きしめた。

「ひゃう?!」

アンヌは突然の事に身体を硬直させていたが、その一撃で彼女の頭は完全にショートし理性は砕けてしまった。
耳元でアレスが優しく問いかける。

「わかったな、アンヌ?」
「…わぅ♪」

そこには嬉しそうに尻尾をふるアンヌがいた。



…。




「わぅ…っ…きゃん…きゃうん!!!」

すっかりその気になってしまったアンヌの相手をしながら俺は彼女を後ろから突き入れる。
色んなことがあったがここまで豹変するのは初めて見た、まるで盛りきったメス犬のように壁に手を付き自分から秘部をすり寄せてくる。
さっきまでのカリスマ的面影は微塵も見当たらない。

「…そんなに吠えて嬉しいのかアンヌ?」
「わぅ…わうぅ!!」

嬉しそうに尻尾を振りながら秘部を更に濡らしてくる。
肉棒を彼女の秘部へ挿れる度に彼女は下を突き出し、歓喜に満ちた顔をした。
褐色の整った胸を後ろから優しく揉みほぐし、少し乳首も弄ってみる。

「きゃうん…!!」

少し身体を震わせたかと思うと秘部が包み込むように締まり、俺の肉棒を刺激させた。
そのまま耐え切れず、俺は彼女の中へと射精した。

「…うっ!!」
「きゃうんんんーっ!!!!」

中出しされたアンヌはそのまま膝を付き、ぺたりと座り込んでしまった。
秘部からは愛液と混じって白い液体がドクドクと流れ出ていた。

「わぅ〜ん♪」

頬を赤く染めながら顔だけをこちら向けて嬉しそうに尻尾をフリフリさせていた。
…かなり上機嫌らしい、気に入って貰えてなによりだがあまり時間はかけていられない、むしろ体力が持たない。
残したハンスもくたびれているところだろう、可愛そうだがヴェンの所へ送ってしまおう…説明はヴェンにでも頼んでおくか。

早速、俺はヴェンに交信する。

「ヴェン、聞こえるか?」

…。


「…ヴェン?」


…返事がない。
交信は届いているはずだが何故だか向こうから返事がない。
こんなことは初めてだ…まさか、何かあったのか?

「おい、ヴェン!!一体どうし―」
「あ、アレス!!すまない、今は手が離せないんだ!!」

ようやく繋がったかと思いきや変に慌てた様子でヴェンが答えた。

「どうした、何があった?!」
「詳しく説明している暇などない、今は彼女達を受け入れる準備が出来ないんだ!!」
「なんだと…どういうことだ?」
「だから―!!」
「魔王様、早く!!」
「わかっているっ、さぁルー…、もう少しだぞ!!」
「ううう、あぁぁぁぁっ!!!!!」
「はいちゃんと呼吸してっ!!もうすぐよ、元気な子を産むんでしょ?!がんばりなさい!!」

ヴェンのすぐ向こうではルーの叫びとサラの励ましの声、そして会話から察するにこれは…!

「ぐぅぅ!!!!アレスぅぅ!!!」
「その声はルー?…まさか?!」
「そういうことだアレス、もう少しかかるから待っていてくれ!!」
「いや、俺も今すぐそっちに―!!」
「受け入れが出来ないと言っただろ?!…私たちを信じて待っていてくれ…大丈夫だ、後で連絡する。」
「…わかった、すまない…ルー、頑張れよ!!」
「伝えておこう、失礼する!!」

連絡は切れ、俺は言おうもない不安に駆られた。
スラミーの時もそうだったが、仕方ないとは言え…大事な場面に立会いすら出来ない俺はやはり旦那失格らしい。
帰ったら、ちゃんと謝ろう…そして生まれた子供を抱きかかえてやる。
それが唯一の俺の償いだ。

「さて…。」

俺は心を落ち着けて先程からこっちを見てるアンヌに振り向いた。

「くぅぅぅん…。」
「あ、そうか…まだ説明してなかったな。」

アンヌからすれば俺が一人で叫んでいるように見えたんだろう、そりゃそんな顔もするか。
仕方ない、面倒だがハンスのところへ戻るついでに説明しておこう。

「おいで、ちゃんと説明してやるから。」
「わぅ♪」

相変わらず豹変したままのアンヌは俺の肩に寄り添い、そのままハンスの待つ部屋へと向かった。



―――――――――――。


その10分前ほど…。


「アレスさ〜ん…。」

さっきアレスさんがあのアヌビスを追いかけてからもう結構経つ。
アレスさん、僕を縛ったまま行くんだから酷いよな…。
せめて動けるようにして欲しかったけど…じゃないと僕動けないし、今ほかの魔物なんかに見つかったら目も当てられない。
ずっと待ってたけど…そろそろ僕も動いたほうがいいのかな?
見つかったらマズイし、せめて見えないところにでも隠れていよう。

「ちょっと動きにくいけど…なんとか這っていけば動けるな。」

僕は情けない姿に羞恥心を抱きながらも這って動きながらアレスさんが開けてくれた間からなんとか牢を出れた。

(…そうだな、あの隅っこの暗がりにでも隠れよう。)

丁度、暗くて見つかりにくい空間を発見したのでとりあえずそこに隠れてみようと思う。
隠れるにしては弱いけど牢なんかに入っているよりは全然マシだ。

「うんしょ…うんしょ…!!」

地面を這いながら僕は目的地まで急ぐ。
あぁ…ほんとに恥ずかしい、僕がなんでこんな目に…。
誰も見てなくてほんとによかった。


そう思っていた矢先のことであった。


「あれ?」

這っていたので視線は今は地面すれすれになるのだが、その僕の目の前に暗がりから茶色と白の物体が現れた。
暗くてよくわからなかったが…それはどうやら茶色の足に包帯が巻かれているようだった。
勿論、足を怪我しているという様子ではなく…しかもその包帯には見覚えがあった。
…僕の身体に凍りつくような寒気を感じた。

「…。」
「…♪」

見てはいけないと思いつつも恐る恐る上を見上げると、そこには嬉しそうに頬を赤らめて何かを期待しながら見下ろす魔物がいた。
…こんなにも早く再会するとは思わなかったよ、マーシャ。

「や、やぁ。」
「やぁ♪」

相変わらずマーシャは笑顔のまま座り込み、僕の顔を覗き込む。
僕の顔やら身体からは嫌な汗が流れ始める。

「ハーンス♪」
「な、何だい?」
「エッチしよっか?」
「ですよね〜。」

半ば考えていた答えが来たので別段驚きはしなかったがこれはまずい。
僕は今動けないし…彼女はやる気まんまんだし…うわ、自分から包帯解き始めた?!!

「さっきの続きしようね〜♪」
「ちょちょちょっと待って!!!お願いだ、ほんとに待ってくれ!!」
「な〜に?待ったらさせてくれるの?…それともそういうプレイ?」
「そ、そういうのじゃないけど…でもとにかく待ってくれ!!」
「駄目〜、ハンスはもう私のなの〜!!」
「いや、待ってほんと待って!!」

マーシャは僕の上に覆い被さって誘惑するように僕の目を見つめてくる。
その目はとても色っぽくて…いやいやいや駄目だ!!
僕にはまだ…彼女達を…妻にはできないんだ…許してくれ!!
僕にはまだ…確かめてないことが…。
僕にはまだ…。


…僕は。

…僕は!!!



「マーシャ、やめてくれっ!!!」

気が付けば僕は目を瞑り、叫んでいた。
服を脱がそうとしていたマーシャの手がピタリと止まり、そのまま彼女はしばらく動かなかった。
僕がゆっくりと目を開けるとマーシャが僕の顔を少し見つめたあと、縛っていたロープを解き…ゆっくりと離れていった。

「マーシャ?」
「…ごめんね。」

離れたマーシャは申し訳なさそうにそう言った。
僕が起き上がるとマーシャは包帯を身体に巻き、元の状態に戻った。

「やっぱり…無理矢理はダメだよね、ハンスは私のこと好きじゃないのに…私の勝手でするのはよくないよね…ごめんね。」

顔は笑っているものの…マーシャは泣きそうになりながら僕に謝罪する。
そんなつもりじゃなかったはずなのに…どうして僕は彼女を泣かしてしまっているんだ?
僕は…ただ…。

「…違うんだマーシャ、僕は君が嫌いじゃないよ?」
「…?」

マーシャが少し泣き顔になりながら首をかしげ、僕の話に耳を傾けてくれた。
僕はゆっくりと話し始める。

「僕は…ある大事なことを確かめるために今、旅をしているんだ。…そのことが分かるまでは…僕は君を幸せにする自信がないんだ…。」
「…大事なこと?」
「うん、それは僕にとって大事なことなんだ…だから、それまで待っててくれないか?」
「…ほんとに?」
「うん…、僕はそういうのは中途半端な気持ちでしたくないんだ…だからお願いだ。」
「…。」

これが…今僕ができる精一杯の気持ちだ。
やっぱり…こんなに好きでいてくれる女の子の気持ちを、僕は無碍になんかできない。
自分勝手なのは分かっている、でもどうしてもこれだけは譲れないんだ。
これは僕の…家族の問題でもあるから。

「わかった〜、私…ハンスのこと待ってるよ♪」

マーシャは少し考えたあと、にこりと笑ってくれた。
それで僕も自然と顔に笑顔が出た。

「…よかった、僕もほんとは、初めにマーシャのこと…。」
「な〜に?」
「な、なんでもないよ?!」

な、なに調子のいいこと言ってるんだ僕は?!
ちょっと…マーシャもそんなにニヤニヤしないでくれよ?!

「ハンス〜♪」
「な、なんだい?」
「〜♪」

マーシャは急に僕に向かって両手を伸ばしてきた。

「?」
「ギュってして。」
「えっ、でも体に触れたら―」
「いいの〜ギュってして!」
「わ、わかったよ。」

僕は恐る恐る彼女の身体を抱きとめ、抱擁を交わした。
最初の時とは違い、少し緊張はするもののどこか暖かい感じがする。
彼女の女性としての香りが僕の鼻をくすぐり、このまま押し倒したい衝動に駆られる。
…そうできたら、僕は幸せになれるんだろうか?
その日がきたら…もっと強く抱きしめてあげよう。

「えへへ〜ハンス♪」
「マーシャ、どうしたの?」
「…好き♪」
「…僕もだよ。」

向き合った僕らは軽く口づけを交わした。




それからしばらくしてアレスさんが先ほどのアヌビスを連れて帰ってきた。
どうやったのかは知らないがあれだけ敵対視していたアヌビスが今ではアレスさんの恋人のように腕に抱きついて離れようとはしなかった。
これには僕もマーシャもびっくり…いや、マーシャは大喜びで「アンヌ様、おめでとう〜!!」なんか言ってたな。
アンヌの方は赤くなっていたが…いったいアレスさんと何があったんだろ、なんとなく想像はつくけど聞くのが怖い。

一応アレスさんには事情を話し、マーシャを送ってもらうように頼んだ。
アレスさんは「それならいっそ今すぐにでも妻にすればいいのに」と言っていたが僕はそれでもと頼んだ、自分勝手で申し訳ないけど…そうするしかなかった。
今は魔王様(ヴェンという名前らしい)の方が少し忙しいみたいで送れないみたいだがすぐに送れるようになるとのことだった。
その間まで、アンヌとマーシャはしばらくは僕たちと一緒にいることになった。

「大丈夫なんですか?アレスさん。」
「しばらくの間だけだ、なにもずっとというわけではない。」
「私は…アレスとずっと一緒にいたいのだが。」
「私もハンスと一緒にいたいよ〜。」
「そうも言ってられないんだ、さっきも説明したろ…悪いけど我慢してくれ?」
「ごめんね、マーシャ。」
「…はい。」
「ぶ〜。」

アンヌはしょんぼりするのに対し、マーシャは頬をふくらませて不満を現した。
こう見ると初めて会った時とだいぶ印象が違って見えてくる、そりゃ敵対視してたから当然だけどこうして見ると魔物も人間もやっぱり大して変わらない。



やっぱり…あの『噂』は嘘なのかな。


「…。」
「どうした、ハンス?」
「え?」

アレスさんが僕の顔を覗き込みながら聞いてきていた。
どうやら考えこんでいるうちにいつの間にか立ち止まっていたようだ。

「ごめんなさいっ、ちょっと考え事をしてただけです。」
「そうか?…あまりボーッとしているといざという時に対処できなくなるぞ?」
「ははは、気をつけます…でもそういうことなんて滅多には―」

そういいながら遺跡の入口を出た時だった。



ダァーンッ!!




「「「「?!」」」」

周囲に鳴り響く聞いたこともないような破裂音。
一瞬何が起こったかはわからなかったが…それが聞こえたかと思ったときには、僕のちょうど隣にいた“石像“の頭が無残にも砕け散った。
驚くという動作が遅れてやってきて、ようやく僕は腰を抜かして地面にへたりこむことができた。
…それぐらいの一瞬のことだった。

「…動くなよ。」


声がする方へ顔を向けると、そこには見慣れない格好をした男がいた…。


―――――――――。



ここから先は本編とは全く関係ないおまけとなります。
必要ない方は飛ばしてください。



おk?


今回、作者ひげ親父がどうして投稿が遅れたのか…。
その理由の三割を示す事件を、すこし魔物っぽく改変してお送りします。



『ひげのある日のこと』

「はぁー、やっと帰れた〜。」

いつもの様に仕事から帰ってきて自宅マンションのエレベータに乗りながらうんと背伸びをする。
最近仕事が13連勤とかザラだからほんとに辛い…。
帰って早く小説書いてゆっくりしよう…そういつもと変わらない日々の筈だった。
この扉を開けるまでは。

カチャ…ガチャリ。

鍵を開けて扉に入った途端、玄関前に大きくてすこし煌びやかな物体が現れる。

「?!」

よく見れば…それは大きな宝箱だった。

「…宝箱?」

一瞬、俺は落ち着いて考えてみる。
こんなこと普通の生活なら有り得ない、まず玄関先に宝箱なんか置かない。
でもそんな非日常的なことをしてくる奴らなら知ってる、我が母上と兄者…そして極悪非道の悪友達ぐらい、家の中ということで母上か兄者の仕業だろう。
もうこれがどういう意味なのか、この中身がなんなのかなんて知っている。
…だってこれが一回の出来事じゃないもん。

「あぁもう、分かってんだよ俺にはっ!!…これが―」

箱を指差しながら一人で叫ぶ。

「ミミック(びっくり箱)だということはなっ!!!!」

ほぼ確信を得た俺は自分が大声で叫んでいたことにも気にせず、宝箱の方へと近寄る。

「まったく毎度まいどわかり易い罠張りやがって…バレバレじゃねえか。」

その宝箱は今にも『早く開けて驚かせて〜』とミミックが飛び出して言わないばかりに鎮座しているように俺には見えた。
これはひとつの俺に対する挑戦だと勝手に見受けする、ここまで何度もされちゃ流石に腹たってくるからな。

「ミミックと分かってて驚くわけねぇだろ…ミミックを(性的にではなく)虐めてからのしつけて返してやる。」

俺は迷いもせず、その宝箱を勢い良く開けた!!!

すると―


「ミ〜。」


宝箱の中には毛布にくるまった黒いワーキャットの少女がいた。


「ぎゃぁぁぁぁぁ?!!!!!!!」


正直、違う意味でびっくりでまだミミックの方がマシだったと後悔する。

そして、我が家に家族が増えました。

12/09/25 23:27更新 / ひげ親父
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■作者メッセージ


はい、お疲れ様でした…ひげ親父です。
そして更新が遅れたことを深くお詫び申し上げます。
楽しみにしていてくれた方々、お待たせ致しました。
…楽しみにしてくれていた方なんているかわかりませんが泣

最後のは言い訳のようなものなんで…つい書いてしまいました。
半分は事実なのですが、こういうおまけも書いてみたいと思っていた所存でございます。
もし、気に入っていただけたならこれからも違う路線でも書いていこうかと思うのですが…いかがでしょうか?

さて、次回は本編はお休みして…あの作品の続きを書きます。
また、遅れるかもしれませんが見ていただけたら嬉しいです。

ではでは。



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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33