連載小説
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 ぽかぽか陽気の草原では羊飼いが羊に草を食ませている。こちらの存在に気がつくと軽く杖を掲げ、微笑みながら挨拶してくれた。私が手を振り返すと、クーネも私を真似て羊飼いに手を振る。触手が自分に手を振った事にちょっとだけビックリしたように目を丸くしたけれど、すぐにクーネにも手を振ってくれた。その姿を見てクーネもご満悦だったようだ。
 地方によっては羊飼いという職業は嫌がられるそうだけど、ここではそんなことはない。羊飼いは大事な職業として迎えられている。
 二人で野菜の入った籠を背負って歩いていると町の門が見えてきた。

「おーい」

 槍を携えた遠目からでも門番と分かる兵士が声を掛けてくれる。それから門の近くの詰め所に顔を突っ込むと中で待機していた兵に「お客さんだぞ、出てこい。お前ら」と声を掛けた。

「良く来たな」
「おぅ、リディアちゃん久しぶりだね」
「暫く見なかったけど元気だったかい?」
「うん。 元気だったよ」

 クーネと一緒に門に駆け寄ると、兵士達は口々に声を掛けてくれた。無骨で皮の厚い手の平でグシャグシャとヒュロスお姉ちゃんとは違う、少し乱暴とさえ思えるように頭をなでられる。手荒い歓迎だったけど不思議と悪い気はせず、それどころか父親の腕の中にいるような安心感があった。
 そんな挨拶を終えると、門を守る兵士の一人が私の後ろで籠を持って大人しくしている触手を見て不思議そうな顔をした。

「これは?」
「”これ”じゃないよ。 “この子”だよ」
「あ、ごめん・・・」

 物扱いされた事に不満だったらしく、クーネはキューと鳴いて身体を反らす。兵士が申し訳なさそうに頭を掻きながら謝ると「良いよ、気にしないよ」とクーネは先端を左右に振った。それから、触手を伸ばして兵士の手に絡みつく。
 突然のクーネの行動に驚いたものの友好的な動作を振り払うわけにもいかず、どうすれば良いの?と私に視線で助けを求めてきた。
 触手って恐いイメージが強いんだっけ。
 そんなことを思い出して思わず笑ってしまうと、兵士はちょっぴり眉間に皺を寄せた。

「それは、仲直りの握手だよ」
「仲直りの?」
「うん、クーネはすごく人懐っこいから。 皆と仲良くしたいんだ」
「へぇ・・・握っても大丈夫?」

 一旦、クーネは身を引いてと握りやすい高さに待機していたのだが、どれくらいの強さで握っていいものか悩んでいる兵士にクーネもじれったく思ったのか手の中に飛び込んだ。よろしくね、と先端を指に押し付けて嬉しそうに手の中で身を躍らせる。
 それを見ていたほかの兵士も手を差し出すと、クーネは喜んで触手を伸ばして握手に応じた。

「大人しい子だね・・・ 人を襲ったりはしないんだね・・・」
「あはは、しないしない。 クーネはとっても優しいもん。 それに、そんな勇気ないよ」

 ねー、と微笑みかけると「勇気ない」というフレーズに抵抗を覚えたのか「本当は恐い触手なんだぞー」とでも言いたげに私に向かって威嚇をする。けれど、折角仲良くなった兵士達の手を振り払うことはできなかったらしく、相変わらず手をつないだままだ。
 だから結果的にクーネは、周囲の兵士と手を繋ぎつつ残りの触手の先端を向けるというなんとも間の抜けた臨戦態勢を見せる羽目となった。声を立てて思いっきり笑ってしまうと、クーネは気の抜けたように力なくペタンと触手を地面に下ろした。
 周囲を見守っていた兵士達もクーネの行動には苦笑しつつも、どこか安心した表情を浮かべている。

「まぁ、逆に言えば、町に行ってもすぐに受け入れてもらえそうって意味だけどね」

 兵士の一人がフォローすると、クーネはピョコンと身体を持ち上げた。本当?と訊ねるように首を傾げると、兵士は笑って「保証するよ」と答えた。
 町に来たことは何度かあるがクーネのような触手はいなかったので、クーネが町に受けいれてくれるかどうか少しだけ心配だった。けれど、太鼓判を押してくれたので私もホッと胸を撫で下ろす。
 しかし、兵士はそれを感じとったのか大笑いだった。

「種族差なんて大した事じゃないよ。 もちろん人型だろうが人型じゃなかろうがそれは同じさ。 互いに互いの足りない部分を補い合って、仲良く暮らしていければ十分。 それで立派な町の一員さ。 それよりもリディアちゃんも・・・クーネに人気者の座を奪われないようにね?」

 「それもそうだ」と再び豪快に笑い始める。クーネはそれを聞いて、負けないからね!と気合いを見せた。伸ばした触手に握った拳を軽く当てて、私だって負けないよ、と意思表示をする。

「まぁ、個人的には表面は紳士を装いつつも、時折触手本来の凶暴な姿を見せるというのも捨てがたいと思うのだが。 特に二人っきりのときとか・・・痛ッ!!! なにするんですか隊長!」
「職務中にやらしいことを考えるんじゃない、このロリコン!」
「ロリコンじゃないです! ただ、無垢でいたいけな子が優しくも乱暴に扱われ、道徳と快楽のせめぎあいの果てにゆっくりと堕ちていくシチュが至高だと思うだけです!」
「馬鹿野朗! 子供ってのは健やかに成長しなけりゃいかん! 沢山の人間の愛情によって育まれ、成長していく! 無限の愛情を注ぐ事こそ我々の使命!!! これぞ至高なんだ!!! 悪堕ちなんて断固として認めん!!!」
「無垢な存在を堕とすことが愛情か、子供に無限の愛情を注ぐことが愛情か・・・ ふ、浅はかなり」
「「なに!?」」
「真の愛情とは心通わせ互いを十分に理解した上での生命の営みなのだ!!! つまり、堕落や精神的愛情を超越した、互いに互いを求め合うという生命の本質!!! その象徴である・・・」
「はい、リディアちゃんもクーネ君もあっちで手続きしようかー。 野菜は鮮度が大事だし、クーネ君は始めてだから簡単な手続きあるしね」
「え? あ、うん・・・」

 隊長を含めた三人がなんだか良く分からない討論を始めてしまったので、ボンヤリとしていると一番の顔なじみの兵士が、私とクーネを詰め所に背中を押していった。



・・・


 木造建築のシンプルな作りの詰め所は年数を重ねているために、所々傷んでいた所に補修のあとが見える。それでも、男が多いこの詰め所では注意して扱っていても、やはり乱暴に扱われるためか見えるだけでも数箇所の真新しい傷があった。

「汚い場所でゴメンネ ・・・っと、新規の書類はどこにやったかな・・・」

 待っている間に紅茶を出してもらったが、茶葉が古いためか香りが飛んでいた。おまけにちょっと葉を入れる量が少なかったようだ。クーネと「あまり美味しくないね」と目配せして苦笑いしたのを兵士に見られてしまい、申し訳なさそうに軽く肩を竦められてしまった。

「そりゃ、喫茶店のマスターのお墨付きを貰っているリディアには適わないよ」
「じゃあ、帰るときは飛び切り美味しい紅茶をご馳走してあげるね?」
「本当? 楽しみにしているよ。 お、あったあった、これが申請書だから記入してね」

 言われた通りにクーネの情報を用紙に書き込んでいく。氏名はもちろん性別や生年月日まで、詳細に書き込んでいく。一通りを記入し終えて書類を返すと、内容を改めて微笑んだ。記入事項はバッチリなようだ。

「後は、申請用の代金を払ってもらえば中に入れるんだけ・・・ど・・・」
「・・・ど?」

 そこまで言った所で、僅かに困ったような表情を浮かべた。
 不思議に思ってクーネの方を見ると、クーネもどうしたんだろうね、と首を傾げた。

「触手って・・・ 幾ら支払ってもらえば良いんだ?」
「・・・あぁ」
「隊長! 触手って手続き幾ら掛かるんでしたっけ?」

 町に入るための申請の代金は魔物によって若干異なる。人と長い事共存していたホルスタウロスなどの種族は簡単に社会に溶け込めるので比較的安いし、なりたてホヤホヤのローパーなどは制御が利かないので講習を受けたりするため額が高くなる。近隣の地域に住む魔物は町の方からある程度の補助が出るので、雲泥の差があるという訳でもないのだが、とは言っても簡単に無視できない額でもあったりする。
 窓から顔を出して訊ねると、三人は相変わらず良く分からない事で議論をしていた。

「触手? そういや分からないな・・・ 書いてないのか?」
「書いてないです。 それに過去録にも町に触手が入ったという記録はないです」

 隊長は、弱ったな、と頭を掻き始める。クーネと一緒に町に入れないのかと思って不安になっていると、「大丈夫、必ず中に入れてあげるから心配しなくて良いよ」と言っていかつい顔を歪めて微笑んでくれた。

「とりあえず、町長に連絡しておけ。今度からは種族に触手も入れて下さいってな」
「分かりました。 じゃあ、すぐに行ってきます」
「おう、頼んだ」
「でも、リディアちゃんとクーネ君を連絡が来るまで待たせる訳にもいかないですよ?」
「金は俺が立て替えておく。 それで問題ないだろ?」
「隊長、この場合は正式な申請ではないですから、付き添いを立てなきゃだめですよ?」
「面倒くせぇなぁ・・・ そういう決まりだったっけ? 喫茶店のマスター呼んでこい」
「・・・ばっちり民間人じゃないですか・・・ 良いんですか?」
「構わねぇ、リディアが大丈夫って言うんだから平気だ。 それにマスターはリディアの雇い主だし、奥さんはエキドナだぞ?」
「ゴッドマザーですか・・・ 確かに彼女なら大丈夫でしょうね」
「万が一の時は俺も一緒に責任を取る。 これで良いだろ?」

 暫く待っていると話がついたのか、クーネにも町に入る許可をくれた。正式な許可までは少し時間が掛かるらしいので仮申請らしい。机から小さなワッペンのようなものを取り出すとクーネに括り付けた。
 このワッペンからは微弱な魔力が放たれていて、常に現在地が分かるようになっているらしい。町に居る間はこれをつけて、マスター達と一緒に居るように言われた。

「店でコップを洗っていたら、門番に突然呼ばれるんだもん。 ビックリしたよ」
「お手数おかけします」

 説明を終えた頃、丁度マスターが私達を迎えに来てくれた。隊長が礼を言うと、雇い主の義務ですよ、と笑う。嫌な顔一つしないマスターを見て、私はちょっと安心する。

「君がクーネ君か。 ニアちゃんから聞いているよ」

 本物の触手を見たのは初めてだけどね、と付け加えてマスターが手を出すと、クーネは喜んでそれに応じた。硬い握手を交わした後は、両手を広げて私達に向けて歓迎の意を示した。

「それじゃ、行こうか」

 兵士達の見送られながら、マスターに付き添われて私達は門をくぐる。
 何一つ変わらない見慣れた町並みなのだけれど、今日は特別新鮮で美しいものに感じた。
11/03/07 23:50更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
突然ですけど
友人の友人の友人の・・・と続けていけばネットワークが形成されます
この考えを使っていけば、世界中の誰とでも繋がることができます
憧れの有名人や、高名な学者、尊敬する人物・・・ etc.
いつかは必ず辿り着くでしょう

では、世界中を繋がる事のできるネットワークを作るのに間に必要な友人の数は何人でしょう?

100? 200? 1000? それとも、もっと多い?

その数、僅かに6人
これを「6次の隔たり」と言います

そう考えると世の中はすごく身近に感じて、優しくなれる気がしませんか?

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