読切小説
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一つ目に愛しいヒトを写しながら

 
 じりじりと熱せられた鋼が真っ赤に色付き、それが金床の上でカツンカツンと槌を振るわれて小気味のよい音を立てる。時折、傍らの桶に入っている水に槌を浸して持ち上げ、赤い鋼にその水を槌で掛けて浮かび上がってくる鉄の垢を落としつつ、正確な槌打ちで少しずつ伸ばしていく。
 その鋼を打ち付けているのは、熱気対策に薄着を着たまだ歳若そうな女性。
 赤い鋼と向き合うその瞳は真剣かつ冷静な色を持ち、鋼の撃つべき所を見極め、槌を振るう腕は見た目は細く何度か槌を持ち上げたら動かなくなりそうなのに、見極めた場所に寸分の違いも無く何度とも無く打ち込み続け、硬いはずの鋼の塊が彼女の望む通りの形へと作り変えられていく様は、まさに職人技と呼んで差し支えないだろう。
 そしてそんな彼女を人々が見たら、見た人の十人中九人は口をそろえてこう言うだろう。「矢張りサイクロプスだ。巧いものだ」と。
 そう彼女はサイクロプスと呼ばれる魔物娘。額には一つの角と顔に大きな一つ目に体に青白い肌を持つ、俗に鍛冶仕事なら右に出るものは居ないとされる種族。その中の一人である。
 そんな大多数の人間に、いま彼女が作っているのがただの包丁であると言った場合、一体どんな反応を返すのだろうかと考えずにはいられない。
 しかしながらじゅわりと音を立てて、熱せられた鋼によって水が蒸発し、角度や場所を変えてその刃先を眺めるその瞳には、生活用品作りといえども一切の妥協を許さないような意志がありありと浮んでいた。
 確認作業が終わり、曲がっている箇所を何度か槌で直した後で再度焼きを入れてから、その包丁を灰の中へ入れて覆ってしまう。
 このままゆっくりと冷ます事で、包丁に粘りを出すのが狙い。これはジパングの鍛冶がよく使っている方法であるらしい。

「ふぅ〜……」

 一仕事終えた彼女が頭から手ぬぐいを取り外し、それで汗の浮ぶ額と薄着を捲って体の中を拭いていく。
 女性としては他者の目を意識しない油断しきった行動だが、この鍛冶場には彼女以外の姿は無いために、この行為を誰に見咎められるわけでもない。
 しかしそんな場所でも、得てして不意の訪問者はあるもので。

「随分久しぶりだなぁ。メノウ居るかな……」

 ぎぃっと軋む扉を開けて入ってきたのは、動き易い服装に皮鎧といういかにも冒険者といった風貌の男。
 そしてサイクロプスは体を拭く手を止めずに、音がした扉の方へと振り返る。

「……もしかして、ドーツ?」
「メノウ!久しぶり……だ……ね」

 だがそのドーツと呼ばれた男も、メノウと呼ばれたサイクロプスも、二人顔を合わせた途端凍ったかのようにその場で固まってしまった。
 メノウは久しぶりに会う幼馴染に対して、胸の中で様々な思いが駆け巡っている所為で。ドーツは成長したメノウの、捲り上げた上着から覗く女性らしい青い体躯を視界に収めた所為で。
 ドーツの視線に不審なモノを感じ取ったのか、固まっていたメノウはゆっくりと彼の視線を辿り、それが自分が捲り上げている上着の――踏み込んだ表現を擦るならば、そこから覗く下乳へと注がれているのを察し、慌てたように服を下げて胸元を隠した。
 ドーツも途中で自分が何処を見ていたのかを悟られたと確信したのだろう、顔を背けるのはメノウが服を下げるのとほぼ同時だった。

「……見た?」
「いや、見ては――」
「本当に?」

 無表情ながらも羞恥でやや染まった頬と、持ち前の大きな一つの瞳で心の底まで覗かれるようにじいっと見つめられたドーツは、観念したように顔を背けたまま言い難そうに言葉を紡ぐ。

「――すいません。少しだけ目に入りました……」
「……えっち」

 ぼそりとそれだけ呟くと、メノウはドーツを置いてけぼりにするように、作業場から奥へと引っ込んでしまう。
 そんなメノウの様子に、気難しい彼女を傷つけてしまったと思っているのか、ドーツは先ほどの軽率な行動に口の中で小さくなじる言葉を過去の自分へ吐きかけた。
 しかしそんなドーツの行動とは裏腹に、数十秒後奥からお菓子の入った木椀と紅茶のポットに、二つのカップを手にしたメノウが作業場へ戻ってくる。
 どうやら久しぶりの幼馴染のために、お茶とお茶請けを取りに奥へ入っただけだったようだ。

「メノウ。さっきは御免」
「……言わないで。油断していた私が悪いんだから」

 言外に気にしていないと含ませて、メノウは作業場を区切る膝丈ほどある段差に手に持っていたモノを置くと、ドーツへ横へ座るようにと床を手で叩いて指示をする。
 気にするなと言われたら逆に気にするものだが、流石に幼馴染と言うところだろうか。
 ドーツの方もメノウがそう言うのならと、メノウの横にすんなりと座り、しかも視線でドーツが菓子の催促をすると、メノウはカップに紅茶を注ぎつつ、こちらも視線だけでドーツの要求に了承を返す。
 嬉しそうに小麦で作られた菓子を口に頬張るドーツを、彼に紅茶のカップを差し出しながら、メノウはそんな彼の姿を微笑ましそうに眺めている。

「でも……変わってないね」
「そう?随分体つきは良くなったと自負しているんだけど?」
「変わってないよ……安心した……」

 何かを勘違いしているかのようなチグハグな受け答えだが、そんな会話が昔通りで嬉しいのか、メノウは菓子を食べるふりで口元を隠しながら小さく微笑んだ。
 そんなメノウの様子に、「自分では変わったと思うんだけどな」と紅茶を飲みつつ、ドーツは自分の二の腕を動かしたりして過去の自分と今の自分とを比較している様子。

「それでどうしたの。村に帰ってくる気になった?――そういえばメチューは?」

 メチューというのはドーツと共に、この村を冒険者として去ったもう一人のメノウの幼馴染。
 その当時無謀で有名なメチューが当初一人で冒険者として村を去る予定だったが、ドーツはそんな無謀な幼馴染を心配して、兄弟が沢山居るからと理由をつけて彼と一緒にこの村を去ったのだ。
 それから今まで、およそ五年の月日が流れている。

「メチューは旅の途中で知り合ったリザードマンの剣士と意気投合して、一月ほど前に結婚したよ。そうそう、村に帰る事があったらメノウに渡してくれって手紙を頼まれていたんだった」

 ゴソゴソと背嚢を漁って目当てのものを取り出したドーツは、それをメノウに手渡した。
 それは封蝋もされていないし糊付けもされていない、むき出しの封筒に文字を書いた紙を雑に詰め込んだだけの、ドーツという人物を如実に表す彼らしい手紙。中身を取り出し拡げてみても、ただ一言『結婚した。村には帰らん』とだけ書かれている、実に大雑把なものだった。

「これを届けに態々?」
「いやそれはついで。本題はこっち」

 腰に下げていた鞘ごと取り外して、メノウに手渡すドーツ。
 しかし一方のそれを手渡されたメノウの方はというと、手渡されたものの鞘を払って中身を見て、無表情ながらも若干見開かれた彼女の瞳には、心の中にある驚きが渦巻いている様子が見て取れた。

「まだこれ使ってくれていたんだ。もう随分前に折れて捨てていると思ったのに」
「メノウがくれた物だからね。鞘は変えちゃったけど、中身は大事に使わせて貰っています」

 それはドーツがこの村を離れる際、メノウが母親の目を盗んで作った最初の剣にして最大の失敗作。剣の作り方の何たるかを知らず、過去に一度だけ作らせて貰った鉈の記憶を頼りに、当時のメノウが作り上げた丈夫なだけの所々歪んだ剣とは呼べない鉄の棒。
 冒険者の相棒という過酷な条件下で、いまだに折れる事無く腰に吊り下げてもらえているだけでも奇跡と呼べるほどの、酷い作りの赤面物の一品。

「大事に使ってきたけど寿命らしくてね。真ん中に大きな亀裂が入っちゃって、もう買い換えるしかないって言われたから」
「それで私の所で直して貰おうと?」

 メノウのその言葉に申し訳なさそうに首を縦に振るドーツだが、メノウがこの剣を通して感じるのは、剣を駄目にしたドーツへの怒りでも不満でもなく、心の底から湧き出る感謝の気持ちだった。
 先ほども言ったように、今の今まで持っていることのほうが奇跡的なのだ。ここまで丁寧に手入れされた末に使い潰されたら、この出来損ないの剣も本望と言うものだろう。
 だがそれでも……

「でもこれ直せないよ。私じゃなくてお母さんでも――たとえ魔界一の腕を持つサイクロプスでも無理」
「そんな〜」

 長年連れ添った相棒と別れるしかないと知り、ガックリと項垂れるドーツの気持ちもわかるが、だがそれでもこの剣は寿命だった。仮に溶かした鉄で応急処置をしたとしても、根底に刻まれたひび割れは残り、将来何らかの形で破断する原因となる。
 それは剣に命を掛ける冒険者としては、命に直結する大事故になる可能性を含んでいるため、冒険者に武器を供給する鍛冶師としては、道理を執着で曲げるような事は受け入れられることではない。
 しかしそれでも項垂れるドーツが不憫な事は変わりは無い。
 そんな不憫な気持ちをメノウも感じているようで、キュッと頭に手ぬぐいを巻くと、手に持っていた過去の自分が作った出来損ないを、包丁作りで燃やしていた木炭炉に突っ込んで、手ふいごで風を送り始めた。
 
「寿命じゃなかったのか?」
「直せない。だから生まれ変わらせる」

 赤々と燃えるそれを水につけると、もうもうと蒸気が辺りに吹き上がる。
 そしてすっかり冷えて鈍色の光を取り戻した鉄へ、手に持っていた槌を振り下ろして粉々に砕いてしまった。
 行き成り長年の相棒を粉々にされてドーツが怒るかと思いきや、もう既に心の中では別れを済ませていたのだろうか、平然とした様子でメノウのさせるがままにさせるようだった。
 それは長年連れ添った剣への礼に、その作り手であるメノウと再会させるためだけに、ドーツが態々村に運んできたのではないかと邪推させるほどのさっぱりとした表情だった。



 さて剣を粉々に砕いてしまったメノウはというと、これからドーツへ最高の剣を作るために、頭の中でどんな剣がドーツに合うのかを想像してみた。
 一口に剣といっても様々だ。短剣、片手剣、両手剣、身越大剣。細身、肉厚、反り返り。どれを選んでどれを捨てるのか。色々な組み合わせがある。
 しかし冒険者にとっての相棒となるとそう多くは無い。
 膂力が特に優れるわけでもなさそうなドーツには、長年連れ添った寿命を迎えた出来損ないの剣と同じ、片手でも使えて両手でも使える様な大きさと重さの剣。しかし命を預けるに不足無い程度に折れたり曲がったりし難い、そんな長年付き合え信頼できる剣が必要だと考えた。
 となると折れず曲がらず良く切れるというジパングの刀。それに多少のアレンジを加えた物にするべきではないかと結論付ける。
 ジパングの刀の秘密。それは複数の硬度の違う鋼を組み合わせる事により、柔らかい鋼の粘りと硬い鋼の強靭さを併せ持つ武器へと昇華させる事。
 しかし刀は剣とは根本的に扱い方が違い、それこそ刀は長年稽古を続けなければ満足に斬る事すら出来ない、いわば達人の持つべき一品。
 料理人専用に作られた包丁が、普通の主婦には扱い辛く手に余るように、刀そのままではドーツが扱う事は出来ないだろう。
 なので刀の製法は取り入れつつ、使い方は剣に準じたそんな武器。それがメノウの到った結論である。
 方向性が決まれば後は早い。
 まずは粉々に砕いた剣の破片を平らな鉄皿の上で積み、それに粘土水を掛けてから濡れた紙を巻いて固定し、炉にくべて熱していく。
 やがて赤く燃える破片が段々と熱で柔らかくなり、それが飴状になるやや手前で炉から離して、金床の上で槌で叩いて破片を一塊の鉄へと戻していく。強すぎれば破片が飛び散ってしまい、弱すぎれば破片同士がくっ付かないという、極めて力加減の難しい作業が続く。
 しかしそんな作業も慣れているのか、一つもミスを犯すこと無く一塊の鉄へと戻したメノウは、続いてその鉄を練る作業に入る。
 何度も何度も槌で打っては、何度も何度も折り返して鉄の中の不要な物の追い出しと、鉄に眠っている粘りを呼び覚ましていく。
 やがて一回りほどその塊が小さくなった頃、ようやくメノウの作業が停止した。
 これで必要な鋼の一つ、中心部分で鋼が折れないように支える軟鉄が得られた。
 次に本来ならば似たような行程を、刃の部分に使われる玉鋼と周りを覆うための硬鉄とで繰り返すのだが、今回は作り置いてあった物を使用するらしく、すでにその三種類の接合が始まっていた。
 寿命を迎えた剣から作られた軟鉄を芯に、その横にくっ付けるように玉鋼を接合する。そして刃の部分に玉鋼が来るように、隣り合った二つの鉄の周りを熱して柔らかくした硬鉄で覆うと、それを木炭炉に突っ込んで全体が満遍なく温まる様に、炭の上に置く場所やふいごの強さを調節する。
 やがて鋼の全体が紅く燃えた時、すぐさま炉から離して金床の上に置き、力強く槌をそれに向って振り下ろす。
 カーン。と一鳴りして紅い鋼が視認不可能な程度に少しだけ伸びる。
 それを皮切りに、カーン、カーン、と次々に槌が振るわれるたびに鋼から火花が散りメノウの顔に当たるが、それに構うことなく一つ目で振るう場所を見極める。
 やがて鋼が自分本来の色を段々と思い出すかのように、だんだんと紅色が鈍色がかってくる。しかしそれを許さないと言わんばかりにメノウは鋼を炉に突っ込み、その上に木炭を被せるとふいごで風を送り、そして紅色に戻った瞬間にまた炉から金床へ移し変えて槌で打ち据える。
 時折鉄の垢を落すために水を吹きかけながら、同じ行程を彼女が思い浮かべるドーツの手に合う剣の形になるまでこの行程を続ける。
 小一時間ほど経っただろうか、不意にメノウの手が止まり、手に持った鋼を掲げて出来具合を見始めた。
 メノウが選択した剣の形状は、やや反りが入った片手剣と両手剣の中間ぐらいの大きさと厚みをもつ、実用一点張りの無骨な剣――傍目から見れば牛刀を大きくした様な形状の片刃剣。
 持ち手や鍔などはまだ無いものの、それが素人目にはすっかり出来上がった状態でメノウの手の中に納まっていた。
 それを眺めていたメノウは一つ頷くと、剣を傍らの台の上に載せてしまう。
 どうやらもう今日の作業は終わりのようだ。
 それをドーツも感じ取ってたのか、じっとメノウの鍛冶仕事を見つめていた目を閉じ、力を抜くように口から細い息を吐き出した。


 メノウの一連の作業が終わる頃には、もうすっかり周りは夜になってしまっていた。
 ドーツは実家へと戻るつもりだったのだろうが、彼の兄弟姉妹が結婚して同居しているから手狭になっているとメノウに聞き、じゃあ宿を如何しようかと頭を悩ませていたら、嬉しい事にメノウから宿泊の許可をもらう事が出来た。

「ドーツが料理できるようになっていたのは、とても意外」
「まあ他の仲間の料理の腕が壊滅的だったからね。必然的に鍛えられただけだよ」

 そしていま二人は同じ食卓を囲んでの食事の真っ最中。
 パンと材料はメノウの家の物を拝借したものの、メノウが鍛冶仕事で疲れているだろうからと、渋るメノウをドーツが押しのけてスープと肉の香草焼きを作ってしまった。
 あんまりにも冒険者らしい大雑把な料理に、メノウは最初こそ少し眉根を潜めつつそれらを口に入れたのだが、料理屋にある洗練されたものではないものの、不思議と温かみのある荒削りの美味しさが口の中に広がったために、いまメノウの頬がほんの少し緩んでしまっている。
 そんなメノウを嬉しそうに見ていたドーツに対して、メノウが照れ隠しに言ったのが先ほどの言葉であり、ドーツも料理の腕前をつけた裏事情をそのまま伝えた。
 そして唐突に訪れた沈黙。食卓の上で食器の奏でる音と、二人が咀嚼する音だけがこの空間の中に広がる。
 しかしその沈黙は別段気まずくて起きたものではなく、メノウは元々口数が少ない方であるのに加え、食事中は食事に集中するためにより一層無口になるだけであり、ドーツもそんな彼女の癖を知っているために、殊更何かを喋ろうとすることもなく、黙々と食事を続けているだけ。
 その証拠にどちらかの杯に入っていた水がなくなると、もう一方が水差しから水を注いであげたりと、気まずさとは無縁な食事風景が展開されている。

「それで剣の事だけどさ」
「?……形、気に入らなかった?」

 食事を終えてドーツ特性の野草を煮出した茶で喉を潤していた時、ふと思い出したようにメノウに言葉をかけ、メノウは彼の言いたい事を予想して喋った。
 しかしそのメノウの予想は外れたようで、ドーツは口に茶を含ませつつ掌を横に振ってそうではないという意思表示をしていた。

「メノウが作るんだから、きっと俺に合っていると確信しているさ――じゃなくて、急かすつもりは無いんだけど、何時ごろ出来るのだろうかと聞きたかったんだよ」
「急ぎの仕事でもある?」
「いや、何時も腰にあった物がないと、こう落ち着かなくてさ……」

 どうやらもう体の芯から冒険者が染み付いてしまったのだろうか、ドーツは恥を曝すように頬を指で掻きながらそう呟く。
 そんなドーツの子供っぽく見える様子に、可笑しさから少しだけメノウの口の端が上がってしまう。

「明日には出来る。代わり用意する?」
「明日に出来るんだったら我慢するよ。あの剣も俺が目の前で他の剣に浮気しているの見ると、気分悪いだろうしね」

 ちゃらけた感じで放ったドーツの言葉に、思わずメノウは頷いてしまった。
 それは剣にそんな意志があると確信しているのか、それとも別のことを想像して頷いたのだろうか。

「さて、食べ終わったし片付けるとしますか」
「流石にそれは私が」
「いいからいいから。メノウは座っててよ」

 メノウに対して甲斐甲斐しいまでに色々しようとするドーツの様子に、少し違和感を感じたのか、小首を傾げてドーツがそうしたくなる理由を考えていたメノウだったが、ドーツが食器を台所へ運ぼうとする所で予想が付いた。

「もしかしてドーツ、お金無いの?」

 メノウのその言葉にドキリとしたように、皿を手に持った格好のままで固まってしまうドーツ。
 
「いや、無いわけでは……」
「無いの?」
「はい。ありません」

 どうもメノウの大きな一つ目でじぃっと見られるのが弱いのか、ドーツは直ぐ様に前言を撤回して、自分の懐が寂しい事を明らかにした。

「結婚した二人と別れてから、この村への道すがらずーっと一人で冒険者続けてたんだけど。流石に一人だけで出来る仕事には限りがあって、剣一つ買えるだけの金を工面出来なかったんだ」
「それで?」
「メノウなら昔の好で、少し割引してくれないかなーという淡い期待が……」

 自分の内情を詳らかにしながら、ちらりとメノウの表情を伺うドーツ。
 しかし幼馴染の彼にもメノウのいまの表情を読み取る事は出来ず、彼女が怒っているのか呆れているのか、はたまた別の感情が心の中にあるのかは判らなかった。

「私がドーツからお金取ると思ってたの?」
「え!?それじゃあ――」
「無料であげる」
「有り難うメノウ!」

 行き成りメノウの両手を取って上下にブンブンと振るドーツに、メノウは少し面食らったようで、少しだけ一つ目を大きく見開いていた。


 あの後、メノウはドーツに空いている部屋のベッドをあてがい、二人はそのまま何事も無く夜を過ごした。
 そして剣の焼き入れの作業は朝早くに行われるのが常であるため、メノウは夜も明けないうちに自室のベッドから起き抜けると、そのままの足で作業場へと向った。
 まず長い木炭を焼入れをするために最適な長さに切り揃えることから始まる。
 カツカツと小さな鉈を振り下ろし、一定の長さに木炭を分割する。
 そして分割した物の量が、炉の二杯分を優に越す分量になった所で作業を止めたメノウは、次に剣が悠々一本入る木箱のような桶に、煮沸し汲み置いた水を甕から静かに移す。
 これで焼入れの準備が完了した。
 まず炉に小さく燃えやすい枝を何本か。それと分割した余りの小さな木炭をその近くに置く。
 次に裂いた藁に火打石で火花を散らして種火を付け、それに息を吹きかけ火を大きくしていき、その燃え始めた藁を炉に入れて枝に火を付け、その火で小さな炭を温め始める。
 やがて藁が燃え尽き灰になり、枝がパチパチと音を立てて爆ぜる頃には、小さな炭にも火が回り始めた。
 それを確認したメノウは、綺麗に分割した木炭を燃え始めた小さな炭の上に被せると、ふいごを思いっきり動かして風を送って火の勢いを増やす。
 ふいごをメノウの腕が三度四度と動かして全ての炭を赤く燃えさせると、それを覆い隠すように火の付いていない黒い木炭を上に被せ、そしてふいごを何度か動かし赤くさせると、さらに木炭を積む作業を炉が赤い炭で満杯になるまで続けた。
 炉の炭を赤く燃えさせたメノウは、次に昨日作ったあの剣を取り出し、炉の赤い火でその剣を照らして冷えによっての歪みが出ていないかを、その大きな一つ目で眺める。
 素人目には全くの平たい側面に見えるが、メノウが小さな槌で軽く何度か叩いているからには、サイクロプスの目には僅かな歪みが見え、それを的確な槌運びで直しているのだろう。
 一通りの確認作業の後に、メノウはその剣を炉に突っ込んだ。
 刀を作る時にはその刀身に粘土質の泥を付けて、焼の入れ具合を調節するのが主流なのだが、メノウがこの剣にはその作業は不要と判断したのか、それとも泥など使わなくても焼きの入れ具合を意のままに操れる自身が在るのかはわからないが、先ほど炭に火をつけた荒々しいふいごの動かし方から一転して、ゆるゆると優しげな手つきで緩やかに炉に風を送っている彼女の横顔に、迷いや不安といった負の感情は見受けられない。
 剣の中腹から温め始めたメノウは、剣が赤くなる前に手前側に温める場所を移したたかと思えば、そこが赤く色付く前に剣の先を温め始める。更には鳥の串焼きでもしているのかと疑う程に、剣を反転させつつ炉で温める。
 これは何もメノウが作業を失敗しているわけではなく、くっ付けた三種類の鋼を満遍なく温めるために、ゆっくりゆっくりと芯から熱しているのである。
 その証拠にメノウの手の中に在る剣は、時が経つにつれて全体が同じ色合いの赤で覆われていき、やがてチンチンと小鳥が鳴くような小さな音が温まった剣から発せられる。
 この音は上手く鋼を温められた証拠であり、ジパングの刀鍛冶では『カタナが鳴く』という表現で表されている不思議な現象。
 何はともあれ終に剣作りの山場がやってきた。
 水を張った箱のような桶に手を入れて温度を確認したメノウは、手にある赤く燃える剣に手袋越しに自分の魔力を溢れんばかりに通すと、炉から剣を取り出してその色合いを一目で確認し、一気に水桶の中へと剣を突っ込んだ。
 じゅうぅと赤く燃える鋼で熱せられた水が音を放ち、ぼこぼこと水が蒸発する気泡が生まれ、そこから作業場全体を覆うほどに湯気が立ち上る。
 やがてその音と湯気が収まりを見せ始めた頃、メノウは水桶から剣を取り出す。
 熱をいまだ帯びているのかもうもうと放つ湯気と、閉じ込め切れなかった魔力が放つ鈍い光越しに、メノウは付け根から天辺までをじっくりと見つめる。
 それは不満な場所を探しているというより、会心の出来を眺めているように見える。
 現にメノウが剣を見つめるその瞳が、我が子を見る親のように嬉しげな光を帯びているのが、それが事実である事を物語っていた。


 ドーツが起きてきたのは、日もすっかり昇り、朝食には遅く昼食には早い時間帯。
 別にこれはドーツが寝坊助と言うわけではなく、安心して眠れる屋内の部屋でできる限りの睡眠を取り、旅の疲れを一気に取るのは冒険者としては当たり前の事。
 それゆえにすっかり冷めてしまった朝食の側で、少し頬を膨らませたメノウが大あくびを噛み殺しているドーツにじとっとした視線を向けているのは理に反している。
 しかしそれはドーツたち冒険者の勝手な言い分であり、この家の主でもあるメノウにしてみれば、知ったことではない理屈である。

「ごめん、ちょっと寝すぎた」

 ドーツもメノウの視線にそんな屁理屈が通用しないとわかっているのか、苦笑いを浮かべながらそう弁明すると、メノウは軽く溜息を吐いたあとで椅子を指してドーツに座るようにと指示する。
 その指示に従って椅子に座ったドーツは、冷めてしまっていても美味しそうな朝食を目の前にし、視線でメノウにお伺いを立てた。

「食べていて。剣、持ってくるから」 

 椅子から立ち上がったメノウは、そのまま作業場へと歩いていった。
 まさかもう剣が出来上がっているとは思ってはいなかったのか、ドーツは殊更に自分の寝坊を恥じるような顔つきになると、今度はそれを隠すようにとライ麦で作られたパンを手で一口大に千切り、そしてそれを口に入れた。
 もうすっかりと冷めて匂いも薄れてしまっているが、それでも丁寧に焼かれていたのだろう、かすかに感じる焼けた麦の匂いと、少し萎びながらもぱりっとした焼き目の歯ごたえに、冷や飯など旅で食べなれているはずなのにドーツは、もっと早く――出来立ての朝食が食べられる時間に起きればよかったと、今更ながらに後悔した。
 そのまま黙々とパンを食べ、冷えたスープを匙で掬って口に放り込んで味わっていたドーツの元に、コトリと一振りの向き身の剣が机に立てかけられた。
 口にパンを入れたままのドーツは、その剣の出来栄えに思わずパンを喉に詰まらせ、慌ててスープを椀ごと掴むとごくごくと飲み干す。

「ごは、ごほぉ!」
「大丈夫?」

 性格を考えれば咳き込むドーツの背中を擦るのが普通なメノウが、そういいながらも対面の椅子に座ったところを見ると、ドーツが寝坊したのをまだ怒っているのかもしれない。

「ごほッ、ぅうん、大丈夫。すごい剣だなって思って息を呑んだら、パンが喉にね」
「そう。じゃあ振ってみて」
「ここで?」
「うん。ここで」

 そっけないメノウの言葉にやや違和感を覚えながらも、ドーツは言われるがままにメノウの作った剣を握る。
 柄に使われているのが借りにくっ付けられたものだというのに、ドーツは剣を握った瞬間から、この剣が体の一部分であるかのように感じた。
 試しに軽く上下に振ってみても、重たい棒が手にあるという感覚は薄く、むしろ何も握っていない手を上下に振っているかのような一体感を強く感じているようだ。

「なにか違和感ある?」
「違和感って言うか、自分の体の一部分みたいな感じで……」

 その後に続く言葉をドーツは飲み込んだ。
 それは今まで感じたことの無い体験への戸惑いと、剣の出来栄えへの賞賛がない交ぜになり、どう言葉で表現したら良いのか判らないためだった。

「じゃあそれドーツにあげる。私は仕事があるから……」

 そういって立ち上がろうとしたメノウは、目眩を覚えたかのようにまた椅子に腰を下ろした。

「ちょっと、メノウ大丈夫?」
「少し張り切りすぎただけ。だから……」

 再度足に力を入れて立ち上がったメノウだったが、ドーツの横を通り過ぎようとした時、ふらりと足元が揺れた。

「フラフラじゃないか」
「離して……」
 
 思わず抱き寄せたドーツに、メノウはその胸板を押してドーツの腕から逃れようとする。

「駄目だ。今日はお仕事お休み。俺の所為でメノウが倒れたなんて事になったら嫌だからね」
「責任なんか感じなくても……」
「俺が倒れるメノウが見たくないってだけの俺の我が侭!だからメノウは、俺の我が侭にただ巻き込まれればいいの」

 手をメノウの膝裏へと差し込んだと思えば、ドーツはそのままメノウの体を胸の前で横になるように抱きかかえてしまった。
 
「ほらメノウ。落ちないように俺の首に手を回して」
「……」

 抱きかかえられるとは思わなかったのだろう、ビックリした様子のメノウだったが、ドーツの要請通りに彼の首に手を回して固定した。
 芝居で騎士が助け出した姫を抱きかかえる時の格好で、寝室へと運ばれているメノウは、ドーツの五年で成長した顔付きを間近で見ているためか、それともただ単に抱きかかえられて恥ずかしいのか、その頬は赤く染まっていた。
 

 メノウの寝室に入り、そのベッドに彼女を横たわらせたドーツは、そのまま部屋を出ようとしたところで、その裾をメノウに引っ張られて止められた。

「ねぇ、ドーツ……」
「如何したの?」

 弱弱しく呟くメノウの耳元に顔を寄せようとしていたドーツ。
 しかし行き成りメノウに両頬を両手で包まれると、彼女の顔へとドーツの顔が近づいてきた。

「ちょ、メノむぅー!!?」
「ッんぅ〜〜」
 
 何時ものメノウでは考えられないほどの大胆な行動に、ドーツは面食らったようで慌ててメノウを跳ね除けようとして、今度は弱っている幼馴染を乱暴に扱おうとするのに気が引けたのか、ドーツの手はメノウの肩の上を右往左往していた。
 しかしメノウは一度口付けしたことで魔物の性に火がついたのか、大きな一つ目をうっとりとさせて、困惑するドーツの口の中を弄り舐め上げていく。
 
「じゅぅる〜……ちゅる、ちゅぅ……」
「むむぅー!?」

 最初はメノウの性格の様に控えめだった動きが、段々と熱を帯びてより艶かしくより淫靡に、ドーツの歯や歯茎といわず全てを味わいつくすかのように舌は動き回る。
 メノウの腕もその内側に入れたオスを逃がしたくないといいたげに、ドーツの首筋にすがり付き引き寄せ、より深く口が交わるのを助けようとする。

「あむぅ、ちゅちゅ……ぷぁ、どーつ。ちゅ、ちゅぅじゅ……どーつ」

 唇を離してする呼吸の合間合間にドーツの名前を呟きながらも、決して逃がそうとはしないメノウのキス。
 ドーツはドーツでどうやって切り抜けようかと考えを巡らせていたようだったが、段々とメノウの口付けの虜になり始めたのか、その目の光がやや鈍くなり始め、メノウの肩の上辺りでさまよっていた手はいまメノウの頬に当てられている。

「はぁはぁ……ふぁん、はッぅ……」
「はぁはぁ……ふぅー」

 キスを終え、二人はお互いに荒く息を吐く。
 メノウは口の端に流れたドーツの唾液を指ですくい、口の中へ入れ味わいながらながら。
 ドーツは今のキスは何かの気の迷いであったように、心と心臓を落ち着かせようとしながら。
 しかしそんなドーツの様子を見ていたのか、彼をこの場から逃がさないかのように、メノウの片手は常にドーツの服を掴んでいた。

「ねぇ、ドーツ……」
「こ、これ以上は駄目だよメノウ……」

 伏目がちに上気して真っ赤な頬を隠す事無く、その一つ目でドーツを見つめながらのメノウの言葉を吐き出す。
 ドーツは顔を横に向けてメノウのその瞳から逃れつつ、その言葉を途中で遮るかのように告げて、優しくメノウの肩を掌で押して体を離そうとする。
 そのドーツの動きを見て、メノウは意を決したかのように少しだけ目を光らせると、体勢を入れ替えてドーツをベッドの上に押し倒し、自分はドーツの腹の上に乗っかり座る。

「ちょ、ちょっとメノウ、これは冗談じゃ済まな――」
「一つ目の青い肌の怪物は嫌かもしれないけど。一回だけ。一回だけで良いから。それで諦めるから……」

 切羽詰った状況に説得を試みようとしたドーツだったが、メノウの口から出た言葉が耳に入った瞬間、急にドーツはカチンときたようだ。

「ねえメノウ、それってどういう意味かな」
「そのまま寝てるだけでいいから。一人で全部出来るから」
「そういう事を聞いているんじゃない!」

 ドーツは怒声を上げてメノウを跳ね除けてベッドから跳ね起きると、呆然としているメノウの胸倉を掴んで引き寄せた。
 そしてメノウの奥底まで見ようとするような眼力で、その一つしかない瞳を覗き込む。

「俺が一言でもメノウの事を化け物と呼んだ事があったかい?青い肌とか一つ目で蔑ろにしたかい?俺が幼馴染の女の子の事をそんな風に思っていた、度量の狭い人間だと言いたいのか!」
「ち、ちがうの、そういう訳じゃ……」
「ならどういう訳だ言ってみろ!」

 村を去った時のドーツからは想像も付かない彼の迫力に、メノウは二の句が告げなくなってしまった。
 そしてメノウが押し黙ってしまった事で、ドーツの方も何も行動が起こせなくなってしまい、そのまま二人は至近距離で見詰め合うような状態のまま、無常にも時だけが過ぎていく。

「ドーツ。苦しい」
「あ、ごめん。荒っぽく扱うつもりは無かったんだ」

 どれだけの時間が経ったのか、ぽつりと零れるように言ったメノウの言葉に、ドーツは我に返り慌てて手を離すと、ベッドに座り自らの失態を恥じるように手で後頭部を掻きだした。
 放されて少し咳き込むメノウの丈夫な上着の胸元には、よほど力強くドーツが握っていたのだろう、彼の手の形にしわが付いて解けようとはしない。
 そしてそんなメノウの状態を見て、ドーツは良心の呵責に苛まれた様子。

「乱暴に扱った事は謝るけど、自分の事を化け物とか言っちゃ駄目。だってメノウはとっても――」

 自分の心のうちを曝すようにそう言いかけて、ドーツは途中で自分が何を口走りそうになったのかに気が付いたのか、急に押し黙ってしまった。
 今度はメノウがドーツの言葉が聞き逃せなかったのか、ずいっとドーツの顔を覗き込む。

「……私がとっても、何?」
「いや、だからそれは」
「とっても、何?」

 やはりドーツはメノウの一つ目でじっと見られるのに弱いのか、じりじりとベッドの上を後退して行く。
 やがてメノウの目の力に押され、ドーツの手がベッドの淵を掴んで進退窮まった事が分かったのか、消え去りそうな声で先ほどの続きを口に出した。

「可愛い女の子じゃないか。昔も今も」
「―――////!!」

 赤面しながら吐き出したドーツの告白にも似たその呟きに、急に今までの事が気恥ずかしくなったのか、メノウの顔は羞恥から青い肌が真っ赤に染まって俯いてしまっていた。
 メノウの様子を横目で見て、だから言いたくなかったと言いたげに、ドーツの方も俯いてしまう。
 そのまましばらく俯き、どちらともなしに相手の様子を伺おうとして、視線が合ってしまい慌てて俯く。
 また伺おうとして、合って俯くを、合計三回も繰り返す。
 そんな引くにも進むにも勇気がいる状況になってしまい、ドーツは降参するように口を開く。

「どうしようか……」
「私はやっぱり、ドーツと……」

 続く言葉はメノウの口から出なかったが、つまりはドーツと愛し合いたいと求めている。
 しかしドーツはそれに難色を示す。それが魔物の性に突き動かされた、ただの体や精目当ての行為ならしたくないのだろう。憎からず思っている相手だからなおさらに。
 それは冒険者として暮らしていた時に、野生の魔物娘が同業者や旅人を襲っているのを目の当たりにし、魔物娘の性の怖さをしっているドーツならではの感覚だろう。
 その誤解を解くかのように、先ほどの勢いは何処へやら、サイクロプスらしいたどたどしさで、メノウは自分の種族の習慣を教え始める。

「サイクロプスが魔力を込めた武器を作るのは……その、求愛行動みたいなもので……」

 そのメノウの語ったことによると、魔力を帯びた武器や防具を作るというのは、未婚のサイクロプスにしてみれば、体内の魔力を極限まで使う行為である。そして武器作りで体内の魔力が無くなりかけた彼女らは、引きこもっている工房から出て、精を注いでくれる男を捜すのだそうだ。
 どうやって見つけるかと言うと、サイクロプスが作った武器がそのサイクロプスに最も似合う精の持ち主――旅人や冒険者を教えてくれ、そして出会った二人はその場で結ばれる。
 枯渇しかかった魔力を充填するために、出会った男を意識が失うまで犯し抜いた後、我に返ったサイクロプスは自分の行為に恥ずかしくなり、武器や防具を置いて逃げ去ってしまうのだということらしい。

「それで、そのあと……大抵の男の人は、手にした武器の導きで、またそのサイクロプスと出会う事ができるの。私のお母さんも、そうやってお父さんと再び出会ったって言ってた」
「たしかに求愛行動といえるね……え?それじゃあ、あの剣は俺をメノウの相手に選んだって事?」

 真っ赤になりながらもドーツの質問に頷きで答えるメノウ。
 それに対してどう反応して良いのか、思案顔で困り果てるドーツ。
 
「だから、駄目?」
「いやいや。メノウはそれで良いの?」
「ドーツならいい……ドーツは?」

 じっと一つの瞳で見つめられて、ドーツは答えに窮してしまった。
 しかし魔物娘とはいえ女性に告白されて答えに窮するということ事態、ドーツがメノウの事をどう思っているのかの遠まわしな答えに他ならなかった。

「えーっと、俺もメノウとなら」

 考えた末のドーツの結論に、メノウは頬といわず首元まで真っ赤に染まった顔を隠すかのように、そっとドーツの胸板へ甘えるように体を預けた。
 そしてドーツはそれを迎え入れるかのように、軽く両腕でメノウの体を抱く。

「体、熱いね。メノウ」
「ドーツも、心臓が、ドクドクいってるよ」

 そう呟いた二人の唇が、そっと近づき、皮膚と皮膚だけがほんの少しだけ合わさるようなキスをした。

「メノウ、好きだよ」
「ドーツ。私も……」

 お互いに向けて愛の告白を改めて交わした後、また二人はキスを交わす。
 今度は少しだけ深く、しかし舌は絡ませ合わない、そんな初々しい恋人のキスを。
 しかしドーツの気が逸ったのか、抱きしめていた腕が動き、メノウの服を脱がせようとした。
 それをメノウが優しく押し止め、唇から放した口を、そっとドーツの耳元へ。

「自分で脱ぐから、ドーツも」

 恥ずかしさで消え入りそうなその声に、ドーツはもう抗う術を見失ったようで、メノウの言葉通りに自分の服を脱いでいく。メノウも合わせるように服を抜いていく。
 やがてお互いに全裸でベッドの上に座り合うと、メノウはドーツの視線が自分の肢体に注がれている事に気が付き、そっと豊かな胸と股間部分を手と腕で覆ってしまう。

「もぅ……えっち」
「……すごく、きれいだよ」

 しかしその腕を外そうとドーツの手が動き、そっとメノウをベッドに押し倒してから、ゆっくりとメノウの体を隠す腕を解いていく。
 たゆんと揺れる豊かな胸と、鍛冶仕事で引き締まりながらも女性らしい丸みを帯びる肢体、そして一つだけの目をそらして羞恥で真っ赤な顔を隠そうとするメノウに、ドーツはもうたまらない様子。
 ゆっくりとメノウの体に自分の指を這わせていく。

「この青く滑らかな肌も、この大きな瞳も、そして恥ずかしがるメノウが可愛いよ」
「耳元で、そんな優しい声で、恥ずかしい事……」

 ささやき声でメノウの魅力を語りながらも、ドーツの手は止まらない。
 顔を撫で、喉元を通り、胸の柔らかさを指で確かめ、やがて腹、ヘソ、わき腹を撫で、太ももの上を経由して、メノウの股間にドーツの手が伸びる。

「ひゃぅ……」
「もう濡れているね、ここ。そんなに待ってたの?」

 ゆっくりと撫でるだけの愛撫に声が漏れたメノウに、恥ずかしい事実を耳元で小声で伝えるドーツ。
 その声により一層顔を赤くしたメノウは、青い肌でそれを隠すかのように、両手で顔を覆ってしまった。

「駄目だよメノウ。可愛い顔みせてよ」
「ぅんッ!」

 両手を開けてと強請りながら、ドーツはそっと軽くだけメノウの陰核を撫でる。
 しかし喉の置くから押し殺した嬌声が漏れても、メノウはその手を空ける事は無い。
 そのまま撫で続けてメノウを苛め抜くというのも一つの手だろうが、しかしドーツはその選択肢は取らなかったようだ。

「もう恥ずかしい事を言ったりしないから、顔見せて」
「……本当に?」

 疑いつつもメノウは顔を覆っていた手を外し、その一つの瞳でメノウをじっと見る。
 今回はその瞳に追い詰められる事無く、ドーツは信用させるかのように、そっと額の角の脇に一つキスをした。
 メノウの方も信じてあげると返答するかのように、ドーツの唇へキスをする。

「もう、準備はいいから」
 
 そう恥ずかしがりながらも次のステップを要求するメノウに、ドーツは言いにくい事実を伝えるかのように、メノウの耳元へ口を寄せる。

「初めてだから、あまり期待しないでよ」
「……初めてなの?」
「冒険者だからって、経験ありだと思わないでよ。なぜか魔物娘が向かうのはメチューだけで、俺は不人気だったんだから」

 それは腰に下げていたメノウが作った剣の所為(おかげ?)で、魔物娘が狙うのを止めていたからなのだが、ドーツにはそんな事実は知りようも無い。
 
「場所、分かる?」
「そ、それぐらいは何とか」

 聞いていた卑猥な話を思い出しているのか、ドーツは寝そべるメノウの股間部分を指でなぞっていく。
 ゆっくりと指を陰核から下ろしていき、陰唇内を尿道口を撫でつつ下へ。
 やがて膣口を探り当てたのか、ゆっくりと濡れている場所に指を入れていく。

「痛ッ」
「ご、ごめん。何か間違った?」
「ううん。処女膜に指が当っただけだから」

 慌てて指の動きを止めたドーツだったが、メノウの言葉に別に間違ってはいないことと、メノウが処女である事を知って、ほんの少しだけ安堵した。
 どうやら自分の方にだけ、経験がないと思っていたらしい。
 メノウもそのことをつぶさに感じ取ったのか、あからさまにむっとした表情で、一つ目でドーツの事を睨む。
 それに対してドーツはごまかすかのように、唇にキスをした後で曖昧に笑う。
 
「……キて」
「う、うん」

 誤魔化されてあげると言いたげな、メノウの誘いの言葉を受けたドーツは、メノウの体を触っていたときから、いきり立って血管の浮き出るほどに勃起した陰茎を掴み、メノウの股間の部分にあてがう。
 一瞬その陰茎の暑さにびくっと体を強張らせたメノウを、ドーツはいっぱいいっぱいなのか見ていない。
 ゆっくりと押し入ろうとして、しかしややメノウの膣口が下に付いているからか、上手くメノウの膣内に入る事が出来ないでいた。
 二度三度と繰り返してみても、陰唇の内側を陰茎が撫でるだけで、一向に入る様子は無い。しかしメノウはその擦れて得られた性的感覚に、少しだけ体を硬くしたが、これも入れられないで焦るドーツは見ていない。

「メノウ、ちょっとだけ膝を抱えてもらってもいいかい?」
「……えっち」

 ドーツのそんな恥ずかしい要求にもメノウは顔を背けながらも応え、自分の膝裏を手で引っ張って自分の胸の横に来るようにし、ドーツの目の前に自分の秘所を曝け出すようにする。
 そこまでしてようやく入れやすくなったのか、ドーツは自分の陰茎に手を添えて、ゆっくりとメノウの膣内へと押しいっていく。

「うぅッ!」
「わわ、大丈夫メノウ!?」
「いいから、奥まで、入って」

 ぎゅっと目を瞑って破瓜の痛みを堪え目の端に涙を浮かべながら、メノウはドーツを逃がさないようにその頭をかき抱く。
 メノウの言うとおり全部入れるしかないと思ったのか、ドーツはメノウの膣肉に負けないようにずいずいと奥まで突き入れていく。
 やがてドーツの陰茎全てが収まるり、メノウの子宮口にドーツの鈴口がキスをしている状態で、メノウは股間から立ち上ってくる痛みからドーツは絡みついてくる膣肉の快楽から、二人はしばらく動けない。

「ごめんメノウ。ぜんぜん優しくする余裕が無かった」
「良いの。それより動いて、いいんだよ?」
「動いたら、射精しちゃうよ。いまでも気持ちよくて限界なのに」

 ようやく口を開くまで落ち着いた二人だったが、ドーツのそんな言葉を受けてメノウは急に嬉しくなったのか、膝裏を抱えていた手を解くと、ぎゅっとその手足を使ってドーツを抱き引き寄せた。
 そしてドーツの耳元に口を寄せて、小さな声でささやく。

「気にしないで、いっぱい出して」

 ぎゅぎゅっとメノウの膣がその瞬間に収縮し、不意に陰茎を締め上げられたドーツは慌てて体を離そうとするのだが、メノウの手足がそれをさせない。
 やがて上ってきた精液が陰茎の尿道を押し開き、もう押し留める事が出来なかったドーツは、そのままメノウの膣奥へと注いでしまう。

「はう゛ぅぅ――」
「……出てる。ドーツのせーし」

 射精時に感じる性感からのうめき声をもらすドーツに抱きついて、びくびくと跳ねる陰茎とそこから注がれる精液の熱さに、メノウは思わずうっとりとした声を出してしまう。
 やがて精液を吐き終えて半萎えした陰茎を、メノウの膣から出そうとしたドーツだったが、しかしまだがっちりとメノウはドーツの体にしがみついていた。
 どういうつもりかと視線をメノウへ向けるドーツ。
 空腹の腹の音を漏らしてしまった淑女のように、メノウは少し恥ずかしそうに俯きながら、しかし口調は確りとドーツに伝える。
 
「入れたまま、二回目お願い」
「え゛!?」
「気持ちよくしてね」

 驚くドーツに誤魔化すように言ってからキスをするメノウ。
 やはりメノウも魔物娘だなと変に納得した様子のドーツは、お返しにメノウにキスをして舌を口内へ侵入させながら、メノウを気持ちよくさせて上げたいと、ゆっくりとだが腰を降り始めた。
 それに破瓜の血を流しながらも、メノウも与えられる快楽の波に乗ろうとする。
 そうやって二人の時間は過ぎていく。


 はてさてこの二人がどうなるのか。
 ドーツは冒険者を続けるのか、メノウはこの後恥ずかしくなって逃げてしまうのか。
 それは二人だけの秘密にしておきましょう。
 居間に置きっぱなしのあの剣が、近い将来この家に飾られる事になるとだけ



12/04/13 21:04更新 / 中文字

■作者メッセージ


というわけで、サイクロプスさんSSで御座いましたー。
しかしながら比重が剣作りの方に過分に傾いているので、イチャエロ期待してくれている人には申し訳ありませんでした。(私のSSにそれを期待している人がいるかどうかはさて置いて)

次は何のSS書こうかと思案しつつ。
それでは中文字でしたー。

ちなみに、剣の作り方はニコ動で見た刀鍛冶の映像を参考にした創作ですので、本当にこれでちゃんと作れるかどうかは保障しかねますw

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