連載小説
[TOP][目次]
最終話「九重」




雄叫びを上げながら衝撃波を放ってくるアントクイーンだが、九重はノーモーションでそれを弾いて見せた。

あまりに強化された仙気が、ひとりでに衝撃波を弾いたのだ。

二対の翼を羽ばたかせ、九重は接近する。

「ーーーーーーー」

雄叫びを上げながらアントクイーンは大量のウルクソルジャーをミサイルのように放つ。

だが膨大な数のウルクソルジャーは、九重の肩の蔓が何度か動くと、チリにもならないほどに細切れにされた。

反撃とばかりに九重は口から光波熱戦を放つが、アントクイーンの纏うシールドに阻まれた。

どうやらあちらは千体分の魔力を集めてシールドを生成しているようだ。

『ならばっ』


空間が歪み、一時的にあたりの景色が、まるで陽炎のように揺らぐ。

『深淵開門(アビスゲート)っ』


瞬間、深淵開門の力でアントクイーンのまとうシールドが消滅した。

『これをっ』

二本の大剣を振るって衝撃波を放つが、アントクイーンの鎧甲があまりに硬く、弾かれた。





「大魔術クラスの魔法でもビクともしない装甲だ」

キバはかすかに目を細めながら呟いた。

「魔法シールドを破れたとしてもあれをなんとかしないかぎりは・・・」

「いいえ、九重ならばやり遂げるわ」

不安そうなキバに対して、リエンは余裕そうに微笑んでいる。

「一万年前のメルコールに比べたら、あのメルコールははるかに弱いはずだもの」



双剣を構えなおし、九重は体制を整える。

『・・・(仙気がかすかに感じられるが、それ以外は魔物の気運)』


アベルの仙気を中心にして、千の意識を無理やり一つにしているのだ。

『ならばっ』


九重は左手をかざした。

『魂魄隔離(ソウルスティール)っ』

意識をバラバラに、否元に戻す、直後アントクイーンの各地で混乱が起こった。

グラグラと全体が揺れ動く、無理やり合体させた分一度崩れ始めると脆いものだ。


『いけるぞっ』

チャンスはここしかない、九重は接近すると二本のバルザイブレードをかざした。

『いあっ、ヨグ=ソトースっ』

時間逆行、まるでビデオを巻き戻すかのようにアントクイーンの姿が崩れ落ち、たくさんのジャイアントアントが現れる。


「あれ?」「どこここ?」「・・・働きたくない」「お腹すいた」「早く帰りたい」「仕事しなきゃ」


次々現れるジャイアントアントだが、ぞろぞろと闇の神殿跡を離れて立ち去っていく。


『安部さんっ』

雪原に倒れ伏すアベル、九重は慌てて駆け寄ると脈を取り、命に別状がないことを確かめた。

瞬間、七大英雄たちも神仙覚醒を解除し、九重から分離したが、かなり消耗が激しく、動けないようだ。


「これで、終わり・・・」

「ええ、ついになしとげたわね、九重」

リエンの声に、振り向こうとして九重は絶句した。


「そん、な、そんなことって」







リエンの身体は、ゆっくりと透け始めていた。

「わかっていたことだもの、あなたがアベルを助けると決めたとき、こうなるのは・・・」

なんのことだ?、アベルを助けることとリエンが消えそうになっているのは、なんの関係があるのだ?

「九重、本来の歴史ではクイーンアントは過去へ飛び、メルコールになった、けれどメルコールは英雄たちに二度敗れ、表舞台から姿を消したわ、けどね・・・」

すっとリエンはアベルを眺めた。

「その話しには続きがあるの、メルコールの肉体は残ったけど、魂は禁じられた呪法、『伝承霊法』を扱い、未来に転生したわ、ただし不完全なために、遥かな未来に、だったけど」

「まさか、それが・・・」


「そう、この私、だから私はリエンであり、メルコールであり、アントクイーンであり、そして安部瑠璃でもあるの、未来が変わった以上私は消えるわ」

リエン、否未来のアベルは涙を流す九重に対して微笑みかけた。

「気にすることはないわ、それに約束したでしょう?、私を犠牲にするって、ね?」

もはやリエンの輪郭を掴むことすら難しい。

「あなたに会えて良かったわ、九重」

膝を折り、リエンは軽く九重に触れるようなキスをすると、大気に消えていった。

「さよなら九重、愛しい人・・・」

「り、リエンおねえちゃああああんっ」

慟哭は、微かに雪に反射して消えていった。








「ああ、なんと悲劇的でしょうね」

パチパチと芝居がかった拍手とともに、空中から見知った人物が降りてきた。


「貴様はっ・・・」

「理想を成し遂げても、その代償で愛しき者を失う、実に悲劇的な結末、そうは思いませんか?、みなさん・・・」

現れた人物に、九重は驚くとともに激昂した。

「カオスっ、お前は確かに・・・」

「ええ、大英雄九重くんに私は倒されました、が、私は実は不死身でしてね、あの程度では死ねないのですよ」

ニヤニヤ笑いながらカオスは闇の神殿跡に腰掛ける。

「さて、九重くん?、実に悲しいですね、理想を信じ戦っても、未来を変えて散るべき命を救っても、散らなくてもいい命が消えましたね」

「っ!」

「どうです?、わたくしならば再びリエンさんを復活させられますが・・・おや?」

ニヤリとカオスは笑った。

「怖い顔、わたくしとことを構えるおつもりですか?」

「貴様は一体何者だっ、何が目的なんだっ」

九重の詰問にカオスは舌舐めずりしてみせた。

「くくく、目的、ですか?、世の中をもっと混沌として面白くさせる、なんて如何ですか?」

混沌とさせて面白くさせる、だと?

「そのためならば国すら崩壊させますよ?、例えば、エディノニア・・・」

「まさか、貴様・・・」

呆然とするキバにカオスは楽しげに笑う。

「ええ、反魔物派に混沌の力を渡してエディノニアを滅ぼしやすくさせて差し上げました、実にいい見せ物でしたよ?」

「貴様は、貴様は・・・」

悔しそうに歯噛みするキバ、だが相変わらずカオスは微笑んでいる。


「お前ほどの邪悪見たことがないっ、一体何者だ?」

九重の問いに、カオスはその相貌が崩れ落ち、漆黒の闇が姿を現した。

「『無貌の神』にして『神々の強壮なる使者』、『這い寄る混沌』わたくしの真の名前は、









外なる神、ニャルラトホテプ」


一瞬にしてカオスの姿は闇をまとった怪人の姿に変わった。

「ニャルラトホテプ・・・」

クインシーは軽く頷いた。

「外なる神、アザトースに、仕える、使者であり、『副王』ヨグ=ソトース、と肩を並べる、混沌の神」

『そういうことです、あなた方人間や魔物を遥かに上回るのがわたくし、どうですか?、降参すれば命だけは保証しますが?』


「降参?、何を馬鹿な」

九重は龍光とバルザイブレードを引き抜くと、身構えた。

「貴様だけは、貴様だけは許して置けないっ」

『おやおや、ですがわたくしは不死身、いかなる手段でも滅することはできませんよ?』


左手から混沌の雷を放つニャルラトホテプ、なんとか九重は龍光で受け止めるが、両手が痺れるようだ。

「ニャルラトホテプっ」


『くくっ、大英雄とやらの力はその程度ですか?』


ニャルラトホテプの一撃が、九重のバルザイブレードを弾き飛ばした。

「くっ」

『さあさあ、どうしました?、わたくしを倒すのでしょう?、それともあれはただの大口ですか?』

ゆらりとニャルラトホテプは闇から剣を引き出し、九重に向けた。


どうすればいい、不死身な敵と、どうやって渡り合えばいい。

「はあっ」

いきなりニャルラトホテプにバルザイブレードを持った少女が斬り込んできた。

「安部さんっ」

さっき弾かれたバルザイブレードを回収したのか、その動きは素早い。

『気がつきましたか、そのまま眠っていればいいものを』

ニャルラトホテプの一撃、それがバルザイブレードに直撃した。

「くっ・・・」

「安部さんっ」

倒れそうになる瑠璃をささえ、九重は龍光を構える。

「ニャルラトホテプっ」

『くくっ、人間にはわたくしは倒せませんよ?、あなた方がしていることは混沌を相手にする行為、勝ち負けは見えています』


勝たなければならない、そうでなければ自分は、みんなは、なんのために戦ってきたのか。

なんのために、未来を願ったのか。


「・・・どうすれば、どうすればいい」

外なる神、すなわち時空の女神ヨグ=ソトースと肩を並べる相手、そんなのを相手どりどうやって戦えば。





否、一度だけ、外なる神の力を内包する存在に対処したことがあった。


『私とそなたの力を合わせれば、この骸を消滅させることが出来る』

日々晴紫苑、つまり未来の自分が過去の自分と仙気を一つにしてヨグ=ソトースの力が宿る骸を消滅させた。

九重と紫苑、二つの異界の力が、時空の女神の力を凌駕したのではないか?

自分たちにしか出来ないこと、ヨグ=ソトースの言葉通りならば、九重と同じように、瑠璃にもリエンの使った異界の力が宿っているのでは?



『勝とうとする心が、人間の無限のブラックボックスが、仙気となって力を与える』

旧支配者ハスターの言葉、これが正しければ相手がニャルラトホテプであっても、勝ち目はある。


「一か八か・・・」

正直どうやって紫苑がメルコールの骸を消滅させたのかも正確にはわからない、おまけに本当に瑠璃に異界の力が宿っているのかも。


だが、それしか手はない、九重は龍光をおさめると、祈るように両手を交差した。

「・・・安部さん、仙気を、僕たちの仙気を束ねるんだ」


「えっ?」

瑠璃はかすかに躊躇ったが、すぐさま頷いた。

「九重くん・・・」

「僕を、人間の心を信じるんだっ」

バルザイブレードを地面に刺し、瑠璃も同様に祈るような動作をする。

『何をしようが、わたくしを倒すことは不可能です』

ニャルラトホテプが巨大な剣を振り上げる。

「仙気解放っ」

九重、瑠璃、二人の仙気が一つとなり、ニャルラトホテプを包み込む。

『ふっ、二人だけの仙気に・・・っ!』

ニャルラトホテプの様子がおかしい、それもそのはず、九重も見覚えがある陽炎のような空間の揺らぎが、ニャルラトホテプを覆っているのだ。


『どうなっている、こんな馬鹿なことが、何故貴様らが、外なる神の力を・・・』


「人間を侮りすぎだね神様、仙気は人間の心を高めて放つ力」


そうだ、自然の原理を再現することが仙術ならば、異界から来た二人ならばその境界を認識すればそれもまた自然、再現出来るはずだ。

「異界から来た僕たちなら、これも出来るはずだっ」


揺らぎが強くなり、ニャルラトホテプを別の世界に弾こうとする。

『そんなっ、このわたくしが、人間に、人間ごときに、敗れるなどっ』


「この世界から消えろっ、外なる神ニャルラトホテプっ、蕃神閉門(アストラルゲート)っ」

すさまじい光とガラスをひっかくかのような音。

一瞬光が強くなり、ニャルラトホテプは完全に消え失せた。






「・・・(リエンお姉ちゃん、カイン、ヨグ=ソトース、なんとかなった、かな?)」






























「良くやってくれた、幼き英雄よ」

気がつくと九重はヨグ=ソトースの空間にいた。

目の前にはヨグ=ソトースだけでなく、黄金の鎧のハスター、さらには和装に青い髪の幼女、燃えるような赤い狼の毛皮を身につけた美少女がいた。


「汝のおかげで、すべての時空は元に戻った」

すべての時空が、どういうことだ?


「『這い寄る混沌』ニャルラトホテプは人間と魔物の世界を混迷させるために、キバをそそのかし、過去へ送り、そこで最初のメルコールを産み出した」

すべての事象には始まりがある、たしかに堂々めぐりの歴史に違和感があったが、すべてはニャルラトホテプがおこしたことだったのか。

「あとは汝の知る通り、アベルは時空の力を奪う恐るべき魔王メルコールとなり、本来なら消えなくてもいいいくつもの可能性が消えた」

九重はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「アメイジア大陸は、これからどうなるんですか?」

「メルコールが存在しなくなった以上時空の歪みから解放され、元の場所に戻るはずだ」

そうか、リエンが消えたのと同じように、メルコール自体がいなかったことになり、時空の歪みもなくなるのだ。

「そしてリエンが消え、ニャルラトホテプの干渉もなくなったため、汝もアベルも、もとの世界に帰れるだろう」

「そう、ですか」

七大英雄や様々な人々との出会い、それがなかったことになるのは、少し残念だった。




「だが、おそらく汝はもう一度こちらの世界に来ることになる」

「・・・え?」

ヨグ=ソトースの言葉に、九重は耳を疑った。

「そう遠くはない未来、屍龍を従えた騎士や、精霊を操るナイト、獣皇の魔拳の継承者らと並んで戦う姿が余には見えている」


そこまで語り、ヨグ=ソトースはにこりと笑った。

「だが今は元の世界でしばしの休息を過ごすがいい、再び世界を越える時まで」


もう一度光が走り、九重は懐かしい、元の世界へと帰っていった。


「それとな、一つ汝に褒美を授けることにした、正確には汝ら、だがな?」









「行ってきまーす」

西暦2000年代の日本のとある街、一人の少年が家を飛び出した。

彼の名前は雨月九重(あめつきくのえ)、この街でごく普通に暮らす小学生だ。


その日も通学路を通っていつも通り小学校に行く、ハズだった。



「あれ?」

通学路の途中にある公園、そこに少女がいた。

綺麗な髪に成熟した美貌、そんな美少女がベンチに腰掛けていたが、その周りを何やらガラの悪そうな連中が囲んでいた。


ふと九重は、その少女を見た瞬間、なぜだか涙があふれた、離別した知り合い、はたまた離縁した恋人と再び会えたような感覚か。


ともかく、その美少女を助けようと九重が一歩公園に踏み出すと。


いきなり九重を中心にすさまじい圧力が走った。


「う、うわっ」

なんだかよくわからないまま連中は逃げ去り、後には九重と美少女だけが残った。

「あの・・・」

「君は、雨月九重、ね?」

美少女の言葉に、自然に九重も一つの名前が浮かんだ。

「リエン、お姉ちゃん?」

だが直後に二人ははっとしたように口を開いた。


「「どうして、自分の名前を?」」

だが九重は今はそれどころではなかった。

学校に遅れそうだったからだ。


美少女に一礼だけすると、九重はすぐさま学校に向かった。




「はあ、やっとついた」

机に突っ伏していると、隣の席の美少女が声をかけてきた。

「おはよ九重くん、なんだかお疲れね?」

同じクラスの安部瑠璃だ、クラスのアイドルとも呼ばれるほどに人気の少女だが、実は九重とは幼稚園が同じ、幼馴染だった。

「ああ、瑠璃さん、公園にすっごく綺麗な人が・・・」

ぴきりと瑠璃の頭の中で、切れてはいけないものが切れた。

「ふうん、九重くんはその綺麗な人と話してたせいで遅刻したんだ?」

「え?、いや、あの、瑠璃さん、なんか怒ってる?」

「怒ってるわよっ、なんでそんな訳のわからないことに・・・」

何やら怒り心頭の瑠璃だが、教室に担任が入ってきたことで黙らざるを得なかった。

「はいはい静かに、今日から、大学の教育実習生が来る、しばらく一緒だが、あまり世話をかけないように」

担任に促されて入ってきた教育実習生を見て、九重は目を開いた。


「今日からしばらくお世話になる教育実習生のリエンです、みんなよろしくね、って・・・」


「「えええええええええええええええええええええええ・・・!!」」


平和な世界でも、しばらくヨグ=ソトースの褒美のために、騒がしい毎日になりそうだ。


15/09/17 14:26更新 / 水無月花鏡
戻る 次へ

■作者メッセージ
みなさまこんにちは、水無月花鏡です。

なんだかんだで時間はかかってしまいましたが、長編小説『ロストアメイジア』はこれにて完結の運びとなりました。

アメイジア大陸の結界じたいがなかったことになったため、現代にてタイムパラドックスが起こり、元に戻りました、と、代わりに九重きゅんは英雄になりそこないましたが。

さて、長編小説を完結させることが出来ましたが、ここまで来れたのはひとえにみなさまの応援や感想に助けていただいたことも大きくあります。

この場を借りて、みなさまに厚く御礼申し上げます。

次の長編はまだどちらから先にあげようか迷っていますが、今度は魔物率増し増しでいこうかと思っています。

それではみなさま、次も出来ましたらssのあとがきにて。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33