読切小説
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鉄と血の騎士
 腐った果実は、捨てるしか無いのか?だが俺は、捨てる事は出来ない。だったら、腐った部分を切り捨てるしかない。
 教団は腐敗してしまった。かつての理想は、「現実」を振りかざす輩によって潰されていった。既得権益を握った連中は、神の威光を利用しながら自分の利益を追求している。教皇だの枢機卿だの騎士団長だのと言った肩書で、豚の様に肥え太っている。奴らは老醜をさらす豚だ。
 教団がこの有様では、諸国が腐る事も道理だ。王とその犬どもは、露骨に自己の権益を追及している。聖俗共に糞まみれの豚に成り果てている。弱者は、救いを断念してすすり泣くばかりだ。
 教団と主神を崇める国が、魔物どもと異教徒という魔物同然の者に押される事は当たり前だ。汚物まみれの豚や媚びへつらう駄犬どもに、力のあふれた魔物や異教徒を倒せるわけがない。我ら主神教徒は、奴らに踏みにじられるだろう。
 俺は、坐して踏みにじられる事を待つつもりは無い。腐敗した豚どもを粛清し、教団を建て直すつもりだ。幸い、俺には同志達がいる。力と清新さに満ちた青年騎士達だ。彼らと共に、教団を、そして世界を浄化するのだ。
 この世界には、血の粛清が必要なのだ!

 俺一人が教団の現状を憎んでいるのならば、全く話にはならない。だが、憎んでいるのは俺だけではない。不満は蓄積され、力となりつつある。
 俺がその事に気が付いたのは、ある檄文を見た事からだ。ある集会場に寄った時、部屋の隅に檄文が置かれていた。俺は興味を持ち、それを読んでみた。
 内容は、教団の腐敗を弾劾する物だ。名指しを避けてはいるものの、教皇を初めとする教団上層部を批判し、教団の刷新を訴える物だ。俺が以前に関わった事が書いて有るから関心を持ったが、所詮は軽くあしらわれる檄文と思いそのまま捨て置いた。
 だが、その檄文は思った以上に影響を持っていたらしい。教団兵の行きつけの酒場で、その檄文の事が話題になっていた。しかも、好意的な態度で話していた。
 俺は、少なからず驚いた。俺の居る場所は、教団の総本部のある都市だ。教皇のおひざ元で、教皇批判の檄文が力を持っているのだ。
 その場にいた者達は、酒の勢いで話していたかもしれない。だが、その後複数の場所で、その檄文の事や教団批判の話を聞いた。別の教団批判の檄文も目にした。俺の思っている以上に、教団の現状への不満は高まっているらしい。
 教団の現状に不満をぶつける集団もいくつかあるようだ。兵舎や役所、食堂、酒場で集団の話が持ち上がった。俺は彼らに興味を持ったが、参加する事はためらった。この調子では、いずれ集団は摘発されるだろう。その挙句、彼らは異端審問に掛けられるだろう。俺は自滅するつもりは無かった。
 それでも俺は、教団の現状に我慢が出来なかった。教団の浄化を行いたいのだ。俺は、それら不満分子の集会について調べ始めた。俺は、以前に諜報関係の仕事に携わった事があるから、調べ方は少しわかっている。俺は、その中で一番慎重な集団に接触する事に成功した。

 その集団は、教団の青年騎士達の集まりだ。教団本部を守る騎士団に所属する者達だ。その様な所属先である事から、彼らの行動は慎重だったのだ。
 彼らは、初めは俺を警戒した。俺は、別の騎士団所属である上に一応は幹部だ。しかも青年という訳ではない。ただ、青年騎士の中に以前に俺が世話をした者がおり、彼の紹介のおかげで集会に参加する事が出来た。俺は教団による不平分子摘発の動きをいくらか掴んでおり、その事を彼らに知らせて摘発を逃れさせた。これでいくらか彼らの信用を得たのだ。
 俺は、初めの内は彼らの話を聞いている事に専念した。俺は新参者であり、控えめな態度を取る必要があると考えたからだ。だが俺は、次第に我慢出来なくなってきた。彼らは、方向性を持っていない。ただ、積もった不満を紛らわすために文句を言っているだけだ。行動に移ろうとはしない。
 ある時、俺は我慢の限界に達して彼らを責め立てた。
「君達は、愚痴を言うために集まっているのか?偉い人達は、俺達の事を分かってくれないと泣き言を言いたいだけなのか?教団を改善するつもりは無いのか?君達は何をしたいのだ?」
 この批判に青年達は激昂し、自分達は教団を変えるために集まっているのだ、新参者が偉そうな事を言うなと叫んだ。
「だったら、目的を具体的に示せ!行動に移るための話をしろ!」
 彼らは俺に反論しようとしたが、上手く話せなかった。彼らは力にあふれていたが、その力をどういう方向に向ければいいのかよく分かっていないようだ。教団を改善したいという意思はあるが、どう行動すればいいのか分からないようだ。
「君らの腰に付いている剣は、なまくらなのか?兵士が、騎士が行動を起こすとはどういう事なのか分からないのか?」
 俺は、そこで話を止めて席を立った。言うべき事は言った、後は彼ら次第だと考えたからだ。

 その後直ぐに、青年騎士達から接触があった。「剣を用いて」行動するための話がしたいと言ってきたのだ。
 俺は彼らと会うと、何をするつもりなのか問いただした。彼らは、腐敗分子の粛清と言い切った。その為に剣を用いると言い放つ。
 俺達は、粛清計画を話し合った。教皇、枢機卿、騎士団長、将軍達を抹殺すると決める。教皇暗殺は、初めは誰も触れようとしなかった。他の者の殺害と教皇殺害は、話が違うのだ。
 だが俺が誘導すると、一人の青年騎士が教皇を殺すと言い切った。そこからは、その青年を中心に話が進んだ。指導者格の青年騎士は別にいるが、彼は反乱の指導者には向かない。慎重なのは良いが、温和すぎるのだ。教皇を殺すと言い放つような矯激さが無くては、反乱の指導者たりえない。教皇を殺すと言った騎士の名はヴォルフと言う。
 俺は、ヴォルフの補佐役となった。騎士としての位は俺の方が上だが、反乱を決行するためにはそのような事は気にかけてはいられない。この反乱は、青年達が主人公であるべきなのだ。矯激な観念に基づいて行動するのは、青年であるべきなのだ。俺の様な若さを失った者は、青年の補佐をした方が良い。
 反乱は、この聖都で行う事にした。教皇と枢機卿達は、聖都を動く事は無いだろう。騎士団長達や将軍達は、全部が聖都に集まる事は無いだろう。ただ、主だった者が集まる機会はいくつかある。その機会に、彼らを殲滅するのだ。この聖都を守る騎士達の手で奴らを粛清するのだ。
 反乱に必要なのは、人員と金だ。この二つ、特に金が無くては話にならない。人員は、青年騎士達が見込みのありそうな者を一本釣りしていった。青年騎士には、彼ら独特の人脈がある。人集めは、彼らに任せた方が良い。彼らの話を聞き、やめた方がいいと思える人物についてだけ口を挟めば良いのだ。
 金については、俺の方で援助者を見つける事が出来た。彼は教団領内に勢力を持つ大貴族であり、彼の資金援助を得る事に俺は成功したのだ。彼はかつて教団の改革を志していたが、挫折して老いさらばえた。行動する事の出来なくなった彼は、せめて反乱を金で起こそうとしたのだ。俺は、ある伝手から彼と関係があったのだ。
 こうして人員と金は集まりつつあり、計画を実行に移す事が出来るようになってきた。ただ、このようにうまく行きつつある時にこそ落とし穴がある。少しの油断により計画は露見し、我々は一網打尽にされるのだ。
 俺は、思わぬ者に計画を感づかれた。俺には、身の回りの世話をする少年騎士がいる。彼は、つい先立てまで騎士見習いだった成り立ての騎士だ。俺は、そのエーミルと言う名の騎士に計画を嗅ぎつけられてしまったのだ。
 俺は、彼を始末する事を考えた。純朴な少年であり可哀想だが、計画を露見させるわけにはいかない。だがエーミルは、俺に計画の協力を申し出た。共に行動したいと言ってきたのだ。俺は迷ったが、殺すには忍びないと思い計画に引き入れた。この件では青年騎士達に責め立てられたが、俺の失態であり反論できない。
 人員と金が集まるにつれて、俺達は決行を急ぐことにした。機会を逃せば、いつ決行できるか分からなくなる。力はある程度集まれば、あとは噴出する出口を求める。グズグズしていたらおかしな所で吹き出してしまい、あとは摘発されるか萎むだけだ。金は集まったものの人員が少ない事が気がかりだが、俺達は決行に向けて動き出した。

 部屋の中は、人で埋まっている。いずれも組織の一員だ。暗い室内に灯りがともり、人々の影が壁や天井に映りだす。
 部屋の中には、組織の主だった者達が集まっている。今日の集会で、彼らに反乱を起こす事を告げるのだ。組織の大半の者は、組織の目的が反乱である事を知らない。彼らは、教団に不満を持っている者の集まりだとしか認識していないのだ。この集会で反乱を起こす事を告げ、決行へ向けて動くのだ。
 ヴォルフが演台に立ち、ヴォルフの影が演台の背後の壁と天井に映りだす。薄暗い室内に、ヴォルフの影が巨人の様にそびえ立つ。
「諸君達に聞きたい!君達は何のために組織に参加したのだ?諸君らの目的は何だ?」
 ヴォルフの声が、室内に響き渡る。彼の声は、狼のような独特の響きが有る。
「教団の改革のためです!我々が力を持ち、教団を改革するのです!」
 一人の青年騎士がヴォルフに応える。
「では、その力はいつ解き放たれるのだ?君が出世してからか?君達は出世する事が目的なのか?」
 ヴォルフの言葉に、室内がざわめき始める。
「君達は、自分が出世するための助けになると思って組織に参加したのか?君達の言う力は、出世のための道具なのか?」
「なぜ、そのような事を言うのです?侮辱される筋合いはありませんよ!」
「なぜならば、君達が今すぐ行動しようとしないからだ!危険を恐れて引きこもっているからだ!我々が、今、行動しなくてはいけない事を分かっていないからだ!」
 集まった青年達は、顔を見合わせる。ヴォルフが何を言いたいのかは分からずとも、彼が決定的な事を言おうとしている事が分かりかけて来たのだ。
「我々の持つ力とは暴力だ!暴力を解き放とうと言うのだ!」
 ヴォルフは一拍を置く。
「教団は腐っている、手術が必要だ!血みどろの手術が必要なのだ!我々は反乱を起こすのだ!」
 息を飲む青年達に、ヴォルフが言葉を叩き付ける。
「腐敗した教団支配者どもを粛清するのだ!」
 室内は沈黙が支配した。その中でヴォルフの怒号が響き渡る。次第にヴォルフが室内を掌握し、支配していく事が分かる。
 ヴォルフの言う事は、論理的という訳ではない。だが、声と態度に力がある。彼の声には独特の響きがあり、彼の演説は歌を歌うように節をつけた物だ。彼の歌に聴衆は酔い、踊らせられる。ヴォルフの態度は、劇の一場面の様に状況を変える。彼の歌と芝居は、聴衆を扇動する力があるのだ。
 俺は、声が響きやすい造りとなっているこの部屋でヴォルフに演説をさせた。壁や天井に映る影が効果を表す様に、照明を配置した。ヴォルフは、最大限にそれらを活用している。
「君達はどちらを選ぶのだ?浄化のための力か!それとも出世のための力か!」
「浄化のための力です!」
 一人の青年が叫ぶ。その叫びに続いて、浄化を叫ぶ言葉が青年達の口からほとばしる。
 最初に叫んだ青年は、あらかじめ俺が配置したのだ。ヴォルフが浄化を叫んだあと、その青年も浄化を叫ぶように手を打っておいたのだ。狙い通り、室内は浄化を叫ぶ青年達の声が響き渡る。
 俺は、計画通りに進んでいる事を内心でほくそ笑んでいた。

 反乱の決行日時が決まり、騎士と兵の配置も決まった。必要な物資は揃えられ、反乱の段取りも決まった。後は、決行日時までぬかりなく備えればよいのだ。
 俺達の組織の名が決まった。鉄血騎士団と言う名だ。腐敗を粛清する鉄の意志と力、そして粛清の為に腐敗分子と自分の血を流す事を表しているのだ。
 騎士団の旗も決まった。深紅の地に銀の剣が交差する旗だ。反乱決行の時は、この旗を掲げるのだ。
 世界の浄化は、今、始まろうとしているのだ。

 反乱と言う目的が決まった後は、青年達は目覚ましい活動を始めた。無駄話は消え、黙々と行動を続けている。大言壮語では無く、具体的な行動が彼らの意思を示していた。
 彼らは力にあふれている。その力は噴出する機会を求めており、方向さえ決まれば激流となってほとばしる。
 彼らを見ていると、俺は若くは無いと思い知らされる。俺が少しの行動で疲労を覚えるのに、彼らは疲れを知らぬかのように行動を続ける。俺は、かつては彼らのような力があった。ほとばしろうとする力の動きを持て余していた。だが、今の俺からはその力が失われつつある。行動すべき時に行動しなかったため、俺の力はしぼみつつある。
 俺が行動を起こす事が出来るのは、今が最後なのだ。今行動を起こさなければ、俺はあの醜い老人や中年どもと同じになる。
 既得権益を握り、安楽な立場を維持する老人ども。自分の運の良さや他者の犠牲の上によって得られた安楽な立場を、自分の努力の結果だと信じる愚劣な老害ども。苦しむ人々に対して努力が足りないからだと加虐心を露わにしてほざく、老醜をさらす豚ども。食い散らかすだけ食い散らかして、この世から逃げ出そうとする無責任な老いぼれ豚ども。
 確かに奴らは地位がある。教皇、枢機卿、騎士団長、将軍、その他諸々だ。だが、奴らがその地位にふさわしい行動を取ったのか?富と権力を求めて、大貴族や大商人と結びつき連中の便宜を図る。その結果、弱者は搾り取られて野垂れ死にをする。奴らが口実を設けて取り立てる税を初めとする収奪によって、教団領で、教団の影響がある国々で多くの人々が塗炭の苦しみを味わっているのだ。
 収奪した後は、奴らは富の再分配を拒否する。自己責任、自助努力をわざとらしく振りかざす。「神は自ら助ける者を助ける」と、安全圏でふんぞり返りながら弱者に言い放つ。自分はたっぷりとため込んでおいて、「お前以上に苦しんでいる者がいるのだから我慢しろ」と苦しんでいる者に得意げに言い放つのだ。
 奴らに生きる価値はあるのか?生きるだけで罪悪なのではないのか?奴らに死ぬ気が無ければ、俺達の手で地獄へ叩き落とすべきではないのか?
 全ての老人が、醜悪な豚だと言うつもりは無い。だが、富と権力を握っている老人とその犬である中年どもは、糞まみれの豚以下である事は確かだ。そしてその糞豚どもの中には、かつては輝ける者がいたのだ。俺を導いてくれた聖職者の様に。

 俺は、一人の聖職者の教えを受けていた。彼はその当時司教であり、若いながらも立派な聖職者として評価されていた。俺の一族は聖騎士や聖職者を出す貴族であり、その為に彼と俺の家は繋がりがあったのだ。彼は教師をしており、俺は少年であった頃に彼の生徒だったのだ。
 俺は少年時代に彼に教育を受け、青年時代に彼に道を示してもらった。つまらない教師が多い中、彼は有能かつ誠実な教師であった。生徒は分からない事が当たり前だと言う事を前提に、噛んで含める様に教えてくれた。物覚えの悪い俺が知識を得られた理由は、彼が有能であるからだ。
 彼は教育の合間に、言葉と行為の一致の重要性を教え込んだ。どんなに立派な事を言おうと、行為が伴わなければ雑音に過ぎないという事だ。彼は、行動でそれを示した。その当時から腐敗した聖職者は大勢いた。彼は腐敗者とは距離を取り、清貧を体現した生活を行っていた。弱者を虐げる聖職者を非難し、弱者救済に力を注いだ。
 彼は、俺にとって唯一師と言える存在だった。俺は騎士であり、武術を教える者を師とすべきだろう。だが彼らは、俺にとっては単なる教師に過ぎない。醜悪な現実の中で立場を作り、ふんぞり返っている豚騎士に過ぎない。聖者たる彼とは違う。俺は、彼に導かれて道を歩むことを信じていた。
 だが、彼は腐り果ててしまった。現実に揉まれて、堕落し、腐敗した。他人の行為を「非現実的」「理想に過ぎない」と否定し、自分の日和見と妥協を「現実的」と称した。彼は既得権益層に食い込み、富と権力を手にしていった。強者の利益の代弁者になり、弱者を虐げる側に回ったのだ。その結果、彼は枢機卿にまで登った。
 今の教皇は、彼の傀儡だと言われている。彼こそが、教団の最高権力者なのだ。転向と裏切りと堕落と腐敗の結果、彼は最高権力者となったのだ。
 俺は、彼を殺さなくてはならない。かつての彼が正しい事を証明するために、かつての彼の教えを受けた者が腐敗した彼を滅ぼさなければならないのだ。俺を裏切った報いを受けさせなければならないのだ。それが、かつての生徒としての俺の誠意だ。

 俺は、もっと早く行動を起こすべきだったのだ。こんな年になるまで口先ばかりで行動を起こさなかったのだ。若い内に行動を起こすべきだったのだ。
 俺と同じ年齢の者に、青年時代に行動を起こした者がいた。彼は、枢機卿の一人を暗殺したのだ。その枢機卿は、大商人と結びついて彼らに便宜を図っていた。あろうことか高利貸しを守護していたのだ。その枢機卿の後ろ盾によって高利貸しは暴利を貪り、多くの貧しい人々が債務地獄へと落ちて行った。その拝金聖職者を、青年騎士は暗殺したのだ。
 彼は教団本部を守る騎士の一人であり、枢機卿に接近する機会があった。彼は、その機会を生かして腐敗者を剣で抹殺したのだ。そして彼は、枢機卿を暗殺した場で警護の者に殺された。
 彼の死後、彼の決行直前に書いた檄文が出回った。それは次の様な物だ。

 まじめに働きながら、家族を養うどころか自分の食い扶持さえ手に入れる事の出来ない者がいる。まともに働く事さえ許されずに、身を売って暮らす者がいる。戦争の時はもてはやされながら、障害を負って働く事が出来なくなり物乞いに身を落とす者もいる。食えぬ辛さに微罪を犯し、獄中で呻吟する者がいる。孤独のまま世話をしてくれる者もおらず、一人死んでいく年老いた者もいる。
 一方で、働きもせずに美酒美食を楽しみ、美服を纏う者がいる。他人の労働の成果を収奪し、暴利を貪る者がいる。戦争を煽りながら、自分は安全圏で贅沢を楽しむ者がいる。大罪を犯しながら、法を左右して罪を逃れる権力ある者がいる。子供のころから人から守られ、何不自由のない老後を楽しみながら死んでいく者がいる。この者達は、高位高官として栄光に包まれている。
 今必要な事は、言葉では無くて行動だ!暴力による粛清が必要なのだ!

 俺は、初めはこの檄文を無視した。目を通した後ですぐに捨ててしまった。俺は行動を起こしたくなかったのだ。
 俺は、その後も行動を起こさなかった。力にあふれながら、行動を起こす気が無かった。次第に力が失われていくにつれて、俺は行動を起こす機会を失った事に気が付くようになった。
 彼は、俺の先駆けともいうべき存在だ。言葉でごまかさずに行動へと移った、俺と同じ年の先達なのだ。堕落しつつある俺を叱咤する存在なのだ。
 俺は、彼を手本として行動しなくてはならない。

 俺は、反乱の準備をしながら老成について考えていた。老成とは聞こえがいいが、単なる堕落にしか過ぎない事がほとんどだ。疲労による諦念を、老成などと言ってごまかしているだけだ。
 かつて俺の師であった枢機卿は、年を取るにつれて堕落して腐臭を放つようになった。彼を見ていれば、年を取るにつれて知恵が付いて成熟すると言う言葉が戯言だと分かる。成熟とは腐敗の同義語でしかないと言うのか?
 俺も腐敗しつつあるのかもしれない。俺の今の地位は悪くは無い。教団騎士の幹部であり、金もある。このままおとなしくしていれば、ある程度の敬意を払われた上で、不自由のない生活が出来るだろう。
 ある程度満たされ、安楽さを楽しみ、自分の幸運を努力と履き違え、他人の努力の成果を自分のものと思い込む、あの甘えた、怠惰な、おめでたい、利己的な、神にも唾棄される存在となるのだろう。
 行動する事無くこれ以上生き続ければ、俺は教団にはびこる糞豚の同類となり果てるだろう。俺は、糞豚になる前に行動をしなくてはならないのだ。
 俺は、青年騎士達についても恐れがある。あの青年達は美しく、力がある。自分達の力を一つの方向へと解き放ち、激流の様に突き進む。言葉よりも行動を、平和よりも闘争を選ぶ。その力の美を体現した青年達が、醜く老いていく事を恐れるのだ。
 彼らは鍛えられた頑健な体を持ち、精悍な整った顔をしている。神の戦士にふさわしい美丈夫達だ。だが、年を取るにつれて彼らの体には贅肉が付き始め、体付きは締りが無くなる。顔にも贅肉が付き、顔の造りだけではなく表情も締りが無くなる。皺と贅肉で醜くなった顔を、見苦しい髭が覆うようになるだろう。
 醜く変貌した彼らは、力も失い行動する事を嫌悪するようになるだろう。言葉ばかりが多くなり、詭弁でしかない自己弁護に励むようになる。そのくせ他人の責任追及に情熱を注ぎ、他者の瑕疵を見つける事が出来れば自分の方が優れていると勘違いする。怠惰なくせに、自分の持つ既得権益を守る事には異常なまでの力を発揮する。その様な醜悪な糞豚に彼らは堕落するのだろうか?
 俺は、ある騎士と少女の事を思い出す。その騎士は、かつては俺の憧れの騎士だった。聖騎士の一族に生まれ、自身も聖騎士として活躍していた人だ。神話の戦士を思わせる、強靭な巨躯を持った美丈夫だ。青年騎士であるその男は、騎士道物語の主人公にふさわしい者だった。少年であった俺は、彼にあこがれていた。
 彼には一人の恋人がいた。名家の出身で、華麗な美貌を持つ少女だ。金茶色の髪をたなびかせ、鋭さと繊細さが同居し、加えて生命力のある顔立ちをしていた。洗練された物腰と無邪気な態度が合わさった、神話上の美女を思わせる少女だ。
 彼らは恋人として付き合い、やがて結婚した。彼らの結婚は、人々から祝福された。美男美女であり、地位と名誉、将来のある者の結びつきとして祝福された。
 今の彼らに、当時の面影はない。騎士は不平屋の中年になり、尊大で雑な態度を取っている。頑健だった体には贅肉が付き、不恰好で締りが無くなっている。暴飲暴食と運動不足の結果、腹は異常なまで突き出ている。その醜い体の上に、醜い顔が付いていた。贅肉で膨張した顔は、酒のせいで変色している。その上汚い髭が覆っていた。彼は堂馬声で他人に命令し、濁った不明瞭な呟き声で他人を中傷しているのだ。
 彼の妻となった可憐な少女は、卑屈な中年女となった。夫を初めとする強者の顔色を窺い、媚びへつらっている。その反動で、弱者に対しては高圧的で残忍な態度を取る。顔にも体にも贅肉が付いて歪んでいる。特に顔は、かつての鋭さと繊細さの面影など無く、鈍重な顔から細い目がのぞいている。その目つき顔つきには、偏執狂的な猜疑心に満ち溢れていた。
 青年騎士達は、この豚以下に成り果てた中年騎士と同じくなるのだろうか?そんな事は俺には耐えられない。彼らは美しい、これからも美しくあるべきだ、永遠に美しくあるべきだ。堕落し、腐敗した彼らなど見たくはない。
 エーミルも堕落するのだろうか?俺は、自分の供をする少年騎士の事を考える。彼は北方の血が入っているらしく、金色の髪と紺色の眼をしている。鋭角的に整っていながら、あどけなさのある顔だ。体には引き締まった筋肉が付いていながら、しなやかそうな体付きをしている。古代神話に出て来る、神の祝宴で酌をする少年達を思わせる美少年だ。この輝ける少年も、醜く変貌するのだろうか?
 これは復讐なのだ。かつて輝ける存在であり俺に光を見せてくれながら、その後に腐敗堕落した老人と中年に対する復讐だ。美しい青年達を醜く変えるものに対しての復讐でもある。そして行動をせずに安穏としていた過去の自分に対する、醜く堕落する未来の自分に対する復讐なのだ。

 決行前日に、俺は一つの夢を見た。光りの世界を青年騎士達が行進していく夢だ。銀色の鎧を着て、真紅のマントを羽織り、白馬に乗って光の道を行進して行く。彼らの鎧は、敵と己の血で汚れている。その血を勲章であるかのように誇らしげに身にまとっている。血で汚れた顔は誇りで輝き、成すべき事を成した者の微笑みが浮かんでいる。
 俺は天上の夢を見たのだ。この反乱の行きつく所は、青年騎士達と俺の死だろう。それでいいのだ、俺は死を覚悟している。
 醜悪な生よりは、栄光ある死を選ぶ。かつて死によって輝いた者達が居た。巨大な帝国に対して奴隷を率いて戦った剣闘士奴隷、専制君主を目指す権力者を暗殺した議員、血に酔いしれる暴君を刺殺した親衛隊員。彼らは若く、力が有り、そして若くして死んだ。彼らは死によって栄光を得たのだ。枢機卿を暗殺した青年騎士も、死によって栄光を得たのだ。
 彼らは、暗い血の栄光で輝いている。力への意思を持ち、行動を起こした。光と闇を纏い、血で汚れた栄光で輝いている。それこそが俺の欲しいものだ。
 実際に栄光を得るのは、ヴォルフを初めとする青年騎士達だろう。俺は、単なる補佐役に過ぎない。だが、それでいい。栄光は青年達の物だ。青年達が輝く事によって、俺もまた輝くのだ。
 俺達は、約束された破滅へ向かって突き進んでいるのだ。光輝く破滅へ!

 決行の日の前日に、雪が降った。聖都のある地方は温暖であり、冬でも雪はあまり振らない。聖都は雪で白く覆われており、見た事のない景色となっている。
 俺達は未明に、三百人の騎士と千二百人の兵卒で出撃した。兵卒達は、これから俺達が何をやるのか分からない。薄々気が付いている者もいるようだが、黙々と騎士に従っている。千五百人の軍は、剣や鎧の鉄の音を響かせ、静まり返った雪の聖都を行軍する。
 前日の夜に、教皇の居る大聖堂で古代の聖人を称える祝賀会が行われた。祝賀会には、教皇、枢機卿、大司教、騎士団長、将軍、それに大貴族や大商人達が参加した。漏れ聞いた所によると、様々な趣向を凝らした贅沢なものだったらしい。清貧で知られた聖人を豪奢な祝賀会で称えたそうだ。
 彼らには、この寒さは関係ない。温かく、居心地のいい会場でさぞ楽しんだ事だろう。この雪の中で聖都の貧しい人々は、乏しい薪を使う事も出来ず粗末な服を着て震えているだろう。彼らはまだマシだ。聖都にふさわしくないと叩き出された浮浪者達は、聖都の外で身も心も凍えながら死んでいっただろう。
 俺達は、大聖堂を目指している。そこで暴飲暴食の後で眠りこけている糞豚どもを屠殺するのだ。
 巡回の兵と時々会うが、彼らは敬礼して通り過ぎる。我々は聖都を守備する軍である為、警戒しないのだろう。なぜ、この時間帯にこれほどまでの軍が行軍しているのか、警戒すべきなのだ。俺達にとっては幸いな事に、警戒する者はいなかったようだ。
 今、聖都には「勇者」もいない。皆、魔王軍との戦いに駆り出されている。所詮は勇者など、教団にとって魔物退治のための道具に過ぎないのだ。持てはやすだけ持てはやすと、死地へ送り込んで使い捨てにする。こうして俺達は、勇者の脅威に怯えずに行動できるのだ。
 夜明けが近くなり、東の空が紫へと変わってくる。薄明りの中に、白雪に覆われた道と建物が浮かんでくる。銀色の鎧を付け、真紅のマントを羽織った騎士と兵達が、無言のまま力強く行進している。
 美しい青年達だ。若く、力があり、言葉よりも行動で自分の意思を示す。日常を否定し栄光を求め、腐敗した生よりも清冽な死を選ぶ。彼らは、死によって輝くのだ。
 ふと俺は、自分と共に行軍するエーミルを見た。他の騎士同様に、鎧にマントの姿で白馬に乗っている。美しい金色の髪を兜で覆い、視線を前に突き立てている。少年から青年へと変わろうとする、不安定ながらも張りつめた美しさがある。
 俺は何故、エーミルを反乱に参加させた?エーミルを外す方法はあったはずだ。俺は、エーミルの死を望んでいるのか?エーミルを美しいまま死なせたいのか?
 俺は、これまでのエーミルの事を思い出す。懸命に俺に付き従ってきたエーミル、寄り添うように俺の側にいたエーミル、守護天使のように俺の側にいた美しいエーミル。俺はエーミルを……。
 いや、下らない事を考えても仕方がない。俺は、成すべき事が有る。このような事を考えてしまうのは、俺の心に迷いがあるからだ。俺の心の弱さゆえだ。俺は心を集中して、目的へ向って行動しなくてはならない。
 紫色の空の下に、白亜の大聖堂が見えて来た。深紅の地に銀の剣が交差する鉄血騎士団の旗を、俺達は掲げた。迷っている暇はない。賽は投げられたのだ。
 粛清の始まりだ。

 俺達は大聖堂になだれ込んだ。止めようとした警護の兵達を殺し、教団の権力者達の居る部屋へと向かった。俺達は聖都を守る軍である為に、大聖堂の図面は手に入れる事が出来る。かつ事前に大聖堂の中を調べている。権力者達が寝ている部屋も把握しているのだ。
 大聖堂には夜の務めを果たす神父やシスターがおり、彼らは驚きを露わにした目で俺達を見ている。俺達は、彼らを無視して権力者たちの所へと急ぐ。無言のまま駆ける俺達の鎧の音が大聖堂の中に響く。
 俺は、かつての師である枢機卿の部屋へと急いだ。彼は、粛清すべき者の筆頭である人物だ。彼を殺す事が、反乱の最大の目的だと言える。権力者達の部屋のある廊下は、大理石で造られ金で装飾されている。俗悪な王の宮殿と似たような物だ。俺の中に嫌悪と憎悪が湧きあがる。
 俺は、一つの部屋へ殴り込んだ。目的とする枢機卿の部屋だ。部屋の中にある豪奢な寝台は空だ。俺達は、部屋の中を探し回る。衣装用の棚から一人の男が引きずり出される。粛清すべき枢機卿だ。
 俺はその男をじっと見た。かつては痩せて引き締まっていた体は、一時は美酒美食で膨張していた。その後、健康のために運動し適度な食事により再び痩せる。男は、その痩せた体を自慢げにひけらかしていた。かつての彼なら、「健康のため」の運動などと言った優雅な事をする余裕はなかっただろう。食事制限などするまでもなかっただろう。
 俺は、剣を構えて彼に向かって進んだ。彼は口を開き始める。
「待て、話せば分かる!」
「黙れ、糞豚!」
 俺は彼の話を遮り、剣を振り下ろす。彼の左肩から胸、腹まで裂け血がほとばしる。俺は繰り返し剣を振るい、血と臓物を飛び散らせる。薄暗い大理石造りの部屋に、鮮血と赤黒い臓物が模様を作る。
 かつての彼ならば、言葉で誤魔化さずに行動で示しただろう。「待て」だの「話せば分かる」などとは言わなかったはずだ。俺は、堕落した口舌の徒を切り刻み、破壊していく。肉を弾けさせ、骨を砕き、臓物を切り裂く。
 俺は、地面に横たわっている物体を見た。もはや人間の原形を留めていない。俺は成すべき事をした。裏切り者、堕落者、糞豚に成り果てた者を殺した。俺の心には満足感がある。だが、どこか空虚な物を感じていた。
 俺は、かつての師だった物体を見下ろしていた。

 粛清は進んでいた。富と権力を持った腐敗者達は、次々と俺達の手にかかって地獄へと落ちて行く。聖者気取りの枢機卿や大司教は、神の名を唱える事も出来ずに血と肉の塊となった。傲然とした騎士団長や将軍達は、剣を振り回したり物を投げつけて抵抗したが、全身に剣と槍を食らう事となった。大貴族や大商人は、地を這いながら逃げ回ったが、富をこの世に残したまま死神に連行された。
 この粛清の最中に、俺達は教団の腐敗を見せ付けられた。大聖堂内の様々な豪奢な設備、権力者達のいる金にものを言わせた部屋、宴に使われた金銀宝玉の数々、彼らの食い残した山海の珍味。彼らの部屋を襲撃した時、彼らの中には性の欲望を満たしていた者もいた。女を相手にするだけではなく、男を相手にする者もいた。呆れた事に、連中は聖職者だった。連中は、聖都の大聖堂で退廃の宴を繰り広げたのだ。
 俺達の粛清に立ち向かうものもいた。教団本部である大聖堂には、精強な兵達が居る。聖なる力を持つ神父やシスター、それに魔術師達もいる。彼らによって俺達は死傷者を出した。だが、所詮は無駄な抵抗だ。彼らは、聖都を守る軍に大聖堂を襲撃される事は予測していない。不意を突かれた彼らは、俺達の剣と槍の前に物言わぬ屍と変わった。
 俺達は、粛清の合間に小休止して夢を語り合った。粛清の後、枢機卿会議の人員を一新する。彼らに命じて、新教皇を選出させる。その教皇の名のもとに、教団全体に及ぶ大粛清を行う。この粛清により教団の腐敗分子は一掃され、新たな人材の下で教団は建て直される。教団を、弱者を救済する組織に戻すのだ。そして新教団の力で、各国の反魔物国にもはびこる腐敗者どもを粛清する。その後、教団の指導の下に反魔物国は、魔王軍と異教徒を倒す軍を編成して聖戦を行う。この世界に神の国を築き上げるのだ。
 すべては夢だ。俺達の未来は決まっている。俺達に出来る事は、大聖堂にいる権力者達を抹殺するだけだ。後は、せいぜい聖都を逃げ回っている権力者達を始末出来る程度だろう。教団は巨大組織だ。たかが千五百人程度の反乱など、容易く鎮圧するだろう。俺達を待ち受けるものは死だけだ。
 だが、それは初めから覚悟の上だ。俺達は、腐敗した生よりは栄光ある死を選んだのだ。青年騎士達は死の影に覆われている。だが、彼らはその死の影ゆえに輝いている。敵と己の血を勲章として、彼らは屹立している。鮮血に彩られた暗い栄光を、彼らは手にしたのだ。

 俺は、ヴォルフとエーミルと共に教皇を探していた。教団の主だった者達を粛清したが、教皇はまだなのだ。教皇の部屋には誰もおらず、現在大聖堂中を探し回っているのだ。大聖堂の出入り口はすべて封鎖しており、教皇はまだ大聖堂の中にいる可能性が高い。
 教皇は、俺が殺した枢機卿の傀儡でしかない。だが、形だけとは言え教団の指導者なのだ。奴を始末しないと、粛清は片手落ちとなる。俺達は、奴の隠れ潜んでいそうなところを探し求めた。
 ヴォルフもエーミルも、銀色の鎧を深紅の血で彩っている。ほとんどは敵の血であり、彼らの血は少しのようだ。既に止血は終わり、行動するのに支障はないようだ。俺は、血に彩られた彼らの姿に陶然としそうになる。血の美学を彼らは体現しているのだ。
 俺達の下へ、一人の騎士が報告に来る。教皇が見つかったそうだ。下働きの使用人の部屋で、使用人に変装して隠れていたそうだ。俺達は、すぐに教皇の居る部屋へと向かう。
 その部屋は、みすぼらしく見苦しかった。同じ大聖堂の中とは思えぬほど、粗末で薄汚れた所だ。カビや腐った食物の臭いが漂っている。その部屋の中から、一人の男が引き出されていた。その男は、所々に継ぎはぎのある、いかにも使用人が着そうな服を身に着けていた。だが男は肥満しており、体が服を押し上げている。使用人がそれほど太る事が出来るはずが無く、それで教皇だとばれたのだ。
 教皇は震えており、辺りをオドオドと見回している。引きつった表情をしており、時折泣き笑いのような顔をする。指導者としての矜持は、どこにも見当たらない。
 俺は教皇を眺めた。この程度の男が教皇なのか?傀儡とはいえ、一応は教団の指導者である男がこの程度なのか?
 俺はヴォルフを見ると、ヴォルフは頷きながら言った。
「始末しろ」
 その言葉と共に、俺と騎士達は前に出る。教皇は、意味の取れない事を喚き始める。俺は、剣を振りかざす。
 その時、俺達を闇が取り囲んだ。俺達は、激しい身振りと共に辺りを見渡す。闇の中に女の白い顔が浮き出た。白銀の髪を広げ、麗貌から深紅の瞳が俺達を突き刺している。俺は、その紅玉の瞳に動きを封じられそうになる。
「あなた方に言葉を尽くしたい。けれど、あなた方は拒否するでしょうね。不本意だけれど力であなた方を手に入れる事にするわ」
 涼やかな声と共に、闇が俺達に襲い掛かった。避ける事が出来ないと判断し、俺は闇の中に突き進む。魔性の女を殺そうとし、女の居る辺りに剣を突き出す。その瞬間に俺は意識を失った。

 俺達は魔物に囚われた。千五百人に及ぶ反乱軍の者が、教団の総本部である大聖堂から親魔物国に転送されたのだ。その力の凄まじさに、俺達は茫然とした。すでに教団の敗北は決まっているのではないか?
 ただ、彼女達の力は万能という訳ではない。俺達の反乱を阻止できなかったのだ。俺達が不穏な動きをしている事は掴んでいたが、何をするか迄は分からなかったらしい。その為に後手に回った。
 俺達は、親魔物国から魔界へと連行された。魔界において、俺達は裁判を受ける事となったのだ。魔物達は、「敵の敵は味方」という訳で受け入れたわけではない。俺達は、たとえ教団相手でも魔物の価値観では許されない事をしたらしい。
 俺達を敵と見なすのならば、教団とやり合わせて置けば良い。にもかかわらず、魔物達はわざわざ俺達を捕えて裁判にかけると言うのだ。俺には、魔物の考える事が良く分からない。
 分かった事は、魔物達は教団を改善するために政治工作を行っているらしい事だ。力推しだけでは良い結果は出ない為、教団の変化を促す為の策略を行っているらしい。俺達はそれを妨害したわけだ。そんな事は、俺達の知った事ではない。
 意外な事に、魔物達の俺達に対する態度は悪くなかった。証拠に基づいて尋問し、その後で公開裁判を行ったのだ。裁判の模様は、魔水晶を通じて魔界、親魔物国、中立国、そして反魔物国や教団領に映し出された。これが教団だったら、拷問にかけて口を割らせるだろう。そして茶番でしかない公開裁判か、非公開の暗黒裁判になるだろう。
 魔王軍は、他国の「犯罪」に介入して自国の法で裁こうと言うのだ。当然、教団や反魔物国は激しく非難した。教団は、反乱軍の者の引き渡しを要求する。それに対して魔王は、「私達は普遍的な法で裁く」と宣言し、引き渡しを拒否したのだ。
 これはある意味で歴史的な事件かもしれない。「普遍的な法」なる概念を持ち出して、自国以外の「犯罪」を裁こうと言うのだ。この「普遍的な法」なる概念については、親魔物国でも異論が起こった。果たして「普遍的な法」なる物は存在するのか?存在するとしても他国に介入する事を正当化できるのか?そのように批判が起こった。
 だが、魔王達は裁判を強行した。彼女達は、新しい法に向けて冒険を始めたらしい。俺には、その正誤は分からない。
 ただ俺達は、この裁判で自分の正当性を主張した。俺達は、いかなる者に対しても自己の行為の正しさを主張するつもりだからだ。教団が腐敗していた事、その事により大勢の苦しむ者達がいる事、他に方法が無かった事、自分たちの行為で失われるものよりも得られるものの方が大きい事を主張した。裁判は、俺達の新たな戦いの場でもあるのだ。
 俺達は有罪判決を受けた。それぞれ刑期の長さに違いはあるが、囚人として労働に従事する事となった。死刑判決を受けた者はいない。この判決は、教団の裁判よりは軽い判決だ。教団ならば、首謀者たちは火刑、その他の者は斬首するだろう。その前に取り調べの拷問で嬲り殺しにされているかもしれない。
 俺は、百年間囚人労働をする事となった。聞いた時に俺は思わず笑ってしまった。百年働けと言うのならば、死ぬまで働けと言えば良いではないか。人間ならばその通りだ。だが魔物は、人間よりはるかに生きる事が出来る。
 俺達は魔物となってしまった。看守である魔物達と交わり、インキュバスと言う魔物と変わってしまったのだ。俺もインキュバスに変貌した。俺の傍らには、俺を変えた魔物が寄り添うようにいる。人間の男から魔物の女へと変貌したエーミルが。

 俺達は、今は土を耕している。魔界は広大であり、開拓できる所が多い。俺達囚人は開拓に使われているのだ。刑期が終わったら、開拓地を囚人に分譲するそうだ。「剣を捨て地を耕しなさい」と魔王は言っている。看守である魔物娘達は、いずれ解放される囚人達と家族を作るらしい。その為に、囚人一人につき一人の魔物娘の看守が付けられている。
 魔物娘を付けられない囚人もいる。彼らは、すでに妻や恋人がいる者だ。魔王は、教団と交渉を行い彼らの家族を魔界に呼び寄せていた。魔物達は老獪な政治家でもある。外圧、扇動、陽動、内部工作、裏取引など複数の手段を組み合わせて、教団と交渉していたようだ。その結果、教団の了承を取り付け、囚人の家族に魔界移住を納得させたのだ。
 妻や恋人がいる者以外の者にも、魔物娘を付けられなかった囚人がいる。囚人の中に、魔界へ来てから魔物娘と変わった者もいるからだ。魔物達によると、アルプと言う存在らしい。男でありながら男を愛する者や、男である自分に疑問を持つ者がアルプ化するらしい。アルプ化した彼ら、いや彼女達は同じ囚人と結ばれた。
 俺は、この事について何と言ったら良いか分からない。同士だった青年達が、女の魔物へと変貌していったのだ。しかも、青年騎士達と結ばれていったのだ。美しい青年達が美しい女と変わり、美青年である騎士と結ばれる。これはどういう事態なのだろうか?同士愛が恋愛感情へと変わったのだろうか?初めから男を愛するがゆえに、騎士団の同士愛に惹かれたのだろうか?
 俺に分かるはずが無い。俺は、エーミルの気持ちすら分からなかったのだ。少し注意すれば分かったはずなのだ。何故、俺が反乱を企てている事に気が付いたのか?何故、反乱を企てていると知って、通報せずに俺に協力したのか?俺付きの騎士とは言え、俺に尽くしたのは何故か?常に俺に寄り添うようにしていたのは何故か?俺は、この程度の事すら念頭になかったのだ。
 アルプ化したエーミルは、俺を誘惑した。俺はその誘惑に屈した。俺は、少年から大人の女へと変わったエーミルと交わり合ったのだ。少年から青年へ変わる姿は、不安定な魅力がある。まして少年から大人の女へと変わる姿には、怪しさに満ちた魅力がある。官能的な魅力のある少年は、妖艶な女へと変貌したのだ。
 エーミルは俺の前に跪き、俺の男根に奉仕をした。女のように体を広げて、俺の男根を女陰に受け入れた。犬の様に這い蹲り、男同士の交わりの様に尻の穴に俺の男根を受け入れた。俺は、エーミルとの交わりにのめり込んだ。エーミルの感触、匂い、味、様々な痴態と奉仕に俺は酔いしれたのだ。俺の精を体の所々にこびりつかせているエーミルに興奮し、事後の安らぎの中の口付けに満足感を味わったのだ。
 美しい青年達、そして少年は堕落した。俺も堕落してしまった。

 俺は、老いを憎み若さを愛している。腐敗堕落した老人や中年達を、青年の力で粛清しようとしたのだ。青年達を輝かせようとしたのだ。だが、今の俺達の姿はどうだろうか?
 俺の同士であった青年達は、肉体的には若さを保っている。魔物化する事により、老い難くなった。俺達が年老いるのは、はるか先だ。青年達は、魔物化する事でさらに若々しく精力溢れる体となった。女となった者達も、若さ特有の美しさに輝いている。彼ら彼女らは、厳しい囚人労働にも耐え抜いている。魔界と言う土地に対して闘争と親和を繰り返す事で、彼らは生命力を発揮している。だが、彼らは本当に「若い」と言えるのか?
 彼らには、かつての矯激さは無い。力への意思を持ち、行動する生命力のほとばしりは無い。彼らは温和で、堅実で、慎重だ。闘争を回避しようとし、妥協と懐柔を行うようになった。行動の前に「熟慮」するようになり、口数が多くなった。彼らは栄光よりも、身近な幸せを求めるようになった。ヴォルフでさえ、看守にして伴侶たるサキュバスと穏やかに笑い合っている。
 人によっては彼らの姿を「地に足が付いている」と評するだろう。確かにその評には一理ある。彼らの中には、子を持つ者も出て来た。子に対する穏やかで思慮のある態度は、ある意味で彼らは「大人になった」のだろう。
 だが、彼らからは美しさは消えてしまった。俺の言う美しさは、肉体の魅力だけの事を言っているのではない。単純な肉体の美しさならば、彼らは以前よりも「美しく」なった。彼らは、栄光からかけ離れた存在となった。矯激な観念を捨て、行動を起こさなくなった。彼らを暗い血の栄光へといざなう死の影は、もはや彼らにはない。彼らは、日常に埋没する存在となったのだ。
 俺自身が堕落してしまったのだ。俺の中にあった栄光の観念は衰退し、俺は観念に基づく行動を起こさなくなった。死を賭して栄光を得ようとする意思が死につつあるのだ。闘争を回避し、諦念に蝕まれつつあるのだ。
 日々の厳しい労働を終えた後、俺はエーミルと共に過ごす。共に食事を取りながら今日一日の事を語り合い、労働の後の汚れた体を洗い流して性の交わりを楽しむ。激しさと穏やかさの交差する交わりに共に浸り、肉の快楽の中に喜びを見出す。快楽を貪りあった後、俺はエーミルの体の柔らかさと温かさに包まれる。辺りには性の交わりによる濃厚な臭気が漂うが、それさえも俺を穏やかな気持ちへと誘う。
 魔王よ、あなたは人を堕落へと導く悪魔だ。青年達を、エーミルを、そして俺を堕落させた。武器を取り上げ、生命を作り出す仕事に就け、伴侶を与える。日常に埋没させ、栄光を取り上げる。そして俺達から若さを失わせたのだ。俺達は、あなたに負けたのだ。
 俺は、このような事をいずれ考え無くなるだろう。俺は、日常に埋没しつつある。俺の思念は変わりつつある。そして俺は認めざるを得ない。青年達が、かつて青年であった者達が幸福を味わっている事を。俺もまた、幸福を感じている事を。傍らで俺に寄り添いながら眠るエーミルを見ていると、それを認めざるを得ないのだ。
 だが、それは堕落なのだ。俺達の、いや俺の求めたものではない。俺は、若さを、美しさを、矯激さを、行動を、栄光を、死を………いや、もう俺には分からない。
14/11/29 20:16更新 / 鬼畜軍曹

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