読切小説
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心のトモリ
「ふぅ…まったく暗いものだ」
節電だか知らないが、街頭の明かりが多く消えた
節電なんて電気をバカ食いしている大都市でやればいいのだ
こんな地方都市…小さな町でやることなんてないのに…と思ってしまう
暗い田舎道を自転車の心もとないライトで走っていく
昔ここは街道だったそうだ。古の旧街道。でも新しい道ができてこちらの道はほとんど手が加えられることがなくなった。少ない街灯、夜は危険だからと今では誰も通らない
こんなことなら電池式ではなくダイナモ付きにしておけばよかった

「もってくれよ?電池ーせめて街灯があるところまで…」
田舎ならば星明りでもあるのだろうが、ここは中途半端な田舎
遠くにあるゴルフの打ちっぱなしとかの投光機とかのせいで空が明るくそんなものは見えない
一応、予備の電池はいつも持ってはいるがこの暗い中でかばんから取り出して取り替えることを考えるとめんどくさい

ペダルをこぐ足を速める
が、いまにも消えそうだ

光は、だんだんと薄くなり…そして、消えた
「あーあ。消えちゃった。しょうもない、危ないから電池取り替えるか…」
なにか明かりになるものはないかと周りを見回したが、なにもなかった
あるのはうっそうと暗い社みたいな建物
旅の安全を願う道祖神のお社だ
明かりになるものはないかと携帯の明かりで中を見たが、破れかかったお盆で使われるような小さな提灯が風で揺らめいているのみだった

「道祖神様。少し休ませていただきますね?」
傍らの石に腰を下ろし、背負っていたバックを探す
暗くてわかんねぇ…
携帯の明かりに頼ろうとしたが暗すぎてやっぱり分からなかった
「はぁ。暗いなぁ手探りじゃわかんないや…」

そんな時、ふっと手元が明るくなった
ろうそくに火を灯したようなあたたかいオレンジ色の光
「や、どなたかは存じませんがありがとうございます」
そう言って顔をあげると提灯がいた
なんと言って形容したらいいのか分からないその姿…
提灯は提灯なのだが…
小さな女の子が浮かんでいた
足の先が提灯でお腹の辺りも透けていて小さな火が灯っている
いちばん目につくのは着物の裾にある巴の紋だろうか
巴紋…それは神様を表す紋でもある

「あっしは盆提灯でありんす」
「はぁ…」
「明かりを欲したあなた様のために姿を現したのでありんす」
「人…ではないよね?」
「あっしは付喪でありんす」
「付喪神?!」
「長いことお役ごめんとなり、ここでただただ風に揺られる日々でありんした」
「道祖神の社の下にあったあの提灯のこと?」
「そうでありんす。あっしはまた人に使ってもらいたいのでありんす」
「提灯を使えと?」
「人に長いこと使ってもらえて初めて心が宿る付喪は、捨てられてもやっぱり誰かに使ってもらいたいと思うものでありんす」
「・・・」
「ひとりでいるのは…寂しいでありんす」
彼女のお腹の灯りがたちまち暗くなる
寂しそうな灯り…

人に必要とされない光を知っている
節電などなかった頃の街灯
真夜中、誰もいない街をこうこうと明るく照らすその光
必要とされている。でも、人のいない街を照らすその明かりを見るたびにどこか寂しさを感じずにはいられなかったものだ…
「確かに誰にも必要とされないのは悲しいよな…わかった。一緒においで?」
「本当でありんすか?」
「ああ。自転車のライトの代わりにはなるだろう?」
「はい!!…でありんす!」
「付喪の提灯さん。名はなんていうの?」
名を聞くと一言。満面の笑顔で答えてくれた
「トモリ」
と…

トモリを自転車のハンドルにちょこんと座らせて夜道を歩む
オレンジ色の火の光が道を照らす
電気がなかった時代、提灯一つ灯っていれば夜道など十分だったという
自転車に乗ってしまうとたちまち明るさが足りなくなる
でも、こうして歩くぶんにはこの位の明かりは丁度いい
「トモリ?提灯もたまにはいいな」
「そうでありんしょう?」
役に立てているといううれしさからなのかにこにこと笑顔でこちらに振り返るトモリ
その笑顔にあてられて、ついついその頭を撫でてしまう
「ふぇ?」
「…いや。なんでもない気にするな」

家に着くと、トモリも中へと付いてきた
まず、一言…
電気を点けずに済む…これは便利だった
世の中の節電の風潮にあてられて、我が家でも必要以上の電気を使わないように電球を抜いたり
明かりがつかないようにした照明はある
やっぱり、そうすると暗いのだ
でも、トモリがいれば身の回りは明るいのだ
しかも、電気代はいらないときている
「トモリ?いつまでもここにいるといい。世の中は節電、節電で部屋の明かりすら暗くしている有様だ。でも、トモリがいればそんなこと気にせずにいられる。だから、頼むぞ!」
「はい♪…でありんす」
心をあたたかくするようなその笑顔
あたたかい光を宿すその明かり…
癒される…
ついつい、頭を撫でてしまう
「えへへへ」
とたんにその明かりが明るくなる
トモリは、寂しいと暗くなり、うれしいと明るくなるようだった
「トモリは盆提灯なんだよな?いつからいるんだ?」
「…お社にいることになったのはつい最近。お盆があまりされなくなってきているでしょ?」
…確かにそうかもしれない。昔ほど、提灯もってお迎えとかに行く人は減っていると思う
都会に行ってしまって、帰ってこれないなんていうのはよくあるケースだ
「昔は、お盆といえばみんなが帰ってきて、ご先祖様のお迎え、お見送りをするのは当たり前だった。そして、あっしにはその日こそが晴れの舞台。お盆のときしか使われないから、あっしはずぅぅっと昔から大事に使われていたのでありんす」
「そうだったのか」
「これからは、ここにお世話になるでありんすが…あなた様をあるじ様と呼んでいいでありんすか?」
「主様?!」
「はい!あるじ様!」
なんかこそばゆかった
「なんか照れるな」
「照るのは、あっしの仕事でありんす」
「いや、そうじゃなくて…」

そうして、トモリは近くで灯り続ける
話し相手が出来てとても楽しい
一人暮らしの私には、なによりもうれしいことだった
しかし、すぐに困ったことになった

「トモリ!風呂はいるからついてこなくていいぞ」
「だめでありんす。電気なんて使わせないでありんす!」
「しかしだなぁ!これから風呂に入るのだ。水でその火が消えたらどうする?」
「この火はあっしの心の火。水ごときで消えはしないでありんす」
「そうか…じゃなくて!」
知り合ったばかりのトモリ
裸を見せるのは気恥ずかしかった
「あるじ様は、トモリのことが嫌いでありんすか?それとも、好いてくれているのでありんすか?」
「ここに居ていいぞって言ったってことは…嫌いじゃないってことなんだと思う」
直接言うのはなんか恥ずかしかった
「…好きでもあるかもしれないって言うことでありんすか?」
「…なんでそうなる」
会ったばかりで好きなんて…
「トモリはあるじ様が好きでありんす。拾ってくれたあるじ様…いつまでもどこでも一緒にいたいでありんす」
「トモリ…」

結局、一緒に入ることになった
暗い風呂
湯船にゆれる湯…それに合わせて提灯の揺らめく明かりがゆらめく影を作り出していい感じに癒される
「あるじ様…ゆったりとしているでありんす」
少し暗めの火の光…電気の明かりと違った空間と湯の温かさに癒された
そんな私に満足したようでトモリは静かに微笑んでいた


寝るとき、気になっていたことを聞いてみた
「トモリはずっと火の灯ったままなの?」
「提灯でありんす。明かりを灯し続けるのか役割でありんす」
「油とか必要?」
「あっしが灯り続けるには、あるじ様の精が必要でありんす」
「せい?」
「ここから出る白い精でありんす」
小さな指が股間を指差してつついた
「それって…」
精液?!
「ですからぁ…あるじ様ぁ…トモリの心に油を注いでほしいでありんす」
「えっ?あっ?トモリ…その…な…」
「そうすれば…そうすれば、いつまでもあるじ様のお傍でいつまでも灯り続けるでありんす」

使われなくなった提灯の付喪神…人恋しくて現れたトモリ…
その明かりを褒めてやるとうれしそうに…本当にうれしそうに笑うのだ
そんな直向な彼女の心はどんなにもぬくもりを求めているのだろうか…
私は…そんなトモリを受け入れて一晩をあかした



「あんあんあん!!あるじさまぁ…そこぉ!そこにぃぃぃ!」

その後、私とトモリの日々は昼夜逆転の日々となった
夜、寝ようとすると明るすぎるトモリの灯り

「そこ!そこぉぉぉ!!おくぅ!おくにぃぃぃ!!注いで!あるじさまのぉあぶらぁ!いっぱいいっぱいそそいでぇぇぇ!!」

トモリがいれば寂しかった一人暮らしも寂しくない

「あっああああーーーーんん!   ・・・あるじさまぁ…またいっぱいそそいでくれたねぇ。あっしうれしいでありんすよぅ」

ほんわかとするその笑顔
いつまでもこの腕の中で灯りつづける
もう寂しい暗い灯りなんてさせるものか

「トモリ?いつまでも傍で灯り続けてな」
「あっしはいつまでもあるじ様の傍を照らし続けるでありんす。そして、あるじ様の心も明るくするのでありんす」

にこにことそう言ってくれるトモリ…
ああ彼女にも一人暮らしは寂しいと思っていたのは伝わってしまっていたのかな?
そう思うと、そんな彼女をまた抱きしめ頭を撫でてしまうのだった
11/10/10 22:44更新 / 茶の頃

■作者メッセージ
お盆くらいに書いて放っておいたこの読切…なんか思い出したので投稿
最近忙しいから…時間があれば…と思うこの頃

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