連載小説
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狂気の新聞部
マーリン魔術学校の中心には大聖堂と呼ばれる一際大きな建物がある。
朝夕六時にそこからパイプオルガンの旋律が響き渡ることは、この学校に通う者なら誰もが知っている。
しかし、誰が演奏しているのか、何のために演奏しているのかを知る者はごく一部しかいない。
そして、その秘密を知る者は皆一様に口を閉ざしている。
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……ここの学校新聞って、胡散臭いネタ多いな。
怪奇小説の煽り文句のような見出しが踊っている。
特に『M.B』という人物が書いた記事にはそのような物が多い。
……そういえば、ユッキと私の購買前での出来事を書いたのもこの人だっけ。

「マイ先生、そろそろ授業でしてよ」
アウローラの言葉に顔を上げ、時計を見た。
「……本当だ、ありがとう」
新聞をたたみ、チョークや資料などの授業の準備をする。

最近、やっとこの生活にも慣れて来た。
基礎を理解した生徒たちはとても意欲的だし、教えるまでもなく質問してくれる。
実にありがたい。
……私の授業が下手だから気遣ってくれた結果かもしれないけど。


「……死霊の使役ではアンデッドに襲われる危険があるから、万全の対策をする必要がある
操霊術で物体に宿る魂を使役する場合でも、ある程度の警戒が必要だから……」
「……何か、質問はある?」

講堂に静かなざわめきが広がる。
いつもの、私の授業の光景。
「カタイヤネン先生、物体に意志を与える魔術っていうのは、仕組みとしてどうなってるんですか?」
彼女はミシェル・バーンスタイン。
生徒の中心になっている人物であり、授業中に積極的に質問をしてくれる。
「えっと……
まず、意志を与えるって考え方が間違ってて……」
比較的普通に会話できる相手の一人でもある。

「なるほど……ありがとうございます
あ、今日の放課後、空いてますか……?」

「……?
うん、あいてるけど」
「良かった……
ちょっと先生に大事なお話があって……
この教室に来てもらってもいいですか?」
ここでは出来ない話なのだろうか……?
「……他人に聞かれたくない話?」
「はい、そうです
……ダメ……ですか?」
潤んだ目で見つめてくるミシェル。
少し、様子が変な気がする。
……でも、断る理由もないかな。
「……いいよ」
「本当ですか!?
ありがとうございますっ!!」
途端に花が咲いたように表情が明るくなる。
……うん、こんないい娘が私を貶めようとするはずがない。

「……時間なので、授業を終わります」

「じゃ、先生
また放課後に」
可愛らしい笑顔を浮かべて彼女は去っていった。


今日、私が担当する授業はすべて終わった。
放課後まで暇だな……。

「よう、マイ
暇そうにしてんな」

「……ユッキ?」
後ろからかけられた声に振り返る。
その人物は私の予想通りの彼女……ユッキだった。
場所は第八職員室。
購買事件のあの日から、ユッキは時々こちらにやってくるようになった。
「お前って忙しそうか居ないかだから、ちょっと新鮮だな」
「……生徒にお願いされて
放課後に大事な話がしたいんだってさ……」
私の言葉を聞いて、少し眉を寄せるユッキ。
「……それ、用心したほうがいいかもしれねぇ」
「なんで……?」
「いや……なんとなくだけどよ」
まさか。
ミシェルがおかしなことをするわけがない。
「信憑性に欠ける……けど」

「気持ちだけ受け取っておく」


私が教室に入ったとき、ミシェルはまだ居なかった。
……早く来過ぎたみたい。
何とはなしに窓のそばに近よる。
木々は葉を散らし、冬の準備を始めている。
その落ち葉の絨毯を踏みしめるようにして下校する生徒たち。
「……きれい」

「そうですね」

その声があまりに近くから発せられたので、一瞬混乱してしまった。
私のすぐそば、服が触れ合うくらいの至近距離にミシェルがいたからだ。
「……どうやって?」
「歩いて、ですよ
……少し、驚かせようと思って」
はにかんだように笑う。
……今更だけど、ユッキの言う通りだったかもしれない。
「……それで、話って?」
早く終わらせてしまおう。
そう思った。

「カタイヤネン先生って、浮ついた噂とか一切ありませんよね?
……彼氏とか、いないんですか?」

「……は?」
今、なんて言った?
「だから、恋人ですよ
こ・い・び・と!」
…………。
「……いない」
「じゃあ、好きな人とかは?」
「……いない」
いない、いるわけがない。
……いらないわけではないけれど。
「……嘘だ」
「……へ?」
我ながら芸の無いリアクションだ。
……しかし、ミシェルの発言は本当に意味が分からない。

「……それじゃあ記事にならないじゃないですか!?」

記事?
こいつ、もしかして……。
「……新聞部?」
「なにか記事になることは無いんですか!?」
……ダメだ、話を聞いてない。
不味いな、逃げよう。
窓から離れ、教室の扉に向かう。

「……逃げないで下さいよ」

あと一歩で戸に手が届く。
……ミシェルに後ろから抱きつかれなかったなら、だが。
仰向けに倒され、組み敷かれる。
「記事がないなら作ればいい
そう思いませんか?」
……もはや、私の知っている彼女ではなかった。
人間の力くらいなら振り切ることができるはずなのに……彼女の細い腕に押さえられた体はびくともしなかった。
「放課後の教室で強姦事件発生……
被害者は魔物で、最年少の女教師
……ふふ、素敵な記事ですよねぇ」
「……や、めて」
壊れた笑みを浮かべて笑い続けるミシェルと、抵抗する力を持たない私。
……リッチは行為の間も理性を保ち、冷静に状況を理解できるらしい。
思いがけず、能力を試す機会を得てしまった。
…………全く嬉しくないが。

「よぉ、ミシェル
ちょっとやり過ぎじゃねぇの?」

扉が開き、廊下の光が流れ込む。
まだ何かあるのか……。
思わず目を閉じた。
「……ちょっと、邪魔しないで下さいよ」
「うるせーな
とち狂ってる生徒を更生させるのも教師の仕事なんだよ」
かかっていた体重が消える。
……助かった?
ゆっくりと目を開く。
……そこには、ミシェルの襟首を掴んでいる天使がいた。
「……ユッキ?」

「オレの予想、当たっただろ?」

……いきなりそこか。
もっと他に言うことはないのか。
でも……私は不思議な安心感に包まれた。

「怖かった、怖かったよ……!」

その日、アンデッドでも涙は流れるということを知った。


ミシェルは無期の停学処分を受けた。
彼女は新聞記者になるのが夢で、それが記事に対する歪んだ情熱となっていたようだ。
しかし……
「……この絵は嫌がらせか?」
停学中の彼女から、ユッキに抱きしめられて泣いている私の絵が送られてきた。
恥ずかしさの反面、友達同士のように見える二人に、テンションが上がってしまう私だった……。
13/08/01 23:04更新 / 宇佐見 椎
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■作者メッセージ
相変わらずの下手な文章ですみません。

ユッキとアウローラはレギュラーキャラです。
二人の魅力も引き出せるように頑張ります!

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