連載小説
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The Light Staff
ラウエル方面に向かう山道の入口にある関所付近は、救援の為の人と物資が溢れており、普段ならば考えられない活況を見せていた。
冬山を進む為の食料や道具を詰めた木箱が積み上がり、それらを運ぶソリも並べられている。
集まっている者も人間とホワイトホーンだけではなく、本隊の先頭でラッセル役を務める為のミノタウロスやグリズリー、危険な雪崩をあらかじめ崩す為に魔導士の姿も伺える。
この関所の活況が、フェリンツァイスがこの救援に総力を費やしているというのが、決して口先だけではない事を物語っていた。
とは言え、現状では必要な人や物が集められただけという状態であり、本隊出発の準備が揃うにはまだまだ時間が掛かる予定だった。

誰も彼もが準備に走り回る活気と混乱の中、小柄な影が落ち着かなさそうにウロウロしている。
耳まで覆う毛皮の帽子に皮のミトン、袖口や襟元にファーを縫い付けた防寒服の上から、これまた防寒の為の毛皮を着込んでいるので、なりの大きさのわりに着膨れしている。
顔の下半分を覆う為の防寒布を顎下へ引き下げているのでそれが人だと分かるが、暗がりで遠目に見ると毛むくじゃらの塊が所在無くうろついているので、まるで母熊とはぐれた迷子の子熊のようだった。

そこから少し離れた場所には、目の前の山道を見据えているホワイトホーンが立っている。
身に纏う防寒具は慎ましやかな女性らしさを醸し出していたが、そこには手すりがわりのストラップが急拵えで幾つも縫い付けられており、背に乗せている無骨な鞍と共に、本来の彼女が持つ優美さを台無しにしてしまっていた。
木の枝に引っ掛けるのを嫌って、豊かな髪は後ろ頭で纏められ、腕組みをしたまま微動だにしない。
静かに吐く息の、真っ白なもやだけが揺れ動いている。
こちらの方は、まるで出発を待つ蒸気機関車のようである。
この対称的な姿の二人が、本隊に先行して出発する予定のコンビなのであった。

「診察の順番を待つ子供じゃないんだから、少しは落ち着いて出発を待てよ、ラーティ」
「こんな仕事をいきなり任されて落ち着いていられるほど、僕は神経が太くないんですよ」
あまりに落ち着きが無いその姿を見かねて、先輩医師のクライドが彼をたしなめるが、それでもラティはジッとして居られなかった。
医術の知識なら他人に引けを取るつもりは無いが、これから向かう雪山の知識では、ここに居る誰よりも引けを取っていると確信している。
なにせ、彼はこの地で始めての冬を迎えたばかりの身なのだ。
「この大雪のすぐ後に山へ入っていくのは、誰だって怖いさ。でも、これは誰かがやらなきゃならない仕事だからな」
「それにしたって、冬山の知識が何も無いこの僕が、この役割に向いてるとは思えない」
「冬山の知識なんて要らないんだよ。組合の皆がお前に求めたのは、彼女の背で『荷物』に徹しているだけの辛抱強さと、彼女の負担を少しでも軽くする為の軽い体重だけだ」
フェリンツァイスの医師組合は、正しくその二つの条件だけで、より正確に言えば、後者だけでラティを選抜したのだった。
雪国であるフェリンツァイスの人間であれば、誰でも寒さへの知識をそれなりに持ってはいるが、冬の雪道で人や物を運ぶ事を生業としているホワイトホーン達ほど、雪山を知悉している存在はこの街に居ない。
それに、雪山を駆ける彼女達の背にある者は、それが誰であれ我慢しているしかない以上、多少の辛抱強さの差など大した意味を持たないのだ。
かくして、医師組合に居る医者の中で最も小柄な者。つまり、ラティが選ばれる事になったのである。
「はぁ・・・とんでもない所に来てしまったなぁ・・・」
ため息をつく度に吸い込んだ冷気で喉が冷える。
まだ何もしていない内から、ラティは体力を消耗している様だった。

「彼、今からあの調子で本当に大丈夫?」
「最後まで背中にしがみついている元気さえあれば、誰だってラウエルまで連れていくわよ」
「そのしがみついている元気が、貴方の背中の上で最後まで続くかどうかが、一番の問題だと思うんだけど・・・」
同僚であるマーリカの心配を気にかける事もなく、サラはこれから向かう山道から目を逸らさずにいた。
『アヴァランチダイバー』
必要とあれば雪崩の巣のような場所にも躊躇無く飛び込み、時には雪崩の上ですら軽やかに横断する事から、彼女に付けられた渾名である。
その目に余る無鉄砲さは、時に上司や同僚からも非難されたが、彼女の生まれついての性分は直りそうにはなかった。
また、サラの無鉄砲さを非難する者も、彼女の足捌きや着地点の見極め方には、一目置いていた。
彼女にしてみれば、勝算が十分にある手段を諦める事の方が、余程に理不尽に思えるのである。
そういう気性の持ち主であったから、今回の救援計画を打診された物流組合は、形ばかりの話し合いの末にサラを選んだのであった。
「いっそ、気を失ったところを背中に縛り付けた方が、騒ぐ面倒が無くて良いかもね」
彼女がこういう事を平気で言うタイプなのは、フェリンツァイスでの日が浅いラティ以外の誰もがよく知っていたので、医者を乗せるホワイトホーンにサラが選ばれたと知った者は、口には出さぬもののラティに深く同情していた。
教えたところで結果は変わらない、という理由で皆がそれをラティに黙っていたのは、余計な気遣いという物だったかもしれないが。

出立の時間が来た事を伝えられると、ラティはため息のつき納めとばかりに深呼吸を一つして、彼を待つサラの方へと向かった。
これは誰かがやらなきゃならない事という覚悟を自分はしていると、心の中で自分に言い聞かせながら。
「それじゃお願いします。・・・えーと」
「サラ・グリマルディよ。サラで十分」
「ラハティです。イリアン・ベイヤール・ラハティ。医者仲間は読み方が面倒くさいって言ってラティって呼ぶんで、ラティで」
「OK、ラティね。長い道程だけど、よろしく」
互いに握手を交わすと、ラティはサラに据えられた鞍に道具や薬を詰めた袋を厳重に固定して、鐙に足を掛けてヒラリと飛び乗った。
顎下の防寒布に親指を引っ掛けて、ぐいと目の下までずりあげる。
初対面の女性の腰に手を回すのは気が引けたが、サラの方がラティの手を取って腰に回した。
「ちゃんと掴まってないと落っこちるからね」
ストラップをしっかり掴んで、彼女の背に密着する。
医師組合の組合長がラティに声をかけた。
「たどり着かなくてもいい、とは言わんが死ぬなよ」
「・・・善処します」
目元だけは辛うじて笑顔に見えたが、防寒布の下では笑顔が引きつっているのが察せられた。
「あんたは無茶しない事。分かった?」
「いつも無茶なんかしてないですけど?」
物流組合の組合長は、この件でサラと揉める無益さをよく分かっていたので、ため息を一つついただけだった。
17/02/10 19:19更新 / ドグスター
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