連載小説
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天使の休日はだいたい俺たちの平日
デパートの屋上。
そこはほとんどの場合駐車場のスペースになっている場合が多い。
最近は屋上を排して特徴的な屋根を作ることで親しみや強い印象を持ってもら
おうとしたり、あるいは単純に憩いの場になっていたり。
社主のセンスあふれるそのスペースは、理念や理想が詰まったエゴの一部がに
じみ出ているような気がする…と、まあ俺は思ったりする。
そう考えたらうちのデパートはどうだろうか。
ゲームコーナーの一部が屋根で覆われ、空が一望できるようになっているいま
どき珍しいフェンスで囲まれただけの屋上だ。
500円で5分しか動かない巨大なパンダとウサギの乗り物。
今では誰も運転できなくなって猿回しの人専用になったものすごく小さな機関
車。
流行りのカードゲームの機械、メダルゲーム、レトロなアクションゲームやモ
グラたたき。
自分で言うのもなんだがこれぞデパートだと思う。
そしてうち以上にデパートって感じのデパートもないと思う。
今でこそ様々な専門店が店舗内で幅を利かせているがここだけは譲れない。
これは個人的で些細な最後の砦なのだ。

「えーと…君たちは…」

「はい!エンジェルです!」

「僕はダークエンジェル。」

二枚の履歴書を見比べながら少女二人を見比べる。

かたや金髪色白少女。
元気でハキハキ挨拶もきっちりできる。
笑顔も素晴らしい、まるで天使のようだ。

かたや年に似合わず無愛想な褐色少女。
こういうタイプは一見売り場やレジは任せられないように見えるも、中身はし
っかりしているもんだから仕事はしっかりとこなしてくれるタイプだ。

「いや、面接始まってないですから。」

「え!?あ、すみません!」

「もう、せっかちなんだからエンジェルちゃんは。」

「だっ…ダークちゃんだって名前いったくせにー!」

「はいはい、喧嘩しないの。」

露骨にぷんすかぷん!みたいな怒り方するねこの子は。
駄々っ子パンチを面接官の前でする人は初めて見たよ。
目の前の余りの光景に苦笑いを浮かべながら俺はうっかりテーブルに肘をつい
てしまった。
今、俺の目の前には二人の少女がいる。
仕事もようやく休憩時間になり、買っておいたお茶でも飲もうと事務所に入った時だ。
ドアを開け目に飛び込んできたのが彼女たちだった。
ちょこんと応接用の椅子に座る彼女たちはさながら人形のように座っていて…
そこはまあ何となく予測と理解の範囲内の出来事だったが、すぐに些細な異変に気づく。
各々の目の前に置いてある、各々の履歴書。
迷子か何かだと思ったが違うのか。
とりあえず自分には関係ないと思い無視してお茶でも飲見始めようとしたが、
なぜか物欲しそうな目で見つめられてしまい結局彼女たちの相手をすることに
なってしまった。
もちろんただのパートのリーダーでしかない自分に採用の決定権はない。
だが期待を込めた目で少女二人が自分を視線で追いかけるので体が勝手に彼女
たちの向かいの席についてしまったのだ。
こういう時、子供のまなざしってずるいと思う。
…まあ見ればわかるが聞けば働きたいとのことらしい。

「そもそもねぇ…申し訳ないんだけどうちは16歳未満は雇えないんだよ。」

「そんな!私16歳ですよ!」

「僕は16だけど。」

「いや君達ねぇ…外見で人を判断するわけじゃないんだけど…」

どう見てもお前ら子供だろう。
立場上そんなことは口には出せなかったが、そういうふうにしか見えない。
まだ子供の細さを残す体つき。
やたら可愛らしさを前面に押し出した服…というよりは衣装に近いだろうか。
もうそろそろ12月も終わりそうなのにワンピース。
ファーがあしらわれているとはいえ見ているだけでこっちが風邪をひきそうだ。
だが何よりもその特徴的過ぎる外見だ。
頭の輪っかに背中の羽。
なんだお前ら仕事中に羽伸ばそうってのか。
子供だからというより、どこか得体のしれないところから採用する気になれな
いのかもしれない。

「あっ!私たちですか!見ての通り天使です!」

「そうそう、幸せを運ぶ天使。このデパートを幸せにする代わりにお給料が欲
 しいなー…なんて。」

「は…はあ…。」

視線が羽やら輪っかに映ったのを察してか答えてくれた。
ご丁寧にパタパタと羽を動かしたりくるくる回ったり。
だがそれが一番信用できないんだよ。
なんだよ天使って。
履歴書にも普通にエンジェルとダークエンジェルって書いてあるし。
中二病をこじらせすぎて社会が見えないんだろうか。
それともこの名前は流行りのキラキラネーム?
ああでも漢字をあててないからそれは違うか…。

「お願いします!なんでもしますから!神の名のもとに!」

「僕もお願いします。お金欲しいです。」

「うーん…せめて身分証明書ぐらいはほしいかな?保険証とか持ってない?」

アルバイト募集でこういうことをするのは非常によくないとわかっている。
ただこれ以上話を長引かせるのも面倒なのでスパッと切ってしまおう。
訳のわからないことをしたらさっさと追い出せばいいし。
そもそも子供だし。

「えと…天使のわっかと羽じゃダメですか?」

「そ…それはちょっと…。」

「もう一つ一芸に富んでないとだめなんだってさ。この店員は使えないね。」

聞こえてるぞ履歴書にうっかり13歳って書いてるダークエンジェルさん。

「じゃあ…とっておきのを見せます!」

エンジェルさんが自分の服と同じ柄のバッグを椅子の脇から取り出すと何やら
ごそごそとかばんの中をあさり始めた。
ポーチやら財布やらに埋もれていたそれはまばゆい光を帯びて彼女の手に捕ま
る。

「じゃーん!トランペットー!このラッパを吹くとですね…」

一芸入学…いや入社か。
楽器の演奏が得意なら屋上のエンターテイメントブースを貸してあげるから
ここで演奏をするのは止めてくれ。
わざとらしく曇った表情を俺は見せたがエンジェルはもうすでに腹式呼吸最高
潮。
酸素供給も全回転だ。
お構いなしかよ、もう。

パーパーパパパー♪
パーパー!

曲調で言えばなんていえばいいんだろうか。
ファンファーレか。
そういえば絵画とかで天使がラッパ吹いてたりするのはよく見るね。
天使の基準って一体何なんだろうか。
彼女たちを信じたわけじゃないが。

「あっおにいさん。身を伏せた方がいいかもよ。エンジェルちゃんたまに失敗
 して命中させちゃうかもしれないから。」

「命中?」

ダークエンジェルさんが耳をふさぎながらその場にしゃがみこむ。
トランペットの音がうるさいならそんなことよりも止めさせた方が良いんじゃ
ないか?
別段エンジェルの演奏が下手糞かと言えばそんなことはないが。
対ショック体勢?

中二病もここまで来たかと呆れ、とりあえず親御さんが来るまでは好きにさせ
ておこうと思ったその時だった。

(キーン)

音がする。
トランペットの音じゃない。
耳鳴りのような音だ。
楽器の音じゃない。

(キーンキーンキーン)

(キィィィィィィィイイイイイイイイイ)

なんだこの音は。
飛行機が飛ぶような音。
数が増え、音が接近しているという危険な事実に気付いた時だ。
それは既に手遅れだった。


ドガアアアアアアアアアアアアンッ!!


「がっ!?」


驚くよりも先に大地が揺れた。
奏者であるエンジェルも身をかがめていたダークエンジェルも体を揺らす。
エンジェルの演奏に呼応するかのように落雷が落ちた爆音と衝撃が同時に部屋
に飛び込んできた。
この青天でそんなはずあるわけはないが、そうとしか例えようがなかった。
余りの不意打ちにバランスを崩し事務机にもたれかかりながら揺れる書類たち
に視線を向ける。

「なっ…じっ…地震か!?」

誰に問うわけでもなく一人ごちる。
明らかに上がった心拍数を数えるように右手で心臓を抑えていたその時だ。

「リーダー!」

「なっ何!?今面接中なんだけど。」

今の爆音で混乱した後輩が入ってきた。
どうやらこの部屋だけでなくデパート全体が揺れたらしい。
お客様のどよめきも店内BGMとともに奥まったこの事務所に聞こえてきた。

「大変ですリーダー!空から槍が降ってきて駐車場が壊れました!!」

「はあ!?」

飛び込んできたのは婦人服売り場の加藤さん(19歳 学生)だ。
加藤さんは結構息を切らしていたのでたぶん相当焦っていたんだと思う。
だがいくらなんでも槍はないだろう槍は。
しかしそう思ったのもつかの間。
机によりかかる自分にこれでもかと言わんばかりのそれはもう素敵なスマイリ
ーな顔で天使二人はこちらに駆け寄ってきた。

「どうですか?これで私が天使だってこと理解してもらえたでしょうか!?」

「なんならもう一本落とそうか?」

笑顔に不吉な予感を感じ窓の外を見る。
道路を挟んだ北西側の駐車場からビーッ!という音がけたたましく聞こえ、
音の発信源に視線を向けた。
車の防犯ブザーだ。
そのブザーは駐車場に起きたであろう爆発に反応していたのだ。
突き刺さった荘厳な槍は駐車場内にあるタクシー用ロータリーの一部を消し去
っていた。
なんと言うか傷跡が痛ましい。
平日の昼間と言うこともあってタクシーは来ていないのが幸いか。
よかった…けが人はいないか。
爆風による煙たさが少しずつ晴れて行きその爆心地に目線を向ける。
槍だ。
どう見ても槍だ。
余り詳しい方ではないがロンギヌスとかゲイボルグとかそんなのなんだろうか。
天から飛んできたという槍。
にわかには信じがたいがおそらくこの少女がやったのだろう。
事の大きさに今の出来事をはぐらかすかと思いきやむしろ誇らしげに両手を
腰に当て胸を突き出していた。

「…お前がやったのか!?」

「はい!」

「はいじゃねぇ!お客さんがいたらどうするんだ!お客さんは神様なんだぞ!」

「わかりました!お客様は神様ですね!」

エンジェルは天使の笑顔で言った。
お前が言うと謎の説得力があるな。

「あれ?ずいぶんとかわいいバイトさんですね。」

「いや、加藤さん。この子たちは…。」

「エンジェルです!」

「ダークエンジェルだよ…フフ。」

バイトと言うべきか迷子と言うべきか迷っていたら答えられてしまった。
加藤さんに天使二人が駆け寄ると加藤さんは満足そうに彼女二人のふわふわし
た髪を容赦なくなでまわす。
ああ、彼女たちに頬ずりまでして。
未来の保育師は伊達じゃないんですね、加藤さん。
おかげで天使の困った笑顔って生まれて初めて見たかもしれない。
これは貴重なエクスペリメント。

「いや、加藤さんこの子たちはアルバイトって言うより迷子でしょうよ。」

「あれ?店長から聞いてないですか?クリスマスまでの間雇うって話。この時
 期に天使って超タイムリーですからねー。」

「なっ…なんっ…だっ…てぇ…」

なんでバイトが知っててパートリーダーの俺が知らないんだよ。
そういうのなんで俺に回してくれないんだよもう。

「ああ、それと店長が面接しなくていいって言い忘れていたみたいです。
 いわゆるコネ入社ですね。扱いはアルバイトですけど。」

「遅ぇよチクショー!」

俺なんかどれだけ頑張っても就職決まらなかったのに。
ほんのちょっとだけ彼女たちがうらやましいと思ってしまった。
ため息交じりに彼女たちをみやる。
どこからどう見ても子供。
ただそれは外見だけの話。
履歴書を見るあたりしっかり教育は受けていると思うし、中身もしっかりして
る…と信じていいのか?
そして槍を天から飛ばしたり…
そこまで考えて何だか頭痛がしてきた。
ロータリーに人がいなかったのは幸運だった。
しかしこれからの自分はきっと助からないんじゃないかなって思った。
ニヤニヤ笑う黒天使とにこにこ笑う白天使。
そもそもこの二人仕事できるんだろうか。

「よろしくお願いしますね!リーダー!」

「じゃあよろしく…リーダーさん。」

「あ…ああ。」

とりあえずため息はついておいた。
聞こえないように。


――――――――――――――――――――


「ところで私たちは何をすればいいんですか?」

きゅぽっと音が鳴る。
ビンの乳酸飲料をくぴくぴと飲み始めるエンジェル。

「あんまりつまらないのは嫌だなぁ。呼び込みとか。」

きゅこっと続けて音が鳴る。
ダークエンジェルがビールの栓を開けたのでささっと奪い返す。
…なにあきらめのつかないような顔してんだ。
好きなの飲んでいいとは言ったが未成年の飲酒はいけません。

二人の面接が終わり俺たちはデパートの屋上に来ていた。
基本的にここの管理と4階婦人服売り場兼おもちゃコーナーは自分の持ち場に
なっていて、自分の場所に配属された人たちはこのどこかに振り分けられる。
彼女たちもその予定でいた。
履歴書を見る限りだと彼女たちに職歴はない。
というか就労義務さえないと思うんだが…。
まあそれはさておき彼女たちは仕事に関しては初心者だ。
そう考えれば屋上を任せるのが一番だ。
ゲームコーナーならほとんど機械が金を回収してくれるから接客もあまり必要
ない。
何かあれば自分を呼んでくれればそれでいいしな。

「うちはデパートなので呼び込みはいりません。」

「えーやらないの?若い子いるよー!特に屋上にたくさんいるよー!って。」

「若すぎるわ!お前たちより若いじゃねーか!」

「そうだよダークちゃん。親御さん連れなんだから若い人妻いるよー!って言
 った方がまだ現実味があるよ。」

「お客さんは商品じゃありません!」

エンジェルが飲みかけの乳酸飲料を自分越しにダークエンジェルに渡す。
色合い的に飲み物と映えるね。
ビールなんか持ってきた割においしそうに飲み始めるとやっぱり子供なんだな
と実感する。
というかそうでなかったらマジでどうしたらいいかわからん。
しかし…やはり若いと元気があっていい。
ともかく明るくていいのだ。
基本的に人材の基準には「若さ」というのがキーポイントだったりする。
接客をするにしても営業をするにしても店に活気が出るのだ。
あいにく若々しいを通り越して幼いため余り難しいことやお金に関わることは
させられないが。
何となく彼女達を見つめるとふと目があってしまったので目をそらした。
ジュースを飲み終わった二人に事務所から持ってきたファイルを開きクリップ
で留められた紙束を彼女達に手渡す。

「えーとこれは…まさか伝説の給与明細!」

「ふふ…ちょろいね。」

「違います。これはマニュアル…まあ接客の台本みたいなものです。」

「台本?」

「なんだ…やらせか。」

「存在そのものがヤラセみてーなくせに何言ってんだお前は。」

飲み終わったビンをゴミ箱に捨てると二人はぺらぺらとページをめくった。
ふむふむと頷けば、なるほどと声を漏らしたり。
マニュアルには大して難しいことは要求していないはずだ。
子供たち相手に笑顔で風船を配る。
たったそれだけだ。
子供たちと年が近いことを考えるとややズレた趣旨だとも考えられるが、ター
ゲットは子供ではなくいわゆる「大きなお友達」だ。
このデパートは思った以上に地方から人が集まるらしく、地方民からすればち
ょっとしたゲームセンターという扱いだ。
加えてうちでは最近流行りのデジタルなカードゲーム類も品数をそろえている。
生活品に加えて趣味の金まで落としてくれる…と考えればデパート的には安泰
なのだが…。
それでも最近はネットショッピングに客層を取られ始め売り上げにも影響が出
始めている。
しかし彼らは期間限定とか地方限定とか言う奴に弱いのだ。
このデパート限定で天使に出会えるとすればそれなりの集客効果はあるだろう。
ただの見込みだが。


「じゃあ練習しようか。俺は風船作る係だから二人は元気よくマニュアル通り
 にしゃべってくれ。」

「はい!メリークリスマスー!風船ですよー!」

「メリークリスマスー…メリークリスマスー…ただいま婦人服10パーセント
 OFFになっていますー!」

おまえはなんで婦人服売り場のタイムセールの時間を知っているんだ。
いろいろ突っ込みたいが二人はかわいらしい笑顔でマニュアルのうたい文句を
読み上げてくれる。

「…おお…!」

自分でもうかつだったと思う。
彼女たちの予想外の声に思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
ただの定型文でしかないがその声は透き通り、鳥肌が立つ。
まさに天使の声。
およそ人間ではないようなクリアな発声に、柄にもなく背筋がぞわっとした。
人々をひきつける声、いや、感動させる声か。
聞いているだけで幸せだという気分になったのは初めてかもしれない。

「これでいいですか!リーダー!」

「ふふ…なかなかのテクニックでしょ?」

「……。」

「リーダー?」

「あれ…リーダーもしかして…惚れた?」

ただマニュアル通りにしゃべっていただけにもかかわらず彼女たちの声に聞き
惚れてしまっていた。
放心状態というわけではないが…いや、放心状態だったのかもしれない。

「……ん?あ…ああすまない。君たち最高だよ。かわいすぎて天使に見えた。」

「そんなぁ〜えへへ〜かわいいだなんてぇ〜」

「ありがとリーダー。でもセクハラだからね、今の。」

手厳しい反撃を受け意識がしっかりと元に戻る。
しかし…今の姿はまさしく天使。
ビジュアル、中身、性格、どれをとっても天使だ。
あんなに懐疑的に接していたにもかかわらず彼女たちの力はやはりその羽とか
特殊能力とかではない…説明しづらいが「天使の力」とは違う力強さを感じた。
店員としてこんなことを言うのもなんだがデパートで働いてないでもっと別口
で働いた方がいいと思うな。

「まあこう見えて毎日神託を人々に伝えていますからね!余裕です!」

「毎日のようにアブナイ大人を実行に移させているから余裕だね。」

エンジェルとダークエンジェルが胸を張る。
大変よくできましたと言ってあげたいが後半部分は聞かないでおきたかった。
神の神託、堕落の甘言。人々を誘うための力のベクトルは同じなのね。

「ま、まあ初心でここまで出来ればいうことないだろう。じゃあ風船の機械も
 ってくるからここで待っててくれ。」

「はーい」

「うん…」

天使二人にそこのベンチで座って待っているようにと伝えると俺はガス注入の
機械をとりに倉庫へと行くことにした。
余り日の目を見ないガス注入機…とガスボンベだがきっと動くだろう。

―――――――――――――――

「ねえねえエンジェルちゃん…あれ、食べたくない?」

ダークエンジェルはリーダーがいなくなったのを見計らってとある機械を指さ
した。
機体の上部には数々の傷跡を残し塗装がはげそうになっているピエロの頭。
両手は手品師のようにはためかせ、そしてその胴体は空洞になっており、脇に
添えられている清潔感あふれる割りばしが無駄に目立っていた。
いわゆる綿菓子の機械だ。

「え…わたがし…だっ…だめだよぉ!ちゃんと待ってないと!」

「良いじゃん。別に、すぐそこにあるわけだし…。ちょっと行ってもばれない
 し怒られるだけで済むよ。」

「ぜんぜんよくないよぉ!そもそもダークちゃんお金持ってるの?」

「ないけど。」

「それ全然意味ないじゃん!」

「大丈夫大丈夫。いつもみたくすればいいの。」

「いつもっ…!!だっ…だめだよ!ダークちゃん!それは絶対にだめだよぉ!」

ダークエンジェルが指先で輪を作り、それを上下に動かしながら口をあける。
セックスアピールに富んだその動きは男を誘惑してやまない「あの」動きだ。
まだ正常な思考がとれるエンジェルはそれなりに残った倫理感で彼女の挙動を
止めようとする。
だがダークエンジェルの誘惑は止まらない。

「エンジェルちゃんだってわたがし食べたいでしょ?」

「わたがし……いっ…いやっ…別に食べたくありませんけどー!」

表情をひきつらせながら否定する。
彼女なりに無理をしているようだ。

「でもふわふわだよ?あまあまだよ?」

「ふわふわ…あまあま…」

幸せそうな顔をすることは誰にでもできることだ。
特においしいものを食べているときは人間はストレスをふっ飛ばすことができ
ると心理学上でも裏付けが取れているらしい。
だがおいしいものを想像するだけでここまでの顔を出来る人間はいないだろう。
エンジェルの瞳に輝きがさし、瞼を閉じればいつでも天に召されそう顔をして
いた。

(やっぱりエンジェルちゃんはちょろいわー。)

「しょっ…しょうがないですね!大好きなダークちゃんのためを思ってここは
 目をつぶってあげます…!」

「ありがとう共犯者!」

「そんな目で見ないでよー!」

「いいじゃん別に…どうせこれからもっとすごいことするんだからさ。」

ダークエンジェルはふわりと浮かびあがり大型ゲーム機体のてっぺんから顔を
のぞかせた。
今さらかもしれないが、彼女たちは魔物娘である。
ご飯を食べたり、人並みに眠りについたりとその生態は人間に似通っていると
ころがあり、ある程度は人間と共存できる可能性を秘めているのだ。
しかしたった一つ彼女たちは人間と違うところがある。
それは精を摂取すること。
子孫を繁栄するそれに加え、彼女達はある程度の精液を摂取することでその魔
力を補給しなくてはならない。
いままでエンジェルとダークエンジェルがこの日まで生きてこれたのも、空を
飛んだり、空から槍を落としたりできたのも全て魔力のおかげなのだ。

「ほんと精液さまさまだよね。」

「だ…ダークちゃん…言葉選ぼうよ。」

「あっ…いいの見つけたよ…エンジェルちゃん。」

ダークエンジェルは身をひそめながらアーケードの先を指さした。
エンジェルが目で追うとそこには一人の青年がいた。
いや、成年だろうか…。
年はともかく、男としては熟れごろだというのは本能で二人は察知していた。

「あの人金持ってるよ!エンジェル将軍。」

「ダーク大佐!説明を続けたまえ!」

「あの男が持っているそれはズバリ!カードファイル!ここであんなものを持
 ってくると言ったら…」

「カードでお買いものですね!」

「……ちがうよ。」

「えっ…?クレジットカードじゃないの?」

これだから子供はと言わんばかりの顔でダークエンジェルは両手をあげて見せ
た。

「あれはいわゆるデジタルカードゲームだよ。ほら、そこにあるゲームで使え
 るんだよ。」

「いやだなぁダークちゃんは。あれは子供が遊ぶおもちゃだよ。」

エンジェルのごく一般的な否定。
当然だ。
ヒーロー物。アイドル物。
多種多様な物があるにせよそのすべてが日曜朝7:30に放送されているような物
ばかりだ。

「エンジェルちゃん…甘いよ…あんた糖尿病には気をつけな…」

だがエンジェルの意見にダークエンジェルの目の色が変わった。

「いまどきの大人はゲームっこ世代!子供と一緒になってゲームをするのが当
 たり前の世代なんだ!つまり!団塊世代に教育上よくないと否定され続けて
 いた漫画が娯楽の中心となっていた団塊ジュニア世代が漫画を肯定するのと
 同じように彼らもまたゲームを肯定することによって自らを肯定しているの
 だ!」

「そ…そうなの!?」

「そして彼はその権化!見よ!あのパンパンに膨らみ切った長財布を!あれは
 明らかに100円玉をたくさん詰め込んだ証!これから彼に300円づつ、計600円
 を恵んでもらえればあの綿菓子の機械は…動く!」

まくしたてるようにゲームの尊さと今回の作戦を伝えられエンジェルは距離に
して二歩ほど後ろに下がった。
ダークちゃんって本当は何歳なんだろう。
動揺しながらエンジェルはふと思った。
そして我に返ったダークエンジェルを見てエンジェルはなんとなく人間には思
った以上に救済が必要なのだと自覚をもった。

「そういうわけで…ごにょごにょ…」

「うーん…わたがしのためにそこまでするの…?」

「だって最近精液もらってないでしょ?そろそろ魔力の方も足りなくなるし…」

「…わ、わかったよう。」

エンジェルはしぶしぶといった具合で返事をする。
二人は作戦決行のためにその場所を別れて離れた。

「おーい天使二人?どこ行ったー?書置きか?これ。何々?トイレに行ってき
 ます…?あー…そういえば携帯の番号くらいは教えておくべきだったかなー。
 まっ…ちょっと待ってるか。」

そして戻ってきたリーダーはというと風船のボンベをベンチの横に置き休憩を
はじめるのだった。


――――――――――――

カシャンという音が鳴る。
コインを落とした金属音がけたたましい電子音にかき消されると心が躍る。
幾重にもこの快感を味わったカード成年にかつてない衝撃が訪れた。

「こっ…これは…排出率112カートンに一つしかないレアカード!ラメ加工され
 たリリム様のカード…!!」

運命の出会いというものがある。
人は生きていれば毎日が偶然であり、それを必然と言う人もいる。
出会いのために人は生きているといってもいい、という識者もいる。
そして彼は今…出会ったのだ。
遊び続けて早幾年月、ついに出会ったのだ。
リリム様のカードに。

「まさかこのカードに出会うことができるとは…!カードショップでは凄い値
 段するし、公式ではエラーカード扱いですぐに生産中止になるしで不遇の時
 代を生き抜いてきたラメ加工リリム様がっ…ついにっ!ついにっ!俺の手に
 っ!!」

機体の前でガッツポーズを繰り返す。
右手に力が入りつつも優しくカードを排出口から取り上げる。
まるで生まれたての赤ん坊を取り上げた助産師のように柔らかい手つき。
およそガタイの良い男が生み出せる手つきではなかった。
しかし彼は今、それを体現していたのだ。
運命の出会いに彼は感謝した。
神に感謝したのだ。

「いっただきぃー!」

「えっ…。」

シュッと機体と男の間を小さな影が通り抜けた。
余りの速度と放心状態だったこともありに咄嗟に身をかわす。
しかしその目はしっかりととらえていた。
小さな影が少女であることと、そしてリリム様をひったくられたこと。
体勢をのけぞらせた男はそのすきに伸びてきた小さな影の手に対応ができなかったのだ。

「おにいさん。いい年してなにこんなので遊んでんの?これ、私にちょうだいよ。」

「なっ…!待て!ふざけるな!それは俺が…」

「えー?そうだっけー?ボク子供だからわかんないなー?」

「だっ…ダークちゃん…とても天使とは思えないよ…。」

がっかりした目つきでエンジェルはカード成年をからかうダークエンジェルを
見つめた。

ダークエンジェルが立てた作戦はこうだ。
ダークエンジェルがカードをひったくり女子トイレへと連れ込ませる。
女子トイレに連れ込んだら個室に鍵をかける。
そのまま精液を摂取してお金を巻き上げ、そしてエンジェルが第一発見者にな
るという巧妙に仕組まれた罠だった。

良識のあるエンジェルもわたがし目当てとはいえこれには反対したが、魔力が
足りなくなってきている事情もあって押し切られてしまった。

「この悪ガキ…悪ガキめええっ!」

「うっわーマジでキレちゃってるよ子供相手に。きんもー。こんな紙切れ一枚
 で何ムキになってんの?」

「やっ…やめろっ!カードの四隅を指でクニクニするなああああ!」

「あははっ!お兄さん面白いね!こうしてほしいの?ねえねえこうすればお兄
 さんは泣いちゃうの?」

手にしたカードをくにくにと折り曲げる。
角度をつければつけるほどにその顔は徐々に怒りを帯びて行くのがわかった。
ここまですれば後は追いかけっこだ。
後は女子トイレに誘導してジ・エンド。

堕落しているとはいえ同じ天使とは思えない手際の良さに若干尊敬のまなざし
を送っていた。
方向性は別として。

「ちょっとかわいそうですがこれもダークちゃんのため。お兄さんには犠牲に
 なってもらいましょう!」

「で、お前はこんなところで何をしているんだ?」

「決まってるじゃないですか!これからダークちゃんを…」

自分の影が自分の体積を超えて大きくなり自分の背後の陰りが大きくなった。
すぐさまそれは誰かが背後にいるということを察知する。
彼女の視線がダークエンジェルとカード成年の方に向いていたその時だった。
彼女の体が宙に浮いた。
意図してではない。
これはどちらかと言えば持ち上げられたのだ。
母猫が子猫を咥えて担ぎあげるようにエンジェルはワンピースを掴まれ宙に浮
いた。

「こーら。トイレは別に行ってもいいですけどゲームコーナーで寄り道したら
 だめでしょーよ。」

「り、リーダー!?」

「ん?おっ…お前すっごい軽いな?天使ってみんな空っぽのポリタンクぐらい
 しか体重ないの?」

「違います。これは空をいつでも飛べるようにしているだけで。」

「ふーん。まあ良いけどダークエンジェルは?」

「あ、エーとですねえ…そのですねぇ…」

「ん?まだトイレなのか?」

視線を伸ばしてトイレの方へ眼を向けた。
彼の眼にはダークエンジェルが映り、そしてカードファイルを持った男が映る。
それだけならまだよかった。
ダークエンジェルがその男に追いかけ回されているのだ。
男もかなりの速度で追いかけているが地形を無視して飛んでいくダークエンジ
ェルを捕まえるのは難しいらしい。

「あいつは何やってんの?」

「えーと…接客です。」

「……。」

「……苦しいですよね。」

「…すいませんお客様ー!どうされましたかー!?」

リーダーは小走りでカード成年の元へと駆け寄った。
駆け寄る頃にはカード成年は息を切らしながら両手をひざについていた。
子供と追いかけっこをするのは相当な重労働で、幼稚園児と毎日朝10時から
午後15時まで相手をすると死ぬと加藤さんは語っていた。
そう考えると別段保育士を目指しているわけでもないカード成年はわずか10分
足らずで息が上がり一目見てほぼ死んでいるように見えた。

「まだだ…まだよ…まだ俺はやれる!全てはリリム様のためにっ!」

ただ目は死んでいなかった。
愛する者を守るため。
奪われた恋人を救うため。
その目は男のまなざしだった。
その目は怒りのまなざしだった。

「ほーらこっち!こっちだって!早くしないとこのリリム様の…カー…ド…」

俺とダークエンジェルの目線が衝突した。
衝突して全ての意思が疎通された。
怒りが伝わったようだ。

「よう…ちょっと見えないと思ったらこんなところで何やってんだ?」

「り…リーダー?」

「その手に持ってるのはもしかしてお客様のじゃないのか?」

俺はダークエンジェルにずいずいと近寄っていく。
にらみを利かせて歩幅を利かせながらズンズンと距離を縮めて行くとダークエ
ンジェルは地に足をつけて立ち止まり目線をそらした。

「何をしてたんだ。お前は。」

「精液の搾取。」

「…天使がそんなこと言っちゃいけません。」

「へえー?信じてくれないの?本当の事なのに。」

目はそらしたままで表情も硬いままで。
そして不満そうな顔をしたまま答える。
声のトーンはいつもの調子に戻っているが。

「それとカードを奪うのには何の関係があったのですか?」

「…このまま女子トイレに連れ込もうと思って。」

「…とりあえずごめんなさいは?」

「だっ…だって!だって!ボクたち魔力がないと生きていけないんだよ!本当
 に本当なんだって!」

「わかった…わかったから。魔力どうのって言うのは後で聞くから。とりあえ
 ずそのカードを返してきなさい。」

カード自体に興味がなかったのかダークエンジェルはカードを手渡す。
彼女にとって精液を奪うための罠の餌でしかない紙切れはこうして救われた。

「だっ…ダークちゃん!あぶない!子供たちのパンダが来てます!」

「えっ?」

リリム様(ラメ加工 エラー品)が救われたその直後だった。

500円で動くジャイアントパンダがものすごい存在感でこちらに迫っていた。
大して速度がでないジャイアントパンダの乗り物。
しかし何時の間にやら叱ることに気が向いてしまっていたせいで接近に気付か
なかったのだ。
ちょっと移動すれば避けれるそんな速度だが、不意に巨体に近づかれたという
事実は背丈の小さいダークエンジェルにしてみればそれはちょっとした恐怖だ
ったのだろう。

「うわっ!」

後ろに飛び退きフェンスに当たる。
そしてそれまで掴んでいたカードが手から落ちた。

「あ。」

「あ。」

「なっ!」

「りっ…リリム様ぁああああああああ!うああああああああ!」

カード成年の絶叫は悲壮な最期を訴えた。
フェンスの外から落下してしまった。
激レアカードがただの紙くずになってしまうという経験は、たぶん誰にでも
あると思う。
せっかく買ったカードをポケットに入れたまま洗濯機に入れてしまったり、
せっかく手に入れたカードを悪戯で公園の砂場に埋められたり。
きっとそのきっかけはそれぞれあって、そのどれもがあきらめるという形で
決着がついてしまうのだ。

しかしそんな言葉ではあまりにも言いきれないくらいに彼の表情は悔しさで
滲み、歪み、曇り、しわだらけになっていた。

運命の別れというものがある。
人は生きていれば毎日が偶然であり、それを必然と言う人もいる。
別れのために人は出会っているのだといってもいい、という識者もいる。
そして彼は今…別離の時だったのだ。
遊びに使われることも観賞用にされることもなく、出会っただけの別離に。
リリム様のカードに。

「うおおおおっ!」

「お、お客様落ち着いてください!フェンスから乗り出したら危険です!」

リーダーは必死にカード成年を止める。
身を乗り出しそのまま手を伸ばし、指先がカードにかすり。

「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!?」

フェンスからずるりと上半身がフェンスの外に吸い出された。
体重に加速度が乗り、そのまま滑り落ちるように1階の入り口が出迎えようと
している。
落ちたところでそれはあの世への入り口になりかねないが。

「ぐあああああっ!!おっ…!お客様ああああ!!!!」

「おおー!リーダーすごーい!」

「片手で大の男を支えられるだなんて。さすがだね、流れ石だね。」

「お前ら!早く!」

「わかってる!でも記念に一枚撮ってから…」

「なんの記念だよ!!後ろから引っ張っ…」

そこまで言いかけてリーダーははたと気がついた。
今自分が支えている成年。
彼はバタバタと暴れていた。
なんでかって?
カードファイル持ったまま身を乗り出したからカードがバラバラと落っこちて
いたのだ。
空中で拾おうと必死になるのはわかるが…。
まあそのせいで。
そのせいでだ。
もうバランスが持ちそうにない。
そう思う頃には下半身が空虚に浮かび上がり、重力は消えていた。

「てえええええええええええ!?」

「ああっ!リーダーが一緒に落っこちた!?」

「エンジェルちゃん!」

「わかった!」

天使は同じく跳躍とともにフェンスから飛び降りた。
その羽で重力に逆らい、風圧を堪え、地上へ向かってブン!という音ともに
加速度をつけて行く。

「リーダーぁあぁぁああ!!」

「お客様ぁああああああ!!」

「カードぉおおおおおお!!」

「しぬうううううううう!?」

四者四様の悲鳴を上げながら重力は無慈悲に働いていく。
しかし、重力を無視して飛ぶ彼女たちは落下速度の限界を超えてリーダーに
手を伸ばす。

「リーダー!脇を広げてください!」

「こ、こうか!」

「キャーッチ!」

「アンドリリー…」

「離すなよ!?絶対離すなよ!?信じてるからな!!」

エンジェルとダークエンジェルがリーダーの両肩に手を回し踏ん張る。
二人の少女が織りなす反重力。
わずかにだが落下速度が弱まるのを感じる。
しかし自重を超えるものを浮かせるのはつらいのか、彼女たちの曇った声が
聞こえ始めた。

「だっ…ダークちゃん…!これ以上は限界かもっ…!!」

「えっ…エンジェルちゃん…!」

「がっ…頑張れお前ら!地上までもう少しだ!」

とりあえず応援してみるもののやはり苦しそうな声は止まらない。
いろいろあきらめて彼女たちに手を離してもらおうと思った。
その時だ。

「ひいっ!!?」

「おっ…お前ら!?」

ギリギリのところで落下速度が急停止する。
助かった…と言うべきなのだろうか。
様子を見ようと上を見上げる。
どうやら何かに引っ掛かっていたらしい。

「あ…これって…」

「エンジェルちゃんが飛ばした槍だ。」

「なんで店の壁にまで刺さってんだよ…。」

「あれ〜?どこで間違ったんですかね?飛ばしたのは一本だと思ったですけど
 …」

疑問符を浮かべたエンジェル。
しかしその疑問はすぐに片付いた。
例の槍で破壊されたロータリーで加藤さんが素敵なピッチングモーションのま
まこちらを見つめていた。
加藤さん…アンタそこから投げつけたのか?
なんでそこから命中させられるんだ。
おかげで助かったといえば助かったが。
我ながら危機的状況に置かれながらずいぶん余裕なことを考えている。
そんなことをふと思い、何故か笑ってしまった。
地面とご挨拶をするのはもうすこし低いところにしてもらおう。

「ふう…。やれやれ死ぬかと思ったぞ。」

「こんな男と?」

「お前お客様になんてこと言うんだ。」

「ふえー…リーダー…生きてますか?このまま天国まで案内した方が良いです
 か?」

「まっ…待て!高度を上げるな!ゆっくり!ゆっくり降ろしてくれ!」

5階層あるデパート。
いや、デパートに限った話ではないか。
この高さから落ちて無事だった奴は後にも先にも自分だけ…ああお客様がいた
な。意識を失っているけど。
とりあえずもうこの高さからは飛び降りたくないな。
そんな気のないことを考えていられるのは時間の問題だった。

「とりあえず降ろしますね。リーダー。」

「いや、待て。もう少しだけここでいい。」

「どうしたのリーダー?もしかしてボクが隠れ巨乳だってことに気づいてもっ
 と抱きしめてもらいたいの?」

「そうなのか?…いや…そうではなくてだな…。」

ちょっと耳寄りな情報が入ってきたがそれ以上に今は恐怖を感じていた。
我ながら身を震わせていた。
どうしよう、これはマジでどうしようと思った。
だって店長が入口に車を止めていたんだからな。


―――――――――――――


「本当に申し訳ありません。」

「まったく!何をやっているんだ!お客様を危険な目にあわせて!タダじゃ済
 まないぞ!」

「ううー…リーダー怒られちゃってる。」

「まあ当然だよね。お客さん落っことしといて。」

「ダークちゃん…少しは反省しようよ…。」

「…だって…精液欲しかったんだもん。」

部屋の外から怒号が聞こえ、時折ドアがびりびりと震えると天使二人は同時に
肩をちぢませる。
そんなやり取りがもうすでに30分以上続いていた。
リーダーはものすごい怒られていた。
理由は言わずもがな。
彼女たちは部屋の外にいた。
リーダーいわく後で「とりあえず今日は帰っていい」とのことだった。
怒っているわけでもなければあきれ返っているわけでもないことは彼の表情を
見ただけで天使二人にはすぐに理解できた。
ただ、いろいろ力の抜けたリーダーの顔を申し訳ないように思いだす。
親を待つ子供のように、天使二人はおとなしく部屋の外で立っていた。

「ねえ…」

「ん?」

「私たち…クビかな?」

「最悪そうかもね。助けてあげたのにね。」

「…リーダーも?」

「…さあ?」

エンジェルが下を向く。
純白の靴が眼に映る。
滲んでいく情景とともに嗚咽が響く。
身に降りかかる重み。
幼い彼女たちには耐えがたい責任が胸を締め付けて行く。

「どうしよう…」

「エンジェルちゃんは悪くないよ。ボクが保証する。」

罪悪感にさいなまれる。
特に他人に庇ってもらったりした場合は特にだ。
自らの魔力を補給するとはいえ、今回は間接的ではあるが人間一人が犠牲にな
りかけていた。
そして彼女たちはまだ年端もない少女である。
守られて当然の立場である彼女たちの身に振りかかるべきではない罪悪感が
のしかかっていた。

「でもっ…えぐっ…リーダーいなくなったら?」

核心を突かれたかのようなエンジェルの言葉にダークエンジェルの顔が曇った。
ダークエンジェルは下を向きつま先で廊下をつつく。

「…また新しい仕事を探そうよ。」

「私のせいで…リーダーが不幸になったらっ…えぐっ…」

強がっては見たものの、やはり不安は隠せなかった。
つついていたつま先がぐりぐりと動きを変えそして、力なくその動きを止める。
吸いこまれるような静けさ。
どうやら店長のお叱りは終わったらしい。
始終続いていた喧騒はようやくの終止符を打たれた。
しかし人の気配はまだ残ったままだ。
お説教が終わっただけであって続けて何かをしているようだった。
まだほんの少しだけガタガタという音が聞こえてくる。
椅子を片付けているのだろうか。
それとも机から書類を出しているのだろうか。
あるいは荷物をまとめてここから出ようとしているのだろうか。
不安が頂点に達して、苦しくて、もがきたくて。
でも天使二人には。
でも少女二人には。
彼が無事出てくることだけを祈るしかなかった。
そして…しばらくしてダークエンジェルは言葉を発した。

「そしたら…二人でリーダーを幸せにしてあげればいいじゃない。」

「ダークちゃん?」

「だって天使なんだよ?天使のやることって言ったらたった一つ。でしょ?」

「で、でも!」

「大丈夫!リーダーの事だからきっと叱られるだけですむよ。」

「ううー…怒られるのはぁ…」

「あはは怖がりなんだからエンジェルちゃんは。」

「そ…そもそもダークちゃんが仕事中にあんなことしようっていうから…」

ガチャン。

扉が開いた音。
ドアから人がぞろぞろと出てきた。
すぐさま振り向くとそこには店長。
見たこともないおじさんとさっきのカード成年が後を追うように出て行く。
リーダーの姿はそこにはなかった。

「リーダー!!」

「リーダー!!」

「…はい。」

か細い声が部屋の奥から聞こえる。
力ない返事に天使たちはあわてて駆け寄る。
どうやら思った以上にぐったりとしていた姿に様々な不安が爆発する。

「ああ…まあ…助けてくれてありがとね。」

「リーダーのお説教は助けてあげられなかったけどね。」

「いや…あれはあれでフォローがあったら不味かったので気にしなくていいです。」

「りっ…リーダー…」

「お前はなんで泣いてるの?」

「だってリーダー…クビにならなかったんですか?」

エンジェルの発言に思わず面食らってしまい…なぜだか笑ってしまった。
子供って時折自分が思っている以上に心配してくれて、ちょっとありがたいと
思ってしまう。
何となく、この暖かさがくすぐったくて、笑ってしまったのかもしれない。

「ああ…お客さんのカードは全て紛失するし危険な目にあわせたとかいろいろ
 あったけどさ。警察と話し合った結果カードのために屋上から飛び降りよう
 とするのは危険行為で営業妨害にもあたるからっていうことでなんか大丈夫
 だった。」

エンジェルが頭にはてなマークを浮かべそのまま硬直してしまった。
すまない天使諸君。
俺も叱られたばかりで頭がよく回らないんだ。
叱られたばかりじゃなくても頭が回らないけどね。たぶん。

「何言ってるかわからねえよな。俺もよくわからん。要は警察もめんどくさい
 し、命助けてもらっておいて文句言うなってことなんだよ。たぶんだけど。
 つまり君たちのおかげだよ。」

おとなって汚いだろ?
というセリフは胸の内にしまっておいた。

「ダークエンジェル的にはありだね!」

「まあそういうわけだから。クビにはなってないです。」

とりあえずにこっと笑って見せると安堵したのかダークエンジェルは顔を伏せ
て泣き始めてしまった。
ああもうお前までそんな顔をしないの。
可愛い顔が台無しよ。
エンジェルとダークエンジェルの頭を抱き抱える。
嗚咽がかすかに聞こえるが…そこまで心配してくれなくてもよかったのに。
なんていったら怒られそうだな。
二人の頭をなでる頭をなでる。
二人の声が大きくなりそうだったので、今度は背中をさすると、きゅっと二人
は力強く抱き返してくれた。

お疲れ様。
今はそれだけを言わせてもらおう。

「とりあえず…今日はもう帰ろう!俺のシフトも終わり!待っててもらってな
 んだけど今日はもう帰りましょう!」

「あ…あの…」

「どうした?」

「ボクたち…家ないんだよね…?」

「へ?」

いろいろ時が止まってしまった。
本日何度めだろうか。
まさかよりにもよって家なき子を雇ってしまったのか?

「まっ…待ってくれこの履歴書にはちゃんと書いてあるだろ!?神城町って…」

「実は…それ天界の住所なんです。」

「こうでもしないと雇っておもらえないだろうからねー。」

「んなっだってぇ!!」

「まあそういうわけだからリーダーの家に泊めさせてよ。」

「ごめんなさい!お願いしますリーダー!!」

ふてぶてしい態度をとるダークエンジェル。
渾身の力で頭を下げるエンジェル。
今日という日が余りにも劇的だったため、もう突っ込みが追いつかない。
いや、もういろいろありすぎて疲れてしまったのだろう。
でもまあ…いつもの調子に戻ってくれればそれでいいか。
俺も正直クビは覚悟してたけど…店長と会長がうまいことカード成年をやりく
るめていたおかげで助かった。
でもそれ以上にこの子たちのおかげで命が助かったんだ。
そこは感謝すべきだろう。
死んだ魂を運ぶイメージしかなかったんだが…と皮肉を胸中で言ってみるもこ
ちらをきょとんとした顔で見上げる二人を見たら何だか口元がゆるんでしまった。


「はあ…わかった。なんかもういろいろ降参だ。」

「やったね!エンジェルちゃん!家族が増えるよ!」

「か!家族ですか!!じゃ…じゃあこれからはリーダーじゃなくて旦那様って
 呼ばないと…!」

「ほらほら遊んでないの。定時退社も仕事のうちです。」

喜んだり焦ったりめまぐるしい二人の背中をポンポンと押しながら部屋の外に
追い出す。
仕事が終わり羽を伸ばす。
自分には羽はないが彼女たちの空を飛ぶ気持ちは少しだけわかったような気が
した。
屋上から飛び降りたせいかな…などと自問自答しながら駐車場に向かうと急に
現実に引き戻される。
昼間の爆音が即座に思い出された。

「あっ…これってリーダーの車?」

「あちゃー忘れてた。」

「なっ…も、もういいや。よくはないけど…。」

ローンを組んで買った安い車だが、いざこうしてひっくり返っているところを
見ると何とも悲しい気持ちになる。
これもう動かないんだろうな。
そういえば夕飯どうしよう。
部屋に布団は何枚必要だろう。
それ以前にこれからどうしようと思った。

そんなことを思いながら俺と天使たちは帰路についた。

こちらを見る天使二人は薄暗くなった夜闇にほんの少しだけ明かりをともして
くれていて、心なしか車がなくてよかったような気がした。

ほんの少しだけどね。

エンジェルドライブ!後編に続く!
13/06/12 22:45更新 / にもの
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■作者メッセージ
うーん。
お気に召していただけたらいいなぁ。><

とりあえず…後篇に続く!(出来上がり未定)

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