連載小説
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後編
 俺は、絶対にあの男を許さない。

 奴を殺すための剣も用意できた。

 あとは、いかにしてこれで奴の息の根を止めるかだ。
 ヤツは強い、まとも戦ったところで傷一つつけることすら俺にはできないだろう。だから、俺は奴を今まで注意深く観察してきた。

 そこで、見つけた。
 奴が唯一油断するスキを。
 奴がある人物と2人でいるとき、そこにスキができることを。

 あとは、チャンスが来るのを待つだけだ・・・。

〜〜〜〜


 信仰というものは、人間を動物的な無為の生活の水準から高めるにあずかって力があるのだから、信仰は実際に人間の存在を確固としたものにして、安全にするために、貢献しているのである。

 アドルフ・ヒトラー・・・わが闘争



〜〜現在〜〜

 俺の前に、以前見たサキュバスの少女が現れた。

「はあ〜い。お取り込み中?」
「見ての通りだ〜〜〜!」

 最初は、一人のシスターだった。
 森の中をつっきる、街道を歩いていていきなり彼女が現れたのだ。
 そのシスターがいきなり、街道のド真ん中でスカートを捲りあげたかと思うと、スカートの中から丸っこい物が転がりでてきた。それが爆弾と気付く前に、俺は反射的に後方へ飛びのいていた。

 激しい爆発音と共に、土埃が視界を塞ぐ。
 と、そこへ土埃の向こう側から、飛来音がこちらへ向かって来る。それを聞いた俺は、あわてて体をそらす。
 すると、土埃を裂いてショートソードの様な投げナイフ(?)が体の脇をかすめて行った。
その攻撃を避けるや、お次は上空から殺気を感じてそちらを見れば。土埃よりも高く跳躍したシスターが、こちらに向かって何本もの凶器を投げてくる。

「これが噂の黒鍵(こっけん)ってヤツか〜〜〜!」

 とにかく、俺はこの状況からとっととオサラバするために、街道から外れて森の中に逃げ込んだ。
 普通に考えれば、この状況で対象が森の中に逃げることは、追跡者にはように予想ができたはずだ。
 つまり、状況はぜんぜん好転しなかったわけだ。
 俺を追跡して来る気配も、いつのまにか複数に増えているし。完全に、敵の術中にはまっていたと言えるだろう。

 森の中を逃げていると、今度は複数の方角から凶器が飛んでくる。それを、森の木々を盾にしてなんとかやりすごす。

「聖職者が刃物なんか使うんじゃね〜。」

 と、自分を棚において苦し紛れの悪態をつくも。

「あら、あなたは魔法の方がお好みですか?」

 なんて、声がしたかと思うと。その方角から、なにやら赤い光が俺に向かって飛んでくる。それが、魔法による火球だと気付くと、俺はその火球に向かって盾をかざした。
 その盾に火球が直撃する。
 盾を持った手に激しい衝撃を感じ、周囲に熱い空気が立ち込めたが、なんとか敵の魔法を防ぎきったようだ。

 聖騎士団をやめて、彼らより有利になったことがある。
 脱退するときに拝借した装備一式だったが、冒険者として稼いだ金でこれまでの2年間の間に剣はサイクロプスの鍛冶師に(形状はそのままで)新たなに鍛え直してもらい、同様に鎧や盾もドワーフに(これまた形状はそのままで)新たなに鍛え直してもらった。鎧の上に付けているマントも、アラクネが自ら織った特別製だ。
 とはいえ、この状況ではその差は、まったくもって意味の無いものだった。

 今度は別の方角から、火球が迫ってくる。あんなものを、連続で食らっていたら身が持たないと判断し、今度は回避することにする。
 俺の脇を通り過ぎた火球は、進路上にある樹木に命中する。
 だが、その樹木は燃え上がることは無く、火球はそのまま樹木を通り抜けていく。その樹木に、いかにも“丸い物体が通りぬけました”的な丸い穴を開けて。
 その光景を見て、このときほど盾を鍛え直してよかったと思ったことは無かった。

 そんなさなか、あのサキュバスの少女と再開したのだった。
 冒頭にもどって・・・。

  追跡者達は、今やそのサキュバスの少女もターゲットにしたようだ。
  漢なら、初心貫徹で俺だけを狙えばいいものを・・・、ってシスターだから女か。
  逃げ続けるうちに、森を抜けて草原に出る。
  チラリと後ろを確認すると、追跡者達の姿を確認することができた。
 って、みんなシスターかい。

「ここは私に任せなさい!」

 と、なんとも頼りなさそうな、宣言をサキュバスの少女(ミシェリスって名前だっけ?)がすると。そのまま後ろに振りかえる。

「さあ、教会のカタブツちゃん達。私の魅力でメロメロになって、言うことを聞きなさい!」

 そう言うと、ミシュリスの瞳が赤く光る。
 だが、追跡者達はそれにまったく怯む事なく迫ってくる。

「ええ〜〜〜〜〜な、なんで〜〜〜〜〜???」
「馬鹿野郎!連中は魔物を狩る(俺は魔物じゃないぞ、断じてだ)教会の追手達だ、誘惑されないように魅了耐性が得られる護符ぐらい常備しているだろう。」
「そんなあぁぁ、ぞ〜る〜い〜。」

 俺はそのまま、ミシェリスを肩に担ぐと、一目散に逃げ出す。

「どうせなら、お姫様だっこがいいな〜。」
「そんな事を言ってる場合か〜〜。」

 後方から、また凶器が飛んでくる飛来音がした。
 だが、今度はそれと同時にミシェリスが俺に担がれながら、なにやら魔法をする。すると、突然凶器の音がしなくなる。

「何をしたんだ?」
「気流を操って、飛び道具をそらす大気の壁を作り出したの。これで、しばらくは飛び道具は大丈夫よん。」

 そこで、ミシェリスはふとある考えを思いついた。
「ちょっと下ろして、試したいことがあるの。」
「あん?」

 このまま逃げていても、いずれ追い付かれると思った俺は、彼女に任せてみることにした。なんだか、ものすごく不安だけど。
 立ち止まって、彼女を下ろすと、ミシェリスは追跡者達の方を見。

「よ〜し、誘惑できないんなら!」

 そう言って、彼女はカッと目を見開く。

「さあ、私の目を見なさい!」

 そう言って、彼女の瞳が再び輝く。
 すると、今度は追手達が次々と地面に倒れて行った。そこら一帯に、地面に倒れた追跡者達のうめき声がこだまする。

「な!何をしたんだ?」
「っふっふっふ。どうやら『魅了凝視』は防げても、『麻痺凝視』には効果が無かったようね。」

 そう言って、彼女は踏ん反りかえる。

「で・・・、なんでチミまで倒れてるの?」
「おまえが、目を見ろなんて言うから見ちまったんだよ!」
「・・・」

 しばらくして・・・

「ぜ〜ぜ〜、つ、疲れた〜〜。」

 追手を振り切るため、ミシェリスは痺れて動けない“鎧を着た”クラウニスをここまで引っ張ってきたのだ。

「ここまでくれば、しばらくは大丈夫だろう。」

 そう言って、俺は何事も無かったかのように起き上がる。

「って、何で動けるのよ!」
「麻痺はだいぶ前に解けたかだら。」
「なら、さっさと言ってちょうだいよ〜〜。」

 実を言うと、追跡を振り切ったと思ったのは大分前だったのだが、わざとミシェリスに俺を運んでもらっていた。それは・・・。

「俺が痺れている間に、大丈夫だなんて言ったら、間違いなく襲われると思ってな。」
「ッチ」
「・・・」

 やっぱり、言わなくてよかった。

「しかし、何で俺の前に現れるんだ?」
「言ったでしょう、パパとママに貴方の事を聞いて、興味が湧いたって。」
「それだけのことで、教会の連中の前に姿を現したのか?」

 いくらなんでも、怖いもの知らずにも程があると思った。しかし、俺にサキュバスの親の知り合いなんていたかな?
 そんな俺の考え読み取ったのか、ミシェリスが答える。

「私のパパとママはね〜、あなたに命を救われたのよ。」
「?」
「もっとも、殺そうとしていたのもあなだだけどね。」
「!」
「今から3年ほど前の話よ。もっとも、私はまだママのお腹の中にいたけどね。」
「3年前・・・、3年前・・・、って、お腹の中にいた!」
「う〜ん、サキュバスにもいろいろ個体差があってね、人と同じ速度で成長するのもあれば、私の様にはやく男性を誘惑できるように、成長が人と比べてかなり早いのもいるのよ。ま、中には、子供のときのまま成長が止まっちゃうのもいるみたいだけど・・・。」
「なんか言ったか?」
「ううん、こっちのこと。」
「しかし・・・、3年前か・・・。」
「そ、私が元人間ではない、生まれたときからサキュバスである以上、パパはインキュバスで〜、ママはサキュバスよ。」
「ああ、もう思い出しているよ。」

 だが、さすがに今の話をクラウニスは聞き逃すことはできなかった。
 なぜならば、その出来事はアルトヴィッヒと対決することになる、原因の一つであったからだ。
 が、今更そんな事が分かった事で、自体が好転する訳でもない。され、これからどうするか〜。ここは親魔物派の国だ、その街に入れば教会の追手もおいそれとは襲撃することはできないだろう。
 とりあえず、俺は近くの街まで向かうことにした。

「じ〜〜〜。」
「・・・」
「じ〜〜〜〜〜〜。」
「・・・・・・」
「んじ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
「何睨んでいるんだ・・・、てかいつまで着いて来る気だ!」

 笑顔でついてくるサキュバスの少女。

「興味があるって言ったじゃない。そんなモノを、大人しく逃がす私だと思う〜?」

 俺に会うために、教会の追手の前にどうどうと姿を現したヤツだけに、その言葉には妙に力強い説得力があった。

「は〜〜〜〜〜」

 俺は思わず、ため息が出てしまった。
 これじゃあ、追手が教会の刺客から、サキュバスに変わっただけじゃないか。殺されるよりは、ましかもしれないけど。
 すると、ミシェリスは意外な事を言ってきた。

「そこで提案なんだけどさ。」
「ん?」
「でね。逃亡するには先立つモノが必要じゃない?」

〜〜5年前〜〜

「アルトヴィッヒ!何処へ行くつもりだ!」

 その騎士は俺のよく知った騎士であった。

「私は、彼女を助けに行く。貴殿は、皆と一緒に逃げるのだ。」
「無茶な真似はよせ!君の婚約者は賢い女性だ、いつまでも危険な地域に留まってはいないさ。だから考えなおすんだ。」
「ああ、おそらく他の村の住人を連れて首都へ向かっているだろう。だが、今はその首都すら危険なんだ!だから、私は・・・。」

 そう彼が言いかけたとき、突如地鳴りがあたりに鳴り響いた。
 その地鳴りは徐々に大きくなり、やがて地面が揺れだす。その揺れに驚いた馬が二本立ちになり、アルトヴィヒを振り落とす。

「くそ!」
「アルトヴィッヒ!」

 馬をなだめ、再び騎乗しようとするのを、俺は言葉で止めようとした。だが、その必要はなかった・・・。

 突如として、あたり一帯に言いようのない威圧感が満ち溢れる。
 拠点から逃げ出そうとしていた、教会関係者達も思わず足を止めて、その威圧感のする方角、すなわちアルトヴィッヒが向かおうとしていた方向を皆で見つめる。
 アルトヴィッヒも、馬に騎乗するのを忘れてその方向を見ていた。

 そして、俺は見た。

 すさまじい音を上げて、地上から天空に向かって伸びる、国一つを飲み込むであろう太さの、黒い光の柱を・・・。

 その後、俺達聖騎士団には魔界と化した地域での調査を命じられた。
 当初は、男女混合の大所帯だったのだが、魔界の物と化した植物に女性が襲われるという事態が多々あり(男性は無視された)、調査員は男性のみで行われるようになる。そのせいか、調査の歩みがかなり遅れることとなる。
 もっとも、魔界化を止められなかった時点で、アルトヴィッヒの身に起こる出来事を回避することはできなかったのだが・・・。

 俺とアルトヴィッヒは、何人かの聖騎士と共に、この国の首都に向かって移動していた。俺達の任務は、首都の確認。途中休み休みながら、もはや人間界ものでなくなった光景の中、俺達は進んでいった。
 周辺の植物は奇妙にまがりくねり、空は暗雲が立ち込め、この領域に入ってから一度も太陽を見ていない。そんな、長居するだけで気が滅入りそうな場所を、俺達は首都に向かって進む。
 おそらく、首都に着いたところで、俺達はどうすることもできない。そういう雰囲気が、何も言わなくても、俺達の中で渦巻いていたのは確かだった。

 そんな中、俺達は“彼女”に出会ったのだ。

 最初に見つけたのは、アルトヴィッヒだった。

「ディリアーテ!」

 先頭を歩いていたアルトヴィッヒが、そう声を上げた。
 見れば、前方に気にもたれかかるように、一人の女性が立っている。
 俺の記憶が確かならば、ディリアーテというのは、アルトヴィッヒの婚約者の名前のはず。ならば、彼女は無事だったというのだろうか。
 アルトヴィッヒは、彼女に駆け寄ろうと走るが、その走りは彼女に届く前に止まる。何事かと俺も近づいて、その理由を知る事となる。もはや、彼女は人間ではなかったからだ。
 その姿は概ね人間の女性であった。だが、その背中には膜の無い小さな翼が生え、臀部からは尻尾が生えうねっている。そんな彼女は、アルトヴィッヒを見つけると、彼に向かって語りかける。

「やっぱり来てくれたのね。貴方なら絶対来てくれると信じていた。」

 何も知らない者が聞けば、その台詞は約束の場所に恋人が来てくれた女性の台詞のようにも聞こえただろう。だが、目の前にいるのは・・・。
 そして、アルトヴィッヒは無言で剣を鞘から抜く。

「おい!」
「・・・」

 俺は、アルトヴィッヒに思わず声はかけるも、彼は無言のまま。そんな様子を見た、彼女はアルトヴィッヒに話かける。

「そんな怖い顔しないで。私は私よ、アル。貴方の幼馴染・・・、私が風邪をひいたときに一人で薬草を取りに行って両親にしかられたアルの、婚約者。」
「・・・」
「兄のイタズラ仲間で、よく私にアリバイを頼んでいたわよね。」
「・・・」
「それだけじゃないわ。私が家の屋根から落ちたとき、助けにはいって腕に怪我をしたでしょう?」
「やめろ・・・。」
「私の両親が流行り病で死んだ時、一生懸命慰めてくれたよね・・・。」
「やめてくれ・・・。」

 そう言って、次々と2人だけの思い出話を語りだす。
 その話が出るたびに、アルトヴィッヒの剣を持つ腕が震えだすのを見る限り、彼女の話は本当のことなのだろう。それは、すなわち彼女がアルトヴィッヒの婚約者。ディリアーテの、なれの果てということに他ならない。実際、彼女の左手の薬指には、以前アルトヴィッヒが俺に自慢してみせた婚約指輪と同じ形の指輪がはめられていた。

「うわっ」
「どわっ」

 と、回りに驚愕したかのような声が響く。
 周りを見てみれば、周囲の聖騎士の何人かに、複数の女性が群がっていた。その女性達は、みなディリアーテのように背中に不完全な翼を生やし、臀部からは尻尾が生えている。その女性達は、ある者は聖騎士の兜と取っ払い顔にキスの嵐をあびせ、またあるものは鎧をはぎ取ろうとしている。
 それらの動作は、まさに娼館の娼婦のように、優しくも怪しいものだった。

「どう、私のお友達も、みんな黒い光を浴びて、こんなになっちゃったの。」

 彼女達が住民のなれの果てだと言うのなら、首都の人間達も恐らくは・・・。

 突然の出来事に、聖騎士達が慌てふためいていると。ディリアーテは、いつのまにかアルトヴィッヒに抱きつき、その耳元でなにかを彼に囁いていた。
 俺達は、この状況にどう対処しようか迷っていたのは確かだ。何しろ、彼女達は、ディリアーテの話の信じるのなら、聖騎士が守るべき無辜の民のなれの果てだからだ。
 周りでは、聖騎士に抱きついている女性達を、まだたかられていない聖騎士が引き離そうとしている。おそらく、彼女達がただの魔物であったのなら、容赦なく粛清していたのであろうが、俺達にはまだ迷いがあった。

 そのとき、俺の耳に何かを貫く音が聞こえた。
 その音のした方向を見ると、アルトヴィッヒがかつて婚約者であった女性を、自らの剣で貫いている光景を見ることができた。
 そのまま、その女性はアルトヴィッヒの足元に倒れ伏す。

 俺は、心のどこかで、これはアルトヴィッヒの婚約者に化けた魔物が、俺達をだましているのでは?と、そんなことを願っていた。
 普通、他人に化けていた魔物が死ぬと、その姿が元に戻るものである。
 だが、彼女の姿は元には戻らなかった。
 それは、すなわち彼女の偽物ではなく、目の前の魔物は、彼女が変化した姿であることの証明でもあった。

 そのまま、アルトヴィッヒは他の聖騎士達に近づいていた女性達を、次々に殺していく。

「まて、アルトヴィッヒ!」

 ディリアーテの言葉を信じるならば、彼女達はこの国の住民のなれの果てと言うことになる。だが、俺はアルトヴィッヒを止めることができなかった。止めようと思えば、止められたはずなのに、俺は彼を止めることができなった。まるで、汚れ仕事を彼に押し付けるかのように。
 しばらくして、聖騎士団の俺達以外にはその場には生きている者がいなくなった。

「俺達は教会に選ばれ、聖別された聖騎士だ。聖騎士は、無辜の民を邪悪な者達より守り抜き、邪悪な魔物を討つ。」

 まるで、それは自分に言い聞かせているようにも、俺には聞こえた。
 そして、アルトヴィッヒはこう言った。

「ここに人間は居なかった。いたのは1匹の魔物だけだ・・・」

 そして、俺達は元きた道を引き返した。
 この様子では、首都はサキュバスの巣になっていることが容易に想像できたからだ。今の人数では、戦力不足なのは確実。よって、事の実態を伝えるのを優先したのだ。

 事実、俺達の報告を受けた教会は、即座に聖騎士団の軍を編成。首都に向けて“進軍”を開始した。出撃理由は、サキュバスの大群に対する討伐命令。

 だが、俺はその討伐作戦には出なかった。

 その後も、何度もこの地にはサキュバスを討伐する軍隊が派遣されることとなる。

 そして、この事件は1匹の魔物によるものではなく、魔王のいる魔界から突如魔物の軍隊が進軍し、その侵攻結果によるものだと教会は発表した。

〜〜現在〜〜

 今日は、教会の定めた新暦の10月31日。
 親魔物派の領内で、新歴が使われているのも妙な話であるが、生活の一部として溶け込んでいる以上、疑問に思う人もいない。
 そんな新歴の上で、今日はハロウィンである。

 この町は、大陸でもかなり北部に位置する。北方に見える、まさしく壁と呼ぶに相応しい山脈を越えれば、そこはもう大氷河地帯である。
 そういえば、5年前に行動を共にした錬金術師の一人がこう言っていた。この世界は球場で、その球体は回転しており、大氷河地帯の果てに“北の果て”とも言える軸があるのだと・・・(教会にこの考えが知れたら首を撥ねられるので、他人には黙っておくように後で言われたが)。
 そんな、大氷河地帯のお膝元、この町では平均気温がかなり低く、9月にはもう雪が降り始める。実際に、今も窓の外を見ればちらちらと白いものが舞っているのが分かる。
 そのためなのだろう、今俺がいる酒場(2階は宿屋)には暖炉が取り付けてあり、その暖炉の熱が2階を温めている構造になっている。
 そんな、暖炉に一番近いテーブルで、俺は手にした本を読んでいた。そのテーブルの反対側には、件のサキュバスの少女が自腹で買った妙にでっかい(ハロウィンでよく見るカボチャに顔彫ったのと同じ形の)ぬいぐるみをかかえて座っている。店の店主いわく、クッションにも、抱き枕にもなるマルチなヌイグルミだそうで。

 あれから、サキュバスの少女は俺の雇い主に昇格した。
 なんでも、親からごっそりお小遣いをもらったとか。今では、俺は彼女のボディーガードである。もっとも、彼女に近づくろくでもない連中の大半は、彼女自身が撃退してしまうためボディーガードなんて肩書は、しょせん俺を暇つぶしで振り回す理由でしかないようであるが。
 彼女と宿屋に泊る度に、店番から「昨夜はお楽しみでしたね。」なんて台詞を毎度のごとく聞くが、何かの恒例なんだろうか?

「ねえねえ、外ではあんなに楽しそうにしているんだからさ。あたし等も外に行こ〜よ〜。」
「う〜。俺は寒いのは苦手なんだ、一人で行ってくれ。」
「なら、なんでこの町に来たのよ?」
「ここは、親魔物領の中でも、もっとも教会の勢力から離れた地域だからな。」

・・・

「んっふっふ。私の勝ち〜♪」
「く〜。」

 結局、その後ポーカーで勝負に勝ったら、大人しく引き下がるという彼女の主張に従い、勝負に出たものの。結果はボロ負け、しぶしぶ外に出ることになった。
 夕日に雪が赤く染まる外では、オバケの仮装をし、手にお菓子を持った子供達のグループが何組か走りまわっている。
 中には、本物の魔女も混ざっているようだ・・・。

「Trick or Treat?」

 外では、色々なところからお決まりのフレーズが聞こえてくる。
 むろん、子供達が扮するオバケや魔女はお菓子が目的で、本物の魔女は(主に彼女らのお兄さんに)イタズラするのが目的な訳なのだが・・・。

 適当に街を散策していると、いつのまにか複数の通りが集う街の広場に出た。中央には、でっかい木が1本植えてあり、クリスマスにはこの木が派手なクリスマスツリーになるそうだ。

 そのとき、一陣の風が広場を吹き抜ける。
 その風乗って、自信に向けられた気配を感じたクラウニスはその方向を見、そして人ごみの中の“彼”の姿を見つけた。が、すぐに人ごみに紛れて見えなくなってしまう。
 隣にいるミシェリスもその姿を確認したのか、緊張した面持ちで体を強張らせている。

「見たのか・・・」
「ええ・・・」
「・・・」
「・・・」

 周辺の明るい雰囲気の中、重い沈黙が二人を包み込む。
 初めに沈黙を破ったのは、ミシェリスだった。

「あの魔女・・・」
「???」
「今の風でチラリと見えたあの下着、間違いなく勝負下着だったわ。今夜勝負に出る気ね!」
「お前はどこを見ているんだ!」

 思わず出た蹴りがミシェリスに決まる。

「こら〜!乙女に足をあげ・・・。」

 文句を言おうとしたミシェリスは、思わず言葉を止める。なぜならば、今のやりとりの間に“彼”の接近を許してしまったからだ。もはや、“彼”は二人の目の前にいる。

「アルトヴィッヒ・・・。」
「・・・」

 無言のアルトヴィッヒは、クラウニスに向かって白い物を投げてよこした。それを黙って受け取るクラウニス。それは、片方だけの白い手袋だった。

「決闘を申し込む方法としては、いささか古すぎたかな?」
「ここで始めようってのかい?いいのか、ここは親魔物領域だぞ、おまけに大勢のギャラリーもいやがる。」
「別に・・・、仲の悪い者同士の決闘など、親魔物だろうと教会のお膝元だろうと、よくあることだ。」
「ん〜、そういう問題じゃなないと思うんだけどな〜〜。」

 偉いぞミシェリス、今のはよく言った。と、心の中で思ったものの、口に出さない俺。

 今、対峙している俺達は、聖騎士のシンボルである鎧兜を身に着けておらず、武装は腰の剣ぐらいのみ。その剣に、アルトヴィッヒの手が伸びていく。それにあわせて、警戒しながらも、俺の手も腰の剣の柄に向かって伸びていく。

 周辺には、その緊張感が伝わっていないらしく、俺達の間を何度も人が行きかい、仮装した子供達も通って行く。

「うぐ・・・」

 そんな場違いな雰囲気の中の緊張感は、アルトヴィッヒのうめき声で中段された。

 アルトヴィッヒの胸に、剣が生えていた。
 むろん、彼の体から剣が生えたのではなく、何者かに後ろから剣で貫かれたからである。その人物が、憎悪の籠った声で背後からアルトヴィッヒに語る。

「妹の・・・、ディリアーテの仇だ!」

 そのまま、アルトヴィッヒはその場に倒れた。彼の周辺の雪が、彼の血で赤く染まっていく。俺は、慌ててアルヴィッヒのそばに駆け寄る。
その異変に回りの人達も気がついたようだ。

「きゃ〜〜〜〜。」

 周囲に、誰とも知れない女性の悲鳴がこだまする。
 その悲鳴を気にすることなく、手に剣を持った男はアルトヴィッヒに向かって言い放つ。

「ずっとこの時を待っていた。お前達2人が対峙したときこそ、お前が目の前のクラウニスに集中して回りが見えなくなるそのときこそ、俺でもお前が殺せるスキができると・・・。」

 俺はアルトヴィッヒを抱き起こしながら、声を出していた。

「医者を!誰かはやく医者を呼んでくれ!」
「いつか・・・、こうなる事は分かっていたんだ・・・、彼女の・・・、ディリアーテの・・・最後の願いを聞いた・・・その時から・・・。」

 アルトヴィッヒは、自らの最後の言葉を振り絞る。

「彼女は言ったんだ・・・、レッサーサキュバスになりながら・・・、殺されるなら、せめて俺に・・・と・・・。彼女の願いを拒むだけの・・・、勇気と決意さえあれば、私も貴殿と同じ道を歩めたのに・・・な・・・。」
「お前は自らの正義を信じて進むと言ったじゃないか、お前の進む道はここまでなのか!」
「・・・」

 やがて、異変に気付いた町の警備兵によって、ディリアーテの兄は対して抵抗することもなく、連行されていった。

〜〜3年前〜〜

「どうしても出ていくのか?」

 教会の施設から出て行こうとする俺に、後ろから声をかける人物がいた。

「アルトヴィッヒか?」

 その問いに、俺は振り返ることなく答える。

「ああ、もう決めたことだ。」

 そのとき、俺はどこか遠い目をしていたと思う。

「前々から考えていたんだ、俺の正義と教会の正義とでは、信じるものは違うと。」
「聖騎士になったときに、俺達は共に誓ったじゃなか。正義を信じ、誇りと尊厳を持って無辜の民を守りぬくことが、俺達の歩む道にすると。何があろうとも、己が信じる信仰を捨てることは無いと。」
「ああ、その気持ちは今でも変わらないよ。ただ、俺の場合守るべきものが、人と魔物とに増えただけだ。」
「クラウニス・・・。」
「薄々感じてたのさ、教会の正義と信仰の間に徐々に溝が広がっているとね。神がこの世界を愛するというのであれば、この世界に生きる魔物も愛するだろうとね。だから、俺は信仰を捨てるつもりは無い。教会の人間でなくなってもな。」
「・・・」
「俺は、俺の正義を信じて進む。アルトヴィッヒ、お前のそうなのだろう?」
「ああ、俺は俺の信じた道を全うするために、教会に残る。」
「ならばそれでいいじゃないか。俺は俺の道を・・・、お前はお前の道を行く。誰にも侵すことのできない、己の信じた道をな・・・。」

 そう言って、結局俺は一度も振り返ることなく、教会を去った。アルトヴィッヒという友を残して・・・。
11/01/29 12:09更新 / KのHF
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 誤字を修正、ついでにペンネームも変更してみた。

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