連載小説
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モスマンの恩返し?(第一話)
季節は秋口。いずれ訪れる冬の気配を肌で感じられる頃。
俺は、大変に飢えていた。
腹が減った、などという次元ではない。その証拠に、飯は昨日の昼にリンゴの芯を噛み砕いて飲み込んだのが最後だ。

俺は物心ついた時から世界に絶望していた。
人間いずれ死ぬのだ。
なぜ学ぶ? 
なぜ働く? 
人は生まれた時から、「死」という谷底に向かって転がり落ちているのだ。
人生とは、その刹那にみる儚い幻に過ぎない。
だから俺は、限りある命を自らの為に使いたい。
俺は、誰よりも自分に正直に生きていく。

――――――――。

家族の前でそう豪語した次の日の朝、家から親父とお袋が消えていた。
テーブルの上には、
『もうあなたを養い続けるのは疲れました。これからは自分の力で生きていくもよし、なんとかの谷底に落ちるもよし、思う存分、好きに命を使ってください。母より』
という置手紙。

なんだい! 人の揚げ足を取って、いやらしい!
そりゃ俺がいい年して働いていないのは事実だ。それに滅多に部屋から出ない。その点は確かに俺にも非がある。

だが一人息子を放り出して夜逃げはないだろう!
せめて当面の生活費を置いていくとか、代わりに面倒を見てくれる親戚を呼ぶとか、色々あるだろ!
本当に人の親か!俺は一人では火も起こせないんだぞ!

かくして、俺の苦難の日々が幕を開けた。
最初の一週間は家に残っていた食料で飢えを凌ぐことができた。
だがすぐに限界が来た。
空腹のあまり頭に靄がかかる。思考が勝手に口に出る。

「とりあえず、食べ物探しに行こう……。裏の山になら、何か木の実とかあるだろ」

俺はふらふらとした足取りで、実に数年ぶりに日の下に出た。

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我が家は村のはずれにあり、裏手にはそこそこの大きさの山がある。
実際に山に入ってみると、山から食物を得ようという俺の判断が、如何に適切なものであったかが良く分かった。

流石は恵みの秋というべきか、木々は色とりどりの大振りの実をつけている。
乏しい知識で食用と判断できるものだけ集めていても、半刻程度で背負ってきた籠の半分ほどの収穫となった。

――してやったり!

ニヤリとした笑みが自然と顔に出る。
長年俺に小言を言い続けていた両親、その両親が俺に一泡吹かせようと講じた策を、独力で見事にへし折ってやったのだ!
もっと、もっと成果を上げて、自分の正しさを証明してやる!
俺は、自らの空腹を満たすことよりも、むしろ両親への対抗心から、さらに山の奥へと分け入っていった。

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日が傾きはじめ、俺は山から下りる途中だった。

一日中山を彷徨った結果、背負った籠には山盛りの果実。
籠に入りきらなかった食料を、むしゃむしゃと頬張る。
仮に家に着いた時、心配した両親がひょっこり帰ってきていたとしても、俺にとやかく言うことはできまい。
俺は、独力で、成し遂げたのだ!
生きるという事を!

これ以上ない程上機嫌な俺は、鼻歌交じりで来た道を戻る。

と、近くの木の虚から、一羽の鳥が飛び立った。
――はて、虚に巣でも作っているのかな?
もしそうならば卵が取れるかもしれない。
俺は期待と共に虚を覗き込んだ。



……巣はあった。だが、それだけ。

まだ作りかけのようで、編み込まれた枝や蔦にも解れが見える。
落胆してその場を離れようとした俺の目に、何か光るものが映る。
巣を構成する植物の残骸の中、何かが光を反射する。

直感のようなものが働いた。
虚に手を突っ込み、作りかけの巣を崩して、その中に見えた光る物を取り出した。

指輪である。
しかも、ただの金属のリングではない。紅く煌めく大ぶりの宝石が、絢爛な台座と共に装飾されている。
まず感じたのは、歓喜ではなく、驚きであった。
驚きの後に、妙な後ろめたさと興奮が、身体の奥の方から湧いてくる。
誰もいないと分かってはいるが、周囲をきょろきょろと確認した後、俺は指輪をポケットに入れた。


――まだあるかも――。

この木、ねじれて生えているが、そこそこに大きい。
上を見ると、丁度手を伸ばして届くか届かないかというところにも、虚が出来ている。
俺は背負っていた果物入りの籠を地面に下ろすと、興奮冷めやらぬまま、目前の木に登り始めた。

木の形状のおかげもあり、運動不足の俺でもスイスイ登ることができた。
目的の虚まで到達し、その中のを覗き込む。
既に山は夕焼けに照らされおり、暗がりの中がどうなっているのか、よく分からない。

何かが、光を反射した気がした。
期待で鼓動が早くなる。
自然と笑みがこぼれる。
目を凝らし、暗がりに顔を寄せる。
光を反射するものが二つ。
まて、今何かが動いたぞ――。




顔、であった。
人間の赤ん坊の、顔であった。
虚の中の暗がりから、こちらをじっ、と見つめている。
熱くなっていた頭が一瞬で冷える。
身体と意識が石のように固まり、時間が止まったと思った。

赤ん坊の目だけが動く。右に、左に、上に、下に。
――俺の顔を、観察している!

止まっていた時間が今度は早送りで動き出す。
俺は落ちるように木を滑り降り、虚から十分な距離を取って身構える。

――赤ん坊だった。俺の顔をじっと見て、観察してた。

顔を覚えられた、と思った。
心臓がさっきとは別の意味で早鐘を打つ。
背中から嫌な汗が吹き出る。
意識は先ほどの虚に集中させていたが、視線は周囲を警戒する。

そして気が付いた。
この周辺の木々には虚が多い。

もしや、この周辺はさっきの奴らの巣なのではないか。
虚という虚、暗がりという暗がりから誰かに見られている。
そんな、嫌な妄想が加速する。

件の虚から、先ほどの赤ん坊が這い出してきた。
その姿は、正に異様であった。

顔と手は人間の赤ん坊のそれである。
だが胴体に当たる部分は、白くてブヨブヨとした肉塊。
胴体側面にある輪文模様と、胴体下部で蠢く小さな突起から、それが芋虫であると理解できた。

芋虫赤子が、木の上からこちらに手を伸ばす。口を大きく開けて、俺に「あぁ〜」と笑いかけた。

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そこから先はよく覚えていない。

気が付けば、山の裾野を疾走し、もはや家は目前であった。
蹴破るように扉を開け、中から鍵を掛ける。蝋燭に火をつけ、家の中の暗がりという暗がりを照らし、奴が潜んでいないか確かめ……ようとして、自分が一人では火も起こせないことを思い出した。

両親は、帰ってきてはいなかった。
もし今家にいてくれたなら、どれだけ心強いことだったか。

せっかく集めた果物を籠ごと置いてきてしまったが、そんなことを後悔する余裕はなかった。

家の裏口は山に面している。
誰かが……奴が追いかけてきて、この戸を叩くかもしれない。

俺はその日、真っ暗な部屋の隅で震えながら夜を明かし、朝日が昇るころにようやく眠りについた。
14/12/21 00:58更新 / 万事休ス
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■作者メッセージ
またもやお目汚し、失礼いたします。万事休スです。
前回書かせていただいた作品は魔物娘の出番が少し少なかったので、今回はしっかりとスポットを当てていきたいと思っております。
次回からはちゃんと図鑑の可愛いモスマンさんが出る予定ですので、よろしくお願いいたします。

※2014/12/21 後半、主人公が蝋燭に火をつけ部屋の暗がりを照らす描写がありましたが、「一人では火も起こせない」という個所と矛盾するため、「暗がりを照らそうとした」という描写に変更しました。これによるストーリーの変更はありません。

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