読切小説
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人の幸せ
朝日が昇る少し前、私はいつも通り目を覚ますと、素早くパジャマを脱いで、着慣れたメイド服へと着替えた。
軽く身だしなみを整えると、カーテンを開け、薄暗い光を部屋の中へと取り入れる。そして、鏡に全身を映し、おかしなところがないかを確認する。
「大丈夫そう、かしら…?」
何度かその場で回り、服のよれなどが無いことを確認すると、私はドアを開けひんやりとした空気が張り詰める廊下へと出た。
はぁー、手に息を吐きかけると、真っ白、とまではいかないが、白いことは十分に分かる息が出た。
寒くなった、そんなことを思いながら、私はすぐ隣の扉を控えめにノックした。
コンコン。
「ご主人さま、起きていらっしゃいますか?」
コンコン…。
控えめにノックが返されると私は一階へと降り、朝食の準備を始めた。
彼は口数の多い方ではない。なので、私が毎朝起こしに行っても、返事の様なものを返された記憶はない。いつも、ノック音を返して、起きていることを私に伝えてくる。
起こしてくれ、という彼のお願いで、私も毎朝起こしに行くが、あんな朝早くに起きて何をしているのだろうか。なんてことを考えたことはほんの一度か二度、彼にだって彼のプライベートがある、私の様なメイドごときが足を踏み入れることなど決して許されない。
私が朝食の準備を済ませた頃、彼はいつも通り下りてきた。
「おはようございます、食事の準備はできていますよ」
「ああ」
使ったフライパンや鍋などを洗いながら私が告げると、彼は少しも眠たげな顔をせず、いつも通りの無愛想な返事をし、私の横に並んだ。そして、私と同じように洗い物を洗いだした。
「いつもありがとうございます」
「…」
私がお礼を言っても、彼は何の反応も示さなかった。ただ黙って洗い物をしてくれていた。
メイドが主人と一緒に食事するというのは普通はありえないことだが、彼は私が一緒に食事することを許してくれている。もっとも、許すというよりも、昔から一緒に食べていたので、彼からすると、当たり前のことなのだろう。
朝食を済ませ、一緒に食後のコーヒーを飲んでいると、外を眺めていた彼が口を開いた。
「今日は出かける日か?」
「えっ、1、2、3、ああ、そうですね、今日です」
私は指折り数えて頷いた。
私は三日に一度街へ行き、食材や必要な消耗品を買ってくるようにしている。
今日がその日だということを思い出した私は、まだ少し熱いコーヒーを飲み干し、出かける準備を始めた。

「もう少し着込んだ方がいいかしら…?」
外の様子を何度も見ながら私が外出するための服を選んでいると、小さくノック音が部屋にこだました。私が返事をすると、ほんの少しだけ扉が開き、彼が顔を覗かせた。
「少しだけいいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「今日だが、悪いが夜に帰ってきてくれないか?」
「えっ?でも…」
「悪いがそうしてくれ」
彼はそれだけを告げると扉を閉めた。しかし、すぐにまた少しだけ開き、今度は何か言いたげな顔を覗かせた。
「他にも何かご用ですか?」
「…似合っている、と思うぞ。その私服」
彼は恥ずかしげに言うと慌てて扉を閉めて行ってしまった。
「…これ以上着る必要はないわね」
私は熱くなった顔を手で扇ぎながら、厚手のコートをタンスにしまった。

「それでは行ってまいりますので、戸締りの方、よろしくお願いします」
「わかった…気をつけてな」
彼はそう言うと扉を閉じる。すると、すぐに鍵が閉まる音が聞こえた。私はその音を聞くと、街へと歩き出した。
街まではゆっくり歩いても30分ほどで到着する。時間で考えれば少しかかるが体感的にはそれほど遠いと思ったことはない。なぜなら、山の頂上にある家から麓にある街まで道すがら、木々や葉っぱなど見て、季節の移り変わりを楽しんでいるからだ。
今日は雪はまだ降っていないが、めっきり葉の数は少なくなり、風は冷たく、突き刺す様に痛い。
そういえば、私と彼があの家に来たのもちょうどこんな寒い季節だった。
…私と彼があの家に捨てられて、もう一年が経つのね。


私が旦那様、つまり彼の父親に雇われたのは十年近く前のこと。
彼の専属メイドとして彼の身の回りの世話をしてほしい、旦那様から事前にそう頼まれ、彼の写真も頂いていた。綺麗な金色の髪をした少年だった。しかし、可愛らしい、とは思わなかった。なぜなら、少年の目は年相応の可愛らしさや、純粋さなど微塵もない、ひどく冷えた目をしていたからだ。
写真を見たのはその一度きりで、その後写真を見ることなく、私はお屋敷で働く日を迎えた。
お屋敷に着くとまず白髪の執事によって、ダイニングへと通された。そこにはすでに十数人の人間のメイドと、数人のシェフが並んで立っていた。少し待っていると、旦那様と写真と瓜二つの少年が手を繋ぎながら部屋に入ってきた。
そこで私は違和感を覚えた。写真の子はこんなにも幼そうだっただろうか…?
旦那様は端の席に座り、少年をその膝へと座らせると、私の仕事内容を説明してくださった。もっとも、外で説明されたこととさほど変わりはしなかったのだが。
旦那様の説明が終わると、不思議なことに一人のメイドが私をとある部屋へと連れて行った。私がお世話するはずの少年は目の前にいるというのに。
メイドは私を部屋の前へと連れて行くと、ノック等をすることもなく立ち去った。
不審に思いながらも、私がノックすると、しばらくして扉が少しだけ開き、先ほど旦那様と一緒にいた子と全く同じ顔をした少年が怪訝そうな顔を覗かせた。
この子だ。
私は彼の目を見て、すぐに写真を思い出した。この子の目は写真で見たものとそっくりだった。
事情を話すと、彼は周囲の様子を何度も確認したのち私を部屋の中へ入れてくれた。
部屋の中は安上がりなアパートの一室の様だった。豪華な宝飾や装飾は一切されていないベッドに机、ところどころ汚れの目立つキッチン、古そうな洗濯機にタンス、目につくものはそれくらいだった。そのくせ、無駄に広いことが逆に物の少なさを感じさせた。
私はトランクをその辺に置き、上着を脱いでいると、小さく扉がノックされた。彼の方に目を向けると、彼は何も言わずに扉をじっと見つめていた。
私は少しためらいながらも扉を開けると、そこには申し訳なさそうな顔をした白髪の執事が立っていた。
要件を聞くと、先ほどの旦那様の説明の補足をしにきたということらしい。
まず一つに私の部屋はないこと、二つ目に彼の勉強を見てあげること。そして、最後に彼以外の人間とは話さないこと、もし何かあれば、他の人が近くにいない時を見計らって、自分に要件だけを告げるようにとのことらしい。
執事は申し訳なさそうに頭を下げると、足早に去っていった。
訳が分からない…。
なぜ、彼と以外話をしてはいけないのか。そして、旦那様と一緒にいた子は誰なのか。そして、この子は一体何者なのか。
いろいろな疑問を持ちながら扉を閉めると、いつの間にか彼が傍に立ち、一冊のノートを差し出していた。私がそのノートを受け取ると、彼はじっとこちらを見つめた。
その視線を気にしながらも、彼に渡されたノートを開くと、そこには洗剤が足りない、トイレットペーパーがなくなりそう、などのことが書いてあった。
「…これに欲しいものを書けばよろしいのですか?」
私が尋ねると、彼は小さく頷き、今度はボールペンを差し出してくれた。
一応受け取りはしたが、私自身今何か書く必要のあるものはない。しばらく私が考えていると、彼は不思議そうに首を傾げながら恐る恐る口を開いた。
「あなたのベッドとかは…?」
「えっ?」
私は普通に礼を言いながらも内心驚いていた。写真で見た時の彼はひどく感情の冷めた子だと思っていた。
しかし、今日たった今会ったばかり、そのうえ口頭で自分のことを伝えただけの私のことを考えてくれる。本当はそんな優しい子だった。

その日の夜。
「あなたの必要なものは明日中に届くらしいです」
廊下にぶら下げておいた例のノートを見ながら、彼は私にそう告げた。
「分かりました。あの…わざわざありがとうございます。私などのために」
「…いえ。あと、今日は僕のベッドで寝てください。僕はその机で寝るので」
「そ、そんなことまでしてくださらなくても大丈夫ですよ…!」
私が慌てて手を振り、提案を断ると、彼はビクついた。
「ご、ごめんなさい、余計なこと言って…!で、でも、あなたをそんなところに寝かせるわけには…」
「…じゃあ、その、少々、いや、かなりおこがましいのですが…一晩だけ一緒、というのはどうでしょうか?」
我ながら馬鹿らしい提案をした、言った瞬間私が後悔していると、消え入りそうな声で彼が呟いた。
「…あ、あなたが、それでいいのなら…。ぼ、僕も構いません…」

「せ、狭くはないですか?」
「私は大丈夫です。ご主人は大丈夫ですか?」
「大丈夫です…」
私たちはお互いに背を向けながら、一緒にベッドに体を横たえていた。だが、初めてで慣れない環境のせい、というのもあるが、基本的には彼の存在が気になって私はなかなか寝付けなかった。
彼がいるために寝返りを打つこともできず、彼の寝息が聞こえないために、あの机で寝ることもできない。私が言ったことを再び後悔していると、彼が変わらずおずおずと話しかけてきた。
「すみません、まだ起きていますか…?」
「は、はい。何でしょうか?」
「あっ、ごめんなさい。用事ではないんです。ただ…」
「ただ…?」
「ただ、嫌になったら無理せずに仕事をやめてください」
「えっ?」
私は体の向きを彼の方へと向けた。彼は変わらず私に背を向けていた。
「別にあなたが嫌いとかではないんです。ただ、僕は存在を許されていませんから、あなたもきっと僕と同じ様に扱われてしまうと思うんです」
「おっしゃっている意味がよくわからないのですが…?」
「…長くなってしまいますけどいいですか?」
彼は私の方へと体を向けた。


気がつくと、私は彼の頭を抱きしめて眠っていた。
優しく彼の頭を撫でながら机の上に置いてある置き時計へと眠い目を向ける。まだまだ日が昇るまでには時間があった。もう少し寝ていても文句は言われないはず。
…いや、誰も文句など言いには来ないだろう。
だって、私たちは存在しないものなのだから。

彼には双子の兄がいるらしい。朝、旦那さまと一緒にいた彼がそうなのだろう。旦那さまは、兄の方にだけ上等な教育、上等な品々、そして、兄の方だけを愛しているらしい。彼のことはいないものとして扱っていたとのことだ。
先に頭を出したのがあっちだった。
そして、彼曰く、自分が生まれてきたせいで母親、つまり奥さまが死んだのだという。兄に加え、自分を立て続けに産んだことによる体力の異常なまでの消耗によって亡くなったのだという。
少なくとも自分はそのことを、母親に仕えていたあの白髪の執事から聞かされ、この仕打ちはもっともであると納得している。
だから、僕のメイドになってしまったら、あなたも同じように扱われる。だから、無理をしないでほしい。
彼は涙を堪え、唇を震わせながらそう語った。
そんな彼を見て、私は立場など忘れて彼を抱きしめた。そして、彼と一生共に過ごそう、本気でそう思った。

その後の私たちのお屋敷での暮らしはとても楽しいものだった。一緒にご飯を作り、一緒にお昼寝をし、夜になると時々、お屋敷を抜け出して天体観測をしたり。
歳を重ねるごとに彼は少しずつ無口で無愛想になっていったが、本来の優しさだけは決して変わらなかったし、私の彼への気持ちも決して冷めることはなかった。
そして、彼が二十歳になった時、旦那さまは私と彼を、お屋敷から遠く離れた山の頂上にある家へと私たちを出て行かせたのだ。


街へと着く頃には、日はすっかり昇り、市場はかなりの人や魔物たちで賑わっていた。
私はいつも通り、サテュロスからワインを、ホルスタウロスからは牛乳を、というふうに買っていくと、お昼頃には両手に大量の荷物を抱えていた。
そんな荷物を抱えながら、私はいつも買い物の後に寄っている行きつけの喫茶店に向かった。
喫茶店の扉を開けると、お昼ということもあってかお客さんは多く、テーブル席はほぼ満席状態だった。私は端のカウンター席に座り、横の座席に荷物を置いた。
「相変わらず、たくさん買いこむねぇ、お嬢さん」
そう笑いながら言うと、喫茶店のマスターはお水を差し出してくれた。
「ええ、毎日来れればいいんですけど…。やはり、それは少々面倒ですので」
「全くだ。俺も買い物に行くのは…「パパ!」」
マスターが喋っていると、メイド服に身を包み、その可愛らしい顔をふくれっ面にしたサキュバスが奥の厨房から出てきた。
「なんだよ、うるせーな」
「お昼時は忙しくなるから手伝って、って言っておいたじゃない!」
「俺が料理できないことぐらいお前だって知ってるだろ?」
「だったら、料理を運んでよ!」
「男が運んでいって喜ぶ客がいるか、バカ」
「屁理屈ばっかり言って!」
「まぁ、そう怒るな。そのうち、また妹ができて、その子にも手伝ってもらえばいいんだから」
「あー!またそうやって、ママのことばっかり可愛がって!あたしのことは全然は相手してくれないのに!」
「娘に手を出す親がいるか!さっさと仕事しろ、仕事!」
ふん、とサキュバスは鼻を鳴らして厨房へと戻っていった。そんな様子を見て、マスターは大きくため息を吐いた。
「全く、困ったもんだ」
「あはは…。仲がよろしいんですね」
「よすぎるってのも、考えもんさ。俺にばっかりくっついてきやがって、早々結婚相手を見つけてもらいたいね」
マスターは頭を抱えてぼやいた。
結婚相手、か。私も彼と…。いや、それは高望みしすぎか。私は所詮彼のメイド、それ以上でも、それ以下でもない。今の状態が続くのがベストなのだろう。
私がそんなことを考えていると、また厨房からサキュバスが出てきた。
「さっきは聞きそびれちゃってごめんなさい。ご注文はお決まりですか?」
「えっ、あっ、うーん。おすすめはなんですか?」
「最近のおすすめは、熱々のグラタンと、スープのセットかな」
「では、それをお願いします」
サキュバスはかしこまりました、とにっこり微笑み、厨房へと戻っていった。


「それにしても、今日はずいぶん長くここにいるね」
季節も季節だけに、早々暗くなっていく外を気にもとめず、コーヒーを飲みながら本を読んでいると、マスターがコップを拭きながら話しかけてきた。
「お邪魔でしょうか?」
「いや、そうじゃないんだ。ただ、いつもはご飯を食ったらさっさと帰っちまうからさ」
「今日は遅く帰ってくるように言われているので」
「ほお、そうなのか。…つかぬことを聞くが、あんたのところのご主人、金髪だろう?」
「えっ、ええ」
私が驚きながら頷くと、マスターは胸ポケットからある写真を取り出した。
そこには、サングラスをかけ、マフラーで顔を隠している、金髪の男性が映っていた。
「この子だろう?」
「…はい」
私にはこの写真の男性が彼だとすぐに気がついた。サングラスやマフラーで顔を隠しても、その綺麗な金髪は彼以外にありえなかった。
「この子が、数週間ほど前から、度々店に来るようになった。それも、必ずあんたがお昼に来る日の、朝早く」
「えっ?」
「何の用かと尋ねたら、俺の店でキキーモラを働かせてやってほしい。そして、結婚相手を見つけてあげてほしい、ってな」
私にはマスターの言っていることがだんだんよくわからなくなってきていた。
なぜ彼が街へ?なぜ彼がこの店?なぜ彼は私がここで働くことを望むのか?なぜ彼は私の結婚相手を探しているのか?
そして、なぜ彼は私を捨てようとしているのか?
私が静かに混乱していることに気づかず、マスターはどんどんと話を進めていく。
「なぜそんなことを頼む、俺がそう尋ねるとそいつは苦しげにこう答えたよ。自分じゃあ、その子を幸せにできない。自分は亡霊の様な人間だから、と」
「幸せに、できない…?」
マスターは静かに頷くと、呆れる様に微笑んだ。
「ああ、まだまだ若いってのに、何が幸せにできない、だ。そんなものはやってみなきゃわからないし、そもそも、人が何に対して幸せを感じるか、なんてのもわからない」
「…!」
「だから、俺は…って、ちょっ、お嬢さん!」
私はカウンター席から降りると、お代を払うことさえ忘れて店を飛び出した。そして、真っ暗になり、雪までちらついている中、自宅まで一度も止まることなく走り続けた。


自宅に到着すると、白い息を絶え間なく吐き出しながら、何度も扉をノックした。そして、扉が開き、彼の姿を確認した瞬間、私は彼に抱きついて、押し倒した。
「はぁ、はぁ、私は、あなたと一緒にいるだけで、幸せなんです。あなたと結婚できなくても、あなたの顔を見ているだけで、幸せなんです。はぁ、はぁ、だから、勝手に私の幸せを推し量らないで、ください…!」
「…ごめん」
彼は謝ると、私の背中と頭に手を回し、優しく撫でてくれた。
「落ち着いたか?」
「はい…ごめんなさい。急に抱きついたりして」
「いや、大丈夫だ。立てるか?」
私は頷き立ち上がった、そして、押し倒してしまった彼に手を差し伸べた。彼は立ち上がると、私の手を離すことなく、ダイニングへと私の手を引っ張っていった。
彼がダイニングへの扉を開けた瞬間、とても良いにおい、美味しそうなにおいが漂ってきた。そして、中に入ると、
「す、すごい…!ご、ご主人さま、これをお一人で作られたのですか?」
「ああ、だが、こうして見てみると、あなたがいつも作ってくれるものの方が美味しそうだ」
私は首を何度も横に振った。私が作っているものなど、今目の前にある、料理に比べたら全く足元にも及ばない。
チョコのホールケーキ、色彩豊かなちらし寿司、美味しそうな色に揚がったから揚げなど、それ以外の料理もとても美味しそうだった。
「このために私の帰りを遅らせたのですね。でも、どうして今日なのですか?」
「今日で、ここに暮らし始めてちょうど一年だ。その節目と…」
彼は一度言葉を切ると、ポケットの中に手を入れ、小さな箱を取り出した。そして、私に差し出した。
「…俺はあなたのことが好きだ。こんな俺のずっとそばにいてくれた。あなたは一緒にいるだけでいいと言ったが…俺はあなたと結婚したい。あなたはどうだろうか?」
彼は顔を真っ赤に染め、自信なさげに箱を開けてくれた。中には彼の髪とは対照的に綺麗に光る銀色の指輪が入っていた。
しかし、私はすぐには受け取ることが出来なかった。受け取る前に聞いておきたいことがあった。
「ご主人さまは私に隠れて、数週間前までは私の結婚相手を探していたみたいですね?なのに、今は私と結婚したいですか?」
「ああ、確かに俺はずっと前からあなたにふさわしいであろう男性を探していた。自分じゃああなたを幸せにできない、あなたもきっと別の人と一緒にいる方が幸せだ。そう決めつけて行動していた。でも、あの喫茶店の主人に言われたんだ」
「なんて?」
「彼女の心が読めないくせに、これが幸せだって押し付けるのは優しさなんかじゃない。それはお前の責任逃れだ、そう言われた」
「ご主人さま…」
「自信は…あまりないが、俺はあなたを幸せするために最大限努力する」
「ふふ、そこは嘘でもあなたを幸せにする!って言った方が女の子はキュンとくるものですよ?」
「えっ、あっ、ああ…。だが、嘘は…「わかってます、あなたが嘘をつけない優しい方だということは」」
私は彼の言葉を遮った。そう、彼は嘘などつけないのだ。ずっと、偽りの中で生きてきたから。それゆえにこんなにも不器用で優しい。そんな彼が私も…。
「泣いているのか?」
「ええ、そうですよ。あまりにもご主人さまが情けなくて」
「ごめん…」
俯く彼に私はまた抱きついた。そして、彼の耳元へと顔を寄せる。
「でも、そんなあなた様が私も大好きです。ご主人さま、いえ、あなた、私をあなただけのものにしてください」
私がそう囁くと、彼は答える代わりにギュッと力強く抱きしめてくれた。そして、お互いの唇で永遠の愛を誓い合った。


「戸締りよし、鍵持った、財布持った。よし、準備完了」
「そんな大袈裟な、そういえば、サングラスはいらないのですか?」
「ああ、もうあなたに隠れる必要がないからな。行こう」
「はい、あなた」
私と彼は手を繋いで街へと向かった。
16/09/19 13:47更新 / フーリーレェーヴ

■作者メッセージ
読んでいただきありがとうございました。
今回もキキーモラらしさがあまり出ませんでした。申し訳ございません。
設定等もいつも通りのガバガバでしたが、読んでいただきありがとうございました。

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