連載小説
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影の男 ACT.2
結論から言えば、私は間に合わなかったのだろう。
なぜなら、すでに居住区からは嬌声が響いており、濃厚な魔力を感じ取る事ができたからだ。
「・・・クソッ」
私は急ぎかけ出した。ここはもうダメだ。なら、次に向かうべきは王宮だろう。おそらく難を逃れた人々が門の前に詰め掛けている筈だ。彼らを誘導し急ぎ避難させなければならない。
しかし、私が向かおうした時、上空を大量のハーピーやサキュバス、ホーネットやハニービーが通って行った。
それを見た瞬間、私は愕然とした。分かっていたのに、私はまた止められないのか。どうしようもない気持ちを抑え、また私は走り出そうとした。
その時。
「・・・っ〜⁉」
不意に王宮の方を見つめた。
途轍もない力が二つ、王宮にあるのが今わかった。
「まさか・・・今まで力を隠していたと?」
だとすれば相当の使い手。ここまで存在を隠す事ができるとは。
そのことが頭に浮かんだ瞬間、身体が氷に包まれたかの様な感じがした。
「ウィルマリナが、皆が危ない⁉」
これだけの魔力。相手はおそらく格上。油断すれば瞬間的に堕落させられてしまう。
一応対策は講じてある。だが、万が一もあり得る。
「・・・させるものか‼」
そんな事はさせない。皆を、助けねば。
剣を構え、私は王宮に向かった。




ついた時には、王宮の門の前は酒池肉林の如き光景を醸し出していた。
「んっ、んんっ‼ひひよ‼らひてぇ‼ひっぱひろまへてぇ‼」
兵士の肉棒を咥え込み、根本まで飲み込んでいるゴブリン。
「あっ、あっ、あっ‼おちんちん硬くて大っきい‼気持ちいい、気持ちいいよぉ〜‼」
青い身体に男を取り込み、中で男を愛撫しつつ自分も快楽に溺れるスライム。
「ホラホラホラ‼もっとチンポデカくして突き上げな‼こんなフニャチンじゃ、感じるものも感じないよ‼」
おそらくは兵長だった男に跨り、ひたすらに腰を振り下ろすオーガ。
周りでは沢山の人と魔が交わり合い、淫靡な光景を作り上げていた。差し詰め一つの絵画の様に。
無力だった。この瞬間、私は誰よりも無力だった。ただ目の前の光景を見つめる事しかできない無力な男だった。
「・・・・・・・・・‼」
悔しかった。その無力さが。
だが、立ち止まって嘆いている暇は今はない。自分を叱咤し、再び走り出した。
しかし、神は何処までも非情だ。急ぐ私の前に、再び魔物達が立ちふさがった。その数は今までの倍以上に登っていると思われた。
「・・・っ退け‼今は手加減効かんぞ‼」
「そう言われても」
「デルエラ様から貴方だけはお城にいれない様に言われてるの」
「だから、ごめんね?」
言って襲い来る魔物。私はマントを掴み、
「はぁっ‼」
魔物達に向け振るった。マントに掛けられた術式が発動し、魔力の風を生む。
「「「「「「えっ⁉いやあああああ⁉」」」」」」
暴風をマトモに受けた魔物達は、彼方此方に吹き飛ばされた。あまり手荒な真似は好かないが、今は急ぎだ。もし傷ができていても彼女達魔物なら直ぐに癒えるだろうしな。
魔物達を突破し、王宮の門の一部を
「セリャアァァァァァァァア‼」
持っていたもう一つの剣を抜き放ち切り取る。そこから王宮に入り込むと、異常なまでの強大な魔力を肌で感じる事ができた。
マズイ、急がねば。
全力で駆け出し、王宮の扉を蹴破った。




中に入ると、相手が格上なのがつくづく分かる様になった。
いけない、急いで皆の元へ行かねば。助太刀なくば勝てる相手ではない。
すると、
「おや、本当に来た。中々威勢がいいじゃないか、アンタ」
目の前に何者かが立ち塞がった。あの容姿、恐らくはジパングのウシオニ。
「へへっ、あのいけすかないリリムについて来たかいありだわ」
此方に向け、臨戦態勢をとる。
こんな魔物まで引き連れて来ているとは、どうやら相手も本気らしい。だが。
「悪いが、貴殿の獲物になる気はない。引いて貰おうか」
此方もこの程度で引く様な覚悟は持ち合わせていない。
「つれないね。相手しとくれよ。どっちも、さ‼」
言って飛びかかってくるウシオニ。初撃を後ろに飛び下がり躱して、着地したウシオニに向け、
「ドレイン‼」
ドレインの魔法を床に這わせる様にコントロールさせて向かわせる。
着地した瞬間のどうしようもないタイムラグに向けて放たれた躱しようの無い面攻撃。
「ぐうっ⁉」
直撃は免れ無い。
しかし、この程度で終わりなら、
「ふうっ、やるじゃないか。なかなか効いたよ」
ウシオニはジパングで恐れられていない。ウシオニは、無尽蔵の体力が特徴だ。面攻撃に変えた所為で、威力の落ちたドレインでは足止めにしかならない。マミーの呪いなど余計に興奮させる結果にしかならない。
「じゃあ今度はあたしの番だ‼」
突撃して来るウシオニ。それを、魔力障壁を作る事により止め、その隙にドレインを腕に集中させる。
しかし、
「こんなチャチな壁で、止め切れると思っていたのかい⁉」
そんな暇すら与えず、障壁を破壊するウシオニ。恐るべき力だ。
「ちっ‼」
急ぎチャージを中断し、横へ飛ぶ。その横を、ウシオニが駆け抜けて行った。
まともにぶつかり合えば、間違いなく無傷では済まない。出来るだけ手傷は負いたく無い。
なら、ぶつかり合う事すらさせずに倒すに限る。
腕から発生させた魔力を弓の形に形取る。そして。もう片方の腕、に貯めておいたドレインを流し、矢の形にする。さらに、矢の方にドレインで形どった糸をくっ付ける。
ウシオニが勢いを止め、此方に向け再び走る準備を整えていた。その隙に矢を弓につがえ、構える。
このやり方は多対一では使いにくい。矢を生成するまでに時間がかかるし、一体を狙う間に他に叩かれるからだ。
だが、こういった一対一ならそれを補うだけの隙を作り出せる。
再び突撃の構えを見せたウシオニが、此方の様子に気づいた。が、
「もう遅い・・・‼」
弓を引き絞り、狙いを定める。
そして、
ーヒュンッ‼
ードッ‼
「があ⁉」
一条の輝く矢が、ウシオニの胸を射抜いた。あくまでも体力を奪い自分の糧とするだけの術。傷つけはしないが、先程とは桁違いの集中度。流石に耐えられるとは思えない。
「うーん・・・」
全くその通りにウシオニは倒れ伏していた。時々ピクッと動いている。もう立てないと思われた。
予想外の障害を何とか捌き、私はまた急ぎ走り始めた。
だが、すぐにその足を止めた。近くに覚えのある魔力を感じたからだ。
「ミミル‼」
この近くだと判断した私は、魔力のする方へ走り出した。




私がたどり着いた時、闘いは佳境を迎えていた
闘いは、ミミルの不利だった。
ミミルの魔法は全て相手に捌かれ、逆に相手の魔法を、ミミルは防ぎきれないでいた。
相手はバフォメット。黒い毛並みを持っていた。
相当の実力者なのだろう。恐らくは、感じた二つの魔力、その片割れだろうと思った。
このままではミミルが危険だ。そう感じた瞬間、相手のバフォメットの魔力が一段と上がり始めた。
まさか、これで決める気なのか。だが、させる訳にはいかない。
急ぎ二人の間に立ち塞がり、魔力障壁を何重にも展開する。
「おじさん⁉どうして⁉って言うかこの馬鹿でかい魔力はなに⁉おじさんこんな」
「下がれ‼全力で防ぐつもりだが、防ぎ切れるかは分からん‼」
ここにいる訳と私の魔力について問うて来るミミルを下がらせ、さらに周りに防御結界を張り巡らせる。
「ん?何じゃお主。せっかくそこの娘を堕落させようと思ったものを」
「生憎こんな小さな子を放っておく訳が見当たらないのでな。助太刀だよ。ただの」
「ほう。ワシの魔法を防ぎ切れる自信があると?次はワシの全力じゃぞ?」
「私も伊達に将軍をやっていないものでな‼」
貼り終わると同時、相手の魔法が完成を見せた。
「ほう、中々の自信じゃな。その自信がどこまで持つかの?」
「そちらこそ、取って置きを防がれて涙ぐまないよう気をつけるがいい」
「言うてくれる‼」
バフォメットが魔法を打つ為に構える。その手に、光が集まって行く。
私は、障壁と結界に魔力を込め備える。
そして、
「ゆけっ!」
「効かん‼」
障壁と魔の力がぶつかり合った。
途端に
ーパリンパリンパリン‼
次々に突破される障壁。だが、枚数を重ねている為か、ジンワリとしか相手の魔法が進まない。
「中々硬い守りじゃの。突破するのはちと骨が折れるか」
「突破するのがそもそも無理だよ‼」
などと言っているが、無論嘘だ。私が先程展開し重ねた障壁は、破壊されたらその後すぐに再生するタイプのもので、無論これも組み上げるのに時間がかかるので多対一では使えない。一対一、それも相手が大魔法を打ってくる際の防御にくらいしか使えない。
だが、張ってしまえばほぼ相手の攻撃を防ぎ切れる代物だ。今回はマントの裏に書いてある発動用の紋章(使い捨て)があったので重ねて発動すらできた。
しかし、それですら防ぎきれない。再生速度が、破壊のスピードに追いついていない。だから少しずつ結界に近づいてきているのだ。
(防ぎきれるか?)
ーパリンパリンパリン‼
突破される障壁。だが、突破されるスピードはさらに落ちていた。
しかし、障壁の枚数も僅かで、状況は五分五分だった。
「ぐぅ〜‼」
「う、ぬうぅ‼」
終わらない前進。そして、
ーパリン‼バリバリバリバリ‼
遂に障壁が突破され、結界と相手の魔法がぶつかり合った。
ジリジリと音を立てる結界。しかし、先程までの障壁で相当勢いと威力が削げたのか、破壊には至っていないようだ。だが、油断はできなかった。
少しでも油断すると直ぐに突破される。そうすれば、後ろにいるミミルが・・・
そう考えた瞬間、身体から力が湧いてくるような感じがした。負けられない。負ける訳にはいかないのだ。そんな気持ちが私に力をくれた。
そして、遂に。
ーバリバリバリ・・・シュウゥゥゥ・・・
「はあっ、はあっ」
「・・・まさか本当に防ぎ切られるとはの。驚いた」
私の結界はヒビ割れる事すら無く、攻撃を防ぎ切った。
なんとか競り勝てた。運が良かったのだろう。
ここからは、反撃だ。
「・・・ふうっ。さて、今度は」
「待って」
と、行こうかと思っていた私を、ミミルが止めた。そして、
「・・・なんだ」
「ここは任せて」
とんでもない事を言い出した。
「何をバカな事を‼お前を放っていけと⁉」
「うん。そう」
「ふざけるな‼私に見捨てろと言うのか‼助けられるのに‼」
「でも、ここでおじさんが足止め食らったら、救える人も救えないよ」
そう言ってある方向を見つめるミミル。その方向には、フランツィスカ様の寝室があった。
「・・・‼」
確かにフランツィスカ様は、病弱な方で、闘う事など全く出来ないので、私が助けにいくべきなのだろう。いや、助けにいかねばならない。だが・・・
「ミミルは⁉お前はどうなる‼先程もやつに圧倒されていたではないか‼今度は」
「大丈夫。平気だよ。さっきは油断しただけ」
私の言葉を遮って笑うミミル。しかし、その笑顔を信じる事が出来ない。
「ミミル‼」
「おじさん、行って」
私の悲痛な叫びも、彼女の力強い言葉で遮られてしまう。
「ミミルを信じて。大丈夫だよ。絶対平気だから」
「だが‼」
「ね、お願い」
ミミルは私を見つめて言う。
「・・・」
「ミミルは負けないよ。だって、強い子だもん」
「ミミル・・・」
まっすぐな瞳だった。本当は怖いだろうに、それを感じさせない程に。
「話は終わったかの?」
すると、バフォメットが此方に問いかけた。
「まあもう暫くなら待っておってもよいが。ただ、このままのんびりしとると不味いのでは無いのか?」
そう言って外を見るバフォメット。悔しいがその通りだ。こうしている間にも、もう一人いると思われる実力者が何をしでかすかが解らないのだ。急いで対処せねば。
「・・・っ‼」
私は歯を食いしばると、ミミルのほうに向き、懐から取り出した物を握らせた。
「?」
「私が作った護符だ。悪しき力からお前を守ってくれる。・・・これぐらいしか出来ないが、頼む、無事に帰ってきてくれ」
私には、残る事が出来ない。まだ、助けなければならない人が他にもいる。だから、せめてこれ位はしたかった。少しでも助かる様に。
「すまない・・・すまない、すまない・・・‼」
涙がこぼれてきた。無力で、矮小な私が憎かった。悔しかった。
そんな私を、ミミルは見つめ、そして笑った。
「おじさんは泣き虫だね。あの時
も泣いていたよね」
あの時。
これが起きる少し前の事だろう。




その時、ミミルは近くに現れた魔物の群れを迎撃する為に近くの森に入っていた。
ところが、いつまで経ってもミミル達が戻ってこない。
心配した私は、部隊を率いて出撃する事にしたのだ。
しかし、準備を整え終わった辺りで、ミミルや、ついて行った者達が戻ってきた事を部下から知らされた。
急ぎ門近くに走って行ってみれば、其処には元気に笑うミミルの姿が。
もうその姿を見てしまった私は、緊張の糸が解けてしまい、彼女に飛びついて、泣き出してしまったのだ。情けなかった。
無事で良かった。怪我がなくて良かった。そんな風に言いながら泣いた。無事だったのが本当に嬉しかった。




「・・・」
こんな時にも皮肉を言って、私を元気付けようとしてくれているのだろうか。健気だった。その心遣いが。
情けなかった。こんな幼い子に、任せてしまう私が。
「・・・任せた」
「うん‼ミミルにお任せ‼」
振り返らずに走り出した。振り返ってしまえば、立ち止まってしまうから。
「・・・ひっ、ひぐう」
涙が止まらなかった。私は、何と無力なのだろう。あんなに小さい子供を、救ってやる事すら叶わない。
「うぐっ、うわああああああああ‼」
泣きながら、私は走った。ミミルたちに背を向けて。






「ふふっ、彼奴を身を呈してまで先へ行かすとはの。何じゃ、彼奴お前さんの思い人か?」
「ううん。違うよ?」
「何?では、彼奴はお前の何じゃ?」
「あの人は・・・」


『いい暴れっぷりだったな。君、名前は?』
『なんでたまに話にくるか?何、暇だからな』
『ん?魔法?まあ凄いとは思うが脅威には思えないな。なぜならお前が魔法をきっちり制御しているじゃないか。それに怯えるほうが無理な話だよ』
『ほう、彼処のお菓子が好きなのか。なら今度ご馳走してやろうかな』
『全く、無理をするからだ。怪我を見せろ。治療くらいはできる』
『一緒に飯でも食わないか?上手い飯屋を見つけてな』
『上層部は腐っているからな。その気持ちはわかる。奴らとはできるだけ関わるなよ。お前まで腐ってしまうのは耐えられない』
『おいヤメコラっ⁉あぁぁ私の書類が⁉・・・ミ〜ミ〜ル⁉』
『ミミル⁉大丈夫だったのか⁉怪我は⁉』
『良がっだぁ‼ホンドに無事で良がっだよぉー‼ゔわぁぁぁぁぁあん‼』




『家族がそんな風に見てくるとはなあ。そうか。なら、私を家族か何かと思って見ないか?私はお前を真っ直ぐ見るから、寂しい気持ちも紛れるかもしれんぞ?』




「・・・『家族』だよ。大事なね。」
「ふむ。そうか。なら納得じゃな」

(ありがとう、おじさん。楽しかったよ。また遊んでね)
13/10/23 12:59更新 / ベルフェゴール
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■作者メッセージ
影の剣士。絶望までは、後僅か。
彼に残る物は有るのだろうか。

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