連載小説
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第2部 (第4章)
―――過去は力になった。
―――未来は希望に変わった。
  
―――だから、俺は今を生きている。




 アルは古びた扉を開いて酒場の中に足を踏み入れた。中に入った途端、きついアルコールと紫煙が鼻をつく。
 それらを吐き出す者たちは酒場の汚いテーブルで賭け事に興じていたり、延々と酒を飲み続けていたりと様々だが、皆一様に鎧や剣などの装備を皆纏っている。
 アルもその例にもれず、軽い皮鎧を纏い、鉄の仕込まれたガントレットとブーツ、自分の身長ほどもある片刃の剣を背負っていた。後ろから見ると、剣がひょこひょこ歩いているようにも見える。
 アルは、酔っ払いたちを避けつつ酒場のカウンターまでたどり着いた。

「依頼の、ええと、Aの17番。達成」

 そう言って、腰のポーチから丸められた一枚の紙を取り出しカウンターに置いた。その紙には「完了証明」と書かれている。
 アルの差し出した紙を、カウンターの奥に腰掛けていた男が受け取った。

「ずいぶん早いな。東の森のオオカミどもの撃退、もしくは殲滅だったけか?普通は2日で終わらねぇよ」

 男は口を動かしつつ手もしっかり動かしている。証明証を丸めるとカウンターの隅に置き、銀貨の詰まった革袋をアルに寄こす。手荒に置かれた袋が、じゃらりと中身をにおわせる。
 アルはそれを苦笑しつつ受け取る。依頼主や酒場の店主に似たようなことを言われるのは日常茶飯事なのだ。
 くるりと踵をかえし、酒場を後にしようとするアルに、店主の男が声をかけた。アルは体はそのままに後ろを振り返る。

「そんなお前さんの腕を見込んで、頼みがあるんだが………」

 アルはそのまま、視線で先を促した。男の表情がわずかに緩み、先を続ける。

「Sの1番。知ってるか?あの依頼、お前さんにやってもらいたい」

 他の酒場やギルドではどうなのか分からないが、この酒場では依頼の種類に合わせて4つのコードが振ってある。
 「A」は討伐系、殲滅系の依頼、「C」は調達、採取系の依頼、といったようにだ。その中でも「S」のコードは難易度が折り紙つきか、依頼元がとんでもないところかのどちらかである。

「あいにく、依頼の内容までは知らないな」

 アルは肩をすくめるようにして店主に答える。相変わらずがやがやとうるさい店内で、相手に聞こえるか聞こえないか分からないほどの音量だった。
 その声が聞こえたのかどうかは解らなかったが、男は初めから依頼書を見せるつもりだったらしい。後ろの棚から迷いもせずに丸められた紙を取り出し、アルを手招きする。
 アルはその仕草に仕方なく、もう一度カウンター前に立つ。

「これが問題の依頼だ」

 男はそう言って、やたらと銀箔で装飾がされた羊皮紙をカウンターの上に置いた。アルは自分が見やすいようにその紙をくるりと回し、内容を読み取る。

「…………そんなに危険な依頼には見えないが?」

 それがこの依頼に対するアルの正直な感想だった。依頼主が教会だということを除けば、なんていうことはない普通の依頼に見えた。
 しかし、それを聞いた店主の男は苦い顔でこう言った。

「お前さんと同じことを言ってた4人は、これに出てったまま行方不明だよ。それにだ、教会から派遣された騎士2人も同時期に行方不明になってる」

 冒険者4人に教会騎士2人。それは数字の上では少ないが、戦力としては馬鹿にならない人数のはずだ。それが、行方不明。
 アルはそれを踏まえた上で、男に聞いた。

「この依頼の骨子は、連絡の途絶えた村の調査だろ?原因の解決は含まれていないと?」

 その問いかけに、店主は頷く。

「ああ。今回の依頼は調査までだ。調査内容を俺に報告して、いくつかの証拠になる物品をもらえれば俺が教会にまとめて報告して終わりだ」

 それにしては報酬の額が異常だが、やはりそれはこの依頼の難易度にちなんだものなのだろうか。
 迷っている様子のアルに、店主が頼みこんでくる。

「頼むぜ、お前さん。ずっと依頼が止まったままじゃ、うちの信頼にも関わる。お前さんみたいな腕の奴がごろごろしてる訳もないし、うちとしては地味にピンチなんだ」

 そう言って、店主は頭を下げる。それで、アルは決心した。

「わかったよ。たしかにこの報酬は魅力的だしな………」

 そう答えつつ、アルは内心で

「(面倒なことにならなきゃいいけどなぁ………)」

 と思うのであった。




 アルは森を歩いていた。手には地図を持ち、コンパスで向きを確認しながら進んでいく。ときおり鼻をひくつかせるのは、未だ体に残る酒場の臭いを気にしているためだろうか。
 相変わらず、アルの背中には無骨な大剣が背負われており、手のガントレットも着けたまま、いつでも戦闘が可能な状態である。
 もちろん、このあたりはすでに人気がなく、魔物や盗賊の類が出ても不思議ではないからだ。

「ひまだなぁ」

 先ほどからずっと同じことをつぶやいているアルは、朝からずっと歩き通しであるにも関わらず一向に疲れた様子はない。レザーアーマーは軽いとはいえ、大剣やその他の装備の重さも馬鹿にならない上に、下は歩きづらい悪路。普通ならすでに参ってしまうはずだ。ちなみに、今は昼過ぎである。
 しかし、朝からずっと歩いているだけあって、村までの距離は大幅に縮まった。アルはもう必要ないと判断し、地図とコンパスを仕舞う。
 地図とコンパスの代わりに取りだしたのは、すこし塗装のはげた万華鏡だった。アルは、万華鏡を目にあてがいくるくると回す。ほとんどまともに前を向いていないが、その足取りに乱れはない。突き出た木の根も器用にかわす。
 しばらくして、万華鏡を目から離したアルは、その筒を見つめながらつぶやいた。

「今思えば、ずいぶん遠くまで来たもんだ」

 そうして、今にも村の入口にある小さな門が見えようかという距離にして、アルのつま先が何かを蹴った。ぽこんと蹴られた何かが転がっていく。

「ん?」

 アル自身も何かを蹴ったことに気がつき、それに視線を向けた。しかし、蹴られた勢いで森のなかを転がったものは、草の影で止まり何なのか判別できない。
 気になったアルが確認のために草の陰に近づくのと、その近くの木から何者かが飛びかかってくるのは同時だった。

「―――!!」

 アルは反射的に万華鏡を上に放り投げ、逆の手で抜刀、剣の重さだけで振り下ろす。手ごたえを確認する暇もなく両手で握りなおした剣を、体を捻って横なぎに振るい追撃した。
 最後に、落ちてきた万華鏡をぱしり、と受け止める。再び、森の中には動くものはアルだけになった。
 切り捨てられ、アルの目の前に崩れ落ちた何者かは、人の形をしていた。しかし、斬られた断面からは糸を引く菌糸のようなものが血と共に覗いており、頭にはキノコのかさとしか表現できないものがついている。この姿は、

「マタンゴ………か?」

 その可能性に思い当たると同時に、アルは自らの口をポーチから取り出した布で塞ぐ。良く目を凝らせば、霧のように漂うマタンゴの胞子が森の深部を隠している。

「やられた……!!」

 この依頼で、なぜ複数のチームが行方不明になったかようやく分かった。おそらく、連絡が途絶えた村というのもマタンゴによって滅んだのだ。そして、そうとは知らず、なんの対策もしていない冒険者たちも………
 自らもそうなりつつあることを自覚しながら、アルは思考をめぐらせる。しかし、胞子に浸食された身で町に戻れば、大規模な二次災害を撒き散らしかねない。そもそも、町に戻るまで無事でいられる保証はない。
 とりあえず、目の細かい布で口を塞ぐことにした。運が良ければ吸い込んだ胞子は微量だ。マタンゴの胞子は吸い込むのが一番まずいと聞いた覚えがある。しかし、体の表面からでも胞子は浸食してくる。結局、進行を遅くする程度の効果しかない。

「なら、時間切れまでにキノコを全滅させてやる………」

 そう言って、口を塞いだアルは全速力で村へ向かって駆け出した。ちらりと見えた草の陰には、案の定、小さなキノコが転がっていた。




 バァン!! と門を蹴り壊したアルは、村の中へと足を踏み入れた。とたん、濃密な胞子が体中に絡みつく。そして、いたるところにあるマタンゴの影。外にいるマタンゴのほとんどがアルの存在に気がつき、盛んにアルを呼ぶ。

「はぁ、はぁ、もうダメぇ、早く、早く来てぇ!!」

「こっち、こっちに来てぇ!はぁ、私と、はぁ、いいことしましょ……?」

 激しく自らの秘部を責めるマタンゴ達を前に、アルは剣を構えなおす。そして、手近な一体に向かって突進を開始した。その先のマタンゴが、両手を広げた満面の笑顔をアルに向ける。

「あはぁ、うれしいなぁ。私と遊んで――」

 最後まで言わせない。アルを迎え入れるように手を広げていたマタンゴは、血煙りとなって吹き飛んだ。返す手も見せない神速の斬撃で全身を細切れにされた彼女は、自らの血しぶきで胞子を飛ばすこともかなわない。

「まず、1体」

 仲間が惨殺されても、マタンゴ達は依然としてアルを誘惑し続ける。甘い声で呼び、嬌声を上げる。胞子を撒き、少しでもアルに近寄ろうとする。そんなマタンゴを、アルは自らの剣で屠り続ける。
 右の一体の首を刎ね飛ばし、左の一体の顔面を蹴りあげ宙を舞い、そのまま細切れにする。珍しくパートナーがいるマタンゴを二体まとめて輪切りにし、後ろから襲ってきた、元は可憐な少女だったであろうマタンゴに剣を突き立てる。

「あっ………」

「……30体」

 どさりと崩れ落ちた彼女の方を見ないようにしながらもう一度剣を振り下ろし、完全にとどめを刺す。そして、次のマタンゴに狙いを定めて突進する。
 目を閉じて絶頂の快楽に身を震わせている一体を切り捨て、次いで、愛液でべたべたになった下の口を、なおもかき回す一体を真正面から斬り潰す。すこし離れた場所で鎧を着たまま交わっている、元冒険者と思しき2体を一瞬で血だまりに沈める。
 一見、無抵抗にされるがままになっている彼女らだが、撒き散らされた胞子は確実にアルを浸食している。

「はぁ、50体………」

 自分の周りのマタンゴをあらかた剣の錆と変えたアルは、村の奥を目指して走る。そのルート上のマタンゴを斬り潰しながら。
 しかし、元が人口の少ないとはいえ立派な村。次々とマタンゴたちが集まってくる。彼女らは皆、欲望にとろけた瞳でアルを見つめながら、盛んに胞子を撒き散らす。

「もうこれ以上待てないよぉ」

「はぁ、焦らさないで………いいでしょぉ?」

 大小さまざまなマタンゴたちがアルめがけて動く。それに合わせて、アルが近いものから斬り倒す。あるものは首を飛ばされ、あるものは一刀両断にされる。痛みを感じる暇もなく殺された彼女らの首は、胴体を失っても苦痛の表情を浮かべてはいなかった。
 血と共に絡みついた彼女らの菌糸で、次第に剣の切れ味を鈍らせながらアルは殺戮を続ける。銀光が閃く度に、一拍遅れて紅い花が咲いた。
 しかし、ついに限界が訪れる。アルが振るった剣が、相手を断ち切ることなく激しく殴打したのだ。ぐしゃ、と肉を潰す音が響く。

「うあああああぁぁぁぁあああッ!!」

 凄まじい重さの鉄の塊で体を殴られた彼女は、その痛みに叫び声をあげる。打たれた個所を押さえて叫ぶ彼女に、アルは素早くとどめの一撃を振り下ろす。頭に鉄塊を受け、今度は静かに崩れ落ちる。

「………すまない」

 そうつぶやくアルも、剣と同じく限界が近づいていた。激しい動きの代償か、マタンゴの胞子の影響か、めまいがし、足元がふらつく。それでもアルは取り落としそうになった剣を構えなおす。
 その時、アルの視界を何かが真っ赤に染め上げた。同時に、体中を焼けるような痛みが駆け巡る。実際に焼かれているのだとアルが理解したのは、完全に火が消えてからだった。魔力を燃料とした炎は、一瞬で鎮火する。
 周りのマタンゴもアルと一緒に燃やされたようで、体中を焦がした状態で転がっていた。

「大丈夫か?」

 村の入口の方から女の声がした。理性をしっかりと持った、人間の声が。恐らく今しがたアルに火をぶつけた張本人だろう。
 アルが振り向くと、長い黒髪をおどらせながらこちらに走ってくる人影が見えた。手には、反りのある片刃の刃物を持っている。

「ああ」

 アルは女に短く返事を返すと、自らの剣についた血と粘つく菌糸をぬぐった。この程度では切れ味は戻らないが、やらないよりはマシだ。
 そして、追いついた黒髪の女に聞く。

「あんたは誰だ?ここは見ての通りキノコだらけだ。こんなところにいるとあんたまで仲間入りだぜ」

 それに、右手に得物を持ったままの女が答える。その目は油断なくあたりを見回しており、彼女のくぐりぬけてきた戦場の数をうかがわせる。

「私はエソラ。ギルドを通して依頼を受けて来た。心配には及ばない」

 休憩を兼ねて、剣の応急処置を行っていたアルの手が止まる。エソラ、という名前には聞き覚えがあった。訝しげな表情を浮かべながらも傍らの女に問いかける。

「エソラ?………“死神”エソラか?」

 そう言ったアルに、エソラは頷きを返す。そして、視線で周囲を警戒しながら言う。

「お前のことは知ってるよ。あちこちで人やら魔物やら斬ってるやつだろ」

 その言われようは、アルとしては甚だ不本意だったが、今はこの状況をどうにかしなければならない。反論する暇すら無い。
 恐らく、ギルドか教会がこの村を襲った事態についての情報を掴んだのだろう。だから、魔法も使えるエソラを派遣した。ということは、

「依頼は変更か?」

「当然、お前にも手伝ってもらうからな」

 剣の処置を終えたアルは、おどけるように肩をすくめた。どうせ乗りかかった船だ。それに、ここまでやって横取りされるのも癪だった。

「へいへい、了解」

 死神という縁起でもない二つ名を持つ相棒と共に、アルの第二ラウンドが始まった。




 アルは斬った数が100を超えた時点で数えるのをやめた。しかし、あれだけ暴れたかいもあり、マタンゴの数も次第に減っていく。
 それに、エソラのバックアップのおかげでタイムリミットも気にする必要もない。エソラの魔法は、アルに付着した胞子を焼き飛ばした。
 さらに一時間ほどたった後、村からはマタンゴの姿が消えた。

「………ダメだ。死んでる」

 アルは自らの剣に貫かれて絶命している騎士の死体を見ながら言った。さすがの胞子も、死体を動かす力はない。
 しかし、騎士はもう一人いたはずだが――

「おお、こいつは生きてるぞ」

 村はずれの、民家もまばらな場所。ぼろぼろに朽ち果てた廃屋の中から聞こえたエソラの声が、何者かの生存を告げた。そして、兜が外れて素顔を晒している女性騎士を抱いて廃屋から出てくる。騎士の顔には鼻も覆うように布が巻かれており、胞子を防いでいた。
 調査に向かった面子は6名。冒険者組4名はマタンゴとして散り、騎士1名は恐らくマタンゴ化を恐れての自害。生存者はたったの1名のみ。

「………帰ろう」

 アルは力なくつぶやくと、剣を背負った。




「よくやってくれた!!」

 そう言って、店主の男はアルの手を握ってぶんぶんと振った。それに合わせてアルの体も激しく揺れる。相変わらずのアルコール臭で気持ち悪くなっていたアルは、報酬をもらったらすぐ出ていこう、と心の中で思う。
 アルは傍目にもうんざりしているのが分かるのだが、店主のテンションは最高でそんなことには気がつかない。

「これでうちの信用も高まるってもんだぜ。ほんとにお前さんのおかげだよ」

 そう言いつつ店主はアルの手を放し、この前のオオカミ退治の時とは比べ物にならない大きさの袋をカウンターの下から取り出した。どすんと置かれたそれは、見るからに重そうだ。
 アルは旅の途中なので、金はいくらあってもいいのだが、さすがにあの額は重くて持ち運べない。

「ああ、金じゃなくて宝石とかでくれないか?そんな重さのモン持ち歩けない」

 アルの申し出に快く応じてくれた店主は、装飾のきれいな小さな箱をいくつかカウンターに並べた。そして、金の詰まった袋を再びカウンターの下に戻しながら言う。

「そんなでかい剣を背負いながら重いとか言っても説得力ねぇなぁ」

 口と共に手もしっかりと動かし、小箱を開けて中身を確認させる。全部入っていることを確認したアルは、小箱をポーチに仕舞った。
 ポーチの口を閉め、背中の剣をしっかり背負いなおしてアルは店を出ていく。今度は店主も呼び留めなかった。
 つんと鼻をつく紫煙の一番薄い入口で立ち止まったアルは、くるりと振り向いて店を見渡す。店は入ってきた時と変わらず、がやがやとうるさかった。
 踵を返し、今度こそ店を出る。そこで、アルはいきなり声をかけられた。

「よう、狂戦士。今暇かい?」

 酒場の壁にもたれかかってこちらを見ている黒髪の女、エソラがアルに問いかける。狂戦士、というのは彼女なりのジョークなのだろうか。
 エソラは戦場と化した村で会った時と変わらない軽装で、腰には例の特徴的な刃物が納められた鞘を吊っていた。
 しかし、あいにくアルは暇ではない。

「悪いな。俺はもうこの町を発つ。お誘いなら今度にしてくれ、死神さん」

 アルはエソラの顔も見ずにそう返すと、町の門めがけて歩き出す。その姿は、後ろから見ると剣がひょこひょこと歩いているようにも見えた。
 歩き出したアルを追うように、エソラもまた壁にもたれかかるのをやめて歩き出す。鎧の金属部や吊った刃物があるにも関わらず、一切の物音をたてない行動は流石は“死神”と言ったところか。

「そりゃいい。私もそれを言おうと思って来たからな」

 予想外のセリフに、思わずアルの足が止まる。

「………そりゃどういうことだ」

 そう問われた死神は、手をひらひらと振りながら答える。それと同時に揺れた黒髪が表情をうかがわせない。

「まあそのうち分かるよ。今はさっさと別の町に行った方がいい」

 そのセリフに、引っ掛かるものを感じながらもアルは町を出るべく足を動かす。一つの町に長く留まってもしょうがない。
 アルは幼馴染の少女を探すため、歩みを進めた。




 ミレーユは、見知らぬベッドの上で目覚めた。目覚めると同時に体を起こし、首を振ってあたりを見渡す。しかし、そこには落ち着いた内装の部屋と調度品があるだけで、彼女が意識を失った廃屋とは似ても似つかなかった。
 そのことにホッとしたのか、再びベッドに寝そべる。そこに、教会のシスターが入ってきた。

「ミレーユ、だいじょう――って、起きてる!」

 入ってきたシスターは顔見知りで、付き合いも長い友人だった。彼女は服の長い裾を揺らしながら、ぱたぱたと小走りでベッドに近づいてきた。

「あ、おはよう」

 とりあえず友人に会えて、ミレーユはそんな間の抜けた返事をしてしまう。案の定、相手はちょっと怒ったような、それでいてどこか安心しているような顔で、話しかけてくる。

「おはようじゃないわよ。あんた、2日も寝てたんだからね」

 それから、彼女はやさしく笑って、どこか調子の悪いところは無いか聞いてくる。それにミレーユは、

「なんか、頭がぼーっとする。体も少し熱い………かな」

 と、答えた。すると、友人は水を持ってくると言い残し急いで部屋を出て行ってしまった。はたん、という音と共に部屋には再びミレーユだけが取り残される。
 
「あ、ちょっと………。行っちゃった」

 彼女が部屋を出て行ってしまったのは寂しかったが、確かに体も熱いので大声で呼び止めるようなことはしなかった。
 それに加え、思考に靄がかかったように頭がぼーっとし、行動が遅れたのもある。

「あ……なんか、ぼーっとするなぁ」

 それは次第にひどさを増し、ほとんど思考は形を成さない。同時に、体の熱っぽさも一向に引く気配を見せず、ミレーユの体を汗ばませる。無意識につかんだシーツの端が、手のひらで滑ってするりと逃げた。

「あ、はぁ、な、なに………これ……」

 手のひらの異常な感触に目を向けてみると、手のひらには白い糸のようなものがこべり付いている。いや、こべりついているというより―――
 そこで、ミレーユの思考は途切れた。頭にかかった靄は思考を押し流し、体の熱さのみを自覚させる。

「ふぅ、あ、あぅ…はぁ、あぅ………」

 自分でも気づかないうちに漏れた声は、熱い吐息になる。体の熱さも、今のミレーユには興奮を助長するスパイスでしかない。
 そんな、最悪のタイミングでシスター服の友人がコップを持って戻ってくる。ドアを開け、ミレーユの異常を悟った彼女は急いでベッドに近づく。

「ちょ、ミレーユ大丈夫!?」

 言葉と共に、ミレーユを抱き起こし口元にコップをあてがう。それを、ミレーユは虚ろな目をしたまま飲む。そして、両手で友人を抱きしめた。
 がしり、と抱きしめられた友人は、驚いてミレーユの顔を見つめる。そして、ミレーユの状態を悟った。

「ミレーユ!しっかり―――」

 最後まで言わせてもらえず、彼女の口は塞がれる。ミレーユが自らの唇を押し付けたためだ。彼女は驚きで目を見開く。
 相手の唇をこじ開けたミレーユの舌は、激しく友人の口腔をかき回した。その瞳は、完全に欲望の虜のそれである。

「あははぁ、いいよぉ……私にもっとあなたを頂戴………」

 いったん口を放し、銀の糸を引きながらミレーユはそう言った。対して、友人は声にならない叫びをあげる。
 そんな友人を目を細めて見やるミレーユは、ぬめる指でシスター服を脱がしながら言う。

「大丈夫……もうすぐあなたも、私と同じになるからぁ」

 そう言ったミレーユの頭には、いつの間にかキノコのかさのようなものが生えていた。

 
10/12/18 04:50更新 /
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■作者メッセージ
どうもこんにちは、湖です。

もうほんと遅れてすみません。
マタンゴファンの方ゴメンナサイ。今回は彼がひどい扱いしてます。
今回はエロが控えめですゴメンナサイ。バトルメインです。
回を重ねるごとにどんどん駄目になってる気がする………。

えー、今回の話は本当はヴァンパイアでやるつもりだったんですけど、それだと某作品とかぶるところが大分出てきたので第二案のマタンゴでやってみました。それに伴い、大幅な加筆、修正。スイマセン言い訳です。

第2部は次がラストになる予定です。懐かしのドラゴン再登場です。
今回はバトルメインだったので、次はもちろん………

では、この作品を読んでくださった方へ、最大限の感謝を。

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