連載小説
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教師と英雄
「ちょっ、ちょっと待て!精液を知らない!?冗談じゃろ!?」

人間だった頃のアレックスは、大体20代前半程の外見だった。なので、性に対する知識もそれなりに有ると思っていたのじゃが。
 というか、森で会った青年が性知識ゼロなんて誰が予想出来るんじゃ!?

「ほら、雄しべと雌しべが___」

「え?人間って花から産まれるのか?」

「(う、うがあああっ!!)」

何故か説明しようとすると、妙な恥ずかしさで上手く話す事が出来ない。

魔物娘であるわしが羞恥心を感じたのはいったい何年ぶりじゃろうか。

「つまり、子供は桃から産まれるんだな」

「違う!どこの童話じゃ!」

「え?じゃあ玉手箱から......?」

「○島の事か!?産まれたと同時に老衰!?お主は今まで何を学んで来たの!?」

「ある程度読み書きは習ったが、後は全て剣一筋だぞ」

「(ぬおおおう)」

アレックスの余りの純粋さに心の中で悶絶してしまう。

 もしかしてこやつ、わしにとって人生......もとい魔物娘生最大の強敵ではないか?そこらへんの勇者よりたちが悪いぞ。

「解った!緑色の人が口から産むんだな!」

「駄目じゃ!その発想は危険すぎる!いろんな意味で!」

「あー、じゃあコウノトリかー」

「(うぐ......)」

 わし、バフォメット初めての性教育は、わしの完全敗北で終わった。


___と、言う事があったのじゃが、どうすれば良いのかのう?

 健診のためにいったんアレックスと別れたわしは、ある人物に先程の事を相談した。

「いや、俺に聞かないでくださいよ」

この男の名はジオ。アレックスが食べたサンドイッチを作った例のコックじゃ。

 焦げ茶の髪に碧色の瞳を持ち、中の中位の平凡な顔立ちの男じゃが、料理の腕は平凡ではない。

「一応元同性じゃから、お主の方が上手く説明出来ると思うんじゃが」

「いや俺、教えられる程詳しくないんで」

「頼む!ザーメンにぎりあげるから!」

「断る!と言うかソレ前俺に作らせたよな!どうだった!?」

「ん?あぁ、アレか?」

ザーメンにぎりとは、前に旦那さん(魔王の夫)に協力して貰い、精液を『おにぎり』の具にした物の事じゃ。

「アレなら魔王に食わせたぞ」

「何してんのアンタ!?」

初めはわしが食べようと思ったのじゃが、やっぱ旦那さんのアレなので、魔王に渡したのじゃ。

「感想は、米も精液も美味しい。でも二つを会わせると............うん。だったぞ」

「あんた魔王様相手に何やってんだよ......」

「あと、それから一週間口を利いて貰えなかったぞ」

「当たり前だ!」

ジオの突っ込みが食堂に木霊した。
 時計を見るとそろそろ健診が終わる時間だったので、ジオの事はほっといて病室に向かった。


「調子はどうじゃ?」

「あ、バフォ様」

 ベッドの上に座っていたアレックスが......って、お主がバフォ様と言うと違和感が半端ないな。

「凄いな、魔物って。左腕なのに利き腕みたいに動くぞ」

「基本的に両利きじゃからな」

「そうか......」

左腕を見るアレックスにわしは思わず溜め息を吐いてしまった。

「そろそろ警戒を解いてはくれないか?流石に疲れるんじゃが」

アレックスは隙があればすぐに攻撃しようとしてくる。一応体は丈夫じゃが聖剣は痛いからな、普通に斬られるより何倍も。

 じゃから先程の性教育も実は結構命懸けだったりするんじゃよ。

「貴女が隙を見せてくれたら」

「見せた瞬間わし死ぬじゃろうが」

ちなみにアレックスの持つ聖剣にわし達魔物娘は触れる事が出来ない。
 アレックスはまだ完全に魂が魔物の体にちゃんと合ってないので、少しの間なら触れる事が出来る。

「じゃあ、森であった事を話してくれたらな」

「話したら殺されてくれるのか?」

「いや、一瞬だけ隙を見せてやるだけじゃ」

しかし、アレックスは何も答えてくれない。やはり時間が掛かるか......。
 いや、ここで迷っては駄目じゃ!思いきって問い詰めて......いや、でも............。

「じゃあ、俺が何者かだけ教えてやるよ」

「本当か!?」

「まぁ、貴女が隙を見せても勝てるきはしないし」

何はともあれ、アレックスが自分の事を話してくれるのは嬉しい。
 長年片想いをしていた相手と付き合えるぐらい嬉しい。

 アレックスは少々言い淀んだが、静かに喋り出した。



アレックス視点

 俺が物心ついた時には、既に路上生活をしていた。
 
 その頃はアレックスと言う名前はなく、ただ単にお前や君と呼ばれていた。
 生きる為に盗み等の犯罪をしていた俺はろくに言葉を話す事も出来ず、大人達に殴られても、痛いと言う言葉を知らなかったので呻き声をあげる事しか出来なかった。

 だが、そんな獣の様な生活も多分12歳ぐらいの年齢で終わりを告げた。
 孤児院の院長に引き取られた俺は、生まれて初めてアレックスと言う名前を貰い、文字の読み書きを教わった。 
 だが、それ以上に剣の鍛練の方が圧倒的に多かった。

 院に引き取られてからある程度経ったある日、図書館にあった一冊の本が気になった俺はなんとなく、読んで見る事にした。
 それが俺の人生を変える切っ掛けになるとも知らずに。

『英雄ノヴァ』

今より数百年前、ある街の貴族のお屋敷に一人の奴隷がいました。
 
 名前が無かった彼女は、ご主人様の横暴な振る舞いを我慢しながら、お屋敷の掃除をする仕事をしていました。
 そんなある日、お屋敷が魔物達に襲われてしまいます。屋敷の人達が次々と殺されるなか、一匹のサキュバスが彼女に話かけました。

『殺すなんて今時古いと思わない?それよりも、皆で気持ちよくなった方が良いのに』

彼女はサキュバスが言ってる事を理解する事が出来ません。
 
 サキュバスは彼女の名前を聞きましたが、名前が無いので答える事が出来ません。そこで、サキュバスは彼女にノヴァと言う名前を与えました。
 サキュバスは屋敷から去る前に、
『貴女、奴隷みたいだけど一回くらい自分の本能で生きてみたら?人も獣も魔物も、結局は同じなんだし』
と言いました。
 その言葉を何故かノヴァはずっと忘れる事が出来ませんでした。

 その後、剣の才能があったノヴァは王国の騎士隊に入りました。
 その腕であっと言うまに魔物達を倒して行ったノヴァは、やがて王国初めての女隊長になり、その噂は他国にも知れ渡りました。
 
 そんなノヴァにはある目標が有りました。それはあのサキュバスを捜す事です。
 様々な戦場でサキュバスを捜しました。どんなに激しい戦闘であっても一回はその姿を見つけようと、周りを見回します。

 彼女にある言葉を伝える為に。

 サキュバスを捜してる間に様々な魔物と話したノヴァは魔物の中にも戦いを望まない者がいることを知りました。

 そして、いつしか王国の近衛騎士隊長になっていたノヴァは魔物の軍団と戦っていました。
 いくらノヴァが強くても戦力で差が有り、王国軍は撤退する事を決めました。
 しかしノヴァだけは戦場に残り、逃げた仲間を追い掛けようとした魔物達を食い止めながら、あの魔物を捜しました。

 しばらくして、敵の大将である魔王を見つけましたが、ノヴァは魔王よりもその隣に立つ存在に気をとられました。
 あのサキュバスがいたのです。

 ノヴァは剣を捨てて走り出しました。そこが戦場である事も忘れ、ある言葉を伝える為に襲ってくる魔物達を次々にかわしながら走りました。
 
 自分の人生を変える切っ掛けになった存在に、初めて、『親』になってくれた存在にずっと言いたかった言葉を伝える為に。
 
 やがて声が充分に聞こえ、顔が確認出来る場所まで来た時、ノヴァはサキュバスの目をじっと見詰めながら言いました。

『ありがとう』

 言い終わったと同時に、魔王の腕がノヴァを貫きました。
 
 その後、ノヴァはたった一人で王国を守った英雄と呼ばれましたが、時間が流れるに連れ、人々からは忘れられてしまいます。
   
『作者 不明』

......という嘘か本当かも解らない物語だが、何故か俺は心を射たれた。
 英雄ではなく、ただ一つの目標に人生を捧げられるその真っ直ぐな生き方にだ。

 そして、俺は決めた。自分もこのノヴァと言う少女の様にまっすぐに生きようと。迷っても、つまずいても、最後に自分が望む結果を出せる様に。

 勇者候補なんて呼ばれているが、俺は勇者になるつもりはない。
 俺の人生の目標、それは俺を獣の様な生活から救い出してくれた人達を守ること。それが、俺の生きている証だから。

でも______


バフォメット視点

 それまで、まるで勝手に口が動く様に喋っていたアレックスは突然口を閉じ、自分の頬を触った。

 彼女は泣いていた、自分でも気付かないうちに。
 涙も、言葉も、きっとアレックスが無意識の内に吐き出してしまったのじゃろう。
 じゃが、その無意識を止めてしまう位、アレックスを傷つけた原因は大きいらしい。
 一体何があったのだろうか。

 もしや......!いや、これをアレックスを訪ねるには余りにも酷過ぎる!

 わしは、アレックスが病室から出ていった事にも気付かずに、しばらくの間、悩み続けていた。
14/08/04 03:51更新 / 水まんじゅう
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■作者メッセージ
前半と後半で雰囲気が色々と違いすぎますね。
 
 さて!今までのははっきり言ってプロローグです!バフォ様の苦難はまだまだ始まったばかりです。
 長かったり、短かったり、グダグダだったりしますがアレックスを救済するため、バフォ様といっしょに頑張っていきます。

 それと、ザーメンにぎりを作ろうと思う人はいませんかね?自分で食べるものなんか怖いんで。

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