連載小説
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※中世ジパングなのに、魔物娘からインキュバスが産まれる設定です。

…今でも信じられないでいる。

内裏は、妖怪となった織子様を殺そうとはしなかった。
否、追っ手は差し向けたが、全員妖怪の婿になってしまった。
無論、妻子がいない者ばかりではない。
そういった者達の場合、妻子が妖怪になった。

何故なら、僕の後をずっとつけていた彼等の背後では、
倍以上の妖怪が気配もなく彼等を品定めしていたのだから!!

曼珠とかいう赤鬼は、北面の武士で最も強い男に。
藍という青鬼は、歌の心得のある侍に。
川で出会った河童は、『幼い日に相撲をとった』という、東国帰りの幕臣と。
網を張っていた絡新婦は、戦功を焦った慌て者を捉えた。

その他にも、大百足、狸、龍、白蛇、濡女、猫又、提灯や唐傘の付喪神等
本朝妖怪の見本市みたいな面々が、
その夫と共に洛中入りしたのである。

これには順基殿も驚き呆れ、自らの権力の源泉である武士団を手放したくなかった彼は
織子様の父君である院に申し入れ、
洛中における人間の男と妖怪との婚姻を許す法を通した。
院も妖怪の白拍子を密かにお気に召していた事もあって、大いに賛成した。
一度は娘を見殺しにした男の大変早い身の代わりようである。

かくして、羅生門は開かれ、洛中は妖怪で溢れた。

…今この瞬間にも洛中から人間の女は消えつつある。

洛中の女達は、人から妖怪へとその身を変じる者ばかりである。
それも、自ら進んで。
妖怪の腹からは妖怪の男女しか生まれないので、その内洛中は妖怪で溢れかえるだろう。
何でも、この慶事を引き起こした異国の『魔王』とやらは、
人の形をした男と、異形の女とで一つの種族としようという運動をしているらしい。
僕もそれで構わないと思っている。
異形の女達は皆美しく、人のような移り気な心は持っていない。
それに男の欲望と共に在る事を喜びとし、心身共に愛される事を望む。

つまり、我等は肉欲を罪としない生き物に生まれ変わったのだ。

「貞嘉」
この世で最も美しい声がした。
「織子様」
彼女もまた、蔦葛の妖怪―――『テンタクル』となって、
愛し愛される喜びをやっと得た。

「真栄(まさき)の子が、今度の春に産まれるそうですよ」
真栄、とは織子様が自らを眷属としたテンタクルの娘に褒美としてとらせた名である。

真栄曰く、織子様は『自身の高い霊力と、テンタクルの魔力との相性がとてもよかった』らしい。
普通は、テンタクルが妖怪を生み出しても、自分と同じ蔦葛にはならないと語った。

真栄が織子様をテンタクルにしていなければ、僕は生きてはいない。

あの日、僕が意識を失った後の話。
このままでは僕の命が失われると悟った織子様は、真栄に助けを求めた。
『この人が…貴女の好きな人?』
『!!』
『確実ではないけれど…今すぐ彼と、契って』

今まで男と契るどころか碌に話していない彼女は、最初は戸惑ったが、
やがて意を決したように僕をその蔦に絡め、そして自分の奥底の全ての欲を僕に向けた。
『死の淵に瀕しながら、貴方のそれは私を悦ばせる為に硬く、大きく膨らんでいた』
らしい。
そりゃそうだ。
僕は丁度その時、人生最良の夢、織子様と夫婦になって契る夢を見ていたのだから。

意識の無い僕の目を覚ます為に幾度も交わった彼女は、
その魔力を僕の身に注ぎ込むと同時に、妖怪の糧である精を僕から得ていたのである。

御蔭で、あれ以来、僕の身にも変化が起き、咳の発作は消えた。
妖怪の夫となった男は全て、妖怪と契る以前よりも壮健な肉体を得るそうだ。
それと共に愛する者と愛し合いたいという欲望も倍加し、
中には妻と契りながら参内する者もいる。

「それはよかった。あの、追っ手の頭だろう?さぞかし強い御子になりそうだ」
真栄自身も、『根無し草が宿る大地を見つけました』と、織子様に礼を言った。

「ええ…所で貞嘉、私たちもそろそろ子が欲しいわ」
人のままでは決して得られなかった幸福。
出会った時と全く変わらぬかぐわしき貴女。

「そうですね、男にしましょうか、女にしましょうか」

蔦葛に巻かれるのが男か女か、どちらでも構わない。
人であろうが妖であろうが仏であろうが。
ただ、僕と織子様が夫婦であるという現実があれば。

「どちらでも構わないわ。只、貴方との子が望める事が嬉しいの」
僕は、今宵も貴女に絡みついて、どろどろに欲望を高め、
交じり合い、精を捧げ尽くしましょう。

「僕は、貴方だけを、永遠に愛します」
14/08/03 03:05更新 / Inuwashi
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■作者メッセージ
…龍頭蛇尾とはまさにこのこと。
いや、昔から『連載物は(ストーリーは組み立ててあるので完結は出来るけど)尻すぼみになりがち』という
法則が私にはありまして。
今回も見事に当てはまりましたね。

ジパング魔物娘も、結局全員出せずじまいでしたし。

元々のモデルとなった人達の説話は、私が『日本文学史上のラブストーリー』でも特に好きな話でした。
どうやら、能楽の題材にもなった『男→女の情念(死んでもストーカー)』が気に入った模様。
(因みに貞嘉と織子様の名前を音読みするとモデルの本名になります。ちなみに源平時代の歌人です)

なので、この話の構想はテンタクルちゃん発表直後からありましたが、中々投稿する勇気もなく。
気付けばもう真夏でした。
そもそも『中世ジパングなのにテンタクルはどうよ』という問題にぶち当たり、
最終的には『日宋貿易からの外来種』ということで何とかしました。

今後も投稿するかどうか解りませんが(ネタ次第の面があるので)、
ハッピーエンドの約束されている魔物娘図鑑の世界観が大好きです。

それでは、ここまで読んで下さった皆さんに、お礼を申し上げます。

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