読切小説
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「どうか僕が無事に死ねますように」
 何もいいことが無い。だから自殺する。
 僕の代わりはいくらでもいるし、利く。その程度の存在であるから、死んでも何も困らないだろう。
 だからとは言え、人に死ぬ姿を見られるのはまずい。自殺を止められるかもしれないし、何より、人に迷惑をかけるのだけは避けたかった。

 という訳で、念入りに準備をすることにした。まず死ぬ場所のアタリを付けておく。人が来ない場所なら良い。
 幸い候補があった。放棄された山。昔こそ人がいたが、今は誰もいない。
 そこなら、そこであれば、無事に死ねる事ができるのではないか。

 休みを利用して行ってみた。下見がてら、あわよくば死ぬこともできるような装備をして行く。
 案の定、山に近づけば近づくに連れ人の気配はどんどん消えていく。
 そして山奥に足を踏み入れる。上に登るにつれてどんどん悪くなる足場は、ここに人が来ない事を如実に表している。
 ここなら、ここであれば誰にも邪魔されないだろう。

 取り敢えず深く、深くへと登っていく。適当な木に紐でも引っ掛ければよいのだろうが、できるだけ奥まで登った方が、人に見つかるリスクは小さいと言えるだろう。

「あれ…?」

 そこにあったのは神社だ。勿論人の気配は無い。しかし、それにしては朽ち果ててない。
 放棄されている割には、整備されている。もしかしたら今でも管理している人がいるのかもしれない。

「弱ったなあ…」

 人がいないという前提が崩れてしまうならば、もしかしたら僕はこの辺りでは死ねないかもしれない。更に山の奥深く、山頂付近で死ぬ必要も出てくるかもしれない。
 どうせ死ぬのだから多少の手間は関係ないようにも思うが、面倒くさい事は変わりなかった。もしかしたら、登っている間に心変わりして死ぬのを止めて、あの下らなくて、つまらなくて、惨めな生活を過ごし続けなければならないと思うと怖くなった。
 ようやく死のうと思い立って、場所も見つかりかけてるのに、今までみたいに失敗してしまうとなるのは避けたい。
 絶対にしくじってはいけない。一発で死ぬためには、人がいないこと、なるべく手間がかからない事、この2つが何より重要だと考えているだけに、この神社に人がいるか否かは重要である。
 人がいたらまた計画を変えねば。それを確認するためだけに、僕は神社へと足を踏み入れる。

 普通の神社…といったのが第一印象だ。昔僕が元旦に連れられて行った神社みたいに、こじんまりとしていて、静かな場所だった。
 冷たく、優しい風が吹いていて、ここに神が住んでいるかのような気配を感じてしまうくらいに。
 思わず立ち止まり、ただ雰囲気を感じ取っていた。空間は無音となり、静かに僕を迎え入れるようだった。

「いけないいけない」

 自分がここに来た目的を忘れてはいけないと思い直し、本殿に近づく。
 砂利が敷き詰められている地面には草の一本も生えておらず、何より、人がいない、死んだ気配はなかった。
 賽銭箱もどこにでもあるような、ある意味まともな外見をしていて、手入れもされている。全く人がいないとは思えなかった。

 まあ、人が未だにここに来ている事は事実でも、日頃常にここに暮らしているとは限らない。
 社務所に行けば、今ここに人がいるかどうかは解るはずだ。
 望みはまだあると、社務所らしき建物に行こうとした瞬間、

「こんにちは」

 若い女性の声。鈴を転がしたような、澄んだ声。
 思わず振り返る。そこには、巫女姿の女性が立っていた

「あまりこの神社に来られる方は少ないので、お声がけをしようかと…」

 そう話す女性は、長くて黒い髪をしていて、貞淑な雰囲気を醸し出している。胸も大きくて、美人である。
 きっと年頃の男であるならば、すぐさま目に止まり、凝視し、惚れてもおかしくない程に。

「あはは…一人で気分転換しようと思って登山してたのですけれど、まさかここに神社があるとは思いませんでしたよ」

 そう僕が返すと、納得したような顔をして更に色々話す彼女。しかし、それよりも大切なのは、この時間帯の山に人がいたという事実である。
 本格的に計画を変更しないといけない。今日中に山頂まで行き暗くなるのを待って、そこから逝ってしまおうか。今日逝かないにしても、死に場所のアタリを付けれるかどうかの確認だけはしておかなければならない。

「もし宜しければ、この神社についてお話させて下さい。何せ人が来なくて私も暇でして」

 そんな事を考えていたら、誘いを受けてしまった。断ってもいいのだけれど、怪しまれる危険性がある。「人の来ない神社に怪しい男がいた」とでも警察に言われてしまえば、此方の計画も怪しくなる。むしろ彼女は僕を訝しんでいるのではないか。それなら尚更怪しまれてはいけない。あくまで、自然なように振る舞わなければ。

「いいですよ」

 と返しておく。

「立ち話もなんですし、中でお話でも」

 やけに嬉しそうな顔をして、彼女は社務所に僕を案内した。



「どうぞ」
「お構いなく」

 彼女は僕を座布団に案内した後、お茶とお菓子を用意して置いてくれた。やけにニコニコとした彼女は

「此方にあるものはどちらも高級品でして」

 と説明した。確かに、この緑茶は澄んだような色をしているし、和菓子はやけにいい梱包をされている。しかし、こんな神社にそんな物を買える財力はあるのだろうか?
 そう思っていると、彼女は急に笑いかけてきて

「貴方今『この神社はこんな物を買える余裕があるのかな』って顔をしていましたよ」

 心を読まれてしまった。自分自身については、あまり顔に出ないタイプだと思っていたのだが。

「え、えっと、疑問そうな顔をしていましたから」

 何故かやけに慌てているが、きっと、僕を不審がっているのを悟られたくないのだろう。でなければ、わざわざ見ず知らずの人間をもてなして観察する意味なんて無いだろうし。

「あはは、そうでしたか。参ったなあ」

 平然と返す。要は僕が不審な人間では無いというものを向こうは確認したいのだから、そう振る舞っておけばいい。
 向こうも安心したのか、一回微笑むと、スマートフォンを見せてきた。

「この左側の女性をご存知ですか?」

 そこに写っていたのは、二人の女性。ここの神社の本殿をバックに写っていた。右側の人は、目の前の巫女さん。左側の人は、どこかで見覚えがあった。誰だっただろうか…

「えっと、誰だったかなあ、テレビかネットか何かで見た記憶が…」
「そうです、有名人の、ほら、『タヌタヌタヌキの美味しい料理』って」
「ああ!あの、美人すぎる女社長って話題になってた」

 その言葉でようやく思い出した。狸のマークの新興チェーン店。色々な料理を安く美味しく提供するその会社の女社長がやり手で若手の美人社長だと言うことで、近年様々な所で話題になっていたのだ。

「そこの社長さんがですね、この神社に」
「来たんですか?」
「ええ、そしたら元々良かった業績が更に良くなったと」

 何だ、人が来ない神社だと思っていたらとんでもない神社ではないか。これはもう本格的に宛が外れてしまった。

「何せここの神社は、金運上昇、恋愛成就で知られる白蛇さんを祀っている神社でして」

 ほほう。蛇を祀った神社だったのか。祀る対象としてはレアな気もしなくもないが、八百万の神がいる国なのだから、いてもおかしくはない。

「社長さんもそういう神社を探しては、空いた時間にお参りをしていたようで」
「結構信心深いんですね」

 社長は先行き不透明なだけに、信心深い人も多いと聞く。その社長さんも、先行きが不透明で恐ろしかったりするのだろう。

「そうみたいですね。以前この付近に来られた際にここの噂を聞いて、是非向かいたかったそうで」
「そしたら効果があったと」
「もう凄く喜んで下さって、色々な物を送っていただいたり、来られてお話をしたり」

 しかし、あれほど忙しい社長さんがわざわざこの辺鄙な場所に来る時間はあるのだろうか?そもそも、ここの神社をどこで知ったのだろうか?
 その辺りが聞きたいが、巫女さんが知っているわけでもないだろうし、何故か聞いてはいけない気がした。

「なるほど、効果のある神社なんですねえ、これはいいこと聞いたかも」
「是非お参りして行って下さい」

 そんな事を言われながら、お茶をすする。
 僕の対面に座る巫女の人。微笑みが可愛らしい。
 僕の事をじっと見つめてきては、時折笑いかける。女の免疫の無い男ならあっという間に惚れているのではなかろうか。
 しかし、僕は既に恋愛を諦めた存在である。決して惚れたりはしない。彼女もきっと気はなくて、単純に人当たりが良いだけなのだろう。彼女はそんな、人に好かれるような、僕とは真逆の雰囲気があった。

 そんな彼女は、自分が管理する神社の事を誇らしげに語る。貴方も幸福になれるのだと力説してくる。
 果たして、僕は幸福になれるのだろうか。今まで神頼みしたって、努力したって、何もいいことがなかったのに。人より劣っていたのに。どうして生きているのか分からないのに。
 そんな僕が幸福になれるとでも。こんな辺鄙な神社で。神なんて気休めに過ぎないのに。はあ…

「そうだ、名前を言ってませんでしたね。私は蛇山白夜(へびやま びゃくや)と言います。珍しい名字ですけれど、ここは蛇が多かったですからね」
「僕は冬月 悟(ふゆつき さとる)と言います。僕も珍しい名字…ですかね」

 向こうが紹介してきたので此方も名前を名乗ったのだが、果たして見ず知らずの人間の名前を聞くような場面だろうか。やはり警戒しているのだろう。

「それで…冬月さん。何か悩んでいる事とかありますか?」

 急に悩み事を聞かれる。やはりこれは警戒しているのだろうか。
 僕にとっての最悪のパターン。向こうが此方の計画を感づいた事。
 それだけは避けたい。いや、もう悟られてしまったのだろうか?

「どうしてそんな事を聞くのでしょうか?」

 内心かなり慌てていた。声も震えてしまった。これでは怪しまれても仕方がない。しかし、ここは何とか切り抜けなければならない。

「えっと、冬月さん、ここに来られてからかなり浮かない顔をしておりましたので」

 やはり顔には出てしまうものなのだろう。心が落ち込んでいると、テンションを無理やり上げてもどこかに綻びが出る。

「あはは、実は上司とそりが合わなくてですね」

 ある面に於いての事実を返しておく。死のうとしている事を打ち明けてしまえばややこしい事になるし、第一それを僕は相手に悟られたくない。また、何も悩んでいる事が無いというのも嘘くさすぎる。尚更相手の警戒を呼び起こしてしまう。
 一番無難なのは、ある意味での事実を返しておくことだ。勿論これだけが死を考える要因ではない。まして、これが解決した所で、僕が生きる価値の無い人間だと言うことに変わりは無いし、死ぬことを辞める訳でもない。

「うーん…」

 何かを悩んだような顔をする蛇山さん。初対面の人の悩みに本気にならなくてもいいのに。すると、先程とはうって変わってとても暗く、怖い顔をして、

「人間関係の悩みは、人と関わる以上仕方の無い事ですけれど、貴方を馬鹿にしてストレスを発散するような人間なんて取るに足らない下らない人間ではないですか。何も真に受ける必要なんてありませんよ」

 と話した。確かに上司とそりが合わないという話をしたが、上司がパワハラをするような、自分の失敗をネチネチというような人物だという話はしただろうか?
 仮にそうだとしても、これは自分にも責任の一端が当然あるし、上司を見返すことができないような、何も取り柄の無い自分に対しての怒りというものはあるのだが。

「やっぱり、図星でしたか。上司とそりが合わない理由なんてそのくらいしか無いですからね」

 再び元の調子に戻った蛇山さん。かまをかけたのだ。

「いくら『お前のためを思って』みたいな事を言う人でも、フォローが何も無いんじゃ自分に酔ってるだけなんですよ。そんな人の言うことを一々聞いたっていいこと無いですよ。どうしても無理なら環境を変える手もありますけれど…」
「まあ難しいですよね」
「でも、いつか好転しますって。もっと気楽にいきましょうよ」
 
 かといって。そんな心構えで好転しなかったからこそ、僕は死にたいというのに。

「あー!また難しい顔をして」

 ちょっとムッとしたような顔をした蛇山さん。その姿は可愛らしいけれど、何かを探っているようにも見えて、恐ろしかった。



「ぜひお参りして行って下さい。私が言うのもなんですがご利益がありますよ」

 もっとゆっくりされていっても、と引き止める蛇山さんを制しての帰り際。そう言えばお参りをしていなかった。

「そうですね、せっかくここに来たわけですし」

 と言って、本殿の方に歩く。

 話が長くて、正直忘れかけてたのだが、ここの山には自殺できる場所を探すためにきた。
 蛇山さんは、ここの神社で寝泊まりをしていると言うのだから、この近辺で死ぬのは難しいだろう。山頂、もしくはふもとで図るのが望ましい。
 山頂の方には行っていないが、これから夜になる。なるべく早く死にたいが、準備不足で失敗するのだけは避けたい。
 そうだ、罰当たりかもしれないが、白蛇様に僕が無事に死ねるように祈っておくのが良いだろう。
 きっと白蛇様だって、こんな冴えない男が死ぬのなら仕方がないと、手助けをしてくださるかもしれない。

 鈴をならし、礼をし、そして心の中で唱える。

「白蛇様、こんなお願いをしたら迷惑かもしれないですが、どうしても成し遂げなければならないのです。お許しください」

 唱える。失礼がないように。自分の悩みが、願いが、神様に届くように。

「どうか僕が無事に死ねますように」
「えっ?」

 後ろで声がしたような気がした。きっと間違いだろう。心の中で唱えたし、誰も知るはずがない。

「これで帰ります。悩みを貴方に相談できて、願いを神様に言えてスッキリした気分です。色々とありがとうございました。」

 最後までにこやかに、不審がられないように気を使う。精一杯。きっと、相手も安心しただろう。

 そして鳥居に向かって歩き出そうとして、腕を掴まれた。
 咄嗟のことに理解をできなかった。隣には蛇山さんがいる。

「えっと、なんでしょうか?もう帰らないといけないのですけれども」

 少し怒りを込めたような声で話す。冗談じゃない。これから一旦帰って、再び自殺の計画を練らなければならないのに。

「ええ。しかし状況が変わりました」
「状況ってなんですか。雨も降っていないですし、何も僕を帰さない理由なんて無いじゃないですか」

 蛇山さんはとても怖い顔をしていた。同様に、何か悲しげなようにも見えた。理解ができない。

「ほら、冬月さんは自分で仰ったではありませんか、どうか僕が無事に死ねますようにって」

 咄嗟に言葉が理解できなかった。僕が願った事を、そっくりそのまま言われてしまった。心が読めるのか、読めるなら今の今までどうして泳がしていたんだ?最初から知ってて、弄んだのか?
 あるいは声に出ていたのか?今までずっと気を張って、ここに来た本来の理由を悟られないようにして、その最後の最後で気を緩めて声に出してしまったのか?

「この世のどこに、惚れた男がこれから死にますなんて言って外出して、はいそうですかと見送る女がいるんですか」

 怖い顔のまま、手を離さず、そう続けて言った蛇山さん。惚れてるだって?惚れる要素が、この問答のどこにあったのか?全く訳が分からない。
 何より、自分の計画が、この訳の分からない巫女に妨害されるなんて、絶対にあってはならないのに。苛立ちが募り、

「何を馬鹿な事を言っているんだ!お前には何の関係も無いだろう!離せよ!離してくれよ!そしてとっとと死なせろ!」

 そう文句を言う。そうして、力づくで引っ張ったり、絡んでくる指を離そうとしたり、相手の体にぶつかったり、色々やったのに、手は一向に離れない。段々自分の事が馬鹿馬鹿しくなってきて、文句を言う気力も、ここから離れようとする気力もなくなった。

「死なせろ…死なせろよお…」

 へたりこんで、泣いてしまった。どうして、完璧だったはずなのに。死ぬことすら叶えられない自分が本当に嫌になってきた。どうして。どうして。ああ。死にたい。死にたいのに。

「きっと疲れてるのですよ。とりあえず、もう一度中に入りましょう」

 そう言うと蛇山さんは、僕の首筋に手を当てた。
 途端に眠気が来て、そのまま眠ってしまった。



 目が醒めると、僕は布団に寝かされていた。
 寝室として使われている畳が張られた部屋のようで、隣にも布団が敷かれていた。
 眠りから覚めると、途端に、今日の出来事が頭の中に浮かぶ。

 今まで、何も幸福なことが無かった僕は死ぬことを思い立ち、人気の無いこの山に目をつけた。
 しかし、そこにあった神社には人がいて、怪しまれ、挙げ句の果てには自殺する事を見破られてしまった。
 説得でもされてしまうのだろうか、警察に引き取られてしまうのだろうか。いずれにしても、一番避けなければいけない事態だったのに。
 荷物も取られてしまった。まあ中身に紐があるのだから当然といえば当然なのだろうが…
 これから一体どうすればいいのだろうか。

「お目覚めですか?とてもぐっすりと眠られてましたのでお邪魔してはいけないかなと思いまして…」

 向こうから声がして、人の姿が見える。たまらず起き上がる。
 巫女姿の女性。この人のせいで僕の計画はご破産。
 憎たらしくも思うが、やはりどこか美しいのだ。どうしてこんな状況でこんな事を思ってしまうのか。自分が嫌になってくる。

「美しいと思っていただけて嬉しいです…」

 何も言わず睨みつけていたのに、蛇山さんはそう言って顔を赤らめる。僕は何も言っていないのに。やはり彼女は…
 蛇山さんは再び、昼に会ったときののように笑って、

「ようやく気づかれましたか。私、人の心が読めるのですよ」

 と話す。それなら僕の計画はバレたっておかしくは無いと考えるが、それなら最初に出会ってからとっくに彼女は僕の目的を気づいていたという事にもなる。
 目的を知った上で、僕を弄んだのではないか?

「いいえ、相手が知られたくない事については読めないのです。冬月さんはずっと何かを思い悩んでおられるようで私は非常に心配だったのです。しかし、貴方が何を悩んで、何をしようとしているのかだけは靄がかかったように見えませんでした」

 真面目な顔をして蛇山さんが語る。その眼を見ているとまるで吸い込まれてしまうような、僕がとろけてしまうような、そんなような雰囲気を感じてしまう。

「ですので、冬月さんのお力に沿おうとしましたのに、冬月さんは何もおっしゃってくれませんでした。死にたいほど思い悩んでいるなら、死ぬくらいなら、誰かにその思いを吐き出してもよかったのに」

 信じられない。変わらず睨みつける。全くおかしな話だ。どうして、見ず知らずの、自分と何も関わりのない人間に、そういった事を相談できるのだろうか?頼れるのは、自分の事を想ってくれるのは自分しかいないのに。他人は、人の心に勝手に触れて、かき乱して、去っていくのに。そんな人々の事など、信用できる訳がないのに。自分の山で死なれたくないからと言って…

「何をひどいことをおっしゃるのですか。他の方が冬月さんに何をしたのかはわからないのですが、私は貴方の事が世界で一番、他の男が目に入らない位大好きなのですよ?」

 一瞬、言われている意味が分からなかった。分かって怖くなった。初対面なのにそう言ってのけるこの巫女が怖い。第一どこにも自分に惚れられる要素だって存在しないのに、僕が彼女を誘惑したわけでも無いのに、そんな人物を、初対面で、「惚れた」と言ってのけるのが恐ろしかった。

「冬月さんは素晴らしい方です。誰が何と言おうと素晴らしい方です。この神社に来たことはまさしく運命であり、私と貴方は結ばれる運命にあるのですよ」
「いや、運命だなんて、初対面ですよ」
「運命です。見知らぬ私に物怖じせずに冬月さんは笑顔で私に挨拶を交わして、お話までしてくださったのです。この滅多に人が来ない場所で、男の方が私と幸せに話をしたのですよ!この恩義を返そうとするのは当然の事です!」

 話をしたことがそれほど重要なのだろうか?そもそも、彼女に怪しまれたく無かったからこそ、死にたいとはやる気持ちを抑えて彼女と話をしたのである。そんな恩を感じられる事などないではないか。

「この朽ち果てた神社に移住してからと言うもの、毎日毎日社の手入れをしながら想い続けていました。私だけの素晴らしい旦那様と巡り会いたいと。それだけを想いながら待ち続けてきました。そして今日冬月さんがいらしたのです!それはまさしく一目惚れでした!冬月さんの表情から優しさが、そして、何かに怯えている表情も見えました。貴方の怯えを私の力で癒してあげたくて、そして私だけにその優しい微笑みを浮かべてほしい。そう想って想って胸が苦しくなりました。ですので、私は旦那様の苦しみをなくしてあげたいと、辛い気持ちを抑えてあげたいと、幸せな夫婦になれれば良いと、そう想いながら、そう、冬月さんに尽くしたいのです!それなのに、冬月さんは何も話してくださらなかった。初対面ですから当然ではありますが、それならば徐々に距離を詰めていければ良いのだと想っていましたのに。自殺を考えているのなら、それは冬月さんに惚れた女として許せない、なんとしてでも止めなければならない。それが貴方への恩返しになるのだと、そう信じております」

 矢継ぎ早に、口が挟めないほどまくし立てられた。言っている事がよく分からなかったが、ようは彼女は僕に惚れていて、だからこそ自分の自殺を止めたがっているのだと言いたいらしい。

 目の前の巫女は真剣な眼差しで僕の事を見ている。少なくとも彼女は本気で僕の事を好いているのだろう。だからこそ、狂っていると感じる。僕が死んでも誰も困らないのだと、そう信じているからこそ、確信しているからこそ、死のうとしたのに。
 第一、普通一目惚れなんてするだろうか?この僕にだ。この、何の取り柄もない。顔も冴えない。誰にも見向きもされず、空気と歯車の真ん中のような人間を好く要素がどこにある?だからこそ、狂っているのだ。相手は、そう、誰でも良いのだ。誰だって、僕では無く他の誰かが今日この神社にやってきても、彼女は同じように恋に落ちたはずだ。そう。僕でなくても良いのだ。僕は代替可能な存在に過ぎず、彼女は勘違いをしているだけ。運命だなんて、彼女の空想、夢物語、都合の良い解釈に過ぎないのだ。

「運命、ですよ。冬月さんは他でもない私、蛇山白夜によって救われるのです」
「運命だなんて、そんな…」
「運命です。だから安心して、私の事を受け入れて、信用して、頼って下さい。死んでしまうだなんて、そんな事を考えないで下さい。そんなことを考えないで、私と一緒にいた方が遙かに楽しくてキモチがいいですから…」

 「私なら貴方を救える」と言う確信の元に彼女は話しているように思えた。しかし初対面の相手である僕に対してこれほど入れ込む彼女を僕は信用できない。なにせ「運命」とまで入れ込むほどか?なぜ彼女はいくらでも代わりが効くような自分を…

「大好きです。冬月さん。信じてください」

 そう言うと蛇山さんは僕の腕に抱きついてくる。彼女の胸がムニっと変形した。ある種夢のような空間ではあるが、モテない自分がこれほどまでの好意を、初対面の人物に捧げられると言うのが不思議でならなかった。
 やはり信じられない。何か裏があるはずなのだ。自殺志望者である僕の事であるから、好意を見せられたらコロっと転がるという打算があるのではないか。騙されてはならない。

「信じて頂けませんか…?」

 そう上目遣いで話す蛇山さん。思考では理解できないのに、見ていて彼女から敵意を感じ取る事はできない。そしてそれ故に信じられない。
 自分の直感が「彼女は信用して良い」と叫ぶのだが、冷静になれば、彼女が僕と仲良くなるメリットなど存在しないし、自殺志望者への対応としても過剰に見える。
 何より、人の心が読める相手というのは得体が知れない物がある。

「そうですか…それならば信じていただけるまで…」

 蛇山さんは僕の腕から離れたかと思うと、今度は僕の体に抱きついて来た。蛇山さんのぬくもりが全身に染み渡ってくる。胸の柔らかさ、鼓動、息遣い、全てが伝わってくる。
 人生で体感したことの無い暖かさが伝わってくる。愛情が、言葉でなく体から伝わってくるように感じられた。
 何も言うこともできず、しばらくその感触を感じていたのだが、

――どこに行っても必要とされなかった僕が必要とされるのか?どこにでも変わりがいるような凡人が、必要とされるのか?

 不意にそのような感情を抱く。これは今まで自殺願望を抱いてから毎日のように感じていた事実であった。
 僕は正気に戻る。何故彼女は僕のことに惚れたのだろうか?理由が理由になっていないではないか。必然性が全くない。必然性が無いのにスキンシップをしてくる。危ない女。
 これまで考えていたことを反芻し直す。何故自殺をしようとしたのか?誰にも必要とされない人間だから。これは今までの人生が証明している。
 彼女は僕の自殺を止めた。理由は?自分の神社で自殺されるのが嫌だから。愛しているとまで言ったのは何らかの打算があるから。そしてそこには愛などない。
 そうだ、そうなのだ。騙されてはいけない。

「冬月さん?」

 心配そうな顔で蛇山さんが言う。幾ばくかの怯えが含まれたような声にも聞こえた。どうしてこの女は僕のようなどうでもいい人間に構ったのだろうか。それ自体がおかしい。
 途端に憎たらしくなった。お前に何がわかるのだ。何もわからないのだろう。どうせ彼女の言っている事は嘘だからだ。

「きゃっ」

 反射的に突き飛ばす。自殺を止められた時とは違って、いとも簡単に突き飛ばすことができた。きっと油断していたのだろう。
 兎も角、この女からは逃げなければならない。こいつは愛していない男に愛を囁く畜生なのだ。どうせ良からぬ事を企んでいるのだ。
 ふすまに勢いよく飛びつき、開けようとする。開かない。開けようとする。開かない…

「くそっ」

 思わず呟く。早くしないとあの女に捕まる。再び捕まったら何をされるか解らないという恐怖心も芽生えていた。

「この部屋から貴方は出られませんよ。私の術が、惚れた男を逃さまいと、死なせまいと結界を張っているのですから…」

 術?そんな非科学的な事象など…

「冬月さんは思い違いをしておられますよ。私が冬月さんに惚れて無いだなんて、惚れてない男に愛を囁くだなんて、そんな事はないじゃありませんか」
「証拠は?!証拠なんて出せないだろう!どうせ!お前の全てが馬鹿げているんだよ!人の心がわかるだの初対面の冴えない男に惚れただの!全てがおかしいじゃないか!」

 半狂乱になって叫ぶ。僕の崇高なまでの自殺が、こんな意味の解らない女に邪魔されたのだから、気分は全く最悪だ。

「証拠ですか…証拠になるかはわかりませんけれど…」

 その刹那、彼女の身に変化が起こる。足が長くなったかと思えば、二本の足が一本に纏まる。髪はどんどん白くなり、艶めかしくなる。
 一本の足は真っ白に、そして蛇の尻尾のように…

「蛇?」

 また口に出してしまう。こんな状態だと言うのに、相手は人間では無いというのに、呑気な物だと思ってしまう。

「そう、蛇です。白蛇です。私こそが、この神社に祀られた白蛇ですから…」

 蛇?蛇が人間に化けていたと?理解が追いつかない。この神社に来てからと言うもの、おかしな事が次から次へと起こる。

「私が冬月さんの事が好きで好きでたまらないことを証明してみせますから…」

 そういうと彼女はその尻尾を僕の体に巻き付けてくる。冷たいながらもどこか心地が良かった。
 何というか、僕は既に抵抗する気力を失ってしまっていた。このような人外の存在であるのだから、一介の凡人である自分には対処が出来ない存在である。
 そうして、クルクルと僕の体を締め上げてしまった。

「うふふ…そうです、そんな風に楽になさって、私に身を委ねて下さい…」

 ふと顔を見上げる。蛇山さんの顔は少し勝ち誇っているような、穏やかなような、怒っているような、狂気を孕んでいるような、何とも言えない表情に見えた。

 恐らく僕が何度も彼女から離れようとしたから、そのせいで怒らせているのだと理解できた。
 いずれにしても、彼女の力の方が上であるから、力に劣る僕はどうすることも出来ない。

「それでは…」

 彼女はそう言うと尻尾をむにむにと、マッサージをするかのように動かす。僕のあらゆる所が、彼女によって圧力を加えられる。人間としては考えられない動きは気持ちがよく脱力してしまう。そして何よりも

「…///」
「っ…」

 僕の股間に対して気を配っているように見えた。最初は力を込めてグリグリとしてきたかと思えば、急に優しくしてきて、細やかな快楽を伝えてくる。

 翻弄される。今まで僕の右手しか知らなかった快楽が、異形の女によって伝えられる。無残にも勃起してしまい、尚も快楽が伝えられる。もう少しで達してしまいそう。こんな場所で無惨に…

 そう思った時、急に蛇山さんの動きが止まる。名残惜しく感じてしまった自分が情けなく思えた。出したいのに、どうして。そして彼女は尻尾の拘束を緩め話しかけてくる。

「キモチいいですよね…私だって…貴方だって…」

 やけにニコニコして話しかけてくる。快楽を期待しきったような、そんなドロドロとした表情だった。

「惚れた男が目の前にいるなら、女はどうしようも無く股を濡らしてしまうのだと、私の母はよく言っていたのですよ」

 そしてずいっと、濡れている股を見せつけてくる。今更気づいたが、蛇に変化したときに衣服はとっくに脱げていたようだった。

「ほら、見て下さい…」

 そして蛇山さんは自分の指で割れ目を開く。ドロドロと溢れ出てくる愛液は、交尾を今か今かと待ちかまえているかのような獣性のようにも見えて、彼女が今まで言ってきたように、僕自身に対する愛情の結晶のようにも見えた。

「他の男だったら乾ききっているのに、自分で耽る時もこんなにならないのに、冬月さんを一目見てから溢れ出てきて仕方がなくて、私が変態だとバレないか不安でならなかったのですよ…?」

 「おそろいですね」と笑いかけてくる蛇山さん。自分に対する愛情と、それに伴う性欲。その両面性が垣間見えた。自分の性器を見せつけてくるほど惚れていると思うと、不思議な気分だった。

「挿れたいですよね…?」

 彼女は続いてそう問いかけてくる。あのトロトロした鞘に剣をぶち込めたらどれほどまでの快楽を得られるのだろう。そんな事を考えてしまう僕はこれほど変態だったのか。
 そうしている間も暴発寸前な剣、もといちんこ。経験したことの無い快楽が交尾によって得られるのだという確信が僕の頭の中に存在した。

「ほら、冬月さんのおちんちんがピクピクしてますよ。挿れたいよ挿れたいよって言ってますよ。下の棒は正直なんですね」

 そう囃し立てられると、本当に「俺は下の棒、もといお前の相棒なんだけどさ、とっとと懇願しちまえよ」と言ってきているように思える。事実、出したいのに出せないお預け状態、僕の体は完全に達する事ができないのに快楽を感じ続けている。これの前では、自分がさっきまで何を考えて、何をしようとしてたかも消え去ってしまう。それほどまでに、寸止めされた事の落胆とその先の快楽への期待は大きかったのだ。

「はい…」

 やけに情けない声をして僕は言った。餌を目の前に吊り下げられている動物のように、目の前の快楽にしか興味が無かったのだった。

「でも、ダメです。確かに私だって今すぐにでも挿れてもらいたいですけれど…その前に確認したい事がありますから…」

 僕だって挿れたいのに。やはり僕が彼女に悪いことをしてしまったから、それに対する罰を彼女は与えてきたのかもしれない。快楽への期待だけを煽り立てて、何もしない。その苦痛こそが彼女の罰なのかもしれない。現に僕自身の交尾への期待は高まっているというのに…生殺しでは体が持たないかもしれない。

「いえ…そんな顔をしないでください。私の言った事を復唱して頂けましたら、今すぐにでもセックスに移りますから…」

 早く挿れたい。それで頭の中が満たされてしまっていた。だから、復唱さえしてしまえば、快楽に溺れきれる。それだけで、快楽に満たされる。この時だけなら、何でも口走れる気がしたのだ。

「『白蛇様、もう二度と自殺なんて願いません。変わりの願いを聞いてください。どうか蛇山白夜さんと結婚して、毎日毎日セックスをして、大量の精子をおまんこに注ぎ込めますように』って」

 その瞬間、我に返った。僕が人が来ない山奥に立ち入り、この神社を訪問した理由。大量の快楽によって流されそうだったこれが、再び脳裏に呼び起こされた。
 そうだ、僕は死にたかったんだ。死なないとダメだったんだ、この下らない人生に終止符を打とうとしたのに、快楽に流されてしまいそうだった。ごめんな相棒よ、君の願いは叶えられそうに無い。

「あら…、再び死ぬことを考え出したのですか…?」

 蛇山さんは僕の足の部分の拘束を強めると、僕のベルトを取り、ズボンを下ろす。僕の相棒が顔を出す。
 そして手でグニグニと、どこか乱暴に、どこか愛しく弄くり回してきた。

「ほら、死んでしまうとこの快楽は得られないのですよ…それに比べて、私と結婚さえすれば、毎日毎日交尾を繰り返して、いっぱいいっぱいキモチ良くなれるのですよ?」

 とっくに一人でオナる時には絶頂してそうなくらいには刺激が来ているのに、不思議と達する事ができずにいる。確かに、毎日毎日セックスをすれば、沢山気持ちよくなれて、幸せなのかもしれない。

「どうして冬月さんは自殺してしまおうと思ったのですか…?」

 手を緩める事無く蛇山さんは聞いてくる。当たり前だ。僕は誰にも愛されなくて、要領も良くなくて、それでいて、何も特技が無くて、幸せに思うことも無くて、兎に角何も無く怠惰に生きてきただけの人間なのだから…

「でも私がいるではありませんか。いつも私は貴方の隣にいますし、いっぱいいっぱい愛して愛され、毎日幸せに暮らして、淫らな毎日を過ごせるのですよ」

 そう平然と答える。尚も手は緩めない。快楽に押しつぶされそうになる。でも、でも、僕は死なないと…

「二人で一緒に幸せな毎日を過ごせるのですよ?死ななければ、生きて、私の隣にいてくだされば、幸せな毎日を送れるのですから…」

 確かに、蛇山さんが隣にいてくれるなら僕は死ななくて良いのかもしれない。でも、本当に彼女は僕の隣に毎日毎日いてくれるのだろうか…そんな関係、僕のような人間が望めるのだろうか、望めないからこそこんな事になっているのに…
 そう考えていると彼女は手を止めて、再びクルクルと巻き付いてきた。

「見ての通り、私は異形の者です。私達は好きな人の精が無いと生きられない生き物なのです。貴方を裏切ることなんてできるはずがありません、むしろ貴方が裏切らないか心配なくらいです。ですので、安心して私に身を委ねて下さい…」

 にわかには信じがたい話ではある。しかし目の前にいるのは蛇の姿をした人間である。そんな人を、僕の常識で図る事自体が間違っているのだろう。そんな存在であるからこそ、僕は心のどこかで信頼をし始めたのかもしれない。
 でも、どうして僕なのだろうか…

「一目見て、私には冬月さんしかいないと理解して、体が冬月さん専用になってしまったのです。もう、私は冬月さんがいないと生きていけないのです。もし冬月さんが死んでしまったら、私は生きる意味を無くしてしまいますから…」

 そう言うと、目を潤ませる蛇山さん。途端に、彼女の言ってきた事が全て本当であると、僕を死なせまいと、一緒に暮らそうと心の底から想われていた事が理解できた。
 今まで僕の為を想って涙を流してくれた人なんていなかった。世の中の人々はみんな僕をぞんざいに扱ったのだった。
 確かに、彼女の涙は嘘泣きかもしれない。しかし、僕を騙すためにそれほどまでするだろうか?訳の解らない術を使ったり、自分の正体をさらけ出したり。
 彼女の言うことは確かに荒唐無稽かもしれない。しかし、蛇の体をした美女がそう言って涙を浮かべているのだ。よくよく考えてみれば、彼女は、最初から最後まで僕を救いたいと、死なせてはならないと一貫して動いてきたのだ。
 そう、これは彼女を悲しませない為でもあり、彼女の体を慰める為でもあり、僕が気持ちよくなる為でもある。だから、死ぬのを止めて、僕の事を想ってくれる蛇山さんと一緒に毎日を過ごす決心をしなければならないのだろう。

「白蛇様…」

 僕は掠れた声で話す。本当に色々あった。色々とひどいことを言ってしまった。でも、だからこそ、想いはきっちりと伝えないといけない。

「死ぬなんて言って…白蛇様の気持ちを理解できなくて沢山ひどいことを言って申し訳ございません…」

 不意に蛇山さんの方を見る。彼女は潤ませた目を僕の方に向けて、瞬きもせず見つめていた。

「それでも良ければ、本当に迷惑で無いなら、代わりの願いを聞いて下さい」

 空間が静まり返る。僕の相棒は相変わらずそそり立っていた。

「蛇山白夜さんと、いっぱい愛し合いたいです。一緒に暮らして、一緒に色々なものを見つめて、一緒にセックスして、いつまでもいつまでも一緒に暮らしたいです」
「永遠に、ですか?」
「永遠にです」

 相変わらず静かだった。僕と蛇山さんは目を合わせたままお互い動かず、静かに見つめ合っていた。
 そして、先に蛇山さんが

「ふわあああああんっ///」

 急に艶めかしい声を上げたかと思うと、僕を拘束していた尻尾がビクビクと動いた。彼女はどうやら絶頂をしてしまったようだった。急な事でびっくりしてしまったが、何よりも、愛の告白をしただけで感じてくれたということが嬉しかった。

「はっ、失礼しました、永遠にって言われて、想像してしまっただけで、気持ちよくなってしまって…」

 アセアセと焦る蛇山さんが可愛らしかった。僕は愛されているなと感じた。初対面なのに心の底から通じ合える。そんな運命の人に会えたということが幸せだった。

「改めまして、私こそ宜しくお願いします」

 ということで、晴れて僕達は夫婦になったのだ。あっさりとしていたようにも、濃密だったようにも感じられた。

「では、約束通り、馴れ初めセックスをしましょうっ!」

 そう語る蛇山さんの声は今まで聞いた声の中で一番楽しげだった。



――



 僕達は裸になって布団にゴロンと転がり、お互いを見つめた。
 しばらくじっくり見つめた後、近づいてキスをする。

 こんな経験は今までなかったから、僕の嫁になった蛇山さん…白夜さんの唇を貪り食らうようにキスをした。
 すると白夜さんも此方に負けまいと僕の唇を貪ってきた。お互いがお互いの唇をこねくり回し、ついには舌まで絡めだす。
 お互いが声にならない声を上げながら、ただひたすらにキスを重ねる。

「っんんっ/////」

 そんな折再び白夜さんの体がピクピクと跳ねた。随分と気持ちよさそうな顔をして、余韻に浸っているようだった。

「またイッちゃったんですか?」
「はい…冬月さんにされる事なら何でも気持ちが良くて…はしたない嫁で申し訳ございません」
「はしたない嫁さんはむしろ大好きです。ですから一杯気持ちよくなって下さい」

 そんな事を言ってお互い笑いあいながら、今度はお互いの性器をじっくりと見る。
 僕の相棒はずっとお預けを食らっていたが、とうとうその機会がやってきたということで、いつでも準備万端と言わんばかりにいきり立っている。
 一方、彼女のおまんこも先程よりも更にドロドロになっていた。

「舐めていいですか?」

 僕が聞いた。見ている内に無性に舐めたくなって仕方が無くなった。どんな味がするのかも気になるし、僕の事を想って出してくれた液体なのだから、舐めないと勿体ないように思えた。

「好きなだけ舐めて下さい…今こうしている間にも一杯溢れてきてどうしようもないので…」

 お言葉に甘えて彼女のおまんこにずいっと近づいて、ペロペロと舐めだす。
 甘くてしょっぱくて美味しかった。他の人のを舐めた事は無いが、彼女の愛液はとても美味しかったし、これ以上美味しい人だっていないだろう。

「あんっっ//んっ///

 白夜さんは相変わらず感じてくれている。気持ちよさそうな顔をして、嬌声も可愛らしくて、とてもエロかった。
 舐めたら舐めるほど、新しい汁が垂れてくる。いつまでもずっと舐めていられそうだった。

「あっ//えっと///そろそろセックス///しましょっ///」

 そうだったそうだった、目的を忘れていた。とっくに我慢の限界なのに、舐めるのに夢中で忘れてしまっていた。

 改めて向き直る。彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。そして自分でおまんこを開いて

「お好きなようにどうぞ…//」

 と一言。そう言われてしまうと、タガが外れてしまう。

「では…」

 とあてがえて、そして味わうように、ゆっくりゆっくり挿れようとする。

「んっっあっ//」

 白夜さんは感じてくれていた。僕だって初めての経験であるし、ヤる時の礼儀だって解らない。そんなので果たして相手を満足させる事ができるかが少し不安であったのに、感じてくれて嬉しかった。
 更に奥まで挿れていく。ゆっくりと、ゆっくりと。中はぐちょぐちょでとろとろだった。淫らに絡みついてきて、離れようとしないし、僕の右手以上の快楽をもたらしていたのだった。
 そうなると、元々蓄積されていた快楽が溢れ出て、

「あっでるっ」

 暴発してしまった。持っていた物を落としたかのような情けない声ではあったが、兎に角自分の精液をぴゅっと出してしまった。
 その時、

「ふわあああああああああああんっっっ!!!!!/////いっぱいっ、いっぱいっ//!せいえきがきたっ//!!!!!!」

 白夜さんは叫び、ピクピクと動き、尻尾で僕に抱きつき、相棒を一気に中まで押し込んだ。
 突然の動きに僕は対処できなかった。射精後の快楽に浸っていたと思ったら、更に快楽がやってきたのだ。

 その時、何かをぶち抜いたような感触があった。

「ささげたっ!!//いまささげたのぉっ!!!////あいしてるひとにしょじょささげちゃったっ!!///」

 白夜さんのこの言葉。理解できた。僕の為にわざわざ処女を取っていてくれたのだと。
 僕だって、誰かに捧げるわけでも、捨てる訳でも無く怠惰で童貞を守ってきたような物だったが、結果的に初めてを捧げあった形となったのだった。

「はじめてどーしっ///!!きもちいいよぅっ///!」

 白夜さんは盛り上がっている。さっきまで落ち着いていた彼女が、こんなにも乱れているとは、セックスとは魔性だ。
 最奥は更にぐちょぐちょだった。途中までの動きが、棒を奥へ奥へと押し込まんとする誘い香であるならば、最奥は獲物を捉え離さんとする獰猛な生き物その物であった。
 出したとはいえまだ出したりなかった僕の相棒。最奥の動きに翻弄されて、更に精液を出してしまったのだ。

「あああっ!!!!!」

 自分で処理をするときにも出さない声を上げて絶頂に達した。今まで経験したことのない快楽に押しつぶされていた。
 二発出すにしてもインターバルが相当短いのに。そう思っている間にもどんどんどんどんピュッピュと精液は出ていった。

「あああああああああんんんっっっ!!!///またきたっ///!あいしてるひとのせーえきがっ!!//おくにいっぱいきたのおっ///!!!」

 白夜さんも今まで以上の、今日会った中での最も大きな嬌声を出して絶頂に達していたのだった。そうしている間にも彼女は僕をぐるぐる巻きにする。僕だって白夜さんの体を所謂だいしゅきホールドの体制で捉えていた。これでもうお互い離れられない。
 僕の声は抑えられたが息は荒かったし、尚も射精は続いていた。一方白夜さんの声は尚も続き、その声を聞いて再び僕の相棒とボールが頑張っているようだった。

「ぜんぶうけとめりゅっ!!!///じゅつでふうじたせいをうけとめるのっ!!!///わたしのふゆつきさんのっ///!!!!だいじなだいじなせーえきっ!!!////」

 術で封じた精と白夜さんは言った。なるほど、僕がさっきまで射精できなかったのは彼女が術で封じていたからなのだろう。僕にセックスをしたいと思わせたり、彼女のおまんこに一滴残らず出したいと僕に思わせる為の細工だったのだ。
 そう考えると再び白夜さんの事が可愛く思えてきた。蛇になった後も相変わらず貞淑そうな見た目をしているが、中身はド淫乱である。可愛い。

 僕の手を白夜さんの頭に乗っけて、ナデナデする。

「白夜さん、とっても、かわいいなぁ」

 変態みたいな声を出して言った。実際僕だって変態だし、彼女だって変態だ。
 死ぬことを考えていた直後にセックスする程度には僕は変態だし、そう仕向けた彼女だって変態。
 だからこそ可愛い。同族は可愛く思える。

「はじめてなまえでっ!!///えへへっ!!///ふゆつきさんもっっ!!///かっこよくてっ///!!かわいくてっっ////!!!すてきなっ///!!!!だんなさまですっ/////!!!!」

 素敵だと言われてしまった。今まで誰にも必要とされなかった僕を、色々な意味で大切に思ってくれた彼女。
 そんな彼女にそう言われるのが何よりも嬉しく感じた。
 心の底から繋がれるだなんて幸せだった。
 お互いに快楽を味わいながら、反応を見ながら、じっくり、じっくり楽しんだ。



 やがて射精が止まり、息を荒くした僕達の声だけが響く。
 相変わらず僕達は絡み合ったまま、離れようとはしなかった。
 ふと横を見ると、白夜さんはとっても顔を赤くして、とっても淫らな表情でハアハアと息を整えていた。
 僕だってハアハアしていたし、きっと彼女みたいにとっても淫らな顔をしていたのだろう。

 僕は今まで誰にも必要とされず、生きてるだけで人々に迷惑を掛けた。こんな苦しみを僕自身にも、周りにも与えてしまうのであるのなら死んでしまった方がマシだと思ってきた。
 決行の用意も整えたし、後は実行に移すだけだった。
 そんな時に白夜さんと出会って、愛されて、こんなに乱れてしまった。

 夢のような幸せを味わった。こんな僕でも、こんな幸せを毎日味わえるのだろうか。かつて諦めた幸せを諦めなくて良いのだろうか。
 でも、例えこれが一晩の夢でも、全くの空想で、結局死んでしまう将来は変わらなかったとしても、僕はそれでも幸せだった。
 僕が誰かに愛されたという事実は変わらないのだから。

「永遠に…とおっしゃったではありませんか…」
「あ、ごめんなさい。でも、それほど気持ちよかったし、嬉しかったんです。もう死んでもいいくらいには幸せです」

 白夜さんに諭される。尻尾を更にギュッと巻きつけて来る。そうだった。永遠に僕達は愛し合うのだ。

「死んじゃったらダメです。永遠にです」
「そうですね…永遠に、延々とです」

 僕から再びキスをした。彼女は受け入れてくれて、再び淫らに、お互いの唇をねぶりあっていた。
 そうしていると、再び僕の相棒がふっくらとしてくる。あんなに出したのに。まだつながっていたから、彼女にもそれは伝わったらしい。

「ほらぁ…//貴方の相棒はまだしたり無いって…」
「ですね…今日はこのままずっと繋がってたいです…」

 そんな事を話しながら、お互い笑いあった。

「そうですね…今日も、明日も、明後日も、ずっと、ずっと繋がってましょう」
「僕も賛成です。ずっと、ずっと繋がってましょう」

 きっとこれは本気の話。白夜さんはそう言う白蛇様なのだ。ずっとずっと、お互いの気が済むまでずっと繋がっていてくれる。
 お互いがお互いを求めあって、乱暴にしたり優しくしたりして、ずっと日々を淫らに過ごしていく。

 永遠に、延々と。
19/09/17 03:02更新 / 千年間熱愛

■作者メッセージ
エロ表現は中々難しいですし、書き物自体も筆が進まないと中々難儀な物ですが、筆が進んだ勢いそのままに書き上げてしまいました。
拙い表現等ありましたかもしれませんが、それでも楽しんで頂けましたのなら幸いです。ここまで読んで頂きありがとうございました。

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