読切小説
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リャナンシーちゃんに叱られる!
ここはとあるアパートの一室。
このワンルームの部屋では、ぼさぼさ頭の青年とぷっくりほっぺが愛らしい小さな妖精さんが住んでいます。
青年の名前はクロ君です。
妖精さんはリャナンシーという種族で、名前をナンシーちゃんといいます。


今は深夜で外はもう真っ暗です。
多くの人は眠っている時間です。
そんな時間だというのに、クロ君は椅子に座って机の上のノートパソコンにカタカタと文章を打ち込んでいます。
その後ろでは、ふわふわと宙に浮いているナンシーちゃんが彼のことを見守っています。
あくびをして、とっても眠そうです。
ナンシーちゃんの手には、体と同じくらいの大きさの筆が握られています。
これはナンシーちゃんが肩身離さず持っている特別な筆で魔法の力を宿しています。


しばらくパソコンで作業をしていたクロ君が文章を打ち終わり、大きく伸びをしました。

「…..よし、これで完成だ」

「ふわぁ〜ぁ、やっと出来あがったの?」

「うん、ナンシーちゃん待たせてゴメンね。今回の作品は自信作だよ。ナンシーちゃんにも読んでほしいんだ」

「わたしもすぐ読みたいんだけど…..。うぅ〜、もう眠くてダメなの。明日読ませて」

「そっか、いつもだったら、とっくに寝ている時間だもんね。こんな時間まで付き合わせて本当にゴメン。作品の投稿だけ済ませておくよ」


クロ君は最近趣味でちょっと特殊な内容のSSを書いていて、自分が創作したものを、とあるサイトに投稿しているのです。

クロ君は例のサイトを開いてログインすると、作成したSSをさっそく投稿しました。
すぐ隣ではナンシーちゃんが眠い目をこすっています。

「投稿したら、もう遅いから寝ようよ」

「うん、そうなんだけどさ。でも、みんなの反応が気になって….悪いけど、あともう少しだけ待っててくれないかな?」

「え?一体何をするの?」

「投稿した僕の作品をみんなが読んでくれるか確認するんだ。今回は気合入れて書いたから、つい興奮しちゃってさ」

「確かにクロ君、今度のはいつもより時間かけてたもんね。私も気になってたんだ」

「ふふふ、ナンシーちゃんの反応も楽しみだよ。それじゃ、必勝祈願に…..んしょ」

「へ!?ちょ、ちょっとクロ君!どうして服を脱いでいるの?」

「ああ、ちょっとした願掛けだよ」


クロ君は何を思ったのか、急に服を脱ぎ始めました。
着ているものを全部脱ぎ捨てて、ついには“すっぽんぽん”になってしまいました。
おへその下にあるクロ君のゾウさんもまる見えです。


「きゃっ!!」

ナンシーちゃんはとっさに小さな手で自分の目をふさぎます。
お顔はリンゴのように赤くなっています。
でも、指の隙間からクロ君の体もゾウさんをこっそり見ています。

クロ君は裸になると、椅子の上で正座をしました。


「これは“全裸待機”って言ってね。すっごく叶えたいことがある時は、人はこうして裸で正座をして神様にお願いをするんだ。そんな真摯な態度を神様が認めてくれれば、願い事を叶えてくれると言われているのさ。僕は『自分の作品を多くの人に読んでほしい』とお願いするために全裸待機するんだ」

「….う、うん。よくわからないけど…わたしも応援するよ」

「ありがとう、ナンシーちゃんも見守っててね」

クロ君は例のサイトの作品リストから自分の作品を確認します。
閲覧数はまだ0回です。

「まあ、さすがにまだ誰も見ていないね。もう遅いから人もあんまりいないかな….。よし、更新してみよう」

クロ君は更新ボタンをクリックします。
画面が更新されましたが、変化はありません。
クロ君は諦めずに何度も更新ボタンをクリックし続けます。

「う〜ん、なかなか増えないなぁ…..(カチカチ)あ、誰か見た!やった、読者第1号だ!んぅ〜、この瞬間はいつになってもたまらないなあ」

閲覧数の欄に“1”と表示されました。
クロ君は興奮と喜びで胸がいっぱいです。

「よかったね、クロ君。あとは寝ている間に誰か見てくれるよ」

「うん、閲覧数が50回までいったら寝ることにするよ」

「え!?50回いくまでずっと見てるつもりなの?」

「50回なんてすぐだよ。あ、ほら、また増えた。全裸待機だってしているし、このまま待ってればあっという間に到達するよ」

「もうー、クロ君ったら」

息巻くクロ君にナンシーちゃんはちょっと呆れ気味です。

「わかったよ、クロ君。ただし、あと10分だけだよ。10分たっても50回いかなかったら、その時は一緒に寝ようね」

「OK、10分もあったら絶対いくさ。まあ、見ててよ」

クロ君は余裕の返事をすると、深夜の疲れでクラクラしながらも更新ボタンを連打しました。










それから10分が経ちました。
クロ君はすっぽんぽんのままです。

「クロ君、もう10分たったよ」

「えっ、もうたっちゃったの?まだ30回しかいってないよ」

クロ君の目標は達成できていませんでした。

「明日になれば、見る人も増えるよ。そのあたりにして今日はもう寝よう」

「うぅ…ちょっとだけ、あと5分だけお願い!」

「ダメだよ、クロ君!夜ふかしするのは体によくないよ!」

ナンシーちゃんがやめさせようとしますが、クロ君は一向にやめません。


「あぁ、だめだ。なんで増えないんだ。こんなにみんなに読んでほしいと思っているのに…。うぅ…このまま寝てなんかいられないよ」

「心配しなくても大丈夫だよ。わたし、クロ君のおはなし大好きだよ。いつも元気をそこからもらっているの。きっと他にもクロ君の作品を楽しみにしてくれている人だっているよ」

しょんぼりするクロ君を見て、ナンシーちゃんが励ましてあげます。


「今回は頑張ったんだ。おやつを食べている時も、ナンシーちゃんと遊んでいる時だって作品のことを考えていたんだ。なのに…..」

「わたしと遊ぶときは、そっちに集中してよ…」

「全裸待機までしているのになんだよ、神様のケチ!もう….」

クロ君がぶつぶつ一人でつぶやき始めました。
彼は普段はおとなしい青年なのですが、ちょっぴり情緒不安定なところがあって、時々こんな風に変なスイッチが入ってしまうことがあるのです。

「神様にとって僕のSSなんてどうでもいいってことなのか?そりゃ、神様は忙しいだろうさ…けど、僕のこの姿を見て、憐みの気持ちをひとかけらも持たないっていうのかい!?
ええい!こうなればヤケだ!連打ゲームで鍛えた高速クリックだ!」カチカチカチカチッ

クロ君は猛烈な速さで更新ボタンを連打します。

「落ち着いて、クロ君!明日になったらきっとみんな見てくれているから、だからもうやめて!」

ナンシーちゃんは必死にクロ君を説得していますが、彼の耳には入りません。
息が荒くなり、鬼の形相です。
満たされない承認欲求が魔物となって彼を操っているかのようです。

「そんなに連打したら腱鞘炎になっちゃうよ!」

「はぁ,,,はぁ…..」カチカチカチカチッ

「わたしの声を聞いて!わたしを見て!ルック・ミー!」

「ダ、ダメなんだ、自分でも止められないんだ!僕の指が脳の指令を無視して暴走しているんだ!コントロールができないよ。ナンシーちゃん、助けてぇーー!!」

「クロ君、ダメーー!!」パコッ

「アヘェェ」ドテーン


ナンシーちゃんが魔法の筆でクロ君の頭をパコッと叩くと、彼は舌をベロンと出して背中から倒れてしまいました。
アヘ顔のまま気を失っています。
ナンシーちゃんは魔法の筆で頭を叩くと、このように相手を気絶させる技を持っているのです。
普通はそんなことしたらケガをしてしまいますが、その心配はいりません。
魔法の力なのか、それとも絶妙な叩きのテクニックなのか、不思議なことにナンシーちゃんが筆で叩いても相手はちっとも痛くならないのです。
それどころか、ちょっと気持ちよく感じてしまうのです。


「….クロ君、ゴメンね。でも、これもクロ君のためだから….」


ナンシーちゃんは伸びているクロ君に謝ると筆を振り上げました。
筆から光が放たれます。
どうやら魔法をかけようとしているようです。
ところが、なぜか途中で動きが止まってしまいました。


ナンシーちゃんが一点を見つめたまま停止しています。
口をぽかんと開けて筆を下ろしてしまいました。
視線の先にあるのはクロ君の立派なゾウさんです。



(あれ?どうしてわたしクロ君のおちんちん見ているの?なぜだか目が離せない。それにムズムズしてきて、不思議な気分だよ…)

ナンシーちゃんがふらふらっと飛んでいき、クロ君のおへその上に乗りました。

(そういえば、こっちの世界に来る前に、お友達のインプちゃんから変な遊びを教えてもらったことがあったな....。おちんちんをぱくっとしてはむはむしてると、とってもおいしい蜜が出るとか言ってたっけ。…本当かな?)

ぼーっとした顔でクロ君のゾウさんに口を開けて近づいていきます。

(おいしそうだな、いただきま…ハッ!)

ゾウさんが飲みこまれようとした瞬間、ナンシーちゃんは目を見開き後ろに飛び退きました。

(わたし何してるんだ!クロ君のおちんちんを食べちゃおうだなんて、信じられない!わたしのバカ!えっち!)

ナンシーちゃんが顔を振りながら自分の頭をぽかぽか叩きます。

(違うでしょ、ナンシー!クロ君を布団で寝かせてあげるんでしょ!)

口をぎゅっと結んで真剣な顔になると、魔法の筆をクロ君に向けて振りました。
そうすると、クロ君の体が浮かんでまばゆい光に包まれます。
光が消えると、裸だったクロ君がかわいいピンク色のパジャマを着ています。

さらに筆を部屋のすみっこにある布団の方に向けて振ると、折りたたまれていた布団がふわっと浮かんで開かれていきました。
最後にクロ君を布団の上に移動させて、ふわりと下ろして布団をかけてあげます。


「クロ君、おやすみなさい」


クロ君の飛び出ていた舌を口の中にしまってあげると、ナンシーちゃんはクロ君の隣にもぐり込み、頬ずりをして眠りにつきました。









次の日の朝です。

「ん…朝か….。あれ?僕、いつの間に寝てたんだろ….。たしか昨日SSを完成させて投稿したまでは覚えているんだけど…..おかしいな、そこから思い出せない」


クロ君は目を覚ましましたが、昨日のことを思い出せない自分に戸惑っています。
それもそのはずです。
ナンシーちゃんの魔法の筆は相手を気絶させるだけでなく、その少し前の記憶まで失わせてしまう力があるのです。
クロ君が困っていると、隣で寝ていたナンシーちゃんも目を覚ましました。


「うぅ〜ん……あ、クロ君、おはよう」

「おはよう、ナンシーちゃん。あのさ….昨日のこと覚えてる?僕、なぜだかSSを投稿してからの記憶がないんだ。お酒飲んだわけでもないのにさっぱり思い出せないんだよ。ま、僕は未成年だからそもそも飲めないんだけどね。よく覚えてはいないけど、とても恐ろしいことがあったような気がするんだ….」

「あ!え、えっと…あのね、SSを投稿したら、クロ君ったら疲れてそのまま寝ちゃったんだ。それでわたしが魔法でパジャマを着させて、布団まで運んであげたの。恐ろしいことなんて何もなかったよ。怖い夢でも見たんじゃないかな?」

早口でナンシーちゃんが話します。

「そうだったんだ。うーん、妙に生々しい感覚があったんだけど、まあいいや。迷惑かけちゃったね」

「ううん、気にしないで。そうだ、新しいおはなしを見せてよ。わたしまだ見てないんだ」

「いいよ、ナンシーちゃんにもぜひ見てほしかったんだよ」


クロ君はパソコンを立ち上げて、新作を披露しました。
渾身の思いで作った自信作です。
ナンシーちゃんはクロ君の膝の上に座って作品を読み始めました
時折笑顔になったり、驚いた顔をして夢中になって読んでいます。


時間をかけて丁寧に終わりまで読むと、目を閉じて作品の風味を感じています。
その様子は、まるで美味しい料理を食べた後の余韻を楽しんでいるみたいです。
ナンシーちゃんはクロ君が作品を書くたびに、それを読んで今のように力をもらっているのです。
お話を味わい尽くしたら目をそっと開き、クロ君の方を向いて晴れやかな笑みを浮かべました。


「ごちそうさま。ふふ、とってもおもしろかったよ。最後はハッピーエンドで読んでいるこっちまで幸せな気分になったよ」

「ありがとう、ナンシーちゃん。そう言ってもらえると僕も頑張った甲斐があったよ。あのラストは僕もお気に入りなんだ」


クロ君の新作『ふぇありーらんど・ふぉーえばぁー』は、極度の人見知りで引きこもっていた青年が妖精さんと出会い、妖精の国に招待されるお話です。
暗かった青年は次第に笑顔を取り戻し、最後はお花畑で国の住人達と歌って踊ってランランランのハートフル・ストーリーです。ただ、妖精さんがクルクルと踊り舞うなかで、上手に踊りができない主人公だけはなんと“はら踊り”をするのです。


「妖精さん達が踊っている所で主人公がはら踊りを披露するなんて、我ながらおもしろいシーンが書けたと思っているよ。実を言うとあの主人公は僕がモデルでさ。僕の特技もはら踊りなんだ」

「え!そうだったの!?どうして“はら踊り”なんだろうとは思ってたけど、クロ君、そんな特技あったんだ」

「うん、まだ誰にも話したことのない秘密さ。それと主人公が妖精さんのおかげで明るくなるという部分も僕と同じだよ。あの話は僕の実体験をもとにしているんだ」

「それじゃあ、あの妖精は…..」

「そうだよ、主人公を連れて行く妖精さんはナンシーちゃんさ」

「あのヒロインはわたしのことだったんだ…..」

「少し前まで僕は、口下手で人付き合いも苦手でふさぎ込んでいたけどさ、ナンシーちゃんのおかげで人と話すのも以前ほど抵抗がなくなったんだ。今回の作品はナンシーちゃんへの感謝の気持ちも込めて書いたんだよ」

「クロ君….」

「僕のお礼のはら踊りも生で見てくれないかな?」

クロ君が服に手をかけます。

「あ、ありがとう!だけど、それはまた今度にしようかな。気持ちだけ受け取っておくよ」

「そう?僕のわがままボディのはら踊りは絶品なんだけどなぁ。いずれ披露してあげるよ。うーん、何だか話をしていたら急に僕も新作を読みたくなっちゃったよ」

クロ君は自分の作品を読み直してみることにしました。
ナンシーちゃんはクロ君から離れてパソコンをよく見えるようにしてあげます。


「ふんふん….このあたりは我ながら良く書けているな。…..うん、このギャグやっぱりおもしろいな、入れて正解だった」


クロ君は作品の出来にご満悦です。
彼の嬉しそうな姿を見てナンシーちゃんもニコニコしています。
ところが、読み進めていくと、だんだんクロ君の様子が変わってきました。


「ふ〜む、ここの表現はちょっと不自然に見えるな、失敗しちゃったかな。….ん?この言葉って明らかに使い方間違ってない?ええと、辞書で調べてみよう……….うわ、恥ずかしい!背伸びしてちょっと難しい言葉使ったのがいけなかったか。………あら、あらら?読めば読むほどおかしな箇所がどんどん見つかってくるぞ」

「少しくらい変なところがあっても問題なく読めるよ。そんな細かいところ気にしなくていいよ」

雲行きが怪しくなっているのを感じ取り、ナンシーちゃんに緊張が走ります。

「…..げげげ!“G”(誤字)だ!“G”がいる、なんてこった!!どうして昨日気が付かなかったんだ。ぐおぉー、僕の愚か者め!!」


とっても嫌いな“G”を発見してしまい、クロ君のマウスを持つ手がぶるぶる震えています。
ナンシーちゃんは作品の中に修正するべき箇所があることに気づいていましたが、クロ君をがっかりさせたくなかったので黙っていたのです。
本当はクロ君が発見できていない“G”がまだいくつかあります


「ぎゃああーー!こっちには“D”(脱字)までいる!“G”と“D”がそろってしまうなんて、こんなことが許されるというのか。…もうおしまいだ。ああ、僕はなんてひどいものを世に放ってしまったのだ。思いの詰まった大切な作品だったのに…。これじゃあ、台無しだよ。読んでくれた人の目も腐らせてしまう」

「わ、わたしが読んだときはそんなに気にならなかったよ。“G”や“D”なんて編集してまとめて退治すれば大丈夫だよ!」

「もう手遅れだよ、すでにたくさんの人が見てる。…アハハ、僕、発狂しちゃいそうだよ」

クロ君は口をぽけーと開けて、魂が抜けてしまったかのようです。

「クロ君、しっかりして!」

ナンシーちゃんはクロ君の肩を揺さぶって、必死に正気を呼び覚まそうとしますが、彼の耳には届いていません。


「アーハッキョウシソウ,スルヨハッキョウ」

「クロくーん、こっちの世界に戻ってきて!発狂はダメ!絶対!」

「アァーモウスルヨ,ヤッチャウヨ…..」

「は、はら踊り見せてー!」

「モウシソウ…ガマンデキナイ........ア,スルスルスル……..フォォォォォォォ!!」

「えいっ」パコッ

「アフォォォ!!」ガクッ


クロ君の頭のネジが飛んだ瞬間、あの必殺技がさく裂しました。
クロ君は怪鳥のような奇声を発して、椅子に座ったまま気絶してしまいました。
背もたれにぐったりと寄りかかり、おかしな顔で天井を仰いでいます


「ふぅー、危ないところだった….。あとはわたしが全部やっておくからね」

クロ君の膝に座り、ナンシーちゃんが何やらパソコンを操作し始めました。
小さなお手てで見事なブラインドタッチです。
クロ君よりも数倍速いタイピングで文章を消したり、付け加えたりしています。

カタカタカタカタカタカタ………









「……..ハッ!はぁー…はぁー……僕は一体?見てはいけないものが…….ナ、ナンシーちゃん、僕どうなっていたの?」

クロ君が意識をとりもどすと、またもや彼は布団の中にいました。
心配そうな顔をしたナンシーちゃんが彼をのぞき込んでいます。

「あ!目が覚めたんだね。もう〜、すっごく心配したんだから!クロ君、昨日の徹夜のつかれで急に倒れちゃったんだよ」

「えぇ!僕、倒れてたの!?」

「うん、大事にならなくてホッとしたよ。中々起きないから、わたし救急車呼ぼうかなって思ってたの。もう無理しちゃ“めっ!”だよ」

ナンシーちゃんが目に涙を浮かべて、優しくクロ君を叱ります。
こういう時の彼女の演技はプロも顔負けです。

「心配ばかりかけちゃって謝るよ。えーと、確か僕の新作をナンシーちゃんに見せて、そのあと僕も読み直してたところだったかな。そこで僕は倒れたの?」

「うん、そうなの。体は大丈夫?」

「ん、(ガバッ)…….うん、大丈夫だよ、ピンピンしてるよ」

「はぁ〜、よかったー。もうこんな怖い思いしたくないからね!」






それから、少し休むとクロ君はナンシーちゃんに『すっごくいい出来だったから、形になったものを読んでみたら』と勧められて、新作のSSを読むことにしました。


「どれどれ…………ん?昨日書いたのと微妙に違うような…..」

「昨日は夜遅かったから、もう忘れちゃっているんだよ」

「ああ、それもそうか」

やや違和感を感じながらも、クロ君は読み進めていきました。



(読みやすい文章だな、スラスラ読める) 
(こんな表現の仕方、どこで知ったんだっけな?)
(この単語、何て読むんだろう?自分の知らない単語をどうやって使ったんだろ?これはミステリーだ….) 

色々と疑問を抱きはしましたが、クロ君は作品を読み終えました。




「うむ、“G”も“D”もいないし、僕にしては出来すぎなくらいだ。知らない表現方法や言葉がいくつかあった気がするけど、たぶん気のせいだね。昨日の僕は集中していたから、普段以上の力が出せたってことかな」

「たくさん努力したから知らず知らずのうちに実力がついたんだと思うよ」

「そうかな、もしかして僕って意外と才能があったりしてね」

「そうだよ、自分の才能を信じるべきだよ!わたしは初めからずっと信じていたよ」

「ありがとう、ナンシーちゃん!僕、自信がわいてきたよ!」

作品の更新日時がついさっきになっていることにクロ君は気が付きませんでした。
そのことに気づいて内心あたふたしていたナンシーちゃんも、ほっと息をつきました。










それから数日後….

クロ君とナンシーちゃんはパソコンの前で歓声を上げていました。
あのSSの閲覧数が1000回を超えたのです、
クロ君の作品では初めてのことで、これは彼の悲願でもありました。

「ついにやったよ、ナンシーちゃん!1000回達成だ!あ、みてみて!『“G”も“D”もないなんて、目覚ましい成長を遂げましたね』だってさ。お褒めのコメントまでいただいちゃったよ」

「うん、みんなクロ君の成長を感じているんだね。これからも、どんどんレベルアップするクロ君を見せてあげようね」

「よし!僕、頑張るよ!」


コメントは他にも
『文章力上がりスギィ!劇的ビ〇ォーア〇ターや』
『こんなに心温まるはら踊りを私は知りません』
『女の子もの多いですね。ロリコンなのですか?』
等々、いつもよりすごく多く寄せられていました。

コメントを読んで、クロ君はもう天にも昇りそうな気分です。
それからクロ君は嬉しさのあまり発狂して、気絶しました。







それからというもの、クロ君は以前にも増して精力的にSSを投稿しています。
特に妖精さんを題材にした作品を多く手掛け、フェアリーオタク略して“フェアオタ”を自称するようになりました。
アイディアが浮かぶたびにパソコンの前でにらめっこをしていますが、あまりやり過ぎるとナンシーちゃんに叱られるので無理をしない程度に頑張っています。

クロ君の傍らではナンシーちゃんがいつも彼を支えてあげています。
近頃では少しずつクロ君の奇行も減っていますが、一度クロ君の度重なる奇声に隣人さんが文句を言いに来たことがありました。
ドアを開けたら怖い顔をしたおじさんが立っていましたが、ナンシーちゃんが涙目になって謝ると、すぐに許して帰っていきました。






クロ君はこれからも素敵なお話をたくさん書いていくことでしょう。
ですが、彼が作っている物語はパソコンで書かれたものだけではありません。
クロ君もナンシーちゃんも自覚はしていませんが、実は二人で毎日新しい物語を書いているのです。
二人が生まれた時に始まり、出会うことで交わり一つとなった、とても長いお話を。
例えば二人で食事をしたり、どこかに出かけたり、遊んだり、時にはけんかをしたり。
そうした一つ一つの出来事が新たな物語として紡がれ、昨日までのお話に継ぎ足されていくのです。
言わば、二人はそんな果てしないお話の共同執筆者というわけです。


この世に生を受けた者は、自らのお話を書きながら生きていきます。
クロ君とナンシーちゃんのお話をちょっとだけ読んだあなたも、あなただけのお話を書いているのです。
そのお話にはこれから先、喜ばしいことや楽しいことだけでなく、悲しいことや切ないこともいっぱい書かれていくことでしょう。
でも、苦しいことがあっても、あなたのお話には必ず、あなた以外の登場人物が出てくるはずです。
その中にはあなたのことを大切に思い、あなたの物語を幸せなものにしてくれる誰かがきっといます。
そんな人が現れたら、あなたもその人と一緒に素敵なお話を書けばいいのです。
クロ君とナンシーちゃんのようにあなたの物語は誰かと共に紡ぎ、そして分かち合うことが出来るのですから。






















ある日のこと….

「うぅ〜ん…うぅ〜む」

「どうしたの、クロ君?そんなに悩んで」

「ああ、新しいお話を考えているところなんだけどね。今度は今までのより、もっと踏み込んでみようと思っているんだ」

「踏み込むって、どんな風に?」

「次のヒロインは妖精の女王様にする予定なんだけど。その…..女王様の色気っていうか….ちょっと大人の恋の話にしようと思っててね」

「ふぅーん…..(クロ君のえっち….)」

「でも、僕って女の人の…..えーと…体を見たことないから、どう描けばいいかよくわからないんだ。それで困ってて」

「へぇー」

「うーん、参ったな。ネットで検索したらそういうのって出てくるのかな….」

「ダメだよ!そんなの調べちゃ!」

「ゴ、ゴメン。そんなに怒らなくても…」

「あ、急に怒鳴っちゃってごめんね。……….でも..でもね、クロ君がどうしても知りたいって言うなら……わ、わたしが一肌脱いでも..いいよ。あの….わたしでよければ…」モジモジ

「え!?そ、それって、つまり….ナンシーちゃんが体を見せてくれる..ってことかい?」

「うん……」

「ありがとう、うれしいよ。….う〜ん、だけど描きたいのは女王様だからね…..。ナンシーちゃんの体じゃ…..あー、足りないというか…..ちっぱいだし…..だから、わるいけ」

「それー!!」パコパコパコーン

「フンギィィ!フングゥゥ!フンゲェェェ!!!」バタッ チーン

18/11/07 22:56更新 / 犬派

■作者メッセージ
読んでいただき、ありがとうございます。

しょうもない話なのに、突然説教臭いことを書いてしまって申し訳ないです。
私もリャナンシーちゃんに優しく叱られたいと思う日々です。

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