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アンドロイドは、魔物娘の夢を見る──
 魔物が魔物娘となり、その有り様を一変させてから幾星霜。技術が魔導を駆逐し始め、同時に魔導が技術を取り込もうともし始めた、そんな時代。

△▼△▼△▼△▼

 ト・ランタ市連合からソラリア教団領へ向かう街道を外れた森の中、騎士見習いの少年ベイリは自分より年上の修道女の手を引き、木々の間をひたすら逃げ続けていた。
 単純な任務、加えて荷物もほとんどない……当然、金目のものなど持っていない自分たちが、まさか襲われるなんて、考えが甘かったというのか。

「レイシャさん、早く! 急いでっ!」

 それとも持っている手紙に、何か大層な秘密でも書かれているとでも? 教会の司祭は単なる私信、時候の挨拶みたいなものだと言ってたはずだし、もしそんな重要文書なら、いくら人手不足だとしても、護衛の人数がたった一人だというのはどう考えてもおかしい。

「べ、ベイリくんっ、ま、待って……っ!」

 ソラリアを治める中央教会への書簡を届ける彼女──シスター・レイシャの護衛をいきなり命じられ、とるものもとりあえず指定された街の教会へと赴き、当人と引き合わされてすぐに用意された馬車に乗り込み出発。しかし夕方には教団領へ到着するはずが、街道が森に入ってしばらく行ったあたりで突然、野盗の一団の襲撃を受けたのである。
 本来ならば正規の騎士が護衛として同行するところなのだろうが、市の近郊にある地下迷宮と、そこから新たに出土した発掘品を警備するためそちらに大勢が動員されて人手不足になり、見習いのベイリに役目が回ってきたのだった。
 おまけにそのせいで街道の巡回もおろそかになってしまっており、こんな風に追いはぎや盗賊の跳梁跋扈を許しているありさまだ。

「くそっ……しつこい!」

 だが、本末転倒な状況をあれこれ考える余裕など、あるわけなかった。
 御者と馬は早々に射殺され、別の用事で相乗りしていた三人の信徒たちも我先にと散り散りに逃げ出してしまった。二人も隙を見て馬車をとび出し、森の中へと走り込んだのだが、武器はベイリの持つ小振りな剣が一本だけ。
 後を追ってくる男たちはいずれもサビの浮いた山刀や鉈、短槍を手に持ち、頬のこけたその髭だらけの顔に下卑た笑みを浮かべている。典型的な食い詰め者の表情だった。

「も、もうダメ、です、ベイリくん……っ」
「止まっちゃダメだっ! 走って!」

 彼女の整った顔立ちと蒼い瞳に、焦りの色がにじんで揺れる。
 ウィンブルが木の枝に引っかかってはずれ、肩の下まで伸びたプラチナブロンドの髪があらわになる。
 修道衣を押し上げる豊かな胸元が、苦しそうに上下する……

「…………」

 状況を忘れて凝視してしまい、ベイリはあわててそれを意識の外へと追いやった。
 修道衣の長い裾に脚をもつれさせて危なげに走るレイシャ。そんな彼女を急かすベイリだったが、やがて足を止めてその身を背中にかばい、追いすがってきた野盗たちに対峙せざるを得なくなってしまった。

「おーおー、ちっこい騎士さまカッコいいネェ」
「手間かけさせんじゃねえよガキがっ」

 自分より背の高い女性を懸命に守ろうとするそんな彼の姿に、男たちは歯をむいて嘲りのゲス顔とともに、それぞれの得物を見せつけるようにチラつかせる。

「……くっ!」

 そんな自分たちを取り囲む連中の背後に知った顔を見つけ、ベイリは怒りに奥歯を噛み締めた。
 馬車に相乗りしていた信徒のひとり……こいつが野盗たちを手引きしたというわけか──

「わたしたちは手紙を届けるだけで、あなたたちが欲しがるようなものは何も持っていませんっ! そこのあなたっ! こんなことしてただで済むと思っているのですかっ!?」

 上ずった声を上げてその男を指差すレイシャだったが、それを下手な命乞いと取ったのか、ねずみ色のローブを着たそいつは口角を吊り上げ、喉の奥で嗤った。

「おいお前ら、女は傷物にするなよ……ガキは殺しちまえっ!」
「……っ!」

 剣を両手で構え直すベイリ、身体を強張らせてあとずさるレイシャ。だが、手にした得物を振り上げ二人に襲いかかろうとした連中は、後ろから聞こえてきた「ぐえっ!」という短い悶絶の声に、反射的に振り返った。
 そして、

「……なっ、なんだテメエッ!?」

 誰何の声が、木々の間に響いた。ベイリたちもそちらに視線を向ける。
 そこには黒いマントを羽織った見知らぬ男が、片刃の小ぶりな剣を右手に構えて野盗たちを睨みつけていた。彼らを手引きした男は剣の柄で脳天を殴られたのか、その足元で気絶している。
 一瞬の隙を逃さず、ベイリは動いた。

「レイシャさん逃げてっ!」

 彼女を後ろに突きとばすと、あわてて向き直る野盗の一人に体当たりし、短槍を持つその手目がけて切りつける。それと同時に黒マントの男も別の一人の腹を蹴りとばし、斬りかかってきたもう一人の山刀を剣で受け止め……ると見せてそれを流し、たたらを踏んだその男の太ももをザックリと斬り払った。

「ぐげぇえっ!」

 地面を転がりのたうち回るそいつを放って、次の敵に刃を向ける。

「テメエッ! 何しやが──ぐぶぇっ!」

 皆まで言わさず踏み込み、その男の胸元から顎を斬り上げる。致命傷ではないが、痛みと出血は恐怖を呼び寄せ、冷静さや判断力を削ぐ。
 黒マントの男は返す刀で背後の敵を牽制し、斜めに動いて別の賊の二の腕を斬り裂く。
 腕を斬れば武器を振るえない、脚を斬れば動けない……多人数と戦うときは囲まれないように位置を変え続け、下手に刃を打ち合わさず、相手の無力化だけを優先する。未だ短槍の男の抵抗にもたつくベイリと違って、場馴れした者の動きだった。

「お姉ちゃんこっち!」
「……きゃっ!?」

 少し離れてそれを見守っていたレイシャは、いきなり服の袖を引っ張られた。

「だっ、誰ですっ?」
「あたし? あたしはリニア。そこで剣振り回してるショウと組んで、よろず請負人をやってる」

 レイシャを木の影に引き込んだのは、ゴーグルと耳当てが付いた帽子を頭に被り、背中に身の丈ほどの大きなリュックサックを背負った小柄な、見た目ベイリと同じくらいの歳ごろの少女だった。

「街道をト・ランタに向かって歩いてたら、馬と御者さんの死体見つけちゃって……なんかあったと思ってあたりをうかがってたら、森の方からかすかにあんたたちの声が聞こえてきてさ」

 革のジャケットを羽織り、ボトムは短パン、足元はレギンスとショートブーツ。
 ツリ目で生意気そうな顔つきだが、見た目に似合わぬ落ち着いたその口調に、レイシャは緊張を少し緩めた。
 胸に手を当て、息を整える。

「そうでしたか。……申し遅れました。わたしはレイシャ。ト・ランタのウェスタ市教会に勤める者です。騎士ベイリとソラリアに向かう途中、この通り野盗の襲撃を受けていました」
「……!? お姉ちゃん、もしかして──」

 少女──リニアは三白眼を丸く見開いてレイシャの顔を見つめ、何か問いかけようとしたが……そのとき、殴られた野盗の一人が、彼女たちの目の前に背中を向けて尻餅をついた。

「きゃああああっ!」「……っ! このっ!」

 驚いて悲鳴を上げるレイシャ。リニアはすかさず持っていた棒状のものを男の首筋に突き立てる。

「んぎゃっ!!」

 バチッと石を叩き合わせたような音がして、その男は短く悲鳴を上げて痙攣し、その場に倒れ伏した。

「大丈夫か!?──」
「……! 危ないっ!!」

 黒マントの男──ショウが最後の野盗を叩きのめして彼女たちに声をかける。しかし、離れた木々の間から別の男が弓に矢をつがえてこちらを狙っているのに気付いたベイリが、その言葉に被せるように鋭く叫んだ。

「……ぐっ!」

 咄嗟に二人をかばおうと伸ばされたショウの左腕を、風切り音とともに放たれた矢が貫く。
 目の前の敵をようやく片付けて、走り出すベイリ。矢を射た男は、一気に間を詰めてくる少年騎士に二の矢をつがえるか腰の山刀を抜くか一瞬躊躇し、結局身を翻して逃げることを選んだ。

「あっ!? くそっ、待てっ!」
「ベイリくんっ!」

 追いかけようとしたベイリはレイシャの声に足を止め、あわてて踵(きびす)を返してそちらへと戻った。
 黒マントの男ショウは、矢を受けた左腕をだらりと垂らしながらも周囲を警戒し、レイシャはその傷をまばたきもせずに見つめている。その横では見知らぬ少女──リニアが、未だ意識のある野盗たちの首や背中に先ほどの棒を押し当ててまわっていた。
 よく見ると、それは彼女が背負っているリュックサックと紐のようなもので繋がっていた。力を入れて突いているわけでもないのに、男たちは呻き声とともに白目を剥き、面白いように昏倒していく。どうやら魔導具の類らしい。

「あ、あの、大丈夫── ……!?」

 早く抜いて血止めを……とショウに駆け寄ったベイリは、矢に貫かれたままのその腕を見て、レイシャと同じように目を見開いた。
 それは金属とも陶器とも違う質感の、肘の部分が球体で繋がれた、人形のような作りものの腕だった。

「ああ……これ、魔導義肢だよ」

 そう言って、刺さった矢を無造作に引き抜く。もちろん血は一滴も流れない。
 思ったよりも若々しいその声に、はっと顔を上げるベイリ。
 歳の頃はレイシャより二つ三つほど年上か、霧の大陸やジパングの人間にありがちな黒髪と黒い瞳をした彼──ショウは、その顔に「心配してもらって申し訳ない」といった感じの苦笑を浮かべて見返してきた。



 魔導義肢──事故や病気、戦争などで失った手足の代わりとなるべく生み出された、絡繰仕掛けの義手義足。歩行や生活の補助に使われる装具や、欠損部位の外観を再現するエピテーゼとは違い、ヒトが持つ内在魔力によって駆動し制御され、生身の身体と同じように動かすことができる人工の四肢である。
 もっとも装着者の魔力量の大小によって、ギクシャクした不器用な動きになったり、逆に力の加減ができなくなったりすることもあり、長いリハビリを経てようやく日常生活に支障ないレベルの動作が可能になることがほとんどだとも言われている。

△▼△▼△▼△▼

 結局徒歩で移動したため、ソラリアへたどり着いたのは、陽がとっぷり落ちてからであった。
 詰所の衛士に事情を伝えると、ベイリたち四人はその近くの宿屋に腰を落ち着けた。なお、野盗たちと手引きの男は背中合わせにして互いの手首足首を縛って、あの場に転がしておいてきた。リニア曰く、意識が戻っても、しばらくは身体に痺れが残ってまともに動けないだろうと。
 しかし、身元のはっきりした女性を攫って金に換えようとした連中である。遠方の奴隷商に伝手があるのならともかく、そんな簡単に足がつくような真似をするなど、ただの考えなしどもだ。賞金がかかった者もいなかったし、どうなろうと知ったこっちゃない。
 衛士たちが捕まえにいく前に、物好きな魔物娘にお持ち帰り≠ウれるかもしれないが、教団領が近いのでその確率は低いだろう。

「ト・ランタも反魔物領だったはずだが?」
「教団領と付き合いがあるから、対外的にはそうなってます。けど、人間のフリをした魔物娘たちがそこそこいるんですよ……公然の秘密ですけどね」

 もっとも連合総代表や議会の偉いさんたちは、ソラリアとの結びつきを今以上に強めたいと考えているので、反魔物の看板を下ろす気はないだろう。
 今夜はここで一泊し、明日の午前中に、行政府でもある中央教会に出向く予定だ。

「やっぱ素直にト・ランタへ戻った方がよかったんじゃないの〜? ここ、宿屋とかはきれいだけど、なんかビミョ〜に落ち着かないんだよね……」

 食堂のテーブルで取り外されたショウの左腕を弄びながら、リニアが不満げな口調でつぶやいた。ついさっきまで食後のデザートを、満面の笑みを浮かべて頬張っていたのだが。
 しかし、彼女の言い分も納得できる。いろいろと良からぬ噂の絶えない急進派のビッシュ大司教が領主に選ばれて以来、妙によそよそしい空気が街中に漂っているからだ。

「仕方ないだろ。シスター・レイシャはソラリアに行くって頑なだったし」
「……ま、デザートのプリンくれたから、お姉ちゃんには文句ないけどね〜」

 相棒の言葉にニヤッと笑ってそう返すと、リニアは床に置いたリュックサックの口に手を突っ込んで、中をゴソゴソまさぐりだした。
 その背中を半目で見つめ、同じテーブルに着いていたベイリがぼそっとつぶやく。

「僕はやるなんてひと言も言ってなかったぞ」
「ケチくさいやつだなー。目上の者を敬えって、騎士団で教わらなかったのかよ」
「……サラダに入っていたタマネギを全部押し付けてくる、大人げない目上の者とやらをどう敬えと?」

 実を言うとレイシャの分を貰ったリニアが、何も言わずにベイリのプリンまで横取りしてしまい、おまけに悪びれもしないものだから、カチンときているのだった。
 最後に取っておいて食べるのを楽しみにしていたのに……とはもちろん口が裂けても言わない。騎士の──いや男の子のプライドというやつだ。ベイリ自身、我ながら安っぽいなとは思っているが。

「たいして変わんないのに、何エラそうに年上ぶってんだか……」
「そうやって見た目だけで判断すっから、野盗にもガキ呼ばわりされんのよ。え、半人前の見習い騎士様?」
「なんだとおいっ!? 誰が半人前だっ!」
「こらお前ら、いくら他に客がいないからって騒ぎすぎだ」
「ベイリくん、ご恩ある方と揉めてはいけませんよ」

 売り言葉に買い言葉、顔を上げたリニアと睨み合うベイリ。見かねたショウとレイシャが間に入り、二人を引き離した。
 ニヤニヤと、小バカにしたような笑みを浮かべるリニア。ベイリはむっと口を尖らせ、目を逸らした。
 騎士たる者、思いは熱くとも常に冷静であれ……と、騎士団長にさんざん教えられてきたのに。まだまだだなと反省する。
 彼とレイシャは改めて隻腕の戦士に向き直り、頭を下げた。

「本当にありがとうございました、ショウさん。寄り道までさせてしまって」
「でも、お二人についてきていただいて、とても心強かったです」

 一緒に乗っていた他の信徒たちも何処まで逃げたのか皆目見つからず、あのあとショウは二人に、一度ト・ランタへ戻った方がいいと提案した。
 ベイリはそれに賛同したが、レイシャの方は「自分が無事なら役目を果たしたい」とそれを固辞。少年騎士の説得も彼女の意志を翻すことはできず、見兼ねたショウたちが護衛として雇われるという体(てい)をとって、同行してきたのである。
 よろず武装請負人──巷では「冒険者」とも呼ばれる彼らは、人探しや護衛、用心棒、稀少物品の調達、廃墟や地下迷宮の探索調査などを生業とする者たちである。街に定住して互助組織から仕事を斡旋してもらう者もいれば、街から街へと流れて依頼を受ける者もいる。ショウとリニアは後者らしい。

「それじゃショウさんたちも、テルミナス遺跡に?」
「ああ、新しい階層が発見されたって聞いたんでね……」

 食後の話題はいつしか、ショウたちの仕事のことになっていた。
 ト・ランタ市連合を構成する市のひとつ、ウェスタ・シティ近郊にあるその遺跡は、これまで地下六階層までだと思われており、遺物等も獲り尽くされた、いわゆる枯れ迷宮≠ニされていた。しかし、市の図書館に死蔵されていた古文書から七層目以降の階層があることが示唆され、十数年ぶりに行われた調査で実際に下の階層に通じる新たな縦穴を発見、今回そこから幾ばくかの遺物……それも旧魔王時代以前のものと思われる物品が発掘≠ウれたという。
 ショウとリニアの二人はその噂を聞きつけ、地下迷宮の調査の仕事を得ようとト・ランタへ向かう途中だったのだ。
 地下迷宮型の遺跡には侵入者を阻むためのトラップをはじめ、構造が脆くなって崩落の危険がある箇所、用途不明の物品、閉所に適応した危険生物などが存在し、さらに奥を調査するためには(危険要素を排除するための消耗要員としても)場数を踏んだ冒険者──武装請負人が必要になる。

「けど、ウェスタの市長が発掘品について急に箝口令を敷いたから……他の市や隣国に余計な刺激を与えてしまうことにもなって、遺跡の立ち入りは制限されているんです」
「とはいっても、迷宮調査は武装請負人にとっていい稼ぎ場だからな。俺たちの身元保証も、二人が口を利いてくれれば問題ないし」

 別にそれを期待して彼らを助けたわけではないが、使える縁は使わねば損。もちろんベイリもレイシャも、命の恩人の役に立つのなら協力するのにやぶさかではない。
 なお、ここで言う「危険生物」は魔物ではなく、大型・凶暴化した、あるいは体内に毒や病原菌を持つ自然由来の動物を指す。廃墟などを住処にしている魔物娘は意思疎通が可能だし、全くの余談になるが、迷宮の深奥部に巣食っていた旧魔王時代の姿をした魔物や怪物が、他者と接触することで思い出したように魔物娘化したという話もある。
 それはそれで、別の意味で危険だったりするが。

「……ところでそれ、直せるのか? お前」
「お前じゃなくてリニア。直せるのか、じゃなくて直すの。素人は黙ってな」

 リュックサックから出した細長い工具箱を開き、中から取り出した数種類の工具でショウの魔導義手を修理し始めたリニア。ベイリはその手元を、真剣な面持ちで見つめる。
 いくつかの工具は鎧の分解整備に使うものと同じで、ベイリにもなじみがあったが、何に使うのか見当もつかないものも混じっていた。
 じろじろ見んなよ──というリニアのつぶやきに生返事しつつ、その目は外装を外された義手の内部に釘付けだ。

「リニアさん、義肢職人さんだったのですね」
「ああ。彼女が横にいてくれるおかげで、俺もこの仕事を続けていられる」
「……あたしはただの絡繰師だよ。職人なんて大層なもんじゃない」

 魔導義肢は激しい運動や無茶な動作で酷使する都度、分解点検や部品の交換を強いられる。荒事稼業のショウにとって、義手の整備や修理ができるリニアの存在は何者にも代え難いものだろう。状況に応じて複数の義手をつけ替えるなんて真似ができるのは、金に余裕のある連中だけだ。
 ちなみに彼女の言う「絡繰師」とは、見世物としての絡繰を拵えたり動かしたりしてみせる、どちらかというと大道芸人寄りの者たちのことを指す。

「お二人は、ご兄妹──なのですか?」
「ん、まあ、そんなとこだ……」「…………」

 親子だと言っても通りそうな歳の差であるが。
 流れの武装請負人はわけあり≠フ者が多く、彼らに対してそういったことは下手に詮索しないのが暗黙の了解だ。しかしレイシャは世事に疎いのか、思った疑問を口にしてしまう。

「それにしても……やっぱり男の子だな、そういうのに興味あるのは」
「どういうことでしょうか?」

 表面に駆動術式を彫り込まれた魔導モーター、力を伝達するシリンダーやギア──
 話題を変えようとしたのか、魔導義手の内部構造に興味津々なベイリの様子を見てつぶやくショウに、レイシャは真顔で尋ね返した。

「……ん? あ、ああ、別にたいしたことじゃない。男の子には機械や絡繰仕掛けに夢中になるいっときがあるっていうだけの話だ」
「それなら分かります。ベイリくん、ちっちゃい頃に時計の中に妖精さんがいると思って、助け出そうとその時計をばらばらに分解して家の人に怒られたって……」
「ちょっ? れ、レイシャさん──っ!?」

 ぽんと手を打ち、馬車の中で聞いたベイリの昔話を楽しそうにしゃべりだすレイシャ。緊張で固くなっていた彼女の気を紛らわせようとあれこれ話しかけていた中で、ぽろっと口にしていたのだ。
 止めに入った少年騎士のあわてように、ショウはぷっと吹き出し、リニアは修理の手を止めて、けけけ……と意地が悪そうに笑った。

△▼△▼△▼△▼

 次の日、四人がソラリア中央教会を訪れたのは、昼を過ぎてからだった。
 なんのことはない。ショウの義手を夜遅くまで修理、調整していたリニアが、朝起きれず寝過ごしてしまったからである。
 おまけに朝から小雨が降りだし、止むのを待っていて遅くなったのだ。

「早寝早起き、なんでも食べないと大きくなれないぞ〜」
「……うっせーわかってるよヒトがいっちゃん気にしていることをっ」

 ここぞとばかりにからかってくるベイリに、大口開けて欠伸していたリニアは一転、目を釣り上げて怒鳴り返した。ちなみに背丈はベイリの方がちょっとだけ高い。
 今、四人は中央教会の一室にいる。椅子やテーブルなどの調度品は良いものが揃えられているが、妙に寒々とした印象がある部屋だった。
 もちろんベイリとショウ、リニアは武装を取り上げられている。レイシャもその整った顔に不安と緊張の色を浮かべ、膝に手を置いたまま固まったようにじっと座っている。

 ──そういや今朝も、ほとんど食べてなかったよな、レイシャさん……

 もしかすると昨日、リニアにデザートのプリンをあげたのも、旅の疲れだけでなく緊張で食事が喉を通らなかったせいなのかもしれない、と思う。
 窓から見える空はどんより曇っていて、来るときには止んでいた雨がまたポツリポツリと降り始めた。

「シスター・レイシャ、こちらへ。ビッシュ大司教様がお待ちです」

 待たされること一時間、唐突に部屋へ入ってきた神官姿の男性は挨拶もなしに開口一番そう言うと、立ち上がったレイシャを一瞥し、ついてこいと言わんばかりに踵を返した。
 権力を持つ者は人を平気で待たせ、なのに自分が待たされることを嫌う。ここの教団も例外ではないらしい。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」

 ガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、ベイリはその神官を呼び止めた。「仮にもト・ランタ教会の使者ですよ。確かに到着が遅れてしまいましたが、道中で野盗にも襲われましたし、もう少しねぎらいの言葉があっても……」

 だがその神官姿の男は、ベイリの存在に今気づいたと言わんばかりの態度で向き直ると、

「騎士様の役目は終わりました。あとはご自由にしてください」
「な、ならばせめて、この二人に護衛としての報酬を──」

 感情のこもらぬ目つきと口調で追い払われるように言われ、ベイリは怒鳴り返したくなる気持ちを強引に押さえつけて食い下がった。
 だが、男はショウとリニアを目の端で一瞥すると、

「そちらのお二人に護衛を依頼したおぼえはありません。あなた方が勝手にされたことに我々が報酬を払う必要はないと考えます。それでもとおっしゃるのなら、改めて経理の者とお話ください」
「神官さまっ!?」
「……ああ、ここまでシスター・レイシャを送り届けてくれたことについては感謝します。貴方たちに主神様のお恵みを」

 ショウたち二人をタカリ扱いして話を切り捨て、思わず声を上げたレイシャに背中を向けて扉を開けた。

「ベイリくん……」
「…………」

 レイシャは少年騎士の顔と神官の背を交互に見つめ、やがてショウとリニアに申し訳なさげに頭を下げると、あとについて部屋を出ていった。
 扉の閉まる音に、うつむいたベイリの肩がかすかに動く。

「あ〜感じ悪ぅっ! そこら辺の教会にいる連中の方がまだマシに思えるっての!」

 同時にリニアが舌打ちし、吐き捨てるように毒づいた。
 揉めごとを起こすわけにはいかないベイリの手前、黙っておとなしくしていたが、どうやら彼女も我慢の限界らしい。手元に例の魔導具があったら、迷わずさっきの神官の尻穴にぶっ刺しているかもしれない。

「中央教会にいるのは、大司教の取り巻きと御用聞きだけ……宿屋の主人が愚痴ってたことは、どうやら間違いないようだな」
「…………」

 ため息とともにつぶやくショウだったが、ベイリは答えず、悔しさと腹ただしさに両の拳を握りしめた。
 ここがよそ者に冷淡なのは、ビッシュ大司教が掲げる排他政策が原因なのだろう。人の姿に化けた魔物の侵入を防ぐためだとさかんに喧伝されているが、それはあくまで建前で、自分が属する派閥の教義以外を締め出すのが本来の目的……と、内外で批判されているらしい。

「レイシャさんの前では黙ってたが、単に書簡を届けるためだけなら、何も彼女を使者に立てなくても……例えばベイリ、君が代理で持っていっても問題ないはずだ」
「確かに……そうですけど──」

 ショウに指摘され、今まで疑問に思わなかったあれこれが頭の中で蠢きだす。
 私信を届けるためだけに、一介のシスターをわざわざ使者に立てるようなことをした理由。
 わざわざ護衛の騎士までつけて、非力な彼女を行かせたのは何故か。
 そしてやっとたどり着いたにもかかわらず、そっけなさを通り越し、まるで物品でも扱うかのようなさっきの神官の態度。

 届け物は口実で、本当の目的は別に……だとしたら、いったい……

「ま、ト・ランタ騎士団所属のあんたがここで揉めごと起こすわけにもいかないだろうし……さっきのおっさんが言ってたとおり、任務完了ってことでとっとと帰っちまえば?」
「できるかそんなことっ!」

 挑発めいた口調で問いかけるリニアに、ベイリはうつむいたまま声を荒げて答える。
 だが、彼女はいつものニヤニヤ笑いを止め、真顔で問い直した。

「じゃあ、あんた自身はどうしたいのさ?」
「……!」

 少年騎士は弾かれたように顔を上げ、ショウとリニアの顔、そして部屋の扉を睨みつけた。

「レイシャさん……っ!」

△▼△▼△▼△▼

 部屋から連れ出されたレイシャが案内されたのは、礼拝堂でも執務室でもなく、教会の奥にあるビッシュ大司教の私室だった。
 部屋の中央にはテーブルとソファ、窓を背に執務机。壁には大剣を振り上げてヴァルキリーの一団を引き連れる主神を描いた、巨大な絵が飾られている。反対側の壁際に置かれたサイドボードには、ようやく庶民の遠出の足として定着しだした鉄道──蒸気機関車の模型や、万能の天才と言われた偉人が夢見た飛行機械を再現した模型が、高価な銘柄の酒と一緒に並べられていた。

「ようこそシスター。遠路はるばるご苦労だった」

 年の頃は五十代後半、白いローブを着て首から金糸で刺繍を施された赤いストールを垂らした男性が、椅子から立ち上がり、両腕を広げて相好を崩した。
 がっしりした身体つき、金髪──ただし生え際は歳相応に後退している──で赤ら顔。唇は魚の卵巣を連想させる分厚さがあり、鋭い目つきでレイシャの顔や髪、胸、全身を舐めるように眺め回す。

「…………」

 その口の端が、かすかに歪んだ。だが、緊張しているレイシャはそれに気付かない。
 彼がここソラリア教団領のトップ、ビッシュ大司教。聞くところによると無類の新しいもの、珍しいもの好きであり、今は一部の金持ちの道楽に過ぎない馬なし馬車、すなわち自動車を何台も所有していたり、まだ世間一般では珍しい活動写真の技術者たちを援助したりしているらしい。最も後者は、自身のプロパガンダに利用するためなのだろうが。

「初めましてビッシュ大司教様。ト・ランタ市連合、ウェスタ市教会より参りました──」
「ああ、堅苦しい挨拶は抜きにして、先ずは座りたまえ」

 皆まで言わせず、その男──ビッシュ大司教はレイシャを連れてきた神官に目配せし、彼女の後ろに回ってその両肩に手を置いた。

「……え? あの、大司教様?」

 ガチャリ……と、外から扉を閉める音がした。
 それを疑問に思う間もなく、レイシャは肩に手を置かれたまま、押さえつけられるようにソファへ座らされた。

「あ、あの……こ、これはいったい──」

 部屋に男性と二人きり、しかも肩に手を置かれたまま。レイシャもさすがに戸惑いの声を上げて振り向く。
 値踏みするような目つきに困惑しながらも、あわてて預かっていた書簡を取り出そうとしたが……その手をいきなりつかまれて、彼女は短く息を呑んで身を強張らせた。「だ──大司教、さ、ま!?」

「ふふ、よいぞ……」

 だが、ビッシュ大司教はねっとりとした笑みをその顔に浮かべ、空いた手の太い指をレイシャの顎に這わせた。

「ひ……っ!?」
「よいぞよいぞ、理想通りの反応だ──」

 そして、身をよじって悲鳴を上げるレイシャの耳元に囁くと、背中越しに両手で彼女の修道服の胸元を鷲づかみにし…………一気に引き裂いた。

「き……きゃああああああああ〜っ!!」

△▼△▼△▼△▼

「おい貴様ら! 部外者がこんなところで何をしている!? ここは大司教様の……ぐえぇっ!」

 部屋の外から先ほどの神官の叫び声が聞こえて、次いでドンッ、ドンッと物がぶつかるような音がしたかと思うと、人影がふたつ、扉を蹴破って部屋にとび込んできた。

「レイシャさんっ!」
「べ……ベイリくんっ!? ショウさんっ!」
「……誰だっ!?」

 彼らが部屋の中で見たのは、服を破かれ裸にされながらも必死に抵抗し続けるレイシャと、そんな彼女に神官服と下帯をはだけて馬乗りになり、その髪をひっつかんで無理矢理ソファに押さえつけている男──ビッシュ大司教の姿だった。

「なっ、何やってんだあんたぁ!?」
「評判の良くない男だとは聞いていたが、まさかこんな真似を……」

 怒りに声を上げるベイリ。そして呆れと軽蔑を混ぜこぜにした視線を向けて、ショウがつぶやく。
 どこからどう見ても、強姦未遂の現場だった。

「ベイリくんっ……!」

 突然の乱入者に気を取られて一瞬緩んだ手を振りほどき、レイシャは露わになった胸元を押さえて彼らに駆け寄ろうとした……が、

「……きゃああっ!」
「ええい貴様らっ、いきなり押しかけてきてなんのつもりだっ!? ここはお前たちみたいな者が入っていい場所ではないっ!!」

 起き上がったビッシュ大司教に右の手首をつかまれて後ろに引っ張られ、首に腕を回されて羽交い締めにされてしまう。

「な、なんのつもりだはこっちのセリフだ! レイシャさんを離せっ!」

 彼女の身体を盾にするビッシュ大司教に、ベイリも負けじと怒鳴り返す。どうにも胸騒ぎがして居ても立ってもいられなくなり、「あとはご自由にしてください」とか言ってたから望み通りご自由にしてやる──と開き直って部屋をとび出してきたのだ。
 そして教会の奥にあった、重厚かつ豪華な扉を背にして手を後ろに組みふんぞり返っていたさっきの神官に見咎められて…………で、今に至る。

「ビッシュ大司教、高位神官のあんたがシスター・レイシャを手篭めにしようとしたこと、流れ者の俺たちならまだしも、ト・ランタの騎士であるベイリが証言すれば、揉み消すことはできないぞ」

 聖職者にとって、姦淫のスキャンダルほど致命的なものはない。このことが明るみになれば、この男に疎まれ遠ざけられた者たちは諸手を上げて追い落としにかかるだろうし、付き従っている者もとばっちりを恐れ、距離を置こうとするだろう。
 だが、ビッシュ大司教はショウの言葉に口角を吊り上げると、

「ふふ……んふふふふっ…………ふはははは…………あ〜っはははははっ!!」

 いきなり声を上げて笑い出し、レイシャの首を絞めつける腕に力を加えた。

「……あぐっ!」
「手篭めにした? 揉み消す? お前たち、何世迷い言をほざいているのだ。主神様の忠実なしもべであるこの私が、そんな破廉恥なことするわけがないだろうっ」
「あんた! この期に及んでまだ──」

 いけしゃあしゃあとそう言い放つと、ぬたりと嘲りの笑みを浮かべる。ベイリは思わず拳を固めてとびかかろうとしたが、再びレイシャを盾にされて踏みとどまった。

「ふっ、こいつがそんなに大事か…………だがな!」

 ビッシュ大司教は自分を睨みつける少年騎士に鼻を鳴らし、身をよじってもがくレイシャの右手を自分の顔の前に持ってくると……

「見ろっ! これはヒトではないっ!」

 ……そう言って彼女の手に歯を立て、ベイリとショウがあっと思う間もなく、その小指を噛みちぎった。

「……!!」
「レイシャさんっ!!」
「嫌ぁっ──!! ……え!?」

 激痛に悲鳴を上げて身をよじり、大司教の手を振り払った次の瞬間、突然ちぎれたはずの指の痛みを感じなくなり、レイシャは惚けたような表情を浮かべた。

「そ……そんな──」「まさか……」

 ベイリたちも驚きに息をのむ。彼女は自由にされた震える右手を、おそるおそる顔の前に……

「……っ!?」

 ぶらぶらと手の甲側に垂れ下がった小指──だが、その傷口からは一滴の血も流れていなかった。
 そして、まるで幻が解けるように、その手がヒトのものからショウの義手のような作り物へと変わっていく……
 否、手だけではない。二の腕も、反対側の左腕も、両の脚も、腰も肩も胸も、身体の全てが球体関節とギアとシリンダーに繋がれた、人工物へと変化していく。

「わ、わたし……わたし、い、いったい──」
「そう! お前はテルミナス遺跡の未踏階層で発掘されたオートマトン! 自分のことを教会のシスターだと思い込んでいた、絡繰仕掛けの人形なのだっ!」
「あ、いっ、なん……右マニュピレーター部、破損。擬装ヲ解除シ、フレームノ保護ヲ最優先シマス…………い、いや……いやああああっ──」

 彼女の首から腕を離し、得意げにふんぞり返って食い気味に言い放つビッシュ大司教。突然意味不明な言葉を操られたかのように口走り、茫然自失となったレイシャは悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。
 まばたきもせず、見開いた目で一点を凝視して頭を抱え……かすれた声を漏らす。

「あ、あ、あ、ぅあ……ああ、あ──、ア……アア、ア──」
「レイシャさんっ!」

 腕と脚の付け根がスライドし、そこから一斉に蒸気が吹き上がる。
 だが、レイシャは自身の変化に抗うように首を動かし、呼びかけてくる少年騎士と目を合わせた。

「ベイリ……くん──」

 涙が流れるように、その頬に繋ぎ目が浮かび上がった。

 オートマトン──旧魔王時代以前の文明によって生み出されたとされる、魔力で動く精緻な絡繰仕掛けのヒトガタ。かつては召使いや護衛、愛玩物として使われていたと伝えられているが、実際その目で見た者は少ない。一説ではゴーレムやリビングドールと誤認され、これまでその存在に気づかなかったのではないかとも言われている……

「これで分かっただろうっ! ヒトの形をしただけの物に乱暴しようが何をしようが、教義に反することも罪に問われることも一切ないっ! 分かったか! さあ分かったならさっさと出ていけ! そうすれば今回の狼藉は不問に付してのぼごぶゎぁっ!!」
「ベイリっ!」

 口の端を歪め、勝ち誇ったように語るビッシュ大司教に皆まで言わせず、ベイリは拳を握り締めて一歩踏み込み、その顔面を力いっぱい殴りつけた。
 そして、顔を押さえて尻もちをつく大司教を横目に、床に座り込んだレイシャの手をつかんで背中にかばう。

「こっ小僧っ! 貴様自分が何をしたのか分かっているのかぁっ! 同盟領の領主に危害を加えて、タダで済むと──」
「うるさいこの変態ジジイっ! オートマトンだかなんだか知らないけど、関係ない! 僕の使命はレイシャさんを守ることだっ!」

 片手で鼻血を抑え、ふがふが喚き散らすビッシュ大司教に、ベイリは真っ向から言い放った。正直言ってヤバいことをしたという自覚はあるが、それよりも何よりも、目の前でこっちに憎々しげな視線を向ける、大司教という地位にあぐらかいた大人げないジジイへの怒りがまさった。

「ウェスタ・シティの市長が遺跡のことに箝口令を敷いたのは、あんたにレイシャさん──発掘品のオートマトンが秘密裏に譲渡されたのを誤魔化すためだったんだな」

 他の市長を出し抜いて、ソラリア──ビッシュ大司教の後ろ盾を得ようとしたのだろう。そしてベイリは何も知らされず、運搬役≠やらされていたのだ。
 ショウは大司教から目を離さないまま、自分のマントを外して、レイシャの肩にかける。
 だが、彼女はピクッと身を震わせただけで、未だ自身の変化を受け入れられず、虚ろな目をして座り込んだままだ。

「……で、このおっさんが『シスターを強姦する神官』って設定のプレイがしたくて、わざわざ疑似記憶を入力させて、ここまで来させたってわけだ」

 商売道具を取り戻してくる──と言って別行動を取っていたリニアが、ベイリたちの後ろからいきなり顔を出してショウの言葉を引き継いだ。たぶんトリセツとかも一緒に見つかったから試してみたくなったんだろ……とも付け加える。

「リニア、お前レイシャさんのこと、気付いてたのか?」
「確証はなかったけどね〜。あたしもオートマトンなんてレアな娘(こ)、初めて見たし。……それにしても、待てずに速攻で包み紙破るような真似するなんて、ガキンチョかよおっさん」
「ふふふふざけるなっ! なんなんだっ!? なんなんだお前はぁっ!? うがあああああっ!!」

 突然湧いて出た子どもに図星を指された挙句にガキ呼ばわりされ、座り込んだまま顔を真っ赤にして癇癪を起こすビッシュ大司教。リニアは心底軽蔑した目を向け、わざとらしくため息を吐くと、その目の前にウンコ座りでしゃがみこんだ。

「……うっ」

 ギロリと凄まれ、思わず気圧される大司教。

「おいおっさん、あんた思いっきり間違ってるよ。動力源が魔力の女性型オートマトンは、ゴーレムなんかと同様に魔王様のありがた〜い影響を受けてるんだ。……早い話、このお姉ちゃんは人形なんかじゃなく、れっきとした魔物娘なんだよな」

 いつもの口調でそう言いながら、彼女は頭に手をやった。「──あたしと同じように、ね」

「なんだとっ!?」
「……なっ!?」

 被った帽子をずらすと、そこから大きな獣の耳が跳ねるようにとび出した。これにはビッシュ大司教だけでなく、ベイリも仰天する。

「まっ、ままま魔物だとぉ!? バカなっ! ここの退魔結界はレスカティエで使われていたものと同等のはずっ! 獣人風情がたやすく侵入できるわけがないっ!!」
「いや、ここにいるじゃん」

 かつて魔王の娘たるハイサキュバス──リリム・デルエラによって一夜のうちに堕とされた神聖国家レスカティエ。後世の歴史研究で、彼の地は数多の勇者を輩出する裏で国民のほとんどが赤貧に喘ぎ、王家はお飾りに甘んじ、権力を独占し富を享受できたのは「寄進」「浄財」と称して税金を搾り取り、正義の名の下に子どもたちを過酷な戦場へ送っていた高位教団員の一部だけ……というハリボテの三流国だった事実が明るみになったが、未だにそれを受け入れず、「聖地奪回」を第一の教義に掲げる教団派閥はまだまだ多い。

「そそそそうだ! 私がオートマトンを求めたのはっ、来たるべき聖戦の主力兵器として量産化する計画のためなのだっ! 絡繰が戦い、人が死ぬことのない理想の戦場! そのためにさっきも乱暴していたのではなく、耐久性のテストを実施していたのだっ!! だからさっさとその人形を返せっ!!」
「それ、今思いついた言い訳だろ……」

 支離滅裂──口を開けば開くほどバカを露呈する目の前の老醜に、ベイリもショウも怒りを通り越して完全に呆れかえってしまう。これ以上言い返すとこっちまでバカが感染しそうだ。

「それと、あんたまた間違ってるぜ。あたしは獣人じゃなく……」

 顔を近づけ三白眼でダメ押しに睨みつけると、リニアは牙を剥いて嗤った。

「……グレムリンだ」
「ひっ!」

 グレムリン──小柄な体躯に機械や絡繰の知識技能を有した魔物娘。さらに魔導具、魔導機器を誤作動させることができ、獣人ではなくインプやデビルと同じ「悪魔型」に分類される。それゆえ魔物殲滅派に属する教団員たちは、グレムリンの重要施設や拠点への侵入を断固として阻止せよと厳命されている……

「あ、あぱぱぱぱぱぱぱぱ…………」

 しかし魔界や親魔物領との紛争地帯へ赴くどころか、自分の教団領から一歩も出たこともないビッシュ大司教。当然、知識として知っているだけで、魔物(娘)に遭遇したことなどこれまで一度もない。
 恐怖と焦りにパニックを起こし、奇声を上げて仰向けのまま這いずるようにあとずさる……が、しばらく私室に近づかぬようにと人払いしていた教団兵たちが、やっと異変に気付いて部屋になだれ込んできた。
 その途端、大司教はさっきまでの怯えようはなんだったんだと言わんばかりに、強気とふてぶてしさを瞬時に取り戻して立ち上がった。

「魔物とその協力者どもだっ! 主神の御名において殲滅せよっ!!」
「……ちっ」

 ぐるりとまわりを取り囲まれ、ベイリたちは座り込んだレイシャを守るようにして彼らに対峙する。
 もっとも教団兵のほとんどは、眼前の敵から目をそらすまいとしつつ、ちらちらとビッシュ大司教の方をうかがっている。

「何をしているっ!? 奴らは丸腰だ! 抵抗するなら……いや、抵抗せずとも斬り殺せっ!!」
「「「…………」」」

 いや、大司教の方こそ前をはだけてナニをぶらぶらさせて、いったい何をしてたんです? ……と思った連中は、明らかに戦意が削げていた。

「丸腰? ざ〜んねん。……いくよっ、ショウっ」

 聖職者とは思えない悪役台詞を言い放つビッシュ大司教に、リニアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、右手の指を鳴らした。
 同時にショウが前に踏み込み、左腕の手刀を横薙ぎに振るう……と、義手の二の腕から先が飴細工のように伸長して長剣と化し、虚を突かれた教団兵の何人かが剣を叩き折られて瞬く間に無力化された。
 他の者があわてて剣を構え直そうとしたが、狭い部屋の中では味方に切っ先が当たりそうになってしまい、同士討ちを怖れてもたつく間に次々と倒されていく。

「リニアちゃん特製モーフィングアームだぜ〜。刃は落としてあるけど魔界銀製じゃないから、骨の二、三本は覚悟しなよっ」
「言ってる場合かっ。……ベイリっ、逃げるぞっ!」
「は、はいっ! ……レイシャさん立って!」
「あ──」

 自分の手を握りしめる少年の手の力強さとぬくもりが、凍りかけていた彼女の心に再び火を灯す。
 大司教は言った。お前は人形だと。
 だが魔物の少女は言った。お姉ちゃんは人形じゃないと。
 そして、自分の手を引く少年は姿が変わった自分に、変わらず呼びかけてくれる。レイシャさん──と。

「ええい何をもたついているっ! 我ら、(魔物と戦った)経験はないが知見が──ぅひいいいいいいいぃっ!!」

 少しずつ後ろに下がりながら教団兵たちをけしかけていたビッシュ大司教は、ベイリたちが扉とは反対側──自分の方へと突っ込んできたのに悲鳴を上げ、頭を抱えて逃げ出そうとした。が、その拍子に首からずり落ちたストールを踏んづけてすっ転んでしまう。
 四人はその背中をとび越えて、窓の方へと走った。
 リニアがもう一度指を鳴らし、ショウの左腕が長剣から戦槌へと変化する。教団兵たちがあっと思う間もなく、彼らはそのままの勢いで窓のガラスを割り、雨が降る外へと転がり出た……

△▼△▼△▼△▼

「……いたか?」
「いや、まだ見つからん」
「まだそう遠くへは行ってないはず。……とにかく探せ!」

「…………」

 雨が激しさを増す中、眼下で定型通りのやり取りする教団兵たちの姿を確認すると、ショウは黙って部屋の窓から離れ、後ろを振り返った。
 逃亡の際に酷使した左腕はまた力を失くし、だらりと垂れ下がっている。

「助かりました。恩にきます」
「そう思ってんなら朝までに出てってくれ。泊まっていた宿屋に逃げてくる奴なんかいるかって言っといたが、いつまでも誤魔化せるもんじゃねえからな……」

 背後にいたエプロン姿の男──宿屋の主人はそう応えると、ショウに向かってニヤリと笑いかけた。

「ま、あのクソ大司教のせいでこっちは商売上がったりだし、こんなの意趣返しにもなんねえよ。詰所の連中はあんたらが放ってきた野盗どもをとっ捕まえに行ってるから、今なら手薄だぜ」

 踵を返して手をひらひらさせながら部屋を出ていくその背中に、ショウはもう一度頭を下げた。
 部屋の片隅に目をやると、マントとフードに身を隠したままベッドに腰掛けるレイシャと、彼女のちぎれた右手の小指を修理するリニア、そして時おり瞬く閃光に目を細めながら、その手元を心配そうに見つめるベイリの姿があった。

「どうだ? 直せそうか?」
「義手の部品の予備があるから、指の方は問題ないんだけどな……」

 二本の指先から放つ小さなアーク放電でその傷口を塞いでいたリニアは、ゴーグルを額に上げてショウに向き直った。「けど、擬装の復旧はさすがのあたしもお手上げだ……どんな仕組みなのか見当もつかない」

「そうか……なら、やはり夜のうちにソラリアを抜け出した方がいいな」

 つぶやくようにそう言うと、彼はベイリの顔を見た。

「これからどうする?」
「もうト・ランタには戻れません。騎士団のみんなに、これ以上迷惑をかけられないですし」

 けど……と続けて、少年はショウの目を見返した。

「レイシャさんは僕が、どこか遠くに連れていきます。受け入れてくれる場所が見つかるまで……」
「…………」

 フードの下でその顔が、はっと息を呑んだように動いた。

「……そうか」
「よっしゃできたっ。動かしてみて、レイシャお姉ちゃん」
「…………」

 黙ったまま右手を顔の前に持っていき、握ったり開いたりを繰り返す。
 とても人工物とは思えない、滑らかな動きだった。

「しばらく接合跡──傷跡が残るけど、自己修復機構が動きだしたら一巡り(一週間)ほどで消えちゃうから、心配しないで」
「よかった、レイシャさん。……ありがとう、リニア──さん」
「うおおおやめろぉっ! さん≠ネんか付けんなっ! ちょっとしか歳離れてないって言ってたろお前〜っ!」

 面と向かってお礼を言われると照れくさいのか、顔を赤らめ両手をばたばたさせるリニア。
 するとレイシャが突然立ち上がり、いきなりマントを脱ぎ捨てた。
 そして、きょとんとした顔で自分を見つめるベイリの肩をつかんで、ベッドに押し倒すと、

「れ……レイシャ、さん?」
「…………せ、生体──ニン、証……ま、マスター、ノ、生体、認証ヲ、開始、シマス──」

 抑揚のない口調でそう言いながら、少年の顔を両手で挟み込み、その唇を自身の唇で塞いだ。
 沈黙がその場を支配し、雨の音が耳を打つ……はっと我に返ると、ベイリはあわてて身をよじり、レイシャを引き剥がそうともがいた。

「むっ、むぐ〜っ!」
「……あー、ここに逃げ込むまでずっと雨に濡れ続けてたからね〜。どっかの回路がショートしちゃったかなあ〜?」

 止めに入ろうとしたショウを手で制し、リニアがニヤニヤ笑いながら棒読みっぽく説明する。
 ようやく唇が離されて、ベイリは息を継ぐのも忘れて二人を見た。

「ち、ちょっと……ショウさんっ、リニアっ、レイシャさんが──」
「ま──マスターノ、遺伝子情報、ヲ、登録…………ぷ、プロテクトレベル、ヲ、引キ上ゲル、タメ、更ニ高度ナ認証、登、録ヲ、続行、シマス──」
「……え? 何を……? うわあああっ!?」

 頭ひとつ分背が高いが、その細い身体のどこにそんな力があるのか……レイシャは無表情のまま、曲がりなりにも騎士としての訓練を受けていたベイリを片手で押さえつけ、もう一方の手で着ていた服や下着を引き剥がすように脱がせていく。

「れっ、レイシャさん! 正気に戻って……!」
「あきらめな。魔物娘と一緒に生きるってのは、そういうことなんだよ」

 さーお邪魔虫は退散、退散っと……リニアはショウの背中を押し、ベイリたちを残して部屋の外へと出ていった。
 ばたん、とドアが閉められる。廊下に出たので雨の音が少し小さくなった。

「リニア、お前レイシャさんに何かしたな」
「バレたか……まあ、オートマトンはいいも悪いもリモコ──もといマスター次第だからね〜。ビッシュのおっさんみたいな奴にヤられる前に、ベイリをさっさとマスターにした方がいいと思うよ」
「それは否定せんが──」

 言いかけたショウの服の裾を、リニアは指でつまんでくいくいと引っ張った。
 さっきとは違う意味で、その顔を赤らめる。

「それよかさぁ、逃げる前にあたしらも……シよ?」
「…………」

 ショウは呆れたように溜め息を吐いて笑みを見せ、動かない左腕を右手で持ち上げてリニアの頭に置いた。

「まずはコイツを直してからだ」
「……ケチ」



 ──などといったやりとりが部屋の外でされているとも知らず、裸に剥かれたベイリはベッドの上で、その股間のモノをレイシャに舐めしゃぶられていた。

「レイシャさんっ! だ、ダメだっ、汚いよっ、止めてよぉっ!」
「…………」

 哀願するが、彼女は表情を一切変えずに、ひたすら黙々と口を動かし続ける。
 絡繰仕掛けのものとはとても思えない、その淫らな舌使い……股の間から緩急つけて襲いかかってくる快楽に苛まれながら、オートマトンの身体の要所要所には「生体部品」と呼ばれる生き物と同じ柔らかい&舶iが使われている──とリニアが言っていたのを、ベイリは頭の片隅にぼんやりと思い出す。
 そして自慰行為しか知らなかった彼のイチモツは、いつの間にか固く屹立し、羞恥心や罪悪感をおぼえるより早く暴発してしまう。

「ぅうっ! うあああっ……あっ──」
「…………」

 吐き出された白濁を喉の奥で受け止め、レイシャはそれを全て独り占めするかのように吸引した。
 その人形のような顔に、かすかに満足げな表情が浮かんだように見えた。

「マスターノ、遺伝子、情報ヲ……修得。最重要、メモリー、トシテ、中枢部……ニ、保存。……最終フェイズ、ニ……移行、シマス──」
「……!」

 自らの股間をベイリに見せつけるように、脚を開くレイシャ。つるんとして何もなかったそこが弾力を帯び、縦筋を生じさせ、内側に巻き込むように凹んでいき、みるみるうちに女性器──膣を形成する。
 次の瞬間、ベイリは極まって絶叫した。

「う……うわあああああああ──っ!!」

 そのままレイシャの腕をつかんであらん限りの力で引っ張り、位置を変えて彼女をベッドに押さえ込む。「はあ、はあ、はあ、……れ、レイシャさんっ! 好きだ! 好きです!! だから──っ!」

 だから、僕から挿れさせてください……息を荒げながらそう伝えると、表情のなかった彼女の目が大きく見開かれた。

「……はいっ」

 彼女の唇を、今度はベイリから奪う。
 拙いキス。それでもいつしか互いを求めるかのように、舌を絡め合う。

「ぷはっ……、はあ、はあ──」「ン……ッ、ク──」

 ベイリは涎まみれになった口を離すと、今度はレイシャの首筋を甘噛みし、ぎこちない指づかいで彼女の胸に触れた。
 ヒトとは違う、固い双丘。だが、揉み続けているとそこも少しずつ柔らかくなっていく。
 ぷくりっ……と、表面に小さな突起がひとつずつ生じた。ベイリはそれ──乳首にむしゃぶりつき、歯を立て、舌で転がした。

「ン、ンンッ……、あんっ──」

 さっきまで抑揚のない言葉遣いだったレイシャが、甘い嬌声を上げて身をよじる。
 そうして彼女の胸をひとしきり弄ぶと、ベイリは彼女の下腹部──膣にイチモツを当て、大きく息を継いで、

「レイシャさん……い、いきますっ!」

 蜜があふれるそこへゆっくりと先を挿れていき…………ぐっと腰を打ちつけた。
 ぐぐっと秘裂を割り開き、熱い塊を押し入れる。弓なりに反った背中に手を回し、さらに奥へ、奥へと。

「う、動き、ます……、んくっ──」
「……ンアッ! ……ア、ああっ、んっ──」

 奥まで入った熱い塊をゆっくり前後させると、それに応えるかのように肉襞が、きゅうきゅうと締めつけてくる。
 腰の動きが加速する。快感が上りつめていく。喘ぎ声が部屋中に響く。

「れ──、レイシャさん…………レイシャさんっ……!」
「……アアッ──マ、マスター…………マスタぁあああ──」

 ベイリも、そしてレイシャ自身も思う……この身体は絡繰仕掛けでも、ちゃんと生きている≠ニ。

 なぜなら彼女の中は、こんなにも温かいのだから。
 なぜなら彼の全てを受け入れ、感じることができるのだから。

「で……出るっ、……ん、んうぁあああ────っ!!」
「……クゥゥ! ンアアッ──アッ、あ、あああああぁ────っ!!」

 火傷しそうなほど熱い液体がほとばしり、身体の奥へと流れ込んできて、放った方も放たれた方も、その全てが快感へと置換される。
 互いを愛おしく思い合いながら、二人の意識はそのまま真っ白なハレーションの中へと溶けていった……

 …………………………………………
 ……………………
 …………

 ……気がつくと、顔を横に向けてお互いを見つめ合っていた。

「生体認証コンプリート、システムオールグリーン……コレヨリ本機RX−048、個体識別名レイシャ<n、マスター・ベイリヲ終生ノ主人(あるじ)トシ、イカナル時モ側ニ寄リ添イ、トモニ歩ミ、守護シ、ソノ全テノ望ミを叶えることを、自身の存在意義とします…………ありがとう、ベイリくん」
「レイシャ、さん……」

 大切な宝物のように、ベイリの小柄な身体をそっと抱きしめるレイシャ。未だ興奮冷め止まぬまま、それでもベイリは彼女の背中に両手を回し、その硬質な身体を優しく抱き返した。



 魔物が魔物娘となり、その有り様を一変させてから幾星霜。技術が魔導を駆逐し始め、同時に魔導が技術を取り込もうともし始めた、そんな時代。

 されど魔王の淫らな福音は、今日も大地にあまねくいき渡る……

△▼△▼△▼△▼

 ベイリとレイシャの二人は、ショウたちとともに夜陰に紛れてソラリアを脱出、街道を避けて山を越え、内陸部へ向かう鉄道の駅がある中立の交易都市、アトル・シティにたどり着いた。

「ここでお別れだね、レイシャお姉ちゃん」
「本当にありがとう、リニアちゃん」

 次の列車を待つ駅舎の中、彼女たちは互いを抱きしめて別れを惜しんだ。
 レイシャはスタンドカラーのブラウスと膝下丈のスカート、長袖のボレロを着てケープを羽織り、大き目のボンネットを被ってオートマトンの身体を隠している。じっくり見なければ、おそらく誰も気づかないだろう。
 そっと身を離し、リニアは彼女の隣に立つ少年に目を向けた。

「ベイリもしっかりやんなよ。……あんた、やっと本物の騎士になれたんだし」
「何言ってんだよ、騎士資格なんかとうに──ぐぶっ!」
「あーもーっ、レイシャお姉ちゃんの、っていう意味だよっ。んなことも分かんないなんて、ほんと頼んないなぁ……」
「く……っ、お、お前なあ──」

 照れ隠しで腹パンしてきたリニアに、顔を赤くしつつ怒鳴り返すベイリ。
 レイシャはその後ろから、肩越しにそっと手を回して彼の身体を抱きしめた。

「大丈夫です。マスター・ベイリ……ベイリくんがわたしを護ってくれるように、わたしもベイリくんを護ります。だって──」

 だってわたしは、ベイリくんのオートマトンですから……そう誇らしげに言う彼女の目には、確かに意志の輝きがあった。彼と深く結ばれたことで、絡繰仕掛けの魔物娘という自分自身を受け入れることができたのだろう。
 二人は自分たちを黙って見守っていた、魔導義手の戦士に向き直る。

「……ショウさん、どうして僕らにここまでしてくれたんですか?」
「ん、ああ、俺とリニアも初めて出会った時、別の魔物娘とその旦那さんに親身にされたんだよ。だから俺たちもそうしようと思った。それが理由かな」

 今度はベイリたちが、そんな誰かを助けていけばいい──その言葉に少年とオートマトンは互いに見つめ合い、微笑み合った。

「ト・ランタへ行くんだったら、これを持っていってください」

 ベイリは首からかけていた認識票を外し、このあと改めてト・ランタに向かうショウにそれを手渡した。

「それを見せて今回の事情を話せば、きっと騎士団長が便宜を図ってくれるはずです。気さくで話のわかる方ですし、魔物娘にも理解があります」
「わかった、必ず届けよう」

 認識票を懐にしまって、ショウはしっかりとうなずいた。そして、ちょうど到着した列車を仰ぎ見る。

「クリスティア湖の北側に、サラサイラ・シティという親魔物領がある。そこに住むソーマという義肢職人に俺たちの名前を出せば、二人の力になってくれるだろう。この腕を拵えてくれたのもその人だ」

 そう言って、マントの下に隠していた左腕を見せる。

「ありがとうございますショウさん。……あれ? そーいえばあの時、リニアちゃん特製とか言ってなかったか?」
「い……いや、それに変形ギミックを仕込んで完成させたのが、あたしだっていうか──」
「なんだ、いちから作ったわけじゃないんだ」
「うっせーよ。っていうか、なんでいちいちそんな細かいことおぼえてんだよお前っ!」
「ふふっ……」

 最後まで言い合いを続けるベイリとリニアに、レイシャは口元をほころばせた。

△▼△▼△▼△▼

 動きだした列車の窓から手を振るベイリとレイシャに、ショウとリニアは二人の姿が見えなくなるまでずっと手を振り返し続けた。
 そして彼方へ遠ざかる列車を見送ると、ショウは駅舎のエントランスに目をやり、腰に差した剣の位置を直した。

「さて、できるだけあいつらを引きつけておくか」
「……だね」

 棒状の魔導具──スタンロッドを握りしめ、リニアが答えた。
 向こうから、次の列車を待つ人たちを押しのけ突きとばしながら、銀色の全身鎧に純白のサーコートを羽織った教団騎士が三人、彼らの方に近づいてきた……



 シスター・レイシャと見習い騎士ベイリはソラリア教団領へと向かう途中、野盗の一団に襲われて行方不明……二人の引き渡しを再三に渡って要求してくるビッシュ大司教に対して、ト・ランタ側はそう回答し、知らぬ存ぜぬを続けている。
 本来なら市連合の財産として管理すべき発掘品──完動状態のオートマトンを言われるままに他国の領主へ譲渡したことが、旅の武装請負人の口からト・ランタ騎士団長の知るところとなり、弱みを握られてしまったウェスタ・シティの市長が、表沙汰になる前に全てをなかったこと≠ノしようとしたためだ。
 また、魔物の侵入を防ぐという名目で排他政策を推し進めていたにもかかわらず、中央教会へグレムリンの侵入を許してしまい、なおかつその際にあられもない姿(魔物との姦通疑惑も囁かれている)を晒したことで教団内外の支持を一気に失ったビッシュ大司教から、ト・ランタ市連合自体が距離を置こうとしたからだとも言われている。

(END)
17/03/12 21:40更新 / MONDO

■作者メッセージ
 ゴーレム …… 材料に魔力が宿っていて、人型に創り上げると動き出す。
 リビングドール …… 人型(人形)として完成しており、そこに魔力が宿って動き出す。
 オートマトン …… あくまで機械人形。動力源が魔力。

 こんな風に三者の違いをざっくり捉えているのですが、どうでしょう? まあ、ベン図で長方形とひし形の範囲が重なったところが正方形──みたいな感じで、ゴーレムとオートマトンのハイブリッド魔物娘とか、耐用年数の過ぎたオートマトンがリビングドールに転生するとかあってもいいかな……なんて想像の輪が広がります。
 魔物娘タグを「オートマトン」にするか「グレムリン」にするかはさんざん迷ったのですが、どうせタイトルでネタバレしてるしいいか……と考えてこうなりました。楽しんでいただければ幸いです。
 ベイリくんとレイシャさんのその後は、別のお話の魔物娘に語らせる予定です。魔導義手の戦士ショウ(名前はもちろんあのビクトリーな地底人さんから拝借)と相棒のリニアも、これからも活躍させたいなと。特にリニアは今回イタズラ好きのグレムリンというより、メカニックとしての描写が多かったので、いつかリトライしてみたいと考えています。
 あと、今回のお話を書いていて、グレりんやオートマたんがいれば図鑑世界で攻殻や紅殻みたいなお話もできるんじゃないかなーなんて妄想したりしました。書きたい……書けるかなあ……

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33