連載小説
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第一章『再会』
 「あ」
 「お」
 若い頃、コンビを組んでいたキサラギ・サイノメ(賽乃目如月)とカグラ・ムラマサ(斑柾神楽)はお互いに偶然、立ち寄った村の酒場で再会した。
 まさか、こんな所で旧友に会えるとは思っていなかった二人は喜びを露にし、まず握手をし、次に抱擁をし合い、そして、離れ際の一瞬、お互いに急所を狙った一撃を繰り出し、カグラは受け止め、キサラギは回避した。
 「っっ?!」 
 これには、酒場にいた客も、お互いの旅の同行者も絶句した。
 二人が繰り出した、今の攻撃は明らかに殺気が篭もっていたからだ。どちらも、久しぶりに会った友を躊躇せずに殺そうとした、少なくとも、小さくはない怪我を負わせるつもりだった。
 こんな所で殴り合い、いや、下手をすれば、得物を抜いて殺し合いを始める気なんじゃ、とその場にいた、二人に視線を注ぐ全員の頬を冷えた汗が流れ落ちた時だった、キサラギは喉を鳴らして、カグラは豪快に笑いながら今一度、先程よりも暑苦しい抱擁を交し合った。
 「ハハハハハハハ、久しぶりだな、おい」
 「本当に! お元気でしたか?」
 体を離し合った二人が突然に、今の刹那にも満たない本気の攻防が嘘だったかのように笑い出したものだから呆然としてしまう客達だったが、触らぬ神に祟り無しだとばかりに、すぐに目を逸らし、それぞれの会話に戻った。
 「最後に会ったのは、ナンバ島の監獄だったな」
 「あの時は大変でしたねぇ。
 ホムラさんのお姉さんを助ければ良いだけの話だったのに、まさか、王子様を助けに『紅蓮の砂漠(ルベル・ワースティタース)』にまで行かされるとは思いませんでしたもんねぇ」
 「正直、あん時ばかりはさすがに、マジで死を覚悟したぜ」
 笑いながら、カグラはキサラギの拳を受けた際の衝撃で裂けてしまった掌をヒラヒラと振る。そうして、動きを止めた時は、あれほど痛々しかった掌の傷はまったく残っておらず、血すら消えていた。
 「リェフさんは、私達の説得にもまるで耳を貸してくれなかったから、結局、力で押し通るしかなくて・・・・・・
 中立にコリナ様が入ってくれなかったら、私達、今頃、『墓荒らし』で国際指名手配を受けてた所でしたよ」
 苦笑いを漏らしたキサラギはカグラの拳が掠めて、わずかに抉れた頬から流れる血を指先で拭い去る。
 「お久しぶりです、キサラギさん」
 「あぁ、ヴィアベルさん。
 お元気でしたか? 
 大変でしょ、毎度、カグラさんの我儘に付き合わされて」
 「えぇ、本当に」とカグラの連れであるメデューサのヴィアベルは口許を隠しながら微笑む。
 カグラは彼女がキサラギの言葉を否定してくれなかったものだから、若干、傷ついたようだったが、自分が彼女を自分の食欲に任せて振り回しているのは紛う事なき事実でもある為、強気には出られず、わずかに肩を竦めるだけに留めておいた。
 ふと、カグラはヴィアベルと軽口を交えながら親しそうに話しているキサラギへ、少し離れた場所から嫉妬と戸惑いが入り混じった炎を灯らせた目を向けているリザードマンとマンティスに気が付いた。
 「ふむ」と顎の無精ヒゲを一撫でしたカグラは床を軽く蹴った。
 いきなり、キサラギを睨んでいた視界をその長身で覆われた二人は驚いてしまい、数歩ばかり後ずさってしまう。
 「なんだ、お嬢さん達、アイツの連れか?」
 「は、はいっ」とリザードマン族の戦士・リゼルは首を縦に振った。まだまだ実力不足とは言え、戦士の端くれである、先程の高レベルの攻防で目の前に立つ男の強さは十分に窺えた。
 (私たちより遥かに・・・つ、強い)
 すると、狼狽ていたリゼルの隣でカグラの顔をじっと見ていたマンティス族の戦士・カンパネロが前に一歩進み出て、右手を彼に向かって伸ばしたのは。
 「ん?」
 「握手、して、ください。
 私、あなた、『蒼い雷(ブラオ・ドンナー)』の、カグラ・ムラマサの、ファン、です」
 兎のように真っ白な首筋を真っ赤にし、潤んだ瞳で自分を見上げてきている彼女の言葉に、ピクッと左の眉だけを上げたカグラは照れ臭そうに頬を指先を掻くと、「そら、どうも」とカンパネロの右手を握り締めた。
 「ブ、『蒼い雷』!?
 世界ランキングの剣士部門八位のカグラ・ムラマサ!?」
 「まぁ、そう呼ばれる事もあるか。
 でも、俺の本職はあくまで料理人だがな」
 「ア、アタシも握手して貰っても良いですか」
 「構わんよ」とカグラは、汗ばんだ手を乱暴に拭ったリゼルに右手を差し出す。彼女はカグラの右手を緊張した面持ちで握り返し、掌から直に伝わってくる、その順位に見合った努力を感じ取り、思わず感嘆の息を吐き出してしまった。
 「ほぉ、大したもんだな」
 「え?」
 手を離したカグラが逆に感心したような面持ちになっていたので、リゼルとカンパネロは唖然とする。
 「よく鍛えてるな。
 さすが、ランキング39位の『『鉄躯(アセロ・クエルポ)』のリゼル・ミディアム・フェッロと40位の『三日月(クレッセント)』カンパネロだな。
 若い割に、なかなかの修羅場を潜ってきてるな」
 「ア、アタシらの事を知ってるんですか!?」
 「世界を回る手前、同業者や商売敵の情報を逐一、チェックしてるのさ。
 実力のありそうな若手は特にな」
 「光栄」とカンパネロは今にも泣き出してしまいそうだ。
 「なんだ、キサラギ、お前、弟子を二人も取ってたのか」
 「彼女達は私の弟子なんかじゃありません」
 そう言うと、彼女達はあからさまにショックを受けたようだったが、続いたキサラギの言葉で一秒と掛からずに復活を果たした。
 「挑戦者です」
 「そ、そうなんです!!」
 「チャレンジャー」
 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて、首を千切れかねない勢いで縦に振るリゼルとカンパネロに、カグラは少し呆気に取られたものの、すぐに口の端を高々と吊り上げた。
 「なるほど、二人ともカグラの奴に勝ちたくて、後を着いて回ってる訳だな」
 「勝つのは、私」
 「アタシだよ!!」
 「無理、お前じゃ」
 「それはこっちの台詞だっての」
 純度の高い殺気が視線が宙でぶつかり合う。
 「決着」
 「つけて」
 「「やる!!」」
 リゼルとカンパネロはほぼ同時に攻撃を放った。
 しかし、次の瞬間、リゼルの手からは得物が消え失せ、カンパネロは首から下を動かせなくなっていた。
 驚き過ぎて、言葉も出ない二人が「クククッ」と言う笑い声に、視線をそちらへ向けると、カグラの左手にはリゼルの新調したばかりのカットラスが握られていた。そうして、カンパネロの左肩からは目を凝らさないと気付けない程に細い針が刺さっていた。
 「おいおい、駄目だぜ、二人とも。
 酒場でいきなり、ドンパチを始めようとしちゃ」
 ついさっき、キサラギへ本気の攻撃を加えた者の台詞とは思えない。
 「カカカッ」と笑ったカグラはカットラスをリゼルが腰から下げている鞘へと戻し、カンパネロの肩から針を抜いて戒めを解いてやる。
 二人は青ざめるしかない。
 今、リゼルとカンパネラ、どちらも憎き相手に向かって放った攻撃は全力を出したものだった。
 それなのに、カグラはまるで風に舞う花弁を宙で掴むような気軽すぎる動作、しかも、目には映らないほどの速度で止めてみせた。実力の一端すら出していないのは一目瞭然だった。
 更に、口の端を吊り上げたカグラは呆然と立ち尽くしている二人の頭を、大きな手でやや乱暴に撫でてやる。
 「リザードマンの嬢ちゃんの方は攻撃がバカ正直すぎるな。
 もうちっと、フェイントの類を連携に織り交ぜるようにした方が、必殺の一撃がもっと活きるな。
 マンティスの姉ちゃんは、スピードに頼りすぎだな。
 もう少し、筋肉を付けた方がいい。
 短時間の戦いならまだしも、多人数を相手にした時にスタミナが無いと辛いぞ」
 二人は自分達でもブチ当たりだしていた壁を指摘され、肩を落として項垂れるしかない。
 「カグラさん、あんまり苛めないであげて下さいよ」
 「ヴィアベル、お前ぇ、人聞きが悪いコト言うんじゃねぇ。
 誰が苛めてるんだよ」
 「言い方がキツすぎるですよ、貴方は」
 頭の蛇でカグラを諌めたヴィアベルは小さな切り傷らだけの蛇身をくねらせて、意気消沈している二人に近づき、今にも泣きそうな顔を下から覗き込んで、優しく微笑みかけた。
 「はじめまして、私はカグラさんの助手を務めてる、ヴィアベル。
 ごめんなさいね、あの人、喧嘩と料理の腕は天才級だけど、女の子の扱いはてんで駄目なのよ」
 信頼している助手に言いたい放題に貶されたカグラは大きな溜息を漏らして、天井を仰ぐしかない。そんな彼の肩に優しく手を置いたキサラギは同情交じりの微苦笑を漏らし、カグラを何も言わずに慰めた。

 カグラはキサラギ達を昼飯に誘い、お互いにそれまでの旅路の事を語り合った。
 しばらくして、ヴィアベルは女子達だけで買い物をしてきたい、と二人に願い出た。カグラにもキサラギにも「駄目だ」と言う理由はなかった。
 今、自分達がいる町は親魔物派であるし、同行者が『刃物の王』であるキサラギとランキング一桁台の剣士の中でもトップクラスのカグラである為に霞みがちだが、三人とも並みの戦士よりはよっぽど強いからだ。
 浮浪者や酔っ払いにからまれた所で、不要な怪我をする事も、負わせる事もないだろう、と踏んだ彼等は笑顔で、女性陣を送り出した。
 店主に黒ビールと適当な肴を注文したカグラはふと、枝豆をチビチビと食べているキサラギの男とは思えない美しい横顔をジッと見つめる。
 彼のギラギラとまでは行かなくとも圧力に足りている視線に気がついたキサラギは頬をおもむろに拭うが、何もついてはおらず、不思議そうな表情を浮かべたキサラギにカグラは「悪ぃ、悪ぃ」と詫びる。
 「いやよ、お前、会った頃からまるで年を取ってないと思ってよぉ」
 「カグラさんだって、大して変わってないじゃないですか。
 いや、むしろ、昔より、肌に潤いがありますよ」
 「そうかぁ? 自分じゃ判らねぇけどなぁ」とカグラは自分の頬をツルリと撫でた。
 「まぁ、俺は若返り作用のある果物とか、ちょいちょい口にしてっからな」
 「私も万魔殿から帰ってきた頃から、外見が変わってないかも」
 今更ながら、お互い、人間離れしてしまったと思いつつも、それを微塵も苦だと感じてない二人は魔物娘用の酒が注がれたグラスをぶつけ合い、一気に煽る。
 そうして、黒ビールを一気に飲み干し、口許に残った泡を乱暴に拭ったカグラはキサラギが横の柱に立てかけている、彼の二振りの愛刀の片方、大剣の『餓蓮』に目をやった。
 「まだ壊れてなかったんだな、それ」
 「当たり前ですよ。
 何せ、この大剣は・・・彼女の、レムの生まれ変わりです。
 刃毀れ一つしてませんよ、いや、する筈もない」
 ニッコリと笑ったキサラギは『餓蓮』を引き寄せると、この大剣を傷と血だらけの手にした瞬間の事、武者修行の同行者と初めて出会った日、そして、相棒を失った戦いの事を、閉じた瞼の裏に思い返した。
11/09/05 21:55更新 / 『黒狗』ノ優樹
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