読切小説
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職業ヒーローしています
都会の幹線道路を猛スピードで駆け抜けていく、一台の現金輸送車。
その運転席にはガードマンではなく、覆面の上からでも人相の悪さが判る大柄な男たちである。
モニターの前の視聴者は、ブラックハーピーの腕利きカメラマン達が連携して撮影したリアルな映像に固唾をのむ。

「犯人は予定の逃走ルートを使った。30秒後α地点に到着する!α地点に到着できそうなのは?」
「私にゃー!」

ぴしりとスーツを着こなしたアヌビスの指揮に、すぐさま応答が入る。
静かにα地点にスタンバイする撮影班。
現金輸送車が低いビルの前を通り過ぎようとした瞬間、屋上から音もなく屋根に飛び降りる影があった。
そのまま、ひょい。と運転席を覗きこむ。

「にゃんにゃーん。お兄さん達ちょっと車を止めてほしいにゃ」
「うわああああ?!」

たまらずブレーキを踏んだ車から降りおとされることもなく、素晴らしいバランス感覚で屋根にモデル立ちしたワーキャットはカメラに視線を向けて、しなを作って見せた。

「みんなのアイドル、キティガール一番乗りだにゃあ!」

セクシーなレザースーツを纏って媚を含んだウィンクを飛ばすキティの姿に視聴者から「かっこいい!」「キティお姉様素敵ー!」「猫耳萌えええええええ!」「キティちゃんのお耳はむはむしたい!」と雄たけびが上がる。

一方、モニタールームではアヌビスの深い深いため息が響いた。

「私たちは一応、い・ち・お・う。連邦捜査局の特殊捜査チームなんだがなあ……。」

リアルタイムに送られてくるネット上のアイドル顔負けな熱い声援をうつろな目で見ながら、彼女はへたりと耳としっぽを垂らした。
スタッフ一同へたれてしまった指揮官を横目に、慰める言葉もなく黙々と作業を続ける。
「遺跡に帰りたい……。」
放っておいても、愛する夫(専業主夫)と愛娘に会えば振りちぎらんばかりにしっぽを振って復活するので、彼女の沈んだつぶやきは今日も無視されるのであった。
「りあじゅうばくはつしろ」
ぶつぶつと血走った眼で呟く未婚のアラクネの方には出来るだけ近寄らないように、他のスタッフはモニターの確認をする。

「くそっ!連邦局の犬め!」
「犬じゃなくて猫にゃ!ってにいいいいいいい!!」

往生際悪く放り投げられたスタングレネードに失神するキティ。犯人はどうやらキャット種の魔物娘の対策は万全だったらしい。
爆音に目を回すキティを放り出して、男の一人が銃弾を構えた瞬間

「ざーんねん、時間切れよ<♥>」
「んむううううう?!」

横合いから伸びてきた素晴らしい褐色のおみ足に首を絡め取られ、あえなく拘束。
いわゆる「幸せ固め」の図である。
ネットの反応に「うらやま死刑」「ご褒美キター!」「俺も締めてくれ女王様!」「今日も麗しいムチさばきですね!」と下僕臭い書き込みがあふれかえった。

「さあ、悪い子たちにはオシオキのお時間よ」

蜘蛛の巣を摸した網タイツに体にぴったりとした露出の多い赤のドレスをまとったダークエルフは、近くの外灯に巻きつけていたムチを地面に打ち付けつつじりじりと一味に迫る。
画面は素早くのどかな湖畔を進む遊覧船と、「ただいま大変不適切な映像が流れております」のテロップに切り替わった。ここまで毎回の予定調和である。



カメラ隊はどこか嬉しそうに聞こえる男たちの悲鳴と、ムチのしなる音を聞かなかったことにして、強盗犯の手引きをした銀行員の逃走劇に集中することにした。

白いスポーツカーを追い掛けるのは髑髏と炎のペイントを施したヘルメットを被ったライダースーツの女性である。
スタントよろしくスポーツカーに驚いて急停車した車を飛び越え、地面すれすれまで体を倒して追跡していくライディングテクニックに周囲から歓声が上がる。
可愛らしい杖を手に魔法でせっせと救護活動を続ける黒髪に白いメッシュの入った魔女が、たまに慌てて落して行ったヘルメット(中身入り)を届けに走るのは御愛嬌といったところだろうか。

「コードネーム;ファントムライダーと、ミス・ストレンジは問題ないようです。」
「他のメンバーはストレンジちゃんを見習うべき。」
「あの子ああ見えて最年長ですからね。魔女になる前も外科医だったそうですし。人柄ができてるんですよ。」
「魔法抜きでも応急処置できるもんね」

ますますノリノリになる女王様の公開エスエムショーと、意識を取り戻した途端その場の空気に当てられて盛った猫の声をBGMに、スタッフはぼそぼそと幼女の健闘をたたえ合う。
すみません、女王様「呑み込んでおしまい!」って何をどこの口から飲ませようとしているんですか?
知りたくはないけど。
男のなんだかとっても嬉しそうな野太い悲鳴が響く。完全に二名は任務を忘れているようだ。
アヌビスは、人間用の胃薬と犬用の胃薬を両手に「どちらを使うべきだろうか」と呟いている。現実逃避である。

結局手引きした局員は無傷で、アヌス拡張の憂き目も見ることなく捕獲された。
生真面目に敬礼する美女と美幼女に、サインを求めて群がる警察官達。
実行犯一味はいろんな扉を開いた状態で既に確保されている。
「手錠をかける時息が荒くなって、大変気味が悪かった」とカオスな現場に突入を命令された警察官は後に涙目で語った。
天国と地獄である。

魔物娘による対犯罪特別捜査チームは素晴らしい功績と、警察のイメージアップを成し遂げ、今や街のアイドルとなった。
この試みは魔物娘と人間の共生を進める上で、効果的なプロジェクトとなるだろう。

「大丈夫、私はまだやれる。きっと大丈夫……まだ頑張れる……」

一人の哀れな上司の胃の痛みと引き換えに、今日も街の平穏は守られたのであった。
12/10/04 17:11更新 / 佐野

■作者メッセージ
一部マイナーな元ネタ。
映画化してる作品ばかりだしいいよね?

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