連載小説
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中立の都 3
「ふぅ……」

セーヤが座るのはいかにも高そうなソファー。
レスカティエにいた頃から贅沢をしなかったセーヤにとって、多少気後れするような状況だ。
口から出たため息も自らの緊張をほぐそうとするもの。
さらに、その緊張は高級品に対するものだけではない。
当然といえば当然だが、セーヤはあのあと盛大に賞賛されることとなった。
そんな彼が現在いるのは王城。
このあと行われるのは王族との謁見だ。
正式なものではなく、人数も少数。
感謝の意を述べる場ではなく、セーヤという人間を見定めようという考えなのだろう。

(王族か……。まあエルゼムの王族なら比較的マトモだと思うけどな)

エルゼムに貴族はいない。
治める場が王都しかないため、政治を委譲することがないからである。
そのため、王族の婚姻は比較的ゆるい。
外国の者と政略的に婚姻を結ぶこともない。
さらに血統をあまり重視しないため国民と結婚するのがありえる、というかよく行われてきた。
従兄弟などの近親婚でない限り、それは自明の理だろう。

また、この国は一夫多妻が認められている。
ある程度男性を絶やさないとはいえ、魔物がいればそれで十分女系に流れやすい。
そのために必要な措置でもある。
今代の国王は一夫一妻。
その二人がこのあと会う主要人物たちでもある。





――――――――――





足音はない。
絨毯に吸収されたのもあるが、もとより足音を立てない人物たちゆえにである。
セーヤと彼の案内役の兵――騎士団長の計二人。
非公式な謁見ならば、いや、たとえ正式な謁見だったとしてもこの采配は当然の処置であろう。

「着いたぞ」

王城内としてはやや質素よりだが品の良さそうな扉。
他国のものを招くための、権威をかぶった豪華な部屋ではない。
が、どちらかといえばこちらのほうが気が楽。
セーヤの思った感想がそれだ。

部屋の中は過剰なほど広くはないが、かと言って狭苦しいものでもない。
清潔でしっかりとした応接室、といった感じだろう。

「待っていたよ」

既にソファーに腰掛けている初老の男性。
彼の真横に並んで座っている妙齢の女性。
エルゼム現国王、エヴァンリード・エルゼム。
国王婦人、レイナ・エルゼム。
一般的に位が高いものは遅れてくるのが常識だ。
しかし彼らはそれを気にした様子もない。

(随分と平民らしい王族だ。いい意味で、な)

この国を救った勇者に対しての誠意、ということだろう。
だがその目はしっかりとこちらを見抜こうとする。
自国、他国との政治を取り持つ国王ゆえの義務だろう。

(まあ、“あの視線”に比べれば十分許容範囲だな)

過去に味わった気持ち悪い視線を頭から投げ出し、目の前の王族たちへと向き合う。

「お初にお目にかかります、セーヤ・オージュと申します。つきましてはわざわざ国王夫妻の貴重なお時間を私のために使っていただき感謝の言葉もございません」

「かしこまるなというもの酷だがあまり構えなくても良い。でなければ、わざわざ非公式にした意味もないからな」

「それは、いえ、ご心配ありがとうございます。それでは、多少の無礼講はお許し下さい」

「よい、それにわざわざ君をここへ呼んだもの私が直接見たかった故にだからな」

「直接、ですか……」

「ああ、どのような人物であるかを見るためだ。そしてそれは何のためだと思う?」

「…………」


ある程度察しはつく。
もとより“このようなケースは何度か経験してきた”。
うぬぼれではない、それだけのことをやってきたと自覚している。



「セーヤ・オージュ、君をこの国で“召抱えたい”と思っている。」



自身の引き抜き、早い話がスカウト。
もともとはレスカティエ所属ではあるが、既にレスカティエは魔界へと堕ちている。
ゆえに、勇者ではあるが現在はフリー。
どこにも所属していない勇者なのである。
おそらく、この場においてセーヤの人格をある程度見られていた。
もとより、“善意”でこの国を救った勇者。
かつ魔物を差別せず、国民との中も良好。
これだけの前情報があれば、ある程度の確信が既にあったのだろう。
だからこそ、そのような人物が“欲しい”。
この人物はあくまで『国王』。
国の繁栄を望み、豊かにするこという義務を背負うもの。
セーヤのような人物は、この国にとって有益であり、信用するに値する人物と判断されたのだ。

「………………ふぅ。」

一息つく。
このスカウトは悪くない。
エルゼムはいい国だ。
人も物も豊かで、治安も良い。
国王も善人だと見て取れる。
常に勇者ではなく、“セーヤ・オージュ”を見て判断してくれる。
今まで経験したあの粘りつくような視線で見てくる、自身の欲望ギラギラの権力者たちと比べればエライ違いだ。

だからこそ、この返答は“その善意を裏切ることになる”だろう。





「私には目的があって、いま旅をしています。」

「……ふむ。」

先程の問いに対する返答とは思えない返し。
しかしそれでも彼はセーヤの“目”を見る。
揺らがない瞳を持って、セーヤは告げる。





「このエルゼムの『結界』、その根本も一つだと確信しています」





「貴殿、今何を言ったかわかっているのか?」

膨れ上がる殺気。
騎士団長から発せられるそれは彼自身が持つ忠誠によるもの。

彼の旅の目的、そのひとつがこの『結界』。
早い話が、“この国の『結界』を害する”と言っている。
可能性の話であっても、意味としては同意だ。
たとえこの国を救った恩人相手だったとしても、見逃せるはずがない。
セーヤの発言に対して、当然とも言える反応だった。





「アルフェス騎士団長、席を外してくださいませんか?」

沈黙を破ったのは今まで無言を貫いていた王妃。
だがその内容は、あまりにも非常識だ。
どこの国に王族と国外の人物を残して退出する部下がいるだろうか。
ましてや彼はこの国の『結界』を侵しかねない存在だというのに。

「しかし、それはあまりにも危険です!」

彼の言うことはもっともだ。
この結果が悪い方向へ傾けば、最悪国が滅ぶ。
結界はこの国の文字通り“生命線”だ。

「それはあなたが判断することではありません。それに――ここから先の内容を聞くことは許しませんよ。」

沈黙する騎士。
優秀であるがゆえに、彼は察したのである。

ここから先は“結界の秘密を知る者のみ”が話す場であると。
かの勇者は既に知っている。
自分では、この先の会話に入る資格がない。
この件は“王族の安全より重要”であると、そう王妃は判断したのだ。
そしてそれは国王も同じ。

「……はい、出過ぎた真似をしました。――――失礼します。」

騎士団長は退出した。
残ったのは国王夫妻とセーヤのみ。
結界の秘密を知るもの、あるいは握る人物のみである。

「この結界についてはある程度目星はついています。」

「はい、その答えを聞きましょう」





「『神造霊装(アーティファクト)』、『七元徳の鍵』。そのひとつであると。」





『神造霊装(アーティファクト)』。
文字通り“神が造った作品群”。
『魔王の遺産』と対をなす強力な霊装だ。
その内容は多岐にわたる。
剣や槍といった武器、または兵器。
加護を与える宝石や盾。
主に“主神に仕える神々”が造ったものを指すことが常だ。
だが、『魔王の遺産』と比べると質が低いものが多い。
もとより現魔王の干渉をはねのけてるもの“のみ”が『魔王の遺産』と呼ばれているのだ。
強力なものしか残っていない『魔王の遺産』に対し『神造霊装(アーティファクト)』は木っ端なものも存在する。
人間目線なら充分強力だが、やはりどこか見劣りしてしまう。

だが、これは違う。

神々の頂点、“主神自らが手がけた”最高峰の霊装。
『七元徳の鍵』。
かの『七つの大罪』シリーズと呼ばれる『魔王の遺産』とほぼ同格。
その力は、エンジェルやヴァルキリーなどの神族はおろか“神を超える場合”すらある。
エルゼムの『結界』、『七元徳の鍵』の一つを使っているのならばこの力は当然だ。
魔物に対する『現魔王の干渉』。
それに逆らえるのはそれと“同格の力”たる『主神の干渉』にほかならない。



「なるほど、しかしそれだけでは正解とは言えんぞ」

「ええ、もし本当に『神造霊装(アーティファクト)』を使っているならば“主神の加護をはねのけてしまう理由”まで答えなければ正解は与えられませんね。」



まさにその通り。
実際、リリムのティオとバフォメットのフランが予想した力の源は『魔王の遺産』。
こちらのほうが理にはかなっているだろう。
なにせ『主神の加護』と『現魔王の干渉』二つともに“反発”するのは主にこちらだ。
主神とはもとより相いれず、現魔王も認めないのが『魔王の遺産』。
『神造霊装(アーティファクト)』では『加護』を打ち消す理由がない。
魔王側についた神が造った作品では『干渉』を受け『神造霊装(アーティファクト)』足りえない。



「『七元徳の鍵』ならばその限りではありません。同種の力であっても、“吸収”あるいは“設定”すれば『結界』内では『加護』は使えません」



『加護』とは本来主神から与えられた力である。
ゆえに、勇者に対して“主神は与える力を制限できる”。
もとより上下関係がはっきりしているのだ。
答えは単純。

『加護』よりも『結界』が力としては上位の存在だった。

それだけの話である。



「……認めよう。確かにエルゼムの『結界』には『七元徳の鍵』が使われている。しかし、それを集めて何をする?」



『七元徳の鍵』を集める。
それがセーヤの旅の目的と見ていいだろう。
しかし、“集めたところで何がしたい”のか。
確かに、『七元徳の鍵』は強力だ。
絶大な力を持つが、“セーヤが求める理由がわからない”。
魔物の真実を知るセーヤに魔王を討伐するという目的はそぐわない。
教会の暴走を止めたいならばもとより魔王軍にでも所属すればいい。
力だけ集めて満足するような人間性もしていないだろう。
ならば、何故か?





「………まさか。………お主、“正気”か?」





本気とは聞かない。
“目的のために『七元徳の鍵』を集める”など本気でなければ出来はしない。
見抜いた目的はあくまで“半分まで”だが、その半分ですら異常と言える。



「そう思われるのは重々承知です。ですが、自分は止まるつもりはありません」



固い意志。
それはまさに鋼。
でなければそもそも『七元徳の鍵』を集めるなんてことはしないだろう。



「私はあなたの判断に任せますよ」



王妃は言う。
この判断は国王たる彼がするべき決断だと。
彼らの読みが間違っていなければ、おそらく『結界』は守られる。
たとえセーヤの要求を受け入れたとしてもである。
問題はその後。
託された彼が何をなし、その奥で何を求めるのか。
これは賭けだ。
セーヤの旅の果てに、何が起こるのか。

良い結果に終われば勝ち。

悪い結果に終われば負け。

判断材料はセーヤの素質。

セーヤを信頼するか否か。





「ついて来なさい。お主を案内しよう――――――『結界』の中枢へ」





――――――――――





カツカツカツ。
石階段を下りる音が響く。
薄暗く、壁にある魔法灯の明かりだけが頼りだ。
王城内の地下室へとつながる階段。
ここの存在は部下は愚か、王族の中でも知る者は少数だ。
『結界』の中枢にして『七元徳の鍵』の在り処。
たとえリリムに侵入を許したとしても、“それで破られるほどやわではない”が、知る者が少ないに越したことはない。



ギイィィ。



扉を開いたその先。
ひとつの石部屋の中には“何もない”。
魔力的な意味で言うなら“何かある”。
ここまでこれれば彼女たちも気づけたであろう。
『結界』の中枢が、ここと同位置の“異空間”に存在すると。
無論、『結界』内での人間の体ではここに来ることなどできず、仮に来たとしても異空間に対して干渉できるだけの魔術を行使できない。
この部屋と異空間を行き来できるのは、この『七元徳の鍵』の“マスター”のみ。

この場におけるマスターとは当然、国王エヴァンリード・エルゼム。
『七元徳の鍵』を所持していた“旧魔王時代における勇者の子孫”のみである。





『隔離世界(ジャンプ)』





石部屋は変わらない。
いや、扉は無くなっている。
出口はない。出口はエヴァンリード・エルゼムそのものだ。
そして、部屋の中央。

三人が見るは宙に浮く光の盾。

『七元徳の鍵』というが、鍵の形状をしているものは一つとしてない。
『結界』の源が『盾』という形状をとっているのも、ふさわしいと言えるだろう。

「これが、『七元徳の鍵』のひとつ……」

「そのとおり。これこそが、最高峰の『神造霊装(アーティファクト)』の一つ。」





「『知恵の鍵』。神規模魔術ですら行使できる魔術霊装。『結界』はこれによって作られている。」





目の前から発せられる神気。
刺すようなその神々しさは、何人も寄せ付けない気配を感じる。
確かに、これは“絶対的”だ。
この力によって出来る『結界』なら、定めた“設定”以上のことなど魔王や主神でもない限り出来はしない。
その設定者がエヴァンリード・エルゼム。
彼が許可しない限り、何もすることなどできないだろう。
この力の制限された『結界』内で彼だけが“例外”なのだから。





「さあ、好きにするといい」





国王の許可が出た。
セーヤは前へ一歩出る。
『知恵の鍵』を前に、かざすは右腕。
腕に付けられた“ブレスレット”。
目の前の光に呼応するように光りだす。
部屋にあふれるは二つの極光。
そのひとつが移動する。



盾から腕輪へ。



やがて光はひとつとなり、それも徐々に収まっていく。
残された空間に盾は残っていない。
大きめのブレスレットには七つのくぼみ。
そのひとつが埋まり、“盾の紋章”が浮かび上がっている。
セーヤはこれで『七元徳の鍵』を手に入れた。



“空っぽの器”を手に入れたために、『結界』はまだ生きているが。



「これで十分かな?」

「はい。目的のひとつはこれで達成です。」



『七元徳の鍵』クラスの『神造霊装(アーティファクト)』になると現実の器と中身の力は必ずしも両方を必要としない。
重要なのは“中身”であって“器”ではないのである。
例えばこの盾、あるいは紋章の刻まれたセーヤの腕輪が砕けた、さらには魔物の魔力に汚染されたとしても問題はない。
使えなくなった器からリンクが切り離され、新たな器を“創造する”。
膨大な力を持つがゆえに、物理的な事象、下手な魔力では損壊されない。
セーヤが今、行ったのは『七元徳の鍵』の“レプリカ”を借りていったようなものだ。
盾へのリンクが時間と距離を持って断たれることで、ここでは新たな器が形成される。





だからこそ、“器だけ”を持ち出しされても『結界』は揺るがないのである。





――――――――――





「それでは、これにて失礼します」

「本当にこれだけでよかったのかな?」

「はい、あまり人前に立つのは得意ではないので」

「いや、まさか祝いの席も勲章の授与も断るとは予想してなかったのでな」

「小心者なんですよ、目立つのに慣れていないだけです」

「ははっ、あれだけの軍勢を前にひるまなかった勇者が小心者か」

「毛色が違うだけで、感じ方は全く異なるものですよ」

「いやはやまことに。ではせいぜい今回の件、盛大に語り継がせてもらうとしよう。もちろん、美談としてな」

「…………実は根に持ってませんか?祝いの席が無駄になったとかで」

「まさか、国王は懐が広くないとな。決して嫌がらせではないぞ。」

「あらあら。せっかくの宴が潰れてしまったと愚痴ってたのはどこのどなただったかしら?」

「…………今度エルゼムに寄る機会があれば、いい名酒を手土産に持ってきますよ」

「おお、それはありがたい」

「あ・な・た。飲みすぎて翌日の政務に支障をきたしたのをもう忘れたのですか?」

「いや、まあ、その、なんだ、うん……」

(どうやら結構なカカア天下らしいな)

女性が強いなのは平和な証拠。
そう思うことにするセーヤであった。





セーヤは今回の件での報酬を受け取るのを断った。
旅をする身の上であまり多くのものを持つのは邪魔になるからでもある。
あとセーヤは勇者でありながら、“囲まれて持ち上げられるのに慣れていない”というのもある。
今回受け取ったのは多少の金銭と『七元徳の鍵』の器のみ。
その器もレプリカであり、力を行使することはほとんどできない。

セーヤは事件から翌日、すぐさまエルゼムをあとにする。

ここに来てから関わった街の人と最低限挨拶だけを済ませたのち、今現在は城壁の中。
国王夫妻がここにいるのも、結界内であれば比較的安全ゆえにだ。
騎士団長など護衛も付いている。
無論頻繁ではないが、恩人を見送るのは当然とのことだ。
ここにはその見送る数人が揃っている。
国王夫妻と護衛たち。

「では行きます。また縁があれば、エルゼムへと寄らせていただきます」

「その時こそは盛大に歓迎しよう。宴には参加してくれるな?」

「ええ、きっと」

「旅は危険も多いです。どうかお気をつけて」

「………………はい」



彼らの善意を噛み締めながら、セーヤはこの国をあとにする。
ここはエルゼム。
魔物と人間が奇妙な形で共存する『中立の都』。
かつての勇者が望み、作り上げた平和が続く国。

今日も『結界』の中では、人も魔物も等しくあり、働き、笑い、紡ぎ合っている。





――――――――――





森の中を行く。
エルゼムの外にある草原を抜ければ森が見えてくる。
その手前、森というよりはまだ林といった場所の小道。
セーヤはそこを歩いていた。
先日の『過激派』の大群によって魔界化している部分もあるのではないかと思ったが、どうやら杞憂であったらしい。
あくまでここは、であって、ほかの場所が明緑魔界と化しているかもしれないが。





シュッ!





ザッ。
危険さを察知し、すぐさま回避する。
地面にあるは突き刺さった矢。
明らかにセーヤを狙ったもの。
しかも、矢には『魔物の魔力』も魔界銀も使用されてはいない。
放ったものは人間。
それも、おそらく――――。



「いやはや、お見事。さすがは『生還者(サバイバー)』と言ったところでしょうか」



目の前に突如現れたのは、豪華な衣装を纏った聖職者。
それに続き、続々と現れる“勇者たち”。
その誰もがこちらに敵意を向け、武器を構えている。
おそらくは転移魔術。
通常の勇者であっても、簡単な魔術ではない。
が、これだけの勇者が揃っていれば、不可能ではないだろう。

「なんの真似ですか?教会の人間が、俺を狙う理由は?」

セーヤ・オージュ。
元レスカティエ所属であり、唯一レスカティエから魔物の魔力に侵されることなく帰還した勇者だ。
それにより、レスカティエにいた頃よりも教会所属の国における名声は高まっている。
教会側から見れば、ちょうど良い広告塔だ。
優秀な勇者というのはそれだけの価値がある。
そんな勇者に憧れて、新たな勇者は生まれていくのである。

「まさか知らないとは言いませんよね?“魔物を見逃した”のはあなたなんですよ」

「見逃した、ね……。一体何のことやら」

「とぼけても無駄ですよ。昨日、魔物との決闘で相手を殺さなかったことは確認していたのですから」

昨日、というのはティオとフランとの戦いのことだろう。
確かに、エルゼムはそう遠くはない。
確認しようとするだけなら難しくはないだろう。
だが、解せない点がある。

「なら、それはあんたらも同じだろう。昨日のことを知っているのなら“魔物から隠れていた”だろうしな」

そう、昨日の決闘を知っているのなら、それに伴う大軍を知らぬはずがない。

それでもなお、彼らはここにいる。
一人でも魔物を殺すことを掲げるのならば、己の身惜しさに隠れるというのも教義に反する。
もっとも、この聖職者がそのような考えを持っているとはとても思えないが。
先ほどの発言も、ただの建前でしかないだろう。
騙せれば儲けもの、程度のものであろうが。

「ふふふ、我々はもともとエルゼムへの使者だったのでね。生きて帰ることこそが今回の任務なのですよ」

(白々しいことを……)

エルゼムへの使者、というのも名ばかりでおそらくは『結界』の調査、あるいは強奪が目的だろう。
今までのエルゼムへの圧力のほとんどがこれだ。
魔物をはじき飛ばし、弱体化させる『結界』。
教会所属のものからすれば垂涎の的だ。
今までは利益も多かったために強硬策に出ることは、少なくとも表沙汰では無かった。
これだけの勇者を揃えているとなると、教会もそれなりに本腰を入れてきたということだろう。
だがしかし、昨日のリリムとバフォメット率いる大群の作戦とその失敗。
それにより、彼らの方針は大きく変わることになった。

いま入手しづらい『結界』より。

一人無防備な『勇者』へと。

「リリムとバフォメットの撃退、それ自体は素晴らしいものでした。しかし、一つの疑問が生じました。あなたは確かに優秀な勇者です。だが、いかに勇者といえども“あれだけの力”は異常だ。なにか、秘密があるんじゃないですかねぇ?」

「………………。」

「そう、例えば――――『神造霊装(アーティファクト)』とか、ね」

この聖職者の狙い。
それは教会のためなどというものではない。
ただ自分のために、『神造霊装(アーティファクト)』が欲しい。
手柄とコネを手に入れるのか。
それとも私兵に取り込むか。
あるいは自身で使用するか。
どちらにしろ、それはただの“欲望”でしかない。
確実にこの襲撃は、彼の独断だろう。

「私的な理由で勇者を狩って、ただで済むと思うのか?」

「ええ、事実というのは民衆にたどり着く前に簡単に捻じ曲げられる。たとえば、先日の死闘の傷が癒えていなかった勇者は魔物から我々を庇い、無念の中で散っていった、とかね」

つまりは、セーヤの評価を下げることなく殺すつもりらしい。

「お前たちはそれでいいのか?」

周りの勇者へ問いかける。
この聖職者は従うに値するとは思えない。
“窮屈な勇者”であることを確認する。



「俺たちはさ、頑張ってきたんだよ」

「来る日も来る日も人のために、力をつけてきたつもりだった」

「『生還者(サバイバー)』の名前も、私たちには大きかった」

「でも」

「あんたはその僕たちの憧れを踏みにじった」

「魔物を見逃し」

「魔物をかばう国を放置し」

「あんたは勇者の義務を果たすこともない」

「ただただ安穏と旅するだけの勇者に」

「オレたちは」





『憧れたわけじゃないんだよ!!』





羨望は、時に簡単に嫉妬へと変化してしまう。
彼らにとって、セーヤはあこがれの勇者であった。
その情景は、黒い感情へと姿を変えた。



聖職者が握る、黒い宝玉によって。



既に彼らは“正気のまま洗脳”されている。
教団の教育によって育った彼らは、教団によって容易く動かされてしまう。
教団の中でも闇の深いところへ所属してしまった。
それが、彼らの最大の不幸であろう。





――――――――――





一斉に襲い掛かる。
いかにセーヤが名高い勇者といえど多勢に無勢。
彼らの得物、剣、弓、槍、斧。
様々な武器がセーヤを襲う。

たとえ『神造霊装(アーティファクト)』を使用するにしても、限界すら“強制的”に超える勇者たちを相手に使う暇などないだろう。
勝った。と、聖職者は判断する。





『告げる』





だが、甘い。





『我は癒しの担い手なり』
『穢れ無き純粋な白』
『白き光となりて剣に宿す』





数多の攻撃を捌きながら、詠唱は続く。
多人数相手の戦闘など、勇者になった“初期”からこなしてきた。





『我が身に力を』
『我はすべてを癒すものなり』
『我はすべてを守るものなり』





もとより、“これ”は『神造霊装(アーティファクト)』などではなく。





『我が身に宿すは穢れ無き白』





セーヤ自身が“習得”した、“魔術”なのである。





『オーバーライド』!!





――――――――――





「そんな、……馬鹿な………」

倒れている勇者たち。
気を失いながらも、彼らには“傷一つない”。
勇者の中で唯一、立っているもの。



白のヴェールを纏い、白く染まった剣を持つセーヤだけだ。



先程から黒の宝玉は発動し続けている。
しかし、もはや機能していない。
その対象への、リンクが切れてしまっていた。
一人、また一人と“白き剣”で切られるたびに。



パリイィン!!



「ひっ!?」

黒の宝玉は砕け散る。
セーヤの最後の一撃によって。
やがて白き魔力は収まり、セーヤも元の姿へと戻っていく。

ザッザッザッ。

腰を抜かして地べたに座る聖職者を無視し、セーヤは元いた小道を進む。
もはや、あの勇者たちに危害が及ぶことはないだろう。
リンクを切り、洗脳を解除し、その大本も砕け散った。
正気を残したままの洗脳であるがゆえに、記憶はバッチリと残ってしまう。
彼らに残した“守りの魔力”によって、聖職者の八つ当たりによる外傷もないだろう。
近くにはエルゼムもある。
餓死や行き倒れの心配もない。
もはやするべきことはないと、セーヤは自らの旅路を急ぐ。





次の目的地は、彼の中でもう決まっていた。
16/03/26 07:58更新 / チーズ
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次回、行間一 『教会の国』

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