連載小説
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教団の兵士
夜闇に灯る都市の明かりが視界に入った所で隊長が手を挙げ、進軍が止まった。
(気付かれた)
前衛部隊の一人トーマス・アレウィンは思った、報告を聞くまでも無く全員が悟った。
魔力の扱いに長けた魔物達相手にここまで存在を覚られずに接近できただけでも恩の字と言うところだろう。
トーマスの全身に一気に緊張が漲った、とうとう、とうとうだ。
入隊してからの辛い訓練の日々、その成果を発揮する時がいよいよ間近に迫っている。
匂いや気配を魔法で隠しながらの行軍は大人数では出来ない為部隊は小規模な編成だ、自分に出番が回ってこないと言う事は無いだろう。
トーマスは背後に控える魔導部隊に気を取られないように意識しなければならなかった。
行軍中随時魔法を行使し続けた魔導師達は都市に到達した時点でかなり疲労している。
一応、護衛役の部隊が囲うように配置されているが本格的に攻め込まれたらものの数分も持ちはしないだろう。
よって彼女達を守る為には前衛である自分達が踏ん張らなければならない。
(守るぞ……君だけは……カレリ……!)
教団の兵としては良くない事かもしれない、しかし力になるのならばあえて思いを抑える必要はないだろう。
トーマスは魔導師達の部隊に配属されている同期の幼馴染の事を思い、剣と楯を握る手に力を込めた。
都市の入り口にはまだ距離がある、しかし矢が届く範囲ではある。
問答無用で射かけてくる事はないであろうが、念の為盾を準備させ、魔道部隊は後方に退かせた。
その布陣が丁度終わった時、都市の門から二つの明かりが進み出て来た、遠目でどんな人物かはわからないが松明を掲げた人のようだ。
(……二人?)
兵達は訝しく思った、これだけの集団で明らかに武装しているというのに二人だけで出て来るとは。
「気を抜くな!」
部隊長からの声が聞こえた、そうだ、相手は魔物だ、人間と同じ尺度で考えてはいけない。
近付いて来るにつれ松明を手に歩いて来る二人の人影の姿が徐々に鮮明に見えて来た。
「……っ」
トーマスは息を飲んだ、魔物だ、これが、魔物。
一人は子供程の背丈の少女だったがその頭部に生える角から魔物である事が分かる、何より片手で軽々しく抱えている棍棒は大の大人でも持ち上げられるかという代物で明らかに体格と不釣り合いな力を有している事が伺える。
もう一人は騎士の姿をした女だった、地面に届きそうな金の髪から覗くのは長く尖った耳、どうやらエルフらしい。
しかしトーマスが息を飲んだのはその姿に恐れを感じたからではなく、その余りの美しさに目を奪われてしまったからだ。
思わず抱きしめたくなるような愛嬌のある少女の姿、その小柄なシルエットからは男の劣情を誘う大きな膨らみが突き出ている。
エルフの女の方はトーマスが今まで見たどんな女よりも整った顔立ちをしていた、エルフは美しい容姿をしているとは聞いていたが実物を目の前にすると自分の想像が稚拙に思える。
人間は美しい物や可愛い物には無条件で降伏してしまう所がある、教団の兵士達は初めて目にした魔物の姿に目を奪われて茫然自失といった状態に陥っていた。
「我らは栄えある主神の僕である!」
その空気を打ち破ったのは隊長の声だった、緊迫感に溢れたその声は訓練を思い出させ、呆けた顔をしていた兵士達は瞬時に表情を引き締める。
「魔物に告ぐ!ただちに都市を解放し、撤退せよ!さもなくば主神の怒りが下るであろう!」
そう、そうだ、これこそが魔物達の恐ろしさなのだ、トーマスは隊長の檄で目を覚まされた思いだった、この美しさが魔物の恐ろしさの一因なのだ。
都市の人々もこの美しさに誑かされ、魔道に引き込まれているのだ、目を覚まさせるのだ、自分達が救うのだ。
「……我々はあなた方に敵対する意思を持ちません」
エルフの騎士が口を開いた、抑揚のない声だったが澄んだ清流のようなその美声はよく耳に届く。
「どうか、退いてはもらえないでしょうか」
淡々とした口調で言った、こちらの言葉を聞いていたとは思えない台詞だ。
ガァン、と金属質な音が夜空に響いた、隊長が盾と剣の柄を打ち合わせて音を鳴らしたのだ。
前衛の騎士達も続いて一斉に盾を打ち鳴らす。
「我らは主神の剣なり!」
隊長の声が響く。
騎士達の声が続く。
「「「「我らは主神の剣なり!」」」」
「我らは退かぬ者なり!」
「「「「我らは退かぬ者なり!」」」」
「我らは魔を断ずる者なり!」
「「「「我らは魔を断ずる者なり!」」」」
トーマスは感じていた、一声上げる度に萎んでいた士気が上がっていく。
ある種の集団心理を利用した士気高揚方法だ、合わせて声を上げる事で闘争心を煽り、一体感を感じさせる。
人間は集団になれば一人では出来ない事も出来るようになる、そう、目の前の美しい女二人を手に掛ける、という普段ならばブレーキが掛ってしまうような行為も。
「前進!」
号令を合図に前線の騎士達は盾を構えてゆっくりと進み始める。
例えどんなに相手が少数であっても一斉に襲い掛かって隊列を乱すような動きはしない、散々訓練を行った所だ。
最前列のトーマスはふと、全身が軽くなったのを感じた、まるで装備品の重さが無くなったかのようだ。
後方の魔導師が疲弊しているにもかかわらず魔法で支援をしてくれたらしい。
(ありがとう、カレリ)
心の中で感謝しながらトーマスはしかと目の前の魔物を見据え、周囲と歩調を合わせて進む。
「やっぱりこうなりますかー」
「想定内」
盾を構えた兵士達が目前に迫っているというのに二人の魔物は臆した様子も無い。
「タイミング、です」
「わかってますよー」
二人は何か言葉を交わしている、兵士達との距離はもう数メートルもない。
相手が何をしようとトーマス達はひしひしと詰め寄るのみだ。
「……」
不意に、小柄な少女の方が無言で棍棒の頭でとん、と地面を突いた、自然な動作で兵士達は警戒する間も無かった。
直後にずしんと急激な揺れが騎士達を襲った、同時に背後から響く轟音と悲鳴。
「「「「キャアアアアア!?」」」」
魔導師達の声だった、構成員の殆どが女性であるため、その甲高い悲鳴でそうだとわかった。
トーマスは心臓が竦み上がった、しかしうろたえて振り返る訳にはいかない、二人の魔物は既に目前に迫っているのだ。
後方を伺う事が出来ないトーマス達には分からなかったが、この時前衛の騎士達の背後では大きな異変が起こっていた。
後方に控えて様子を伺っていた魔導師達の足元の地面が突如陥没し、魔導師の一団は巨大な落とし穴に落とされたような状態になっていた。
もっとも深さはそれ程ではなかったため、体勢を崩しただけで大きな負傷をした者は出ていない。
魔導師達は事態を理解出来ないものの大きな被害が出ていないのを確認すると自分達に気を取られないように前衛に伝達しようとした、しかし本当の異常事態はその直後に起こった。
最初に異変に気付いたのは魔導師の一人カレリだった。
自分達の落とされた落とし穴のようなものから這い上がろうと上を見上げた時、視界に入った月に違和感を感じた。
「……?月、が……歪んで……?」
ゆらゆらと揺れているのだ、まるで水面に映る月のように。
いや、月だけではない、周囲の星もが頼りない動きでゆらゆらと……。
月から星、そして夜空全体を視野に収めた時、カレリはある人影に気付いた。
夜空に浮いている人影、半透明であるがために背景に映る物が無いと目視が困難なその姿は。
「ウンディーネ……」
水の精霊だ、何時の間に自分達の頭上に移動したのか、そのウンディーネは何かを持ち上げているような姿勢をしている。
「うぐぐ……げ、限界です」
何かを重たげに掲げるその手の上には月と星、ゆらゆらと揺れる月と星……。
カレリは真っ青になって呟いた。
「み……ず……?」
水の塊だ、ウンディーネはその手に巨大な球状の水の塊を掲げ持っていたのだ、泡の一つも立っていない静かな水球は夜空に浮かぶとウンディーネと同じく殆ど視界に映らない。
月と星が揺れているように見えたのはその水球越しに見ていたからだった、水面の向こう側に夜空が広がる光景は幻想的だった。
「特製天然水♪」
ウンディーネが微笑んだ、カレリは叫んだ。
「皆逃げ―――――!」
「プレゼント♪」
二度目の轟音と悲鳴が背後から響いた、先程の地震のような音ではなく、激しい水音、集中豪雨でも降り注ぐような音が。
(カレリ!カレリ!カレリ!カレリ!)
トーマスは胸を掻き毟られるような焦燥を覚えた、今すぐ前線を離脱して異変の起こった後衛の陣地に飛んでいきたい衝動に襲われた。
しかしトーマスは必死に自制する、今隊列を崩して部隊が混乱に陥ればそれこそ敵の思う壺だ。
(カレリに何かあったら……許さん……!)
その焦燥を目の前の魔物への敵意へと転化する、一刻も早くこの二人を始末する、そして後衛に救助を……。
視線の先の魔物はそれぞれに違う様子だった、エルフの方は棒立ちになり、その目線は斜め下に向けられていてこちらを見ていない。
そのエルフを守るように立つのが小柄な少女、棍棒を地面に突き立て、柄を握る両手に力を込めているように見える。
騎士達の目にその様子はチャンスに映った、少なくともエルフの方は無防備に見える、前に立つ少女が邪魔だがこちらは大人数だ、側面からでもどこからでも回り込める。
そう考えた騎士達が二人を囲おうと踏み出した瞬間だった。
「いぃぃやっ!!!」
前に立つ少女が気合いの声を発した、同時にぼこっという音と共に棍棒の先端が地面に潜り込む。
凄まじい怪力だがそれがどうした、そう言わんばかりに兵士達が迫ろうとした矢先に隊長の声が響いた。
「散開だ!!!散開しろ!!!」
瞬時に反応できた者は少なかった、陣形を守らねばという意識が念頭にあったからだ。
トーマスは反応した、隊長の声に只ならぬ物を感じ、反応の遅れた同僚達を置いていち早く陣形から飛び出た。
ごごん
腹の底を打つような音が響き、トーマスの背後、陣形を組んでいた騎士達のいた場所が「せり上がった」。
舞台装置か何かのように地面の岩盤が見上げるような高さに盛り上がったのだ、自分の足元が傾くという想像もしていなかった事態に対応できるはずも無く、持ち上げられた兵士達は転倒する。
盛り上がった地面は急な傾斜になっており、騎士達はその上を滑り落ちて行く。その滑り落ちた先に待っていたのは……。
「一体何だこれは……!」
直観的に号令を発した直後に自らも離脱していた隊長は見た。
背後に何時の間にか沼が出来ている。その沼の中でもがいているのは後衛の魔導師達だ、そして今しがた盛り上がった地面は丁度その沼へと繋がる滑り台のような形状をしている。
兵士達はその滑り台を滑り、魔導師達の嵌っている沼にぼちゃぼちゃと次々に落とされて行くのだ。
まるで巨大な子供の砂遊びの道具にされているかのようだ。
難を逃れたトーマスは二人の魔物の前に躍り出た形になった、想定外の事態続きに混乱しそうになる頭を必死に落ち付かせ、剣と楯を構えて二人に対峙する。
周囲に目を配ると自分と同じく隊長の声に反応してせりあがる地面から逃れた兵が四〜五人、いずれもトーマスと同様混乱しているがどうにか戦えそうに見える。
しかしたったこれだけの人数であれ程の力を行使できる相手に何が出来るというのか……?
「ふへぇぇ〜〜〜〜」
絶望しかけるトーマスはしかし棍棒を持った少女の様子に気付く、魔物の少女は棍棒を抱きかかえるようにして地面にへたり込んでいる。
そう言えばエルフの方も極端に無防備になっている時があった。ひょっとして……。
大きな力を行使すればその分体力を消耗するのではないか?もしくは行使する際には意識を集中せねばならない為、無防備にならざるを得ないのではないか?
とっさに思いついた考えだが、あながち的外れでは無いような気がする、いや、そうだと思うしかない、今が千載一遇のチャンスなのだと。
「主神の加護ぞあらん!!」
トーマスは声を張り上げた。
「「おお!!」」
両脇にいた二人の兵士が呼応した。こちらは三人いる、行ける。三人はへたり込んでいる少女に突撃して行った。
「……」
ふわりと、少女と三人の間にエルフが割り込んだ、無防備な状態から復帰したらしい。
だが、一見してそのエルフは何も武装をしていない、三人の斬撃を防ぐ物も何も持っていない。
「おおうっ!」
「えやっ!」
「っ!」
一人は大上段から振り下ろす、一人は胴を薙ぐ、一人は足を払う。
本命は下段の一撃だ、上半身を狙う二人は掛け声を上げ、下半身を狙う一人だけが声を上げないのも撹乱を狙っての事だ。
ゆるりとエルフは動いた、戦いの動きというよりは踊りのように優美な、水の流れを思わせる動きだった。
チュキキキン
奇妙な音と共に三人共が剣を振り抜いた、妙な事に柄を握る手に全く手応えを感じなかった。
不思議に思いつつも距離を取って構え直した三人は愕然とした、剣が半ばですっぱり切れて短くなっている。
エルフの足元を見てみると斬り落とされた剣の刀身が落ちているのが見えた。
どうやって!?何をされた!?
そう思って見てみると気付く、エルフの手元が何かを握っているような形をしている、そして手の先が何かきらきらと光って……。
光に気付いて初めて認識した、エルフは両手にリング状の武器らしき物を握っているのだ。形状を見るとどうやら「チャクラム」に似た武器に思える。
見えなかったのはそれが無色透明だったからだ。
「水!?」
そう、その武器は水で出来ていた、トーマス達は信じられない思いだった、何故液体で出来た武器が自分達の鉄の剣を上回る切れ味を有しているのかと。
トーマス達は知るよしも無かったが、その水のチャクラムは静止しているように見えて実は水が手の中で高速で回転しているという代物だった。
強烈な水圧が一点に集中すると鉄も断つ刃になる、その原理を応用した武器だった。
トーマスの背を冷や汗が伝う、相手の武器の正体が分からない事も厄介だったが、それ以上に恐ろしい事実がもう一つある。
(この女……強い!)
このエルフの純粋な技量の高さだ。
先程三人で同時に打ち掛った瞬間、エルフは水流のような一振りで襲いかかる三つの斬撃を斬り落としたのだ。尋常な腕では無い。
(……だから何だってんだ!)
退く道などない、この魔物達を倒さねば守るべきものは守れないのだ。
トーマスは手に持っていた剣の柄を相手に投げ付けた、エルフは僅かに顔を逸らしただけでそれを避ける。
「おおおおおおお!!」
避けた所にトーマスは盾を構えて突進した、残りの二人も折れた剣と盾を振りかざして続いた。
「……勇猛果敢」
ぼそりとエルフ、イェンダは呟いた。
「しかし無謀」
そう言うと両手のチャクラムを三人の前に突き出すように構えた。
握っていた手を離すとチャクラムの形が崩れ、小さな水球に形を変える。
その水球がぽんっと手から打ち出される。
「……!?」
得体の知れない技に思わず三人は急ブレーキを掛け、ゆっくりとこちらに飛んで来る水球を避けようとする。
しかし三人が避ける前にその水球は急激に膨れ上がり、弾けた。
バンッ
破裂音と共に水の層が三人を襲う。
トーマスは全身がバラバラになりそうな衝撃を受けた、奇妙な事に脳裏に子供の頃の思い出が浮かんだ。
海岸の高い崖から海に飛び込むという度胸試しをした時の事だ、自分は飛び降りたはいいものの着水の時の姿勢が悪く、体の前面を思い切り水面にぶつけてしまって大いに痛い思いをした事があるのだ。
今受けたのはその時の衝撃に似ていた、ただしその時の数十倍強烈な衝撃だ。
一瞬真っ白になっていた思考が復帰するときらきらと輝く水滴が目に入った、びゅうびゅうと風を感じる。
空を飛んでいた、冗談のようだが本当に体が宙を舞っている、何と今の一撃で大の男三人が吹き飛ばされてしまったのだ。
ドカッ
「ぐえっ」
全身を衝撃が襲う、何処かの壁に叩きつけられたらしい、そのままずるずると壁をずり落ち……。
「しっかりしろ!」
大きい手がトーマスの手を掴んだ、見上げてみるとフルフェイスの兜を被った隊長の顔が見えた。
状況が把握出来ずに下を見下ろしてみると水面に映る月が見えた。
「うわわっ」
慌てて隊長の手を手繰り寄せて這い上がる。隊長の他にも難を逃れた兵士は数十人程いるようだった。
地面に上がって見て愕然とした、いつの間にか沼のような物が出来ている、自分が打ち付けられたのはその沼の淵だったのだ。
その沼の中で兵士や魔導師達が這い上がろうと足掻いている、自分と共に戦った二人の兵もその中にいた。
水の深さは胸の下に届く程度で溺れることはないようだが何しろ武装しているため装備品の重みでうまく動けず、尚且つ大量の人数が放り込まれたため混乱の極致といった有様だ。
自分もその沼に落ちる所を間一髪隊長に救われたらしい。
その光景に呆然としていると肩を掴まれた。
「ぼさっとするな!退却だ!」
隊長が言った、一瞬何を言われたか分からずに唖然としたが、すぐに言い返した。
「このままやられっぱなしでですか!?」
「これ以上戦っても被害が増すだけだ!」
「なら皆を引き上げないと……!」
「駄目だ!諦めろ!」
その言葉で一気に頭に血が上った。
「見捨てるんですか!?皆負傷もしていない!ただ水に落ちただけだ!」
「その「水」が問題なんだ!よく見てみろ!」
言われて沼の方を見る。
よく観察するとその水面はピンクに近い薄紫色をしている。
「高濃度の魔力に侵された水だ!浸かったらもう手遅れだ!」
「そんな……!」
言われて見ると沼の中の魔導師達の様子がおかしい、胸を押さえて俯いていたり、ぼんやりと水の中で立ち尽くしていたりする者がいる。
教団の教えが脳裏をよぎる、魔力に侵された女は魔物に成り果て、男は魔物の餌であるインキュバスへと変えられてしまう。
つまり、いくらも経たないうちにこの沼の中の魔導師達は魔物となり、同僚であるインキュバス化した兵士達の肉を貪り食らう地獄絵図が繰り広げられると言う事だ。
「解ったら退くんだ!敵が倍増する前に!」
「カレリ、は……」
「何だ!」
「魔導師の中に生き残りは……?」
「いない!」
「……」

「とーますー!おいてかないでよぅ!」「しょうらいは、とーますのおよめさんになるんだ、えへへ」
「もおっ!ついて来ないでよ!変な噂立てられちゃうじゃない!」「あんた、好きな子いるの?ふ、ふーん」
「そんな成績じゃ私には追いつけないわよ?」「兵士?あんたが……まあ、怪我しないように気を付ける事ね」
「同じ隊に配属されるなんてホント腐れ縁よね、ま、これからもよろしくね」「怪我には気を付けなさいっていったでしょうが!ほら、動かないで!」
「たまには奢ってあげる、あんたもたまには奢りなさいよね!」「心配しなくても、私が後衛に付いてるのよ?大船に乗った気でいなさい♪」

何故だか脳裏に次々にカレリとの思い出が溢れ出て来た、トーマスは石のようにその場に立ち尽くしていた。
「おい!何をしている!早く……!」
「隊長、すみません」
「何!?おい!何をしている!」
トーマスは身に着けている防具を脱ぎ捨て始めた、隊長がトーマスの異変に気付いて止めようとしたが間に合わなかった
「馬鹿野郎っ!!」
「カレリー!!」
地を蹴り、沼に身を投げ出した。
バシャン!
飛び込んだ水は思いのほか温かかった、人肌ぐらいの温度だろうか。
「カレリ……カレリ……」
名前を呼びながらその水を掻き分けて進む、動き辛い、その水は奇妙な粘度を帯びているようだった。
「カレリー……!カレリー……!」
周囲では既に異変が起こり始めていた、沼から上がろうとする兵士を引っ張って沼に引き摺り下ろす魔導師、水の中に押し倒す魔導師、いよいよ魔物化が始まったらしい。
「カレリ……うっ……ぐすっ……カレリぃ……」
トーマスは泣いていた、騒乱の中人々を掻き分け、泣きながら幼馴染の姿を探し続ける。迷子の幼子のように。
「カレリ……カレリっ!」
いた、水の中でぼんやりと突っ立っている、その姿を見間違うはずがない。ずぶ濡れになったローブがぴったりと体に張り付いているのが少し扇情的だ。
トーマスは水を掻き分けてカレリの元に辿り着くと力一杯抱き締めた、いつかこうしたいとずっと思っていた、カレリの匂いがした。
「……トー、マス……?」
カレリはゆっくりとトーマスの顔を見上げた、ぼんやりと夢見るような表情をしている。
よかった、魔物化に苦痛は伴わないんだ、そんな事を思った。
「ど……して、逃げ、ないの?」
「カレリ」
トーマスは笑った、くしゃくしゃの笑顔だった。
「大好きだ、愛してる、ずっと、ずっと前から……」
ゆっくりとカレリの目が見開かれる。
「俺を、俺を食べてくれ、俺は、君の中で生きたい」
それが望みだった、主神の教えも兵士としての矜持もどうでもよかった、カレリと離れたくない、離れるくらいなら彼女の血肉として生きたい。
トーマスの腕の中でカレリの体がぶるりと震えた。
「食べられたい……?」
どろりとその瞳が蕩け、魔に染まる。美しい。
「私の中で……」
ごきゅり、とカレリの喉が鳴った。
「イキたい……?」
カレリは笑った、捕食者の笑みだった。
トーマスは自分の陰茎がそそり立つのを自覚した、シマウマはライオンに食べられる時に恍惚を感じるという、今の自分もそんな状態なのかもしれない。
カレリの手が後頭部に回る、今から想像を絶する苦痛が自分を襲うのだろう、しかし後悔は無い、トーマスは目を閉じた。
ちゅっ
予想だにしない感触が唇に触れた、思わず驚いて目を開いてしまう。カレリの目は爛々と輝いている。
「取り消せないわよ、トーマス」
混乱するトーマスに今一度カレリは口付けた、いや、口付けなどという軽いものではない、貪るようなキスだった。
一瞬舌を食い千切られるかと覚悟したがカレリの口腔内に引き込まれた舌はぬちゃぬちゃと愛撫される。
「ふ、んっ、んぐ!?」
状況を把握できないトーマスに構わずカレリはトーマスの舌を貪りつつ水中で器用にトーマスのズボンを下ろす、下半身がじかに生ぬるい水に触れ、トーマスは震える。
一体どういう事なのか、混乱しながらも周囲を見回してみるとどこも似たような状況だった。
兵士の鎧を引き剥がしてその肌に舌を這わせる者、抑え付けて唇を奪う者、既に壁に取り押さえて腰を振っている者、中には一人の兵士に複数の魔導師が群がっているような状況まである。
かりっ
舌に軽く歯を立てられ、驚いて目線を戻すとカレリが拗ねたような目で見てきた。こっちを見てよ、という事らしい。
「ちゅぱっ……さ、お待ちかねよ、食べてあげる」
「はっ……はっ……カレ、リ」
「そうそう、言い忘れてた」
カレリは息も絶え絶えなトーマスを抱き寄せる、濡れた体が密着し、乳房の柔らかさが伝わる……こんなに大きかったろうか。
「私も愛してる、ずっと、ずっと前から」
耳元で囁かれた瞬間この状況に対する疑問も何もかも吹き飛んだ、もう、何もかもどうでもいい、カレリ以外の事はすべてが。
「カレ、リぃぃ……!」
「やん♪私が食べられちゃう♪」
言いながらも必死で自分を求めようとするトーマスの拙い動きをさりげなくフォローし、挿れやすい態勢を作る。
「宣言したからにはたっぷりイキなさいよね……私の中で♪」
さっきのはそういう意味じゃない、と、頭のどこかで突っ込みながらトーマスは突っ込んだ。
儚い抵抗を突き破る感覚と同時に幼馴染の柔肉がトーマスを包んだ、幸せだった。



イェンダとコルホズは二人で性的な意味で阿鼻叫喚な沼の底を見下ろしていた、その後ろではルフューイとコルホズの土の精霊がハイタッチを交わしている。
「ほえー……じ、自分でやっておいて何ですけど、大変ですねえこれ……」
真っ赤になってもじもじと身を捩りながらコルホズが言う。
「……街への受け入れ態勢は整っている、問題無い」
イェンダは冷静に言う。
こうして都市への教団の侵攻は都市の住人を増やすという結果に終わったのだった。
12/11/11 03:48更新 / 雑兵
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■作者メッセージ
この回だけトーマスが主人公のようになってしまったw

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