読切小説
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太陽王の没落
 俺の目の前で、少年が生贄にされていた。まだ十歳にもならない少年が、祭壇の上で声も出せずに震えている。室内に入り込む日の光を浴びて、生贄の少年の裸体は白く見えた。
 少年の前に小刀を持って立たれるのは、太陽神の大神官にして王たる方だ。金糸で太陽を表した刺繍のある服を着て、少年と共に日の光を浴びている。王の少年特有のしなやかな体は、服を着ていても官能を掻き立てるものだ。
 王が刀を振り下ろすのと同時に、少年の絶叫が響き渡った。一度では無く、何度も何度も響き渡る。次第に少年の声は弱くなり、やがて声は途絶えた。
 王は、大量の血を滴らせる心臓を取り出し太陽に向けてかざす。白い光の中で赤い塊が輝きを放つ。王の顔は恍惚として、白光の中で溶けていく。その表情は、太陽神に愛撫されているかのようだ。
 俺は体を震わせた。辺りには、血と香煙のむせ返りそうな臭いが充満している。この臭いの中で、光の中で、少年が少年を屠っているのだ。嫌悪と恐怖と、そして否定できない官能の喜びを感じる。これが太陽神の力なのだろう。俺のような太陽神を信じない者にも、官能を与える事が出来る。俺は、太陽の下で男根を怒張させた。
 王は残酷な方だ、太陽神と同じく。俺は、恐れと官能の中で震えていた。

 俺は、このような異常な生活とは縁のないはずだった。俺は平凡な兵士だった。毎日訓練に明け暮れて体を疲労で覆い、規則正しく毎日を過ごす。それが俺の生活であった。太陽神も生贄も関係のない事のはずだった。
 その節度ある日々は、王の気まぐれによって打ち砕かれた。王は、閲兵している最中に俺に興味を持たれたのだ。俺の前に止まり、熱を帯びた眼差しで俺の体を見つめられた。そして俺に閲兵が終わり次第、王の部屋へ参るように命じたのだ。
 俺は困惑しながら、王の部屋へと向かった。俺には、王に呼ばれる理由は分からない。ただ、不吉な噂を耳にしたことはある。王は、男でありながら男に身を任せるという噂だ。もっとも俺は、自分が王の相手をするとは思っていなかった。俺には、これと言った魅力など無いからだ。王が相手を選ぶのならば、もっと美しい男を選ぶだろうと考えていた。
 俺の期待は打ち砕かれた。俺は侍従の指示で風呂に入らされ、香油を塗られた後で、腰に巻き付ける物だけを着けた姿で王のもとへ行かされた。王は、薄物をまとっただけの姿で待ち構えていた。
 王は、微妙な美しさを持つ方だ。少年と少女の中間にある容姿をしている。少年にしては柔弱、少女にしては猛々しい。その様な不安定な容姿をしていた。艶やかな黒髪は長い睫にかかり、細面を引き立てる。それでいて引き締まった顔立ちをしている。柔らかな曲線を描く肢体は、白く繊細な肌によって成長の途上の女体を思わせる。同時に、外へ向って弾けるような肉体を持つ。少年にして少女、少女にして少年、そう表現するのが相応しい肉体を持たれた方だ。
 俺は、王に腰布を脱ぐように命じられた。俺は、ためらいながらも腰布をはがして男根を露わにする。王は、自分の元へ来るように命じられた。俺は、無表情を保ちながら王の下へ参る。王は、俺の体を触りながら確かめていく。俺の筋肉を、微笑みながら愛撫していく。王は、俺の男根を手に取られた。
 俺は、王から奉仕を受けた。あたかも女が男に奉仕するように、王は俺に奉仕なさったのだ。王の奉仕は、熟練の娼婦の様に巧みなものだった。王が、繰り返し男を相手してきた事は明らかだ。奉仕が終わった後、王は獣の様に這い蹲り、俺に後ろから攻めるように命じられた。俺は、王の体を犯した。繰り返し繰り返し犯したのだ。
 すべてが終わった後で、王は俺に対して微笑みを浮かべながら命じられた。俺を王の側仕えにすると。俺は、その日を境に王の側近兼愛人となった。

 俺は、その日から王の相手を務める事となった。王を女の様に扱わなくてはならなくなったのだ。王は、俺の前でしばしば女装をなさった。王の女装は多彩だ。古代帝国の娼婦の様に、体の曲線が露わとなり肌が透けるチュニックを着る事がある。南の大陸の高級娼婦の様に、金で装飾した露出の高い服を着る事もある。東方の貴族の女の様に、裾の長い絹服を着る事もあった。その恰好で俺に奉仕し、俺に責める事を命じられたのだ。
 俺には、理解の出来ない事だ。なぜ、男であるのに女の格好をするのか?なぜ、男であるのに男を相手するのか?男でありながら女の様な事をする者がいる事は知っている。だが俺は、彼らの事を理解出来ない。俺自身が関わるつもりも無かった。だが自分の意思とは関わらず、男にして女たる王の相手をしなくてはならなかった。
 ただ、王が女装して男を相手するくらいならば、醜聞にはなっても国を揺るがす事は無かっただろう。王は、俺などの想像の及ばぬ凶行を始められたのだ。
 王は突如、古代の太陽神の祭祀を復活させた。東の大陸と西の大陸、南の大陸の交わる地点に、古代には太陽神崇拝があった。太陽の神に生贄をささげ、太陽と昼を賛美する宗教だ。古代においても、その宗教は一地方のものでしかなかった。一度だけ、古代帝国の暴君が太陽神を国教にしようと企んだが、暴君の弑逆によって潰えた。その普遍性のない宗教を、俺達の国に復活させたのだ。
 俺達の国は、西の大陸と南の大陸の間にある海の島々を領土とする国だ。地理的な事により、様々な文化が交わっている国だ。加えて、古代の文化が色濃く残っている国でもある。宗教も様々だ。海神を崇拝する者や古代の多神教を崇拝する者もいれば、主神教徒もいる。魔王を崇拝する者や、堕落神を崇拝する者もいる。国の指導者層は海神を崇拝するが、他の宗教に対しても寛大な態度を取っている。一つの宗教が、国を支配する事は無いのだ。王は、その国で太陽神を国教にしようと企てたのだ。
 王は宮殿のすぐそばに太陽神の神殿を建てさせ、人間を太陽にささげる儀式を行い始めた。多くの少年少女達の体を切り開いて心臓を取り出し、その赤く脈打つ臓物を太陽にかざした後で炎に投じた。この凶行は、国中の者に嫌悪と反感を引き起こした。
 だが、王の狂気の行為はこれだけに留まらなかった。王は、太陽神の崇拝を国民全ての前でひけらかされたのだ。王は、かつて太陽神崇拝が行われていた地から太陽神の聖石を運ばせた。その石は男根の形をしている巨石だが、これを祝祭の中で王都に運び込ませたのだ。
 巨大な男根は、二百人の裸女と二百頭の豹によって運ばれた。裸女の周りでは、カスタネット、横笛、竪琴、シンバルなどの楽器を持った女達が楽を奏でている。王は、黒い巨根を乗せた台座の前方で踊られていた。王は太陽神の大神官の服を着て、巨根に奉仕するように踊られたのだ。前方から見れば、王は尻を観衆に突き出して腰を動かしている。あたかも御自分を後ろから攻めよと誘われているようだ。
 古代の暴君も、このようにして巨根を帝都に運び込んだそうだ。王は、その古代の暴挙を再現されたのだ。二百人の女達には魔物娘が多く混ざっている。人間の女達は、裸で大観衆の前に立つ事が出来ない者が大半である為だ。観衆も、この祭典に良い感情を持つ者はほとんどいない。主神教徒達は、嫌悪を露わにしてその場から立ち去っていった。海神や古代の多神教を奉ずる者達は、眉をひそめている。性に大胆な魔物娘や堕落神の信者も、困惑した表情で見ていた。人々の悪感情の中、巨根は太陽神の神殿へ運ばれていった。
 このような暴挙を行えば、当然王の立場は危うくなる。王太后や王の祖母は、王を廃嫡しようと企んでいた。この動きに対して、王は先手を取られた。王は、古代帝国の皇帝の親衛隊を模した軍を作り上げていた。その軍に命じて、御自分の母と祖母を冥府へと送られたのだ。その際に、王にとって邪魔な者が大勢屠られた。
 邪魔者を片付けた王の凶行は、歯止めの効かぬものとなった。

 王の凶行の中で最も目立つのは、数々の虐殺だ。王は、古代の暴君にあこがれ、彼らを模した殺戮を行われたのだ。
 王のお気に入りの行為は、男根を切り落とす事だ。多くの者の男根を自ら切り落とされ、飼っている獅子に与えられた。俺が取り押さえる犠牲者の男根を、王は小刀を振るわれて切り落とされるのだ。男根が落ちるたびに、そばに繋がれている獅子は喜びを露わにする。男根を切り落とされた者の半数は、命を落とした。
 花に埋めて殺す方法も、古代の暴君から学ばれた事だ。王は犠牲者を一室に閉じ込めて、がらんどう返しの仕掛けにより落ちる花に埋めて殺すのだ。念のいった事に、王は犠牲者を花で埋める前に歓待される。俺は、王のもてなしを受ける犠牲者の喜びの表情を忘れられない。
 古代の暴君から学んだ行為ならば、あの悪名高い行為も触れなくてはならない。王は、獅子や豹、犬を数多く飼われている。その獣達に人を食い殺させたのだ。犠牲者に剣や槍を持たせて獣と戦わせ、王は食事をしながらご覧になるのだ。王によると、血を見ると食事が進むそうだ。獣と戦った者達の大半は食い殺された。
 王は、獣の餌として人肉を与える事を頻繁に行われた。ある時、王は罪人を連れてこさせると「あの禿からこの禿まで殺せ」と命じられた。王は、この台詞を気に入っておられた。
 王は、剣闘士や格闘家同士に殺し合いを命ずる事もあった。王の前で、多くの人々が殺し合いの果てに血みどろの肉塊となったのだ。王は、古代の様に闘技場で大っぴらに行う事が出来ない事を残念がっておられた。
 俺が今でも悪夢と共に思い出す事は、主神教徒に対して行われた虐殺だ。王は、主神教徒の体にタールを塗り付けて火を付け、灯火の代わりになさった。あるいは、十字架に貼り付けにする事も繰り返し行った。もし地獄なる物があるとすれば、あの時の光景こそが地獄の光景だろう。
 この辺りで、王の行われた残虐行為の話は止める事にする。俺は、思い出すと吐き気がしてくるのだ。それらの行為は、俺の目の前で行われたのだから。
 この辺で、王の退廃的な生活について触れておこう。東の大陸をさらに東へ行った先にある霧の大陸には、酒池肉林なる饗宴があるそうだ。酒の池と肉の林の中で性欲を満たすそうだ。王の生活はまさに酒池肉林だ。
 王の饗宴に良く出された料理は、腸詰を詰め込まれた豚の丸焼きだ。この料理は、古代の成金の饗宴で披露されたと伝えられる。王は、この悪趣味な料理が大層お気に入りだ。豚の乳房や子宮も王は好まれる。また、王は孔雀を召し上がる事を好んだ。孔雀の肉を俺に与えて下さったので食べてみたが、鶏の肉と大して違わなかった。恐る恐るその事を申し上げると、王は笑いながらこう言われた。「同じ味にもかかわらず孔雀を食べる事に意味があるのだ」
 王の召し上がる者が肉や魚だけなら、まだましであっただろう。王は、本来ならば食べる物ではない物まで召し上がった。王は、ある饗宴で真珠を酢で溶かしてお飲みになった。英雄を手玉に取った古代の女王を真似たそうだ。また、豆料理に金の粒を混ぜて召し上がる事もあった。そうすると精力が強くなるそうだ。俺も、金交じりの料理を食べる事を命じられた。俺に言える事は、金は間違っても食べる物では無いという事だ。その事を体で分かった。
 この世にある者を食べようとするのならば、ある程度は人の理解は得られるかもしれない。しかしこの世にない物まで胃の腑に納めようとする事は、もはや理解する事は不可能だ。王は、不死鳥の肉を食する事を望まれたのだ。王は、臣民に命じて不死鳥を捕えさせようとなさった。捕えよと命じられても、存在するかどうか分からぬ物を捕える事が出来るはずがない。訳の分からぬ肉が、「不死鳥の肉」と称して王の下へ送られてきた。後で調べると、その肉は駝鳥の肉だった。
 王は、饗宴の最中に肉欲を満たされる事が多かった。古代の饗宴の様に寝椅子に横たわりながら手づかみで料理を召し上がっていた王は、無造作に自分の性処理係を呼び寄せて肉の交わりをなさった。客の前で女を犯し、男に犯されるのだ。俺も、王を人前で貫いて差し上げた。
 王の事を娼婦呼ばわりして罵る者がいるが、実際に王は娼婦であったのだ。王は入念に女装されると、売春宿で男達に奉仕なさったのだ。王には女陰は無いが、それが無くても男を楽しませる方法はある。俺は、その事を良く知っている。王は、娼婦としての仕事を終えられると、売上金を俺に見せびらかすのだった。
 これらの乱行も、主神教のシスター達への凌辱に比べれば他愛のない醜聞に過ぎなかった。王は国内の主神教のシスター達を集めると、彼女達を次々と凌辱なさったのだ。その挙句に、一人のシスターを無理やり自分の妻になさったのだ。王によると、太陽神の大神官たる王と主神教のシスターが結ばれると、二つの神が結び合わさるとの事だ。
 王の凶行について述べて来たが、これはその一部に過ぎない。全てを述べると、いつ終わるか分からない。王は、わずか四年の治世でこれだけの事をなさったのだ。短い少年時代にこれだけの事をなさったのだ。

 王は、もしかしたら天才なのかもしれない。俺のような凡俗が理解出来る方ではないのだ。王は、このような事を俺に話された。
「余は試してみたいのだ。混沌をもたらす事で秩序を造り上げる事を。破壊をもたらす事で創造する事を。死をもたらす事で生命をもたらす事を。余は王として、大神官として試してみたいのだ」
 王は、俺に様々な事を話して下さった。その言葉を再現できない事が、俺には口惜しい。哲人ならば、王の観念を論理的に説明できるだろう。詩人ならば、王の観念を優雅な物語に創り上げる事が出来るだろう。だが、俺は無骨な一兵卒に過ぎないのだ。天才を理解する事が出来ない凡俗に過ぎないのだ。
 王は、非難者が言う通りに邪悪な方かもしれない。王は、あまりにも血を流し過ぎた。俺には、王を擁護する言葉を見つけられない。
 だが俺は、王の存在に打ち震えるのだ。俺は、血に汚れた王と繰り返し交わり合った。血と精液のむせ返る臭いを嗅ぎながら、体を交えたのだ。あの付き刺すような日の光の中で、俺は王と共に官能に酔いしれたのだ。
 俺は、身も心も王に支配されているのだ。

 王は、女の格好をして男と交わる事を好まれる。だが、王は女になりたいわけではないのだ。王は、「完全なる性」である両性具有者となる事を望んでおられるのだ。王は、密かに医者を呼び寄せて両性具有者となる手術を受けようとなさった。王は、男根だけではなく女陰を欲されているのだ。
 だが、大概の医者は手術をする事が不可能だと断った。一人だけ手術を試みた者がいたが、失敗に終わった。幸い王の体に損傷はなかったが、危険な行為である事は間違いない。
 そこで王は、魔物の手を借りる事を考えられた。魔物は、人間とは別の技術を持っている。また、人間の男から魔物の女に変貌した者もいるそうだ。王はその事を知っておられ、直ちに国内の魔物の医者に手術を命じられた。だが、魔物の医者は自分達には無理だと答え、魔王領の医者を呼ぶ事を勧めた。
 王は魔王領に使節を派遣され、自分を両性具有者とする事の出来る者を探し求められた。俺には詳しい事は分からぬが、魔王領から医者が派遣される事になったらしい。だが、いつ誰が来るのか詳しい事を俺は聞く事が出来なかった。王と一部の者しか知らないようだ。
 「完全なる性」両性具有者!王の観念と行動は凡人とは違うと、俺は再認識する事となった。古代の哲人は、男と女は元々一つの存在であり、その力を恐れた神により男と女に分けられたのだと言う。王は、神をも脅かす完全なる者となろうとしているのだ。王は、その為には魔王とさえ組もうと考えられているのだ。

 繰り返すが、王は天才かもしれない。俺ごときには計り知れない方だ。俺は凡人としての分をわきまえて、天才たる王に従うべきだろう。だが、それは不可能な事となった。
 ある日俺は、王が親衛隊長と密談されているのを聞いてしまった。俺は、叫び声を上げそうになるのを必死でこらえた。王は、王都を焼き払おうとなさっているのだ!古代の暴君の中には、帝都に火を放ち、炎を眺めながら詩を吟じた者がいる。その暴君に倣おうと言うのだ。自分の手で滅してこそ、王都は完全に自分の物となると王はおっしゃっていた。
 俺は、王に従うべき者だ。王は、俺の身も心も支配する方だ。だが、もはや王に従う事は出来ない。王都を焼き払い、民を殺戮する王に従う事など出来ない。
 もしかしたら、王の破壊は創造をもたらすかもしれない。凡人の及びつかぬ思念により、王は神のごとく破壊を行おうとしているのかもしれない。だが、それでも俺は王に従う事は出来ない。凡人には凡人の幸福があるのだ。王都の民は、王に比べれば取るに足らぬ存在かもしれぬ。それでも彼らを殺戮する事は、俺には出来ない。黙って見ている事も出来ない。
 俺は王を弑する。王が人々を焼き亡ぼす前に、俺の手で王を地獄へお送りする。その後で、俺は王の地獄巡りのお供をしよう。それが俺の、王に対する最後の忠誠だ。

 俺は王の寝所へ向った。普通の者は近づく事も出来ないが、王の愛人である俺は入る事が出来る。俺の懐には、毒を塗った短刀がある。それで王を弑するつもりだ。
 俺は、体の震えが止まらない。王殺しは、最も罪深いとされる事だ。しかも俺は王によって引き上げられ、王によって直接支配されている者なのだ。俺の体には、不快な汗が次々と流れる。視野が狭くなり、上手く歩く事が出来ない。呼吸を整える事が出来ず、喉と胸が詰まるような気がする。俺の意識は、明瞭さを失いつつある。
 俺は、見張りの兵士に通してもらい王の寝所へ入った。自分が殺すべき主人にして王たる方を見ようとする。
 王はおられた。寝台から身を起こして、窓の方を眺められている。俺は、王を弑するためにゆっくりと近づく。王は、俺の方を見ようとなさらない。俺は不審に思い、窓の方を見た。
 窓には一人の女が浮かんでいた。白銀の髪を持ち、黒衣をまとった女だ。頭からは黒い角を生やし、背には白銀の翼がある。吸い込まれそうな紅玉の眼は、王を静かに見つめている。俺は今でも不思議なのだが、その女の顔を具体的に思い出す事が出来ないのだ。強い存在感を持ち見る者の心を犯す容貌なのに、その具体的な形を思い浮かべて表現する事が出来ない。ただ、真紅の眼が心に焼き付いているばかりだ。
 俺は動く事も出来ずに、その場で馬鹿みたいに立ち尽くしていた。俺は王を弑するために来たのに、王に近づく事が出来ないのだ。ただ、王と白銀の女を見つめ続けた。
 突如、王は呻き声を上げながら身をよじられた。王は、裸体を痙攣させながら床にくずおれる。
 俺は、この時の事を忘れる事が出来ない。王がそれまでとは違う存在に変貌するこの時の事は、俺の肉体と精神に刻み込まれている。王の黒色の髪は、金色に変貌する。いや、そんなことは些細な事だ。王の頭からは、女と同じく黒い角が付き出て来た。王の背中には、角と同じ色の翼が生えて来たのだ。色の違いを別とすれば、白銀の悪魔と同じような体に変貌した。俺の目の前で、王は人ならざる者へと変貌したのだ!
 白銀の悪魔は王と俺を眺めると、微笑みを浮かべながら消えていった。後には魔物へと変わった王と、立ち尽くす事しか出来ない俺が残された。

 王の魔物への変貌は、当然ながら国内に大きな騒ぎを引き起こした。俺達の国は新魔物国ではないが、魔物を排斥する事はしない。多くの魔物が国内で暮らしている。その為に、魔物に変わったという事で王が殺される事は無い。だが、歴代の王は人だったのだ。魔物の王が誕生した事は、俺達の国の歴史には無い。
 王の側近が集まって協議した際に、王の魔物化を隠す意見も出た。魔物には人化の法が有り、王がそれを取得すればよいのではないかという意見だ。だが、王はこれを拒否された。人前でこそこそする様なまねはしたくないと言われるのだ。それに王は、黄金色に変わった髪を気に入っておられた。太陽神の大神官にふさわしい色だと言われるのだ。
 ただ王は、女体化した事を喜んでいるわけではなかった。王の望みは両性具有者となる事だ。女の体は、男の体同様に不完全な物だ。王の望むことは、完全なる性を持つ存在となる事だ。王は魔物の医者を呼び出して、女の体を残したままで男の体を取り戻す事は出来ぬかと下問された。答えは否だった。王の体は、既に精を作る機能が破壊されているそうだ。
 王は、自分を女体化した魔物を探された。外見と力から、魔王の娘であるリリムだろうと推測できる。王は魔王領へ使節を派遣されたが、答えは返ってこなかった。王は魔王領に攻め込む計画を立てようとされたが、これは無理な事だった。我が国は海上交易で栄えており豊かな国であるが、力で魔王軍にかなうはずが無い。王は断念するほかなかった。
 この混乱の中、王は王都の放火を先延ばしになさった。王の魔物化でそれどころではなくなったと、俺は解した。だが王は、俺の予想以上の変貌をとげられていたのだ。
 俺は、王に付き従い太陽神への生贄の儀式に加わった。王は混乱の中でも、太陽神の大神官としての務めを怠る事はしない。俺はいつものように王に従い、人を生贄にする儀式を王と共に行った。
 祭壇の前には、裸の少年が横たえられていた。表情を引きつらせて絶え間なく震えている。王は少年の前に立ち、太陽神への祈りを唱えながら小刀をかざしている。後は少年の体に刃が振り下ろされ、少年の絶叫と共に血がほとばしるのを待つばかりだ。
 突如、王は呻き声を漏らしてうずくまった。激しい音と共に、床へ嘔吐物を放つ。俺は王の下へと走り寄るが、王は手を振って俺の動きを止められた。王は口元の吐瀉物を布で拭うと、再び少年の心臓を取り出そうとされる。またも王は、激しい嘔吐をする。
 王は嘔吐を繰り返した後、俺に生贄の心臓を取り出す事を命じられた。俺は王の命令により太陽神の神官となっており、生贄をささげる資格はある。俺は一瞬目をつぶると、犠牲者の前に進み出て小刀をかざした。俺の手は汗で濡れている。室内に差し込む日の光の中で、意識が朦朧としてくる。香煙の匂いが俺の鼻を凌辱する。俺は、赤く染まるためにある少年の白い肌を見下ろす。
 俺は突き飛ばされ、小刀を奪い取られる。王が俺の小刀を奪われたのだ。王は小刀を手に、床へ嘔吐を続ける。もはや吐瀉物は出し切ったらしく、汁がわずかばかり王の口から洩れる。それでも胃の腑が痙攣し続けるらしく、王は嘔吐を続けた。
 少年を生贄にする事は取りやめになった。状況が理解できずに歪んだ表情をしている少年を祭壇から引きおろし、俺は山羊の体から心臓を取り出して炎に投じる。血の臭いと心臓の焼ける臭いにむせ返りながら、俺は王の異変に戸惑うばかりだった。
 王は、魔物へと変貌した日を境に、人を殺す事が出来なくなった。殺そうとすると激しい嘔吐をされるのだ。王にとって神聖な義務である太陽神の儀式も、人ではなく山羊を生贄にする事に変わった。王都を焼く王の企ても、立ち消えとなった。
 王を弑ようとする俺の企ても、宙に浮いたままとなった。

 王の変貌は、王の望まれた事ではない。王にとって殺戮は、観念に基づいた行動なのだ。殺戮をもたらす事によって生命を、破壊をもたらす事によって創造をなす。それが王の観念であり、観念に基づいた行動なのだ。殺戮が出来なくなる事は、王の観念を否定する事に他ならないのだ。
 王の変貌はまだある。王は、俺以外の者と性の交歓が出来なくなったのだ。以前の王は、多くの男と女を相手に交わりを行われた。あたかも交わりが一つの修行であるかのように、様々な性技を数多の男女と行われる。俺の目の前で、男に奉仕なさり女を嬲られた。女に奉仕なさり男を嬲られた。
 だが魔物に変貌した後は、俺以外の誰とも交わろうとはなさらない。たくましい男や淫らな女を見ても、まったく食指が動かないようだ。ある時、王にお尋ねしたが「気が乗らぬ」との事だ。王の性欲は衰えてはいない。むしろ魔物になってからの王は、性欲が旺盛になったほどだ。暇さえあれば、いや暇が無くとも俺と交わろうと欲された。場所を問わず、時間を問わず、俺と交わる事を求められた。
 俺と王は、王の執務室で、柱廊で、庭園で、街路の隅で交わり合った。俺は王の女陰に奉仕し、王は俺の男根に奉仕された。王にはもはや男根は無い。俺に貫かれながら精を放った男根は消えてしまった。代わりに、薄い陰毛に覆われた女陰が王の男根のあった場所にある。俺の男根を受け入れる女陰が、薄赤く光っている。俺は王の処女を奪った。数多くの者と交わった王は、女としては俺が初めてなのだ。王の女陰からこぼれる深紅の印を、俺は良く覚えている。
 俺は、王の中で満たされる。女体を持つ王の体にのめり込む。男としての王との交歓に、俺は抵抗を感じながらも激しい陶酔を味わった。女体を持つ王との交歓は、それとは質を異にする。どう表現すればよいのだろうか?拡散と収縮、反発と吸収、直線と渦、いや、両者の違いを俺は表現出来ない。
 ただ言える事は、王は俺以外の者と交わる事は無くなったのだ。

 ある夜、俺は話し声で目覚めた。俺は王の寝所に侍り、王との繰り返しの交わりで疲れている。だが、王の切迫した声で目を覚ましたのだ。
 王は、宙に浮いている女を相手に激しく言葉を放たれていた。王の相手は、王を魔物へと変えた白銀の悪魔だ。白面に微笑みを浮かべて王に語り掛けている。
「お前は分かっていない。余は、不完全な女の体など欲さぬ。余が望むのは、完全なる性である両性具有の体だ!余の男の体を返せ!」
「もう無理よ、あなたは女の体になった。あなたは精を作る事は出来ない。精を受け止め子を孕む体を得たの」
「余は子を孕ませ、子を孕む体が欲しいのだ。どちらか一つでは足りぬ!」
「それは不可能な事よ。その様な物をあなたに与える事は出来ないし、与えるつもりも無いわ」
「余を愚弄するつもりか!余の体を女に、魔物に変えた挙句、余から自由を奪いおって!」
「あなたの自由は、他者を侵害する事で成り立つ自由ね。あなたには制約が必要なの」
「お前は分かっていない。余は殺戮を、破壊を行う必要があるのだ!生命をもたらすために、創造をもたらすために。混沌の体現者は、秩序の担い手でもあるのだ!」
「仮にあなたが正しいとしても、他の者が付き合う必要は無いわ。所詮死は死、生命の潰える現象でしかない。新たな生命が生まれるとしても、失われた生命は戻らない。あなたの暴挙は、力によって制せられるべきもの」
「所詮お前は魔物だ!太陽の輝きと残酷さを受け取る事の出来ぬ弱者にすぎぬ!闇に隠れて説教をする偽善者にすぎぬ!」
「あなたは闇の穏やかさを、月の優しさを知るべきなの。太陽王としてのあなたは終わる」
 白銀の悪魔は微笑むと、闇の中に消えていった。後には荒い息をつく王と、一言も発する事の出来なかった俺が残された。

 王は、人を殺す事が出来なくなった。もはや王は、暴君としての資質を失ったのである。だからと言って、王に対する憎悪が収まったわけではない。むしろ、臣民に恐怖を与える事が出来なくなった為に、王は没落したのかもしれない。
 軍は王に対して反旗を翻し、民衆は王を打倒せよと叫んだ。軍と民衆の背後では、王族や重臣たちの暗躍がある。歴史に残る驚嘆すべき統治を行った王は、暴君、狂王とみなされて指弾された。王の矯激な観念と行動は、臣民の理解を得る事が出来なかったのだ。
 王が頼りに出来る者は、親衛隊とわずかな側近だけだ。いや、それすらも頼りにならなかった。親衛隊員には逃亡者が相次ぎ、側近達の中には姿をくらます者が複数いた。王を敵に売る者さえいたのだ。
 軍と暴徒達は宮殿になだれ込み、王を八つ裂きにしようと走り回った。王はわずかな者と共に反徒どもと戦ったが、多勢に無勢だ。王に忠実な者は、次々と切り刻まれていった。
 俺も王と共に剣を振るって戦ったが、おびただしい数の敵に剣と槍を突き出された。俺の体の所々から肉が弾け、血が飛び散る。俺の体中が痛みで支配される。俺は、王と共に死ぬことを覚悟した。
 俺は、戦いながらこれで良いかもしれぬと考えていた。王は、国の民の大半にとっては災厄そのものなのだ。王の死は、民にとって必要な事かもしれぬ。王は、罪を償わなければならぬかもしれぬ。王の罪を手助けした俺も、罪人として果てるべきかもしれない。
 俺は、戦いの中で王を見た。王自身の血と敵の返り血を浴びた王は、日の光の中で輝き、美しかった。俺は、王の姿を目に焼き付ける。
 敵の槍が、王の右目を突いた。王の顔に血が弾ける。叫び声を上げてくずおれる王の前に立ち、俺は玉顔を犯した敵を切り伏せる。王の方を振り返りたいが、敵は次々と現れて余裕が無い。剣と槍の林の中で、俺は敵と自分の血を浴びながら剣を振るい続ける。
 王の叫びが聞こえた。俺は、振り向かざるを得ない。王の頭に剣が振り下ろされ、王は地に倒れ伏す。王の体からは、鮮血が留まる事無く溢れている。
 俺の背に激痛が走る。王に気を取られたため、背を敵の槍に突かれたのだ。俺は、王の傍に倒れ伏す。俺は笑った。俺は、王の側で共に死ぬ事が出来る。王を弑する事無く、王と共に滅びる事が出来るのだ。俺には贅沢な死だ。俺は、王の手を取った。
 俺は、この後の事を良く覚えていない。王と俺の体を光りが包んだような気がする。俺の目の前で紫色の光が輝き、俺の意識を奪った。
 気が付いた時は、寝台の上にいた。頭に角を生やし、背に翼を持つ淫魔が俺の看病をしていた。跳ね上がろうとする俺を抑えて、淫魔は俺を宥める。淫魔達は王を救おうとする魔物である事、ここは国内の魔物の隠れ家である事、王も保護しており命は助かった事、俺は全身に傷を負っているが命に別条は無い事、敵に引き渡す事は無い事を告げた。
 俺はなおも食い下がろうとしたが、急速に眠りが俺を襲い、俺は意識を失った。

 俺は、今は魔王領で過去の事を思い出している。王と俺は、魔王軍に保護された。国内にいる魔物の中には、魔王軍と通じている者達が居たのだ。彼女達は王と俺をかくまい、国外へ逃してくれた。国外へ出ると魔王軍の者が待っており、王と俺を魔王領へと導いた。こうして俺達は、魔王の庇護のもと暮らす事になったのだ。
 なぜ魔王や魔物達が、王を保護する気になったのかは分からない。俺達の国と魔王領が昔に結んだ条約を持ち出していたが、王を保護する理由とするには強引な解釈が必要だ。
 もしかしたら王を女体化、魔物化した事と繋がりがあるのかもしれない。俺は、王を魔物化した者はリリムだと思っていたが、あれは魔王本人かもしれない。だから魔王は、自分の元に王を呼び寄せたと考える事が出来る。だが、これは俺の憶測であり確証はない。
 今、俺は王と共に静かに暮らしている。王は、王であった頃の記憶があいまいになっている。自分がかつて王であり、太陽神の大神官であった事が良く分からないようなのだ。頭を剣で傷つけられたためかと俺は思ったが、魔物の医者は精神的な物ではないかと話していた。頭の傷は完治しており、その事で記憶があいまいになる事はあまりない。それよりも王であった頃の重圧と没落の時の衝撃で、記憶に障害が残ったのではないかと話していた。
 どちらが正しいのか、俺には分からない。分かっている事は、王は過去に悩まされていない事だ。俺は、屈託のない笑顔を見せる王と共に暮らしている。
 王の右目は失われたが、代わりに義眼を入れた。魔物達の作る義眼は優れており、王は右眼で前以上に良く物が見えるようだ。かつて王は、熱に浮かされたような黒い眼をしていた。黒い炎の様な、黒い太陽の様な激しい熱を帯びた眼だった。今の王の眼は、右の義眼も左の瞳も穏やかな光を浮かべている。青く変わった瞳は、月の光のような静かな光を放つ。
 王は、静かな生活をしている。何の屈託も無く、思い悩むことも無く、一人の魔物の女として暮らしている。これは間違いであるかもしれない。王は、破壊と殺戮を行ったのだ。本来であれば、串刺しや鋸引きと言った極刑に処せられるべきかもしれない。俺も、王と共に嬲り殺しにされるべきかもしれない。それでも俺は、王と共にこのまま静かな生活をしたいのだ。許される事など望まない。罪を償わない邪悪な者でもいい。ただ俺は、王と穏やかに暮らしたいのだ。
 魔物達は、王にセレネと言う名を与えた。古代の言葉で月を表すものだ。セレネ様は、魔物の女として暮らしている。もうセレネ様は少年ではない。体はふくよかになり、柔らかい曲線を描いている。セレネ様は、大人の女となられたのだ。かつての様に太陽を思わせる激しさは無い。月の光の様な穏やかな女となられた。
 俺は、セレネ様の優しさを感じながら共に暮らしている。花を撒いた寝台で臥所を共にし、心地よい疲れに身を任せて眠りにつく。そんな時、ふと王であった頃のセレネ様を思い出す。未成熟な、不安定な、不完全な体を持ち、矯激な観念の赴くまま行動した少年王についての記憶がよみがえる。俺を身も心も支配した太陽王を思い出す。俺の体は、精神は、少年王との官能の時を覚えている。
 俺は王を、セレネ様を愛している。たとえ邪悪な罪人でも、俺は愛しているのだ。俺は国を捨て、故郷を捨て、家族を捨てた。俺は魔王の支配下にあり、魔王の意思一つでどうにでもなる身だ。だが、それでもいい。王さえ、セレネ様さえ俺のものであればいいのだ。
14/11/14 22:50更新 / 鬼畜軍曹

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