連載小説
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第九話 戸惑いの訪れ

〜〜〜〜〜〜〜〜

……痛い。
痛い、いたい、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい……!!
頭、割れそう……!!

あぁ、やっぱり……無茶しすぎだったのね、私……

宝石が変わった頃からこうなる事は予想していたし、防ごうと思えば多少強引でも手段はあったはずだ。
なんで、こんなになるまで我慢していたんだっけ……


……あぁ、そうだ。
あの人の、傍に……ずっといたいって、思ったからだ……


流れるような金髪に、情熱を込めた瞳の持ち主。彼がいたから、私は今ここに立っている。

そうだ、依頼はまだ途中なんだ……行かなきゃ……まだ平気だって、笑わなきゃ……

私を、呼んでる……ル■■ク■=リ■■の、ところに……



……あれ?それって、だれ、だっけ……?



〜〜〜〜〜〜〜〜


頭の中から駆け寄る以外の全ての選択肢が消滅して、俺は真っ直ぐに馬車を降りてエリーの体を抱き起こす。

「おいエリー!!しっかりしやがれ、エリー!!」

あらん限りの声をあげて叫んだつもりだったのに、エリーがそれに応答することは一切ない。
くっそ、どうなってやがるんだコイツ……!?何が起きたかわかんねぇが、このまま起きねぇなんて事は……!!























「………………ぐぅー……」
「って……寝てるだけかよぉぉぉぉぉぉ!!」

……なんて、焦ってたのは安らかな寝息が聞こえてくるまでの事。
壮絶な肩すかしに、天を仰いで叫ばずにはいられなかった。

「むにゃ……すぴー……」

一方のこいつは、俺の腕の中で人の気も知らずにのんきな寝顔を晒していた。だらりと手足は投げ出されていて、深い眠りについたのか表情は安堵にも似たとても穏やかなもの。魔物だから元々ガキの割には整った顔立ちをしている上、だらしなく涎を零したりもしていないから余計にそう見えるのかもしれない。それも、下手したら夜にベッドで寝ている時よりも気持ちよく寝てるんじゃないかというぐらいだ。

んだよ、余計な心配かけさせやがって……あー、真面目に心配していただけに無駄に疲れさせられた気がすんな。

「あーわりぃ、ヤエコちゃんにヒューイ。こいつ寝てるだけだったわ……」

けど、寝ているだけならばもう安心な事も確かだ。
ホッと胸をなで下ろしながら、俺は後ろで未だに心配しているであろう二人へと振り向いた。
大方、今朝はあまり寝てない事もあって疲れが溜まってたんだろう。夜は早めに寝る奴だしな、コイツ……

「…………」
「……ヤエコちゃん?」

しかし、俺がそう言ってもヤエコちゃんはなおも難しい表情のままだった。
こいつは寝てるだけだっつーのに、何が気になるってんだ……?

「あの、ちょっといっすか」
「ん、どうした?見ての通りこいつ、普通に寝ちまってるだけだから心配いらねぇぞ?」
「それなんすけど……エリーは本当に、『普通に』寝てるんすか?」
「……あ?」

言われて、エリーの姿に視線を落とす。
未だに俺の腕の中で眠っているエリーは、俺の気苦労も知らずに寝息をたてたままだ。
……あれだけ俺が騒いだにも関わらず、ぐっすりと。

「エリー……?おい、ふざけてねぇでさっさと起きやがれっての……おい、聞いてんのか!!」
「くー……すー……」

その体を揺すって強く叫んでも、なおエリーの瞳は開かない。
俺の声などまるっきり聞こえていないかのように、すやすやと寝息を立て続けている……

エリーが倒れた時に背中に走った悪寒が、俺の中で再び鎌首をもたげ初めた。
その不安の種を消し去りたくて、俺は二人にすがるように尋ねる。

「ど、どういう事だよこりゃぁ……ヤエコちゃん、なんか知ってんのか!?」
「いや、アタシも詳しくわかる訳じゃないっす。ただ……」
「そうだね、僕も多分同じ事を考えていた。まるで……その子のそれは、ワーシープの毛皮にでも包まれたかのようだなって」
「わ、ワーシープの毛皮だぁ……!?」

確かそれって、ひとたび使えばどんな人だろうと眠ってしまうという眠りの魔力を含んだ毛皮、だったか。結構値が張る代物だから俺も実物を見たことはないが、行商人の二人が言うのだから恐らくそうなのだろう。

だが、それがわかったからと言って現状について何もわからない事に変わりはない。
俺の胸から不安が消える気配も、ない。

「でも、おかしいだろ!?コイツは魔女であってワーシープじゃねぇ、なのになんだって……!!」
「だから、アタシらにもわからないって言ってるじゃないっすか。それこそ、エリーがここで起きあがって話してくれない事には何も……」
「……っ」

つい、荒げてしまった自分の声。それに対して目を伏せるヤエコちゃんの表情は、暗い。
この子もきっと、なんとかしたい気持ちは一緒なのだ。なのに、俺は感情に任せて怒鳴るような言い方を……

「……わりぃ、取り乱した。そうだよな、案外ひょっこり起きるかもしれねぇんだ。こいつは寝ちまってるけど……とりあえず、俺だけでも護衛させてもらうぜ」
「そうだね……次の街は近い。その子の為にも、僕達は急いだ方が良さそうだ」

その宣告は、半ば自分に言い聞かせていた。こいつの事は気になるが、今が依頼途中なのはまぎれもない事実なのだから。
ヒューイもヤエコもそれをわかってはいたのだろう、特に俺の言葉へと反対はしなかった。
眠ったままのエリーを荷台に乗せて、俺達の依頼は再開する運びとなる。

ヒューイの言った通りに次の街は本当に近かったらしく、それから俺達は日が高く昇る頃には街へと到着できた。
街が近くにあったおかげだろうか、幸いにもその道中は新たに誰かに襲われる事もなくとても平和なものだった。

「くー……すー……」

荷台で眠る、その無邪気で無防備な表情にも……変化が起こる事は、全くなかったのだが。




「……無理、です。私達にはこれは、どうしようもありません……」

白衣に身を包んだユニコーンちゃんは、かけた眼鏡の位置をそっと直しながら俺にそう静かに告げる。
その言葉を、俺は唇を噛みしめて聞く事しか出来なかった。

エリーは、あれから一日経っても目が覚めなかった。
俺達の依頼は結局、たどり着いたこの街で中断する事になった。護衛の任務は、通常ならば二人以上の冒険者の同伴が必要になる。エリーの目がいつ覚めるかはわからない以上、そのまま依頼を受ける訳にはいかなかったのだ。
ヤエコちゃん達とは中途半端な形で別れる事になってしまったが、それでも二人はエリーの無事を祈ってくれた。謝る俺に対して二人とも何度も心配する言葉をかけてくれて、おまけにここまでの護衛の報酬は少し弾んでくれたぐらいで……なんともありがたい話だ。最後に頭を下げて礼を述べた後、俺は商人夫婦と別れた。こっちも世話になったし、機会があれば今度こそちゃんと二人の依頼は完遂したいもんだ。

俺は別れたその足でエリーをかついで街の病院へと向かい、眠ったままのエリーを診てもらう事にしたのだが……いくらかの検査の後に、返ってきた言葉がこれだ。

ここなら何かわかると思ってただけに……落胆を隠せず、唇を噛みしめる。コイツ、病院でもわからねぇぐらいひでぇ事になってたってのかよ……

「今はまだ何の問題もありませんが、この状態がずっと続くとなると彼女にどんな影響があるのかもまだ……」
「……なんでだよ」

そんな胸の内が、知らず知らずの内に口から零れ出る。自然と、握り拳を作った手には力をこめてしまっていて。

「そいつ、眠ってるだけじゃねぇのかよ……?治せねぇ程ひでぇとこなんて、見たところどこにも……!!」
「あ、その、違います!!あなたのお連れさん……エリーちゃんは、体のどこにも異常はありません!!」
「……あ?」

しかし、つい声を荒げそうになった俺の言葉をユニコーンちゃんは否定した。

「私が言っているのは、魔術的なお話で……その。エリーちゃんの身体に刻まれた陣の事、あなたは何かご存じですか?とても複雑な物だったのですが……」
「あ、あぁ……喉元の奴か?俺もよくしらねぇけど……あれ、何か関係あんのか?」

すると、今度はユニコーンちゃんが首を傾げる番だった。

「……あの。ひょっとしてあなた……彼女の裸を、見たことがないのですか?」
「はぁ!?なんだってそんな話になるんだよ!?」
「なるほど、彼女からは男の匂いが薄いと思っておりましたが道理で……」

さっきとは違う意味で慌てる俺を尻目に、ユニコーンちゃんは何かに納得したような表情でうんうんと頷く。
何だ、訳わかんねぇぞ……?

「……それでしたら、あなたにも見ていただいた方が早いと思います。彼女はこちらで眠っております、どうぞこちらへ……」
「……?」

よくわからないままに移動を促されて、俺はユニコーンちゃんの後に連れられてエリーのいるという部屋に入る。

そこで俺は、彼女の言っている言葉の意味をようやく理解した。

「なん、だこりゃぁ……!?」

その部屋の中で、エリーはベッドに寝かされていた。
規則的な寝息をたてているその表情は、昨日までと何も変わらない幼い少女のそれだ。違っていたのは、上半身の服が脱がされていたこと。

そして……脱いだその服の下に、複雑な模様の陣が描かれていた事。

白い肌には不似合いな程に黒々としたその紋様が、エリーの腹回りをびっしりと埋め尽くしていたのだ。何重にも描かれた円の中と外周に、文字のような記号のような無数の紋様が向きを規則的に揃えられて散らばっている。
しかしそれがエリーの、見た目は幼い少女の白い素肌に描かれている様からはどこか禍々しさも感じて背筋が寒くなる。その模様が何を意味しているのかなどさっぱりわからない事が、その気持ちに拍車をかけていたのかもしれない。
エリーならこれぐらい、理解できるのかもしれないが……当の本人は、ぐっすりと眠ったままだ。
ひょっとして、これが……

「……こいつの寝ている原因、なのか?」
「はい……そこから、眠りの魔力を感じます……」
「眠り、ってこたぁ……ワーシープの毛皮の奴、か?」
「……恐らくは、そうだと思われます」

ユニコーンちゃんは、俺の問いにただ深く頷いた。ヤエコちゃん達の予想は当たり、って事か。

「ただ、それ以上の事は何もわかりませんでした。この陣にはどんな効力があり、眠りの魔力を何故生み出しているのかまではどこを見てもさっぱりで……」

そっとエリーの腹、そこに描かれた陣に手を触れるユニコーンちゃんの表情は悲しげだ。どうする事もできなかったのは、やはり医者としては気がかりなのだろうか。

「勿論、私達だって魔術やその解除に対する知識は多少なりとも心得があります。しかし、この陣はこの病院に勤めている誰もが見たことさえないものでした。理屈もわからない内に下手に解除しては何が起こるかもわからないので、私達も手を付ける訳にはいかず……どうする事も、できなかったんです」

ユニコーンちゃんは決して手を抜いた訳では無いことは、言葉の端々からひしひしと伝わってくる。けれど、それはユニコーンという癒しに特化した魔物娘でもどうにもならないぐらいに難解な魔術なのだろう。
それだけのものが、エリーの腹には描かれているのだ。

「あの……何か、心当たりはありますか?何でもいいんです、何かこの子からこの魔法陣に繋がるような情報を聞いたりとか……」

ユニコーンちゃんは、必死に問いかけてくる。けれど、そんな彼女に対して俺は何も答えられない。そんなのは、俺の方が教えて欲しいぐらいなのだから。

数日間関わっている内に、エリーの事を大分わかったつもりでいた。けれど、そんなのは俺の思いこみでしかなかったのだ。そこにいるのは俺のよく知る無垢な寝顔を浮かべつつも、俺の全く知らない一面を見せてくる少女。
医者でさえも理解できない難解な陣を体に刻み、それが原因で深く眠ってしまっている……

エリー……てめぇは一体、なんなんだ?



結局、それから俺はコイツを入院させる事になった。
エリーの様態に関しては、数日の間様子を見るという結論になったのだ。万一何かがあっても入院してりゃすぐ対応できるだろうと、俺もユニコーンちゃん達の意見に賛成した。
俺はどうしたかと言えば、ギルドですぐに受けられる依頼を解決して日銭を稼いではエリーのお見舞いへと行く日々。監視期間がまだ続いている以上、エリーを放置して街から遠くへ離れる訳にもいかないからな。
一日、二日と経過する時間は文字にすればそう大した事ではないのかもしれないが、俺にとってはとても長い時間だった。

――――――日が暮れ始めた頃。
手頃な依頼を終わらせた俺は、今日も見舞いという名目でエリーのベッドの傍の椅子へと腰掛けていた。
この頃になると、感情にも大分落ち着きが生まれてきてはいる……つもりで、あったのだが。

「すぅ……すぅ……」

ベッドで寝ているエリーの顔を見ると、心がざわつく。その原因が、こいつの一言だと気がついたのはいつだったか。

『お兄ちゃん……誰?』

あれだけ俺の事を好きだと言っていたこいつの、心底疑問を浮かべた表情。
医者のユニコーンちゃんにも、この事は話していなかった。眠りの魔力の事さえ分かっていなかったあの子に言ったところで、恐らく更に混乱させるであろう事は目に見えていたから。

なぁ……てめぇはなんで、あんな事を言った?今の状態と何か関係あんのか?それに……目が覚めてもまだ、俺の事を忘れたままなのか?
もし、あんな事をまた言われてしまったら。何度も頭に浮かんだ考えを、かぶりを振って否定する。

けど……もし、完全に俺の事を忘れちまってるんだとしたら……俺は……

「……ん……」

ピクン、とその体が動いた。一瞬、気のせいかと思うぐらいに小さな動き。
けれど、それが現実であった事を示すようにその目蓋がゆっくりと開かれていく。
やがて……パチリと一つ瞬きをして、赤い目が俺を捉えて。

「おにぃ……ちゃん……?」

そして、か細くも確かにエリーは俺をそう呼んだ。

「エリー……エリー!!俺が、俺が分かるのか!?」
「うぇっ!?」

思わず、俺は身を乗り出してそう尋ねていた。当然、目を覚ましたばかりのエリーは大層驚くのだが……それでも俺は、そう聞かずにはいられなかった。

「うん、大丈夫……冒険者の、ルベルクス=リーク……お兄ちゃんでしょ……?」
「そ、そうか。わかんなら、いい……いい、けどよ……はぁ……」

脱力した俺は、大きく息を吐きながら椅子にもたれるように腰が降りていた。
あぁ、よかった……よかった、本当に……
何故そう思うのかは自分でもよくわからない、けれどもその時の俺は確かに安堵感で満たされていた。

「ねぇ、お兄ちゃん……エリー、どのくらい寝てたの?」

そんな気分に浸っていた所にエリーはそんな質問を投げかけてきて、俺はハッとして意識を引き戻す。

「てめぇが突然ぶっ倒れたあの日から三日、ってところだな。ったく、ヤエコちゃんもヒューイも心配してたっての」
「そっか、ヤエコとヒューイも……そう、そうだよ!!ねぇ、依頼はどうなったの……!?」

ヤエコちゃんと聞いてそれを思い出したエリーが、焦った声をあげる。俺はそれに、なるべく冷静になりながらも求められた真実を返す。

「……当然、キャンセルだ。てめぇが寝たままじゃ、仕事なんざできる訳ねぇからな」
「あ……そっ、か……そう、だよね……」

落ち込んだ調子になるが、エリーも半ばわかっていたのだろう。それ以上は何も言わず、ただ俯いて黙りこくってしまった。

こいつだって楽しそうにしてたんだ、気持ちもわからなくはねぇ……が、今はいつまでも気づかってる訳にはいかねぇよな。

「なぁ……てめぇは何で、あん時ぶっ倒れた?しかも、そのまま三日は眠ったままなんぞ……その腹の陣と、何か関係あんのか?」
「――っ!!」

思わず、といった調子でエリーは自分の腹を押さえる。けれど、逆にそれは何よりもその陣は今回の件と関係が深い事を証明してもいた。

「あの、こ、これは……その……えっと……」
「…………」

エリーは何かを言おうとする度につっかえて、次に続かない。それでも、こいつがちゃんと口を開くのを少しの間黙って待っていたが……最後には、黙りこくってしまった。
そこで俺は、質問を変えてみることにする。

「……んじゃあ、てめぇはぶっ倒れる前に何であんな事言った?まるで、俺の事を忘れてるみてぇだったけどよ……」
「あ、あれはその……そう、疲れてたの!!すっごく長い詠唱久しぶりだったから、それで……あぅ」
「…………」

明らかな嘘をつこうとしていたエリーだが、俺が少し不機嫌な面をすると速攻で口を閉じる。
どっちも言いたくねぇ、ってか。そういう事なら……

「……てめぇ、またいつかこんな風にぶっ倒れたりはするか?例えば、危険な任務中に突然眠っちまったりとかよ……」
「そ、それは……だ、大丈夫だよ!!大丈夫だから、うん……」

――――――はぁ。

「……わかった。なら、てめぇが病院なんぞいる意味はもうねぇな?よし、さっさと退院すんぞ」
「……え?」

それを聞いて、エリーはきょとんとした表情で俺を見上げた。

「任務に支障はねぇんだろ?じゃあ、それで良い。おら、てめぇも元気ならさっさと出る準備済ませとけ」
「ちょ、ちょっと待って、お兄ちゃん!!」

今度は、慌てて俺の事を止める。それから、おずおずと口を開いた。

「え、えっと……聞かないの?」

エリーにとっても、明らかに根掘り葉掘り聞かれると思っていた事なのだろう。そりゃあ、俺だって興味が無いといやぁ嘘になるけどよ。

「じゃあ聞くが、てめぇは聞いて欲しいのか?」
「そ、それは……うぅん、やだよ」
「なら、別に聞かねぇよ。ただ、またぶっ倒れるような事があっったら冒険者続けるのも厳しくなっからな?二度はないようにしろよ」
「あ――!!そ、それは大丈夫!!エリー、もう二度とあんな風に倒れないから……!!」
「そうかよ。んじゃあ、もう二度とこんな手間かけさせんじゃねぇぞクソガキ」
「うん!!」

さっきまでの沈んだ調子から、すぐに立ち直って明るい笑顔を見せるエリー。
結局、何一つこいつの事はわかんなかったが……この笑顔がまた見れただけでも、充分だよな。
そう思って、今は自分を納得させることにした。


それから、俺達は今後のことを少しだけ話し合って病院を後にした。
とはいえ当然、ユニコーンちゃんは眠ってしまった原因が最後までわからなかったので心配そうにしていたし原因を何度もエリーに尋ねてはいた。が、当の本人が問題ないとピンピンした体調で言うものだから強くは言えなかったようだ。もっとも、「また何かあったら抱え込まずにちゃんと来てくださいね」、ときつく釘を刺されてたけどな。
病院から出る頃にはそろそろ空が暗くなる時間になっていたので、今日は宿で大人しく休んで明日にはこの街を出発する事にする。グランデムの街に、戻ろうと思っているのだ。
一ヶ月という期間をさっさと終わらそうと思っての依頼が中断されてしまっては、わざわざ素人の冒険者と一緒に遠くの街にいる理由もねぇしな。
さて、エリーも戻ってきた事だ。もうそろそろ、ベッドでゆっくり休むとするか……



…………。

「ペンは――あ、あったあった。よし、これで――
『お兄ちゃんへ。
エリーね、ちょっと用事があるから出かけてくるね!!
一日ぐらいで戻ってくるから、お兄ちゃんは宿で待ってて!!』
――――うん、これでいいかな。後はこれを、お兄ちゃんの部屋へ、っと……ん、っしょ……」

ギィィ……

「――誰の部屋へ、その紙きれを持ってくって?」
「ふぁぁ!?お、お兄ちゃん……!?」

扉を開けた瞬間、エリーは大層驚いた声をあげた。
ま、部屋の扉開けた瞬間その脇に俺がいたら無理もねぇ話ではあるが。

「おいおい、今何時だと思ってやがるんだてめぇ。わざわざこんな夜更けに部屋抜け出そうとするなんざ、よっぽど大事な用事か?」
「な、なんで!?お兄ちゃん、なんでこんな時間に……!!」
「……怪しいと思ってたからな、またぶっ倒れねぇか聞いた時のてめぇの態度。『大丈夫』って言ってた割に、その言葉を一瞬躊躇ったろ。何かあんじゃねぇかと思ってたが……当たり、みてぇだな?」
「そ、それだけで……そこまで……」
「……どこ、行こうとしてやがるんだ。てめぇは」

震えて、俯くエリー。俺がエリーの様子に感づいていた事は、衝撃的だったようだが……それでも、俺の追求に対する返事はない。どうやら、よっぽど引けない事であるらしい。

「す、すぐ戻ってくるよ!!そんなに大した事じゃなくて、本当に、すぐだから……!!急なのはわかってるけど、お兄ちゃんがわざわざ気にするような事じゃなくて……!!」
「そういう問題じゃねぇ。そりゃ、てめぇが嫌なら事情を深く聞く気はねぇけどな。だからってよ、またぶっ倒れるかもしれねぇのに『はいそうですか』って放置する訳にはいくかっつー話なんだよ。てめぇ、どれだけ……」

「――――なんで?」

「あん?」

突然、エリーの声の調子が変わる。何かを隠すような、怯えたような声音が……震えながらも、はっきりとしたものに。

「なんで……お兄ちゃんは、そんなにエリーに近づこうとするの?エリーの事、監視しないといけないから……?」
「…………」

投げかけられた疑問に、すぐには答えられなかった。
その問いに対する答えなど……俺自身が一番、わかっていなかったのだから。

そうだ……俺はなんでわざわざ、こんな時間まで起きる様な真似をしてまでコイツを待っていた?

監視?いや、そんなのは関係ねえはずだ。こいつの言うとおり、一日待てばいいだけの話だ。
それとも、当初こいつの面倒を見ると決めた時のように、ほっといたら面倒になると思ったから?いや……こいつの口ぶりからして、そんな事もそうそう起こりはしないだろう。こいつだって、会った当初に比べれば大分常識は身に着けてきている筈だ。

じゃあ、なんで俺は。ここまでこいつに、こだわっているんだ。

例えば……そうだな。俺がこいつの事を、好きになったとか――

「……っだぁぁぁぁぁ!!」
「うぇぇっ!?」

頭の中に浮かんだ想像を振り払いたくて、必死で叫んでいた。
いやいやいやいや!!こんなチビで馬鹿で常識も礼儀もなくて面倒事ばっか持ち込むようなガキだぞ!!俺がそんな奴を好きになんぞ、いくらなんでもそんなわけねぇだろ!!

「あー、くそ!!正直、俺だって何でこんな事聞いてんのかよくわかってねぇよ!!ただ、俺は……!!」

そう思っていたら、言葉は勝手に口から出ていた。
しかし、考え無しに喋っていたせいで、そこで次が続かなくなる。だから、次の言葉は完全に勢い任せの思いつきのはずだった。

「……てめぇの事を、知りてぇんだよ!! だから、てめぇが今からどっか行くってーならついてくぞ、文句あっか!!」

ただそれは、言葉にしてみるとそうなんだと納得できた。嫌なら聞かないと言っておきながら、酷く矛盾しているとは自分でも思う。けれど、放ってしまった言葉はなかった事にはできない。俺は知りたくなってしまったのだ、いつも明るく裏表がないように見えたこいつが隠している物が一体何なのかを。

――そうだよな。理由が何であれ、気になるのは事実なんだ。だったらここでうだうだ悩んでるよか、こいつについていって気持ちをスッキリさせた方が良いってもんだろ。
ただ、俺はそれで良いとしてもエリーは知られる事を嫌がっているのだ。勢いのままついていく、なんぞと言っちまったが流石にこれは無理か……?

しかし、意外な事に返答はすぐにこなかった。

ど、どうしよ……お兄ちゃんが、そんなにエリーの事……
……大丈夫、だよね。どうせ……誰とも会うつもり、ないし……

「……あん?」

エリーは俯いて何かをぶつぶつ呟くが、俺には聞こえない。
俺に言っているのではなく、多分独り言だろう。こいつ、本読んでた時もぶつくさ呟いてたしな……
そして、それさえも終わったエリーが顔を上げる。

「……わかった。ついてくだけなら、いいよ」

渋々、といった様子ながらエリーははっきりとそう言った。

「……え?い、いいのかよ?」
「うん。考えてみたら、大した事じゃなかったもん」
「なら、いいけどよ……」

自分で言っておきながら実際に許可が出るとは思っていなかったので、つい聞き返してしまう。
けれども、やはり俺の聞き間違いではなかったらしい。素直に安心する一方で、拍子抜けする気持ちでもあった。
案外、こいつの隠し事とは関係ねぇ所に行くつもりだったとかか……?

「……そういや、まだ聞いてなかったな。てめぇ、どこ行くつもりだったんだ?」

そう思うと気が楽になり、軽い気持ちで行き先を聞いてみる。
けれど、そんな俺の考えはただの楽観でしかなかったらしい。



「えっとね……サバト。エリーが所属してる、魔女のサバトだよ」



――――――俺はそこで、エリーの過去に深く踏み込む事になるのだから。


15/09/19 20:35更新 / たんがん
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■作者メッセージ
どうも、たんがんです。
連載更新までに一年以上の間が空いてしまいましたが、自分の事を覚えてられる方はいらっしゃいましたでしょうか。
プロットも書かずに見切り発車した結果がこれだよ!!と、いう訳で物語の構成をきっちり考えていたら投稿にえらく時間がかかってしまいました。
まぁ、それ以外にもツイッターで新しい連載立ち上げたりいくつかの同人誌に寄稿したりとかしていたというのはあるのですけれども……あ、その辺りが気になる方はプロフィールに載せているたんがんのツイッター垢までどうぞ(宣伝

さて、物語はついに剣士と魔女の物語の最終章へと突入します。
ルベルが一体何をそこで知り、どんな行動を取るのか。そして、その時エリーは……

月1ペースで投稿なんてこれからもほぼできないとは思いますが、どうかまた投稿した時には目を通していただければ嬉しいです。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。
あ、推敲を手伝ってくれた某氏にも本当に感謝。

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