連載小説
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第四章 番いの儀:魔界バー「月明かり」A
 おれたちが舌が蕩けそうなくらい美味しい料理に舌鼓を打っていると、エリューさんとその夫のヴェルメリオさんが舞台に上がった。
 エリューさんはハート型のベルをした濃紫の笛を、ヴェルメリオさんの手には洋梨を半分に割ったような形をしたギターに似た楽器を手に持っている。また二人で一緒に一つのやや大きめな椅子を持っており、それを舞台の中心に置いた。
 サーナさんがパチンと指を鳴らすと、強く輝く魔宝石に二人がライトアップされる。
「初々しくも濃密なキスを見せてくれたお礼に、私たちの歌をプレゼントしましょう」
「……」
 エリューさんの言葉に相槌を打つかのようにヴェルメリオさんはギターの音色を響かせる。
 ただギターよりも優しい音の響きだった。それにギターにしてはサウンドホールみたいなぽっかり穴がない。竜と騎士と炎のようなを模様を象った透かし彫りはあるけれど。
「そうね、最初はその歌にしましょうか。遠い地にいた二人がこうして出会い、結ばれたのだもの。ぴったりだわ」
「……ねぇ、スワロー。いま口動いてたかな?」
「いや」
 こっそりと尋ねてきた呈におれは首を振る。返事したようには見えなかった。
「もしかしてさっきのギターで返事したのか?」
「えぇ、ギターで?」
 とか言っていたらヴェルメリオさんがギターの弦を弾く。おれに向けられたように錯覚して彼を見ると、確かにおれのことを見据えていた。温厚そうに笑っているけれど、じっとおれを見てくる。怖い。
「この楽器はリュートって言うのよ。ギターに似ているけれど別物」
 エリューさんが答えてくれる。あのギターのようなものはリュートと呼ばれる楽器らしい。……しかし本当に一言も喋らないな、この人。
 二人は大きめの一つの椅子を半分ずつ、お尻の半分と半身をぴったりと密着させて座った。二人の一挙手一投足が互いを想い合えていることを滲ませている。
「かしこまらないで聴いてね。食事をしながら、お酒をいただきながら、二人で会話を楽しみながら聞いて欲しいわ。私たちの歌は古きものに新しきものを見出し、捧げる歌。あなたたちの人生をちょっぴり彩る歌よ」
 そして二人のデュエットが始まった。リュートの入りにエリューさんの笛の音色が重なる。滑らかで柔らかい、聴いていて心地の良い音楽。
 彼女の言ったとおり、聴かせるための歌というよりは何かするときにそっと寄り添うようなバックミュージックのような趣があった。
 優しく耳を震わして、脳裏にこっそりと語りかけてくるような音色。弦の弾く音、ベルからの響音。かすかに聞こえる指使いと息の音が音色の一部に完全になっている。
 そして。
「さぁ彼を探そう。伝えるために。炎のごとく猛る想いを」
 女性のような高い声。が。エリューさんじゃない。口を動かしていたのはヴェルメリオさんの方だった。
「天高く舞い。世界を見下ろす。彼の姿を見つけるまで」
 リュートと笛の音色に合わせ、彼の女性のような声音が紡がれていく。
 見た目とギャップの激しい声音。でも不思議と面白いという感情が湧いてこなかった。
「我が想い人。何処へ行った。切なき想い胸を焦がす。我と出会い牙を交え。剣戟繰り返すその勇姿を。我は想う。再び出会い。お前とまた牙を重ねる日々を」
 想い人を探し、天空を駆けるドラゴン。いつかの日々を再びと望み、再開を望むドラゴンの切ない恋の歌だった。
 彼の歌とリュートと笛の伴奏に胸が不思議と締め付けられる。
「……呈」
「……うん」
 歌を聴きながら、おれは呈と視線を絡めて手を繋いだ。こうして出会えた奇跡。一緒にいられることがとても幸運なのだと気づかされた。
 音色が変わる。エリューさんの笛の音色は悲しく、冷風吹き荒れる大空のようになってしまった。
「飢餓が襲う。嵐が身を裂く。爪は砕け、翼はもがれ。しかし我は往く。彼を求め。たとえこの身が朽ち果てようと。嗚呼もう動かない。地を伏して這いゆくことすら。この想い、叶うことなく」
「……」
 終わるのだろうか。これで終わるのか。ドラゴンの想いは叶わないのか。
「誰だ。貴様は。目ももう見えない。身体は腐り、顔をあげることすらできない」
 ああ。まさか。
 再び音色が変わる。笛の音が、荒野に咲く一輪の花のように、それが一面へと広がっていくかのように温かいものへと変じた。
「竜のこの身を抱く温かい腕。人は畏れ慄くというのに。誰だ貴様は。我を抱くのは」
 掠れたドラゴンの声は問う。しかしすぐに気づいた。
「嗚呼この匂い。この温もり。牙を交え、抱いた想い。忘れることのない貴様との日々。来てくれたのか。見つけてくれたのか。我に手を伸ばすのか。触れてくれるのか。だがこの身は竜。他者を傷つける身体。触れてくれるな、愛しき者よ」
 異種であるが故の拒絶。この日々を望んだはずなのに、しかしもっとも望むのは愛しき人の安寧だった。再び出会えた。それだけで満足だったのだろう。もう散っても良いと思えたのだろう。
 だけど、世界は容易くドラゴンを救う。
「どういうことだ。我が身の変化。貴様と同じ、人の姿。嗚呼抱ける。貴様を抱ける。この身の内へとお前を誘える。この温もりこそ我が求めたもの」
 そしてドラゴンは結ぶ。
「我は望み、そして叶った。お前と身体を重ねる。この日々を――」
 円満の終わりを告げるリュートと笛の音色がバーに響き渡り、歌は終わりを迎えた。
 おれはほとんど無意識のうちに、素敵な歌を披露してくれた二人に拍手を贈っていた。呈もぐすりと涙を、でも悲しいものではなく笑みをたたえながら涙を浮かべていた。
「あら? お食事しながらでも良かったのに」
「……」
 演奏しきったエリューさんとヴェルメリオさんの表情はどこか上気していた。物語のドラゴンたちが結ばれたあとのような、淡い桃色の空気を纏っているように見えた。
「いやいや。あれだけの歌と演奏を聴かされて、他のこととかできないって」
「うん。すごかったです。それに、ドラゴンさん、結ばれてよかった……」
「ふふ、ありがと。いつもは大人の人ばかりに演奏しているから子供相手、しかも二人だけに贈るってのもなかなか乙なものね」
 返事するかのようにヴェルメリオさんがリュートを鳴らす。あぁ、演奏のとき以外は喋らないんだなこの人。
「いつの間にか私たちいないことにされてるわね、ルーナ」
「ふふ、いいじゃありませんか。いい感じに二人きりの世界が作れるようになってきたようですし」
「そうね。ああ、ルーナ。もう少し料理の追加をお願い。やっぱり足りなさそうだわ」
「ええ。育ち盛りの子の食べっぷりは見てて気持ちいいですね」
 一演奏を終えたタイミングでルーナさんが再び調理に差し掛かる。確かにこれだけじゃ足りないけどなんでわかったんだろう。
「さてさて、次は何にしようかしら」
 その後の演奏中、おれたちは不思議と呈との会話が弾んだ。並んでいく料理に手をつけながら、呈と他愛のない話に花を咲かせながらも、不思議と演奏は邪魔にならないし、かといって耳に届いていないわけでもなかった。
 竜と勇者の出会いから騎竜と竜騎士になるまでの成長物語。
 将来を誓い合った少年少女が戦争により引き裂かれるも、少女が竜となって少年の窮地を助け、結ばれる恋物語。
 番い鐘を鳴らすため、天の柱頂上を目指した二人の夫婦の困難を乗り越えていく物語。
「そういえば、番い鐘ってなんなの?」
「あぁ、そういえばまだ説明してなかったな」
 幸いにもこれまでは何度も説明する機会が潰れていてくれてたからな。ただ今回ばかりはそうもいかなさそうだ。サーナさんにバトンタッチしよう。
「呈ちゃんも見たと思うけど天の柱頂上にある二つの大きな鐘が番い鐘よ。夫婦二人一緒に鳴らし合うことで、永遠の愛が誓うのよ。音色はまるで竜の咆哮のような、決してかき消されることのない愛の咆哮なの」
 引き継いでくれたサーナさんがおれに代わって説明してくれる。
「永遠の愛を……」
 すごい興味津々にしているな。うーん。
「もしあなたたちが正式にドラゴニアで夫婦になったのなら行ってみるといいわ。きっと天の柱住まいのワイバーンたちも協力してくれるはずよ」
「番いの儀に鳴らしたりはしないんですか?」
「あれは夫婦になるための儀だもの。まぁ首飾り交換したあとその場のノリで鳴らす子達も多いけどね」
 サーナさんの説明に食い入るように聞く呈。これは半々だな。
 番い鐘の説明を終えたあとも、ヴェルメリオさんたちが紡ぐ物語は続いていた。
 ドラゴンスレイヤーの兄妹が一族復興のためにドラゴニアへ来るも、ドラゴニアの魔力により妹は竜化し、兄は妹を狩らなくてはならなくなり、最終的には妹を狩ること(性的な意味で)にした兄の禁断の物語。
 竜泉郷のはずれに存在すると言われている隠されし秘湯『竜泉秘境』へと辿りつき、その湯を呑み浸ることで絶大な力を持つ竜となった女性が、似た目的で訪れた男と結ばれる、場所が出会いを作る物語。
 果てはプライドの高い奥さんドラゴンにイタズラや罠を仕掛けまくってお灸を据えようと思ったら、どれもエッチな罠になってしまい、発情した奥さんドラゴンが我を失って夫を三日三晩搾り取るというコメディチックな物語まで。
 どれも会話しながら、食事しながらだったのに不思議と耳に入り、記憶に深く刻まれていた。直前まで歌われていた物語をそのまま会話の種にするなど、本当に違和感なく、刷り込まれたかのようにすらすらと話ができる。
 吟遊詩人の歌をまともに聞いたことはこれまでなかったけれど、こうして身を以て聴くと本当にすごいと思わざるを得ない。
 歌にされた物語の中には、始まりの竜騎士ことデル・ロウとそう呼ばれるに至ったドラゲイ革命とドラゴニア建国日の顛末もあった。このドラゴニアにおいて最も有名で人気のあるお話。おれも父さんと母さんから何度も聞かされた、おれも好きな物語だ。
 ただ、そのあとに始めたエリューさんとヴェルメリオさんの歌は一風変わったものだった。ドラゴニアの前身――竜帝国ドラゲイを救った英雄、ではなく竜帝国を治めていた暗愚王ドラゲイ視点での物語だった。
 彼が王となるまでの起こり。腐りきった上層部を排除し、国のためにと王として打ち出した政策の数々。そうして小国であったドラゲイを竜帝国にまで押し上げた手腕。しかしその栄光の影で苦しむこととなった竜と歩民と呼ばれた国民たち。国力を増強するための徹底したドラゲイ王の政治は独裁を極めており、唯一対立していた女貴族ドラグリンデを除いては誰も彼に逆らわなかった。
 語られる彼の悪としての所業。傷つく民と竜たち。彼の幼馴染でもあったドラグリンデを除いて誰も彼を諫めず顔色を窺うばかり。それはドラゲイ王の孤独を、打ち出す政策の暴走を促進させていた。彼は立ち止まれなかった。強い国を作るために、たとえ民が傷つくこととなろうとも。走り続けるしかなかった。
 食事も終わったおれたちは、このときばかりは会話もやめてこの物語に聞き入っていた。
 そして起こった暗愚王にとっての悲劇。ドラゲイ革命。ただの道具でしかなかった竜たちが、革命を起こした張本人であるデル・ロウを救うために大群となって飛来した、ドラゲイ王にとっては悪夢のような出来事。そして――。
 そこで物語は終わった。
「そのあとドラゲイ王はどうなったの?」
「この先の物語はまた次、君たちに演奏する機会にしましょう」
 あるんだ、この先の物語。
「これは宿題。次会うまでにこの物語について考えてきて」
「考える?」
「思ったこと、感じたこと。なんでもいいの。でもいますぐ言葉にするんじゃなくて、帰ったあときちんと頭でそして隣にいる人と一緒に話し合って考えてみて。……ふふ、そこまで深く考えなくてもいいわ」
 唸りそうになったおれをエリューさんが止めてくれる。でも、そうは言われてもね。
「でも、この物語はきっとあなたたち二人にとっても良い物語になるはずよ。そう心に留めておいてくれると、私たちは嬉しいわ」
 ポシェットから取り出した布でマウスピースを拭き取り、笛の唾抜きをしながらにこりと笑うエリューさん。いや、この暗いお話がおれたちのどうためになるのか甚だ疑問なんだけど。
 とか思っていると呈がおれの肩にこてんと頭を預けた。隣の人と話し合って考える。つまりは呈と。帰ってからとは言うものの、呈のいまの感想を聞いてみたいとも思った。
 だから、呈の顔を見て唖然とした。
「んにゅぁあ〜、スワロ〜、んふふふふふ〜」
 顔が真っ赤だった。ついでに言うと呈のトレードマークとまで言えるあの白い耳まで朱が差していた。
 そして気づく。呈の前に並ぶカクテルグラスの数々。ゆうに十杯は超える量のグラスを開けていた。最後は歌に夢中で全然気付かなかった。
「ごめんなさい、スワローくんの食べっぷりみたいにあまりにも良い飲みっぷりだったから……つい、張り切って色々なカクテル出しちゃった」
 片目を瞑って(瞑ってない片目は前髪で隠れている)、舌をぺろりと出して笑うサーナさん。絶対確信犯でしょ、この人。
「むにゃぁ〜、スワロ〜、身体熱くて〜服脱ぎたいのぉ、ねぇ脱がしてぇ」
 おれにしなだれかかってくる呈。アルコールの匂いが呈の魅了の吐息に混ざって鼻腔をくすぐってくる。このままくんずほぐれずしたい気持ちは天の柱よりも高いけど、さすがに酔いすぎだ!
 ていうか脱ぎたがるって何呑ませたの!?
「ちなみに最後に呑んでもらったのは、たったいま考案した、まといの野菜カクテル(仮)よ。酒言葉は『私をひん剥いて』」
 この人絶対悪乗りしてるッ!
「これを呑ませたら、『よいではないか〜よいではないか〜』って言いながら着物の帯を引っ張って、くるくるほどくのがジパング流よ――お下劣な顔でね!」
「できるか!」
 ていうかジパングにそんな文化あるのかよ! ヤマトナデシコの国じゃないのかよ!
「だーもう」
 さすがにこうなった呈を放っておけない。エリューさんとヴェルメリオさんの演奏もちょうど終わったことだし、いい時間のはずだ。おれはサーナさんに提示された料理の金額を支払う。確かにとても安かった。お酒料金も入っているのに逆鱗亭と大差ない。
「よっ、と」
 もう表情がとろんとろんになった呈をおれは背負う。完全に力が抜けているので今朝背負ったときよりも遥かに重いけど、背負えないほどでは全くない。尾を引きずることになるかと思ったが、幸い呈はおれの腰から胸にかけてぐるぐると巻きつけてきたのでその心配はなし。ちょっと歩きにくいけど。
「料理、ごちそうさまでした。お酒も初めてだけど美味しかったよ。良い経験できたし、楽しかった」
「ええ。私たちも楽しい時間だったわ」
「いつでも二人で遊びに来てくださいね、お酒も料理もいっぱい用意して待ってますから」
「まだ準備中だったのに悪かったね。しかもあんなに安く」
「先ほども言いましたように、あなたたちの濃密なキスという形でお代をいただきましたから」
「新作の実験だ……もとい試飲にも協力してもらえたしね。もう少し度数弱めて、まといの野菜成分を増やさないといけないかしら」
 つまるところ、おれがこれ以上気にする必要はないらしい。まぁ色々あったけど得したのは確かだ。
「エリューさん、ヴェルメリオさん、すごい演奏ありがとう。本当に物語の中に入っているみたいだったし、どんなことしてても物語が鮮明に頭に入ってきて面白かったよ。いままで吟遊詩人に興味なかったのが勿体なかったよ」
「……」
 ヴェルメリオさんがリュートを鳴らす。どこか照れがあるように聞こえたのは気のせいだろうか。
「ふふ、興味を持ってくれたなら、今度グランドワームの巣にある吟遊詩人ギルドに来てね。一緒に歌いましょう。二人一緒に加入してくれたら嬉しいわ」
「か、考えとくよ」
 そこまでの気持ちで言ったわけじゃなかったんだけどな。まぁそういうのは抜きで一度地下に行ってみるのもいいかもしれない。おれ自身行ったことないし。
「宿題、考えておいてね」
「……」
 どこかおれの真意を見透かすような目。エリューさんだけじゃない。サーナさんやルーナさんもどこか似た視線を向けてきていた。
「ん。うん。じゃあ、ごちそうさまでした」
 あとで呈にも言わないとな。途中から酔ってて頭に入ってないだろうし。
 いやもしかしたら酩酊状態でもあの歌だけは覚えているかもしれないけど。
 おれは呈を抱え、もう一度四人に頭を下げて店をあとにした。なかなかクセのありそう人たちだったけど、また来たいと思えるいい場所だった。ただ、実験台になるのは躱せるよう呈に目を光らせないとな。
 昼だと薄暗いだけの竜の寝床横丁も、空は暗闇に染まっていた。カップルや夫婦、一人身の男を誘うための宿や店の灯りが妖しく光っている。
 昼過ぎの入店からかなりの時間居座っていたらしい。曲をあれだけ聴いていたのだから当然と言えば当然だけど、全然時間経過を感じさせなかったな。それだけ楽しかったということだろう。
「アリィ〜。また一人、夫を得てしまった〜私はずっと独り身なんだ〜うわ〜おめでとう〜」
「羨むのか嘆くのか祝うのか一つにしていただきたい。まだ酒も入ってないというのに」
「これでお酒が入ったら大変ね、頑張ってね、団長サマ」
「なっ。お、お前こそ夫持ちのくせに参加するのだからきちんと相手をして差し上げ――」
「アリィ〜」
「うわっ、熱い熱い! 炎全開で抱きつかないでください!」
 何やら後ろで聞きなれたような気もする声が聞こえたけど、多分気のせいだろう。あの嘆き声が我らが女王さまのものであるはずがない。
 竜翼通りに出た。呈も完全に潰れてしまっているし、今日はこのまま家に帰って寝よう。
「スワロー……」
「ん?」
 肩に顎を載せている呈の顔を見る。目を瞑っていて寝てしまっていた。多分寝言だ。夢の中でもおれがいるのか? そうだとしたら、少し、いやかなり嬉しい。
「ぼくも……ぼくも、一緒に」
 ただその次に続けた呈の言葉は、おれののぼせ上がった頭に冷水をぶっかける程度には衝撃的だった。
「天の柱に、一緒に登りたいよ……」
「……」
 やってくれたなぁ、サーナさん。いや、結局いつかはこうなるかもしれないと思っていたけど。
 どうしたものかな。
 雲のない、星の海が広がる夜空を見上げ、おれは白い息を吐きだした。

 魔界バー「月明かり」。サーナは店をあとにした二人の少年少女の後ろ姿を思い出しながら、ふぅと息をついた。
「リムさんの言うとおりなかなか警戒心が強いわね。うぅん、でも警戒してはなかったように見えたのだけれど」
「サーナ。まといの野菜カクテルはスワローくんに出したんですよね?」
「ええ。心奥の鎧も脱がせて素直にさせる効果も持たせてあったんだけど。いつの間にか呈ちゃんに渡されてたわ。あの分だと無意識に避けたのかしら?」
 腕を組んで、うんうん唸るサーナ。
 仲が良いのは確か。付き合いは短いが信頼し合っているのも確か。今後、二人が無事結ばれることになるのも確かだった。たとえ天変地異が起ころうともだ。
 しかし、まだ肉体で結ばれてないだけに、一度ぶつかる可能性があることをサーナは危惧していた。
「まぁそれはそれでいいのだけれど」
「でも心配ですねぇ」
 お節介かもしれないという自覚はあったが、サーナもルーナもカップルたちには常に仲良くいてほしいと願っていた。二人が出すお酒はそのためにあると言っても過言ではない。男女を結び、より親密に、特別なひとときを、果ては永遠の時を彩るものとして、この場所はあるのだ。
「スワローくんたちのこともいいけれど、そろそろ女王たちがいらっしゃるんじゃないかしら?」
 エリューの一声。彼女たちの「月明かり」訪問も、このあとここで開かれる女竜会を彩るための楽士としての依頼を受けてのことだった。実を言うとスワローを「月明かり」へ誘ったのも、演奏の腕ならしをするためであった。とは言え手を抜いたつもりは微塵もない。いま出せる最高の演奏を披露したとエリューは自負している。
「いけない、もうそろそろ時間ね。ルーナ、食器の片付けお願い」
「ええ。サーナは店先を。……今日の女竜会は荒れそうですね」
 女竜会というのは竜騎士団第零特殊部隊、通称「イーリス隊」を中心に独り身の騎竜たちが集う会のこと。今日はそこに女王デオノーラも加わる。今日開かれた理由は番いの儀があったからに他ならない。そんな女王の相手をするため、今日ばかりは何人か独り身でない竜も混じっている。主に愚痴受け担当と早く相手を見つけさせるための煽り担当である。如何せん、女王は責任感が強いため自身のことを疎かにする傾向があったため自然とこうなった。効果のほどは定かではないが。
「独り身の男性は来てくれるでしょうか?」
「ちょっと難しいんじゃないかしら。皆あらかた発情した娘たちに捕まってるでしょ」
「……まぁ、ですよねぇ」
 番いの儀があったばかりですもの、とルーナは嘆息するが、すぐさまいけないと落ち込んだ気分を振り払った。いついかなるときもお客様は笑顔で出向かねばならないのだ。
 そんな彼女たち三人の会話を聞きながらヴェルメリオはリュートを軽く弾き鳴らした。
 このあとに訪れる未婚の竜たちに、幸多き春が訪れることを願って。
 そして――。
「「「「「とりあえずカシドラでー!」」」」」
 ――そして女竜たちの決まり文句が入店とともに響き渡る。
 カシドラベリーの酒言葉は「恋への勇気」。
 奥手な竜たちは恋を夢見る。
 一杯のカクテルが、グラス一杯の勇気が、熱き恋へと繋がることを信じて。
 今日も今日とて夜は更ける。
17/03/11 22:36更新 / ヤンデレラ
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■作者メッセージ
呈とスワローは二十歳未満ですが、人間ではない上に人間の作った酒でもないので飲酒しても全く問題ありません。ですが人間で二十歳未満の飲酒はダメ、ゼッタイ。

今回で第四章は終了。物語経過時間二日。予想以上に伸びてしまったけど一区切り。次から物語後半です。
それではまた次回。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33