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第10章 白蛇の独り言 前編
何度も頭を撫でる温かい感触…。
優しいその手触りに私は目を覚ましました。

あら?一体なんでしょう?とっても心地良いですが…。
まだ未明と思われる暗い部屋の中です。
寝ぼけまなこで様子を伺えば、誰かが私の頭を撫でて下さっています。

 うふふっ…。
 
いうまでもありませんね。犯人は佑人さんです。
佑人さんは私の蛇体に巻かれながら、いい子いい子するかのように愛撫して下さっているのです。
普段は私が佑人さんをなでなでする事が多いのですが…。もちろんそれは当然の事です。
佑人さんは食べちゃいたいぐらい可愛いのですから、なでたくなってもそれは仕方がないのです。

食べちゃいたいではなくて、実際佑人さんの事はいつも大変おいしく頂いているのですが…

まあそれはともかく、今日はいつもとは逆ですね。
佑人さんの優しい愛撫は心が和みます。
私の頭を撫でるだけではなく、髪を手に取って梳いたり、時々頬をつんつんしたりもします。
これは気持ちいいですね〜。お互い気の済むまで寝たふりしていましょうか。

そう思った矢先、佑人さんに私の肩を抱かれました。
あっ。と思う間もなく私の唇に触れる柔らかい感触…
その感触は何度も何度も私の唇をついばむように吸い続けます。
間違いないです。佑人さんは私に隠れてこっそりキスを繰り返しているのです。

もう…。佑人さんはいけない悪戯っ子です。

わざわざ隠れてしなくてもちゅーなんて、もちろん他にもしたい事は全部させてあげますのに…。
私は思わず苦笑しそうになりながら、佑人さんの接吻を受け入れ続けました。
暫くの間、じっとして佑人さんの柔らかい唇を味わいましたが…
でも。それも限界です。私はとうとう笑いが我慢できなくなりました。

「こら〜。佑人さん。こんな夜中に一体何しているんですか〜。」

私は声をあげると佑人さんをしっかりと抱きしめます。蛇体で優しくも隙間なく拘束します。
佑人さんは驚いたのでしょう。変な声をあげてびくりと体を震わせました。
そんな姿もまた大変可愛らしくて良いのです…。

 「あ…あの有妃ちゃん…。起きていたの?」
 
申し訳なさそうにそっと問いかける佑人さんに、わたしは満面の笑みを見せました。

 「はいっ。佑人さんが私をなでなでして下さっていた時からずっと起きていましたよ〜。」

 「おこしちゃってごめん…。でも、有妃ちゃんの寝顔見るのも久しぶりだったし…それに、とっても可愛かったからつい………。」

まあっ!とっても嬉しいお言葉です!
嬉しいのですが少々恥ずかしくて、私の顔が赤く染まっていくのが分かります。 
佑人さんのこういった所も素敵です。

「いやですよぉ…。恥ずかしいじゃないですか。でも、ありがとうございます!お礼に佑人さんもなでなでしちゃいますね!」

恥ずかしそうに俯く佑人さんを安心させる様に、私も佑人さんの頭をいい子いい子してあげます。
それを何度も繰り返してあげます。反対の手では背中をぽんぽんと優しく叩いてあげます。
幼児を慰める様な仕草ですが、佑人さんはこうされるのがとっても大好きなのです。
佑人さんはほっとした様なため息を着いて、ぎゅっと私を抱きしめて下さいました。
そのまま胸に顔を埋めて脱力して、ただ恍惚としたご様子です。

あらあら…。本当にいつも甘えんぼさんです。でも佑人さん。赤ちゃんみたいで可愛いですよ…。

その姿を眺めていると強い庇護欲が湧き出てきます。
胸がきゅんと締め付けられるような愛おしさが抑えきれません。
ああ。佑人さんをこのままずっと永遠に甘えさせてあげたい…。
もし望まれるのなら、私が佑人さんのお母さんにでもお姉ちゃんにでもなりましょう!

私達と離れて暮らしていらっしゃるお義母さん…
お嫁に行かれて魔物になられたお義姉さん…
佑人さんは内心寂しいはずです。私が皆さんになり代わって思う存分可愛がりましょう!

妹…は年齢的に厳しいでしょうか?実は私、佑人さんよりも結構年上なのです…
あ…そうそう。バフォメットさんの例がありました!
旦那様よりも遥かに年上なのに、「兄上」「お兄様」と呼ばれるバフォメットさんは多いです。
それなら佑人さんを「おにいちゃんっ!」って呼んでも全然問題はないはずですね。
私は佑人さんのお嫁さんで妹でお姉ちゃんでお母さんで…うふふふっ。素敵ですねぇ………

















やだっ!恥ずかしい…。いったい私ったら何を。
頭の中の妄想が爆発しそうになった私ですが、ふと気が付きました。

毎晩私は佑人さんを抱きしめて、蛇体布団で甘く包み込んであげます。
そうして寝かしつけてあげると、朝までぐっすりとお休みいただけるのです。
なのに今日は途中で目が覚めてしまわれました。珍しい事です。一体何かあったのでしょうか…。

「ね…。佑人さん。大丈夫ですか?寝付けませんでしたか?」

不安を隠せずに尋ねる私に、佑人さんは微笑みを返して下さいました。

「大丈夫!恥ずかしい話だけど…ちょっと怖い夢を見ちゃって。」

「怖い夢…ですか?」

「うん。悪霊に襲われる夢を見ちゃって。ははっ…。かっこ悪いよね…。そんな事で有妃ちゃんに甘えちゃうなんて。」

冗談めかして笑う佑人さんです。
恥ずかしいところを見られちゃったな。とでもおっしゃりたいような様子です。
私はそんな佑人さんの目をじっと見つめ続けましたが…。

どうやらこれは嘘………ですね。何度も言っていますよ佑人さん。私に嘘は通じませんと…。
わざわざ隠すなんて、もしかしてエロい女の夢でも見ちゃいました?

声の調子や響き。視線や微妙な筋肉の動き。他にも人間の方には絶対わからない雰囲気。
それらで私は佑人さんの事はなんでもわかってしまうのです。今も明らかに嘘を付かれています。
だったら不愉快ですねぇ。まあでも…たかが夢の事でおしおきするのは可哀そうです…。
そのかわり淫らな夢は二度と見ないように、徹底的に搾り取って差し上げましょう!

………そのつもりでしたが、どうやら違いますね。
注意を凝らすと、佑人さんの心の奥にある不安が見て取れます。

悪霊の夢なんてもっともらしい事をおっしゃっていますが…もっと深刻なのでしょう。
余計な心配を掛けたくない佑人さんはあえて嘘を付いているのです。
最愛のひとの悲しい気遣いに私はため息を着きました。

「佑人さん。お悩みはないですか…。本当はその事を夢に見てしまったのではないですか…。
私はいつだって佑人さんの味方なんですよ…。なんでもお話してください。ね…。」

労わりの想いを込めて私は佑人さんに話かけます。
はっとしで私を見つめる佑人さんでしたが、やがておずおずと語りだしました。

「あの…有妃ちゃん。これからもずっと俺のそばにいてくれるよね…。」

「はい?もちろんそれは当然の事ですが…。」

意外なお言葉にあっけにとられてしまう私です。

「俺はこんな人間だけど、有妃ちゃんが望むことはなんでもするから…。」

思わず佑人さんを見つめましたが、まるで子供が母親に哀願するかの様な眼差しです。
どこにも行かないでと私に訴えかける佑人さんです。
一体どんな夢を見たのかはわかりません。

でも…この愛しいお方にこんな悲しいお顔をさせてはいけない!
私は衝動的に佑人さんの頭を胸に抱いて叫んでいました。

「佑人さん!あたりまえじゃないですか!私があなたから離れるなんて…そんな事するぐらいなら私は死にますっ!」

「有妃ちゃん……。笑わない?」

なおも不安そうな上目使いの佑人さんです。私は安心させる様に微笑みました。

「佑人さんがつらい思いをなさっているのに、そんな失礼な事は致しません!」

「うん。あのね………」

佑人さんはほっと一息つくとお話して下さいました。
なんでも私が佑人さんに愛想を尽かして、家を出ていってしまった夢を見たとの事です。
目が覚めても不安で怖くて、それでつい私に甘えるような事をしてしまったと。
ほんとうに俺は情けないなあ、佑人さんはそう言って切なく笑いました。

まったくもう…。佑人さんったら…。
つられて笑おうとする私に、佑人さんは真面目な顔でお話を続けました。

「有妃ちゃんはこんなに優しくて美人さんだから、きっとすごくモテたんだろうね…。俺なんか足元にも及ばない様な素敵な男に告白されたりとか…。
でも、俺は有妃ちゃんといると癒されるし気持ちが落ち着く。とっても幸せになれるんだ。有妃ちゃんもそうであって欲しいと思うけど…。
ううん。違うよね!君がそう思えるように頑張るから!だから、お願い………。」

「佑人さん…」

佑人さんは吶々と語り終えると、決意を込めた眼差しで私を見つめました。
憂いを含んだその瞳に私は言葉を無くします………

社会人時代。私は空気を読むという事を全くしません(出来なかった?)でした。
まあ、基本的には変人として敬遠されていたという自覚はあります。
それでもこんな私の事を気に入って下さったのでしょうか?
部下や同僚、取引先の方からお付き合いしたいと言われた事は何度かあります。

皆さん私などにはもったいないほど素晴らしい方達でしたが、丁重にお断りしました。
私の正体が白蛇である事を隠していたかった…。その事もあります。
でも、それ以上に確信めいた思いがあったのです。

あの方達は私だけを必要としていない。別に相手が私でなくともよいのだと…。

窮極的にあの方たちは、それぞれの立派な目的の為に生きていらっしゃいました。
私の事は高い目的に比べれば、二の次三の次だったのだと間違いなく言えます。
対して私はお互いの事だけを大切にして求めあう。そんな男の方を欲していたのです…。
その後会社を辞めてのんきな日々を送ることになりましたが、結局私は独り身のままでした。

しばらく後に友人の桃里さんから佑人さんを紹介されたのですが…。その時直感しました。
ああ!このお方こそ私が求めていた御方だ!
この方なら私と、そして私が与えるものだけを心から求めて下さると…。

















いけませんね。また妄想にふけってしまいました…。
佑人さんは不安な様子でじっとわたしをご覧になっています。
ごめんなさい佑人さん…。つらい思いをさせてしまって。

「ご安心を!私こそもう佑人さんが居ないとダメなんですよ〜。逆に佑人さんが嫌だって言っても絶対逃がしませんからね…。」

私は優しく笑って佑人さんを安心させようとします。渾身の想いを込めて耳元で語りかけます。

「有妃ちゃん。ありがとう…。何度も言っているけど俺、君にふさわしい男になるよ!」

佑人さんは目を潤ませると私の手を握りました。少し険しい顔つきです。
そのお気持ちは嬉しいです…。とても有難いです。
やっぱり佑人さんでよかった…。心からそう思います。

でも、違うんです。そうじゃないんです。
佑人さんはそんな無理をしなくてもいいのです…。
私の為に大変な思いはしなくていいんです…。

私は申し訳ない気持ちが抑えきれずに、佑人さんをぎゅっと抱きしめてあげます。

「ごめんなさい佑人さん!私があなたの苦しいお気持ちに気が付かなくて。でもお願いです。無理をしようするのは止めて下さい!」

 「ううん…。わかっているんだ。俺って全然…」

言葉を続けようとされる佑人さんですが、私は強引に割り込みます。

「もう…。それ以上は言ってはいけませんっ!私こそ何度も言っています。今の佑人さんが私にとって一番ふさわしいのですよ。あなたは私の理想のお方…。素晴らしいお方なのです。」

私は蛇体で巻き付き、佑人さんを包み込みます。
これ以上悲しい思いを抱かれないように、甘く優しく抱きしめてあげます。
何度もそっと愛撫して額にキスしてあげます。

「ん…。有妃ちゃん…。気持ちいいよぉ。」

良かった…。落ち着かれたようです。佑人さんは穏やかな表情で身を委ねて下さいました。

「ですよね。とっても気持ちいですよね…。嬉しいです。佑人さんが私に抱っこされて、気持ち良く幸せになって頂ければ…そうすれば私もとっても幸せなのですから…。」

私は嘘偽らざる本心を口にしました。
そうです…。今の佑人さんはとっても素晴らしい理想のお方です…。

だって、素直で穏やかでいつも私の話を聞いてくれて、ずっと私だけを見つめて下さいます。
私といると心が安らいで幸せになれるから、ずっとそばに居たいとおっしゃってくれます。
いつも幼児みたいに甘えて、ひたすら私だけを頼ってくれます。
私と一緒に平和で閉じた日々を過ごすのを、何よりの喜びとして下さいます。

わたしがいないとだめなゆうとさんでいてくれます……… 

ああ!こんな事絶対に佑人さんには言えません!
私の事を想って、必死に向上心を持とうとされてくれている佑人さんには…。
佑人さんに初めてお会いしたとき、この事をぽろっと口にして不快にさせてしまいました。
これ以上佑人さんを傷つけるような事は間違っても口にはできません。

でも、わかって下さい…。所詮私も白蛇なのです。
愛する旦那様が私だけを見つめて、絶対的に依存して下さるのが何よりの願いなのです。
佑人さんが成長されて、私だけを必要とされなくなるのが何より恐ろしいのです。

甘えんぼの駄目な佑人さんでいて欲しい…いいえ!本当はもっと駄目になって欲しいのです!

佑人さん。以前私が言った事は本心ですよ。
将来私たちの間に生まれる子供も佑人さんも、二人とも私が育てたい。
佑人さんも私の赤ちゃんのように、なんでもお世話してあげたい。
私だけを求める赤ん坊のように、いつまでも無垢な佑人さんでいて欲しい。

そうすれば私はこの上ない幸福感に包まれるでしょうから。
あの時は一生懸命頑張ろうとされる佑人さんが可哀そうで誤魔化してしまいましたが…。

無論頼り切りの状態では、私に万が一の事があった時、佑人さんが困ってしまいます。
それでは余りにも哀れですので、わざわざネクロマンシーの術を習得いたしました。
私が死を迎えた瞬間、ゴーストとなって佑人さんのもとに現れるでしょう。
逆に佑人さんに不測の事態が起こっても同じ事です。

私たちは死ですら分かつことが出来ない、永遠の愛の日々を送る事になるのですが…
でもこれも佑人さんにはまだナイショにしておきましょう。
わざわざ変なことを言って怖がらせたくはありませんので…。





















17/03/12 22:56更新 / 近藤無内
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■作者メッセージ
お久しぶりです。前回からもうひと月以上経ってしまいました…。
ほんとうにあっという間なのですが、こんなこと言うと年がバレますね(笑)

そういえば有妃視点での話は今まで全くありませんでした。
連載終了まで一回は挑戦したかったのでこのお話です。

今回もご覧頂きありがとうございます。

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