連載小説
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TAKE18.1  万引き犯とBad police.
 無料特殊休憩所を後にした後も、雄喜と真希奈の善会町観光は滞りなく華やかに続いていった。


「お待ちどうっ、当店名物『ティラノの足跡化石カレー』だぜっ!」
「うわぁ、すっごいこれ。ほんとに足跡の形になってますよ」
「ええ、まさに圧巻ですね。実際に米が恐竜に踏みつけられたかのような……」

 空腹感を覚えた二人が昼食をとるべく立ち寄ったのは、町の西側に佇むカレー店『ダイナ荘』。
 中年インキュバスの獣神(ししがみ)烈樟(レックス)がサラマンダーの妻サウラと共に経営する同店は、店名から分かる通り恐竜や古代生物を意識した内装やメニューが何よりの特徴と言えた。
 中でも空腹の二人が注文した『ティラノの足跡化石カレー』は『ダイナ荘』創業当初から存在する同店の看板メニューであり、大皿へ敷き詰めた白飯に作られた"恐竜の足跡型の窪み"にカレールウを流し込んだ、シンプルながらも特徴的な見た目をしていた。

「すげーだろぉ? 自信作なんだぜ、それっ」
「店持てるって時、こいつ真っ先に『恐竜っぽい店やりたい』って言い出してなぁ。
 あたしも恐竜好きだったし、なら店の名前や見た目も恐竜感出してこーぜってんで話が進んでってよ。『ダイナ荘』って店名もこいつが2秒で閃いたんだぜ?」
「勢いで考えたら案外しっくり来ちまってて自分でもびっくりしたもんだ。けどメニュー何出すかで悩んじまってなー」
「あたしに言わせりゃこいつの作るもんはカレーに限らず天下一品だから普通のでいいだろって思ってたんだが、そこで妥協しねーのがウチの旦那の一流たる所以よ」
「よせやい照れるぜぇっへへへへぇ〜」
「仲がよろしいことで……確かお二人は以前働いていた飲食店で出会われたんでしたっけ?」
「おうよ。隣の流走(ながしり)町にある『龍井食堂』でな。俺は厨房、サウラは接客をやってたんだ」
「そんでまー、そん時からちょくちょくつるんでたりしててよ。気づいたら結婚しちまってたわ」
「き、気付いたら結婚、って……そんなっ」
「驚くかい? まあ驚くだろうな。だが魔物なんて存外そんなもんだぜ?」
「なんなら出会い頭に本番ぶちかましてそのままゴールインてのもザラだからなー」


 陽気で豪放磊落な獣神夫妻との会話に花を咲かせつつ昼食を済ませた二人は『ダイナ荘』を後にした。


「いやっはぁ〜美味しかったぁ〜」
「驚くほどの絶品でしたね。割引券をくれた無料特殊休憩所の方には感謝してもしきれないくらいです。
 さて、次はどこに行きますかね」
「ん〜……お腹膨れましたし、どこかでゆっくりしたいですねー」
「同感です。確か無料特殊休憩所で貰ったチケットの中にそんな感じの施設で使えるヤツがあったはz――
「邪魔だ邪魔だ邪魔だッ! 退け退け退けェ―ィ!」
「ぬおっ!?」「うっわ!?」

 怒号、そして突風。
 人々で賑わう繁華街を猛スピードで駆け抜けるそれは、不良青年の駆るマウンテンバイクであった。

「〜〜あっぶなァ!? 何あれ、自転車? 轢かれるかと思った……」
「……車両での通行が禁止されている区画をあんな猛スピードで堂々と……
 盗人猛々しいとはこのことか。マキさん、怪我はありませんか?」
「一応大丈夫ですけど、ユウさんは?」
「傷一つありません。奴を仕留め損なったって心残りならありますがね」
「……あ、あんまり変な事しないで下さいね?
 ただでさえ前回派手な騒ぎ起こしちゃってるわけですし……」
「ええ、まあ……あいつはそのままほっとけば自滅しそうですし大丈夫でしょう」
「ほんとかなぁ……」
 かくして二人が気を取り直し、次なる目的地へ向かおうと歩き出したその時……

「どこ行ったあの野郎ォォォォォォォ!」
「ピョギィ―! 次こそ絶対捕まえたるピョギィィィィィ!」


 先程マウンテンバイクが走って来た方向から現れたのは、酷く慌てた様子の男女二人組。
 揃いも揃ってラフな身なりの若い男と赤い羽毛のセイレーン……二人はその姿に見覚えがあった。
(あれって、駄菓子屋の……)
(駒木根店長のお孫さんと、バイトの鳥居さんだな……一体どうしたんだ?)
 揃いも揃って疲労困憊で気が立っているらしい二人に話しかけるのは気が引けたが、世話になった二人に恩義がないわけでもない。困っているなら助けるべきだろう。そう思って話を聞いてみると……

「「万引き犯?」」
「そうなんだよ! もう何度もやられててさぁ!」
「被害総額がとんでもないことになってるピョギ!」
「駄菓子屋で万引き……カネのないクソガキの悪行がそんな甚大な損害になるとは到底思えないんですがねぇ」
「ユウさん言い方ァ! 言葉選びましょうよ!
 ……でも確かに実際『れいん望』の商品って大抵100円もしないようなのばっかりですよね?
 度々盗まれてるにしてもそんな血眼になって追いかけるのは大袈裟っていうか、
 言っちゃ何ですけどお店側にも問題あるんじゃないですか?」

 真希奈の言い分は至極一般的と言えた。だが……

「……はぁぁぁぁ〜! 悲しき認識の差! この話するとみんなそう言うんだよ!
 『あんな安物盗まれたって大した損害じゃないじゃん』
 『稼げてるんだから問題ないだろ』って!」
「その口ぶりからすると、冗談抜きにとんでもない被害みたいですね……」
「なんかすみません……」
「謝る必要はないピョギ。悪いのはあの万引き野郎ピョギ」
「全くだよ。あの野郎、お客が居てもお構いなしに店に突っ込んできてさ、飴も煎餅もスナックもみんな箱ごと盗んでくんだ!
 店は壊すしお客には怪我さすし何ならお客に暴力振るうし自転車乗りながら盗んだ駄菓子食べてゴミ撒き散らすし!」
「所かまわず危険運転しまくるしで、何なら他所の店に被害が及ぶのも時間の問題ピョギ!」
「っていうか実際、いつぞやなんてその所為で本屋の三重さんがヒスってマジで死人出かけたからね!?
 あの時は俺とセっつぁんだけじゃどうにもならなかったから、レっさん夫婦とライ姉さん、仁熊ちゃん、あとカエサルにも手伝って貰って必死で止めたけどマジ辛かった……」
「しかもあと一歩って所で空気読めねー金毘羅バカ四兄妹の所為でとんでもねーことになったし、ありゃ冗談抜きに地獄だったピョギ……
 特に長男のアツキとかいう害悪! あいつ次会ったらぜってー許さねえピョギ!」
「セっつぁんセっつぁん、落ち着こうか。俺もあいつらは確かに気に食わないけど害悪って程じゃないし……。
 まあともあれこんな感じでさ、とにかくあいつの被害はヤバさ全開で……」
「それだけ酷いなら警察に任せた方がいいんじゃないですか?」
「無理だね! 他所はどうか知らないけど善会町の警察なんてアテにできないよ!」
「と言うと?」
「何がどうなってんだかこの辺を担当してる警察官は全員魔物、それも未婚処女で男に変な夢ばっか見てる脳筋のアホばっかピョギ」
「だからみんなあいつに騙されて見逃しちゃうんだ!
 見え透いた嘘や適当な言い訳でも全部信じ込んで『事情あっての悪事なら見逃してやるのが正義というものだ』なんて言ってさ!
 しかもうちの町長が警視庁にその事訴えてもまともに相手にしてくれないし!
 何なら元ヤクザの黒渦興業の方がよっぽど町の為に頑張ってるとかはっきり言って異常でしょ!?」
「あいつらマジ使えねーピョギ! 税金返せピョギ!」

 カイトとセツコの話を聞いた二人は思った。
 これはもう、自分たちが一肌脱ぐ以外にないだろう、と。

「……駒木根さん、鳥居さん。その万引き犯ってのはどんなヤツなんです?」
「名前とか特徴とか、なんでもいいんで私達に教えて貰えませんか?」
「え、教えるって……まあ、別にいいケド」
「まさかあいつを捕まえる気かピョギ?」
「いけませんかね、部外者が町の為にひと肌脱ぐのは」
「私たち、この町の住民じゃないですし、来て少ししか経ってませんけど……
 それでもここが凄く素敵な町だってことは理解できてるつもりです」
「そしてそんな素晴らしい町の素晴らしい店を荒らすような輩は許しちゃおけない。
 これでも腕っ節には幾らか自身がありましてね。
 そいつを活かして駄菓子と無料特殊休憩所の恩返しができるなら安いもんですよ」
「うーん……町を愛する男としては、観光客を危険な目に遭わすのはちょっと……」
「お気持ちはわかりますが、今のご時世観光地で危険な目に遭わない方が珍しい……
 というか、ただの万引き暴走族程度、僕にとっちゃ危険の内に入りませんわ」
「いやオメーん中の観光はどうなってんだピョギ……
 つかそっちのでっかいねーちゃんは彼氏の巻き添え喰らって大丈夫ピョギか?」
「か、かれッ、し……!」

 予想外の恋仲扱いに、真希奈は動揺する。確かにお互い愛し合っていると言えば愛し合っているし、性行為とて何度もしてきたのだから恋仲と言って差し支えないだろう。
 だがそれでも正式に想いを伝え合った確証もないなら、果たして自分は彼の恋人を名乗る資格などないのではないか……乳牛の女優はそんな風に思っていたのである。
 『魔物娘なら一度セックスしたらそれでもう恋仲どころか夫婦みたいなもんだろ』って?
 まあそうかもしれんけど、蜂とかの例もあるし一応ね……?


「――……そ、そうですね! まあ私もこう見えて頑丈なので!
 なんとかなるかなーって感じですかねぇ〜!」
「なーんか、今一アテにできなさそうピョギな……
 カイト、どうするピョギ? こいつらに任すピョギか?」
「うーん……確かに俺らじゃあいつ捕まえるのほぼ無理だし、
 なんかよくわかんないけどお兄さんたちならこの事件をパパっと解決してくれそうな気もする……
 けどやっぱり観光客を危険な目に遭わせるのはなぁ〜」
「そこまで言うほどとは……その万引き犯とやらはそこまで恐ろしいヤツなんですか?」
「いんやぁ〜、本人がおっかねーかつーとそれほどでもねーピョギ。
 問題は警察の奴らピョギ。下手すると万引き野郎どころかそいつらまで襲ってくる可能性があるピョギ」
「……そんなことってあります? そうは言っても一応警察官ですよね?」
「そうだよセッつぁん。幾らあいつらがバカだからってそんなアウト全開な汚職なんてするわけないじゃん」
「……男日照りに精神病んだ魔物をナメちゃいけねーピョギ。
 毒蝶の檻事件や口縄事件、黒豚軍団事件を忘れたかピョギ?」
「〜〜〜〜ッッッ……思い出したくなかった。
 ていうかあいつらほどバカだとは考えたくないけど、まあそういう可能性も考慮しなきゃかぁ……」
「というわけで頼むピョギ。無理そうだったら諦めてくれて構わねーピョギ。
 多分まだそう遠くへは行ってない筈ピョギ」
「ええ、わかりました。全力を尽くしましょう」
(……とは言ったものの大丈夫かなあ)

 かくして二人は悪名高い万引き犯を捕まえるべく行動を開始した。

 そして……


「漸く追い詰めたぞ……」
「流石のあんたでも、もう逃げらんないよねぇ?」
「チィ、クソッ! まさかこの俺が、こんなよそ者どもにっ!」

 町外れにある人気のない空き地にて、雄喜と真希奈は件の万引き犯――奇しくもそれは少し前に二人を轢きかけたマウンテンバイクの男と同一人物であった――を追い詰める。

「よそ者、ねえ……まるで自分が町民かのような口ぶりだな、那珂群ァ」
「あぁん!? 何わけのわからねえ事言ってやがる!
 俺ァれっきとした善会の町民だろうが!」

 雄喜を口汚く罵る派手な身なりの若い男は、名を那珂群由歌(なかむらゆうた)といった。
 派手なマウンテンバイクを乗り回しては定期的に駄菓子屋『れいん望』を襲撃し、店を破壊しながら大量の商品を略奪していく、悪名高き"万引き犯"である
 (『最早それは万引き犯通り越して強盗なんじゃないか』とか思ったあなたは決して間違っていない)。

「ただの泥棒の癖してやけに偉そうだなぁ……これがほんとの『盗人猛々しい』かな?」
「おいテメェ牛乳女ァ! 今俺のことなんつった!?
 "ただの泥棒"だと!? この俺をただのコソ泥とぬかしやがるか!
 善会町を……ひいてはこの国を背負って立つ運命にある、未来の革命家であるこの俺をーっ!」
「「……」」

 雄喜と真希奈は絶句した。
 この暴走族の出来損ないじみた男はいきなり一体何を言い出すのか。
 正直なんと返せばいいのかまるでわからない。二人は沈黙するしかなかった。

「ヘッ! ビビって何も言い返せねえってか!
 口だきゃ達者な雑魚庶民どもが、ここに来て漸く俺とお前らの間にある決定的な差を思い知ったようだなぁ!
 ま、てめぇらァ俺とは持って生まれたもんが違い過ぎっから?
 ギリギリまで気付けねーのも無理はねーんだろーけどなー!」

 対する那珂群はそんな二人の心中など知る由もなく状況を身勝手に曲解し更に調子付くばかり。

「ま、所詮学歴持ちなんてそんなもんだよなぁ!
 どうせお前ら、バカ正直に義務教育で貴重な青春無駄にしたクチだろ?
 高校行ってんなら尚滑稽、大学ともなりゃ目も当てらんねーぜ!」
「「……」」
「その点俺はお前らとは違う! 俺ぁ気付いたんだ! 学校ってもんの無意味さに!
 学校ってのは結局、ただ上の奴らに使われる操り人形を量産する装置に過ぎねえって事にな!
 そして俺は学校に行くのをやめた! 意味がねえからだ!
 親父は俺の背中を押してくれた!
 『お前は真理に到達した。天下を取り革命を起こすのはお前だ』と俺を認めてくれたんだ!
 お袋と姉貴、妹どもはそんな俺と親父に嫌気がさして逃げてったが知ったことか!
 俺はこの社会を変える!
 呪われたこの世界を変える革命家になるん
 ば ぼ げ っ ! ?

 那珂群による冗長な"演説"は、顔面に投げつけられた石礫により中断された。

「黙れ、チンピラ」

 石を投げた張本人である雄喜は、鼻血を垂らし倒れ込む那珂群を睨み付け言い放つ。

「こちらが下手に出てやっているからと調子に乗りやがる。
 学校にも行かず何をしてきたんだか知らんが、無意味な御託をダラダラと……」
「大物ぶって偉そうに言ってるけど、結局それって不登校の言い訳でしょ?
 こう言っちゃなんだけど、不登校だった過去って恥じこそすれ誇るべきものじゃないんじゃない?」
「っぶ、ぐ、てめえ! ナメやがってっ……!」
「それと……"学校は社会的強者に操られる傀儡(くぐつ)の量産装置"だと?
 確かにそうかもしれんが……お前、まさか自分が傀儡に優る存在だとでも思っているのか?
 確かな歴史と伝統のある、由緒正しき芸術品である傀儡より、
 自転車で暴走しながら盗んだ駄菓子の食いカスを散らかすだけの、
 " 革 命 家 気 取 り " のお前が優れていると?

 ……

 笑わせんなよ人間、ナメてんのはお前の方だろうがっ
「……けっ、何を言ってくるかと思やそんなことか」
「何?」
「やっぱ学校なんぞで青春無駄にしたような奴らじゃダメだなぁ、知能が足りてねえ。
 まず俺ァ駄菓子を盗んでなんかいねぇ、貰ってやってんだよ!
 俺は革命家ンなる男……革命にゃ修行が必要だ。
 んで修行にゃカネがかかる。
 俺は真面目で向上心のある男でよぉ、有り金は全部修行に使っちまうのさ……
 そりゃもう、飯代も削る程になぁ!」
「だから盗むの? その修行とやらで散財し過ぎてご飯代もないから? それって滑稽だよねぇ」
「盗んでねぇつってんだろデカ乳女!
 てめー、乳にばっか栄養行き過ぎて頭もろくに動かせねーのか?
 てめーこそ滑稽だ  ぼ げ っ ! ? 

 真希奈を口汚く罵る那珂群の顔面に、再び石が飛来する。

「……サバトにすら見捨てられる無能ロリコンクソ野郎みたいな事抜かしてんじゃねえよ、盗人が。
 例え何と言おうとお前のやってることはただの窃盗だ。
 『革命家になるための修業に金がかかるから食費がない』?
  知らねえんだよ、そんなことは。
 飯代ぐらい稼ぎの中から確保しとけ。
 飯代がないなら炊き出し探すなり鉄塔か何かに住み着いて自給自足でもしてろ。
 それかもっと働けよ、なあ」
「ぶっ、ぐぐっ……やろ、お……!」
「然るべき相手に対価を払い経済を回す……即ち等価交換は資本主義社会の大原則だろうが。
 その程度の当たり前のことすらできない奴が革命家になって社会を変えるだと?
 なんだお前、正気じゃないな……寝言言ってるわけでもなさそうだ。
 とすると……酔ってんのか? それともラリってんのか?
 酔ってるんなら酔い覚ましをくれてやる。
 ラリってんならクスリの名を言え、それこそ警察に突き出してやっからさぁ……
 さあどっちだ? 言えよ」
「……ッッ! 下級国民風情が調子乗りやがって……!」
「下級国民って……言っちゃ悪いけど私たちが下級ならあんたも下級なんじゃないの?」
「うるせぇ乳デカ女! 俺は革命家になる男だぞ!
 それに俺の親父だって業界でその名を知らぬ者はいねえ大物心理カウンセラーなんだよ!
 信じらんねぇなら今ここで検索かけてみろ!
 親父のベストセラーの通販ページが幾つも出てくっからよぉ!」
「……ああ、確かに出て来たな。お前の親父……那珂群由紀夫(なかむらゆきお)だろ? 著書はスペードブックスの『逃げることは悪くない〜逃げたもの勝ちの成功法則〜』……」
「そうだ! なんだよてめー、庶民でもちったあ使えるヤツじゃねーか! どうだ、これでわかったろうが! 俺はてめーらとは違う、上級国民なんだってことg――
「お前の親父の本、全く売れてないけど」
「っ!?」
「えっ、そんな売れてないなんてことあります?
 だって革命家になる上級国民の父親で、息子がベストセラーって断言してるのにでs――うっわ、ホントに全く売れてないじゃないですかこれ」
「しかもレビュー欄が地獄……高得点のレビュー、一割くらい皮肉であとはどう見てもサクラですよこれ……」
「っっ!?」
「あと出版社の著者紹介ページも酷いですよほら」
「えーっと何々……

 『中卒の元暴走族で校則違反を繰り返す。
 卒業後就職するも問題を起こしまくり40回以上の転職と15回以上の引っ越しを余儀なくされる。
 その後「救済の摂理」に入会、反魔物派の最前線で活躍するものの「ナニガシの変」に前後しての同教団の弱体化を期に退会。
 以後は人魔共存社会に貢献したいとの思いから心理カウンセラーとして活動』

 ……あんまり言いたくありませんけどこの人お世辞にも立派とは言えないのでは?」
「まあ少なくとも上級国民ではないでしょうねぇ。
 とは言え、親がどうであれ子が立派ならそいつ自身は評価されるべきでしょう」
「寧ろ親がダメならダメなほど相対的に子の立派さが引き立つ?」
「その通り。然しあれでは……」
「ああー……」
「なんだテメェらその雨ん中捨てられた子犬を見るような憐れんだ目は!?
 やめろこの野郎! そんな目で俺を見るんじゃねぇ!」
「「……」」
「やめろこのよそ者下級国民どもぉぉっ!
 チキショウ、こうなりゃ奥の手だ! あいつらを呼ぶしかねーようだなぁ!?」
「あいつら」「って……」
「へっ、よそ者のお前らは知らねーだろうな!
 いいぜ、教えてやる! 聞いて驚け下級国民ども!
 この俺、那珂群由歌様はなぁ〜この町を仕切ってる警官どもをっ、

 飼 い 慣 ら し て ん の よ ぉ ! 」

 由歌の口から飛び出したのは、予想外のとんでもない発言であった。

「飼い……」「慣らしてるぅ?」
「おうよ! この街を守ってる警官どもは漏れなく魔物!
 しかも揃いも揃ってツラと腕っ節以外これと言った取り柄もねえアホ脳筋のバカばかり!
 挙動から察して男を知らねえばかりか変な幻想まで抱いてやがる!
 適当吹き込んでエサの一つでもちらつかせりゃ、それだけで俺の為に何でもしてくれちまってよぉ……
 いやぁ、護衛どころか犯罪までもみ消してくれる体のいい金ヅルたあ、我乍らいい道具を手に入れたもんだぜぇっへっへっへっへぇ!」
(ダメだこいつ……)(もう救いようがない……)

 呆れて言い返す気も失せる二人を尻目に、調子付いた由歌はスマートフォンの画面をタップしていく。

「さあ準備完了ォ、っと! すぐにでも俺に忠実な奴隷どもがやってくるぜぇ!?
 逃げようなんて思わねえこった! たかが人間如きが奴らから逃げられわけねーんだからなぁ!」

 刹那、由歌に呼びつけられたらしい魔物の警官たちが現れた。
 数は全部で8人。由歌が『アホ脳筋のバカ』と称した通り過半数以上が怪力で知られる種族で占められていた。

「よぉ〜くぞ! よくぞ来てくれた親愛なる法の番人たちよ!
 いきなり呼び出して悪かったな……俺は今超絶追い詰められているっ、あの下級国民どもにっ!
 さあ頼むぜ諸君! 俺のため、そして市井のために、奴らに裁きを下してやってくれっ! 頼むッ!」

 どの口が言うか。
 つい先程まで散々愚弄していた癖に、いざ当人たちを前にするとこれである。
 というか幾ら男に飢えた魔物娘でもそんな雑な言葉で動くわけがないだろう。警官たちと相対する雄喜と真希奈は、戦闘に備え身構えつつもそう思っていたのだが……

「……セレーネ」
「畏まりました」

 この警官たちは動いた。
 ちょうど由歌の近くに降り立ったヴァンパイアの指示を受けたオートマトンのセレーネは、懐から銀色の警棒を抜き、屈むような独特の構えを取る。

(うっわ、魔界銀製じゃん……)
(ただの警棒ならまだしも、スタンロッドの可能性も捨てきれん以上は……)

「おぉ、セレーネぇ! お前の警棒捌きが見られるとはなぁ!
 こいつぁ楽しみだぜ! さあ、存分にやっちまいな!」
「了解、ミスター……お言葉通り、存分にやらせて頂きます」
(来るなら)(来いっ!)

 あのオートマトン、腐っても警官を任される以上只者ではないだろう。
 そう直感で悟った二人は、熾烈な猛攻に備え気を引き締め猛攻に備えるのだが……

「イヤァッ!」
「ぉグワアーッ!?」
「えっ」「ちょっ」
「Switch,ON」
「グワア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーッ!」
「「はぁー!?」」

 直後繰り広げられたのは、異様な光景であった。
 セレーネは手にした魔界銀製スタンロッドで事も在ろうに由歌の肛門を勢いよく貫いたばかりか、そのままボタンを押し放電したのである。
 結果、由歌は形容しがたい状態で再起不能となり、尻からスタンロッドのグリップを生やしたまま俯せに倒れ込む醜態を曝すこととなる。

「ぁっぱば、くっび……て、てめ……セレー、ネ……何、しやがっ、だ……」
「これが貴方様への我々の答えということですよ、ミスター」
「な……ああ……?」
「ダメだダメだ! セレーネ、お前の言い方じゃ伝わらねえよ!」

 割って入って来たのは、リーダー格と思しきドラゴンの右隣に佇むミノタウロスであった。
 曰く"警官八人衆の参謀"を自称するその名はミューズ。肩書に反してどうあがいても参謀らしからぬ彼女の語る所によれば……

「ゆうたくん! ゆうたくんよぉ! てめー、今までオレらを騙してやがったらしいなぁ!?
 『ツラと腕っ節以外取り柄がねえ』だの『アホ脳筋』だのと散々言ってくれてんじゃねーか!
 人間男性サマが全くナメたこと抜かしてくれやがるぜぇ!」
「ぁ……てめ、ミューズ……」
「おーおーおー、"なんでそれを知ってんだ"って口ぶりだなぁ?
 簡単な話さ、盗聴器だよ! オレぁ実は前々からてめーが怪しいんじゃねーかと踏んでてなぁ、盗聴器でてめーの正体を探ろうと考えたのさ!
 そんでつい一時間前、マーレスに命令しててめーに盗聴器をひっつけボロ出すタイミングを狙ってたのよ!
 まあ、エールパイセンやエースパイセン、パッションなんかはてめーに裏なんざねえとギリギリまで信じて疑わなかったんだが……
 ついさっきのアレを聞いちまったらもう、なあ?」
「由歌よ、今まで我々にかけてくれた言葉は全て嘘だったのだな」
「アタイと一緒にドラゴニアのテッペン獲ろうって話もっ」
「俺様と家庭を持って子沢山の大家族で魔界のビッグ●ディになるって話も……」
「吾輩をアイドルとしてプロデュースするという話も!」
「全ては出任せ、と……そういうことなんでしょう?
 ……これって、詐欺罪ですよぉ?」

 化けの皮が一気に剥がれた由歌を、不良警官たちは問い詰める。

「ま、待て! 待ってくれっ! それは違う、違うんだ! 俺じゃない!
 あの言葉は俺の本心じゃないんだ! 全ては親父に仕組まれた罠であってっ!
 俺は親父の操り人形なんだよぉ!」
「"親父"たぁ、心理カウンセラーの那珂群由紀夫センセの事かのう?」
「ああそうだ! 那珂群由紀夫!
 全部あの低学歴のチンピラポンコツ腐れバブルが仕組んだことなんだ!
 俺はあいつの傀儡なん――「Switch,ON」
「アバア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーッ!?」

 セレーネによる遠隔操作により、由歌の尻に突き刺さったスタンロッドが再び放電。
 悶絶した由歌は意識を失いかけるが、怒れる魔物娘たちがそれを許す筈もない。

「ぁ……アバ……ア゛……」
「ゆうたくぅーん、ゆうたくんよぉ〜? ウソついちゃいけねぇなぁー!
 てめーの親父は那珂群由紀夫じゃねぇし、何なら那珂群由歌ってのも偽名なんだろぉ〜?」
「そこに関しても怪しいんで調べさせて貰った!
 てめーが那珂群由歌を騙って方々で悪さしてんのはお見通しなんだぜぇ!?
 なんでそんな奴を騙ったんだかは見当もつかねーがなぁ!」
「そも、今はそんなことはどうでもよいのだがな……。
 貴様が誰の息子であり、何者であろうと我々には関係ないことだ」
「ぁ? あ、あんだっれぇ……? ろーゆこったぁ?」
「……セレーネ、説明してやれ」
「畏まりました。
 単刀直入に申し上げましょう。
 ミスター、本日より貴方には我々八人の"だんな様"になって頂きます」
「な、なん、らとぉ……?」
「"だんな様"である貴方のやることは至ってシンプル。
 "夫として我々を等しく愛し、その務めを果たすこと"のみ……
 よって我々の要求は例外なく呑まねばなりませんし、
 我々の命令には決して逆らってはなりません。
 貴方は我々の支配下に置かれ、我々に全てを管理されるのです。
 貴方がどう生き、どう死ぬか……衣食住から一挙手一投足全てが我々次第ということです。
 とは言え、魔物娘の夫となる以上貴方は死にたくとも死ねなくなる運命が確定しておりますけれど。

 所謂『生殺与奪の権を握られている』というヤツですね。
 ただ、我々としては生殺与奪の権よりも貴方の男根や睾丸を握って揉み扱きたい所ですが……。

 さて、ここまで私の話を聞かれたのであれば当然お分かりでしょうが、
 当然貴方に拒否権などありません。
 至極当たり前の、分かり切ったことですがね。
 だってそうでしょう?
 貴方は今まで我々を散々利用してきたのですから……
 我々は貴方の為に働いて来たのです。
 であれば今度は貴方が我々に利用され、
 貴方が我々の為に働く番であるのは必然の道理なのですよ。
 おわかりですね、"だんな様"?」
「あ……ああ……!」

 冷静に淡々と述べていくセレーネの様子は、控え目に言って狂気じみていた。
 ともすれば当然、相対する由歌――どうやら本名は別にあるらしいが、ここでは割愛する――の顔も恐怖に歪み……

「ぁだ……やだ……いやだ! 嫌だあっ!
 俺はそんな、そんな自由のねえ暮らしなんてしたくねえっ!
 た、助けっ、助けてくれぇっ!
 お願いだ頼む、カネを返せってんなら幾らでも作るし、
 男寄越せってんならその辺から幾らでも集めてやる!
 あんたらの望むことなら何だってする!
 だから頼む、俺から自由を奪うことだけは……
 そんな人間としての尊厳を根こそぎ奪われるよーな、
 堕落しきった地獄みてーな生活だけは勘弁してくれぇっ!
 俺は誇り高く自由に、好きなことだけして楽に生きたいんだ!
 結婚なんて真っ平御免だ! 義務も責任も背負いたくねえんだよ!
 今までこき使った件は謝る! 都合よく動かしたくてウソついてたんだすまねぇ!
 罪を償えってんなら何やってでも償う!
 だから俺を自由に―― 「Switch,ON」 ――しビャアバア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーッ!?」

 泣きじゃくりながら許しを請う由歌は、肛門と内臓に無情な放電を受け三度悶えてよがり狂う。
 魔物娘の電撃を再現しうる魔界銀製スタンロッドなので当然ダメージは性的刺激に変換される。
 結果、由歌は一秒に最低三回は絶頂しうるほどの強烈な快感に苛まれていた。

「……『何をやってでも罪を償う』だと?」
「なんとも殊勝な心掛けだ。流石は我らが"だんな様"よ……」
「であればやることなど一つと決まっておろうに……」
「……なってくれよ、俺様達の"だんな様"によぉ〜」
「それがキミにできる唯一の償いなんだよなぁ……」
「ァ……アバ……サ……サヨ、ナ……」

 かくして駄菓子屋『れいん望』を長きに渡り苦しめた万引き犯こと"偽"・那珂群由歌は再起不能に陥り、彼の掲げていた革命家の夢は完全に潰えることとなる。
 腐敗した公僕と癒着してまで暴虐の限りを尽くし、町民を苦しめた犯罪者を仕留めたのが、被害者から頼みを受けた"腕に覚えがある観光客"ではなく、事も在ろうに加害者側である筈の"腐敗した公僕"であるのは何たる皮肉であろうか。
 しかも仕留めた動機が『正義に目覚め改心したから』ではなく『裏切りに腹を立てたから』な辺り益々どうしようもない。

("とりあえず一件落着"で、いいのかなぁ……)
(……とりあえず警察でも呼んどくか?
 といって、奴らも一応警察だが……)

 流れから取り残されたまま立ち去るタイミングも逃した二人の役者。
 最早完全に蚊帳の外果たしてここからどう動くべきかと頭を抱えたその時……事態は当事者全員にとって予想外の展開を迎えることとなる。
21/07/29 21:20更新 / 蠱毒成長中
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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33