連載小説
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36.Vampire's affection
エトナとシロ、二人が並んで正座。
その前にいるのは、ゲヌアの町長にして『一人軍隊』の異名を持つ、デューク。

「お前ら・・・確かに人払いしとくとは言ったけどよ・・・」
「・・・はい」
「・・・あぁ」



「こんなとこで半日もサカってんじゃねーよ!!!!!」



流石に、ヤりすぎた。
ここはあくまで、ゲヌアの司令室であり、宿屋でも何でもない。
日付はとうに変わり、今は既に昼下がりの頃。
二人が占拠するには、長すぎた。

「部屋はあるんだから帰ってからやれよ・・・色々臭うしよ・・・」
「・・・本当に、ごめんなさい」
「全部アタシが悪い。暴れすぎた」
「エトナさんは悪くないです! 元はと言えば僕がしっかりしてれば・・・」
「いやアタシが悪いんだっての! 分別ついてりゃこんなことにはなってねぇ!」
「違いますよ! 僕が悪いんです!」
「違ぇよ! アタシが悪いんだ!」
「僕が!」
「アタシが!」
「お前ら」
「・・・ごめんなさい」
「・・・ごめん」

どちらが悪いかという前に、こうなったことの謝罪。
それが何よりするべきだということに関して、二人の見解は一致した。



その日の夕方。
教団軍を追い返したゲヌアは、いつもに増して活気に溢れていた。

「オラ飲めや! 食えや! 歌えやー!
 年に一度の大盤振る舞い、思いっきり味わえよお前らー!」

今回の戦争に参加した兵士や、街の人々を集め、デュークは大宴会を開いた。
勿論、エトナとシロも招かれている。

「一先ずケリがついた。まだこれからゴタゴタあるだろうけど、どうとでもなる。
 色々あるけど、とりあえず賠償協定締結しねぇとな。金なんていらねぇけど、
 教団の力落とす為に、出来るだけふんだくりたいとこだな」
「今回の感じを見ると、金貨2万枚は固いでしょう。交渉で3万枚にどれだけ近づくか、
 といった所ではないでしょうか」
「交渉場の用心棒に、と思ったが、町長さんなら大丈夫か。
 あれだけボコボコにしたんだし、流石にそれを忘れるほどは馬鹿じゃねーだろ」
「ん。ま、馬鹿さ加減で言えば、この俺のいるゲヌアに攻め込んできたって時点で大概だがな!」

破顔一笑。屋内なのでパンツ一丁。
一仕事終えた後のその姿は、いかにも楽しげであった。

そして、シロは思う。

「エトナさん」
「何だ?」
「・・・本当に、ありがとうございます。僕も、自分の気持ちにケリがつきました。
 まだ全然足りませんけど・・・少しだけ、贖罪ができたのでしょうか」
「・・・シロ」

彼は、どこまでも誠実で、どこまでも馬鹿。
存在しない罪を償おうとし、この戦いでの功績を持ってしても、それは完璧ではないと言う。

エトナは、複雑な気持ちになっていた。
自分がずっと隣にいても、シロと色々な場所に赴き、色々なものを見せ、色々なことを経験させても、
未だシロの心の中には、罪の幻影が残っている。深くつけられた傷跡は、消せそうに無い。

「・・・なぁ、シロ」
「・・・はい」
「シロは悪くない。それは今まで何度も言ってきた。それでも足りないって言うならさ。
 シロの背負ってるもの、半分アタシにくれよ」
「えっ?」
「不安・・・いや、嫌なんだろ? 全部捨てちまうのが。だけどさ、一人で抱え込むなよ。
 アタシが側にいるんだからさ、苦しいこととか、辛いこととか、全部半分にしようぜ。
 それとも、アタシじゃ頼りないか?」
「そんな訳・・・!」

ふわりと、包まれる。
幾度も身体を重ねることで、力を入れ過ぎず、柔らかく抱きしめる感覚を、エトナは覚えた。

「アタシは、シロの全部が好きなんだ。自分が悪いって思い込んじまうことが変えられないなら、
 せめて、アタシに寄越して半分こにしてくれよ。それくらい、いいだろ?」
「・・・エトナ、さん・・・」

シロは、少し変わっている。それなら、かける言葉も変えるべきと考え、至った答え。
結果として、それは最も正解に近いと言えるものだった。

「・・・いいんですか?」
「遠慮するな。辛いことは半分にして、嬉しいことや楽しいことは2倍にする。
 そういうことが出来るのが、恋人だろ?」
「・・・ごめんなさい」
「それは違うな。謝る必要なんてねぇんだから」
「・・・ありがとうございます」
「んー・・・ま、今の所はそれでいっか。
 じゃ、そうと決めたら、この宴会楽しもうぜ!」
「・・・はい!」

初めて出会った頃よりは、幾分か心を溶かすことはできた。
それなら、後はそれを少しずつ、少しずつ、重ねていけばいい。
焦ることなく、少しずつ、シロの心を溶かしていけばいい。
改めて、エトナは思い直した。

そして、二人の会話に一区切りついたのを見て。

「何があったか知らねぇけどよ、辛気臭い顔すんな!
 大丈夫だ。俺なんかお前の何倍も生きてんだ。その分後ろ暗ぇことも山ほどある!
 明るいトコも暗いトコもあるから、人生楽しいんだよ! 
 とりあえず、笑っとけ!」

そう言って、デュークはシロの背中をバシッと叩く。
気合注入、というには些か強かったが、幸い怪我に至るほどの力ではなかった。

「いいか、嫌なことがあった時は笑え。キツいときにこそ笑え。
 笑いは力、笑いは元気、笑いは活力だ。笑っときゃ、大抵のことはどうにかなる。
 見てろよ? ・・・わっはっはっはっは!!!!!」

突然、デュークは大笑いしだした。
口を大きく開け、顔以外にも表情が現れたかのように、笑う。

「ほらシロ。お前も」
「えっと・・・あはは・・・」
「違う! こう! わっはっはっはっは!!!!!」
「あはは・・・はは・・・」
「もっと元気に! エトナ、お前もやってみろ!」
「おう! ・・・わっはっはっはっは!!!!!」
「いいじゃねぇか! わーっはっはっはっは!!!!!!」
「あはは・・・」

大笑いする二人に挟まれて、乾いた笑いしか出せない。
それでも、先程まで考えていたことがちっぽけなことに思えてきたので、
『笑いの力』は確かなものだな、と感じたシロであった。



「兄貴ー! 姉御ー!」
「クラックさん、どうも」

宴会には、クラックも参加していた。
彼もこの戦争中、傭兵として戦い、いくらかの教団兵を蹴散らしていた。
また、イリスの計画も事前に知っていたらしく、事が上手くいかなかった時は、
二人に全てを話すように任されていたらしい。

「あれ、イリスはいねぇのか?」
「あいつの居場所、俺くらいしか知りませんしね。それにヒッキーですし。
 そもそも仮に招かれたとして、性格的に来ると思います?」
「あぁ、成程。200%来る訳ねぇ」
「今夕方ですけど、下手したら普通に寝てるまでありますからね」
「・・・あ、でも伝言。『いつでもいいから、滞在中にこっちに来なさい』と」
「この宴会の後にでも行きますか?」
「俺は構わねぇっすけど、姉御は?」
「アタシも別にいいぞ」
「うし決まり。終わったら連れてきますね」
「頼んだ。じゃ、それまでは思いっきり楽しもうぜ!」
「僕も・・・今は全てを忘れていたいです」
「そのまま忘れとけ。ほら、飲み物注いでやるよ」
「ありがとうございます」

二人の姿を見て、クラックは数日前のことを思い返す。

(・・・兄貴と姉御には、本当に助けられたな。
 俺自身どころか、この街まで。それに比べて俺は何やってんだか。
 ま、腐ってるのは時間の無駄だ。俺も少しでも強くならねぇとな)

最悪の出会いにも関わらず、暖かく接してくれた。
その恩義は、必ず返す。

真っ直ぐな心を持つ、クラック。
二人が楽しげに飲み食いをする姿を見ながら、シャンパンを口に含んだ。



(・・・あれ、注ぐって言われたけど、エトナさん、自分のグラスに注いでるな)
「よし。んぐっ・・・んっ」
「んんっ!?」
「ブーーーッ!?」

目の前で行われた口移しの衝撃で、全てを霧状に放出したが。



「紅い・・・」
「『鮮魚が臭い』」
「それ鮮度低いから!」
「ツッコむところ違うと思います」

地下室、イリスの部屋。
この場にいる4人の関係は、軽口を叩ける位にはなっていた。

「色々世話になった。ありがとよ」
「貰える物を貰えれば、仕事はキッチリこなすから。それが私のルール」
「仕事以外もキッチリしてくれりゃ、俺も楽・・・」
「脳に血が行き過ぎてるみたいね、ちょっと抜く?」
「よせ。共倒れだ」
(仲いいな)
(仲良しですね)

エトナとシロ、イリスとクラック。
愛する者との二人旅、凸凹コンビの情報稼業。
形は異なれど、繋ぐ関係は非常に深いことに変わりない。

「で、何かあるんだろ?」
「えぇ。貴方達二人なら、教えてもいいって思えたから」
「・・・?」

そして、それには及ばずとも、信頼できると思った相手。
そうであれば、不必要な障壁は取り除くべき。

「アイリス・クルス。それが私の本当の名前よ」

『信頼できる関係であることを伝える』
本当の名前を晒すリスクに対して、リターンは存在しないが、それでもいい。
アイリスにとって、名を知られぬまま別れることは、それでも避けたいことだった。

「・・・頭文字取っただけか」
「普段はもっと分かりにくいのにしてるけどね。
 クラックが連れて来たなら、信頼できると思って」
「本当にありがとうございました、イ・・・アイリスさん」
「ふふっ、どういたしまして。・・・ところで二人とも、まだ時間はある?」
「はい、この後は部屋に戻るぐらいなので」
「ん。それじゃ、ちょっとそこに立ってて。・・・クラック、こっちに来なさい」
「何だ?」
「これだけははっきり伝えたいから、妙な言い方はしない。そのまま言うわ。
 一度しか言わないから、よく聞きなさい」

いつになく、神妙な面持ちのアイリス。
普段の妖艶さや、人を小馬鹿にするような態度も消え失せ、
纏う雰囲気は、明らかにいつもとは異なる、真剣なものになっていた。

「・・・これが、最初で最後。しっかり聞きなさい」

唇の震えを、口を強く閉じることで強引に押さえ込み、
その反動を使うようにして、開いた喉奥から。



「この私、アイリスと・・・け、結婚してくだしゃ・・・下さい」

つかえながらではあるが、求婚の言葉が紡ぎ出された。



「・・・はぁ!?」
「でっ、答えは!? こんだけ恥ずかしい思いしたんだから、OKしなさいよ!?
 断ったらアンタを殺して私も死ぬから!」
「どういう求婚だよ!? 迫り方違うだろ!?」
「男なんだからつべこべ言わない! はいかYESか喜んでかこんな俺で良ければか、
 さっさと言いなさい!」
「それ実質一択じゃねーか!?」
「一択に決まってるじゃない! ほら3、2、1…」
「あーこの野郎!!!」



「俺もお前が大好きだ! 嫁に来いやドチクショウがーーーーー!!!!!」



アイリスが初めて、ストレートな言葉で伝えた想いは、
クラックの叫びによって、届いたことが証明された。

「・・・聞いたわね?」
「あぁ、しっかりと」
「えぇ、はっきりと」
「あっ・・・」

この場に居合わせた、二人の証人も含めて。



「こっ恥ずかしいな畜生・・・何でわざわざ兄貴と姉御の前でやったんだよ・・・」
「クラック、私の稼業は何?」
「情報屋だろ?」
「そう。そして今日からあなたの稼業でもあるわ」
「ハァ!?」
「嫌なら断ってもいいわ。前衛的なオブジェになれる仕事を斡旋してあげる」
「お前なぁ・・・まぁ、言われなくても断らねぇよ。そんな気が全く無かった訳でもねぇし」
「ありがと。つまり、私とあなたはこれから、その存在と正体を安易に知られちゃいけない。
 ギルドに登録されてる個人情報も、私がどうにかする。3年もすれば、忘れ去られる。
 でも、誰かには知ってもらいたい。そう考えた時、信頼できるのはこの二人だと思って。
 エトナとシロには、これからずっと覚えてもらうわ。
 ・・・この街の地下にいる情報屋のヴァンパイアが、人間の男と結婚したということを」

盛大な結婚式など、上げる訳にはいかない。
日の当たらない、裏側の世界を生きるということは、表の常識を全て捨て去ることと同義。

それでも、二人の婚約を知っている、誰かが欲しかった。
全てを捨て切れなかったアイリスの、恐らく最初で最後の願い。
『情報屋』としての自分より、『女』としての自分を優先させた、らしくない事。

そこまで言い終えて、アイリスは普段の妖艶で、怪しげな雰囲気に戻った。

「感謝なさい。この私の信頼に値する人間は二人目。魔物は初めてよ」
「何が感謝だ。・・・それについては別だが、ありがとよ。教団蹴散らしてくれて。
 シロにやらかしたことは、あん時の一発で帳消しってことにしてやる」
「色々と、ありがとうございました」

ニカっと笑うエトナと、体を半分に折り曲げるくらいに深く頭を下げるシロ。
この街で二人が得たものは、大きな情報と、情報屋からの信頼。

「・・・兄貴、姉御。俺、二人のこと一生忘れません。
 だから、俺とアイリスのことも、忘れないで下さい」
「忘れる訳ねぇっての。安心しろ」
「忘れる訳ないですよ。こんなに素敵で、お似合いな二人のことなんて」
「・・・本当、ありがとうございます。じゃ、送りますね」
「近くに来たら、またいらっしゃい。依頼なら、少しくらいはまけてあげるから」

列席者、わずかに二人。籍も入れない、短い結婚式。
それを見届け、シロとエトナは、部屋へと戻っていった。






その数分後。
二人を送り届け、地下室に戻って来たクラックは、聞かずにはいられなかった。

「兄貴とヤッたのか?」
「・・・美味しそうだったから、つい」

案の定という、諦観と呆れ。自分以外の男に靡いたという、屈辱と怒り。
様々な感情が複雑に入り混じる中、努めて冷静に。

「さっきの件、取り消すか?」
「・・・!? ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 私は、私は・・・!」
「冗談だ。お前ならヤるだろうとは思ってた。想定済みだ」

半年前の一件以来、二人きりの時に限り、アイリスはしおらしくなる。
ここで出るのがからかいの言葉ではなく、焦燥感にまみれた謝罪ということからも、伺える。

「・・・ごめんなさい。本当に、酷い女で」
「何言ってんだ。俺の目は酷い女に惚れる程、節穴じゃねぇよ」
 今思えば、あん時お前助けたのは、お前が美人だったからじゃねぇかもな」
「『お前だったから』とでも言うつもり?」
「お、正解。調子出てきたじゃねぇか」
「・・・もう、本当に嫌な男」

アイリスの中二病的言い回しは、クラックの前では無力。
クラック自身、元より口が回る方であることもあって、あっという間に堕とされる。

「イイ男の間違いだろ? イイ女のアイリスさんよ」
「私がイイ女ということに関しては疑いの余地が無いけど、その前に何か言った?」
「聞こえなかったか? 俺はイイ男だ。間違いなくな」
「ごめんなさいね。私の耳は、戯言は通さないように出来てるから」
「そうか。んじゃこうしよう。
 俺は・・・『幸せな』男だ。お前みたいなイイ女に求婚されるくらいにはな」
「っ! なっ、何よ! 過去のことを蒸し返さないで・・・」
「愛してるぜ、アイリス」

口喧嘩では、どうしたって勝てない。
・・・が、それはあくまで『口喧嘩』という範疇に収まっている時だけの話。

「・・・んむっ!」
「ちょっ、噛むのは反そ・・・うおぁぁぁ・・・」
「・・・んっ。もう面倒だわ。徹底的に犯しつくす」
(・・・ヤベェ。やり過ぎた)

過ぎたるは猶及ばざるが如し。
高すぎる能力は時として、身を滅ぼすこととなる。

「覚悟しなさい・・・ベットの上なら、全ては私の手中だから」
「あのー・・・アイリスさん? その、ごめん?」
「辞世の句はそれでいいかしら?」
(はい終了! 俺死んだ!)
「ふふ・・・あ、その前に」

突然、アイリスから湧き出ていた禍々しい色のオーラが消えた。
何かと思っていると、彼女は床に座り。

「一応、新婚初夜ってことになるしね・・・今日くらいは」
(・・・?)
「クラック。・・・いえ、あなた」



「不束者ですが、末永く宜しくお願い致します」



三つ指ついて、深く座礼。
普段の彼女からは想像もつかない、大和撫子の振る舞い。
それを見た、クラックの感想は。

「・・・お前、何で妙なトコだけ古風なんだよ。乙女か」
「なっ、何よ!? 私が乙女じゃないとでも言いたいの!?」
「いや、お前こういうこと絶対しねぇと思ったのに。ちょっとトキめいたわ」
「私だって女なんだから! 当然、処女は今日までとっておいたし!」
「えっ、マジで? 兄貴とヤッたんじゃ?」
「つまみ食いで本番までする訳ないじゃない! 処女は本当に好きな人にって・・・」
「アレだな。可愛いなお前」
「かわっ・・・!? あーもう、サービスは終わり! 搾る! 徹底的に搾る!
 覚悟してなさいよ!!!!!」
「ちょっ!? いきなり脱がすな!? うぉっ・・・」

その後に行われた数々の事柄は、ほぼほぼ全てが逆レイプのそれ。
そこまで大和撫子らしく振舞うことは、アイリスには不可能だった。
16/05/21 20:46更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
ゲヌア編、これにて完結。最終目的地の確定、教団軍の襲撃、
そして情報屋のヴァンパイア、イリス改めアイリスとクラックが結婚。
色々な事が起きました。

物語はクライマックスへ。
シロの両親は、果たして・・・

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