連載小説
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これまでのあらすじ、或いはエンディング兼プロローグ
 こんにちは。
 ここ、暗いわね。ずっと一人でいたの?

 そう。見ての通り、私は魔物よ。
 …ああ、怖がらないで。ほら、ぎゅーっ……落ち着いた?

 貴女の事は、ちょっと調べさせてもらったの。これまであった事を。
 怖かったでしょう。悲しかったでしょう。苦しかったでしょう。

 もう大丈夫よ。

 今日は、貴女にぴったりの“ハッピーエンド”を紹介しに来たの──





 夜空に浮かぶ満月は、誰も来ない小さな入り江も遍く照らす。
 財宝が眠っているでもなく、景色が特別綺麗なわけでも、魚が集まるわけでもない。
 地元の人間さえ無視する、取るに足らない場所…しかし、グレゴリーはその場所へこそ向かっていた。
 もはや故郷には帰れず、目的もない放浪の旅をしていた彼を引き戻したのは、懐にある一通の手紙。
 これが、本当に彼女が送ってきたものならば…彼女はきっと、そこで待っている。

「ルフィア…」

 内気で、たまに抜けている所もあるが、誰より真面目で心優しい大切な幼馴染。
 …そして、グレゴリーのたったひとつの心残りだった。

(… ……〜 …♪)

「……!!」

 予め知っていないとわからないような、その場所へ続く獣道の『入口』に立った時、かすかにだが、ある旋律が聞こえてきた。
 忘れもしない。
 彼女の母が酒場で日々歌っていた、あの入り江で彼女がいつも練習していた、海の男達の無事な帰りを願う歌だった。
 その歌声に誘われるように、大人には小さな獣道を、やや強引に分け入ってゆく。
 苦心しながら一歩一歩進むごとに、歌声は少しずつ大きくなり、グレゴリーの脳裏には、かつての思い出が走馬灯のように蘇ってきた。



──大人たちにバレてないよな?
──う、うん。パパにきかれたけど、うまくごまかせたよ。たぶん…
──よし!そんじゃ、今日もトックンだ!

 誰も来ないその小さな入り江は、幼い頃から、二人の絶好の遊び場だった。
 騒がしい港町から離れたそこは、大人達に邪魔されることのない秘密の隠れ家であり、水遊びに読書、槍の練習に歌の練習と、日が暮れるまで好きな事に打ち込めた。

──ゼッタイ、父さんたちみたいになるぞーッ!!
──おーっ!

 かたや自警団長の息子、かたや酒場の娘。
 親の仕事など格好悪いと思っている子供が多い中で、むしろその親の仕事に憧れを持っていた二人は気が合い、その入り江でよく遊び、よく練習した。
 何日も…何ヶ月も…何年も。
 ままごとのような稚拙な鍛錬は、しだいに本格的なものになってゆき、二人の才を花開かせ、町中に知らしめるには十分な下地となった。
 二人は互いに、いつかこの鍛錬の成果をもって、親の仕事を受け継ぐものだと信じており、また、それを立派に果たすことを目指していた。

 …二人の才能を高く評価した町長が、彼らを王都の学院に推挙するまでは。



 気づけば出口は目前。歌声も、はっきり彼女の声色だとわかるほどに近づいていた。
 いてもたってもいられず、弾け出すように道を抜ける。
 …そこで立ち止まった。立ち止まらざるを得なかった。

 よく二人で腰かけていた、岸に佇む小岩の上。
 そこに座り、月明かりに照らされて歌う背中は…

「…来てくれるって、信じてたよ。レッくん」

 忘れようもない、ルフィアの姿だった。
 皆が『グレッグ』と呼ぶ中、彼女だけが使う愛称。それを呼びながら振り返る。

「ルフィア…!」
「久しぶり、だね」

 半年ぶりに見たその顔には、昔と同じ、花のような可愛らしい微笑みがあった。
 それどころか、月明かりを受けて一層煌めき、昔よりもさらに美しく感じる。
 グレゴリーはもっと近づき、確認するように見つめた。
 見慣れた笑顔に、見慣れた服。二人の人生を様変わりさせたあの一連の出来事など、はじめから無かったのではないか…そう思わせた。
 しかし、そこから視線を落とすと…

「……魚!?」
「…うん。
 私、人魚に…魔物に、なっちゃった」

 その下半身には、二本の足ではなく、蒼く輝く魚の尾とヒレが付いていた。
 改めてよく見ると、彼女の艶やかな長い髪も青みがかっており、髪間から覗く耳もまた、魚のヒレのような形に変わっている。
 作り物では決してあり得ない、ヒトならざる者の姿だった。

「一体どうしてだ…?いや、どうやってなったんだ?
 それにそもそも、魔物だぞ…それになるなんて、どういう事かわかってるのか?」
「うん、わかってる。
 魔物になったのは…いろいろ考えて、そうした方がいいと思ったから、かな」
「…そうか」

 少しうっかり者でもあるが、ルフィアは基本的にグレゴリーより賢く、ここぞという時には誤らない。
 人魚は歌声で人間を惑わし連れ去る、美しくも恐るべき存在と伝えられているが…そんな魔物に敢えてなるということが、彼女が考えた末に出した結論ならば、それはきっと間違いではないのだろう。
 だからグレゴリーは、それ以上は聞かない。

「会いたかった」
「私も…ずっとずっと、会いたかった」

 ルフィアは両腕を広げ、座っていた岩からゆっくり倒れ込む。

「うわっ!?」

 それを慌ててグレゴリーが抱きとめる形で、二人は抱き合った。

「えへへ…♪」
「危ないな、まったく…」

 少し重いが…そこにははっきり質量がある。体温もある。夢や幻ではない。
 実感したところで、グレゴリーは彼女を離し、ゆっくり下に降ろした。

「あっ…」

 名残惜しそうな顔をするルフィア。

「…ごめんな」
「…え?なにが?」
「本当はずっと…全部、お前に謝りたかったんだ。
 あんな事になるまで、いじめられてたのに気づいてやれなかった。
 それに、オレが奴らをボコボコにしたせいで、お前まで学院を追い出されて…
 終いには帰りの馬車で、お前を置いて逃げ出してそれっきり…本当に、ごめん」

 自分の鈍さと短慮から、ルフィアの未来を奪ってしまった。
 全ては取り返しなどつかない…そう思っていたが、それでもグレゴリーはずっと、面と向かって謝りたかった。
 だが、ルフィアは……きょとんとしていた。

「ううん。レッくんが謝る事なんて、なんにも無いよ?」
「え…?いや、だって、ずっとひどい目に遭わされてきたんだろ?
 何よりオレのせいで、お前のチャンスを台無しに…お前も、オレ達みたいな平民には二度とないチャンスだって、ずっと必死に勉強してたじゃないか!
 見たことない本が沢山あるって喜んでたし、首席も狙えるほど頑張ってたのに…」

 思い出すほどに、グレゴリーの胸には怒りと悔しさと悲しみが襲い来る。

「それを言うなら、レッくんだって頑張ってたよ。
 私だって、心配かけたくないって黙ってて…結局、レッくんに迷惑かけちゃった。
 槍の練習とっても頑張ってたし、友達もできてたのに、私のせいで…」
「そんな…お前のせいなワケないだろ!悪いのは…」
「…そうだよね。私も悪くないし、レッくんも悪くない。でしょ?」
「うっ…」

 それ以上反論はできなかった。彼自身、分かっていたことではあった。
 届かない、やり場のない怒りを、自責の念に変えて自分にぶつけていたのだ。ルフィアの言葉で、はっきりとそれを自覚する。

「あんまり、こういう事は言いたくないけど…やっぱりあの学院って、ちょっとおかしかった。
 勉強してただけなのに、ひどい悪戯されたり、笑われたり、怖い目で見られたり…
 退学になった時は凄くショックで、レッくんを巻き込んじゃったことが悲しくて、ずっと泣いてたけど…今はもう、学院に戻れるとしても、戻りたくない、かな」
「ルフィア…」
「だから、自分を責めないで。レッくんは私を守ってくれたんだよ。
 もちろん暴力はよくないけど、あの時レッくんが助けに来てくれなかったら、私きっと…もっと酷い、取り返しのつかない事になってた。
 色々あったせいで言えなかったけど、ずっと、ありがとうって言いたかったの」

 ルフィアの澄んだ瞳が、まっすぐグレゴリーを見つめる。
 こういう少女なのだ。臆病な面はあるが、それ以上にどこまでも優しく、怒る事はあっても、誰かを憎んだりなどしない。
 その直向きな性格をもって立派に学問を修められれば、ひょっとしたら、世界の歴史に名を刻む大人物にすらなれたかもしれない。
 それだけに尚更、グレゴリーは、彼女を傷つけ可能性を剥ぎ取った者達が許せなかったし、彼女の苦しみに気づいてやれなかった自分の事は、もっと許せなかった。

「ほら、そんな顔しないで。ね?」

 だが、ルフィアはそんなグレゴリーの感情さえも包み込もうとするかのように、彼の握った拳を、自らの掌でそっと包む。
 最後に見た姿、故郷に帰る馬車で泣き続けていた彼女とはまるで別人のようだ。

「…あ、私の手、冷たくなってないかな?」
「ん?いや、別に…その、あったかいよ」
「ありがと。
 自分じゃ気づかないけど、お魚になったから、もしかして…と思って」
「大丈夫だよ、変わってない」

 細い指と体温。グレゴリーが幾度となく引いてきたルフィアの手そのものだ。

「あとね…ふふ。
 実は、ぜひ私とレッくんに、ウチの学校に入ってもらいたい!って言ってくれた人がいるんだ。レッくんが帰ってきたら一緒においで、って♪」
「何だって!?」
「びっくりでしょ?だからもう、あの学院にはあんまり未練もないんだ。
 あの手紙で伝えた方がいいかなって悩んだけど、大事な話だし直接伝えようと思って、書かなかったの。急でごめんね?」
「いや、安心してから伝えてくれたのはありがたいけど…
 ……そうか。もう何もかも、大丈夫なんだな」

 逃げてからの半年間苦悩し続けた事柄が、自分のあずかり知らぬところで一気に解消してしまい、グレゴリーは何とも形容しがたい気分になってしまう。

「そ、そういえば、町はどうなってるんだ?」
「町?町のみんなも元気だよ。
 私が帰ってきたばかりの頃は、みんな元気なかったけど…今はもう大丈夫。むしろ、今まで以上に賑やかかもしれないくらいだよ」
「そうか……よかった」

 町の人々、特に多数を占める漁師や船乗り達の心の支えは、ルフィアの両親が営む酒場『"イルカの脚"亭』と言っても過言ではない。
 ルフィアの母の美しい歌声と、父が出す美味い料理と酒で、船旅を終えた海の男達の疲れを癒す、そんな町一番の酒場であった。
 両親の仕事をよくのぞきに来るルフィアもまた、海の男達に娘のように可愛がられていた。…それがあんな出来事があったとなれば、皆、とても心穏やかに仕事ができるような状態ではなかっただろう。
 ルフィアと同じく、町も元通り立ち直ったらしいことに、グレゴリーは安堵した。

「だから…一緒に帰ろう?
 レッくんの事、みんな心配してるよ」
「あー…えっと、でも、気まずくないか?半年もいなくなってたわけだし…」
「大丈夫だってば!誰も怒ってないよ?」
「うー…わかったよ…」

 尻込みするグレゴリーを、ルフィアが促す。これまでの二人の関係とは反対だ。

「しかし、一緒にって…その体でか?」
「ああ、これ?大丈夫だよ。見てて…」

 そう言うとルフィアは、鱗に覆われた、かつて太腿であった場所に手を当てる。

「んっ…」

 そこからゆっくり、尾びれへと撫でおろしてゆく。
 すると…服を脱ぐかのように、撫でた個所から鱗が消えてゆき、人間の足が現れた。
 続いて耳に手を当てると、耳も人間のそれに変わる。
 二本の足で立ち上がり、腰に吊り下げたサンダルを履き、最後にスカートと脚についた砂を払えば、もはや以前のルフィアと変わらない姿へ戻っていた。

「元の格好にも戻れるのか…」
「今はもう、人魚が元の格好だけどね。
 それじゃ…あ!ちょっと待ってて。忘れてた…」

 ルフィアは懐から、手紙らしきものが入った小瓶を取り出した。

「それっ!」

 そして、おもむろに小瓶を海に投げる。
 それは小さな水音を立てて水面に落ち、そのまま静かに沖へと流れていった。

「今のは…?」
「さっき言った、学園の人への手紙だよ。
 魔法がかかってて、海に流せば届くって言われたの。さ、行こ♪」


 並んで歩きながら、二人はどちらともなく、様々な言葉を交わした。
 何気なく、とりとめもない内容であったが、ひたすら話した。
 長らく無かった、二人だけの時間が流れる。
 だが、幼い頃は離れていると思っていた入り江と町の距離も、成長した二人の歩幅には短く、あっという間に二人は町の門をくぐっていた。


「おかえりなさい、レッくん♪」
「へぇ、変わってないな…」

 見慣れた街並み。潮風に混じる、かすかな酒やタバコのにおい。
 景気が悪化する中でも、形が悪いパンをこっそり子供達にくれた街角のパン屋も、二人が小遣いをはたいて本や模擬槍を買った雑貨屋も、もう夜遅いので閉まってはいるが、看板は昔のままだ。
 そこからは、もう目をつぶっても帰れるくらいに通い慣れた道を辿り、いともあっさりとグレゴリーの家に到着してしまった。
 ルフィアが戸を叩く。

「おじさん!おばさん!レッくんが帰ってきたよ!!」

 窓にはまだ明かりが灯っている。
 父の夜警の日を除き、グレゴリーの一家は早寝早起きが身上で、今の時間帯はもう明かりを消しているはずなのだが…ひょっとして、自分を待ってくれていたのか?
 などと考えている内に、扉が開き…見慣れた二人の顔が現れた。

「グレゴリー…!!」

 その姿を見ると、母は真っ先に駆け寄り、強く抱きしめた。

「か、母さん…」

 グレゴリーは恥ずかしさを堪えながら、そのまま父と母を交互に見る。
 一年と半年ぶりに見た両親は、以前よりも痩せたように見えた。
 物静かな父と、反対にとても感情豊かな母。だが二人とも、自分が逃げ出して姿を消した事を聞いた時から今まで、気が気ではなかっただろう。
 改めて、悪い事をしたなと思った。

「…ごめん、母さん。父さんも…」
「グレゴリー」

 父が口を開く。入れ替わりに母は離れ、グレゴリーは父に向き直る。

「事情はルフィア君から聞いているが…どうして逃げたりしたんだ?
 聞いた限りでは、お前に非は何もないはずだ。退学になったからか?父さんや町の皆が、それで怒ると思ったのか?」
「うっ…なんていうか…えっと……」
「…また、感情に任せてしまった。違うか?」
「……うん」

 勢いに身を任せて後先を考えない行動に出がちなのは、母譲りだが、直そうとしてもなかなか直らないグレゴリーの悪い癖でもあった。
 父は小さく溜息をつく。

「…気持ちはわからないでもない。そんな仕打ちを受ければ、何もかも嫌になって逃げだしたくなっても仕方ないだろう。
 だが…よりによって、泣いている女の子を置いて行くなど、男として言語道断だぞ。わかっているな?」
「…面目ない…」

 完全に自分が悪いとはいえ、尊敬する父から改めて言われると本当に心に来る。しかも母と幼馴染の前。男としてのプライドなどあったものではない。

「あなた。もう夜も遅いし、お説教はその辺にして、入れてあげましょう?」
「ん…そうだな。
 …言いそびれたが、よく帰ってきた。グレゴリー」

 そう言って、二人はいつものように、遅くまで出歩いていた息子達を迎え入れた。

「……ただいま」

 ほんの少しだけ、グレゴリーの視界がにじんだ。



 話したい事は沢山あったが、「疲れてるでしょう、今日はもう休みなさい」と母に言われ、グレゴリーは久しぶりの自分の部屋に戻ってきた。
 ゆっくり上着を脱ぎ、伸びをして、使い古したベッドに横になる。
 以前ならもう寝ている時間だが、これまでの生活で肉体のリズムが変わったのか、あまり眠くはなかった。
 彼は一時起き上がり、ベッドの傍にある窓のカーテンを開く。

「あの月も、昔のまんまだな…」

 眠れない時は、こうしてぼんやりと月を眺めるのが彼の常であった。
 階下に耳を澄ますと、ルフィアと父母の話し声が聞こえてくる。
 一体何を話しているのだろうか。少しだけ、なんともいえない寂寥を感じる。
 と…話し声は止み、続いて階段を昇ってくる音が聞こえ、そして部屋のドアのノックが聞こえた。

「レッくん、まだ起きてる?」

 ルフィアの声だ。

「…ルフィア?どうした?」

 とりあえず、ドアを開けてルフィアを迎え入れる。

「おじゃましまーす♪」
「座るか?」
「うん、ありがと」

 差し出した椅子にルフィアが座ると、グレゴリーも再びベッドに腰掛けた。

「…で、どうしたんだ?」
「あのね…もう少し、レッくんと一緒にいたいなって。いい?」
「ん、いいよ。オレもあんまり眠くなかったし…」
「ふふ、よかった♪」

 ルフィアもまた、窓から月を見る。

「お月様、綺麗だよねぇ…
 いい時に帰ってきたね、レッくん♪」
「そうだな」
「ね、もうちょっと近くに来ていい?昔みたいに…」
「え?あ、ああ。いいけど…」

 ルフィアはベッドの縁に座りなおす。グレゴリーのすぐ隣に。
 しばしの間、二人は無言で、蒼く輝く大きな満月を眺めていた。

(……)

 寄り添っている内に、ほんのり甘い女性の香りがグレゴリーの鼻腔に漂ってきた。
 いつの間にか、柔らかな手も、彼の手の上に重ねられている。
 グレゴリーも年頃の男だ。先程まではそんな余裕もなかったが、こうして落ち着いた状態で触れられると、どうしても意識してしまう。
 ふとルフィアの方を見ると、彼女は人魚の姿に戻っていた。

「…私のこの姿って、どう、かな?」
「え?」

 出しぬけに、ルフィアが尋ねてきた。

「だから、その…気持ち悪いとかって、思ってない?」
「…思うもんかよ、そんな事。どんな見た目になっても、ルフィアはルフィアだ。
 それに…その、はっきり言うのは恥ずかしいけど…オレはその姿、綺麗だと思う」
「ありがと♪
 …ね、もっと、見てくれる…?」

 そう言うと、突然、ルフィアは手を伸ばしてカーテンを閉め、服を脱ぎ始めた。
 いつもの服のボタンを一つずつ外し、前を開く。白い肌と、胸を包む飾らないブラが、グレゴリーの眼前に晒される。

「おっ、おい!?何やって…」

 ルフィアの動きは少しぎこちないが、グレゴリーの驚いた声では止まらない。服の袖から腕を抜き、ベッドの脇に置く。
 続いて魚の尾を上げ、スカートを引き抜く。穿きようがないので当然と言えば当然だが、パンツはない。
 そして最後に残ったブラに手を掛け、ゆっくりと、外す。
 押し込められていた白く柔らかな膨らみが、ぶるん、と揺れながら姿を現した。
 その頂点には、小さく綺麗なピンク色の乳首が、カーテンの隙間から漏れる月の光を受けて、瑞々しい果実のように輝いている。

(…でかッ!?)

 グレゴリーの目は、その一点から離せなくなってしまった。
 人間であった頃の詳しいサイズを知っているわけではないが…それでも明らかに、半年前より胸が大きくなっている。
 成長した、どころの話ではない。その質量は、推定でかつての倍以上、これまでグレゴリーが出会ったどんな女性のそれよりも大きかった。

(Feauerなんてもんじゃないな、Grakse…Hife…いや、もしかしてそれ以上…?)

 この国で使われているバストサイズを表す言葉をひとつずつ思い浮かべていると、目の前の乳房がどれだけ大きいのか、よりはっきりと実感してしまう。

「ふふ…すごいでしょ?レッくん、大きいおっぱい大好きだもんね。
 昔うちで給仕してた旅のお姉さんのも、しょっちゅうチラチラ見てたもんね?」
「うっ…気づいてたのか。
 …いや、そうじゃない!ルフィア、何やってるか分かってるのか!?」

 ずっと一緒にいた幼馴染の、一糸まとわぬ裸体。
 それを前に必死で理性を保とうとしながら、しかし目は離せないまま、グレゴリーは呼びかけた。冗談ならばやりすぎだと。

「わかってるよ。…レッくんに、見せてるの。
 私の裸。人魚になった、私の全部…」

 その可愛らしい顔を羞恥で赤く染めながらも、ルフィアはグレゴリーに対し、自らの裸体を見せつけるべくポーズをとる。
 脇腹に開いたエラ。透き通ったヒレ。晴れた日の海よりなお蒼い鱗。
 工芸品のような魚の体に、豊満なプロポーションを湛えながらも若々しく美しい少女の肉体が不思議に調和する。
 それを目にして、グレゴリーの前は、かつてないほど膨れ上がっていた。

「あ…レッくん、大きくなってる…」
「あ、当たり前だろ…。なあルフィア、なんでこんな事を…?
 お前、あんな怖い目に遭ったってのに…」

 グレゴリーは、今でもしばしば悪夢で見るほどに覚えている。
 滅多に使われず、ガラの悪い生徒達がたまり場にしている薄暗い倉庫…そこで、多数の男達に取り押さえられたルフィアの姿を。
 引き裂かれた衣服。
 殴られたらしき腫れた顔。
 猿轡でくぐもった悲鳴。
 流れる涙。
 必死で暴れる細い手足を抑える男達。
 ズボンを下ろしかけているリーダー格の男。
 その様を不快極まる笑顔で見下ろす、沢山の『優等生』達……
 ルフィアが連れていかれるのを偶然見ていた友人の知らせのおかげで、ギリギリの所で助けることができたものの、その時ルフィアが感じた恐怖は察するに余りある。
 …それなのに何故、ルフィアはこんな真似をしているのだろう。

「心配してくれるのはうれしいけど…そのことは、もう平気だよ。
 レッくんが助けてくれて、この体になって、こうしてレッくんが帰って来てくれて。もう、怖くなくなっちゃった」
「だからって、なんでオレに見せてるんだよ!?オレだって…」
「……レッくんが、大好きだから。ダメかな?」
「え…?」

 グレゴリーは一瞬耳を疑う。
 ルフィアは自分に対して、幼馴染、あるいは家族としての想いしか抱いていないものだと思っていたのに。

「私ね。
 家に戻ってから、ずっと部屋に引きこもってて…そこに、ある人が来て、この体にしてもらったんだけど…その時に、気付いた事があるの。
 いや、忘れちゃってたのを思い出した、って言った方がいいのかな。
 私がレッくんのことをどう思ってたのか、なんで学院で頑張ってたのか、私が本当になりたいものは何だったのか…全部、はっきり分かったんだ」
「全部?」
「うん。
 …昔、私が『お父さんとお母さんみたいに、みんなに好かれる人になりたい』って言ったの、覚えてる?」
「覚えてるも何も…そのためにお前、今まで頑張ってきたんじゃないか」
「それがね…実は、違ってた。
 みんなに好かれるのは確かに素敵だけど…
 本当は、ひとりだけでよかったの。レッくん、ひとりだけ。
 レッくんが私を好きになってくれるなら、他はみんな、ついでに仲良くなれたら…くらいでいい。それくらい、レッくんのことが大好きなんだ」
「そんなに…?」
「うん。
 頑張って勉強してたのも、元はといえば、レッくんが褒めてくれたからだったの。
 お父さんとお母さんに褒められるのとは違う嬉しさがあって…レッくんがいてくれたから、辛くても頑張れたんだよ。
 いつも元気で友達もいっぱいいるのに、人見知りだった私に話しかけてくれて、歌や勉強を褒めてくれて…あの遊び場も、頑張ることの楽しさも、全部教えてくれた。
 昔からずっと、レッくんは、私の──王子様」

 堰を切ったように、ルフィアの想いが溢れ出して止まらない。
 あまりにもまっすぐ伝えられる愛の言葉に、グレゴリーも赤面してしまう。

「…近すぎて、いつの間にかわかんなくなっちゃってたけどね。
 ほんと抜けてるよね、私。うふふ…」
「は、ははは…」
「…レッくんは、どうなの?」
「え?」
「私のこと、どう思ってるか…レッくんも教えてほしいな。
 …やっぱり、ただの幼馴染だったりするの…?」

 そのとき一瞬だけ、ルフィアの大きな瞳が不安の色を湛えた。
 彼女がそんな目を見せた理由など、グレゴリーには考えるまでもなく分かっていた。
 自分もずっと、同じ気持ちだったのだから。

「違う。…オレも、ルフィアの事が好きだ。
 お前の頑張ってる姿を見てると嬉しかったし、お前を傷つけたやつらの事が憎くて仕方なかった。お前が何より大切だったから。
 ずっと前からそうだったのに、なかなか言い出せなくて…こんな大きな事でも起こらなきゃ、言えないままだったかもしれない。
 王子様なんかじゃない…オレは本当は、こんな情けない奴なんだ。
 それでも好きでいてくれるのか?」

 改めて、ルフィアの目を見つめる。
 ルフィアもまた、グレゴリーの目を真剣に見つめ返す。

「私は、そんなレッくんがいいの。レッくんのお嫁さんになりたい。
 レッくんこそ、こんな恥ずかしがりで抜けてる私でいいの?」
「ああ。オレも、そんなルフィアがいい」

 それを聞いて、ルフィアは、ぱあっと花開くような満面の笑みを見せた。
 この笑顔を再び見られたことが、グレゴリーは何より嬉しかった。

「…よかった。私達、おんなじ気持ちだったんだね」
「ん。そ…そうだな」

 言うだけ言ってから、お互いに恥ずかしくなってきた。
 顔は熱くなり、耳鳴りがするほどに胸の鼓動が激しい。

「…じゃあ、さ…その…えっと…」

 真っ赤になりながら、なにかを言い淀むルフィア。
 彼女がいま求めていることはグレゴリーにも分かる。自分もしたかった事だから。
 そっと肩を抱き寄せて…優しく、だが確かに、唇を重ねた。

「んっ…ちゅぅ……くちゅ…ちゅ…」

 赤子が乳を求めるように、ルフィアは何度も唇を吸う。グレゴリーもまた。
 お互いの唇の感触に、熱を増してゆく吐息に、早くも頭の中がとろけそうになる。
 いつしかお互いに舌を絡ませ合い、相手の口内も舐めあいはじめていた。
 初めてのキスに、二人はしばし夢の中にいるような心地を味わい…やがて、どちらともなく唇が離れる。

「あのね、レッくん…その…私と…してくれる?この先の、ことも…」
「え…ここで、か?」
「うん。だめ…?」

 グレゴリーもしたくないわけではない。したくないわけがない。
 二人とも、キスだけでは到底足りなかった。

「いやいや、ダメっていうか…父さんと母さん、下にいるんだぞ…?」
「あっ、そのことなら大丈夫だよ。ちょっと耳を澄ませてみて…」

 言われたとおり、一時、耳に意識を集中させるグレゴリー。すると…

(ああっ、はっ、あ、素敵よ、あなたぁ…!!)
(くっ……ふっ、まだ、だ……まだまだ、これからだ…!)


「な、えっ!!?これって、まさか…!なんで!?」
「ふふ…激しいよね。おじさんもおばさんも…
 実はね、おばさんも、私のお母さんも…この町にいる女の人はみんな、魔物になっちゃってるんだ。
 私のお母さんは私と同じマーメイドで、おばさんだったら、たしかネレイスっていう魔物だったかな?」
「何だって!?でも…」
「でも、変わってなかったでしょ?」
「……確かに…」

 両親の情事という、普通ならばあまり知りたくないものを耳にしてしまったせいか、グレゴリーは少しだけ冷静になって考えることができた。
 さっき自分を迎えてくれた二人は、間違いなく自分の両親だ。頼るあてのない旅の中で少しばかり警戒心が養われたが、不審な所は見当たらない。
 それに、両親もルフィアも、彼らの皮をかぶった魔物の完璧な演技だとして、自分ひとりを騙す意味が見つからない。

「言いそびれてたけど、魔物は人間を食べたり傷つけたりなんてしないんだよ。
 でもその代わり、好きな男の人を見つけて、その…せ、精をもらって、それで生きてるの。町のみんなも、もちろん私もそう」
「精…?」
「うん、精。…男の人が、えっちな事して…出す、やつ」
「ええ…!?」
「だから私…今、レッくんに、してほしくて…仕方ないの。苦しいくらいに…」

 ルフィアはグレゴリーの手首を掴み、その豊かすぎる乳房に導く。
 彼女の手は、肌は、驚くほどに熱く…そして、小さく震えていた。

「ほら…私の胸、こんなに大きくなったんだよ?
 この髪も、鱗も…すごく綺麗でしょ。全部、レッくんだけのものなんだよ。
 ちょっと恥ずかしいけど…大好きなレッくんが相手なら、なにも怖くない。
 レッくんが望むことなら、何だってしてほしいし、してあげたい。
 だから…だから、ね……」

 ぜんまいが切れた玩具のように、ルフィアの声はどんどん小さくなってゆき、ついには止まって俯いてしまった。

(やっぱり、無理してたんじゃないか)

 グレゴリーの知る彼女は、元々こんな事ができるような性格ではなかった。
 消極的で、酒場で育ったとは思えないほどに初心で、性的な話題が飛び出すとすぐに真っ赤になって縮こまってしまうのがルフィアだ。
 にも関わらず、自ら服を脱ぎ、せいいっぱいの言葉で誘いまでしたのには、きっと並々ならぬ覚悟と決意を要しただろう。
 …それに対してどう応えるべきかわからないほど、グレゴリーも愚鈍ではない。
 ルフィアの頭を上げさせ、もう一度、軽く唇を重ねる。

「…わかった」

 気の利いたことは言えないが、一言だけ呟く。
 それを聞くと、ルフィアは嬉しそうに微笑み、こくん、と頷いた。

「…んっ…」

 柔肌に当てられた指を、ゆっくり深く埋めてゆく。
 くすぐったいような、しかしほのかに甘い感覚に、ルフィアは小さく声を上げる。

(これが、ルフィアの胸…)

 どこまでも優しく柔らかな弾力。ルフィアの体温。その奥にある心臓の激しい鼓動。ずっしりと重いそれに詰まった魅力を、手のひら全体で味わう。
 指の力を抜けば、そのまま押し返される。また自分も押し返す。
 憧れであった…いや、それよりも遥かに淫靡な乳房の感触に、理性など捨てて激しく揉みしだき、貪りつきたい衝動に駆られたが、必死にそれを押し留めた。
 ルフィアを痛がらせないように。壊してしまわないように。

「んんっ…レッくん、すごく優しい…
 嬉しいけど…私なら大丈夫だよ。ガマンしないで、もっと触って…?」

 グレゴリーの思いを見透かしたように許しの言葉をかけられ、乳房を揉む手から、少 しずつ遠慮が消えていく。
 深く、より深く、指を柔肉に食い込ませ、ぷっくりと膨れた乳首を指先で捏ね、弾き、親指と人差し指で挟んで擦り上げる。そのたびにルフィアの身体は、まさしく魚のように、ぴくん、ぴくんと跳ねる。
 鍛えられた指先での遠慮のない愛撫も、彼女の甘い声と上気した表情を見るに、痛がるどころか、むしろ快楽として受け入れているようだった。
 そんな様子にグレゴリーも興奮し、お互いの息遣いはどんどん荒くなってゆく。

「あ、ふっ、はぁっ、はぁっ、ふぁぁ…」
「ふーっ、ふーっ……」

 ルフィアはただされるがまま、胸へ与えられる刺激と、最愛の相手が自分の身体に夢中になってくれている様子を楽しんでいた。
 やがてグレゴリーは、ルフィアが感じる部分を探り当てると、そこを一際強く、重点的に攻めだす。

「きゃぅんっ…!」

 突き抜ける鋭い快感に、ルフィアは魚の下半身を切なげに捩じらせる。
 すると鱗に覆われた下腹から、とろ、と雫が溢れ出し、一筋の白濁した軌跡を蒼い鱗に描いていった。
 微かに発せられる、甘酸っぱく淫らな香り。それに、グレゴリーの嗅覚は反応した。

「あ…
 …やっぱり、気になる?ここ…」

 グレゴリーは迷いなく頷く。

「そ、そう…だよね。じゃあ…」

 ルフィアはおずおずとベッドに横たわり、下腹に手を当てる。
 一瞬のち手を退けると、その部分を覆っていた鱗は消え、ヒトの股間にあたる部分だけ、足をぴったり閉じた女性のものに近い形になった。
 その中心には、肛門らしき窄まりと、その上にある無毛の恥丘と、ほのかに色づく可愛らしい縦すじ…

「どう、かな…?ここまでは、ニンゲン、なんだよ」
「…ものすごく、エロい…」

 その言葉に、ルフィアは再び真っ赤になりながら、複雑な笑みを浮かべる。
 ふたつの穴は、興奮と羞恥からか、微かにひくひくと動き、漏れ出た液で妖しく輝いていた。
 もっと見たい。グレゴリーはそう思い、ぷにぷにと柔らかい肉の割れ目に二本の指を当て、くいっと上に押し上げる。

「あぅ…」

 そのまま、伸びた縦すじを、両手の親指で左右に押し広げる。
 内に溜まっていた秘蜜を零しながら、曇りのない桃色の中身が眼前に晒された。
 まるで新鮮な魚の身のようだと感じた。実際、半分は魚なのだが。

(ここに、オレのを…)

 もう間もなく訪れるだろうその時を想像し、ごくりと唾を飲む。

(…でも、入るのか?ここに?)

 見たところ、そこはかなり狭い。入ったとしても…ルフィアはどうなるのか。
 女性は初めての時、とても痛いと聞く。ルフィア自身は怖くないと言っているが、それでも、あの日の恐ろしい思いを忘れたわけではないだろう。なるべくなら、ルフィアを苦しめたくない。

(確か、あいつが言ってたっけ…指でほぐす、って…)

 この町自体、王都のように熱心な主神信仰でもないので、たまに耳年増な友人の口から聞きかじりの性知識が語られることもある。
 話半分に聞いていたが、試してみることにした。
 ちゅぷ、という音と共に、ルフィアの秘所へ指が浅く入り込む。

「んん、ッ……!」

 指をゆっくり抜き差ししながら、左右に動かし、膣肉を捏ねる。
 見た目に反して、そこは既に意外なほどに柔らかかった。そして、熱い。

「ひゃ、あっ!あっ!あっ…!!」

 ぐちゅぐちゅと卑猥な水音を立てながら、少しずつ、深くまでほぐしてゆく。
 ルフィアの中は、時折きゅっと締め付けたかと思うと、異物を奥へ誘い込もうと蠢きだすこともある。単純に触っていて楽しいし、どうしようもなく淫らな様子に夢中になってしまう。
 いつしか誘われるように、グレゴリーはルフィアの其処へ顔を近づけてゆき…

「ひあぁあ!!?」

 ちゅっ、と膣口に口づけをした。驚きと快感に、ルフィアの体が大きく跳ね上がる。
 その激しい反応に、グレゴリーは若干の嗜虐心を覚えてしまい、そのまま舌によってルフィアの入口を、指を動かすうちに包皮が外れた小さな陰核を責め立てはじめた。

「やああぁぁ!!ゆび、ずぽずぽしながら、なめちゃ、ぁああ!!
 はずかしくて、きもちよくて、おかしく、なっちゃう…!」

 悲鳴のような嬌声を、口内に広がる甘く濃厚なルフィアの味を楽しむ。
 激しく跳ねまわる乳房を横目に、じたばたシーツを叩いて暴れる魚の尾を全身で押さえつけ、指を挿れていない方の手で、ぴろぴろと動く腰ヒレの片方を掴み、さらに固定する。
 その際、またルフィアの体が跳ねたため、もしやヒレも性感帯かと思い至り、その付け根を力強く揉んでやる。

「ぃあっ、あああっ!?!ひれっ、ひれもっ、すごいぃぃ!!!
 もうだめっ、やっ、だめ、だめえぇぇぇ!!」

 ずっと好きだった幼馴染が、これほどまでに、普段の姿からは考えられないほどに乱れている。他でもない、自分の手によって。
 悶える姿に、雄としての征服欲をさらに加速させたグレゴリーは、そのまま一気にルフィアを追い詰めていった。

「ふぁっ、あ……〜〜〜〜〜〜〜〜〜…ッッ!!!」

 目をぎゅっと瞑り、シーツを必死に握りしめ、激しく体を震わせながら、ルフィアは雷光のような絶頂の快感をその身に受け止める。
 酸欠の魚のようにぱくぱくとエラを開閉させ、ヒレを痙攣させて…やがて全身の力が抜け、くったりと力なくベッドに沈んだ。

「あっ、あ…はぁー…はぁー…はふぅ……レッ、くん……」

 口の端からだらしなく涎を垂らし、虚ろな視線を宙に浮かべて、ルフィアはぼんやりと余韻に浸る。
 グレゴリーも股間から離れ、ルフィアの全身を、改めてゆっくり眺めてみた。

(なんて…無防備な姿だ)

 今のルフィアの姿は、陸に上げられた魚そのもの。捌かれ、食べられるのを待つだけの無力な存在。
 こんなにも男を惹きつける極上の肢体を備えておきながら、何をされても立ち上がって逃げ出すことはできないし、自由に動くはずの腕は大事な部分を隠そうともしない。
 こんなにも弱い姿を、自分ひとりだけに見せてくれている。自分にすべてを委ね、自分のする事すべてを受け入れようとしてくれている。
 いじらしく、愛おしかった。

「レッくん……おねがい…」

 小さく呟くルフィア。何を、などとわざわざ聞かなくともわかる。
 興奮で汗まみれになった服を脱ぎ捨て、下着を下ろし、今にも破裂しそうな様子のペニスを開放する。
 豊かな胸を上下させ、切なげに呼吸するルフィアの上に、そっと覆いかぶさった。

「…本当に、怖くないか?」
「大丈夫…やめないで」
「力、抜けるか?多分そっちのほうが…」
「うん、がんばる」

 片手で尖端を調節し、違えることなく秘裂に押し当てる。
 腰に力を込め、少しずつ、肉棒を潜り込ませる。

「んんっ…ふ…ぅ……!」

 強く締め付ける肉壁を、じっくりと時間をかけて押し広げていく。
 それでもやはり痛いのか、ルフィアは目を閉じ眉をしかめて、不規則に息をつく。
 圧倒的な熱と快楽の波に飲み込まれていく感覚に、今にも正気を失ってしまいそうなグレゴリーだったが、それでも、彼女の痛みを和らげるために何かできないかと周囲を見渡す。
 やがて見つけたのは、力なく投げ出されていたルフィアの手。
 そこに自らの掌を合わせると、ルフィアは手に掴まるように強く指を絡ませた。
 もう片方の手も、肘で体重を支えながら胸に当てがい、ゆっくり揉んでやる。

「ふぅ…ふぅぅ……」
(…よし)

 ルフィアの表情がすこし落ち着いたのを見計らい、半ばあたりまで挿入された肉槍を一気に…奥まで突き入れた。

「っあ…ッ!!」

 ぷつん…という儚い感触。ひときわ鋭い声とともに、ついに最奥まで、ルフィアの身体はグレゴリーのペニスを受け入れた。

「はっ…はっ…はぁ……」
「…終わったぞ」

 ルフィアは少し首を曲げ、二人の腰の間を見た。

「あぁ…スゴい……はいって、る…。おく、まで…」

 そう呟く声は、苦しげだが、うっとりと陶酔したようでもあり、様々な大きな感情が渦巻いているのが分かる。
 不意に、ルフィアの目から、涙がぽろりと零れた。
 しかも一粒だけではなく、あとからあとから、大粒の涙が溢れてくる。

「あれ…あれっ?なんか…とまんない…」

 何が起こっているのか、ルフィア自身もわからなかった。あまりに痛かったわけではないし、当然悲しいわけでもない。なのに、ぽろぽろと涙が流れて止まらない。

「だ、大丈夫か…?」
「うん…ごめんね。なんだか、胸がいっぱいで…
 あの、ギュってしてくれる…?」

 すぐさま、ルフィアの細く柔らかい身体を抱きしめてやる。
 ルフィアもグレゴリーの背中に手を回し、抱き返す。
 しっかりしたグレゴリーの腕に抱かれている内に、この涙が安堵と嬉しさからの涙であることに気がついた。

「…大好き…」
「オレも…」

 目を閉じ、ただ静かに、お互いの体温のみを感じる。
 そうしている内に、いつしか涙は止まっていた。

「ありがとう…レッくん。
 動いて、いいよ。今度は、レッくんが気持ちよくなって…」

 グレゴリーは、ゆっくりと腰を動かし始めた。
 というより、速くは動かせなかった。ルフィアの膣肉が絡みついて力いっぱい締め上げるせいで、単純に動かしづらい上に、気持ちよすぎて、無理に速く動かせばすぐにも情けなく射精してしまいそうだったからだ。
 自分の肉棒を慣らすように、ゆっくり、じっくりと、まずは粘膜の感触を味わう。

「んっ……くぅ…」
「やっぱり、まだ痛いか?」
「ううん、なんていうか…ジンジンして、あつい……あついの…」

 胎内のグレゴリーの熱がルフィアの全身に広がり、さらに熱を生み出す。
 体が溶けてしまいそうなほど熱く、しかし決して苦痛ではない、できたての料理のような優しい熱さだ。
 動かしている内に、グレゴリーも少しだけ余裕が出てきて、腰遣いを速めていった。

「は、あっ、あ…!あぅっ…あつい…はぁ、レッくん、あついよぉ……!」
「ルフィア…ルフィアっ…!」

 ルフィアへの想いだけで支え続けてきた理性も、もはや失われつつあった。
 強く腰を突き上げるほど、ルフィアの大きな双球は、たぷんたぷんと激しく淫らに踊る。
 その頂点で存在を主張する乳首の片方を、グレゴリーは、ぱくりと口に含んだ。

「ひぁうぅぅぅッ!!」

 こりこりと硬く熱く勃起した乳首を、思いきり吸ってみる。
 母乳など出ないはずなのに、なんだか、ほのかに甘い味を感じた。
 飴玉のように舌で転がし、舌先で弾き、時にはごく軽く歯で噛んだりしながら、夢中になってルフィアの乳首を口内で蹂躙する。

「あああぁぁ!!やあっ、おっぱい…おっぱい、すごく、きもちいいのぉぉ…!!」

 乳首に刺激を与える程に、ルフィアはより激しくはしたない嬌声を上げる。
 最愛のグレゴリーだけに捧げられた、ルフィアの淫らな歌だ。
 もう片方の乳首も指先で転がしながら、強めにつねり上げたり、逆に押し込んだりして、玩具のように弄ぶ。
 胸への快楽に呼応するように、膣内も、きゅん、きゅん、とより一層強く締め付け、グレゴリーの理性をさらに搾り上げていった。

「はぁう、またっ…また、いっちゃう…!
 レッくん、おねがいっ…いっしょに、いっしょに…ッ!!」

 自分の中でグレゴリーのペニスがびくびくと脈打ち、限界が近いことが分かる。
 一突きごとに目から火花が飛び出るような快楽を味わいながら、いつしかルフィアは、尾びれの先をグレゴリーの脚に絡めながら腰を動かし、もっと気持ちよくなってほしいと、もっと深く強く貫いてほしいと自分から求めていた。
 そして…ある時、互いの腰が同時にぶつかり、肉槍の先端が、子宮口にひときわ強く叩きつけられた。
 それが止めだった。

「あっ…ふああああああああああああああああああーーっ!!!」
「くぁああああああああ……ッ!!!」

 咆哮とともに、とてつもない量の精液が、何度も、何度も最奥に叩き込まれる。
 マグマのように熱い最高の甘露が、魔物の子宮に力強く当たり、満たされてゆく初めての感覚に、ルフィアは全身が吹き飛んでしまいそうな絶頂を迎えた。

「あああぁ…レッくんの、いっぱい、でてる…
 あつい…うれしい…ぐすっ、あついぃ……」

 繋がったまま、ぷしっ、ぷしっと、透き通った潮を何度も尿道から噴き出し、グレゴリーの下腹を濡らしているのにも、今のルフィアは気づかない。
 二人はお互いの身体にしがみつき、この真っ白な感覚を、長く、長く共有し続けた。



「はぁ〜…。すごかった、ね…」
「ああ。…何ていうか、すごかった…」

 並んでベッドに横たわりながら、二人は行為の余韻を楽しんでいた。
 二人の性器からは、精液と愛液、そして破瓜の血が混じり合った液体が、いまだ垂れ落ちている。

「ありがとう…レッくん。私の初めて、もらってくれて…」
「いやいや、こっちがお礼を言いたいくらいだよ。
 嬉しくて踊りながら走り出したいくらい…って、なに言ってんだオレ」

 こうした空気でどう振舞えばいいのか分からず、ついおどけてしまうグレゴリー。

「うふふふ…いつものレッくんだ♪」
「…さっきまでは、いつもじゃなかったのか?」
「うん。ずっと緊張してるみたいだった」
「そっか…心配かけて、ごめんな」

 ルフィアの後頭部をやさしく撫でてやる。

「ん〜……♪」

 ルフィアは小さな子供のように、もしくは小動物のように、嬉しそうに目を細めた。
 つい先程まで、あんなに悶え乱れていたのが嘘のような…

(…あ、やべ…)
「あっ…♪」

 その時のルフィアの表情を思い出し、再びペニスが膨らみ始めてしまう。
 そして魔物娘であるルフィアは、その反応を敏感に察知した。

「レッくん、もう一回しよ?したいよね?」
「え…いや、でも、疲れてるだろ?ルフィア…」
「私なら全然大丈夫だよ。むしろ、レッくんの精のおかげで元気いっぱい♪
 レッくんもそうじゃない?」
「そう言われてみれば…なんだ?大して疲れてないような…」
「でしょ?じゃあ、早速しよ♪」

 そう言うと、ルフィアはさっと体を反転させ、様々な体液にまみれたグレゴリーの股間に顔を近づける。

「おっ、おい、ちょっと!?」
「さっきは私が気持ちよくしてもらってばっかりだったから…今度は私が、レッくんをいっぱい気持ちよくしてあげるね♪」
「はうッ!?」

 何の躊躇もなく、グレゴリーの半勃ちの陰茎に舌を這わせ始めるルフィア。
 甘いクリームか何かのように、こびり付いた液体を舐め取って綺麗にしてゆく。

「な、なんか…いきなり積極的すぎじゃないか、うぁぁっ!?」

 汚れがひととおり舐め取られた頃には、肉棒は完全に力を取り戻していた。
 そこに襲い掛かったのは、むっちりと柔らかいルフィアの双乳。
 谷間の汗と、体液を舐め取った後の肉棒に残されたルフィアの唾液を潤滑油にして、巨大な質量で勢いよく扱き上げる。

「ちょっ…、それ、凄すぎっ、やばっ…!!」
「うふふふふ…これも私を人魚にしてくれた人に教えてもらったんだ。
 気に入ってくれて嬉しい…もっと気持ちよくなって…♪」

 何らかのスイッチが入ってしまったらしく、ルフィアは止まらず、その双丘をもってグレゴリーを責め続ける。
 やがて再び精が放たれると、今度はグレゴリーが、やられっぱなしなのを癪に感じてルフィアを押し倒し、気持ち良くしはじめる。
 その次はルフィアが、その次はグレゴリーが…と、攻守を入れ替えながら、子供の頃に戻って遊んでいるかのように、交わりはいつまでも続いた。





 それから何回射精し、何回絶頂させただろうか。

「はぁ……はぁー……あー…」

 意識を朦朧とさせつつもルフィアの膣内に幾度目かの精を放つと、グレゴリーはもはや体を支えることさえできず、仰向けに寝転がって息を整えていた。
 自分が今、起きているのか眠っているのかもわからない。
 お互いに活力を与えあえるとはいえ、グレゴリーはまだ人間であり、限界はあった。

「…ん、ルフィ、ア…?」

 隣に横たわっていたはずのルフィアは、既にすうすうと寝息を立てていた。
 彼女もまた限界を迎えていたらしい。
 いや、限界というよりも満足というべきか。愛する者と存分に楽しみ、精をお腹いっぱい受け止め、幼い子供のような、実に穏やかな表情で眠っている。
 その様子がとても可愛らしく、ほとんど無意識に手を伸ばし、また頭を撫でた。

「えへ……♪」

 それに反応して、ルフィアは小さく笑う。きっと幸せな夢を見ているのだろう。
 ルフィアはもう大丈夫だ。助かったのだ。今も信じがたいが、魔物となることで。

(今度こそ、何があっても、オレが守ってみせる)

 夢うつつの中、そんな決意をおぼろげに抱きながら──彼も眠りに落ちていった。





 翌朝。二人を目覚めさせたのは、ドアをノックする音だった。

『二人とも、起きなさーい?仲良くしてるところ悪いけど、もうそろそろお昼よ?』

 ノックと声の主は、グレゴリーの母だった。

「んっ…はぁーい、おばさん…」
「んー、いま、起きる…」

 瞼をこすりながら、二人はベッドから起き上がった。

「おはよ〜、レッくん…」
「ん、おはよ…」

 目覚めてまずグレゴリーが目にしたものは、全身ありとあらゆる体液にまみれたお互いの姿だった。

「うわっ!なんだこりゃ!?」
「ベトベトだねー…」
「これじゃ下に降りれないぞ…?」

『はいはい。ドアの前に布と水桶、あと着替え置いといてあげるから、体拭いて、早くご飯食べに来なさいね?もうちょっとしたらお客さん来るんだから…』

「お客さん…?誰だ?」

 とりあえず急いで体を拭いて着替え、共に朝食(昼食)を済ませる。
 二人が居間で待機していると、初老の男性と、純白の法衣をまとった見知らぬ女性が家を訪ねてきた。

「あ、町長…」
「グレゴリー君…」

 グレゴリーの姿を見ると、初老の男性…町長は深々と頭を下げた。

「すまなかったね…私が推薦したばっかりに、君達には大変迷惑をかけてしまった…」
「そんな…町長のせいじゃないスよ。
 町長はただ、オレ達の力を評価してくれて、もっと伸ばせるかもしれないって考えてくれただけじゃないですか」
「それでも、わしの母校があんな事になっているなど知らずに君達を送り込んでしまった。どうか君にも、謝らせてほしい」

 この町の町長は、海の男達をまとめ上げる風格を持ちながらも、ややお人よしな所のある好人物であった。
 二人の学院行きの話も、売名などの意図はなく、善意からのものであったのだろう。だから二人もこの話に乗ったのだ。

「それで、そっちの女の人は…?」
「ああ、申し遅れましたね。私はシャローマ・アカデミーから来ました、シー・ビショップの『シフ』と申します」

 法衣の女性は礼儀正しく、そして優雅に、二人へと一礼する。

「シャローマ・アカデミー…?」
「私達に入ってもらいたいって言ってくれた学園の名前だよ♪」
「ルフィアさんからの手紙が来て、急ぎあなた方を迎えに来たという次第です。
 こういう手続きは早いに越したことはない、と学長が言うもので…今朝こちらの町長さんに話を通し、町長さんもグレゴリーさんに謝罪したいとおっしゃるので、こうして一緒に参りました」
「い、いくらなんでも早すぎじゃないですか!?」
「それだけ学長も、お二人が来るのを待ち望んでいる…ということだと思いますよ」

 あの学院のことしか知らないので自信はないが、それでもフットワークが軽すぎる…と、グレゴリーは心の中でツッコミを入れた。

「ただ、ルフィアさんはもう入学の意思を決めていらっしゃるのですが…
 グレゴリーさんにとってはいきなりの話でしょうし、すぐに入学したいかどうかなんて決められませんよね?」
「確かに…いきなり入学してくれって言われても、ちょっと決めづらいですね」
「そこで、まずは学園がどのようなものかを見学してもらい、それから決めてもらおうということになりまして…どうでしょう、一緒に来ていただけませんか?」

 その話も急ではあるが…昨日一日で肩の荷が下り、心の余裕を取り戻したグレゴリーは、見学の申し出を受けることにした。



「さて、これで一通り見学は終わりましたが…いかがでしたか?」
「…なんか…全然、別の世界に来たみたいです」
「ふふふっ…驚きでしょう?」

 まず驚いたのは、この学園が別の国どころか『海中』にあるという話だった。
 シー・ビショップが仕える海の神ポセイドン…その加護により、一時的に水の中でも生きられるようになるという。だから彼女、シフが迎えに来たのだ。
 そして実際、グレゴリーはこうして生きており、ルフィアと共に海流に乗って、海に沈んだ大きな石造りの建物へとやって来た。
 さらにその建物の中には、教師も、生徒も、施設も…およそ学校として成り立つために必要なものすべてが、海の中にもかかわらず、ちゃんと存在したのである。図書室には本までも、それも、あの学院に匹敵するほどの蔵書が、濡れて劣化しない魔法をかけられ収められていた。

「本気で、海の中で学校やってるなんて…」
「うん。素敵だよね♪」
「ありがとうございます、ルフィアさん。
 では最後に、学長にご挨拶しましょう。お二人に会いたがっていましたよ」

 そして三人は、『学長室』と書かれた扉をくぐる。
 こんな場所のトップとは一体どのような人物なのだろうか、と考えていたグレゴリーを出迎えていたのは…

「…って、誰もいない!?」

 様々な書類や筆記用具などが置かれた中央の大きな机には、本来そこに座っているであろう人物が、影も形も見えなかった。
 思わずキョロキョロと周囲を見回すグレゴリー。

『…ふっふっふ…ここよ、ここ』

 どこからか、女性の声は聞こえる…だが、一体どこに?

「はぁ〜い、こ・こ・よ♪」

 いたずらっぽい声と共に、美しい女性が顔を出してきた。
 しかもなんと…机の上に置かれた、大きめのインク壺の中から。

「うわぁぁぁ!!?」
「アッハッハッハッ!!」

 生首のように、インク壺の中から頭だけを生やしたその女性は、してやったりといった風に笑う。
 ひとしきり笑った後、女性は壺からにゅるにゅると外へ這い出してきた。
 その下半身は、八本のタコの触手であった。

「さて、改めて…
 あたしがシャローマ・アカデミー学長、スキュラの『クワーティー=ベル』よ。
 よろしくね、二人とも♪」

 そう言いながら、にっこり笑って軽く手を振る。
 『学長』という肩書きから、こんな人が出てくるとは思いもよらなかった。しかもインク壺から。

「ど、どうも…」
「よろしくお願いします…?」
「あ、もう楽にしていいわよ。かしこまった場所はおしまい」
「は、はあ…」

 少し失礼だが…なんだか教育者らしくない人だな、とグレゴリーは思った。
 服装からして非常にラフだし、態度も気安い友人同士のようだ。

「それで、グレゴリー君。ざっと見学してみて…どう思った?この学園のこと。
 面接試験とかじゃないから、思ったまんま話してみて」

 グレゴリーは少し考え、思ったことを口にする。

「まず…海の中にあるだけでも不思議なのに、ちゃんと学校してて…驚きました。
 あと、なんていうか…みんな、楽しそうに過ごしてるなぁ…と」
「へぇ…?」
「生徒の人達は、授業中ずっと真面目に勉強してて…でも、ただ真面目にやってるだけじゃなくて、みんな楽しそうな顔してました。本読んでる時のルフィアみたいに…
 それだけでも、学院とは全然違いました」

 学長は満足げに笑いながら、グレゴリーの話を聞き続ける。

「生徒だけじゃなくて、先生も、他の仕事してる人も、みんな胸を張って、楽しそうに仕事してました。自分達の仕事に誇りを持ってるみたいでした。
 すごく、格好良かったです。オレも将来、あんな風に働きたいと思ってて…」
「ふっふっふ…よく見て、気に入ってくれたみたいね。
 じゃあ、入ってみちゃう?あんた達の家からも通えるし、武術も学べるわよ?」
「…はい。入りたい、です」

 その返事に、学長は大きく頷いた。

「よしッ!
 そんじゃあ、正式な書類やら何やらは後で出すとして…
 シャローマ・アカデミー学長、クワーティー=ベルの名において、あんた達二人とも、今日からウチの生徒ね。歓迎するわ♪」
「生徒ね、って…え?そんな軽く済ませていいんですか?」
「いいのいいの。
 ここで勉強する意思が本当にあるんなら、もうウチの生徒の一員よ。
 学びたいと思った時から、学びは始まる…確かそんな言葉があったわ」
「そう、なんですか…」
「それにウチも、あんた達が欲しかったからね。鉄は熱いうちに打て!ってやつよ」

 二人は、昨日の今日で迎えが来たことを思い出す。
 彼女のこの圧倒的な行動力が、学園の異様なフットワークの軽さと、楽しげな校風を生み出しているのだろうと強く実感した。

「あの…どうして、オレ達が欲しかったんですか?
 こう言っちゃ何ですけど、オレ達よりも成績のいいのなら沢山…」
「あー、ダメダメ。ただ成績がいいだけなんてダメよ。
 一言で言うなら…この学院には、あんた達みたいな生徒こそが必要なのよ」
「私達…みたいな?」
「そう。
 あたしの目的は、この海の中に、他に負けない教育機関を築き上げること!
 …なんだけど…魔物娘ってのはどうにも、学びに興味のないのが多くてね。
 新しい入学者もあんまり集まらなくて…なんかこう、周りへのアピールポイントというか目標というか、そういう人材が欲しいわけよ。
 魔物娘だけど、勉強の大切さを知ってます!頑張ってます!みたいな子を、ね?」

 …不安そうに顔を見合わせる二人。
 大きな夢を持つ教育者の割には、随分ふわっとした勧誘理由もあったものである。

「…おほん。
 兎に角そのために、あちこちの国へ探りを入れて、優秀な子供達を探してたわけ。
 魔物ってのは良くも悪くも欲望に忠実だから…成績がよくてもイヤイヤ勉強してる子は、魔物になったらすぐ勉強なんてやめちゃうのよ。
 でも、自分から進んで、楽しみながら学んでる子は、魔物になってもそのまま熱心に学び続ける。そういうわけで、あんた達みたいな子こそが欲しいわけ。
 魔物になっても楽しみながら頑張れる、素質を持った子がね」

 頑張れる素質がある…二人とも、そんな事を言われるのは初めてであった。
 学院を追い出された時から、二人の心の奥底には、努力を否定されたという思いがずっとわだかまっていた。生まれこそがすべてであり、積み重ねてきた努力や、誇りにしていた武術や知識など、学院にとってはどうでもいいのだと。
 だが、努力を続けられることは、実は褒められるべき特別なことなのだ。二人がそれを理解し、誇れるようになるのは、もう少し後の事である。

「んで最近、反魔物国も調べてみようとして、ウチの生徒をひとり密偵として送って…あんた達を見つけて、ちょっと調べさせてもらったわ。
 随分ひどい目に遭ったわねぇ…特にルフィアちゃん」
「はい…」

 学長はルフィアを見ながら、取り出した資料を確認する。

「随分勉強を頑張ってきたみたいね。貴族のボンボン共の中で、平民生まれを覆すくらいの成績を取るなんて…中々できることじゃないわ。
 それにひきかえ…何?成績で抜かされそうになった奴らときたら、自分達は努力をしないまんま、ルフィアちゃんを学院から追い出そうと集団でイジメ?
 それでも折れないもんだから、とうとう落ちこぼれ連中を雇ってレイプさせて、魔物として国に突き出そうと計画してた!?
 挙句の果てにそれを阻止したグレゴリー君ともども逆恨みして、事件を隠蔽したい学院と協力して、家の圧力で退学させた!?ふッざけんじゃあないわよッ!!!

 激しい怒りで、まさにタコのように顔を真っ赤にする学長。
 傍にいたシフがそれを制止する。

「学長、落ち着いて下さい…」
「はぁ、はぁ……あ〜、資料を見れば見るほど胸くそ悪い!」

 深く息をついて、気分を落ち着かせると、学長は続けた。

「ふー…ごめんごめん、みっともない所見せちゃったわね」
「いや、大丈夫です。オレだって、今でもあいつらは許せないですし…」
「まあそうよね。まったく、どっちが魔物だかわかりゃしないわ。
 ほんと、ウチの密偵と姫様には感謝しないとね。あの二人がいなきゃ、あんた達、どうなってた事か…」
「…?姫様?」

 密偵はともかく、なぜそこで姫という言葉が出てくるのか。

「あ、聞きたい?んじゃ、話すわ。
 実はあたし、リリムっていう魔界のお姫様のひとりと友達なんだけど、その子がこの学園に遊びに来た時に、偶然この資料を見ちゃったのよ。他にもワンサカ入ってきた、貴族共の横暴の情報も含めてね。
 もうあの子、あたしがチビりそうになるくらいブチギレちゃって…
 そのまんまの勢いで自分の部下たちを引き連れて、次の日には、あの学院を王都ごと壊滅させちゃったのよね。
 壊滅っていうか、魔界にしたんだけど。あ、もちろん人死には出てないわ」
「か…壊滅させたァ!!?」
「あれ、知らないの?
 逃げてる間、ずいぶん余裕なかったのねー…」

 届かなかったはずの怒りの対象が、自分の気づかない内に滅びていた。
 そういう時、人はどんな顔をしたらよいのか。グレゴリーにはわからなかった。
 義憤だけで軍隊を引き連れ、たった一日で王都を壊滅?人死にも出さず?その『リリム』とやらの力は、どれだけ強大なのだろうか…

「そんでもって、その姫様がルフィアちゃんや、他にボンボン共にひどい目にあわされてた人達を助けて回って、あんたの居場所も突き止めて…今に至るというわけよ」
「は、はぁ…」
「姫様に感謝しときなさいよ?あ、もちろん密偵の子にもね。
 密偵の子が、学院で見つけた恋人…あんたの友達と一緒にいる時に、ルフィアちゃんのピンチを見つけたのよ。そっから先は、あんたも知ってるでしょ?
 ちなみにその子自身は、もしあんたが間に合わなかったか、返り討ちにされた時のために助けようとスタンバイしてたらしいわ。まあ、必要なかったみたいだけど」
「そうなんですか…」
「あんたの友達を連れてこの学園に戻ってるから、今度会ったらお礼言っときなさい」

 かつては恐怖の対象だった魔物が、自分たち二人を陰ながら助けてくれていた。
 それが本当なら、ルフィアが魔物になった方がいいと判断したことも頷ける。

「あ、そうだ……あいつらは、どうなったんですか?」
「嫌いな相手をわざわざ追いかけるのは感心しないわよ?まあ、話すけど」

 一呼吸おいて、少し真剣な顔で、学長は話し始めた。

「善人には幸せを、悪い者には罰を。教団の教えだけど、魔物娘はそういう所、ちゃんと実行するわ。
 あんた達をひどい目に遭わせた奴らも、その無駄なプライドを育ててきた貴族共にも、姫様や配下の魔物達が、落とし前はキッチリつけさせたはず。
 味わわせられるだけの恐怖と屈辱を味わわせて、凝り固まった驕りを完璧にへし折って、自分達がどれだけひどい事をしてきたのか、徹底的に、体でわからせて。
 それから…まあ、適当な魔物娘とくっついたり、女性だったら魔物化したりして、それなりに幸せに暮らすでしょうね」
「…そう、ですか…」

 ルフィアにあんな仕打ちをした連中が幸せになる…
 どうしても、それは卑怯だと感じてしまう。

「許せないのは分かってる。
 けれど、悔い改める余地がある限り、間違いを犯しても幸せに生きる権利はあるわ。
 …でもね。
 本当に自分の罪を自覚して、その上で幸せに生きるっていうのは…正直、かなりキツイわよ。
 忘れようとしても、償おうとしても、過去は消せるものじゃない。
 今までの自分への羞恥や、幸せに生きることへの後ろめたさ、自分のしてきたことへのしっぺ返しを食らう恐怖なんかが、いつでもどこでも一生つきまとう…十分、罰は受けることになるわ」

 幸せにはなれても、そこに安らぎはない。
 それどころか彼らの伴侶となる魔物娘も、相手が生涯苦しむことを承知の上で添い遂げることとなる。その事実に、また相手は苦しむ…
 だからといって彼らを許せるわけではないが、その運命は確かに、世にも残酷な刑罰かもしれないと二人は思った。

「だからもう、この話はこれでおしまい。あんた達もとっとと忘れなさい。
 『よく生きる事こそ最高の復讐』っていう言葉もあるわよ?あんた達はこれから先、悪い奴らよりもずっと『よく生きる』ことができるんだから。
 ほら、チューでもして、モヤモヤなんて吹き飛ばしちゃいなさい」
「…え?チュー?」

 聞き返した直後、グレゴリーの口は、ルフィアの唇で塞がれた。
 そんないきなり、人前で!?…などという思いが若干湧きあがるも、ルフィアの柔らかな唇と舌の感触にすぐ掻き消され、ルフィアの事しか見えなくなってしまう。
 しばらくして唇が離れた時、グレゴリーの胸の中に巣食っていた、モヤモヤとした暗い感情も、綺麗に消えてしまっていた。





 学長と別れ、二人が町に帰ってきたころには、太陽はもう海に沈みかけていた。
 海から上がったグレゴリー達を出迎えたのは、ルフィアの両親であった。

「おお、帰って来たか、二人とも!!」
「お帰りなさい、ルフィアちゃん。グレッグちゃんも♪」
「おじさん…おばさん!」
「二人とも、ありがとー♪
 …あれ?でも、お店は?」

 本日は休みではなかったはず…と、思わず聞いてしまったルフィア。
 だがそのすぐ後、疑問の答えは明らかになった。

『お帰り、ルフィアちゃん!』
『グレッグ、昨日帰って来てたんだって?水臭いぞ!』
『新しい学校はどうだったの?』
『早めに切り上げてお祝いに来たぜ!』

 ルフィアの両親の後ろでは…海の男達や、グレゴリーとルフィアの友人達など、町の人々が大勢集まり、同じように二人の帰りを待っていたからだ。

「みんな…!!」
「グレッグ君。君が帰って来てくれて、ルフィアが新しい学校に入って…あと、その、二人が結ばれて…その記念に、パーティーを開こうと思ってな。
 大したものではないんだが…こうして、君達を祝いたい人達も大勢集まってくれた。もちろん君の両親もいるぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「ちょっと前からなんか準備してるなと思ったら…このためだったのかぁ。
 ありがとね、お父さん、お母さん、あと、みんな♪」
「さぁ、皆さん。ぜひお店にいらしてください。
 私も主人も、特別に腕によりをかけて、おもてなしいたしますから♪」

 歓声と共に、祝いに来た人々は、パレードのように酒場へと向かっていった。
 自分達のことを、これほど沢山の人々が祝ってくれるなんて…二人は少し恥ずかしく、こそばゆい気分になったが、それ以上に、最高に嬉しかった。

「レッくん」
「ん?」
「これからも、よろしくね♪」
「ああ。これからもよろしくな、ルフィア」

 二人は満面の笑みで手を取り合い、みんなが待つ酒場へ歩いていく。
 町の空には、満月から少し形は変わったが、変わらず美しい月が昇り始めていた。


                              <HAPPY END>





「…はいっ!というわけで、この物語も無事ハッピーエンド♪
 うんうん、やっぱりいいわね。見てよ、あのふたりの幸せそうな顔♪
 でも、これで終わりじゃないの。終わったのはあくまで『この話』…ふたりの人生は、これからもずっと続くわ。特にルフィアちゃんは人魚だし、いずれグレゴリー君も血を飲んで同じ寿命になる…それこそ何百年も、幸せな時間を楽しめるってわけ。
 その中であの二人は、このハッピーエンドよりも、もっともっとエッチで幸せな瞬間に、沢山出会うことになるの。
 ふたりが味わうその瞬間について…ちょっと見てみたくない?
 そう、よかった♪それじゃあ…『つづきをお楽しみください』♪」
20/03/28 22:49更新 / K助
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■作者メッセージ
非常に長くなってしまいましたが、最後までご覧いただきありがとうございました。
相も変わらず、お久しぶりです。K助です。
気付けば私がこのクロビネガ様、そして魔物娘図鑑に出会ってから、けっこうな年月が経っておりました。
しかし、書きたいものはいっぱいあるのに、書き上げられたSSはほんの少し…そのほんの少しも、いつまで時間かけてんだという遅さに我ながら情けなくなります。
…そこで、もっと自分の性癖に正直になってみることにしました。すなわち、幼馴染ヒロイン!おっぱい!!人魚!!!
これを前面に押し出した物語を、他でもない自分で楽しむために書く!…という思いで、またしばらく頑張ってみようと思います。
その過程で、見て下さった皆様も楽しんでいただけたら幸いです。
あと文章量の方も…今回は様々な設定を詰め込む必要があったせいで異様に長くなりましたが…以降の話はそれをしなくていい分、短く読みやすくなるんじゃないかと。
重ね重ね、最後までご覧いただきありがとうございました。
結局私の努力次第ですが…できる限り近い内に、またお目にかかれたらよいですね。

2020/03/28 加筆修正しました。

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