連載小説
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一緒に遊ぼ
 ふにふにとした柔らかいものが頬に触れる。寝返りを打って逃れると執拗にふにふにとした感覚が頬を襲った。顔をしかめて布団の中に逃げ込むとソレは、布団の中まで執拗に潜り込んできた。
 流石に我慢できずに薄っすらと目を明けると一本の触手が目の前にあった。視線が合う。慌てて逃げようとするそれを、ガシッ、と掴むと必死になってパタパタと身をくねらせた。もちろん逃がすつもりなんて無い。
 ニヤニヤしながら布団から出てくると、今度は私がクーネの事をツンツンと指先で突き始める。先端部分を触らせまいと身を躍らせるのだが手の中の逃げ場などたかが知れる。掴む手を少しずつ動かしてクーネを追い詰めると、ついには逃げ場を失った。

 ツンツンツンツン・・・

 最初は本体と手の中の触手先端との間を暴れさせていたクーネだが、ついに諦めたのか大人しくなった。
 クーネは瑞々しくて柔らかくて、そしてほんのちょっぴり青臭い香りがする。なんとも言いがたく癖になる感触を堪能させてもらい、最後に頬擦りをして解放する。

「クーネ♪ おーはよ!」

 朝の挨拶をするとクーネはキューと小さく鳴いて首を振って返事をしてくれた。
 植物系の魔物は太陽の光をたっぷりと浴びるために朝が早い。もちろんマンドラゴラの私も例外では無く、起きるのは早いという自覚はある。日が出ている時間を基準に生活していると言っても過言は無い。

「・・・でも、流石に早いと思うよ?」

 カーテンを開けるとまだ東の空が少し赤くなった程度だった。
 どうやら自分だけ起きて寂しかったから起こしたらしい。視線を移すとクーネは少しだけバツの悪そうに身体を縮めた。あまりにも分かりやすい行動に怒る気も失せて、代わりに苦笑がこみ上げてくる。

「まぁ、良いか。 どうせ、起きるもんね。 ちょっと早いぐらい問題ないよ」

 ぽんと手を乗せると安心したように手の平に身体を擦り付けてくる。早いと言っても精々一時間弱だ。大したことじゃない。我ながら甘いなぁ、と僅かに反省する。
 さて、起きると決めたなら今度は着替えないといけない。
 森の中で生活していると肌を傷つけやすいし、このあたりだと町も近いので裸で歩くのは絶対に嫌だ。軽く伸びをして着替え用の衣類を取る。木綿で作った服を花から作った染料で染めた服だ。ヒュロスお姉ちゃんが私のために作ってくれた、お気に入りの一着である。
 じぃ、と私が服を選ぶ一部始終を見ていたクーネの方を向いて笑いかける。

「クーネの え っ ち♪」

 ピクン、と驚いた様に一瞬だけ身体を硬くすると、すぐに高速で左右に触手を振って壷の中に引っ込んだ。からかうと面白いな、クーネは。本当は覗く気が無かったのも知っているし、覗かないことも知っている。純粋にからかってやろう、と思って言っただけなのに律儀に反応してくれる。
 念のため・・・ というより、クーネを安心させてやるために毛布を一枚被せる。これでクーネに外は見えないし、私もクーネに遠慮することなく着替えることができる。


・・・

 着替えを終えて毛布を取ってあげると、ヒョッコリとクーネは触手を出した。それからしげしげと上から下まで眺めると、ポテンと触手を預けてきた。気に入ってくれたようだ。
 ありがとう、という意味を込めて撫でてやると少しくすぐったそうに身を捩った。

「じゃ、ご飯にしよ?」

 クーネを誘うとコクコクと頷いて、器用に触手を使って窓辺から降りた。壷状の本体の下には短い4本の足があり、それをチョコチョコと動かして歩いてくる。
 私達に食事はほとんど必要なくて、水分をしっかりとって天気が良い日に日向さえ居れば栄養は十分作る事ができる。だから、食事は水分補給の場であって、固形物を摂取するのは嗜好品や趣味としての意味合いが強い。
 拾い集めた小枝を竃にくべ、イグニスに魔力を込めてもらった火打ち石を取り出す。カチリ、と石を合わせると簡単に火花が散り小枝に火がついた。行商のゴブリンに在庫の整理という事で格安で売ってもらったサイクロプス製の丈夫なヤカンに水を汲み上に乗せる。

「クーネ、カップを二つとってくれる? あと、ポットも」

 コクン、と頷いて棚に向けて触手を伸ばす。棚には沢山の食器が納められているので、どれが良いのか分からないらしい。空中で暫く触手を彷徨わせた後「キュー・・・」と小さく不安げに鳴いた。

「私は犬のマグカップ、クーネは気に入ったマグカップを使って良いよ」

 嬉しそうに頷くと犬のマグカップと猫のマグカップ、そしてポットを用意してくれた。
 褒めてあげると、ねだるように身体を摺り寄せてくる。
 触手の上に手を置いて微笑み返す。ポットに紅茶の葉を入れ、ヤカンからお湯を注ぐ。フワリといい香りが周囲に広がるとクーネは待ちきれないとでも言うように身体を躍らせた。

「まだちょっと待ってよ・・・」

 お盆を持って机に持っていこうとするクーネを押し留める。ミルクピッチャーと砂糖の入った小さな壷、それからコンガリと焼けたトーストを皿に載せてお盆の上に置く。クーネはぴょこぴょこと身を揺らして、それから元気よく運んで行った。
 クーネの成長は早い。まだ芽を出してから数日と経っていないのに、壷の大きさは一回り大きくなり、触手の太さは約三倍、長さは見えるだけで大体二倍近くになった。元気な育ち盛りなのだろう。

「さ、ご飯にしよ」

 声を掛けると椅子の上に登り、頂きます、と触手をあわせた。
 クーネは結構な甘党らしく、山盛りの砂糖を紅茶に入れて、タップリのミルクを入れる。ニョロニョロと机の上を踊る触手の姿に最初はビックリするけれど慣れてしまうと面白い。この間、クーネを朝食に連れて行ったときはニアも随分と楽しそうだった。

「そうそう。 クーネ、今日はニアが遊びに来るってさ」

 自分のカップに唇をつけながら告げると、紅茶を飲むために伸ばした触手の動きが一瞬だけ止まる。それからジーッと私を見つめるとカップから触手を放して喜びを示すように全身を伸縮させ始めた。

「落ち着いてってばぁ・・・ もぅ・・・ 食事中は静かにって約束でしょ?」

 よっぽど嬉しいのか、ちっとも言う事を聞いてくれない。先端を押し付けて、身体を擦り付ける。

「やん♪ もう・・・ 噛んじゃだめって言ったでしょ!」

 耳に甘噛みされてしまい、思わず首を振って振り払う。軽く怒ってみせると、反省したようにシュンと小さくなった。反省しているようなので「駄目でしょ、の指ツン」だけして許してあげる。

「ニアは午後から遊びに来るって、だから午前中は家事をするよ。良い?」

 確認するとコクコクと頷いた。「素直でよろしい」と思ったのも束の間、ピョンと椅子から飛び降りるとハタキと箒を取りに行こうとする。

「だーめ! まだご飯が残っているでしょ」

・・・

「こんにちは〜」

 お日様が真上に来た頃、軽やかな来訪者の声がした。「はーい、今行きまーす」と大きな声で返事をして読んでいた本を傍らに置き、クーネと一緒に迎えに行く。短い廊下を抜けて扉を開けるとプラチナブロンドがとっても可愛いアリスが立っていた。

「さ、上がって」
「お邪魔しまー・・・ わぁ!」

 ニアを迎え入れるとクーネは抱きつくようにニアに絡みついた。ニアも微笑を浮かべてクーネを受け入れ、そしや優しい手付きで撫でてやる。より一段とクーネがうれしそうに巻きつくと、流石に苦笑を浮かべた。

「クーネ・・・ 動けないよ・・・」

 ニアが小さく呟くと慌ててクーネは身を引き、ちょっぴり頭を下げる。必要ないよとニアが手を振るとお詫びの印とでも言いたげに、触手を絡めて握手をした。
 三人(二人と一株?)で一緒にリビングまで進むと、ニアはニッコリと笑って手に持っていた物を私達に見せ付けた。上等の羊の皮を被せ、その上から金箔を貼り付けた豪華な装丁の本だ。

「じゃーん 見て♪ 魔界植物大図鑑♪ お父さんに買ってもらったんだ」

 どうやらお父さんにねだって買ってもらったらしい。確かお母さんはニアに厳しいけど、お父さんは結構甘いんだっけ・・・ もう誘惑するなんて、ニアは立派な魔物だなぁ・・・

「これにクーネが載ってたんだよ・・・ あ、これだ♪」

 ニアが手に持っていた図鑑を床に広げると、そこにはクーネと同じ種族の成体が描かれていた。二人で覗き込むとクーネも興味があったのか触手を伸ばして覗き込んだ。
 そこには、丁度イソギンチャクを壷に入れて下から4本短い足を出しているような形をした植物が描かれていた。

「アネモネ型魔界植物 アクチナリア」

 それがクーネの種族の名前らしい。

 性質は比較的温和で大人しい。水や日光、あるいは食事を与えれば元気よく育ってくれるだろう。非常に人懐っこく丈夫な種族で初心者にも比較的簡単に育てることができる。そのため、魔物や一部の好事家な人間が、寂しさを紛らわせるために育てることもある。触手は通常は20本程度持つが魔力によって様々な形の触手を作成することができる。
 魔力が足りない場合にはなんらかの形で供給してやる必要があるが、基本的に非常に魔力を溜めやすい。十分量の魔力を与えて、訓練すれば使い魔として契約することが可能である。

「だってさ」
「ふーん・・・」

 読み上げると、顔を上げてニアは呟いた。
 丈夫なのは分かったけど、半分ぐらいは分からなかった。クーネにとってはどうでも良かったらしく身体を摺り寄せてきた。折角だから一緒に遊ぼうと誘っているようだ。クーネは図鑑をしまいトランプを取り出す。

「七並べでもする? 三人で」
「良いよ」

 すっかりとニアはクーネと友達になっている。
 友達が増えてよかったね、心中呟くと嬉しそうな仕草で元気良く触手を上下に振った。

・・・

 ニアは小さな額に皺を寄せ、可愛い顔をくしゃくしゃに歪めていた。

「パス・・・」

 さっきから一枚も出せていない。五回連続のパスを搾り出すように呟くと、嬉々としてクーネはトランプを場に出した。出されたのはスペードの8。それが最後の一枚だったらしく、上がりを宣言するように触手をひらひらとしている。

「あぁ、もぅ! クーネったら、酷い! ずっと止めてたの!?」

 ぽい、と手に持っていたカードを放りふて腐れるようにコロンと後ろに倒れた。私はもう上がっていたからニアがビリだ。今までの戦績はクーネが五勝一敗、私が二勝三敗、そんでもってニアが一勝四敗、おまけにこれで四連敗だ。

「うー・・・ クーネが意地悪するよぉ・・・」

 ニアが呟いてダダをこねるように手足をバタバタと暴れさせると、クーネは静かに触手を伸ばした。ニアが気づいた時には既に遅く、射程圏内に入っていたクーネは一斉にニアに襲い掛かった。
 慌てて身を捩って抵抗しようとするのだが、手首と足首をガッチリ巻きつけて逃げられない。無防備となったわき腹やわきの下、ついでに足の裏なんかをくすぐっている。一しきり笑わせた後、解放されると顔を真っ赤にしたニアが今度はクーネに飛び掛る。
 最初はヒョイヒョイと猫じゃらしで猫をからかうようにしていたクーネだが、本体にタックルされると簡単にひっくり返された。形勢は一転する。
 ニアはクーネの殻の部分に乗っかるとニンマリと笑った。クーネは必死になって身体を起こそうとするのだが、それを防ぐようにニアは身体を揺らしてクーネのバランスを崩す。

「こちょこちょこちょ」

 クーネの壷の中に手を突っ込み触手の付け根をくすぐりまわす。
 相当くすぐったいのか、触手を縦横無尽に暴れさせクーネは短い足を空でばたつかせた。多分、笑っているのだろう。

「リディアちゃんも手伝って♪」
「あ、うん♪」

 頷いて襲い掛かる。クーネの足を掴みクニクニと指先で弄り回すと、より一層に触手をばたつかせた。
 どれくらい三人で戯れただろう。真上にあった太陽が傾き、赤くなった頃三人はぐったりと横になった。

「はぁ、ちょっと・・・ 調子に乗りすぎたぁ・・・」
「そうだね・・・」

 二人は息を整えて顔を合わせて苦笑する。クーネはといえば触手を床に投げ出して、時折思い出したように身体を痙攣させていた。あれからずっと擽られていたクーネの体力は既に尽きているようだ。

「ごめんね」
「ごめん」

 見るも無残な状況のクーネをみて、僅かに罪悪感が胸に宿り謝るとクーネは最後の力を振り絞り「気にしないで」とでも言うように軽く左右に触手を揺らして、それから力なく倒れこんだ。

・・・

 その後も暫く遊んでいたのだが、ニアは傾いた夕日を見て、それから時計を見て名残惜しげに呟いた。

「あぅ・・・ ソロソロ帰らないと、遅くまでごめんね?」
「ううん、気にしないで。 こちらこそありがとうね」

 ニアはゆっくりと立ち上がる。ニアのウチは日が暮れる前に帰らないとお母さんに怒られていまうらしい。名残惜しいけど今日はこれでおしまいだ。

「じゃ、また明日ね」
「うん」

 クーネと一緒に玄関先まで見送る。
 二人でニアが見えなくなるまで手を振っていた。

「ね、クーネ」

 ニアが見えなくなりクーネを呼ぶ。
 クーネはまるで首を傾げるように不思議そうに触手を傾げた。

「ニアのこと好き?」

 戯れに訊ねてみると「もちろん、もう親友だよ」と言うように力強く触手を振った。それを聞いてちょっとだけ安心する。安心ついでにクーネを撫でると心地良さそうに身体を摺り寄せてきた。

 明日も楽しい一日になりますように

 小さく、夕日に向かってお祈りした。
11/02/01 20:06更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
第二回 ほのぼの触手

襲ったり襲われたり(お遊び的な意味で)



子供ってのは人種が違っても、言葉が違っても関係ないそうです
場合によっては、新しい言葉を開発してでも遊ぶそうです

じゃあ、触手だって一緒に楽しく遊んだって良いじゃない
植物と動物の垣根ぐらい越えてくれるって

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