連載小説
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殺意の咆哮〜狂えるヴァルキリー
 戦衣装に身を固めたヴァルキリー・レミエルは街を彷徨っていた。

「………………」

 ヴァルキリーの凛とした表情はそのままだが、固く閉じられた口と鋭い目つきにより、彼女が大いに怒っているのは明らかである。
 しかし、そんな威圧的な彼女を見ても、すれ違う街の住人達は気にも留めない。数人の集団が談笑しながら歩いているところにすれ違っても、彼等は話に夢中なままであるぐらいだった。

(……術は上手く機能しているようね)

 そんな住民達を横目で眺め、ほくそ笑むレミエル。
 彼女は魔術…でなく“神術”により自身の外見をただの町娘へと偽装すると共に、漏れ出る神力の一切を遮断していた。愛と狂気、そして殺意に満ちたヴァルキリーであるが、愛しい坊やを欺き続けた狡猾さはそのままであった。

(これで見つかって騒がれる事は無さそうだわ)

 怒りに任せて件の魔物を襲撃しに赴いたとて、ヴァルキリーであるレミエルはこのような場所では否が応でも目立つため、その前に感づかれるは必定。ならば、そうならないように最低限の手は打つべきである。さすれば相手はヴァルキリーの存在に気付かず、呑気にダイロの事でも考えているだろう。
 レミエルはその隙を突き、出来るだけ静かで迅速に、そして誰にもばれないように相手を始末すれば良い。

(ダイロを穢した馬鹿女がどれほどのものかは知らないけれど、これだけの術の出来ならば相当近づいても気づかれないでしょう)

 本来、このような術はヴァルキリーの役目上あまり使うようなものではないが、それでもレミエルは術の出来には自信があった。

(呑気に待っていなさい……辿り着いたら思う存分痛めつけてから殺してあげる!)

 復讐に燃えるヴァルキリーは姿を幻で包んだまま、ダイロの体に付いていた残り香と同じ匂いのする方向を辿り、歩いていった。





 やがて下手人の家に辿り着いたヴァルキリーだったが、肝心の女はそこにいなかった。家の中に入ってももぬけの殻であり、ただテーブルの上に書き置きが残されていたのみである。

『招かれざるお客様へ。東の森の中で待っています』
「……逃げられたか」

 書き置きを読んだレミエルはそれを破り捨てると、不機嫌そうに呟く。
 確かに、わざわざ家の中で待っている必要もない。半ば挑戦状のように己の匂いを愛しいダイロにわざわざこびりつけていたのだから、怒ったレミエルがやって来る可能性ぐらい考慮しているはずだ。
 この魔物が何者かは知らぬが、己の戦いやすい場に移動して罠を張るぐらいの知恵はあるのだろう。

「【サーチ】………………チッ、見えないか」

 魔物の濃い匂いがその場に充満しているのを利用し、その主を探知魔術で探るレミエル。しかし、向こうもすぐに探らせないように魔術で妨害しているらしく、探知魔術は不発に終わったのだった。

「地道に探すしかなさそうね」

 溜息をついたレミエルはこの不浄な空間から即座に出ていき、すぐに街の外へと消えたのだった。





「ここね…」

 そうして魔物の匂いを辿る内、ヴァルキリーは近隣の森へと向かい、歩き続けた。僅かな月明かりに照らされる森の中を歩き続けたが、最後に木々の無い開けた場所へと出る。

「こんばんは、初めまして。貴方がレミエルさんね?」

 一見、そこには誰もいない。しかし、辺りに女の美しい声が響き、ヴァルキリーに歓迎の意を伝える。

「やはり魔物…」

 しかしレミエルはそこに満ちた魔力を感じ取るなり、即座に声の主の正体を見破った。

「あらあら。あの坊やと違って、さすがにヴァルキリーの目は誤魔化せないわね」

 すると、これ以上隠し通せないと思ったのか、暗闇の中に一人の女が現れる。全身より放つ魔力からして、この者が件の女に間違いない。

「フン、その格好…」

 一目見たレミエルが不愉快そうに鼻を鳴らす通り、この女の格好は男受けを狙った実に破廉恥なものだ。
 ダイロ少年と出会った時に着ていたローブに似ているが、両太もものスリットは腰まで切り開かれ、胸元は今にも爆乳が零れ落ちそうなほど大胆に開かれている。
 しかし、何より目立つのは先端が折れ曲がった大きな鍔広帽子だろう。その唯一無二とさえ言える形状の帽子からして、彼女の種族が何かを物語っている。

「ダークメイジか…」

 レミエルには可愛い坊やを誑かしたのが魔物だと分かっていたが、種族まで検討はついていなかった。しかし、今ようやくどの種族かはっきりしたのだった。

「そう、ダークメイジのアビーゲイル・プリンよ。どうぞよろしく、ヴァルキリーさん」

 改めて自己紹介するアビーゲイル。しかし、両者の間には友好的な空気などなく、どちらかといえば険悪ささえ漂っていた。

「…そこまで分かったのなら十分」
「へぇ、何がかしら?」
「私は知りたかった。ダイロを誑かした者が一体何者なのかを」
「………」
「彼は勇者となるべき者。だから清らかな体でなければならないのよ。
 にもかかわらず、あの子は女を抱いてしまった。それも薄汚い魔物をね…」

 普段の彼女からは想像できぬほどにひどく冷淡な声でダークメイジに告げるレミエル。しかし、そんなヴァルキリーを滑稽に感じたのか、アビーは薄笑いを浮かべている。

「でも、あの子はとっても喜んでくれたわよぉ?」
「っ!」

 そんなヴァルキリーを煽るかの如く、やや挑発的な態度で前々日の熱い一夜の事を語るアビー。

「まぁ、それ以上に私も満足させてもらったけどね。思い出しただけで濡れてきそう♥」
「貴様…!」
「でもねぇ、おかしいと思う事もあったのよ? だってぇ、あの子あんなに女の体の扱いに“慣れてた”んだもの」
「…!」

 淫靡な笑みを浮かべるアビーの挑発に怒り、剣を抜きかけたレミエル。しかし最後の指摘が痛い所を突いていたのか、剣に手をかけたまま動きを止めてしまう。

「おかしいでしょぉ? あんな可愛い、まだ年端もいかない坊やが、不自然なぐらいに女の肉体の扱いが上手いのよ?
 だから聞いてみたら、もう童貞じゃないって言うじゃない。じゃあ一体、あの子を毎日飽きるほど犯して、あんなに性技を仕込んだのは誰なんでしょうねぇ?」
「…何が言いたい」

 その美貌に似合わぬ冷笑を浮かべるダークメイジに、ヴァルキリーはその発言の意図をあえて問う。

「貴方が毎日犯してたんでしょ? ねぇ、ヴァルキリー?」
「………」
「しらばっくれてもムダよ。貴方にこびりついたあの坊やの精の香りで分かるもの」
「……最近の魔物は色仕掛けをしてくるようになったから、そのための対策としてだ」

 師匠と弟子の秘密を暴かれたレミエルだが、それでももっともらしい理由を述べて取り繕った。

「へぇ! 戦乙女と讃えられるヴァルキリーも今では随分変わったものね! 自分の鍛えた勇者が魔物娘に犯される前に自分で犯すなんて!」

 目を丸くし、わざとらしく驚くアビー。

「いっそ天使なんて辞めて娼婦でもやったらどう? お金も儲かるし、好きなだけ男とSEX出来る。
 勇者となるべき自分の弟子を躊躇いなく犯せる、美人だけど淫乱で恥知らずな貴方にはそっちの方がお似合いだと思うわよ?」
「っ!!!!」

 レミエルがダイロを誘惑し肉体関係となったのは、あまりにもダイロが愛おしくなったからだ。断じてただ己の性欲を満たすためではない。
 そんな自らの想いと矜持をこの魔女に侮辱されて我慢の限界が来たヴァルキリーは一旦留めていた剣をついに抜く。

「あら、怒った? 図星だからかしら?」

 アビーはヴァルキリーの強烈な怒気を見ても尚どこ吹く風といった様子で、棒立ちしたままである。
 しかし、ならばそのまま死ねとばかりにレミエルも素早く踏み出し、大上段に構えた剣を振り下ろす。

「残念でしたぁ♥」
「!!」

 だが、剣がアビーを斬る前に、レミエルはそこら中から突如飛び出した黒い触手に絡め取られてしまう。

「とーぜんワナがしかけてあるのでしたー」
「貴様…!」

 全身を太い触手に巻き付かれ締め上げられ、ヴァルキリーの身動きが封じられるのを悪辣な笑みを浮かべて眺めるアビー。

「冷静さを失っているとはいえ貴方はヴァルキリー。さすがの私も正面から戦っては勝ち目は薄い」
「放せ! 放せぇえ!」

 高潔なヴァルキリーらしからぬ乱暴な口調で喚きながらもがくレミエル。

「んー、神術封じは機能しているようね」

 正面からのぶつかり合いでは勝ち目は薄いと理解していたこの魔女はこの開けた場所に複数の魔術で対ヴァルキリー用の結界を構築、敵の力を一部封じていたのである。

「ねぇ、ヴァルキリーさん。少しお話しましょ?」
「…?」

 だが不可解な事に、アビーはそれ以上レミエルに何かしようとはしなかった。

「貴方は私を殺したいと思っているかもしれないけれど、私は貴方を殺したいわけじゃないわ」

 可愛い坊やを独占したいが故、相手を邪魔だと思っているのはお互い同じである。しかし、アビーは魔物娘であるが故、レミエルを疎ましく思いつつも、殺意までは抱いていなかった。
 それにお互いがお互いの事をよく知らない、とアビーは思っている。可愛い坊やに既に付いていたお邪魔虫ではあるが、彼を虜にした事には興味があった。だから、アビーはレミエルについてよく知りたいと考え、一旦対話に持ち込んだのだ。

「…貴様が魔物だと分かった以上、私は貴様を放って置く事は出来ない!」

 しかし、レミエルにはアビーと対話するメリットなど一切無い。なにせ、この魔女は可愛い坊やを穢した“敵”なのだから、一刻も早く殺さねばならないのだ。

「へぇ、確かに私を殺すのにはもっともな理由ね」

 『魔物は人々を惑わし堕落させ、人々を破滅に追いやる』というのは『常識』。確かにヴァルキリーが魔物を討つ理由としては最もなものであるが、そんなものは所詮レミエルの浅ましい思惑を隠すための薄っぺらい方便に過ぎないのをアビーは気づいている。

「でもねぇ、私には解ってるのよ。アンタが私を殺したい理由が」
「……!」
「あの子を自分以外の女が犯したのが許せないんでしょ? ねぇ?
 ま、気持ちは分からないわけじゃないわ。私もアンタみたいな最低女があの子の童貞を奪ったのが許せないもの」

 笑みを絶やさなかった先ほどまでとは一転、実に不愉快そうな顔で吐き捨てるアビー。

「禁忌を破って男を犯した気分はどう?」
「………」
「ウフフ……悪い気分なはずもないわね」

 ダイロの童貞を奪った時の感想をアビーは尋ねるが、レミエルは答えなかった。しかし、アビーにはある程度予想がついている。

「初体験が最悪だったら、あんなにたくさん彼を犯したりはしないでしょ?」

 アビーがダイロと初めて出会った時、あの坊やからは淫らな女の濃い匂いがした。浅ましい肉欲と発情しきった肢体を毎日のように擦りつけ、少年の逸物を上の口でも下の口でもしゃぶり続けた匂いだ。
 そして、それはこのヴァルキリーがあの坊やを愛し、それ以上に淫らな肉欲を抱いているという証左に他ならない。

「それにしても面白い話よね? 清廉にして高潔と名高いヴァルキリーが、まさか年端もいかない勇者見習いの少年を毎日のように肉欲の赴くまま犯してるなんて。
 まるで私達魔物娘みたいね。フフフフッ!」
「…貴様等魔物と一緒にされては困る」
「ん〜? 私達魔物娘と一体何が違うの?……あ、そっか。男なら誰でもいいとか?
 それなら違うわよね。だって、私達が愛する男は生涯ただ一人だけ。その人に私達は全てを捧げるもの」
「!」

 ダークメイジの告白はレミエルにとって意外だった。魔物とは本来浅ましいもので、この女の破廉恥な格好からして相当数の男を貪ってきたと思っていたのだ。

「…貴方、結構失礼な事考えてない? 今言ったように、私達が愛する男は生涯一人だけよ。
 だから私はあの坊や以外の男は好きじゃないし、どうでもいいのよ。あの時からずっとそう、私の身も心ももうあの子の物だもの…♥」

 契りを交わし、身も心もダイロの物となった事を陶然とした顔で語るダークメイジ。後はあの子の“真の愛”を得るだけだ。

「愚かね……あの子がお前のような魔物を愛するわけがない」

 しかし、今度はヴァルキリーの方がダークメイジの愚昧さを嘲笑う。

「どうせ薬でも盛ったんでしょう? そんな真似でもしなければ、あの子がお前のような売女に惑わされはしないもの」
「………」
 
 その日の宿の無かったダイロを言葉巧みに家へと誘い、振る舞った豪勢な食事に薬を盛ったという点は真実であるためか、アビーは黙ってしまう。

「どうやら図星のようね。でも残念、あの子はお前の物にはならないわ」

 しかし、このダークメイジがどんな誘惑をしようが、ダイロとレミエルの心の繋がり、愛の深さの前には無力だ。一時は愚かにもこの魔女とダイロは交わりはしたが、結局二人の絆を断ち切る事にはならなかった。

「あの子を愛しているというのも、どうせ嘘なんでしょう? 所詮は魔物、単に勇者の血を引いた強力な子どもを作ろうとして言葉巧みにあの子を……」
「違う!」
「…っ!」

 レミエルが反論を続けようとしたところで、アビーが遮った。その表情は先ほどまでの嫌な笑みと違って真剣なものであり、レミエルも面食らったのだった。

「私は打算や目論見があって、あの子に近づいたわけじゃないわ!」

 そんな彼女は先ほどの妖艶で神秘的な雰囲気をかなぐり捨ててまで、必死にダイロ少年への愛を訴える。
 ダイロを見かけた時、彼女は一目惚れし、そして雷に打たれたかのように鋭く運命を感じた。アビーの人生はあの日を境に大きく変わり、その変化を彼女は好ましいものとして受け容れている。

「……!」

 しかし、そんな必死の訴えはかえってヴァルキリーの怒りに触れた。人を害し、悪をなすはずの魔物が、私の可愛い坊やへの愛を必死に告白する。その事実をヴァルキリーは受け容れがたく、そして穢らわしく感じたのだ。

「……だから、あの子と交わり、添い遂げたいとでもいうの……?」
「!」
「だから、子を産みたいというの……?」

 美しいヴァルキリーらしからぬ鋭い目で見つめ、冷酷な声でレミエルは呟く。あまりにも深い狂気と憎悪に満ちたその視線と声は優位に立っているはずのダークメイジに危機感を覚えさせ、後ずさらせたのだった。

「………」
「私の可愛い坊やの子をっ!! お前のような愚かで浅ましい不浄な生き物がァァァァァァァァ!!!!」

 その叫びが全てを物語っていた。それと同時に、レミエルの封じられていたはずの神力が触手に流れ込み、残らず焼き切ってしまう。

「……そうか。それが一番気に入らないのか」

 ヴァルキリーの突如の豹変にダークメイジは驚きはしたが、それ以上に得心が行った。
 アビーのダイロへの真剣な愛の告白がきっかけで、レミエルがひた隠しにしていた歪んだ愛、そして己以外の全ての女に対する嫉妬心をついに曝け出させてしまったのだろう。

「私があの坊やの子を産む事が…」

 だが、それがかえってアビーに決意をさせた――「ならば、尚更ここを守らねばなるまい」と、ダークメイジはその右手で己の下腹部をさする。一夜限りの交わりとはいえ、その結果新しい生命が宿るかもしれない“聖なる場所”。
 しかし、あの戦乙女はその可能性を絶とうとしている――己以外の女が、あの坊やの子を産むのが許せないから。

「うああああああああああああああああああああああ!!!!」

 やり場のない怒りのままに神力を解放し、血走った眼でレミエルは咆哮する。その様は清廉高潔な戦乙女とは到底呼べず、魔物娘であるアビーでさえ嫌悪するほどに獣じみた醜いものであった。

「貴方が私を殺しに来たのはあの子と交わったのが気に入らないだけじゃない。
 それより重要なのは「私があの坊やの子を産むかもしれない」という事……貴方はその事実が許せない。でも、私が死ねば、その可能性は無くなるというわけね」

 なんと狭量な女だろう、とアビーは内心呆れる。いくらあの少年の愛を独り占めしたいとはいえ、単純ながら短絡的で、ここまで極端な手段に出るとは。
 …もっとも、その気持ちは理解出来ないわけではないが。

「ねぇ、提案があるんだけど」

 ダイロを愛するが故に激昂し、狂い果てた天界の獣とは逆に、この魔女の頭はむしろ冷静になりつつあった。すまし顔でいたはずの憎い女が獣じみた凶悪な本性を表し、それに嫌悪感を覚えたが故か。

「別に私はあの子を独り占めしようだなんて考えてはいないわ。だから、二人であの子を共有しない?
 あの子は一人の女しか愛せない器の小さい子じゃない。貴方も私も、同じぐらい愛して、そして犯してくれるでしょう」
「………」

 それでもダークメイジは妥協案を提示するが、その狂気に満ちた目を見た瞬間、ヴァルキリーにその気が無いと分かってしまう。

「あ〜、ダメか…」
「当然でしょう?」

 レミエルはヴァルキリーらしからぬ妖艶で残忍な笑みを浮かべ、アビーに剣を向ける。

「お前はしてはならぬ事をしたのよ。だから生かしておくつもりはないわ」
「へぇ〜…?」
「お前は私の可愛い坊やを言葉巧みに誘惑し、その不浄な肉体で穢した。
 その汚れた目であの子をいやらしく見つめた。薄汚い口であの子に接吻し、逸物を頬張った。愛液をあの子の体中に塗りたくり、そして彼にも舐めさせた。
 終いには、あの子の逸物をその性器で咥えこみ、淫らに犯し続けた!!!!」
「それの何が悪いのよ……私はダイロ君の事が大好き。ダイロ君の事を愛している。
 そして、愛した者との体の交わりを求めるのは男女にとって自然な事よ? その相手の子どもを産みたいという事もね…」

 そうアビーは主張するが、そんな詭弁が通じる相手ではない。

「解ってないわねぇ………それをしていいのは“私だけ”」
「はぁ?」
「ダイロに触れるのも! 言葉を交わすのも! 毎日を過ごすのも! 一緒に食事するのも! 抱きしめるのも! 共に眠るのも! 剣の腕を鍛えるのも! 夢を語るのも! 愛し合うのも! 犯すのも!
 そう、その全てが!! 全て全て私だけなの!!!!」
「……何を根拠に?」
「“主神”も認めてくださったわ!!!!」
「………」

 喜色満面でレミエルは主張するが、所詮今の言葉はこのヴァルキリーの妄想である。だが質が悪いのは、この女の背後には“神”がいるという事だ。本来ならただの妄言でしかないのだが、神を信じる『知らない者には』信憑性を与えてしまうのだ。
 もちろん、その神の正体をアビーは知っている。だから、この女の言葉が単なる狂人の戯言でしかない事が分かっている。

「全ては私だけは許された事。お前には何一つ許されていないのよ?
 ダイロを見る事も、ダイロに近づく事も、ダイロと喋る事も、何もかも皆!」
「フフッ……便利な神様ね」

 レミエルの主張に滑稽さを覚え、つい笑いを漏らすアビー。ここまで都合の良い神というのも、本当にいるものなのかどうか怪しいところだ。

「そして、先ほど神は私に命令したのよ。勇者となるべき者を惑わす魔物を討てと!」
(あ、それはありそう)

 この神というのはいかにもインチキ臭いものだが、その命令は実際にありそうなのが困ったところであった。それが嘘であれ本当であれ、このイカれたヴァルキリーに自分を討つ正当性を与えてしまう。

「お前は魔物という不浄の種族でありながらダイロを惑わし、犯し、穢し、その身も心も傷つけた。
 …いいえ、罪はそれだけじゃないわ。お前はダイロに近づき、その姿を眺め、声をかけた。あの子と触れ合っていいのは私だけ、あの子を見つめていいのは私だけ、言葉を交わしていいのは私だけなのに!」
「………」

 最早ツッコむ気さえ起きない。何をしても罪になる気がする…というか、実際そうなのだろう。
 あの女の恐ろしいのは、全てを己に都合良く解釈してしまうであろうところだ。なまじ前が理性的であったために反動が凄まじく、加速度的に狂気が進んでいく。
 その内「ダイロを傷つけていいのは自分だけ」、「ダイロに近づく私以外の女は全部殺す」とでも言い出しそうだ。しかし、そこまでいくとそれは最早愛でもなんでもないと思う。
 だが、それならば尚の事自分が理性を保ってあの坊やに接さねばならない。『本当の愛が何か』、私が彼に教えてあげなくてはならないから。

「あぁ、私の可愛い坊や!! 今、貴方を傷つけ偽りの愛を囁いたこの女を惨たらしく殺してあげますからね!!
 貴方をいやらしく見つめた両眼! 貴方の匂いを吸い込んだ鼻! 貴方に卑猥な言葉と唾を吐いた舌と顎! 貴方の肌を撫で回した指! そして分不相応に貴方の精液をたくさん呑み込んだ穢らわしい子宮ぅぅぅぅ!!!!
 全部! 全部! 全部全部全部全部全部全部!! 抉り取り切り刻み焼き潰し!! 万が一まかり間違っても可愛い貴方の子を魔物如きが産む事が無いようにしてあげますからねぇぇぇぇ!!!!」

 この場にいないダイロに恍惚の表情で宣言するレミエル。その宣言の内容はあまりにも常軌を逸した狂気じみたものであり、改めてダークメイジを戦慄させた。

「あ〜、これなら過剰防衛でも裁かれなさそう」

 しかし、そんな狂人を相手にしなければならぬためか、アビーにも悪い考えが浮かんだ。自分は魔物娘として正しい行動をしただけだし、こんな頭のおかしい女と一緒にいればダイロにとっても悪影響しかないからだ。

「ま、戦いには常に事故は付き物よね……つい、はずみで殺っちゃっても、罪には問われないでしょ」

 眼の前のヴァルキリーへのあまりの嫌悪感に、つい魔物娘らしからぬ発言まで飛び出すアビー。まぁ、一応死なぬ程度に加減はしてやるが。しかし、はずみで死んだならそれはそれで仕方ない。

「さぁ、断罪の時間よダークメイジ!!!! 愚かな性欲の詰まったその頭を潰し!! その穢れた子宮を抉り取り!! 宿った不浄な生命ごと潰してあげる!!!!
 彼の子を産んでいいのは私だけ!!!! 私だけなんだからああああああ!!!!」
「死ぬのはアンタよ腐れヴァルキリー!!!!」

 戦闘になるのはお互い想定済みであったため、二人とも“奥の手”を用意してあった。
 レミエルは上司に無理を言って借りた『七星剣』の一振り“サカマシ”を。
 アビーゲイルは魔道の名門たる生家から無断で借りてきた“レイブラッドの杖”を。
 共に世界に名高い神器と魔道具であり、その秘めた力から共に人里の近くで使っていいような代物ではない。

「逆巻け【メイルストローム】!!!!」
「【アビーゲイルデスサイズ】!!!!」

 神剣の鋒から魔力の旋風が、長い鉄棍の先端から巨大な魔力の斬撃がそれぞれ放たれる。それらは衝突すると拮抗し、やがて爆発。二人の周囲を火の海に包んだのだった。
18/03/31 14:05更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
 二人の言い合いが長すぎて話があんまり進んでねぇ(笑)。
 それと書いてみて思ったんですけど、どんどんレミエルさんがイカれていく……その対比としてアビーゲイルさんは理性を保ったままです。私の世代の例えとしては
レミエル:ヴェノムヴァンデモン
アビーゲイル:ベリアルヴァンデモン
という感じでしょうかね? まぁ、この例えだとアビーさんの方が滅茶苦茶強い感じですけれども。

 ちなみに二人の武器ですが、レミエルさんは無理矢理、アビーさんは実家から無断でパクってきました。また、アビーさんの武器は七戮将メフィラス・マイラクリオンの持つ魔道具と一緒ですが、その理由はなんてことないものです。

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