連載小説
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女王の目覚め
 その者の姿は、美しいの一言に尽きた。褐色の肌には瑞々しさがあり、長い黒髪も見事な艶やかさを持っている。そして何より、顔立ちに気品があり、それでいて慈愛も湛えた見事な美貌であった。

 だが、不思議な点がある。彼女が今居る場所は、とある亡国の遺跡の最深部である。そもそも、その遺跡はかつて砂に埋もれてしまい、誰も立ち寄れない未開の地である。そんな遺跡の内部に褐色美女が居ること自体がおかしい。

 当然ながら、彼女は人間ではなかった。彼女はかつて亡国に君臨した女王であり、この遺跡の主である。彼女は数千年の時を経て、再び目覚めたのだ。遺跡の最深部に安置された棺の中で、彼女は呟く。

「……来る」

 一体、何が来るというのか、ソイツは夢見がちな表情で虚空を見る。まだ目覚めたばかりで寝ぼけているのだろうか。しかし、彼女は何かをはっきりと予感していたようで、うっとりとした表情で、いつまでもそこに佇んでいた。


*****


 砂漠のど真ん中にある遺跡にたどり着いたラルフは、石柱にもたれて一息つく。今回、彼はイラト遺跡を探し回り、ようやく見つけたのである。だが、油断できない。本当の勝負はこれからなのだから。

 イラト遺跡は、近年になって発見された古代王国の遺跡である。今まで砂に埋もれていたのが、急に地上に現れたのだ。大昔に砂の底に沈んだとされるイラト遺跡が見つかって以降、何人もの冒険家や調査隊が連中が頻繁に遺跡を訪れた。だが、それらの探索に出た連中は皆、行方不明になっている。

 この事から、イラト遺跡に関してまことしやかに噂が囁かれてた。それは、『呪われた遺跡』という噂である。調査に出た者が皆、行方不明になるなど普通ではない。だから、その遺跡が禁足地となるのに時間は掛からなかった。

 しかし同時に、このような事も囁かれていた。『遺跡には金銀財宝装飾具が大量に眠っている』という事も。その遺跡を訪れた者が皆いなくなるのは、遺跡を守る未知なる力によるものだとか、あるいは古代王国のファラオの怒りに触れたとか、様々な噂が出回った。そこまでして守るからには、何かとんでもないお宝が隠されているに違いない。世の冒険家を奮い立たせるような噂が出回るのにも、時間は掛からなかった。

 このような遺跡だからこそ、ラルフは攻略し甲斐があると思っている。これまでも、数々の罠を潜り抜けてきたのだ。天井が落ちてくる広間や、壁から無数の槍が突き出される廊下、そして背後の床が崩れていく通路など、何度も危険な遺跡を攻略してきた。

 だが、イラト遺跡に来たのはラルフだけでは無かった。彼以外の冒険者もイラト遺跡の攻略を目論む者が多かった。その動機は、イラトの宝を狙っている者や名声、あるいは危険な冒険そのものを求めて来るなど、動機は様々である。

 ラルフは、自分こそ一流の冒険者だと自負していた。だから、彼らよりも先にイラト遺跡を攻略しなければならない。二番煎じ、三番煎じでは意味が無いのだ。だが、遺跡への道は難航を極めた。まず、砂漠に巻き起こる砂嵐である。まるで侵入者を防ぐかのように、ピンポイントで襲ってくる自然災害にラルフは辟易した。

 さらに、砂漠には危険な動物も居り、または盗賊なども蔓延り、何度も戦いに晒された。それだけではなく、さらに厄介なのは魔物娘の存在。ギルタブリルやサンドウォーム等、まともに戦っては絶対に敵わないような魔物まで存在する。

 実際、彼女ら魔物を目の前にすれば、手も足も出なかった。せいぜい他の冒険者の一人を生贄にする事ぐらいしか出来なかった。幸いなことに、魔物らは一人を捕まえればどこかへ行ってしまう。だからラルフは、遺跡まで魔物に捕まる事も無くたどり着いたのである。

 ラルフは内心で、自分自身の幸運に感謝した。彼は中肉中背で、容姿も不細工ではないものの、あまり目立つ方ではない。見た目だけなら、彼よりも筋骨隆々な輩は居たし、彼よりイケメンな輩も居た。だからであろうか、ラルフは魔物娘たちに標的にされることなく、さりげなく他の輩を生贄に押し付ける事に成功していた。連れ去られた輩は、きっと今頃は魔物に性的に骨の髄までしゃぶられてしまっているだろう。

 スフィンクスにも他の輩を押し付け、マミーに襲われたときも一人だけ別ルートで難を逃れたラルフ。だが、他の生贄も皆いなくなり、残ったのはラルフ一人である。何とかピラミッドまでたどり着いたものの、今や明日は我が身といった状況である。いや、明日を迎えられる保障は、どこにも無かった。それに、たとえ遺跡を攻略したところで、帰りはどうやって一人で砂漠を切り抜けろというのだろうか。

 そして実際、ラルフの身に危機が迫っていた。石柱にもたれる彼を、周囲を新たな魔物達が取り囲んだのである。



「くそ、これヤベえっ!」

 現在の状況に、ラルフは慌てる。次々と現れる魔物娘。確か、アヌビスという魔物である。それらはラルフを追い詰めるように、退路を断って囲んでくる。それに対し、ラルフは奥に逃げるしか方法は無かった。

「待てっ! 大人しく捕まるのだっ!」

 ラルフの後を追ってくるアヌビスたち。待ちに待った男の侵入者であり、彼女らにとって、夫を得るまたとない好機である。必死で追いかけてくるのは当然であった。

 魔物娘に捕まったところで、命の危機は無いことぐらい知っている。だが、ラルフはまだ妻帯する気にはなれなかった。今までにも魔物娘に追いかけられた事はあるものの、どれも何か違う気がしたのだ。そしてそれは、目の前に居るアヌビスたちも同じである。

 そもそもラルフにとって、アヌビスはあまり趣味ではなかった。確かに彼女らも凄く可愛い。クールビューティーが好きな連中にはたまらないだろう。だが、彼はどちらかといえば犬よりも猫派であり、アヌビスと結ばれるくらいなら、まだスフィンクスの方がマシだと思った。

 追い立てられるように、ラルフは遺跡の奥へと進んでいく。捕まれば確実に人生の墓場行きである。いや、ある意味既に墓場に足を踏み込んでいたが。

 このままでは、捕まるのも時間の問題である。ラルフはとある物を取り出し、それを振り返りざまに背後の地面に叩きつけた。叩きつけられた瞬間、煙幕が通路に充満する。

「わぉっ!? ま、前が見えないっ!」
「わふぅっ! 鼻が、鼻がっ……」

 視界が塞がれるだけでなく、鼻も押さえてしまうアヌビスたち。実はこの煙幕には一工夫がしてあるのだ。

 ただ単に煙幕を張っただけでは誤魔化せないのはラルフにも分かっていた。不測の事態には滅法弱いアヌビスとはいえ、彼女らもウルフ種である。鼻が利く分、視界を塞ぐだけでは足止めできない。だからラルフは、あらかじめ唐辛子の粉も大量に混ぜていたのだ。

 何とかアヌビスを足止めしたラルフ。だが、状況は依然として不利である。たとえ宝を見つけたとしても、どうやってこの遺跡から出るのか。今のところ、その方法が全く思いつかない。

 だが、これぐらいの危機は何度も経験している。重要なのは、冷静さを失わない事である。ラルフはそう自分に言い聞かせながら、奥へ奥へと進んでいく。



 それからも、遺跡内に張り巡らされた様々な罠を突破した。そして遂に、ラルフは通路の先に大広間のような部屋にたどり着く。そこは他の部屋のように殺風景ではなく、壁一面に描かれた象形文字。そして、部屋の中央に安置された棺。ここが古代の王が眠る場所なのは間違いなかった。

 どうやら、ここが遺跡の最奥のようだった。周辺には床や周囲の壁を調べても、何か仕掛けらしきものも皆無だった。一応は金になりそうな物は周囲にあるが、大量というには程遠かった。むしろ、他の遺跡に比べれば極端に少ないだろう。

 かつて砂に埋もれた、呪われた古代遺跡というからには、どのような物があるかと期待していたが、期待にはほど遠かった。だが、いつも金銀財宝がザックザックとは限らない。未開の土地だって、何も見つからずに終わる事も多いのだ。よくよく考えれば、イラト遺跡は他民族に侵略され、滅んだ亡国の遺跡である。財宝を溜め込む余裕は無かっただろう。それどころか、財宝などは既に侵略者に略奪されたのかもしれない。むしろ、そんなものが都合良く残っている方が稀なのだ。

「……まあ、こんなものかな」

 ラルフがそう呟いたとき、周囲の空気が変わった。彼だって、これまで様々な遺跡を攻略してきた冒険者である。遺跡内の空気が変わった事に、すぐに気付いた。嫌な予感を感じたラルフは、瞬時に行動を起こす。

 だが、一歩遅かった。ラルフが通ってきた部屋の入り口はぴったりと閉ざされ、どれだけ力を込めても破る事が出来なかった。彼は見事に遺跡の最奥に閉じ込められたのだ。

「あっ、糞ッ! 最後の最後でっ……」

 ラルフは焦るが、扉はビクともしない。そして、彼は背後で棺の蓋がずらされる音。その音を聞いたラルフは、恐怖のあまり目を見開く。松明の明かりだけの中、そのようなホラーな目に遭っているのだ。彼が恐怖するのも無理は無い。

 かつてない危機に、ラルフは目を見開いて目の前の棺を見つめる。そこから這い出してくる、とある者。そしてそれは、棺から完全に出てくると、ゆっくりとラルフに向かって歩み寄る。

 じりじりと後ずさりするラルフ。だが、すぐに彼の背に壁が触れる。もはや逃げ場はどこにも無かった。そんな彼に、確実に距離を詰めてくる者。距離が近くなるにつれ、その姿が松明の明かりにはっきりと浮かんでくる。

 その姿を見たラルフは、今度は別の意味で絶句する。彼の目に映ったのは、高価そうな装飾品を身に纏い、気品がありながらも柔らかで優しげな笑みを浮かべた、絶世の美女だったのだ。

 彼女は手を伸ばせば触れられる距離に来ると、じっとラルフを見つめる。そして、しばらく見つめあった後、彼女はラルフにそっと抱きついた。

「ラルフ。妾はずっと……ずっと、逢いたかった」

 彼女が何故、自分の名前を知っているのか。それを考える余裕も無く、ラルフはただ彼女のされるがままになっていた。
16/01/13 11:33更新 / 香炉 夢幻
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