読切小説
[TOP]
アイシング・コフィン
 目を醒ます。焦点を合わせる。
 見えるのは、白。清潔なシーツだ。
 目を凝らす。そのシーツが覆っているのは、ベッドに横たわった成人男性だ。
 その人は呼吸すらせず、まるでモノのように眠っている。
 眼の前の現実を再認識する。目を醒ましてから必ず行う事を実行する。
 機械の駆動音のみが響く部屋の中で、私はそっと立ち上がった。

『室内気温、正常。冷凍システム、異常なし』

 自身のメモリにインストールされている部屋の管理システムを確認し、定期チェックを終える。6時間ごとに確認し、異常があれば直ちに修復するのが私の役目だ。
 彼は死んではいない。ただ仮死状態にあるだけだ。
 かつてこの男性は、大きな事故に巻き込まれた。多くの死体の中でただ一人生き残っていたのだが下半身に重度の火傷を負い、天井から振ってきた鉄骨に右手を潰され、救出されるまでの長時間を低酸素状態に晒されていた。脳に障害を負った可能性もある。
 一刻も早く処置しなければならない。しかし、もはや人の手では何一つ施しようがなかった。
 故に、冷凍保存される事になった。2つの最新技術を投入された状態で、彼を未来に預ける事にしたのだ。
 一つは、この部屋。『コフィン』と呼ばれる小さな冬眠部屋だ。
 部屋自体に小型の動力を搭載した事で外部の影響を受けず冷凍保存を行えるという、当時の医療技術の粋を尽くしたものだ。『コフィン』という名は、四人も入れば身動きが取れなくなる狭い部屋、という事で製作者たちがあだ名のように付けた名である。それがそのまま正式名称として採用されてしまったのだ。
 私は『コフィン』の一部にして、内部からシステムを制御する役目を負った機械人形。万が一患者に異常が発生した場合に備え、通常の人間では看護が出来ない環境故に制作されたオートマトン。
 そして、もう一つの最新技術とは、

『魔力シリンダー、残量わずか。患者の容態、――極めて安定』

 それは、魔力、と呼ばれる未知のエネルギー。当時の政府が発表した、『魔物』と呼ばれる存在が用いる技術の大本となるものだ。
 それは生物、無機物問わず作用し、変容させる効果を持つ。生物に対しては特に、その生物が持つ意思に呼応するかのような反応を示し、欠損の修復、果ては進化を促す。
 詳細は結局不明のままだったが、他に手の施しようがなかったという事と、臨床結果を増やす為の実験のつもりで投入されたのだ。いかに当時の現場が混乱していたか、手に取るようにわかる。

『欠損、完全修復。凍結保存中も修復を行うとは、想定以上と判断出来ます』

 シーツの上から男性の身体をチェックする。焼けただれていた下半身も、失くなっていた腕も完全に修復されている。重症であった、と言われても誰も信じないであろう。
 このシリンダーの魔力が空になれば、彼はおよそ10年ぶりに目を覚ますだろう。脳に関してはわからないが、人間の手に負えなかった傷がこうして治ったのだ。可能性はある。
 コフィン起動から、87613時間。私はここで彼を世話していた。
 ずっと、ずっと。死体同然の身体で眠る彼を、見つめ続けていた。
 じっと、じっと。彼が目を醒ますのを待ち続けていた。
 冷たい、金属で出来た身体が冷たくなっても。目覚めた彼が触れられないくらい冷えてしまっても。
 それでも、私は待った。

『……』

 椅子に腰掛け、再びスリープモードに入る。
 あと少しで役目が終わる事実を、改めて確認しながら。

******

 ごうごうと、炎が燃えている。
 目がかすむ。耳も聞こえない。
 誰かが、手を引いている。血でベタベタになった、たくましい手が、私の手を力強く引いている。
 見上げれば、そこには泣きそうな『彼』の顔。必死になって、私の手を掴んでいる。
 聞こえない。何を言っているのか、聞こえないよ。
 そんな事より、早く逃げて。でないと、あなたも死んでしまう。

 私のように。

「――! ――!?」

 うん。聞こえないけれど、何となく分かるよ。
 ずっと一緒に居る、って言ったよね。約束、守ってあげたかったけれど、ごめん。守れそうにないや。
 私はあなたに生きてほしい。叶うなら、あなたとずっと一緒に居たかった。
 だけど、私の所為で生きる事を諦めさせたくはないよ。死んで一緒になるだなんて、ちょっとビターエンド過ぎるよ。
 だから私の分まで生きて。死んだら怒るよ。怒って、化けて出てきちゃうんだから。
 ほら。この前一緒に見た映画の、ロボットみたいになって、あなたを叱りに来ちゃうんだから。怖い、って、映画館出てもずっと言ってた、あの、ロボットみたいになって、何やってるの、って。

「……! ーー!!!」

 そう。私の手を離して。今なら、まだ、逃げられるかもしれない。
 ……やっと、逃げてくれた。生きてくれると、いいなぁ。
 あれ、何だろう。目が、ぼやけるなぁ。もう、限界かな。
 あ、や、違うや。これ、涙だ。
 やだなぁ、怖いなぁ。一人は、嫌だなぁ。
 涙が止まらないよ。怖いよ。嫌だよ。痛いよ。誰か、助けてよ。
 一緒に居たいよ。まだ、したい事があったんだよ。まだ、あなたと、生きたかったんだよ。
 だけど、それ以上に、死んで欲しくないよ。

 だって、大好き、だから。

******

 緊急通知が私を、スリープモードから強制的に起き上がらせた。
 シリンダー内の魔力が尽きたという通知が、網膜コンソールに表示されている。すぐに私は患者の容態をチェックし、健康状態をスキャニング。凍結解除の手続きを行った。
 室内の温度が少しずつ上昇していく。それに合わせて男性の体温も正常に近づいていく。
 外部に連絡を取り、点滴を支給させる。すぐさま上層で可動している作業用ロボットに通達が入り、壁に備えられた小型エレベーターから新品の点滴と解凍時に用いる薬品、そして患者を凍傷させないための手袋が届けられた。
 すぐさま手袋を履き、秒単位で患者の身体をモニタリングしながら点滴の針を刺し、薬品を投与。容態を観察する。
 体温が一定ラインを越え、脈拍が発生した事を確認。すぐさま人工呼吸マスクを口元に装着させる。

「……ぅ……」

 声を上げた。蘇生は成功したようだ。
 10年近く不動だった目蓋がゆっくりと持ち上がり、焦点の合わない瞳が虚空を見始めた。

『聞こえますでしょうか』
「……ぅ、あ……?」

 声に反応し、瞳がこちらに向く。呼吸の方法を忘れていた喉が、人工呼吸器によって支えられながら少しずつ正しいリズムを刻む。

「……こ、ひな……?」

 誰かの名だろうか。おそらくまだ私の事をよく見れていないのだろう。
 やはり効果があったようだ。解凍完了から間もない状態で言葉を話したのだから脳もある程度修復されていると思われる。
 このまま経過観察をして、問題がなければ通常病棟に移される事だろう。

『……?』

 ふと、男性がシーツから腕を出し、私に触れようとしている事に気が付いた。
 私の身体は今、非常に冷たくなっている。触って、凍傷になられる訳にいかないので、手首を掴んだ。

「こひ、な……。きみ、なのか……?」
『意識が混濁しているようですね。鎮静剤を投与いたしますので大人しく――』
「ま、って、くれ……! キミ、は……!」

 言語能力は問題なし。しかし冷凍睡眠の影響か、認識に障害が発生している恐れがある。
 そう判断し、私は鎮静剤の入った注射器を届けられた機材から取り出し、手に取った。
 だが、その時だ。

「小雛!!!」

 メモリーに存在しない名前だ。しかしその名前を聞いた瞬間、原因不明のエラーが発生した。
 腕が、注射器を持った手が、動きを止めていた。

「小雛、なんだろう? はは、キミは意地悪だな……。本当にロボットみたいな格好で僕を怒りに来るなんて、性格が悪いにもほどがあるよ。――でも、それじゃ全然怖くない。むしろ可愛いくらいだ」
『……』
「だけど、無事でよかった。キミを助ける為に人を呼ぼうとして、あっちこっち回ってたけれど、結局誰も居なくて……。本当に、生きてて、よかった……!」

 患者が、私を見て、涙を流している。
 先程から何を勘違いしているのか分からないが、これだけは言わなければならないだろう。

『あなた以外に生存者はいません』
「――え」
『私はコフィン管理用オートマトン。あなたは10年の間冷凍睡眠をしながら治療されていました』
「ま、待ってくれ小雛! さっきから何を――」

 やはり記憶が混濁している様子だ。おそらく彼にとってその人物は重要な存在なのは理解できる。
 しかし私はこのコフィンを管理するために造られた機械だ。女性型として造られてはいるが、決して人間ではない。
 だから、患者の精神状態に悪影響を与えるとしても真実を伝えるべきであろう。

 私は、小雛ではない、と。

『――』

 だが、またエラーが発生した。
 事実を伝えようと口を僅かに開いた瞬間、それ以上開けなくなったのだ。
 その隙に、男性は何とか掴まれた方の腕を動かし、私の手から手袋を剥ぎ取ってから、私の冷たい手を握りしめた。

「っ!? く、あ……! つ、冷た、い……!?」
『警告。そのままでは手の皮膚が凍り付いてしまいます。直ちに――』
「はなす、もんか……! もう、絶対! 今度は、手を、離さない!!!」

 手を離させなければならない。
 だけど、それが出来ない。
 どうして。どうして?

『――ぁ』

 異常が、また、発生した。
 私が、涙を流していた。涙腺が存在しないはずなのに。

『私の、メモリーには、何も、ないのです。あなたの名前も、あなたが呼ぶ名の事も』
「でも、小雛なんだろう? だって、そう呼んだらちゃんと反応してくれた」
『私は機械です。あなたの望む形ではありません』
「でも、小雛だよ。手の形も、柔らかさも、冷たいのは本当だけれど、後は全部一緒だ」
『……わた、し、は』

 彼が、強く手を握った。
 その瞬間、ありもしない物が見えた。

 燃え盛る炎。
 泣きそうな顔。
 安堵と、恐怖。

『――』

 メモリーを再確認する。だがそれは記録されていない。製造されてからそんな体験はしていない。
 だけど、確かに私はその事を知っている。
 そして自然と、口が動いた。

『――何を、やっているのですか』
「え?」

 動力を全開駆動。体温を強制的に上げる。

「え、うわ!?」
『そのまま握っていて下さい。――すぐに、暖かくしますので』

 宣言通り、体温が人肌より少し暖かい程度まで上昇した。
 通常駆動にまで下げ、握り返す。

『無茶をして、何をしているのですか。事故の時も大人しく逃げていればこんな事にはならなかったのですよ? 分かっているのですか?』
「え、いや、その」
『……まったく』

 先程から異常が発生し続けている。
 思考に大量のエラーが発生し、正しい思考が紡げない。

『反省しましたか?』
「……はい」
『よろしい。――じゃあ、改めて』
「え? うわっ!?」

 それでも何故だろうか。
 こうして、患者に抱き付く事など異常だと分かっているのに。
 名前も何も記憶に無いと言うのに。

『――会いたかったよ、ずっと』

 これが、ずっとしたかった事だと、正しい事だと、感じていた。

******

 災害発生地で発見された生存者は、実は男女あわせて2名居た。
 女性の方も男性に劣らず重症で、病院に搬送され、こちらは一命を取り留めた。
 しかし取り留めた、と言っても五体満足とはお世辞にも言えない状態であった。内蔵はほぼ使い物にならず、ほとんどの臓器を人工臓器に取り替え、機械での補助が必要。さらに低酸素状態により脳に障害を患っており、記憶が虫食いのようになってしまっていた。おまけにこのままでは余命幾ばくもないと診断され、女性は絶望に打ちひしがれる。
 そんな中で彼女はとある白い髪の女性と出会った。

「私ならあなたも彼も助けてあげられる。時間は掛かるけれど、きっと前以上の幸せを取り戻せるわ」

 あれだけ大事だった恋人の名前すら思い出せない。しかし、心の底から大好きだった人が居た事は忘れていなかった。
 まるでロボットのようだった女性は懇願し、本物の機械へと生まれ変わった。
 長い間冷たい世界で眠る彼の側に居れる身体に。
 誰かも知らない、だけど大切な人のすぐ側で、彼女は待った。

 そして、10年の時を経て、いくつかのものを失いながらも、二人はまた、一つになる事が叶ったのであった。
19/02/11 17:33更新 /

■作者メッセージ
駄文失礼

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33