連載小説
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騎士団長と騎士団の夕べ
 コビヤークの外れにある演習場。
 俺も含めた騎士隊のメンバー51人(本当は52人だけど、こないだ入ったばかりの新人1人が行方不明。たぶんハネムーン中と思われ)が、訓練のために集まっていた。集まってるハズ。きっと集まる。ちょっと遅れてるだけ。後から来る。来るったら来る。来い。
 ちなみに時刻は夕方。俺たちの相手は常にギリカたちで、いつだって夜戦なので、訓練も暗くなる頃にやることが多かったりする。

「あ……うー……」
「団長どうしたんだ? 元気ないな」
「アレだろ、嫁さんに搾り取られたんだろ? 今回は首取れてたし」
「納得。てか、戦のすぐ後は集まり悪いよなー。やっぱサカってんだろうけど」
「俺なんか、戦の途中でサカった嫁に連れ去られたぞ」
「またかよ!? どんだけ溜まってんだお前の嫁さん」
「そういうお前だって、終わった後はお楽しみだったんだろ?」
「んなこと言ったら、俺らの大半はそうだっつーの」
「そりゃそうだ」
 アハハハハ……

 なんか周りが騒がしいけど、今の俺にはツッコむ気力すらない。
 昨日の夜から今日の昼まで、ギリカの奴本当に徹夜で搾りやがった。途中で何本も怪しげな薬を飲まされて、失神する度に叩き起こされて。

「大丈夫か、団長」
「……帰りたい」

 なかなか騎士団の皆が来ないから休息も兼ねて演習場の隅にある詰め所で死んでたら、副団長がやってきた。ちなみにシレッとした顔で話しかけてきたけど、こいつもさっきまでいなかった、それすなわち遅刻ギリギリ組である。
 でもまぁいいや。オルト君、君が来てくれたならば今日は君に任せて俺は家に……

「その様子じゃ、帰ったところでまた搾り取られるんじゃないか?」

 ぐぅ、たしかに。
 この騎士団の訓練がなければ、俺は今もベッドの上でお馬さんしてただろう。「日々の訓練は大切だ。サボるなよ、それでも団長なんだからな」ってことで解放されたんだし。
 仕事に出れば団長業務、家に帰ればプロレスごっこ。なぜだッ! 仕事は偉くなれば部下に押し付けられる分、楽になるはずじゃなかったのか! 家というのは安らぎの場で、妻は俺を癒してくれる存在じゃなかったのか!

「俺には……俺には、安息の地はないと言うのかッ!!」
「へぇ。アナタにとってはギリカは安息の地じゃないのね」
「当たり前だ! アイツの俺の扱い方といったらそりゃひどいモンで……」

 ん? ちょっと待て、今の誰だ?
 恐る恐る、目の前の人物を確認してみると。

「ふぅん、そんなこと思ってたのね」

 オルトの妻にしてヴァンパイアの、タトラ様でした。
 なんかよくわかんないけど、俺にはだいぶきつく当たるんですよこの方は。ヴァンパイアは弱点も多いからそれ利用して反撃しようとすると、オルトが殺意の波動に目覚めてよくわからん拳法で立ちはだかるし。

「それ、ギリカに言ったらどんな反応するかしらねえ」
「勘弁してくださいタトラ様あぁぁぁーー!!」

 俺、土下座。
 このときの土下座の美しさといったら、世界土下座協会から特別表彰を受けるほどだっただろう。いや、そんな協会があるのかどうかわからんし、それだけ土下座し慣れてる俺ってのもどうかと思うけど。

 このタトラ、第3魔物戦団の参謀(貴族の形式的なものではあるらしいが、事実頭はキレる。オルト絡みのことと俺弄りに関しては特に)。戦士長であるギリカとは肩を並べる存在で、かなり古い付き合いらしい。
 要するに何が言いたいかって? このヴァンパイアの発言しだいで、俺の命が危ないんだよおおお!!
 アレは、裏町ができて俺たちが魔物嫁と同居できるようになった頃。1人で飲みに行った酒場で、たまたま隣に座ったねーちゃんと会話が弾んだことがあった。どうにもそれを見られていたようで、コイツはギリカに「クーガーのヤツ、浮気してるんじゃない?」って告げ口しやがったのだ。
 あんときには、あやうく俺がデュラハンになるところだった。俺、人間だから! 首と体が離れたら死ぬから! いや、人間やめてるっつっても、首チョンパされたら普通に死ぬから!

「……にしても、訓練なんてする意味あるのかしら。どうせほとんどの連中は自分の妻とじゃれあうだけなのに」
「ミもフタもねぇなオイ」

 うん、ぶっちゃけ俺らがやってるのはそういうことだ。人魔入り乱れる戦場で自分の嫁を捜し、倒す。倒すだけ。当然、剣や槍は刃引いてあったり魔界銀製だったり。矢も鏃を取り、気絶魔法とかを仕込んだ安心安全の一品だ。
 ただ勘違いしないでほしいのは、俺らはふざけてない。むしろ大真面目だ。
 戦場では皆が活発に動くわけで、活発に動けば腹が減るわけで、腹が減ったらいつもより多く『食べる』わけで。だから俺らは嫁が腹を減らす前に見つけて、倒すなり捕縛するなり。うっかり魔界銀製の剣で斬り付けてもアレなことになったりするんで、その辺も面倒だったりする。
 もしなかなか決着がつかずに勝負が長引いたり、見つけられない間に嫁が体力を消耗してたりすると……合掌。たっぷり搾られてこい、枯れるなよ。ってなる。特に第5部隊にその傾向が強い。嫁も後衛だったりすると、やっぱ物理的に離れるしね。
 ちなみに、負けたり連れ去られたりした場合は……。うん。ね。まぁ、ほら。もういいよな?



「ところでタトラ、なんでお前がここにいるんだ?」

 おお、よくぞ俺が聞きたかったことを聞いてくれたオルト! よかったらついでに俺で遊ぶのをやめるように言ってくれないか? 無理ですか? そうですか。

「ほら、コレ。アナタにお弁当届けに来たのよ。持っていくの忘れてたから」
「そうか、ありがとな」
「……別に。たいしたことじゃないわ」

 チクショウ! なんだお前ら、人の目の前でイチャイチャラブラブしやがって! 自慢か! 特に嫁の方! 何そっぽ向きつつ頬染めてんだ! 見られながらがいいのか! この変態! 羨ましくなんかない! お前らみたいに人前でラブラブ夫婦らしいことしたいなんてこれっぽっちも思ってねえかんな!? 泣いてない! 血の涙なんて流してない! これはアレだ、経年によって酸化した鉄分が水分に溶けて流れ出しただけだあっ!!

「で、そこでのたうちまわってる馬鹿」
「何だチクショウッ! バカ呼ばわりは旦那だけにしろこのツンデレ吸血鬼が!」
「……へぇ?」
「あ、いえ。すみませんでした。許してください。俺は何も言ってません」

 本日2度目の土下座。マジ怖ぇ。口は災いの門です。わかっててもやっちまいました。人間は同じ過ちを繰り返す種なんだよ、うん。人間やめてもこれは治らない。

「この人の有休1週間」
「いや、さすがに1週間は」
「1週間」
「……はい」

 仕事が増えるよ! やったね俺! おいやめろと言えない現実は非情である。自業自得の因果応報で身から出た錆である。オルトの仕事はけっこう多くて手伝ってくれる部下は僅かで残業代とか増えると上との折衝があって帰りが遅いとギリカとの時間が減って疲れてると夜にも影響が出て夫婦関係がアレだとますますタトラの告げ口(嘘)の危険度が増して俺とのバワーバランスが開くのである。うん、泣いていい?

「さっきの話だけど、安息の地がどうこうならどうしてギリカを選んだのよ。たしか、アンタからだったわよね? 最初の侵攻のときの一騎打ちで」

 ……いや、まあ、はい。そうですね。たしかに全てのきっかけは俺からでしたね。


『くっ……貴様の、勝ちだ……』
『じゃ、俺の言うことを聞いてもらおうかね』
『わかっている……この街から手を引こ』
『俺と付き合って下さいッッッ!!!』
『………え?』
『すぐには無理、帰らないと駄目っていうなら、また来て下さいッッッ!!!』
『………え? えっ?』

 あの時は俺が時を止めたね。敵味方問わず全軍しばらく凍ってたもん。唯一動いてたのがギリカだけど、なんかぐるぐる歩いたり深呼吸したり、手の平に魔って書いて飲んだりしてた。最終的には顔真っ赤にして『ま、まぁ……その……今日は帰るっ!』って撤退してったけど、翌月にはまた来た。以下略。
 え、告白した理由? そんなの決まってるじゃないですか。

「一目惚れ……かな」

 ふっ、とニヒルな笑みを口元にたたえながら言うと、

「気色悪いわ」
「クーガー、俺もその顔はどうかと思うぞ」
「ベースの顔立ちは悪くないのに、こういうのは大幅減点ね」
「かつてミスター三枚目と呼ばれた所以だな」

 チクショウ黙れ昔のアダ名で呼ぶんじゃねえッ! てかなんでそんなにテンポよく俺の精神を削ってくんだよ、そんな所で夫婦の阿吽の呼吸を発揮してんじゃねーよ!

「いいだろーが別に一目惚れしたって! そのうち中身までマジで好きになって、結婚したいと思ったんだよ! コイツの男になりてぇって、ずっと一緒にいたいって思ったんだよ! 止められるもんなら止めてみろ! Iッ! LOVEゥ! ギリカアアアアアッ!! どうだ、悪いかぁ!!」

 詰め所の外、演習場全体に届けとばかりに声を張り上げたその瞬間。詰め所の扉が開き、というか吹っ飛んで。

「十分過ぎるほど悪いわこの阿呆があああああああっ!!!!!!」
「ごふぇぷるおっ!?」

 顔を真っ赤にしたマイハニーが突撃してきて、手に持ってたバスケットでぶん殴られました。バスケットって、意外に威力あるのな。ギリカにかかれば何だって武器になるのかも知らんけど。

「お前はいったい何を考えている!? あんな大声で、あ、あんな、その……」
「よかったわね、愛されてるじゃない」
「タトラ! お前がいたならなんで止めなかった!」
「貴女が来てるなんて知らないもの。だいたいそのバカは言っても止まらないでしょうに」
「だとしても、あんな、は、破廉恥なこと」
「嬉しいからもっと言って欲しい、と」
「……タトラ」
「あら怖い。わかったわ、降参降参。黙ってましょ」

 なんか奥様どうしで変な冗談交わしてるけど、できたらもう少し時間稼いで下さいタトラさん。俺が床から復帰するまで、どうかもう少し時間を下さい。
 だって痛い、マジで痛い。頬やばいよ、間違いなく歯の何本かは口の中で折れてるよ、中折れだよ。鉄の味すごいもん。イったとこからビュッビュ出てるもん。

「まったく、せっかく作ったサンドイッチが台なしだ。……私も、う、嬉しくないわけではないが……その、お前も少しは恥じらいというものをだな」

<団長にばかりいいカッコさせるかよ! そうだろ、お前ら!
<エリカぁああああ! 俺は君が、大好きだぁあああぁぁあああ!
<リィイィィィン! お前が、好きだああああぁああぁぁあ!お前が欲しいぃいぃぃぃいい!
<サリー! 好きだー! 愛してるんだー!

 わぁい、外からなんか聞こえるよ。虫の鳴き声かな? 変わった鳴き声だね。

「……帰ってからな」
「べ、別に期待なんてしてないわ」

 おいこら。お前らもかい。

「……。私がおかしいのか?」

 や、そういうわけじゃないと思う。元凶の俺が言うのもなんだけど。



 結局、完全に日が沈んでも人数が集まらなくて訓練は中止。んで、俺は愛を叫んだお仕置きとしてベッド上お馬さんの刑に処されましたとさ。

 でもコトの最中に首とったら、すっごく嬉しかったって言ってくれました。コトが終わってから追求したら、2人きりのときに言えって言われました。

 まあ、アレだね。恥ずかしがり屋の嫁マジ萌え。
12/11/13 00:07更新 / かめやん
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■作者メッセージ
こそこそ……あっ、お久しぶりです。思いついたときしか書かないSS書き、かめやんです。
前話の投稿は8月末。2ヶ月半経ってますね。「内容忘れたから1話から読んできた」って方、わざわざありがとうございます(いるのかな?)。
今年中にもう1話あげられたらいいなーとか思ってるダメ書き手ですが、こんな遅筆でよければ次話も読んでやってくださいなー(^^;ゞ

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