連載小説
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走れヴィオラート


私は馬鹿だ!

知らなかったとはいえ、ライバルに力を与えてしまったのだから…



「くっ…まさか、エナーシアもユング君を狙っていたなんて……
こんなことならあらかじめ恋の相手は誰か聞いておくべきだったわ!
しかもよりによってデュラハンに……もううかうかしていられない!」


忘れられがちだけど、デュラハンには自分が気に入った相手がどこにいるのかが分かり、
その場所まで一瞬で転移できる能力が備わっているわ。
これがあるからこそ『デュラハンの拉致伝説』が語り継がれているの。


「待っててねユング君!今助けに行くから!」


私もまた、足早にその場を飛び立った。まだそう遠くにはいっていないはず。












――――――――――《Side Jung》――――――――――






ヴィオラが突然誰かと戦い始めたから、その隙に僕はひとりで道を進んでいく。

まったく、あんな煩いのがいたんじゃろくに詩も書けないよ。

こうやって一人で気ままに自然の中を歩きながら、

詩の題材になりそうな風景や現象がないか、思索にふける。

まあ、ここは何度も通った道だから新鮮味は薄いけど。

でもそうした日常の風景にこそ、詩の題材となる物が埋もれているかもしれない。



一人は辛くない。

辛いのは、一人じゃないとき。



でも

なんでだろう?

久しぶりに、少し……寂しい気持ちの自分がいる。



〜〜♪〜♪〜〜〜♪


歩きながら、リュートをかき鳴らす。
弾きたい気分でもあったし、気を紛らわせたかったのかもしれない。



〜♪〜〜♪〜♪〜〜



「おや?なんだあれ?」

進もうとしている道の先に人が立ってる。
エメラルドの長髪をなびかせた、黒い鎧を着ている人が仁王立ちしてる。
本当になんなんだろうあれ?なんか嫌な予感しかしない。

道をそれようかな?




「やは〜!!待ってたよユンく〜ん!!久しぶり〜!!」
「うわあっ!?」


え!?何でいつの間に目の前にいるの?
驚いて転んじゃったじゃないか…

それになんで僕の名前を……


「あら?私のこと覚えてる〜?エナーシアだよ!最強の元魔法使い!」
「なんだ、またか。何度言っても、僕は君の専属演奏者にはなりたくないよ。
それにさ詩作のじゃまなんだ、今は一人にしてくれないかな。」
「ふっふっふ、今回の私は一味違いますヨ!
新たな力を手に入れた私が、今日こそ君を私の物にして見せる〜!」


エナーシア…優秀な魔法使いのくせにあちらこちらで騒動を起こす迷惑な人。
三か月前くらいから何度も付きまとわれて、正直迷惑してる。
まったく、ヴィオラと言いエナーシアと言い…何で変な人ばっかり寄ってくるんだろう?


「……じゃあ、いつも通り…眠らせてあげるよ。」

〜♪〜〜♪〜〜♪〜♪〜

〜〜♪〜♪〜〜〜♪〜♪

〜♪〜〜〜♪〜〜♪〜〜

♪〜〜〜♪〜♪〜〜〜♪


子守唄……それも、ただの子守唄じゃない。
たとえ耳栓をしても、触覚から直接音を響かせる特殊な魔法を込めた子守唄。
鼓膜を破らない限り、この歌を聞いた者はその場で眠ってしまう。
僕が一人で旅が出来るのは、ちゃんと護身術を心得てるからだ。


なぜかヴィオラには効かなかったけど、エナーシアには今までよく効いていた。
何回も強硬手段に訴えられても、この子守唄で乗り切っていた。






しかし…




「う〜ん、何回聞いても綺麗な声デスナー。それに、歌詞も私のお気に入りかも。」
「なっ!?効いてない!?」
「はっはっは〜!だから言ったでしょ、新たな力を手に入れたって。ほら。」


カポッ


「!!??」


く……首が…………とれ…た?


「そ〜れっ」


ぽいっ


「わっ…わわわ!?」


首を投げてきた!?思わずキャッチしちゃったけど…どうしろと?


「え、エナーシア…もしかして、デュラハンだったの?」
「ううん、元々人間だけどついさっきデュラハンになりました〜!」


くっ…通りで得意の子守唄が聞かないわけだ…
デュラハンやバフォメットみたいな上級の魔物には効かないんだよね。


「さ〜て、ユン君♪覚悟はいいかな?」
「だ…誰がお前になんか…!」


とは言ったものの、その場に押し倒され、手首を封じられてしまい
もう僕は手も足も出ない状態になってしまっている。
それにここは人があまり通らない道。救助も絶望的だ。

「はぁ……♪ユン君……」


このままでは……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「そこのデュラハン!!暫く!しばらくううぅぅぅぅ!!」



聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。










――――――――――《Side Viorate》――――――――――






「そこのデュラハン!!暫く!しばらくううぅぅぅぅ!!」



ジパングに伝わるとされている登場の掛け声とともに、颯爽とユング君に追いついた私。
まったく、危ないところだった。もう少し遅かったら、ユング君の危険が危なかったわ。


「あ!ヴィオラートちゃん!
見て見て〜、ヴィオラートちゃんのおかげで念願のユン君を手に入れたわ!」

「だったら殺してでも奪い取る!」
「へ?」
「ユング君は私が狙っていたのよ!今すぐユング君を手放しなさい!
命令に従わない場合は圧倒的なリリムパワーを発動するわよ!」
「な、なんだって!!冗談じゃない!私は三カ月も前からこの子をマークしてたのよ!」
「その割にはユング君、ちっとも心を開いてないじゃない!
それほどあなたのことは嫌いってことなのよ!」
「が〜ん!でも、そういうヴィオラートちゃんこそ!リリムなのに誘惑出来てないじゃない!」
「ふ、ふん!私はまだ本気を出してないだけよ!」
「それにヴィオラートちゃん、さっき『その人に会いに行ってあげなさい』って言ってたじゃん!
私の恋を応援してくれるんじゃなかったの?うそつき〜!」
「うるさいわね!まさかユング君だとは思ってなかったのよ!
とにかく、ユング君は私の物にする予定なんだから、あなたは別の子を探しなさい!」
「そっちこそリリムなんだから、他に男なんていくらでもいるよね!」
「だったとしても譲れない!」
「私だって譲れない!」
「エナーシアのバーカ!もう絶交よ!」
「ヴィオラートちゃんのおたんこなすー!こっちこそ絶好だ〜!」


ついさっきまでの睦ましさはどこへやら。
私達の仲は、一つの宝を目の前にして急速に険悪になっていった。
お互いに視線で火花を散らし、一触即発の状態だ。


しかし、ここで空気を読まない子が約一名いた。



「ありゃ?そう言えばユン君は?」
「え?あ…ああっ!ユング君が逃げてる!?」


私たちが言い争っている間にとんずらしている、ユング君の後ろ姿が遠ざかっている。
そうと分かれば、私もエナーシアも行動は早かった。



ヒュウウゥゥン  ヒュウウゥゥン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「待ちなさいユング君!」
「逃がさないからね〜♪」
「わわわ……」


ユング君は逃げ出した、しかし回り込まれてしまった。


「し…しつこいね二人とも」
「そうよ!私は何事もあきらめない性格なんだから!」
「私だって負けるのは嫌だからさ〜」
「あーもー、エナーシアがいるせいでユング君困ってるじゃない。」
「何で私のせいなの!?自分勝手もほどほどにしてよね!」


結局私達はその後も数分にわたって言い争いをしてしまった。
お互い宝を目の前にして一歩も譲らない。


「ハアッ…ハアッ…このままじゃ埒が明かないわ…」
「だ…だったらユング君に直接、どっちがいいか聞いてみようよ。」
「いいわねそれ…」

「……………………」

ユング君は私達のやり取りを直視せず、黙ったままうつむいている。



「もちろん私の方がいいわよねユング君!私の美貌は最高級よ!」
「当然私だよねユン君!私は何でも出来ちゃう完璧超人よ!」


『ねえ!どっちを選ぶの』



ユング君に詰め寄る私とエナーシア。
ここまで強引にやらないと、たぶんユング君は反応してくれない。


でも
 
 
 
ユング君の答えは…
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
「…どっちも…大嫌いだ………」
『!?』


どっちも大嫌い



「え、ええっとね……どっちもって……」
「せ…せめてどっちがましかくらい………」


「僕は!お前らなんか大嫌いだ!!
どうせ僕のことを『物』としか見ていないくせに!!」





鼓膜が破れるかと思うくらい大きな声だった。

お腹の底、心の底から吐き出した、真実偽りのない声。



ユング君はその場から、道を外れた方向に駆けだして行ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私は…ようやくユング君の心の一部を知ることが出来た。

でも…遅すぎた。

遅すぎたんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
その場で呆然とする私を



背後から何かが襲いかかった!








ヒュオオウゥン!!

「―――――――っ!!」


その場で前転して回避。同時に立ちあがって後ろを振り向く。


「……振られて、気でも触れたかしら?」
「ふふふ…何言ってるの。もうヴィオラートちゃんは用済み。
じゃまだから………き・え・て・ね・♪」


そこには、私に向けて剣を構えるエナーシアの姿があった。
あっちゃー、デュラハンにしたのはつくづく失敗だったわ。
今度からは目先の利益にばかりとらわれないようにしないとね。


「せいやあっ!」

ガンッ

ズドドドドォォォッ!!


「はっ!」


エナーシアが剣を地面に思い切り突き刺すと、
そこからものすごい勢いで地面が勃起…じゃなくて隆起して
彼女を中心に全方向の地面が滅茶苦茶になる。

私はリリムだから飛んで回避すればいいんだけど、あんなの喰らったらただじゃ済まないわ。

でも私はMじゃないからやられっぱなしじゃ済まないわよ!


「消し飛びなさい!【カルフールシエル】!!」


上下左右に魔法陣を出現させ、そこから竜巻を発生させる。
それと同時に火炎魔法を組み合わせ、熱風を生み出す。
膨大な熱量を伴った竜巻は、周囲を巻き込みながらあたりを焼け野原へと変えていく。

容赦はしない。
黒こげになってもかまうもんか。


ところが



「はっはっはっはっは〜!ぬるいわ!私を誰だと思っているのかな〜!」
「げっ!?全然効いてない!」

驚くことにエナーシアはあの熱風の中を突破してきた!
忘れてたわけじゃないけど、エナーシアはこう見えてもとても強い魔法使いだったんだっけ…

それに加えてこの世のあらゆる武器も達人級の腕前なんだってね。
うう…頑張れば勝てると思うけど…


このままだと、またユング君に逃げられてしまう!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ヴィオラ様―!!」


ガキーン!!


「ふぇ…フェルリ!?」
「遅くなって申し訳ないのです!!どうかお許しを!」


突撃してくるエナーシアの剣を受け止めたのは、
ピンクのゴージャスロール…バフォメットのフェルリだった。


「どうしてここに?」
「ヴィオラ様が危なかったので、慌ててすっ飛んできたのです。
ですが、ご無事で何よりなのです。」

「ちょっと〜、ちっちゃいの。邪魔しないでくれませんかネ?」
「狼藉者は、私が相手をするのです!
ヴィオラ様は今すぐあの子を追っかるのです!!」
「っ!!わかったわフェルリ!後はお願いね!」


どうやらフェルリは、全てを知っているようだった。
本当に…頭が上がらないわ。


私はあとのことをフェルリに任せて、ユング君が駆けて行った方角へ急いだ。
 
 
 
 


――――――――――《Side Another》――――――――――





「あ〜!抜け駆けする気!?だったら私も――」
「そうは問屋が卸さないのです。」
「あ…あれ?ワープできないよ〜?」
「とりあえず周りを見るといいのです。」


二人の周りには広い範囲にわたって魔法陣が広がっていた。


「私を倒さない限り、この陣の中からは出れないのです。ざんねんでしたー♪」
「おーまいがー!だったらそこのチビッコを倒す!」
「じゃあ手始めに、これでも喰らうといいのです。」


フェルリは、持っていた鎌をエナーシアに向かって投げつける。


「ふふ〜んだ、そんなもの。」


カーン


対するエナーシアは持っていた剣で鎌を弾き飛ばす。


「今度はこっちの番だー!!突撃突撃ー!!」

今度はエナーシアが全力疾走からの斬り込みで、大ダメージを狙う。
が、フェルリは難なく避ける。

そして再び突撃を始めようとしたところに


ヒュンヒュンヒュンヒュン  ヒュンヒュンヒュンヒュン


「およ?」

カーン!カキーン!

「鎌がまだ私に向かって来てる!?しかもさっきは一本だったのに今度は二本なんだけど!?」

「お前はこんな歌を知ってるですか?
『ポケットの中にはビスケットが一つ。ポケットをたたくとビスケットが二つ。
叩いてみるたびビスケットが増える。そんな不思議なポケットが欲しい』っていう。」
「あ、うん、知ってるよその歌。」
「実はアレ、ただ単に叩くたびにビスケットが割れているだけなのです。」
「それがどうしたって……うわっとととと!」

キーン!ガキーン!

カーン!カキン!


「今四つ来たよね!?」
「ビスケットが割れれば増えるのと同じように、
その鎌は当たると増える ホーミング付きなのです。
さて、お前はどこまで避けられるか、楽しみなのです。」
「うわ〜ん!私もそんな不思議な武器がほしい〜!!」


そして八本の鎌が襲いかかる。


「ちなみに今までの最高記録は124本なのです。記録更新目指して頑張るのです。」
「そんな〜」

「と、言いたいところなのですが、面倒なのでもう終わりにするのです。」


そう言ってフェルリはそのまま宙に浮くと…

「『陰陽鏡・展開』なのです!」


フェルリの背後に、巨大な八角形の鏡が出現する。
一方のエナーシアは、増殖し続ける鎌への対処で手いっぱいなため、
とてもフェルリに向かって攻撃する暇はない。


「あ〜も〜、鎌じゃま〜!!ってうおおおおい!!何そのデカイ鏡!?」
「大丈夫なのです、ちょっと意識を失うだけなのです。」
「な〜んだ……って意識失ったら鎌を避けられないじゃん!」
「もう遅いのです。自分の無力さを呪うといいのです。」


陰陽鏡が赤い光を発する。

眩しくはないが、徐々に意識が遠のいていく感じがする。


「あ……ぁ………」


意識が完全に遠のく寸前のエナーシアの赤く染まった視界には、
自分に一斉に向かってくる、無数の鎌だった。








――――――――――《Side Viorate》――――――――――




ユング君は言っていたいた。

自分は『物』じゃないって。


そもそも私はなんで魔界の外に来ていたの?

何で私はユング君に固執するの?



ユング君が嫌がっていたのは、私が嫌いだから?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私は馬鹿だ。

11/06/12 21:43更新 / バーソロミュ
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■作者メッセージ
走れヴィオラート!明日のために!

それとフェルリ再登場の巻。
私のお気に入りのフェルリは、別の作品でも出演する予定。
あんなのでも、そこそこ強いです。

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