連載小説
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これからのために。
「−−ほれ、買ってきてやったぞ」
「おう、ありがとな」
 田中から渡されたから揚げを頬張りながら、要は空を見上げる。
 もう夏だからか、大学が終わった後だというのに空にはまだ太陽がある。
 夕焼けが、街を紅く染めていた。
(前にも、こんなことが−−)
 一瞬だけ蒼い瞳が頭に浮かび、消える。
 きっと、忘れていた何かに繋がることなのだろう。
 要は何度か頭を振り、小さくため息を付く。
「−−川内?」
「いや、なんでもない。−−ただ、から揚げ旨いなって」
「はは、疲れたときは旨いものが一番だからな」
「いつも食ってるだろ?お前」
「疲れてんだよ。毎日」
「馬鹿言え。いつも俺のノート写してるくせに」
 田中の言葉に、要は苦笑を返す。
 久々のやり取りだ。
 以前は毎日やっていたような気がするが、最近は瞳が居たから。あの青い瞳を持った変わり者の同居人が……
「……っ」
「川内!?」
「ただの、頭痛だ。心配ない」
 たどたどしく呟きながら要は自らの頭を探る。
 酷い頭痛。思い出すことを、身体が拒否している。
 思い出さないようにすれば、すぐにこの頭痛が治まることをこの数日で実感していた。
 このまま忘れてしまえば、苦しみから解放されるだろう。
 いつもと変わらない日が戻ってくるだけ。
 そんな、確信があった。
 大学でつまらない授業を受けて、時々田中を初めとする友人とバカやって、家帰ったらゲームして。そんな、なんてことはない平穏な日々。
「本当に、大丈夫か?」
「ああ・・・・・・大丈夫だ」
 頭痛で頭を抑えながら、よろよろと立ち上がると、鞄からはらりと一枚のメモ紙が落ちた。
 汚い字で書かれた『カナメ用』という文字。
『先行くぜ?カナメ』
 そう、彼女が。書いたものだ。
 弁当のおかずの栄養に悩んでいた彼女。名前は−−
「こく、がん……?」
 ぽろり、と言葉が口の端から漏れる。
 その名前は頭にどこまでもしっくりと来るものだった。
「……悪い。田中。ちょっと用事が出来た」
「おう。何か吹っ切れた顔だな。から揚げが効いたか?」
「ああ。本当にばっちりだった。久々に感謝しようって気になるくらいにはな」
「今度奢れよ?もしくは彼女の紹介でもいいぜ」
「それより先にノート、だろ?」
「それは友達価格でタダにしてくれよ」
「却下−−つーわけでさ。俺、行くわ」
「……行って来い!」
 田中に頭を軽く下げて、要は走り出す。
 行き先は分からないけれど。探そうと思った。
 国眼という少女の事を。奇妙な同居人だった、彼女を。
 遠くで、桜島の爆発する音が響いていた。
 

 

−−




 要が目当ての人物を見つけたのは、結局深夜になってからの事。
 町中を歩いて、疲れきって家に戻った時だった。
「−−結局、あいつの家の前にきちまった。か」
 玄関の前でうつむいている、少女の姿。
 長い黒髪が、すらりとした手足が。淡い月の光に照らされていた。
「話す、内容なんてわかんねえよ。あんな、あんなに−−怖がらせといて」
「……コクガン?」
「……セン、ダイ」
 思わず漏れた呟きに、彼女が振り返る。
 蒼い、湖水を映したような目と、自らの目が合う。
 それが、記憶を掘り起こす最後のトリガーとなった。
 思い出す。
 彼女の声が、彼女の姿が。彼女の目が、記憶を強引に掘り下げる。
 軽い頭痛が頭を襲うがそれも一瞬の事。
 記憶の中の出来事など、目の前の現実の前に簡単に塗り替えられる。
 もう、忘れることなどできはしないほど、彼女−−国眼瞳の存在が要の脳裏に刻まれていく。
「なあ、コクガン」
 びくり、と彼女が反応する。
 目が、揺れている。不安と、恐怖がそこにはあった。
「とりあえずさ、家に入ろう。立ち話も何だし、さ」
「 ……いい、のか?」
「悪いって言う理由は無いな」
 とん、と瞳の肩を押して家に入る。
 押されるがままに、彼女の軽い身体が動く。
「やっぱり、お人よしだな。オマエ」
「タダの馬鹿ってい
ってくれてもいいぞ?」
「馬鹿は、アタシの方だよ」
 自分の部屋、彼女と向かい合って座る。
 うつむき加減の瞳からは、表情を読み取ることは出来なかった。
 ただ、その声はかすかに震えていた。
「−−こうなった以上。もう消せないんだ。全部」
「だろう、な」
 記憶は『現実』で塗りつぶされる。
 そして『思い出すこと』で強化される。
 最早、忘れる事は出来ない。
 この先、何があったとしても。多分。
「ただ、会いたかったなんてさ。笑える、だろ?−−あんなことしといてさ、化け物なのにさ。会いたい。だぜ?」
「……そうか」
「もう、取り消しが聞かないから。聞くぜ−−なあ、センダイ」
「おう」
「−−アタシが、怖いか?」
 彼女が、顔を上げる。
 蒼い、瞳。
 彼女本来の、一つ目の姿。
 ぎょろりと動く、青い瞳が見える。
 その力。人を縫い付けたり記憶を奪い取る能力を、知っている。
 思わず、身体がこわばってしまう。
「あの時と、回答は変わらない、な」

 −−怖い。

 はっきりと要はその言葉を口にする。
 これは、本心だ。
 彼女に嘘をつくことは、出来なかった。
 怖いだけでなくて、もう一つの感情もあることを。

「不思議とな、安心してもいるんだ」
「安心?」
「なんていうんだろうか。また、喋れたから。かな」
「−−そうか。変なやつだな」
 うつむいていた彼女がくすりと笑うのが見える。
 久々に、彼女が笑うのを見た気がする。釣られて、口の傍が緩むのを要は感じていた。
「アタシもさ。オマエと会えて、さ。安心してるんだ。怖いのに、怖くてしょうがないのに。 オマエに、否定されるのが、嫌で。 ……顔見るたびに、こうして心臓がバカみたいになってるくせに。オマエの隣が、安心するんだ」
「だったら。それでいい。怖くても−−いつかは」
 要は、窓の外を見る。
 あわせたように、大きな音が響いていた。
 桜島の、爆発する音。
「慣れるだろ」
「−−桜島、か」
「ああ。最初のころ、随分怯えてたじゃないか」
「う、随分かっこ悪いこと、見せてたような……」
 目をそらす瞳に笑いかける。
 あの時の彼女のおびえ様は、中々に面白かったことを思い出す。
「そういうことだ。俺だって慣れる。今はまだ慣れてないけどな」
「随分楽観的だな、オマエ」
「嫌か?」
「−−そんなわけないに決まってるだろ」
 不意に、彼女の顔が近づく。
 ぴしり、と動かなくなった顔にやわらかなものが触れた。
 それが彼女の唇の感触だと気付いて、体が熱くなる。
「あの、さ。−−慣れるんだろ?」
 視界一杯に映る、蒼い瞳。
 それが、いつものようににやりと歪む。
 違う所といえば、頬が真っ赤に染まっていること位だろうか。
「だったら、慣れる為にちょっとばかり頑張ってみようぜ?」
「お、おいっ、それって……」
 するすると、彼女は服を脱いで裸になった。
 見慣れたはずの彼女の裸身。それがやたら艶やかに見える。
「アタシと一晩寝れば、バッチリだろ?」
「−−う」
「大丈夫、気持ちよくしてやるぜ」
「そ、そりゃそうだろう。けど」
 頭の中に浮かぶのは、毎晩の淫夢。
 忘れようの無い魔の快楽。思わず股間をおさえると、ソレは随分と元気になっていた。
「……お手柔らかに、な?」
「はは、分かってるってカナメ」
「お前、今。名前で……」
「ん?どうした?」
「−−いや、こちらこそ宜しく。ヒトミ」
「ああ」
 しゅるり、と服を脱がされる感覚。
 肌を密着させるととくん、とくんと彼女の心臓が高鳴る音が聞こえてくるようだ。
「まずは、キスから−−」
 唇が、触れ合う。
 おずおずと入り込んでくる彼女の舌が、やがて丁寧に口内を侵略していく。
 歯茎の裏までなで上げられると、それだけで声が漏れてしまった。
 長い、長いキスだった。
 名残惜しげに唇を離せば。とろりと唾液の橋がかかっていた。
「ふふ、いい顔だぜ?」
「お前こそ、随分余裕無さそうだけど?」
「う、悪かったな。キスってこんなに気持ちいいって思ってなかったんだよ!」
「はは、順序が逆だな」
「違いない」
 そういえば、彼女とキスをするのは初めてだったか。
 毎晩夜這いを受けて居た身としては、なんとも不思議な気分になる。
「−−まあ、今からすることは、慣れてるだろ?」
「お前のせいでな」
「ふふ、違いねえ」
 ざらりとした舌で軽く乳首をなで上げられると、甘い声が漏れる。
 追撃とばかりに首筋、わき腹と感じる所を白い指がこしょこしょとなで上げられるとそれだけでいってしまいそうだ。
 勿論、そう簡単に彼女がいかせる事は無いことは知っているのだが。
「さあ、準備良さそうだな」
「−−」
 そして、彼女のそこが、触れる。
 どろりとした、肉の壷。
 貪欲に男を喰らう、魔性の性器。
 それを見る要の目は、若干の恐怖と。それ以上の期待に染まっていた。
「んっ……あっ……」
 ずぬり、と入っていく。
 それだけで、漏れてしまいそうな快楽。どこまでも甘い締め付けが伝わってくる。
 あの時以上の、快楽。
 どこまでも優しいというのに、容赦なく追い立てられる。
「ーーあっ、うっ」
 彼女の表情も−−、快楽に染まっていた。
 真っ赤に染まった頬、若干視点のあわない蒼い瞳。それがなんだかおかしくなって頬にキスをすると、締め付けが余計酷くなった。
「ーーすご、いっ。カナ、メッ」
 息も絶え絶えに、それでも彼女は言葉を紡ぐ。
「ああ、すご……っ」
 それに答えるように、要も囁く。
 肉体に、お互いの存在を刻み付ける。
「−ーも、もうっ、でる……」
「ああ、だし、ちまえっ!ぜん、ぶっ。アタシの、なか、にっ!」
 どろり、と。
 ほとばしる欲望で彼女の中を染める。

 その日の晩は−−長い夜になった。


−−



「なあ、カナメ」
「……ん?」
「これって、夢じゃないよな」
 朝。
 ベッドに横たわる彼女の言葉に、思わず笑ってしまう。
 周囲を見れば随分と荒れてしまっている。これからの掃除が大変な位だ。
「−−当たり前だ。掃除。手伝ってもらうぞ?」
「はは、すまねえな」
 のそり、と彼女が立ち上がる。
 朝日に照らされる彼女は、気まずそうにてへへと笑った。
「−−つい。やりすぎちまった」
「やりすぎだ、全く−−今日休みじゃなかったらどうするんだ」
「そのときは、一日看病してやるよ」
「冗談に聞こえないぞ、全く」
 ため息を付きながらも、要は笑った。
 彼女と話せる。それだけで、嬉しかった。
「−−ま、なれるためには丁度いいか」
「そうだな。さっさと慣れてもらうぜ?」
「……お手柔らかにな?」
 なんとなく外を見れば、快晴の天気。
 桜島がよく見える。

「−−慣れ、か」

 大きな爆発音が響く。
 桜島の、爆発する音が、二人の耳朶を叩いていた。
16/06/25 01:33更新 / くらげ
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■作者メッセージ
きっかけはGARUさんとのチャットでした。
GARUさんが要役、自分がゲイザー役で3日に渡ってなりきった結果に足し引きして作ったモノがこれです。
付き合ってくれたGARUさん。そして読んでくださった皆様。
ありがとうございました。

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