連載小説
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Duel.3「伝説って?」
 事情を聞いたエンジェルはすぐにその場に順応した。不思議の国様様である。
 しかしゲームの役に徹することを承諾した彼女に対してアンが提示した案件は、そんな彼女を大いに困惑させるものであった。
 
「とりあえず何か、施しっぽいポーズとってください」
「え、なんですかそのアバウトな要求は」
「今のあなたはプレイヤーへの施し役として呼ばれたのです。なので施しっぽいことをしてください」
「ええ……」

 あまりにもざっくばらんなお願いに、エンジェルは思わず呆然とした。いきなりそんなこと言われても対応に困る。
 
「施しっぽいポーズってなんですか……でもこうなったら、やるしかないですよね……」
 
 しかし使命は使命。一度やると決めたエンジェルは、そこで腹を括った。そしてサイスに向きなおり、おもむろに両手を胸元に持っていく。
 
「も……っ」

 指を使って胸元でハートマークを作り、視線をサイスの顔を見るよう固定したまま、腰を捻って前かがみの姿勢を取る。
 
「萌え萌え〜、キュン♪」

 そしてとびきりの笑顔を浮かべながら、エンジェルが明るい声で言い放つ。その顔は真っ赤に茹で上がっていた。
 サイスはどう反応していいかわからなかった。他の面々も同様だった。
 重い沈黙が場を支配する。
 
「……」

 空気が冷たくなっていく。からっ風が頬を撫で、静寂をより際立たせる。エンジェルのポーズにどう反応していいのか、誰もわからなかった。
 そしてその沈黙は、エンジェルにとっては拷問だった。この時彼女は、身を八つ裂きにされるほどの激痛を味わっていた。それほどの恥辱が、彼女の心を責め苛んでいた。同情された方がまだマシだ。
 だが現実に彼女を待っていたのは静謐だった。こういう「中途半端なお節介」が一番効く。
 
「……もう殺してくだしゃい……」

 やがてポーズを取ったまま、エンジェルが力なく呟く。顔だけでなく全身が赤く茹で上がっており、体中の汗腺から脂汗がだらだらと流れ始めていた。目元には涙を溜め、そう呟く唇はわなわな震えていた。
 彼女の心は完全にへし折れていた。
 
「あっ、はい! はい終わり! 効果発動してください! もう大丈夫ですので!」
「お、おう! そうだな! 早く効果使わないとな!」

 マッドハッター、本日二度目の狼狽。サイスも同じように慌てふためく。エンジェルは逃げるように墓地に直行し、ジャイアントアントの胸の中でおいおいと泣き始める。いきなり抱きつかれたジャイアントアントもまた、そんな彼女を邪険に扱わず、ただ無言でその細身の体を抱き留めた。
 無音の草原に鳴り響くのは、ただエンジェルの鳴き声のみ。場の空気が一気に気まずい物へと変わっていく。
 
「はい! 次! サイス様、次行きましょう次!」
「お、おう!」

 それを打破するために、アンはゴリ押しを選択した。フォローも何もせず、無理矢理次の行動をサイスに迫った。
 一方のサイスもそれを了承した。あれこれ考えてもこれを解決できる妙案が浮かばないのであれば、いっそ思考を切り替えてしまった方がいい。二人のデュエリストは同時にその結論に辿り着き、それを実行に移したのである。
 そもそもそんな空気にしたのは誰だよ。同じ頃にマンティスはそう思ったが、敢えて口には出さなかった。
 
 
 
 
 ともかく、手札交換は完了した。エンジェルの施しのカードを墓地に送り――エンジェルはまださめざめと泣いていた――選択した二枚のカードも墓地へと送る。そうして新しくなった手札を確認し、サイスが脳内で組み上げたコンボを再確認する。よし、コンボパーツは既に揃っている。
 確認完了。準備万端。あとは行動あるのみだ。
 
「俺は手札から魔法カード、『一寸の虫にも五分の魂』を発動! こいつの効果は、墓地にある昆虫族モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚することが出来る!」

 特殊召喚とは、その名の通り特殊な方法でモンスターを召喚することである。通常召喚と異なり、一ターンに何回でも行うこと出来る。
 
「その代わりこれの効果で蘇生したモンスターは、攻撃力がゼロになり、効果も無効化される。俺はこれを使って、墓地のジャイアントアントをフィールドに呼び戻す!」

 サイスが高らかに宣言する。いきなり名前を呼ばれたジャイアントアントは驚きのあまり目を大きく見開き、そのまままっすぐサイスを見つめた。
 
「あ、あの、なんでしょうか?」
「何って、お前を呼び戻してるんだよ」
「私を、ですか?」
「そうとも。ほら、こっち来なさい」
 
 サイスがそう言いながら、ジャイアントアントを手招きする。そこでジャイアントアントはようやく自分の次に取るべきアクションを理解し、そそくさとフィールドへ舞い戻ってくる。こうして表舞台に帰ってきたジャイアントアントの顔は喜びに溢れていた。
 
「わかりました! 後は私にお任せください!」
 
 彼女はこの時、自分が戦局を塗り替える鍵になるのだと確信していた。そして事情が何であれ、誰かのために働けることに歓喜の念を覚えてもいた。彼女がジャイアントアントであるが故に背負った性のなせる業である。
 それはまた同時に、サイスが使ったカードの効果を良く聞いていなかったが故の勘違いでもあった。
 
「この私が体を張って、あのマンティスを倒してみせます! 見ていてくださいね!」
「そして俺はジャイアントアントを生贄に捧げ、手札からマーシャークを召喚する!」
「……えっ?」

 一方のサイスもまた、そこを指摘しようとはしなかった。彼は状況説明よりもコンボの完成を優先した。墓地スロットから舞い戻り、フィールドに置かれたジャイアントアントのカードを無慈悲に取り上げ、それを再び墓地スロットに送り返す。そしてジャイアントアントのカードがあったところに、手札から取り出したマーシャークのカードを縦に置く。
 
「ほら、墓地に戻りなさい。マーシャークが来れないだろ」
「あ、えっ、え?」

 その後、サイスがジャイアントアントに立ち退きを要求する。最初ジャイアントアントはサイスの取る行動の意味がわからなかったが、彼女はやがて彼が何のために自分を呼び戻したのかを悟った。
 
「まさか、私を呼んだのって」
「星5つ以上のモンスターは、場のモンスターを生贄に捧げないと召喚できないんだよ。だからほら、早く墓地に戻るんだ」
「あ、そういうことですか……」

 また親切なことに、サイスがここに来て今の状況を説明する。自分が単なる引き立て役に過ぎないことを自覚し、ジャイアントアントの中にあった喜びが音を立てて崩れ落ちていく。
 そうして己の立ち位置を完全に認識したジャイアントアントは、すごすごとフィールドから墓地へと帰っていった。そこでは既に泣き終わったエンジェルが体育座りで待機しており、ジャイアントアントはそんな彼女の隣に立ってゆっくりと腰を降ろした。喜び勇んで飛び出した反動から、この時の彼女はとても居心地悪そうな顔をしていた。
 サイスはそんなことお構いなしにマーシャークを召喚する。
 
「来い! マーシャーク!」

 かつてジャイアントアントがいた場所に光の柱が出現する。柱が粒子となって砕け、中から召喚された「それ」が姿を現す。
 マーシャーク。鮫の姿をした魔物娘。水棲種の中では狂暴な存在であり、その攻撃性はステータスにも表れていた。生贄一つで攻撃力2400というのは、中々に魅力的だ。
 
「おい! なんだこれ! どうなってやがる!」
 
 しかしそう考えるサイスによって呼び出されたマーシャークは、彼の予想とは異なる形で「こちら側」に出現した。
 
「誰だこんなことしやがったのは! 人の泳ぎを邪魔しやがって! ああもう狭いんだよこれ!」
 
 その半人半鮫の魔物娘は、上部の蓋が取り払われた直方体の水槽の中に押し込められていた。縦長の直方体の中には海水がなみなみと注がれており、件のマーシャークはその中で立ち泳ぎをする格好となっていた。またその直方体は成人したマーシャークがちょうど一人入れる程度の大きさしかなく、良く言えばスリムな――悪く言えば窮屈な造りをしていた。
 ついでに言うと、その直方体の水槽は大きな台車の上に置かれていた。台車の車輪にはロックがかけられており、マーシャーク本人の手ではそれを外せないようになっていた。
 
「なんなんだよ畜生……私だって暇じゃねえんだぞ……」

 その水槽の縁に両腕を置き、胸元から上を水面から出しながら、マーシャークが拗ねた口調でぶーたれる。彼女の顔は明らかに不貞腐れており、全身からは不満げなオーラを垂れ流していた。先方の都合を無視してこちらに呼び出したのだ、こうなるのも当然である。
 そんなマーシャークを見ながら、サイスがアンに質問する。
 
「なんで水槽に入ってるんだ」
「水棲種の方々を召喚した時にはそうなるように、私が前もって調整しておいたんです。水の中で生きている方々を、無理矢理陸に上げるのはしのびないと思いまして」
「しのびないと思うんなら、そもそも強制召喚しない方がいいんじゃ……」
「あっ! ひょっとしてお前らが私をここに呼んだのか!?」

 そこでマーシャークがサイスとアンに気づく。声をかけられたアンはサイスを見つめ、マッドハッターから視線をもらったサイスは一つため息をついた。事情はどうあれ、彼女をここに呼んだのは自分だ。なら自分から説明する義務がある。
 
「そうなんだ。お前をここに呼んだのは俺なんだよ。いきなりこんなことをして本当にすまない」

 それからサイスは、マーシャークに今ここで起こっていることを説明した。マーシャークは最初の方こそ捻くれた顔でそれを聞いていたが、ここが不思議の国だとわかるや否や、途端にその態度を変えた。
 
「不思議の国のゲームか。それなら仕方ないな。しかし不思議の国の連中に目をつけられるなんて、お前も災難だな」

 それどころか同情までされた。サイスは若干戸惑いながらも、そんなマーシャークに協力してくれるよう要請した。対してマーシャークは二つ返事でそれを引き受け、続けて水槽から上半身を出したままマンティスと向かい合った。
 
「あいつが私らの敵ってわけか」
「そういうことになるな」
「どうするんだ? 早速攻撃するのか?」

 マーシャークはノリノリだった。目を輝かせ、その両目でもってマンティスに狙いを定める。施しをしたエンジェルと異なり、彼女はあっという間にこの場の空気に順応してみせた。
 そんなマーシャークをサイスが制止する。そして「まだ何かするのか」とマーシャークから問われたサイスは、頷きながら目の前にあった伏せカードを指さした。
 
「こいつを使うんだ」
「なんだそれ」
「こうなった時に有効な罠カードだ。いくぞ!」

 リバースカードオープン! サイスの宣言と共に、それまで伏せられていたカードがむくりと起き上がる。
 そうして現れたカードの文面にアンとマンティスが揃って注目する。
 
「罠カード、『過重労働』! このターン生贄召喚のコストとして墓地に送られたモンスター1体を選択し、フィールド上に特殊召喚する!」

 そう言い切った直後、再びサイスがジャイアントアントを見つめる。墓地――と言う名の待機ゾーンでくつろいでいたジャイアントアントは、驚いた顔でサイスを見つめ返した。
 
「またですか?」
「うん」
「今度はちゃんと活躍できますよね?」
「安心してくれ。今度は生贄にはならないから」
「わかりました!」

 サイスからそう告げられた途端、息を吹き返したように目を輝かせてジャイアントアントが立ち上がる。そして早足でフィールドまで駆け寄り、マーシャークの真横で構えを取る。
 どこまでも純真で労働熱心な魔物娘であった。
 
「過労死同盟参入待ったなしですねあれは」
「モンスター使いが荒いなあ……」

 それを見たアンとマンティスが揃って口を開く。サイスが攻撃宣言をしたのはその直後だった。
 
「まずはマーシャークでマンティスを攻撃だ! 行け!」
「おう!」

 サイスが指示を出し、マーシャークが意気揚々とそれに応える。攻撃対象にされたマンティスが咄嗟に構えを取り、アンもまた同様に身構える。
 マンティスの攻撃力は1800。対してマーシャークの攻撃力は2400。既にこのゲームのルールを理解していたマンティスは、これで自分が倒されることを知っていた。だからと言って、あからさまに力を抜こうともしなかった。モンスターの鑑であった。
 
「……」

 だが動かなかった。サイスの攻撃宣言を受けたマーシャークは、その場からぴくりとも動かなかった。正確には彼女自身は前に進もうとしたが、彼女の下にある水槽と台車はその意に反し、1ミリたりともその場から動かなかったのである。
 
「……」
「ふん! ふん!」

 マーシャークが必死になって水槽を揺らそうとする。しかし水槽は台車にがっちり固定されており、びくともしない。魔物娘の膂力に屈しない強度の水槽というのも、それはそれで驚異的であった。
 今はそんなことを話題にしている場合ではない。
 
「サイス様、台車を捺していただけると助かりますね」

 そこでアンがアドバイスを送る。サイスも同じタイミングで、その台車が自力で動かないことを悟る。
 やがてサイスが台車に近づき、取っ手を掴む。次に足で車輪にかかっているロックを外し、ゆっくり、慎重に台車を押していく。水槽の中に溜まった海水が溢れないように、とにかく安定を取って一歩一歩進んでいく。
 スタイリッシュとは無縁の、ひたすらに地味でノロマな運送作業の光景がそこにあった。
 
「もうちょっと急いでもいいんだぞ」
「いや、下手に急いで横転とかしたらまずいだろ? どこで引っかかるかもわからないし」
「お前、結構慎重派なんだな」

 のろのろと亀のような行軍を行うサイスに対して、思わずマーシャークがぼやく。それでもサイスは己のスタンスを崩すことなく、非常に鈍重な足取りで、安全確実にマンティスの元に進んでいく。
 安定感はあったが、スピード感は皆無だった。
 
「あっ」
「よう」

 やがてマーシャークがマンティスの眼前まで到達する。同時にアンがマーシャークを見ながら「攻撃っぽいことしてください」と声をかける。
 
「攻撃っぽいことってなんだよ」
 
 すぐにマーシャークが聞き返す。そこにサイスが割り込む。
 
「そりゃお前、攻撃してるっぽい動作だよ」
「アバウトすぎねえ?」
「そこをなんとか。俺は今攻撃してるぜってことが伝わればなんでもいいからさ」
「そう言われてもなあ……」

 サイスからの説明を聞いたマーシャークが渋い表情を浮かべる。その後彼女は半身浴の体勢で少し考え込んだ後、おもむろに両手で水槽の水を掬った。
 
「……おりゃっ」

 考えた末、彼女は水をかけることにした。両手で掬った海水をマンティスに向けて放り投げ、その少量の海水がマンティスの顔にかかる。
 
「きゃっ」

 思わずマンティスが悲鳴を上げる。そしてマンティスはそれ以上何の反応も見せず、マーシャークも同様に動きを止める。マーシャークが「これでよかったのだろうか」と言わんばかりの厳めしい表情でマンティスを見下ろし、マンティスもまた水に濡れた顔でマーシャークをじっと見つめる。
 お互いにこの後どうリアクションすればいいのか全くわからなかった。場の空気が一気に冷えていく。
 
「マンティスさん。あなたはこれで倒されたことになるので、やられた感じの動きをしてください。お願いします」

 アンがそれとなく声をかける。マンティスが首肯し、さっそくそれを実行する。
 
「うわー」

 気の抜けきった声が草原に響く。その後マンティスが無表情のまま、仰向けに地面に倒れ込む。
 悲鳴とダウンは完全に分け隔てられていた。やる気のない悲鳴を口から吐いた後で、マンティスはそこに倒れたのだ。
 大根役者も真っ青な棒演技である。
 
「……これでいいの?」

 しかし当のマンティスはやりきったような、達成感と満足感に溢れた顔をしていた。正確にはその表情は硬いままだったが、その中にあって目だけがキラキラと輝いていた。そしてアンにとっても、それくらいで十分だった。
 
「ありがとうございます。じゃあこれで、マーシャークの攻撃は終了ですね」
「おう」

 600ポイントのダメージ。アンのライフポイントが削られていく。サイスがマーシャークの入った水槽を載せた台車を元いた場所へ引き戻していく。一連の動作をこなしたサイスは、既に汗だくであった。
 なおこれと並行して、戦闘で「破壊」されたマンティスがアンの側の墓地へ向かう。かけられた水が思いの外冷たかったのか、墓地スペースで腰かけた彼女は時折顔を震わせて水気をはね飛ばしたりした。
 
「よし、次はジャイアントアントの攻撃だ」

 しかしサイスのターンは終わらない。彼はそう宣言し、続けてジャイアントアントに直接攻撃の指示を出す。ダイレクトアタックが成功すると、そのモンスターの攻撃力分のダメージを敵に直接与えることが出来る。その意味では非常に重要な攻撃であった。
 
「ジャイアントアント! アンにダイレクトアタックだ!」
「はい!」

 サイスからの指示を受け、ジャイアントアントが元気よく答える。彼女は続けてショベルを持ち、速足でアンの元へ駆けて行く。そして彼女の目の前で立ち止まり、両手で持ったショベルを勢いよく振り回す。
 
「やーっ!」

 当然それはかすりもしない。アンの目の前で、ショベルの切っ先が虚しく空を切る。しかしそれでいい。ジャイアントアントの攻撃を感知し、ライフポイントがさらに削られる。
 残り1800ポイント。アンの命が着実にすり減っていく。しかしアンは怯むどころか、楽しそうに笑みさえ浮かべてみせた。
 
「いいですね。やはりこうでなくては」

 彼女は心からこの状況を楽しんでいた。このゲームを楽しいと、心から感じていた。
 そしてそれはサイスも同様だった。所々グダグダな部分も目立つが、そこも含めて凄まじく新鮮で面白味のあるゲームであることは確かだったからだ。彼は今、確かにこのゲームを楽しんでいた。
 それが戦略に起因する楽しみであるかは別の話であったが。こういうハチャメチャなゲームというのもたまには悪くない。
 
「それで、あなたのターンはおしまいですか?」
「ああ。俺はこれでターンエンドだ」

 サイスが頷く。アンもそれを聞いて頷き返し、まず自分の手札を確認する。その後「私のターン!」と叫び、カードを一枚ドローする。
 その後、サイスに向かってニヤリと笑ってみせる。
 
「しかし、驚きましたよ。まさかあなたがこんなにも早く特殊召喚を使ってくるとは。どうやら私は、あなたの適応能力を侮っていたようだ」
「それはどうも。俺はやれることをやってるだけだよ」
「だから私も、少しエンジンをかけていきます。覚悟はよろしいですね?」

 眼光を鋭く研ぎ澄ませながらアンが言い放つ。そして相手の反応を待たず、アンが手札からカードを引き抜く。
 
「魔法カード『龍神降臨の儀』を発動!」

 直後、アンの目の前に緑色のカードが出現する。そのカードには両側に篝火を焚いた大きな祭壇と、それの前で祈りを捧げる女性の姿が描かれていた。
 サイスと彼のモンスターがそれを目の当たりにし、揃って頭に「?」を浮かべる。そんな彼らに向けてアンが律儀に説明を始める。
 
「私はこのカードの効果によって、手札またはフィールドからモンスターカードを墓地に送ります。そしてこのカードの効果によって墓地に送ったモンスターカードの合計レベル以上のレベルを持ったカードを、手札から召喚することが出来る!」

 墓地に送ったモンスターのレベルの合計は八つ。アンが手札のカードを墓地に送りながら説明を続ける。そこからさらに続けて手札のカードを選択し、それを勢いよく召喚器に置く。
 
「私が使うのはこのカード! さあ、儀式の始まりです!」

 アンの宣言にサイス達が身構える。早速光の柱が現れ、光のベールが四散する。
 柱の中から「それ」が出現する。そうしてサイス達の前に姿を見せたそれは、少なくとも龍ではなかった。
 
「あれ? ここは?」

 やって来たのは小柄な少女だった。背中に甲羅を背負い、頭に頭巾を被った、穏やかな雰囲気を湛えた少女だった。
 
「海和尚じゃん」

 それを見たマーシャークが、思い出したように声を上げる。続けて今度はジャイアントアントが、現れた海和尚と場に出た魔法カードを交互に見つつ口を開く。
 
「あの人、あの魔法カードに描かれてる人と一緒じゃないですか?」
「本当だな。あそこにいるのも海和尚じゃねえか」

 マーシャークが即座に反応する。遅れてサイスも両者を見比べ、エンジェルもどこからともなく取り出した双眼鏡でその二つを交互に見やる。
 
「……こっち来てもいいんだぞ」
「えっ、いいんですか?」

 それに気づいたサイスがそれとなく声をかける。エンジェルがすぐに反応し、サイスがそれに頷く。
 エンジェルが墓地から離れてサイスの横に立つ。二人揃って改めて二つの海和尚を見比べる。
 
「本当だ。同じですね」
「ああ」

 とうとう二人もそれに気づく。この時アンは出現した海和尚に状況説明をしており、そして海和尚もまたここが不思議の国であることを知り、協力要請を快諾した頃だった。
 そんなアンに、サイス達の視線が向けられる。彼らの言わんとしていたことは同じだった。アンもまた、彼らの疑問の内容を理解していた。
 
「今から儀式を始めるんです」
「は?」

 だからアンは、結論から先に告げることにした。当然サイス達からすれば何が何だか意味不明であった。
 
「なんだって? つまりどういうことなんだ?」
「新しいモンスターを呼ぶために儀式を始めるんですよ。こちらの海和尚は、言うなれば儀式を行う巫女さんのようなものですね」
「そこから始めていくのかよ」

 彼女の言葉の意味を理解したサイスが呆れ顔で呟く。彼の横にいたエンジェルが「私と同じってことですね」と納得したように頷く。
 そこにジャイアントアントが割って入るように質問をぶつける。
 
「ちなみにその儀式、どれくらいかかるんですか?」
「どれくらい、って……どれくらいなんです?」

 問われたアンは少し考えた後、横にいた海和尚に同じ質問をぶつけた。問われた海和尚は「そうですね……」と難しい表情を浮かべながら思案を巡らし、次いで今自分のいる草原を見渡しながら、大体の「アタリ」をつけ始める。
 
「まず祭壇とお供え物が必要ですし、後は篝火もいるし……お手伝いの方は、いなくても大丈夫そうですね。祝詞の方も準備しないといけませんし」

 真面目な顔でぶつぶつと呟き、頭の中で着々と算段を立てていく。サイス達は黙ってそれを見守るしか出来なかった。
 それから数分して、海和尚が唐突にその表情を明るいものへと変える。そしてアンの方を向きながら、「出来ました」と計画策定が完了したことを告げる。
 早速アンが質問をぶつける。
 
「どれくらいかかりそうですか?」
「準備をして、実際に儀式を始めてから終わらせるまで、全部で一時間半はかかりますね」
「いち……」

 空気が凍りつく。マーシャークが戦慄した声を上げる。
 マンティスが淡々と言い放つ。
 
「これカードゲームだよね?」
「カードの発動に一時間以上かかるカードゲームってことだろ」

 それに対してサイスが答える。エンジェルが頭を押さえながら「絶対流行りませんよそんなゲーム」と正論を吐く。
 そんな彼らに海和尚が問いかける。
 
「それと物は相談なのですが、皆様にも祭壇の設営を手伝っていただきたいのです」
「えっ?」
「さすがに一人で全て準備するのは無理がありますので……どうかご協力いただけないでしょうか?」

 これも正論であった。そして真っ先にそれに反応したのはマッドハッターだった。厳格な儀式の手順や作法に疎かった――大体の人間はそんなものである――彼女は、ここまで時間のかかる代物であるとは予想していなかったのだ。
 しかし彼女に拒否権は無かった。ついでに言うと、サイスにも拒否権は無かった。
 
「……仕方ありません。これも円滑なゲーム進行のため。お手伝いしましょう」
「俺もやるしかないな」
「ありがとうございます! では早速始めましょう」

 そもそも無関係な面々を埒紛いの方法で呼びだしているのは、サイス達デュエリストなのだ。その上で無理矢理呼び出した者達に対して高圧的な態度を取るのは、あまりにも人道にもとる行為である――最初から魔物娘巻き込まないで普通のカードゲームしろと言うのはご法度。
 呼ばれた者達が協力してくれる以上、デュエリストもまた彼女達に協力する義務があるのだ。
 
「材料とかはどうする? 結構必要になりそうだが」
「それは私がやりましょう。不思議の国にかかれば、どんな素材も簡単に集まりますよ」
「本当かよそれ。不思議の国ってそんなに便利な場所なのか?」
「当然ですとも。なんと言っても不思議の国ですから」
「それでは、アン様は材料集めをお願いします。サイス様は私と一緒に、祭壇建築の下準備をしましょう」
「それ、私達も協力していいですか? みんなでやった方が絶対早く終わりますって!」
「これは、素晴らしい……!」

 プレイヤーとモンスターが手と手を繋ぎあい、協力してゲームの環境を構築していく。これが楽しくなくてなんだと言うのだろう。
 私達は今、仲間と共にゲームを進めることへの喜びを噛み締めている。参加者全てが楽しさを共有している。これぞまさにゲームの究極形。万人が望んだ、遊戯の理想形なのである。
 
「いや、やっぱり祭壇作るゲームはおかしいよ」
「駄目ですか」
「駄目だね」
「独創的だと思うんですが」
「駄目に決まってんだろ!」

 途中から変なナレーションを始めたマッドハッターをサイスが一喝する。叱られたアンは途端につまらなさそうな顔を浮かべ、すごすごと材料集めに向かっていく。
 
「……私することねーじゃん」

 そして独りすることのないマーシャークもまた、つまらなさそうな顔で水槽の中に佇んでいた。
 この時彼女は生まれて初めて、人間の足が欲しいと願ったのであった。
17/02/24 19:06更新 / 黒尻尾
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