連載小説
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宝物:修理屋と竜
一体誰がこんな状況を予測しただろうか。

今まで、ずっと何もなかったのに。
まるで嵐のように、いつも自分は巻き込まれる。
何でこんな、図ったように突然に。
反魔物領の騎士団長が、魔物のいる家を訪れるんだよっ・・・!


「・・・一体、何のことでしょうか?」

「隠さなくてもいい。分かりきっていることだからな」


どうやら言い訳の時間さえくれないようだ。
問答など無用と言わんばかりに、騎士団長の眼は自分を威圧してくる。
威圧感は、その見た目からも感じ取れる。
重厚な白鎧に身を包み、腰にはふた振りの剣。
教団の紋章が胸に刻まれており、まさしく聖騎士。
兜は付けておらず、この国では珍しい黒髪が印象的な男性だった。
魔物から人を守る、騎士の姿だった。


畜生。ああ畜生。折角、両想いになれたっていうのに。
これからが新しい日々の始まりだなんて思っていたのに。
どうして、こんな・・・
こんなのって、ありなのかよっ・・・!!


・・・当たり前なのか。
この反魔物領で、魔物に手を貸したんだ。
こうなることは、必然だったんだ。
いつこうなってもおかしくなかったんだ。
それが、この半年・・・何もないことが当たり前だと思っていた。
そう思い込んでいた、自分のミスなんだ。
でも、せめて・・・
叶うのならば。
こんな自分でも、願いを言っていいのならっ・・・


「お願いが、あります・・・」

「何だ?」

「彼女だけは・・・そのドラゴンだけは、殺さないでください・・・!」


自分にできることは、懇願だけだった。
情けないことなのかもしれないが、力のない自分には、こんなことしかできない。
答えなんて、分かりきってはいるが。でもこのまま終わる訳がない。
こうなれば、最後まで抵抗してやる。
これが自分の運命だっていうのなら、最後まで抗ってやる。
自分がどうなろうと、彼女だけは守りきる。
それが自分の・・・
彼女のことを愛する自分の・・・!
この反魔の地で、魔物と結ばれるということのっ!
覚悟だから・・・!!










「ああ、分かった」

「・・・はへ?」











え?今なんて言った?
分かったって言った?
すごく、あっさり言わなかった?
てっきり自分、「貴様も同じ道を辿るのだ・・・」とか、「魔の道に堕ちた者は同罪」とか言われて、その場で切り捨てられるんじゃないかって思っていたんだけど?
・・・いや!相手の言うことを信じちゃイカン!鵜呑みにしちゃイカンよな!
油断させた隙に、二人諸共殺されるのかもしれないんだからな!


「で、でも」

「騎士の誇りにかけて誓おう。私は手を出さんよ。
そもそも君に手を出すつもりもない。
・・・ああ、別に他に部下がいるとかではないから安心してくれっ。
私一人の意思での用件だからな。
むしろ部下に見つかると不味い。非常に不味い。
先程も言ったが、あまり時間がない・・・朝の訓練には間に合わさねば。
ここにいることも、誰かに見られてしまうと不味い。とても良くない。
私が困るし、君たちも困る。
と、いうことで店内で話の続きをしてもいいだろうかっ?」






「え、あ・・・はい」




ちょっと早口気味の説明に気圧されて。
この人の、人柄なのか何なのかは分からないけれど。
自分はすっかり毒気が抜かれて、店の中へと入れてしまった。
なんて言えばいいのか、その。
この人、悪い人じゃないんじゃないか?って。
別に、命を取りに来たんじゃないんじゃないか?って。

信頼できる人なんじゃないかって。
初めて顔を合わせたばかりだけど、不思議とそう思ったんだ。





・・・・・





「あの、これ、シチューですが・・・」

「ん?おお、ありがとう。すまないな。
朝食もまだだから助かるよ。訓練に支障が出てしまうからね」


普通、この場合お茶とか出すんだろうけれども。
丁度すぐ用意できるものがさっきまで温め直していたシチューだったから、出しちゃったけども・・・
意外にも好評だった。

現在、店の扉には鍵をかけ、誰にも入られない密閉状態。
誰かが突然入ってくることはない。
もし増援を用意していたとしても、少しは時間稼ぎもできるだろう。
逃げるときは、裏口から逃げればいい。
だが、そんな予想と反して。
店内に用意してある椅子に、純白の鎧を着た騎士団長が、スプーン片手にシチューを懸命に食べているという、シュールな光景が目の前に広がっていた。


「うむ!美味いなぁ!たまにはこういう家庭の味というのもいいもんだ」

「そ、それはどうも」


うん。この人一体何しに来たんだろう。
そんな考えが頭に浮かぶくらいには、気が抜けていた。
警戒するのが馬鹿らしい程に、この人はあっさりしている。
騎士団長って、強くて厳しいけれど格好良いなんて話を聞いていたから、尚更である。
とてもじゃないけれど、ドラゴンに会いに来た人とは思えなかった。


「えーと。それで、話とは一体・・・?」

「ふぐ?んぐ・・・ああ、それなんだがな」



「アイレェンっ!!!」


ここで自分の名前を呼ぶ声が一つ。
どうやらタイミングが良いのか悪いのか、シエルが起きてきたようだ。
何やら、怒声に聞こえるんだけれど・・・


「シ、シエル?おはよう」


「ああおはよう!だがな、あんまりではないか!?
私としては起きたら愛しの旦那様の胸の中で抱きかかえられて起きる展開を想定していたのだがな!?
目が覚めてみればお前の姿はどこにもなく!
初夜を過ごした後に迎える朝としてはもの凄く寂しいものがあったぞ!!
あまつさえ朝の一番搾りを頂けるかもと思っていたのにぃ!!///
お前だけの!お前だけの愛しのメスを放置プレイとはっ!!
あんまりだとは思わないかっ!?
・・・ちょっと興奮しかけたけれどな!///
それでも私はお前のぬくもりを感じていたかったというのにぃぃいい!!!」



「シ、シ、シエル!!落ち着いてっ!?今すっごく恥ずかしいからっ!!///」


人がいる、それもよりにもよって騎士団の長がいる中で、とんだ暴露話を聞かされては堪ったもんじゃなかった。
これではこちらが羞恥プレイだ。もう顔から火が出そうだよ。
恐る恐るそれを聞いたであろう騎士様の姿に目を向けると。
・・・口元を押さえつつ、笑いを堪えていた。


「くっ・・・ぶほっ、くっふふふふふふっ・・・!」

「わ、笑わないでください・・・もう人生で一番今が恥ずかしいくらいですよ・・・」

「ん?えっ!?だ、誰だ貴様はっ!?」


シエルもその人物に気がついたようだ。
驚くのは無理もない。まさか自分以外の人がいるなんて思いもしない。
まだ店を開く時間でもない上に、昨日のあの後だ。
普通他人とこうして話している方がおかしいのだろう。
でも、次の騎士団長の言葉に驚かされるのは、自分の方だった。


「くははっ、いやぁ失礼・・・久しぶりだな、ドラゴンよ」

「!? 貴様、あの時私を見つけた・・・!?」

「・・・え!?知り合いなのか!?」

「知り合いどころか、ではないか!
コイツは半年前!私をここへ追い込んだ張本人だぞ!」

「追い込んだって言われてもな。まさか反魔物領に逃げ込むなんて思わないだろうよ」

「黙れ!教団の犬め!この腐れ勇者がぁっ!!」

「シエル!口が悪くなってるぞ!?少し落ち着いて!!」

「こっちだってお前の火炎ブレス食らって全治半年の怪我を負ったんだ。
全く、あの時は死ぬかと思ったぞ。生きているのが不思議なくらいだ。
追い込まれた獣というのは恐ろしいものだな。・・・獣にしては、規模がデカイが。
あと、私は別に勇者じゃないしな。よってその悪口は適さない」

「「はぁあっ!!?」」


自分とシエルの驚きの声が重なった。
いやまさか、この人がシエルにあの傷を負わせた人だってことにも驚いたけれど。
自分はてっきり、ドラゴンと対等に戦えるのなんて勇者ぐらいだと思っていたし、この騎士団長が勇者でもおかしくない実力を持っているはず。
まさか何の加護も受けていない人間だとは思わなかった。
それはシエルも同じなようで。
自分に話していた時も、勇者に見つかったなんて言っていたから、そう思っていたに違いない。


「まあまあ、私のことはどうでもいいから落ち着いて」

「どの口が言っているっ!どの口がっ!!」

「シエル、騎士団長さんの言う通りだよ。話が進まないから落ち着こう?ね?」

「ぐっ・・・!アイレンが、そう言うのなら・・・」

「あ、別に名前で呼んでも構わないぞ?私キリアス。よろしくな」

「うっさい!少し黙っていろ!」


シエルは深呼吸をする、というベタな行動で落ち着こうとしている。
よく見ると、シエルの方も顔が真っ赤だ。
ぜーぜーと肩で息をしている。
ああもう、そんな起き抜けて立て続けに叫ぶから・・・


「・・・うむ。私としたことが、アイレン以外に暴露話を聞かれたことで少し熱くなっていたようだ・・・」

「あ、理由はそっちなんだ・・・」

「まあ、ここへ来られた理由でもあるしな。おかげでお前とも・・・結ばれた訳だし・・・///」

「う、まあ、うん。そうだね・・・///」

「お熱いことだな」

「ふんっ!何とでも言うがいい!!///
それに・・・今ならば逃げる必要もない。今の私には翼と・・・守るべき大切な者がいる。
もう貴様等に遅れは取らぬぞ・・・!!」

「そうならないためにも、私は今日ここへ来たのさ」


騎士団長はゆっくりと立ち上がり、今までとは違う真剣な目つきになる。
あれだけ戯けていても、流石はディアレス騎士団長。
その立ち姿は、魔物に対峙する騎士そのものだった。



「ディアレス騎士団長として、君たちに命ずる。

この反魔物領を、立ち退いていただきたい」



そして、その言葉は意外にも、自分たちの退去を。
国からの亡命を強制するものだった。
いや、こう言い変えようか。
魔を排除すべき騎士団長である彼が、『亡命のみ』を命じたのだ。



「・・・もし、断ればどうする?」

「ちょっと!シエル!?」

「その場合は力づくでも、だ。
しかし、君たちにとっても、あまり騒ぎを大きくしたくはないだろう?
申し出を受けるのであれば、微力ながらも助力しよう」



それは、願ってもない提案だった。
どちらにせよ、この国、この街にはもういられないと思っていたし、早い時期に亡命できるのであれば、それに越したことはない。
でも意図が分からない。
どうしてこの人は、その亡命に協力までしようと言ってくるんだ?


「一体、何が目的だ?我々を逃して、貴様に何の利点がある?」

「次に・・・目的というよりは、要求なのだがな。
一人の団員として・・・いや、ある意味騎士団長として、君たちに『お願い』したい。






私の部下を一人と・・・その相手をもう一人、一緒に亡命させてくれまいか?」








「・・・どういうことですか?」








「簡単に言うと、部下が魔物化しちゃって」



「簡単に言いすぎじゃないですか!?」



いやあっさりしすぎだろうこの人。
何でここまで動揺せずにいられるんだよ。
自分だったら知った瞬間慌てふためいてるよ。


「・・・ではその魔物化した部下を始末すれば良い話ではないのか?私達などに頼まずとも・・・」

「おや、意外と残酷非道なこと言うんだな。おお怖い」

「貴様ぁっ!教団共の意向に合わせただけだろうがぁっ!!」

「ああ落ち着いたと思ったのに・・・でも、そうしないのは何故なのですか?」


この国は、魔物に関してかなり排他的な方である。
その反魔物領の騎士団は、領内の魔物を駆逐するため遠征に行くこともあるそうだ。
魔物化した人をはじめ、それに関わった人も処刑は免れないだろう。
しかし、その頂点であるこの人が。騎士団長がそれをしないなんて。
本当に一体、この人は何を考えているのだろうか。


「ん、まあ詳しく話したいのだが・・・うん、そろそろ時間がなぁ。
朝の訓練が始まってしまうんだよな。後できちんと話す・・・しかし会う時間取れるかな・・・
だが今日の内に、君もよく知っている人物がここへ訪ねて来るだろう。
そこからちょっと察してくれ。多分彼らが亡命の事情に関しては話してくれるよ。
・・・ああ勿論私のことは伏せてくれよっ!?
その部下が知ったらきっと、慌てふためいてしまうからね!
むしろ私の所へ怒鳴りに来るんじゃないか冷や冷やものだからね!?」


「え、あ、はぁ、そうですか・・・」


「だから私の名前は伏せておいてくれよ!?少なくとも彼女の方には絶対な!
彼女真面目すぎるからなぁ。こんなこと知ったら絶対私の所来ると思うんだよ・・・
頼むぞ!?亡命失敗とかしたくないだろうっ!?
・・・ああ時間ない!それでは、そういうことだから!
必要事項は最低限伝えたぞっ!
彼らのこと、よろしく頼むよ!」


「あっはい・・・えええちょっと待ってくださいよ!?」

「そうだぞ!?まだお前に聞きたいことは山程・・・!」


「時間ないからまた今度頼むっ!
あと亡命だが、今日の夜か、明日の朝までにはこの街を出てくれよ。
それ以上は保証できないからなっ!
あ、シチューご馳走様。またいつか機会があったら食べたいもんだな。
もう無いと思うが。それではなっ!!」


こうして、騎士団長は嵐のように去っていった。
呆気にとられていた自分たち二人を置いて。
言うことだけ言って、用件の了承も聞かずに帰っていった。
いつの間にか食べきっていた皿の中にあるスプーンの、カランッという音だけが。
虚しく部屋に響き渡っていた。





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あの後、朝食のシチューを食べて、今後のことについてシエルと話していた。
とりあえずあの騎士団長の話を信じるかは別にして、亡命の準備だけは進めておこうという話でまとまった。
こうなった以上、亡命するには早いに越したことはない。
今は家の中の必要なものを、二人でまとめているところである。
・・・何とも呑気なものだけど。これじゃあまるで、亡命というより引越しの準備だよ。


「しかし、本当にどうしたもんかな・・・あ、シエル。それはそっちの箱ね」

「ああ分かった。・・・だが、どうする?罠かもしれないぞ」

「ううーん・・・でも信頼してもいい感じはするんだよなぁ・・・」


わざわざ騎士団長ともあろう人が、魔物を目にして話をするだけして帰るってもの、おかしな話だ。
罠という可能性が十分にあるだろう。
そもそも本当にあの人が騎士団長だったのかどうかも、今考えると怪しいものがある。
でもシエルを追い込んだ実力派みたいだから、嘘じゃないとは思うんだけどな。


「・・・私を傷付けた男のことを信じるというのか・・・」

「その言い方はずるいんじゃない?ちょっと別の意味に聞こえるよ・・・
それに、いざとなったらシエルに掴まって、飛んで逃げるからね。
むしろこうしてのんびり準備できるのも、シエルのことを信頼しているからこそなんだよ?」

「お、お前の方こそ、その言い方はずるいぞ・・・///
・・・ちょっと濡れてきてしまった///♥」

「いや待って。流石に今は準備が先だからね?あっという間に明日の朝になっちゃうからね?」

「むぅー・・・」


そう言うと、シエルは頬を膨らませて、拗ねた顔をする。
ああもう、そんな顔しないでよ。
頭撫でたりほっぺつついたりしたくなるじゃないか。
本当に自分は、この人が・・・いや、この竜が愛しくてたまらない。
今なら、よく分かるよ。


コンコン、コンコン。


ぼんやりしていたら聞き逃してしまいそうな、ノックの音が聞こえた。
それは店の扉ではなく、裏口の方からだった。
店も開けていないのに、本当に今日は来客が多い日だ。
でも不用意に開けるわけにはいかない。普通ならそう思うはずだった。
自分はつい先程までいた騎士団長の言葉を思い出す。
今日の内に、自分もよく知る人物が訪ねに来る。そう言っていたはずだ。
裏口のことを知っている人物も、指折り数えるほどしかいないから、その中の誰かということになる。
襲撃・・・はないだろうな。それならノックなんてわざわざしないだろうし。


「・・・どちら様ですか」


自分は小声で、裏口の扉の近くにだけ聞こえるような声で、呼びかけた。
帰ってきた声は、自分も聞き覚えがある声だった。
しかも、本当によく知る声だった。


「・・・俺っす。どうにか、開けてもらえないっすかね・・・?」


何故ならその声の主は、自分もよくご贔屓にしている、鍛冶屋の店主。
懐中時計の部品加工にも、翼作りの部品加工にも携わった。
自分の良き友人でもある、『シース・フォールディン』の声だったのだ。





・・・・・





「・・・『竜殺しの凶騎士』とつながりはあると思ってたっすけど、まさかドラゴンが中身とか聞いてないっすよ」

「・・・そういうお前の方こそ、ディアレス騎士団の副団長と関わりあったなんて知らなかったぞ」


自分はシースと、一緒にいたもう一人を家に招き入れていた。
いつもなら店の扉から堂々と入る彼が、わざわざ裏口からこそこそ入るのだ。
よっぽどの、人に見られたらまずいような。
それこそ、亡命の協力でも頼むような状況でない限り、裏口から来るなんてことはないと思っていた。
それが案の定で、しかも騎士団長の言っていた亡命希望者が鍛冶屋シースと、騎士団の副団長、『ベルテ・フランシスカ』だったとは。
ちなみに家に来たもう一人というのは、勿論ベルテさんのことだ。
ベルテさんの方とは面識はあまりなかったけれど、驚くには十分だった。
そして、そのベルテさんに、牛の角と白地に黒の斑点模様の毛が生えてるなんて知らなかった。


「いや、元人間だからな?ホルスタウロスになってしまっただけだからな?」

「表情から考えていることを読まないでください。それで、自分に亡命の手助けを借りに来たってわけですよね」

「そのつもりだったんすけど、まさかアイレンの旦那も同じ穴の狢だったとは・・・」

「成る程・・・よく知っている人物からでは断りようがないということか。あの男め」


騎士団長の言っていたことがつながった。というより本当に真実だった。
確かに副団長クラスが魔物化したとあれば、騎士団の威厳に関わる。
処刑となれば公になってしまうだろう。
もしかして、あの人はそれを隠すために・・・


「あの男って、誰のことっすか?」

「先程、騎士団長がこの家をたむぐ・・・もがっ?」

「・・・さっき言っちゃ駄目って言われてたでしょうが」



「・・・・・・・・・・・・」ゴゴゴゴゴ・・・



「あのー、ベルテさん?なんか黒いオーラが見えるんですけれども」




「あ・の・反聖団長がぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」


「「「!?!?」」」


「魔物が街へ侵入した!発生した!それなのに見逃すだと!?
それでも騎士かぁ!!この街の誇る対魔騎士団ディアレスの騎士団長のすることかぁあっ!!!」


「お、落ち着いてください!ベルテさん!あまり大声出さないでくださいっ!!」


「だから私たちは甘く見られるのだっ!しかも何故私に言わないのだっ!!
ぐぅっ!今からあの男を殴りに行ってくるっ!


「やめてくださいっ!あなたは今その見逃される魔物なんですよ!?もう副団長じゃないんですよっ!?」


「うっ・・・だが、しかしっ・・・!ううぅぅぅ・・・」



・・・この人魔物化したっていうのに、根っからの騎士なんだな。
真面目すぎるってのはこういうことか。あの人の言った通りだった。
しかしなぁ・・・ホルスタウロスって穏やかだって禁書資料に書いてあったけれど。
全然違うよなぁ・・・魔物化したてだからなのかな?
・・・シースが大分苦い顔しているけれども。きっと何かがあったのだろう。
彼女が人間としての部分が残っているきっかけが何か、ね。


「まあ奴も、自分の部下に手をかけることには抵抗があるのだろう・・・」

「いや、昔から魔物に対して甘い人なんだ。
傷つけ追い払うことはあっても、決して殺すことはしないんだよ・・・
全く、あの無反省団長が・・・」

「そ、そうなのか・・・」

「その力だってあるのに・・・本来この国の中心部にだって行けるのに。
あの人は、ここで守るだけで十分などと、いつも口にして・・・
今回のことも黙っていて・・・きっと皆にもこちらへ目を向けないように裏で・・・」


ああそうか。
魔物の敵でありながら、魔物の命を守っている。
そんな人なんだ。あの騎士団長は。
そしてこの街も、この国の人も。
全部守る気でいるのかもしれない。
何だか、とても立派な人のように思えた。


「本当に・・・あの人は・・・ぐすっ・・・本当に・・・」


ベルテさんは、そんな団長の優しさに触れるように。
静かに泣いていたんだ。





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4人での亡命の準備は、怖いくらい順調に進んでいた。
他にも、夜にベルテさんの師匠という人から餞別をいただいたり、何故か事情を知ったリオンが見送りに来たりと。
自分たちは、本当にあたたかい人たちに囲まれていたことを、心から感じていた。
そして迎えた、明朝。
薄暗い、あの山の中で。
親魔物領へ向けて、旅立とうとしていた。


亡命の仕方は、実に簡単。
シエルが竜化して、全員と荷物を持ち、飛び立つというもの。
荷物といっても、手荷物程度ではなく荷車に修理道具や、シースの鍛冶道具など重いものが大量にしまわれている。
だが、ドラゴンのシエルにとっては、まだまだ軽いようだ。
翼の方も竜化にも耐えられ、荷物の重さにも対応して調整を加えたから、途中墜落なんてことはないだろう。
翼も大きく変形する仕組みを加えたから、不格好なんて言わせない。
自分は本当に、君だけの翼を作れたんだ。


「親魔物領でも元気でやれよっ!」

「ああ。リオン・・・飯、奢ってやれなくて悪いな」

「別にいいよ。あ、だったら今度親魔物領の本、こっそり持ってきてくれね?」

「気が向いたらな」

「まあ、お前にその気がなくても取りに行くけどな」


リオンとも、別れの挨拶を済ませる。
きっとリオンのことだ。本を探して国を抜け出すに決まっている。
またどこかで、会えるだろうな。
向こうの方でも、ベルテさんとその師匠が話をしているみたい。
でも、そろそろ行かなくちゃ。


「待たせてしまってすまなかった。では、出発しようか」

「俺も準備完了っす」

「よし、じゃあシエル。出発だ!」

「ああ、行こうか!」


初めて見た、シエルの竜としての姿。
それは御伽噺に出てくるような、巨大なドラゴン。
この竜が、自分の最も大切な人で。
・・・『僕の宝物』なんだ。


「グルルル・・・久しぶりになったなぁ。この姿」

「ずっと鎧生活だったもんねぇ」


翼を大きくはためかせて。
勇ましく空へ飛び立つその姿は。
自分にとっても誇らしかった。


「じゃーなー!生きてたら会おうぜー!」

「縁起でもないこと言うんじゃないよぉー!・・・全く」


リオンの姿も、小さくなっていく。
大地が縮み、空が大きく広がってゆく。
そして登ってくる太陽は、今までにないほど美しく。
その朝日に照らされた銀色の翼は、これからの未来を指し示しているかのように。
きらきらと、光り輝いていた。


輝かしく始まる、未来へ向けて。
自分たちは、羽ばたいていた。

この世界の中で。
羽ばたいていくんだ。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





今でも、この翼について尋ねられることがある。
「何故貴方はこれほどまでに美しい銀の翼を持っているのですか?」とな。
それに対して、私は決まってこう答えるのだ。

「この翼は、私が見つけた世界で『二番目』の宝物なのだ」

そして誰もが疑問を浮かべるのさ。
じゃあ、一番は何なのか、と。
だから私は得意げに、見せびらかすように。
特別に一番の宝物を見せてやる。


この親魔物領で新たに働く、しがない修理屋。
それは誰かにとって、何でもないような人間だが。
私にとっては愛して愛しい旦那様であり。
私の『一番の宝物』なのだ。




そうして私は、決して離さない、離すつもりのないこの宝物に。
自分だけの宝物だと示すように。


優しく口付けをするのだった。

14/01/19 21:47更新 / 群青さん
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■作者メッセージ
やっと書ききりました。
いやぁ、本当に長かった。お付き合いしてくださった皆さん。
心より感謝申し上げます。

最初は3話程度で構成していたはずなのに、いつの間にかその3倍となっておりました。
構成力不足は反省すべき点ですが、まずは無事に完結できて本当に良かったです。
一部の謎もそのままですが、いずれお話としてまとめることができればと思います。
たくさんの投票や感想も、心の励みとなりました。
このお話で、『良かった!』『面白かった!』と言っていただけるのであれば。
それが私の宝物でございます。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
仮物でしかなかった翼は、彼女を空へと戻した本物の翼となりました。
ですが彼女は。彼女たちは、本当の宝物も手にしたのです。
互いに愛する、夫婦というものを。
やがて、彼女が夫婦の愛の証を抱いて。
そして彼女の翼が『三番目』となることも。
そう遠い日では、ないのでしょう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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